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オリバー・ストーン 映画を爆弾に変えた男 (Stone : A Biography)

オリバー・ストーン 映画を爆弾に変えた男『オリバー・ストーン 映画を爆弾に変えた男』
(Stone : A Biography)
著者 ジェームズ・リオーダン (James Riordan)
訳者 遠藤利国
小学館


 1987 年 3 月 30 日に行われたアカデミー賞授賞式で映画「プラトーン」は 4 つのオスカーを獲得した。 作品賞・編集賞・音響賞・そして監督賞である。 オリバー・ストーンがシナリオの初稿を書いてから 10 年が経っていた。

 映画化は無理だといわれ、様々な人々から拒否され拒絶され突き返され続けた作品は 1 億 6000 万ドルを稼ぎ出し、ベトナムでは何が間違っていたのかを何百万人ものアメリカ人に初めて理解させた。 オリバー・ストーンは、自らの信ずるところをスクリーンに描き出すためにはあらゆるリスクを払う男として、その姿をハッキリ見せつけたのである。

 1946 年 9 月、ニューヨーク・シティーでオリバー・ストーンは生まれた。 母は自由奔放でパーティ好き、父は割と稼ぎのいいウォール街のビジネスマンであった。
 きびしさで定評のある全寮制男子校ヒル・スクール 2 年生の時、突然両親の離婚を知らされる。 規律ずくめの生活に耐えるための支柱であった家族は、いきなりバラバラに壊れた。 父は破産も同然の状態であった。
 オリバー・ストーンはイェール大学へ進んだが、ここでもストーンは押しつぶされ窒息しそうだった。 小説を書くことで自分を押し込めている鋳型を破り、魂の救済を試みるがうまくいかなかい。 1967 年 4 月オリバーは衝動的に合衆国陸軍に入隊し、9 月には輸送機でベトナムへ向かった。 自分がどんな人間なのか、ギリギリのところでどんな反応をするのか、自己の存在証明を得ようとしていた。 21 歳の誕生日前日であった。

 ベトナムは甘くなかった。 ジョン・ウェインやランボーの世界は絵空事でしかなく、貧しい白人と学校に行かなかった黒人が巣くっていた。 彼らは、この地獄から抜け出すだけのコネを持たない「残りカス」だった。
 国の言う事など全くの大ウソだった。 戦争の意義や国家の利益などどうでもよく、自分が生き残ることが兵士達の目的だった。
 ベトナムでのストーンは自暴自棄なところがあり、かなり無茶なこともやっていた。 死ななかったのは偶然なのか必然なのか、神にしか判らない。 そんな経験を引っ提げてストーンは帰還する。

 ストーンは「完璧」を求める。 役者が要求されるのは「完璧な演技」ではなく、役に同化した自然な動きである。 ストーンは役者が持てるすべてのものを出し切ることを要求する。 妥協は彼の心が許さない。

 映画「プラトーン」の出演者はフィリピンのジャングルで 2 週間の新兵教練を経験させられている。 常に茂みの中で暮らし、ベッドなし、トイレなし、ホテルでの休息なし、熱いシャワーなし、コーラなし、電話も禁止だった。 寝る場所は自分達で掘ったタコツボであり、食料は 1 日 2 箱の冷えた軍用食、夜間は待ち伏せ訓練があり、地雷、マシンガン、ライフル等の武器の訓練も受けた。 運がよければ、夜に 4、5 時間眠れるという生活であり、さらに迫撃砲 (実際は花火であった) の砲撃で脅され、徹底的にシゴキ抜かれたのである。

 2 週間の訓練を終えた役者たちは、ストーンが必要とする歩兵の目つきになり、そのまま撮影に移行すればよい状態になっていた。

 ストーンの頑迷なまでの意志とバイタリティはどこから来るのか。 彼の考えを知る上で参考になるスピーチが載っている。

≪成績優秀者 (高校生) の週末に敬礼でのスピーチ≫
『真実は君たち自らが求めるものです。 歴史は勝者によって書かれています。 ・・・ みなさんが未来なのです。 過去をコントロールするものは未来をコントロールします。 自分の頭で考えるのです。 自由に考えるのです。 権力を持つ人間が語ることを、決してウノミにしてはいけません』。

≪カリフォルニア大学デービス校でのスピーチ≫
『自分の心の声に従いなさい。 自分が思ったとおり発言するのを、恐れてはいけない。 いつもチャレンジし、疑問を持ちつづけなさい。 自己満足はよくない』。

 そしてケヴィン・コスナーは、ストーンをこのように評している。
『オリバーはアメリカを信じている。 ベトナムの最前線で生命をかけたことを、一度も忘れたことがない。 オリバーは自分にはアメリカを批判する権利があるし、その権利は自らが勝ち取ったものだと信じている』。

 本書は彼と彼の作品に関わった人々へのインタビューで構成されており、著者はインタビューの中でストーンの悪評や欠点までも聞き出すことに腐心している。 関係者とは映画の出演者はもちろん、撮影クルー、マネージャー、プロデューサー、事務所やプロジェクトのスタッフ、映画会社やプロダクションの関係者、アドバイザー、アシスタント、トレーナー ・・・ そしてもちろんストーン自身と彼の妻までをも含み、そのカバー範囲は膨大である。 インタビューの量とそれを編集してここまでのストーリーを展開させる能力と努力には驚きを禁じえない。

 映画の公開年代・製作過程を追って話は展開するが、映画そのものを紹介しているわけではない。 したがってこの本で取り上げられているタイトル(※)については、事前にチェックしておいた方が遥かに面白味が増すのは確かである。 是非ご覧いただきたい。

 映画好きや映画の世界に携わろうとするならこの本は格好の教科書になる。 映画を作る側の本音や考えが、映画制作の過程を通して語られているのだ。 彼らの話はそのまま製作ノートや裏話であり、その時どんな想いでいたのかを聞かせてくれる。

 映画への想いが強いだけでは映画は完成しない。 資金繰りが最大の関門ではあるが、その他にも制作会社、配給会社、出演者、スタッフ、ロケ地域の各機関等々との交渉が山のようにあるのだ。
 映画はアートであると同時にビジネスでもある。 映画制作には如何に多くの人々の努力と葛藤とせめぎ合いが必要なことか。 映画はアーティストとビジネスとの想像を絶する闘いの産物なのである。


(※)本書で取り上げられている映画タイトル (太字は特にお薦めしたい作品)

ミッドナイト・エクスプレス
スカーフェイス
サルバドル (邦題:サルバドル・遥かなる日々)
プラトーン
ウォール街
トーク・レディオ
7月4日に生まれて
ドアーズ
JFK
天と地
ナチュラル・ボーン・キラーズ


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