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『なめくじ艦隊 志ん生半生記』
著者 古今亭志ん生
筑摩書房
「落語家は貧乏なところがいい」・・・と言われて納得しちゃった志ん生、本当に貧乏だった。 どれ位貧乏かって、貧乏が着物着て歩いてるようなもんだった。 おまけに無類の酒好きなんだ、これが。
たまに高座に上がる話が舞い込んでも、商売道具の羽織は、とうの昔に質種に入ってる。 さあどうしようってんで、大家に家賃を払うからって頼み込んで羽織を借りてきた。 どうにか高座は済ませたんですがね、真っ直ぐ帰ればいいものを足が勝手に飲み屋へ向いちまう。 その日の稼ぎをみ〜んな呑んだ挙句、それでも足りなくなって借りた羽織を質に入れてそれも呑んじゃった。
落語の話を地で行くって言うより、自分の生き方を高座で話しているようなもんなんだね、この人は。
落語じゃ食えないからって、いろんな商売やったけどちっとも売れない。 「なっと、なっと〜」って売り声、恥ずかしくって言えないって調子だから、売れるわけがない。 仕方ないから売れ残った納豆を毎日食べるハメになる。 なんたって売る程あるんですから。 これじゃ商売なんか、端からできるもんじゃありません。
家賃を払えず、「いままでの家賃は払わないでもいいから、出て行っちゃもらえまいか」と言われていた所へ、家賃がタダという物件を見つけた。 ただより安いものはない。 渡りに船と引っ越してみたらさぁ大変。 元は池だった土地らしく湿気が多い。 雨が降った日には池の中に家が建っているような按配だった。
蚊の数も半端じゃない。 遠くから眺めると煙って見えるくらいに凄かった。 「ただいま」って口を開けると、口の中に蚊が何匹も入っちゃうんだ。 そんな水っ気の多い家だから、なめくじだって元気だ。 なめくじが列を成して這っている。 だから「なめくじ艦隊」。 見せてやりたいねぇ。
あの時代は戦争もありました。 どんどん勝ってる時は良かったけど、戦況が怪しくなって来た頃には大好きな酒もあまり手に入らない。 おまけに空襲まで受けるようになった (空襲警報が鳴った時には、女房子供ほっぽり出して真っ先に何処かへ消えてしまったらしい)。
満州へ慰問に行けば酒には困らないと聞いて、さっさと満州へ渡ってしまった。 そんなうまい話、あるわけないでしょ。 行き倒れになるすんでのところで、ようやく日本に帰れたって話しだ。
根っからの落語家っていうより、落語しきゃ出来ない。 会社勤めも出来なきゃ商売もだめ、芸は磨けても技は磨けないから職人にもなれない。 おまけに遊ぶことは知ってても稼ぐことを知らない。
そんな志ん生にも嫁さんはいました。 ある時行商人から蚊帳を買い、志ん生のヘソクリで払っちゃった。 気づくと蚊帳はインチキ商品で使い物にならない。 ところが志ん生に聞くと、支払いに使ったお金はおもちゃだった。 どっちもどっちで、行商人も今頃は悔しがってるだろうと、夫婦して大笑いというから、どこか突き抜けた二人だったね。 この嫁さんが貧乏を屁とも思わず、明るく逞しく志ん生を支えたって話だ。
志ん生の話だから、当然落語のことも出てくる。 例えばこんな風に・・・
落語に人情噺ってのがあるでしょ。 講談にも人情噺はあるけれども、落語と講談は別物なんですね。 講談は状況説明があるけれども落語は会話で情況を分からせなきゃいけない・・・なんてね。