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博士の愛した数式

博士の愛した数式『博士の愛した数式』
著者 小川洋子
新潮出版


【主な登場人物】

「私」 「あけぼの家政婦紹介組合」から派遣された 10 人目の家政婦。 このお話のナビゲータ。

博士 数学博士、1975 年に事故に遭い記憶機能障害が残る。 現在の記憶は 80 分しか持たないが、事故以前の記憶ははっきりしている。 数学誌の懸賞問題を解くことが生きる証となっている。

ルート 「私」の息子。 「ルート」は博士が付けたニックネーム。 小学校 4 年生。


 「君の靴のサイズはいくつかね」。 初対面で唐突に訊かれた「私」は面食らってしまうが、応えたその数字 (サイズ) が博士の手にかかると魔法のように輝きだす。 そこには深遠な意味が刻まれ、そうであることが必然であるかのように。

 博士は様々な質問をする。 記憶は 80 分しか持たないので同じ質問も度々だが、そのたびに新鮮な驚きと数字の持つ不思議な魔力を見せてくれる。

 博士は決して急がない。 「私」とルートが小学校の算数で苦しんでいるときでも、博士の「なぞなぞ」に悩んでいるときでも決して答えを急かさない。 やさしい眼差しで「私」とルートが編み出す陳腐な解決策に「素晴らしい」と同意してくれる。

 読者は、数や数式の洗練された魅力と不思議な魔力を秘めた広大な「数学」の海へ誘われる。 だからといって特別な数学的知識は要らない。 博士は「数学」という大海原の案内人だ。 「私」と一緒に素直に驚き、不思議な世界を眺めればいいのだ。 日常の暮らしの中で、私たちの営みに様々に関わってくる何気ない「数」に、普段は考えもしない深い意味が密かに巧みに隠されていることに眼を見張ろう。

 自然の営みは数学的に間違ったことはしない。 「数」は人類が存在する遥か以前から存在していたし、それらの性質や関係・公式はすでに完全な形でそこに在って、人類が発見するのをひっそりと待っている。
 博士と「私」の織り成す不思議な世界の旅は、「数」について思い巡らすことは実に楽しいことなのだと気付かせてくれる。 そして何より、考えることの大切さを感じさせてくれる。

 「私」が 10 人目の家政婦だということは、「私」の前に 9 人の家政婦がいたということだ。 様々な事情があるにせよ、9 人の前任者が務まらなかったということは、博士は相当なクセモノだということの証でもある。
 そんなクセモノ博士の光り輝く魅力を引き出してしまえる「私」も相当なツワモノといえるが、描かれる「私」はちょっとだけ個性的な普通のオバサンであるところが嬉しい。

 タイトルが示している通り数式は大きな題材となっている。 しかしここに綴られているのは、もっと人間的なもの、根源的なもののような気がする。 それはマニュアルには決して書かれない、人間が人間としてあるためにとても大切なもの・忘れてはいけないものではないだろうか。

 博士は野球が好きである。 それも阪神タイガースの、特に江夏の大ファンである。 博士の中で現役であり続ける阪神の江夏は、博士の世界で大きな比重を占め、物語にゾクッとするエピソードを残す。 そのあたりは是非、本書を読んで味わって頂きたい。



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