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なぜ数学が「得意な人」と「苦手な人」がいるのか (The Mathmatical Brain)

なぜ数学が「得意な人」と「苦手な人」がいるのか『なぜ数学が「得意な人」と「苦手な人」がいるのか』
(The Mathmatical Brain)
著者 ブライアン・バターワース (Brian Butterworth)
訳者 藤井留美
主婦の友社


 次の問題を解いて下さい。

問. A 駐車場には、車を置く区画が横に 690 個、縦に 64 個並んでいます。 一方、B 駐車場は、横に 680 個、縦に 74 個の区画があります。 どちらの駐車場が多くの車を置けるでしょう。


・・・・ 解けましたか。 ・・・・

 あなたは直ちに 690 × 64、および 680 × 74 を計算した、あるいは計算しようとしませんでしたか。 もしそうなら、あなたの頭脳は固くなっています。

 右図のように考えれば計算をせずとも一目瞭然で、図を計算式で表すと
 A 駐車場は、(680 × 64) + (10 × 64)
 B 駐車場は、(680 × 64) + (10 × 680)
となります。

 要は考え方の転換です。 答えを導き出す方法は 1 つではありません。 しかし大多数の人々はそうした練習を積んでいません。 ひたすら計算することを義務付けられ、1 つの解き方のみ教え込まれているのです。

それでは、次のような問題はどうでしょう。
設問 A に並んでいる数字を見て、問いに答えて下さい。
≪問 1≫数値が大きいのはどちらでしょう。

設問 A 2

続いて同じ設問 A での問題です。
≪問 2≫上に並んでいる数字で、大きく記されているのはどちらでしょう。

簡単すぎましたか?
では、次の問題・設問 B はどうでしょう。
≪問 3≫下に並んだ数字のうち、数値が大きいのはどちらでしょう。

設問 B 7


さらに次の問題です。
≪問 4≫設問 B に並んでいる数字のうち、数字が大きく記されているのはどちらでしょう。

 設問 A と設問 B では解答に要する時間が微妙に違っていませんか。 後段の方が答えるのに時間がかかるのです。 数値の大小を判断するときに、文字の大きさの判断が割って入り、文字の大きさの判断に数値の大小が干渉してくるのです。 ストループ効果といって、脳が勝手に判断してしまうことによって起こる現象で、訓練を積んでもストループ効果を完全に無くすことはできません。

 脳の中で数を司っているのは左前頭葉で、さらにその中が数値を認識する部分、一時記憶する部分、加算を行う部分、式を組み立てる部分・・・と細かに分業されているようです。
 この辺りの研究はまだ歴史が浅く確立された分野ではありませんが、著者は多くの聞き取り調査や研究を通して、脳の仕組みを解明していきます。 それは数を窓口として指の感覚、視覚、言語を司る部分との連携を解き明かし、それらが有機的に結びついている様を見せてくれます。

「人間は誰でも 3 〜 4 位までの数なら数えなくでも把握 (瞬時把握) でき、しかも多い少ないといった概念さえ理解している。 それは DNA に組み込まれ、親から子へと伝えられているはずだ。」
 著者はそのように信じて、そうした脳の機能を数学脳と呼び、文字を持たない頃の遠い祖先の痕跡から、生後数ヶ月の乳児まで観察してその傍証を述べています。

 人は生まれつき数を扱う能力を持っています。 ならば何故、数学を苦痛と感じる人が多くいるのでしょう。 それは実生活とかけ離れた教室の中だけの数学になって、授業がつまらなくなっているからです。 数学は他の教科と違って、各段階ごとにきちんと理解しなければ次の段階でつまづくことになります。 そうだとすれば、数学に接する「熱意」と「努力」に働きかけるカリキュラムを組むのが最善の策といえます。

 生徒たちに問題の解き方を考えさせ、各々の解き方を評価しあえば、生徒は自然に生活の中で培った考え方を計算式の中に反映させます。 それらは実生活に根ざした数と教室で扱う数を結び付け、さらにいくつもの解きかたを知ることで、導いた答えの確認も出来るのです。 確認は自信につながります。
と著者は説いています。

 どうです。 数学が「出来るようになるかもしれない」と感じませんか。
 数学能力を高めるには、社会が持つ文化的ツール(*)をきちんと獲得できるかどうかに懸かっています。 数学能力の優劣を決めるのはそれしかないのです。 数学を楽しいと感じることができれば、ツールの獲得はたやすい事でしょう。

 アメリカとドイツの共同研究チームが、ベルリン音楽大学でヴァイオリンを学ぶ学生を対象に、練習時間の調査をしました。 プロとして活躍できると教師が評価した学生達と、せいぜい音楽教師クラスと判断された学生達の練習時間は、前者が 1 週間に 24 時間以上、後者は平均 9 時間でした。

 数学脳を鍛えるには、意図的な訓練・一人で意識的に訓練を積むことが鍵になりますが、数学を生業とするのでなければこれ程の時間は必要ないでしょう。 楽しいと実感して、数学のために時間を割くことを苦にしなくなればいいのです。

 著者は「はじめに」で述べています。 『「人間は世界をどう捉えているのか」というテーマを携えながら、歴史、人類学、心理学、神経科学の世界を巡る知の冒険だった』と。

 本書はあなたを『知の冒険』の世界へ誘います。 さあ、出発しましょう。


(*)文化的ツール
 以下のような、我々の祖先たちが発明し、遺してくれた数々の手段。
 ・数を表す言葉および数字との関連。
 ・指や身体の部位を使ったり、木に刻み目を入れて数える方法。
 ・数学に用いられる記数法。



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