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悪魔の選択 (The Devil's Alternative)

悪魔の選択『悪魔の選択』 (The Devil's Alternative)
著者 フレデリック・フォーサイス (Frederick Forsyth)
訳者 篠原慎
角川書店


 選択の余地が極度に少なく、どの途を選んでも大きな痛みを伴う ・・・ こうした状況をファーム (諜報機関) では「悪魔の選択」という。

 強大な力を持った超大国ソ連 (ソヴィエト社会主義共和国連邦) が存在していた 1982 年、世界各国は東西両陣営に組み込まれ、強固な冷戦構造が確立していた。

 外部から見る限りソビエトは一枚岩の強固さを保っているが、その実ふたつのアキレス腱をかかえていた。 ひとつは 2 億 5 千万の人民に与える食糧問題と、もうひとつは全人民の半数以上を占める非ロシア人の民族問題である。

 この年、ふたつのアキレス腱が同時にソビエト共産党書記長マクシム・ルージンに襲いかかろうとしていた。
 異常ともいえる天候不良と農業政策の不手際で、ソビエト国内は農産物の大幅な減収が予測され飢饉が迫っていた。 クレムリン内部には、西側の援助と引き換えに屈辱的な譲歩を迫られることを嫌って、軍事力に訴えて食糧、消費物資、先端技術までをも奪取しようと画策する、反ルージン派の動きがあった。
 ルージンがその地位にあるのはその狡猾さの故であるが、数十万の死が見込まれる軍事力の行使には躊躇するものがあった。

 同じ頃、イギリス系ウクライナ人アンドルー・ドレークは、積年の恨みとウクライナ独立のために活動を開始する。 千載一遇のチャンスを掴んだドレークはソ連に潜入し、ユダヤ系ウクライナ人の仲間二人に KGB 議長の暗殺を実行させる。 暗殺に成功した彼らは、KGB 議長暗殺とソビエト帝国の圧制を全世界に公表すべく、イスラエルへ向けて脱出を図る。

 KGB 議長暗殺を知った反ルージン派は、この事実と暗殺犯を取り逃がしたことを利用して権力掌握に動き始めた。 ルージンは際どい権力闘争と、迫り来る飢饉に対処しなければならなかった。

 一方、偵察衛星とエージェントからの情報で、ソビエトの食糧危機を掴んでいたアメリカであったが、思わぬところからクレムリン内部の軍事行動計画の存在を知ることとなった。 食料を戦略物資として有利な交渉を目論んでいたホワイトハウスは対応に苦慮する。

 そんな時 KGB 議長暗殺犯の二人が、逃走用にハイジャックした飛行機でのアクシデントで西ベルリン当局に拘束された。
 何としても二人をイスラエルに入国させねばならない ・・・ 二人の証言を引き金にウクライナの独立を目指していたアンドルー・ドレークは、事態の打開に次の手を打った。

 百万トンの原油を満載したタンカーが、ロッテルダムの石油コンビナート群の沖合いでハイジャックされた。 テロリストは西ドイツに囚われているハイジャック犯二人のイスラエル移送を要求した。

 アメリカ、オランダ、西ドイツ、イギリス、そしてソビエトを巻き込んだ危機が、それぞれの思惑をはらんで変転を始めた ・・・ 。

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 近未来小説として 1979 年に書かれた作品 (舞台は 1982 年の世界) であるが、現代でも十分に通用する内容を持っている。  著者のフォーサイスはジャーナリストであり、ナイジェリア−ビアフラ戦争のルポルタージュ「ビアフラ物語」でその作家としての原点を見せている。
 それにしても優れた国際感覚と徹底した調査、綿密な伏線、冷徹な分析には驚きを禁じえない。 現実よりも現実的なリアリティがあるなら、フォーサイスの描く世界がまさにそれである。



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