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JFK謀殺・医師たちの沈黙  (JFK:Conspiracy of Silence)

JFK謀殺・医師たちの沈黙『JFK謀殺・医師たちの沈黙 』 (JFK:Conspiracy of Silence)
著者 チャールズ・A・クレンショー (Charles A. Crenshaw)
共著 ジェンス・ハンセン(Jens Hansen)
    J・ゲアリー・ショー(J. Gary Shaw)
訳者 岩瀬孝雄
早川書房


 1963 年 11 月 22 日 (金) 12 時 30 分、テキサス州ダラスのエルム・ストリートで数発の銃声が轟いた。 合衆国大統領ジョン・F・ケネディの暗殺事件である。

 1 日おいた 11 月 24 日 (日) 11 時 17 分、同じダラスの市庁舎に留置されていた JFK 暗殺の容疑者リー・ハーヴェイ・オズワルドは、郡拘置所に移送される途中の市庁舎地下駐車場でジャック・ルビーに銃で撃たれる。

 現職大統領が撃たれ、その暗殺容疑者も抹殺されてしまうという、あってはならないことが短期間に起こった。
 この両名はダラス市の同じパークランド病院に搬送される。 修羅場のような救命センターで両名の救命措置に奮闘した医師たちの中に、著者チャールズ・A・クレンショーがいた。

 本書はクレンショーの回想を軸にジェンス・ハンセン、ゲアリー・ショーの調査記録を交えての、1963 年 11 月 22 日から 11 月 24 日までの 3 日間の克明な記録である。 そして同時に捜査当局、FBI 、シークレット・サービス、検死報告、ウォーレン委員会報告、そして政府中枢部に対する告発書でもある。

 JFK 暗殺事件に関して政府公式見解に異を唱える・調査をする・新事実を公表するということは、生命をも脅かされ兼ねない (アメリカはそうした点で力ずくである) ということを考えると、クレンショーの勇気は如何に尊いものであることか。

 当時外科の研修医であったクレンショーは、狙撃された合衆国大統領を蘇生させるべく仲間の医師たちと共に呼吸確保、カテーテルによるリンゲル液注入、輸血、心臓マッサージ等々を施し、頭部の損傷もつぶさに見た。 そして確信している、大統領は前方から狙撃されたと。

 クレンショーが見たのはこれだけではなく、病院内を歩き回る正体不明のスーツ姿の男達や、捜査権のあるダラスでの検死を行わせず、大統領の遺体を強制的に運び去ったピストルを持った男達。 さらにはオズワルドの時にもこうした男達の影が付きまとい、ケネディの死に伴って大統領になったリンドン・B・ジョンソンからの謎の電話も受けている。

 ケネディが狙撃された後の現場では、複数の正体不明のスーツ姿の男達が証拠となりうる銃弾やパレードを撮影した 8 ミリフィルムを持ち去り、目撃者や現場にいた警察官を遠ざける動きをしている。 彼らはシークレット・サービスを名乗ったり FBI 捜査員であるとされているが、名は明かされず報告書には彼らの存在が記載されていない。

 また多くの人たちが大統領の右前方に位置するディーリー・プラザで、ライフルを持った男や硝煙が上がるのを目撃しているが全て黙殺された。 ジョンソン大統領によって任命されたウォーレン委員会は、銃弾はすべて大統領の右後方の教科書倉庫からオズワルドによって撃たれたものであると結論付けたのである。

 不可解なことはこれだけに留まらない。 ケネディに向けて銃弾が発射される前から実施に向けた準備と思われる工作が行われ、事件後も様々な隠蔽 (抹殺をも含んでいる) が行われたようである。

 これ程までに複数犯の可能性を匂わせる事実がありながら、オズワルドの単独犯であるとしたウォーレン委員会報告で幕を引いていまい、疑惑や公式見解に反する事実を徹底して黙殺・封印できるのは、一体どれ程の権力を握った者の仕業なのだろう。

 クレンショーはこれら一連の動きは、まさにクーデターではなかったのかと感じている。

 本書が出版されたときの米国内の反応が訳者後書きで報告されている。 その反応は彼の意に反して批判・非難の嵐であったらしい。
 彼の国ではそれほどまでに政府の公式見解 (オズワルドの単独犯説) が浸透し、謀略などなかったとする世論が出来上がっているのだろうか。 それとも多くの関係者にとって、己のキャリアに泥を塗ることになる本書の説などもっての外ということなのだろうか。

 いずれにしても国家権力が推し進めるプロパガンダはとてつもなく強大で、真実など絵空事にしか過ぎないのかもしれない。

 民主主義を標榜し世界の警察を自認している国が、かくも真実を隠し反対勢力の排除に手段を選ばない国であって良いのか。 敵対するものは力で捻じ伏せようとする本性が、その政策に如実に現れているということか。

 天文学的な確立で関係者が事故死、病死、突然死、または事件の被害者になって死亡している事実を考えると、あの国には権力者に都合の悪い表現の自由など無いに等しいのだろう。 アメリカの二面性を見る思いがする。 空恐ろしい限りである。



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