空から見た佐倉城跡
「佐倉城図」(部分)
 嘉永4年(1851)頃作成されたと考えられる絵図で、城下町全体の姿を描く。地形の描写も正確である。
城郭は台地南西端に位置し、東と南の台地続きに曲輪を展開している。絵図西端の鹿島川沿いの低地から三の丸東端の大手門まで、台地下の縁部を巡って長大な総構えの堀が備えられ、城域を完全に包み込んでいたことを鮮やかに読み取ることができる。水堀部分には要所に仕切りの堤を造って水位を調整していたことが分かる。
佐倉城図
現在は総構えの堀はほとんどが埋め立てられ、宅地や道路になっているだけに貴重である。 
 三の丸や椎木曲輪の武家屋敷にはところどころ空家も見られ、本丸南西の低地の屋敷地は竹薮と化している。城域西端の船入りの北は埋め立てられ、田となっている。横木曲輪北下の田町門脇の桝形は痕跡は残るが、取り除かれている。これらのことは蔵屋敷の成立との関係と考えられる。図版右下の田町はすでに既存の町並みと連結して一体となった街村状の町屋を形成している。
(歴博 千田嘉博教授)
空から見た「佐倉城」跡
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