医薬品の添加物は必要か(安全か)セミナー          9/19
現代「水商売」はホントに商売になるらしいけど、ホントに効くの ?              9/14

ヒジキの発がん性について   9/9                

テレビの健康番組が花盛りです。先日も「ほんとうは怖い・・・」という番組でグレープフルーツジュースとワルファリンの
   飲み合わせで脳出血を起こした例というのをやってました。 

世間の栄養認識って・・・小学校の家庭科で習ったことはどこへ〜〜〜                           7/1
「こどもの発達と長時間保育」 保育時間より食事が」大切   厚生労働省研究班による調査から        5/29
トランス脂肪酸について・・・マーガリンVSバター                                   5/26    
IT革命・又はPC導入と栄養士
「居宅療養管理指導について」 
焼酎が健康にいいってほんとう?
よくわかる「栄養指導」を目指して
町のお肉屋さんのお弁当
高齢者配食サービスの弁当を試食して
がんばっている栄養士
「子育てをしない男は夫と呼ばない」って本気ですか、厚生省さん?
厚生省への投稿をいたしました
ある病院の糖尿病教室
栄養士について

 

医薬品の添加物は必要か(安全か)セミナー          9/19

医薬品の添加物は必要か(安全か)セミナーに行ってきました。食品の添加物表示やアレルギー物質を含む食品の表示については問題はまだ多いながらも法整備がされてきました。しかし医療弱者にとって一番欠かせない(かどうかのの問題はさておき・・・)薬品のなかの添加物やアレルギー物質を含む食品の表示は手付かずのようです

講師は「健康情報研究センター」の里見宏氏。主催は薬害オンブズパースン・タイアップグループ仙台支部です。

はじめにみやぎ生協杉の入店の薬店の薬剤師菅野友子氏よりなぜ医薬品の添加物を問題視するようになったのかの説明がありました。ある妊婦が出生した児に停留精巣や注意欠陥多動性障害が見られその原因は妊娠中に服用したビタミン含有保健薬含まれるBHA(抗酸化剤)によるものであると考えられたとのことでした。

ついで里見講師より医薬品に含まれている添加物となぜ添加物が使われているのかの説明がありました。皆さんは薬の消費期限を気にしたことがありますか?特に小児用のシロップ剤やビタミン剤がいつまでの腐らないのか不思議に思いませんでしたか?消費期限が食品に比べてとても長いと思いませんか。ビタミン剤は特に酸化しやすくて効力の失われやすいものなのに特段の抗酸化物を封入していなくてもよいのはおかしいとおもいませんか。答えは添加物の存在でした。

薬品に使われている添加物の必要性は患者側にあるのではなく薬品メーカーの側にあったのです。商品流通のため、商品劣化を防ぐ、扱いやすい形状をつくるため、見た目を良くする、製造上無菌処理をせずにすますため等々。

そのために保存料、防腐剤、防かび剤、PH調整剤、界面活性剤(要するに洗剤)、甘味料、色素、糊料、調味料、香料などが使われています。それらの多くは食品添加物として許可されているものですが食品中からの摂取量よりも多量に体内に取り込まれてしまいます。先の例のBHAの場合は脂溶性ビタミンの保存料として使用されていますが一般食品より摂取する量の200倍もの摂取量になるそうなのです。妊婦の場合は胎児にも当然影響を及ぼします。体重あたりの摂取量は成人の場合と比べてもより多くの摂取量になると考えられるのです。

ではどうしたら私たちは自分の身を守れるのか。

調剤薬局で処方薬を受け取るときに「添加物をはずして調剤してください」と声を上げなさいと里見講師はおっしゃいます。でもこれはなかむずかしいように思われます。はたして薬品の一般名で処方箋が書かれているのかどうか私たちは確認のしようがありません。大きな病院であれば処方箋に目を通すことなく薬をわたされてしまいます。カルテには手も触れられません。
自分の身を守るすべのない医療の現状を糺さないと薬剤の問題も解決しないように思いました。

卑近な例で恐縮ですが、医者の指示を後生大事に守り、言われるままに何十年も同じ薬を飲み続けた父は80歳でなくなりました。すき放題に食べ、人生を楽しみ言いたい放題言って、医者の薬はゴミ箱にすてていた母は明日93歳の誕生日を迎えます。内臓はどっこも異常は見られないそうです。薬は飲まないに越したことはないようです。


 

 

現代「水商売」はホントに商売になるらしいけど、ホントに効くの ?

夫が活性水素がたくさん入っていると称するなんたら言う水を買ってきてと言う。???活性水素?きいたこともない。 どうもテレビの番組で「老化防止に効く」とか「ガンが治った」とか言っていたらしい。 活性酸素が人体に悪さをするから活性水素の多量に含まれている水を飲むと酸素と水素が結合して水になるから、悪さをしない水になると説明していたらしいのです。なんと簡単な分かりやすい説明。

でも、活性水素なんて聞いたことないし、天然のミネラルウォーターに含まれているなんていうことも聞いたことない。どうも大分あたりの水にこの活性水素が含まれている水があってコンビニで売っているらしい。元来私は水に水道料金以上のお金をかけるのはおかしいと思っているの人間なので言下に「そんなもの!」いってしまいました。
第一そんなに効果のある活性の高いものであればペットボトルに入れて売ったりできないはずで、もっと光線や酸素の影響を受けにくい容器に入れて売るべきでしょう。ビール程度の炭酸だって茶瓶に入れて出荷するくらいだからそれはあやしいといったのですが・・・テレビで言ってた・・・というのは絶対信頼をかち得ているようです。

現代水商売というのは、水に科学的でない付加価値を引っ付けてただ同然のものを高くうって儲けたり、器械を売るつけたりする商売の事です。
このごろ良く目にするのは、「水分子のクラスターを小さくして浸透しやすくきれいな結晶を作る」といっている器械や、アルカリ水だとか、いろいろあります。

すべてホントに健康な人にではなく健康不安を抱えている人にさも親切げに近づいてとんでもなく高い器具や水を売りつける商売が横行してます。それらのほとんどが論理的な証拠もないまま「よさそう」とういイメージを前面に出して売られているのに疑問を感じます。説明に引用されている「*****大学の△△△△△博士の論文」なども我田引水、都合のよいところだけを抜き出
していることが多いようで、論拠にはなっていないようです。

もし、そんな水商売の売り込みにあったら御茶ノ水大学の天羽優子さんのサイトをご参考になさってください。水商売についてあるいは「水」について科学的な知識を得ることができます。

http://atom11.phys.ocha.ac.jp/index.html

化学一般の質問に答えてくれる「化学の質問ありまへんか。」でも説明がありました。

http://www.chemistryquestion.jp/index.htm

水は生きていく上で欠くことのできないものです。もし今飲んでいる水道がおいしくないときは水源をきれいに浄化する方法を地域住民みんなで考えることが大切で、一部の金持ちがきれいな水を飲めればそれでよいなんていうのはとんでもないことです。また軟水でなければいやだという拘るひとは浄水器(効果あるかどうかは疑問ですがともかく臭いは取れますね)を使うくらいは理解できます。でも水に治療の効果(医療も薬も効かないのに治ったなんていう)を期待することは非科学的です。

おいしい水は飲みたいけど、薬になる水なんてないと思っていいのでは?

 

 

 ヒジキの発がん性について   9/9

ヒジキに発がん性。妊婦と3歳未満のこどもはヒジキを食べないほうが良い。とのニュースが流れました。
英国食品規格庁がヒジキに含まれる無機ヒ素に発がん性が認められたとして食べないようにとの勧告をだしました。
日本製のヒジキにヒ素が多量に含まれているのだそうです。健康人でも1週間に小鉢1杯くらいにするようにとの見解
をだしている研究者のいます。
この推移は注意深くみまもって行かなければならないと思われますが、厚生労働省では摂取量から見て心配ないと
いっています。ただ、この摂取量、国民の平均なので食べる人はたくさん食べているしばらつきも大きいものと思わ
れます。
いつも思うのですが、平均的な量が果たして「私の常用量」なのか、また確立が低いといっても万にひとつの確立だ
って当たるときは当たる。百万分の1といっても全国民の数に直せば130人以上にはなるわけで、もしそのひとりに
当たったら生涯にわたって苦しまなければならないかも知れない。統計上の大丈夫はホントに大丈夫といえるのか。

公害や衛生被害は万が一でも起こしてはならないと思うのですが。

 

   テレビの健康番組が花盛りです

   テレビの健康番組が花盛りです。先日も「ほんとうは怖い・・・」という番組でグレープフルーツジュースとワルファ
   
リンの飲み合わせで脳出血を起こした例というのをやってました。?グレープフルーツジュースとカルシウム拮抗
    剤ではないの?と 思ったのですが、ワルファリンでした。疑問に思って医師や薬剤師のMLに質問を投げてみま
    したら、そういう報告をしたかたもいるという程度のことらしいです。

   きょうも直接の関係はないのですが、公務員の職務専念義務違反?とやらでどこかの役人が逮捕されたそうです
   この人、皆さんも良く目にするあの「血液サラサラ」の画像を撮影できる器械を使って勤務時間にテレビなどに出て
    いたそうです。「血液サラサラ」と「血液ドロドロ」画像を比較的に見せられるとついつい、「そうか、これを食べると
   こんなにサラサラになるのか!」と妙に納得させられます。でもだからどうなの、本当に健康の度合いとして確か 
   な証拠とはならないのだそうですよ、あの画像は。

   バラエティーは面白ければそれでOK。内容を咀嚼して自分で調べることが必要なのだとかんじました。

 

  7/1 世間の栄養認識って・・・小学校の家庭科で習ったことはどこへ〜〜〜

5月になってから毎週月曜日にラジオで「栄養と食」についてのお話をしています。6月は「主食・副食、主菜・副菜」ってtなあに?と言う題です。

でも、これってあまりに常識的すぎていまさらなぜ?ですよね。ところが担当のディレクターによると「主食・副食、主菜・副菜ってなあに」という人(あえて若者とは言いません、いい年の方も含めてらしい)が結構いるというのです。まさか!と思う反面、言葉としては知ってるけど自分の食事の組み立てのなかでイメージがつかめていない人が大勢いるのも事実かもしれないと妙に納得してしまいました。

「主菜」をキャベツやはくさいなどの大型の野菜を指すと某有名大学の学生が言ったというのも笑い話としては聞いています。でも、まさかそこまで「食意識」の劣化が起きいようとは思いもしませんでした。

結局3回に分けて「定食メニュー」だとか「お刺身のパックは一番小さいサイズで2人前はある」とかの話をしました。
やはり、小学校レベルですよね。

最近骨董屋さんで漆器の一そろいを買った話はブログに書きましたが、並べてみて日本の食習慣の正しさに感心してしまいました。それぞれの器の大きさが、食品の量のバランスと一致するのです。飯椀は一番大きくて、深い。その次に大きいのは「平」とい
われる煮物椀で、さらに野菜料理が盛られる「坪」がつきます。つまり飯の次に たくさん食べたいものは「野菜」なのです。魚の盛られる「鱠」用の器は汁椀よりも小ぶりなのです。

イメージがわかない方は、お雛さまのお膳を思い出してください。本膳の一番基礎のお膳組がお雛様のお道具なのです。

栄養学など何も知らない昔の日本人が「経験から割り出した食べ方」が一番理にかなっているなんて、なんだかとても象徴的 だとは思いませんか?いろいろな理屈より、温故知新。昔の人の知恵に学ばなければなりません。

この大切な「食意識」をどこかに放り投げてくるのに一役買ったのは、やはり学校給食のアルミのチープな食器と献立、ランチプレートだったのではと真剣に悩んでしまいました。いまから大きくなるこどもたちのためにも給食の食器と献立はもっと考えるべきものがあると思わずにはいられません。

 

「こどもの発達と長時間保育」 保育時間より食事が」大切 

5月16日厚生労働省研究班による5年間にわたる「長時間保育における発達への影響調査」の結果が発表されました。それによると保育時間の長短による発達の差はなく、むしろ食事を家族でする機会の多少が人間関係を構築する上での差が大きかったという。
家族で食事をす機会のめったにないこどもは他人の話しかけに答えるなどの対人技術の発達が遅れるリスクが70倍、理解度の遅れるリスクは44倍高くなるという結果が報告された。また育児の相談相手がいない家庭のこどもは、指で物をつかむといった運動能力が後れる傾向がみられた。   以上河北新報より抜粋引用

いかに「食事」の持つ機能が大切かという調査結果でした。「同じ釜の飯を食う」と言うことが人間関係を築く上で重要な要素を占めているかということです。でも、逆からいうと食事を共にしない家庭ではすでに人間関係が破綻しているとも言えるわけで、単に食卓を共にしていてもきちんとしたに人間関係のを結べない個人が座っているだけでは意味がないのではないでしょうか。

食卓の風景画和やかで楽しいものでなければ、いかにおいしく、栄養のあるものを囲んでいても対人技術gなどは養成されません。食事の内容や時間ではなく食卓を囲む人の気持ちがつながっていることがもっと大切のだとおもいます。かつて訪問指導にあたっていたときに何件かの「食べないこども」の相談に乗ったことがありました。ほとんどの場合家族関係に問題が隠れていました。嫁舅、姑。父親と母親の不仲。虐待。しわ寄せはこどもに。現れる現象は「少食、食べない、過食」などの摂食障害でした。

このいみで保育時間と発達障害とはほとんど連動していないのではともおもわれます。親が迎えに行ったとき飛びついてくる子供なら問題は起きないような気がするのですが、以下かがなものでしょう。

私は食事は必ずしも「母親が作らなければならない」とは思いません。惣菜やの物でも、レトルトでもよいと思います。でも食卓に並べるときに食べる人の顔を思い、体を思い、食べものに感謝する心を持っていれば、こどもはまっすぐに育つとおもっています。そうすれば毎回カップラーメンで済ますなどということは起き得ないし、また忙しい時には手の空いた人が食事を作ろうということにもなると思うのです。

女性も一人の社会人として働く上では今男性が家庭を顧みない程度の忙しさ(現状の男性の帰宅時間の遅さはもちろん問題ですが)を避けてはいられないです。ではどうするのとなったら、社会が構造を変革していかなくてはなりません。

きちんと整った食事、安全な食事が安くいつでもどこでも手に入れられる社会が必要です。その意味で「中食」が外食を上回ったのもあながち意味のないことではないとおもいます。

ひところ流行った「わたし作る人、あなた食べる人」が常に攻守位置を変えうる意識が肝心かななどとかんがえています。

 

 

トランス脂肪酸について・・・マーガリンVSバター

トランス脂肪酸についての記事が目に付きました。日経ヘルスのwebページ「サプリ&機能食品」に紹介されていたのです。http://medwave2.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf?CID=onair/medwave/a027/307355

トランス脂肪酸とは液状の油脂に水素を添加して固体に変化させると含まれるようになる物質で、天然には存在しない立体構造を持った異性体です。「第6次日本人の栄養所要量」でも「食事摂取基準編」には「トランス脂肪酸の摂取量が増えると、血漿コレステロール濃度が上昇、HDL-コレステロールの濃度の低下など、動脈硬化症の危険性が増加すると報告されている」と明記されています。アメリカでは2004年1月から米国で食品への表示が義務付けられているそうです。

このたびの記事はトランス脂肪酸が「ボケ」を促進するのではないかとの内容です。かねがね私はマーガリンやショートニングについて不安を感じていたのです。学生時代にこのトランス脂肪酸(その頃は別の名前だったような気がする)を知った頃、世間的には「○オ○○ト」が発売されました。風味がそれまでのマーガリンとはまるで違ってバターに似ていて(良く味わえばまるで違うのだけど)、リノール酸信仰の走りの頃としては画期的な商品でした。

コレステロールが心配な方はバターよりソフトマーガリンをという風潮でした。栄養士もこぞって奨めたとおもいます。

でも、どこか不自然なのですよね。液体が固体に変わる。絶対に何か起こるとおもっていました。時代は変わリノール酸の食べすぎがアレルギーを引き起こすといわれたり、こんどは「ボケ」を促進するのではないかとの結果が報告されたようです。

私はバターの風味を大切に少量味わうのが一番良いと信じています。マーガリンを否定するものではないのですが、バターが手に入るなら量に注意して自然のバターを大切に味わうべきと思います。特に子供には絶対にバターの風味を味わわせるべきです。それが食育というものではないでしょうか。

「安いから多量に食べることができる→エネルギー過多になる、本物の味を知らずに育つ」を選ぶのか
「高くても少量の本物の味を味わう喜びを教える→おいしい物を感謝していただくことのできる人を育てる」を選ぶのかは親の責任でしょう。

 

IT革命・又はPC導入と栄養士

あれほど大騒ぎした「IT革命」という言葉が近頃は聞かれなくなってしまいました。でも
職場にはどんどんPCが「配布」され、「さあ、これを使って業務を効率化しろ」とプレッシャーがかけているのではないでしょうか?IT革命は栄養士にとって助けの神になるのか自らの首を絞めることになるのか。考えて見ましょう。   

この2年間ほど、保育所の給食管理システムの構築の仕事がメインになっています。今まで手計算でしていた給食の事務業務をPC導入に伴ってIT化しようということです。しかし問題は山積しています。

まずPCが保育所に1台しか導入されてないこと。パーソナルコンピュータというくらいですから1人に1台が望ましい。せめて部署ごとに1台導入されないと効率が悪い。誰かが使っていれば待っていなければならないですよね。まして所長様のデスクの近くなどにレイレイシク鎮座していたりしたら、、、、使いたくても「いいや、今までどうりで」となってしまうにちがいないですね。いつでも気軽の使える環境がぜひ必要なようです。でないといつまでも業務のIT化、効率化は中途半端で終わってしまう。

デジタルデバイドの問題。といっていいのか、スキルの習熟の訓練が不足している。今までにない画期的な道具を職場に導入するのだからある程度のスキルアップのための訓練を実施してほしい。自己努力を要求されるの部分ももちろんあるけれど、経営側・使用者側も訓練に時間とお金を投入するべきだと思う。昨日も職場のPCで困っていることについてお聞きしたら、「デスクトップにファイルが山ほど入っていて、整理がつかない。」「みんなが勝手な名前でファイルを作ってしまうので、必要なファイルが探せない」などごく基礎的な問題で悩んでいるとのこと。PCを共有せざるをえない状況に追い込んでいて、それを最終的に管理するひとが誰なのかを決めていない状況が見て取れる。職場の話し合いも不足しているのだろう。ある程度の基礎的な共通理解があればもっと効率よく使うことができるはずだと思う。
WordやExcelの講習ももちろん大事だが、ファイル管理、PCそのものの業務の中での位置づけについての講習が少なすぎるのではないだろうか。

さて、IT革命の職場での進展によって栄養士はどんな影響を受けるのだろうか。
「栄養計算命」、「給食管理命」 だけの栄養士はどんどん淘汰されると思う。また淘汰されてしかるべきと思う。
IT革命(情報技術の革命)とはなんだろうか。それは「本当の本物のみが生き残れる社会」といっていい。
情報技術の革命によって社会構造が根底から覆り、中途半端なものは淘汰される。また素人の玄人化が進展する。いまや個人的な年賀状を印刷屋に頼む人は少数派になってしまった。ある程度のものは素人でも手作りで間に合ってしまうようになった。写真でも現像に出すことはなくなり自宅でプリントすることが当たり前になってしまった。となると生き残れるのは本当にすばらしい技術をも持った印刷やであり、写真の現像屋さんである。ここ一番の写真は専門家にとってもらうとか、望む色合いでプリントしてもらうとか。

では栄養士はどうか。病院での外部調理が許可されたり、保幼一体化の流れで調理室なしの保育園が許可になりそうだったり、栄養士の地位が危うくなっているように感じているのではないだろうか。でも「本物の栄養士」は淘汰されない!
淘汰されるのは、「機械でもできる仕事しかしてこなかった栄養士」 であろう。栄養計算や発注業務が栄養士の仕事と思ってはいないだろうか。そんなものはPCを使えば小学生にだってできる。問題は計算のために電卓をたたくことではなく、献立が食べる人一人一人に本当に適しているかを考えることであると思う。食べる人の顔が思い浮かばないような状態で献立が立てられる自体がおかしいと思う。

淘汰されない職のひとつに「保育士」がある。なぜか。子供と直接にふれあう職だからだ。栄養士だって同じ。食べる人ときちんと向き合う仕事をしていけば、仮に食事は委託や外部からの搬入になっても存在感は揺るがないはずだ。

「栄養士は食事を提供する人」という意識を私たちは捨てようではないか。「栄養士は食事を通じて人を健康な生活に導く伝道師」だと自覚したいものだと思う。IT革命によって廃れる職業がたくさん出てきて、廃業や倒産が世にあふれている。私たちも淘汰されないためには仕事の質を高め、その内容を精査してほんとうの栄養士業務が何かを考えないと、、、、世の中にいらない職業になってしまうような恐怖を感じるのである


「居宅療養管理指導について」 
先日さるケアマネージャーさんから利用者のかたで居宅療養管理指導を利用して腎不全の指導をしてほしいとのご依頼を受けました。 聞けば介護度1で通院もしていらっしゃるそうで、この制度の枠組みには当てはまらない方のように思われました。
居宅療養管理指導はほとんど認知されていないようです。ケアマネージャーさんも簡単に使える制度だと思っていたようです。また病院の看護職の方やメディカルケースワーカーさんはこのことについてほとんど聞いたことがないそうです。

これは寝たきりなどで通院が不可能な方で、病気も指定されているものでないと保険が使えないのだそうです。医師が「計画的な医学管理」をしている場合のみ保険が算定できると定められています。適応になるケースはほんとに少ないらしく、実施例はあまり 聞きません。 ほとんど絵に書いた餅状態のようです。

今回のケースの場合通院を出来る方なので当然適応にはならないのです。しかしご家族のかたからたってのご依頼とのことで、受診している病院のメディカルケースワーカーさん、看護副部長さんとお会して何とかならないものかと相談しましたが,やはり無理とうことでした。看護副部長さんも「通院時に病院の栄養士から指導を受けていればなにも家庭に訪問してまでの必要はない。当院の管理栄養士も熱心に指導してますしね。」とおっしゃっていました。

でも、それでよくわかり、納得のいくお話が聞けたのなら、このようなご依頼は出ないなずです。わたしのようなものが、お宅の患者さんが病院の栄養士でないものの話を聞きたいと希望しておられますよと言ってきたことにもっと衝撃を受けてほしいと思いました。

結局個人的にお宅にお伺いして、低たんぱくの食事療法の話をさせていただくことになりました。主治医の先生とも連携を密にしてより良い方向を模索していきたいと思っています。
1時間半ほど腎不全の食事について話し、「主治医は自分」 の覚悟で取り組みましょうと言ってきました。病院でも何回か栄養士の話を聞いたけれどよく飲み込めなかった、ようでした。おそらく「病院」 という特殊な環境のもと、非常に緊張して聞いてもきっと耳にのこらないのでしょう。自分の家でゆったりとした気持ちで言いたいことを言える環境で聞けば同じ話も心に染み込みやすいのかも知れません。

翻って言えば、いかに病院での指導の際患者さんの心を解きほぐすことができるか、が指導の一番基本になるのではないでしょうか。食事療法の必要性をしっかりと認識した方には、勉強の方法をお教えすることと励ましをすることで「自が主治医」として病と闘う力が出てくるようにおもいました。

 

焼酎が健康にいいってほんとう?   01.5.23

 先日河北新報誌の特報部の方より電話取材がありました。

 「甲種の焼酎が健康によいとのことだがその栄養的な根拠を教えて欲しい」 との質問でした。結論は「アルコールは健康によいわけがない」です。
どういうわけか焼酎やウィスキーは糖尿病や高血圧に「よいお酒だ」ということになっているようです。特に甲種の焼酎は健康イメージが染み付いているようです。これらのお酒は蒸留酒と言われるもので糖質が含まれておらず飲んだときに一時的に血糖を上げたりはしません。それで30年ほど前あたりには医者も糖尿病にはウィスキーなら飲んでもいいなどと言った時期がありました。

 しかしいまは血糖値の高い方はもちろんアルコールは 禁忌です。よほど血糖のコントロールがよい時期に医者と相談の上「これくらいならOK」と許可が出ることも有ります。糖尿病でなくても血圧の異常や高脂血症がある場合、肝機能の指数が異常な場合はやはり禁忌ですね。
 なぜ甲種の焼酎にかぎって健康イメージがつくのか疑問なのですが、かすかに香る原材料由来の芳香がいかにもなにか自然のものを飲んでいるような錯覚をあたえるのではないでしょうか。成分表を引いてみても健康によいと思われるものは何にもないし、ほんとに健康にいいかどうかは別としてワインに含まれるようなポリフェノールのような不純物も 含まれません。なにしろ蒸留酒なのですから。アルコ−ル度は高いし、あまり勧められるものではないように思われるのです(健康にいいものとしてですよ)
 

それともうひとつ。アルコール依存の問題があります。アルコール依存は病気です。心と体と、家族の病気です。強い度数のアルコールを常に飲むことは決していいことではありません。アルコール依存から脱出しようと努力している方たちの文集を読ませて頂いていますが、それは生易しいことではないようです。家族までも大変な状況に巻き込むことになります。食事もせずにアルコールに浸って栄養失調におちいってしまうこともあります。この問題については仙台市で開業してる加藤純二先生のホームページに詳しくのっていますので是非ご覧になることをお薦めします。→加藤純二先生のホームページ

 もし、「もしかしたら自分も アルコール依存では?」と思われたら保健所や医師にご相談なさることをお薦めします。

 

よくわかる「栄養指導」を目指して。  01.3.5

 近頃読んだ本で超オススメがあります。 「パソコン・インストラクター完全マニュアル」という本です。その名の通りパソコンのインストラクションの技法についての 本です。しかしその技法は栄養指導にも十分通ずる内容です。読むと今までの自分のしてきたことはなんだったんだろうかとガツンとお目玉をもらったような気がします。

いままでの指導法は自己満足に過ぎなかったのではないか。聞いてくれる人たちみんなは心優しく分かったようなゼスチャーをしてくれただけだったのではないか。と反省させられます。

パソコンインストラクターにとっては、受講生の理解がどのくらかがシビアに求められます。この本には微に入り細に渡ってその技法が解説されています。受講生の、言葉ではない表情によるサインを見逃さぬこととか、質問のしかたと受け答えのしかたとかがドラマのように書かれています。

私たちが学生のころは栄養士のほかに教職もとれました。その教科のなかに「教授法」がありそこで教わった授業の展開のしかたや教材の作りかたなどはいまも折にふれ思い出して役に立っています。

今は教職を併修できないようで、教授法を学習する機会はないようです。栄養士指導の授業は当然栄養士やその関係の教師が教えるわけで、教授法の理論そのものではありません。学校教育の現場で培われた技術を勉強することは無駄ではないように思います。

まして営利企業で磨かれたインストラクションの技法は、実地のノウハウがぎっちり詰まっていて即戦力としてとても示唆に富んでいます。

インターネットの書籍販売のサイトを利用すると2,3日で手に入ります(多分普通の本屋さんにはないかも)。ぜひ呼んでみてください。2800円とちょっと高めですが、絶対役に立ちます。出版社は「海文堂」です

 

町のお肉屋さんのお弁当   01.2.25

町の普通のお肉屋さんのお弁当でも400円以下でとても美味しいものがありました。
写真もついたご紹介の記事です

仙台市の高齢者配食サービスについての感想を、先日アップしました。
その後家の近くの肉屋さんでお惣菜をたくさん並べているのを見ました。大体1品200円程度。単身赴任おぼしき男性や普通の奥さんたちが買い求めていました。ためしに3品ほど買い求めて食べてみました。お店の奥さんの手づくりのお惣 菜でなかなか味付けもよく家庭のおかずの味です。

さて、なぜこのお惣菜に目をつけたかというと、3品選んでごはんを足してお弁当の形にしても400円以下で十分なものができそうだからです。この日選んだメニューは、ごはん・肉団子の甘酢あんかけ・肉じゃが・つぼみ菜としめじ、にんじんの煮びたしです。

お弁当全景・・・下はB5版のノート
肉団子
おひたし
肉じゃが

 

それぞれ  ごはん             220g
        肉団子の甘酢あんかけ   80g
        つぼみ菜のおひたし    70g
        にくじゃが           60g

        栄養価 概算  エネルギー  600kcal  たんぱく質 18g   脂質 14.7g

これで量も十分、栄養価もそこそこ、味もよい夕食が400円弱で食べられます。お店のご主人に聞いたら十分採算の合う値段設定だそうです。ということは、仙台市の高齢者配食サービスの1食800円は高い。いかに配達料が加算されているとはいえ(ふつうのお蕎麦屋さんでは大抵出前はただです)高すぎる。

ここ数年来の私の持論なんですが、地元の飲食店や惣菜やさんの「人材」「装置・施設」「岡持とスーパーカブ」を利用し ない法はないでしょう。遠来の中央資本の企業に儲けさせて、地場の零細な企業を圧迫して「地方自治体」の名が泣くというものです。町作りや賑わいの呼び戻しはこんなところに解決の方策があると思っています。どなたか飲食店のまとめ に働いて下さる方はいませんか?

献立のアドヴァイスや連絡調整などを栄養士のグループで請け負う形で私たちも参加したいです。

高齢者配食サービスの弁当を試食して。   2001/2/2


先日、仲間の栄養士何人かで市の高齢者配食サービスのお弁当を試食する機会がありました。私はこのようなサービスが始まったことをとても喜ばしく思い、大変期待しておりましたのでどのようなお弁当が提供されているのかとても興味がありました。ただ巷の声でおいしくないとかメニュと違うものが入っているとかではあまり芳しくない話でしたのでどんなものだろうかとおもっていました。

結論から言うと大きな問題が2つあるとおもいます。

1つ目は、弁当の内容と料金です。
2つ目は区役所の担当者の事業に対する(というよりも市民に対する)姿勢です

弁当の内容について

    1・味が悪い。おいしくない。
    2・栄養量が表示されている量に達していない。つまり量が少ないということです。
    3.食品の中に1品,食品として適正でないと思われるほど食味の劣化したものが入っていた(油分が劣 化して酸化していると思   われるものがありました。)

 4・市場価格から考えて、料金が高すぎる。普通の飲食店で800円の食事といえばかなりおいしくてメニ ューとしても十分なものが
   食べられます。それに引き比べていかに配達込みとはいえ高過ぎます。私なら800円出してはあの弁当は絶対に買わない。せ
   いぜい300円が妥当かと思うくらいの内容でした。
       利用者は500円の負担とはいうものの、持ち帰り弁当屋のしゃけ弁におひたしを付けても480円前後。そのほうがご飯はびっ
   ちりは入っているし(2食分くらいある)、米はおいしいし、よっぽどましなように思います。

       かなり業者に儲けられているか、業者の企業努力が足りないかどちらかでしょう。入札の際に基準をクリアしているそうですがそ   の辺のチェックがどうなっているのか。


市職員の取り組みの姿勢について

1・試食する前に市の担当者と話し合ったのですが、そのときの会話で肝がつぶれるような発言を聞きまし
   た。私がした質問は次のようなものです。

     利用者が業者を選ぶ際の資料や情報はあるのか。
     業者を変更することは簡単にできるのか
    クレームの処理はどうしているのか、クレームがあった場合は業者 を指導しているのか

答え

  資料は区役所の担当部署に写真の形であるので見にくれば見ることは可能 。ということは区役所に出向 かなければどんな内容
     なのか知ることはできないし、実物をみたり試食はできないということ。寝たきりの人や体が不自由な人は何を基準に選ぶのでし
    ょうか。もっとも業者は3社くらいしかないので選択の余地はもともと少ない。
 業者の変更は届を出してもらえばできる
     ということは、変更の申請書のようなものを区役所に出さなければならないということ
 クレームの処理は区役所レベルで処理しており、業者にその内容をつたえたり、指導したりはしていない
     ということは、利用者の声は業者には届いていない。


この話し合いの中で、担当者は、「食べる人はいろいろ言うんですよね。食べ物のこのみはいろいろですから。」というのです。「では好みに合わない食事の場合は我慢してなくてはならないのですか」、といったところ、「この人たちは税金を納めていない人が多いですからね。」と一言。かつて存分に働いていたときには応分の税金を納めていた方たちであり、高齢になって課税されなくなった方たちに対してなんと言うことを言うのかとびっくりしました。そして「高齢になって残り少ない人生をよりおいしいものを食べていただいて、楽しい余生を送って欲しいとは思わないか」といいましたら、「ご飯が食べられればいいじゃないですか。味なんかどうでも」そして、彼の上司もこの場ではないですが、弁当の試食の感想を私たちが述べたとき「業者も儲けなければならないでしょうからね。」というのです。なぜ業者寄りの発言をしなければならないのでしょうか。業者から何か便宜を計らってもらってるのでは?とかんぐりたくもなります。

なぜ、この制度がもっと利用者に喜ばれるような内容になるように考えをめぐらせないのでしょうか。
もっと市民の側にたって、公僕(田中知事のパブリックサーバントではないですが)として本来の職務をまっとうして欲しいものです。


利用者は500円負担をしているわけですが、300円は利用していない他の市民が支えているので税金の使われ方には一般市民にも発言の権利はありますよね。

いろいろな声を聞くと、毎日頼んでいたけれど、あまりのまずさに全部断った、とか夕食の弁当にどう見ても昼食の残りと思われる料理が入っていたなど悪いうわさばかり聞こえてきます。どうも味の好き嫌いなどのレベルではないようです。

ボランティアの高齢者配食グループはこの事業から締め出されたようですし、業者の選定の基準もどうなっているのでしょうか。

利用の伸び悩みや減少もこの辺に原因があるのではないでしょうか。議会の方たちもぜひ試食をしてごらんになった見てください。そしてくれぐれも「こんなものでも食べられるだけいいんじゃない」などということではなく一人暮らしで調理もおぼつかなくなったご自分が食べざるをえないとしたらどう感じるかという視点で議論していただきたいと思います。

がんばってがんばっている栄養士 2000.10.22
 (永仁会病院の見学報告)

先日、宮城県古川市の栄仁会病院で行われている「低たんぱく質の食事療法教室」を見学してきました。
 近年、腎不全の保存期の食事療法として低たんぱく質の食事療法が認知されてきました。たんぱく質を低く抑えた食事をとることにより腎透析にいたるまでの期間を延ばすことができるとの治療法がすすめられてきています。
たんぱく質の摂取量を体重1kg当たり0.5g〜0.8gに抑えると腎臓の受けるダメージを軽減することがわかっています。  

この病院では栄養士の部屋がないそうです。給食場のとなりにはいすが2つほどの事務室があるのですが、そこは委託会社の栄養士が事務を執ったり病院の栄養士がパソコンに入力するときに使っているそうです。なにしろ栄養士が10人もいるのですから、場所がない。

ところがここの栄養士の鎌田さんに言わせると、これでいい!のだそうです。栄養士は必要なところにいつでもどこにでもいる!ことが大切と考えれば栄養士の部屋(給食室)は必要ないと。
病院が新築移転する際に栄養士の居場所が取れないと言うことになった時、これ幸いと栄養士の病棟・外来への定着のきっかけとしたそうです。
いまでは、患者・医師のいるところに栄養士がいないとクレームがつくようになったんだそうです。

患者さんは外来にくるとまず栄養士と話し合う、という段取りになっているようです。患者の食意識や食歴等を聞き取り、医師に伝えるということです。

このことは患者さんにはとてもよい印象を与えているようで、偶然この病院に通っている患者さんからも聞こえてきた声でもわかります。初めて受診して栄養士の丁寧な応対にとても感激したそうです。いままで栄養士というものを見たことがなかったひとたちに栄養士の仕事をしっかりと伝えているようすが伝わってきました。

院長先生にお会いしてお話を聞いたのですが、栄養士の力に大いに期待している、医師だけでは進まないこともチームとして力を合わせれば達成できることがあるからとおっしゃっておいででした。できることなら、もっともっと栄養士を増やしたいともいっておられました。いかに彼女等が信頼されているかの証拠でしょう。

この病院には胃腸科と腎泌尿器科があり透析センターもあります。腎センターでは透析を始める前に身体の計測をし、筋量、体脂肪量、水分量等のチェックをしています。腎センターの石崎先は食事がおいしく食べられる状態をいかにしてを保持するかが透析がうまくいっているかどうかの基準以前の研修会で話しておられました。透析が十分に効果的に行われていれば食欲も湧き、必要エネルギーが確保できる。これがバロメーターになるということでした。透析が不十分であると尿毒素が排出されないため食欲の減退が起きる。そのためには食事の指導と透析量のチェックが欠かせないそうです。入った量と出た量とをしっかりと把握すること。このためには栄養士との密な連携が必須なのだと思います。Dr.たちと栄養士との信頼関係が築かれている様子に感動をおぼえて帰ってきました。

この項のトップにかいた低たんぱく質の食事療法教室は毎月第3金曜日に開かれていて、もう15回(?)にもなるそうです。会場は会議室で、カセットコンロを持ち込んでしていました。調理実習室がなければ調理実習はできないと思い込んでいたわたしにとっては、目からうろこ、の思いでした。
参加者は17名ほど。患者さんもおりましたが、地域の社会福祉協議会のヘルパーのかたも参加していました。腎不全の方や、透析導入の方が増えてヘルパーとしても対応を迫られているそうです。

当日のメニューはあんかけやきそば・酢の物・ミルク葛餅でした。それぞれの指示量に従って各自が自分の分をつくるというもので、設備のそろっているところでも大変な実習を手際よくこなしておられました。
材料の下ごしらえ(洗浄、下ゆでなど)はすべて給食室で済ませてあり、各自の食べる量を計量して調理しました。病状により、炒めるひと、揚げる人、ゆでるだけの人、それぞれでした。

ミルク葛餅もミルクを使うひと、砂糖ではなく甘味料を入れる人、などいろいろでした。患者さんたちは皆さんご自分の食べてよい量をよくご存知できちんと作っていました。

食事を石崎Drや栄養士たちと共にし、午後はDrの講義をおききして終了しました。

味付けもおいしく、たんぱく質調整食品の用い方もよくわかりました。やる気と工夫があればどんなことでもできるのだということを教えていただきました。

「子育てを しない男は夫と呼ばない」って
本気ですか、厚生省さん?

SAMと安室Jr.を起用したポスターで話題になった厚生省のコピー。きっと皆さんもご覧になったと思います。
そうだそうだ、厚生省もやるなと思った方も多いことと思います。でもほんきで夫の育児を応援しようと厚生省は努力しているのでしょうか。
これってすこし本末転倒じゃありませんか。
厚生省は夫が育児に携われない状況についての認識がないのではないですか。
もしあるのならこんなポスターに大金を使うより、若い父親が子供の起きている時間に帰宅できるように労働省や、経団連、日経連などの経済を動かしている大元にもっと強力に働きかけるべきです。
個々の夫や妻に責任を負わせるようなことはするべきではない。
なぜこんな事を言い出したかといいますと、このごろあるところで大きなショックを受けることに出くわしたからです。

先日、市内某所で育児相談の仕事をしました(保健センターでの事業)。離乳初期から一歳半くらいの子供とおかあさんから相談を受けました。
内容は
   夜間の授乳の回数について(母乳の場合2,3時間おきに授乳をしてしまうので疲れるなど)
   夜間なかなか寝なくて困っている(父親の帰りを待って風呂に入れてもらうため夜遅くまでおきているなどと
   夜更かしについて悩んでいるとの声が多かったのです。

終了後、スタッフと事後の話し合いを持ったときに、あるスタッフ(保健婦)よりこんな発言がありました。

  ・乳児、幼児の生活時間が夜型になっているのは世の中の変化である。この不況の時勢では働き盛りの
   男性が夕食に間に合うように帰宅することは望めない。
  ・父親とのスキンシップを求めて子の生活時間が夜型になることを認めるか、生活時間を通常と思われる
   昼型にし後々の保育所、学等の時間帯にあわせるのに備えるかはそれぞれの親の選択である。
  ・よって保健センターでの育児指導においては、個々の親に画一的に早寝早起きの生活を押し付けるこ
   とをしてはならない。あくまで、親自身の選択に任せる。

わたしはいままでこのような指導の概念を聞いたこともなかったし、役所でそのような方針を掲げているともきいいていなかったので大変びっくりしてしまいました。
現状では致し方ない状況であるとは認識しています。でも、何とか夜形の生活を是正する方法を親と一緒に考え探って行こうと努力するのが保健指導であると思っていましたから。

しかし、彼女に言わせると、個人の努力の範囲を超えることを求めるのは個々の親を追い詰めることになる。
第一、早寝早起きが健康によいあるいは生育に必要、夜型の生活が健康や生育に悪影響を及ぼすとの裏付けはどこにもない。
そのような文献、研究統計資料はないというのです。
そして、厚生省の何とかの審議会か研究会、諮問委員会(書きとめなかったのではっきりしませんが)の結論でもそのようなことが言われているとか言っていました。(ちょっと記憶があいまいですが)

でも、太陽と共に起き出でて、太陽の沈むと共に寝る。これが人間として、生物として当然の生活でしょう。
こんな自明のことについてはっきりした研究の裏付けがあるのかないのか文献を調べなければわかりませんが、
すくなくとも1夜型生活によると見られる子供の体調の変化や疾病構造の変化につては厚生省や他の省庁の統計
資料を見れば裏付けられると思います。
保健・地域の予防行政を司る部署のものがこのような考えをもっているとは、大変なショックでした。

行政は常に社会の変化の後おいしかしてきていません。でも現状追認にもほどがあると思うのです。
国民がより望ましい生活を送ることができるように環境を整備すること、他の省庁と調整をし、法整備を
することが役所・厚生省の本来の仕事ではないでしょうか。

声を大きくしてわたしは言いたい。
「子育てをしない男は夫と言えない」などと親を追い詰めないで欲しい。
「子育てのできる時間に父親や母親を家に子供の元へ帰してほしい」と経済団体
や労働省と話し合っていただきたい。

役人の方に言いたい。
お上には逆らわないのがあなた方の特性であることはよく承知していますが、事の本質を見失わないで欲しい。
より望ましい社会を実現するように努力してください。

わたしたち栄養士はなぜ世間的に信頼がうすいのか。いままでそのときその時の社会の流れに流され、言うべきこと、
行動するべきことをしなかったからだと思うのです。
農業の荒廃にも、社会の構造の変化による食環境の悪化にも、何ひとつ有効な発言、行動をすることなく社
会の動きに無関心にただただ勤務大事に大過なくすごしてきたからと思うのです。
もっと社会の変化やながれに敏感になり、後おい、現状追認ではなく、あるべき将来を創り出す努力をしなければなりません。

10年先、20年先の子供の将来の食環境をデザインして、その目的のために行動を起こしましょう。
栄養士会などがやるべきことではありますが、一人一人の栄養士が常にこのことを意識して仕事をして行くこ
とが、とりあえずのわたしたちのできることではないかとおもいます。

厚生省のホームページに介護保険に関するご意見募集の 欄がありましたので次の内容の投稿をいたしました。
お読みいただいてご感想をこのホームページの掲示板にお寄せください。

<<下記内容です>>
わたくしはフリーの管理栄養士として主に保健センターの栄養指導・訪問指導や自身の企画による健康教室での栄養指導をしています。また現在90歳になる母を在宅介護しており、介護保険については仕事上も個人的にもたいへん関心をもっています。

次の点について、介護保険のしくみのなかでどのようなサービスが用意されているのか、またしくみの中には準備されていな いのかについてお聞きしたい。もし準備されていないとすればなぜなのかについてお教えいただきたい。


介護保険のサービスの中に居宅療養管理指導のひとつとして、 栄養指導が認められたのは承知しているが、適用になる要件 としては現在医療保険のなかで行われている在宅訪問栄養食事指導と同じであると捉えてよいのか。

もし同じとすれば、いま高齢者が置かれている低栄養状態・褥創等で苦しんでいる未病状態に対応することはできない。
単に低栄養状態では管理栄養士が訪問指導することは出来ないとする医師が多く、みすみすより重篤な感染症や他の疾病が出来することが考えられても予防することができない。

介護保険の導入によりより多くの高齢者に栄養士としてかかわりを持つことができると期待していたのだが残念に思う。

在宅の介護現場では、身体的介護に重きがおかれがちで介護者自身の「食」も含めて生活自体がなおざりになってしまう。
今度の介護保険制度においては、介護度認定の調査の段階ですでに食事・栄養の確保の観点が欠如していると思う。

日に3度、生きている限り「食」するという行為から逃れることは出来ないにもかかわらず、介護の必要な者にとっての食の確保が担保されない保険制度は欠陥があると言わざるお得ないと考えるがこの点について、お考えをお聞かせ願いたい。

栄養士として、地域の高齢者への訪問指導をしているものとしてぜひ次のサービスを介護保険の中に含めて欲しいと思っている。

1 ケアプランの策定の段階で、栄養状態(身体的な面と生活技術上の調理・
  食意識などを含めて)のアセスメントを導入すること。
2 居宅療養管理指導の「治療食を必要とする疾病」という枠をはずし、
  上記のアセスメントで問題が指摘されたケースにも栄養士の手助けが
  出来るような方策を講じていただきたい。

ある病院の糖尿病教室
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先日、さる大病院での「糖尿病教室」を見学する機会がありました。そこで感じたことなどを少し聞いて下さい。
その糖尿病教室では、毎月テーマを決めて外来、入院の患者さん20人ほどを集めて指導しているようでした。患者さんは必ずしも継続してこの集団指導を受けているわけではないとのことでした。
まずDr.の講話がありました。今回は「運動療法について」でした。次に栄養士より糖尿病での食事療法についての概略的な話しがあり、両方で1時間ほどでした。
  Drの話しのなかでとってもびっくりしたのは、次のフレーズでした。みなさんはこの言葉についてどのようにお考えになりますか。これは日本の医療制度の根底をなす大問題(すこし大げさかな・・・(^_^;))だと思いますが。
  彼は開口一番次のように言ったのです。

    「私たち医師は、患者は病気について充分に知識を持っているとの前提で診察しています。いちいち詳しく説明していてはあれだけの患者さんを全部診察することは出来ないので。もし質問があれば何人かにお答えするする余裕はありますから、なんでも聞いてください。」
 
  患者は病気について正確な知識をどこで誰に聞いたらよいと言うのでしょう。
  「家庭の医学」 などの本でしょうか。テレビやラジオの電話相談でしょうか。どちらもその患者さんについての正確な説明はできません。一般的な説明やまとはずれな説明になってしまうでしょう。
  インフォームドコンセントなどとは程遠い、医療側の意識の低さ!! がっかりしました。
患者は自分の病気や体の状態について詳しく聞きたいのですし、本当の病状を知って今後の方針を立てなければならないのです。   この病院は高度医療をするための病院なので、フリーの患者は診察を受けることは出来ません。紹介状がない場合は、割増料金(?)を支払わなくてはなりません。ま、そういう病院なのでこんな発言になるのか、他の一般的な病院ではどうなのでしょうかね。      あるいは、初診の病院で説明を受けろということなのでしょうか。
 わたしたち栄養士も食事療法についての説明の中で、病態についての説明をすることが多いです。 でもこれはあくまでも 食事療法を    理解してもらうための手段であるべきで医師のかわりをすることなど出来ないし、してはいけないことです。
  患者は医師の責任ある説明を求めているのになぜこんな発言になるのでしょうか。患者は知らされなくてもよいと思っているDrが多   いのでしょうか。
  治療とは、ただ薬を与えて、注射をし、時には手術をすればそれでよいものではないと思います。心の「安心」を医師の一言・一動   に求めているのです。
  この当たりの患者の心理をもっと理解していただきたいと思います。
 このDrの講話は、早口、小声、難しい用語と三拍子そろっていて、高齢の患者は「聞き取れない」、「分からない」と私語していました。 そして、はなしの途中で退席するひとも何人かいました。また演題が運動療法なのに、心臓が悪いからと運動を禁じられているひとも いたようで、ちょっとちぐはぐな感じでした。

 
    
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  保健福祉センターから在宅の訪問栄養指導に行っての感想
 わたしは保健福祉センターからの依頼で在宅寝たきりの方や、準寝たきりの方の訪問栄養指導をしています。保健福祉センターからの訪問栄養指導は、寝たきり防止の為というのが建前になっています。また疾病を持っている場合は医療機関で指導をうけることになっています。
でも現実には訪問して聞き出してみると、病気を山ほど持っておられる場合が多い。それも糖尿病、膠原病、脳疾患などで合併症があり腎不全、心不全、肝臓病、などをともなっているなど結構重篤なことがあります。しかも詳細なデーターがなく、主治医とのコンタクトを取れない状態でどのような指導が可能なのかいつも悩みます。
 結局は、介護者や本人の「胸にたまっている思い(病気のことだけでなく、家族関係や、福祉窓口への不満などなど)」を聞いてあげることぐらいしかできないことが多いのです。疾病について立ち入った指導はとても出来ません。そんなときには、「病院で医師に”栄養士の指導が受けたい”と申し出てみて」としつこく奨めるようにしています。病気に応じた栄養指導は種々のデーターやDrの指示がなければできないことをお話しています。
病院にかかっている患者さんでも栄養指導を受けたいと医師に申し出ても、あるいは看護婦に言っても、取り上げてもらえないという方がいます。いかに栄養士の存在が認められていないかを痛感します。せっかく管理栄養士を置いているのだからもっと活用して下さると患者さんのためにも、保険者のためにもなると思うのですが。
 ただ、開業の医院(多くの場合栄養士は居ないことが多い)にかかっている患者や、寝たきりで定期的に医師の診療を受けていない場合(これが結構多いです。これからは介護保険のからみで少なくなるとは思いますが)には栄養士の指導をうけることは不可能です。

開業の医院でも栄養士が配置され、栄養指導が気軽に受けられるようになるとよいとおもうのですが。
医療現場での栄養士への認識は
ある医師は「栄養指導は看護婦でもできる」といいました。また看護協会のトップにいたある方は「看護婦教育の中でも栄養指導の教育は力を入れている。看護婦でも十分できる。」と自信をしめしました。
栄養士の栄養指導は他職の指導とどう違うのでしょうか。業務独占でない栄養士としては栄養士の売り物はなにかをしっかりとみすえて行かなければなりません。
わたしは、今までの経験のなかで、相手方の生活と食習慣に根ざした継続的な指導ができるかどうかだろうと思います。生活実態をしっかりと把握して、実行可能な方法を提示できるかどうかだろうと思います。教科書的な画一的な「指導」は誰にでもできるわけで、相手方と信頼を築いて、いろいろな制約のある生活のなかでどうしたら健康を回復できるか、健康を持続増進できるかをプランニングできるかが問われていると思います。
なかなか実行は難しいけれど、目指して行かなければと思って居ます。
患者さんは、病院や保健所などでは一見従順に栄養士のはなしを聞いてくれていますが、その心の中ではどうなのでしょうか
わたしたちがお宅を訪問してみると、病院で栄養指導は受けたけれどさっぱり分からなかったなどという声をきくことが結構あります。また栄養指導を受けたのは何年前だったかしらなどといいます。継続して指導を受けたいと思わせない原因は何かを考えていきたいと思って居ます。信頼され頼りにされる栄養士になっていきたいと思っています。
わたしたち栄養士も努力して、医療現場で通用するにたる技量を身につけるよう努力をいたしますので、医師、看護婦の方たちももっと栄養士を活用するようにし頂きたいものと願っております。
栄養指導が保険の適用になる疾病もあります。集団指導、個別指導、在宅訪問指導などそれぞれ保険点数が算定できますので是非栄養士をご利用頂きたいと思います。

宮城野区での地域医療に関する栄養士の取り組み
宮城野区では区内のいろいろな職域の栄養士があつまり「宮城野区栄養士ネットワーク」という会を作っております。在宅ケア連絡会とも連絡をとり、地域の在宅医療の中での栄養士の働きかたについて考え始めております。
食べることをないがしろにしては治療も、服薬もスムーズにはいかないはずです。わたしたち栄養士は、栄養成分での栄養指導ではなく、そのひとの生活全般に基づいた(経済的なことももちろん含めて)指導を心がけて参りたいと思っています。
そして、病院、医院、行政、老人福祉施設、など職域を横断したネットワークで地域の食改善に貢献するために活動して参ります。
栄養士について

栄養士のほんとの仕事はなんだろうか、とここ10年ほど考え続けてきました。
そしてわたしはこんなことに思い当たりました。
栄養士とは目前の仕事は、もちろん各自のおかれている職場の職責でしょう。
給食管理であったり、栄養指導であったりそれぞれの仕事があると思います。でも、それだけですか。
それだけでじゅうぶんですか。 大学を卒業してはや30年になろうとしています。その間の食環境についての栄養士の働きようは
どうだったか。思い返してみると、その時々の学説にながさ れ、世の中にの食料事情にながされ、主体性なく目の前の事象に
あたふたとしてきただけのようにも思われます。

むしろ、いろんな世の動きの後始末をさせ られてきただけのようなむなしさを感じています。 これでいいのでしょうか。
いろいろな学説、トッピックス的な情報に飛びつく大衆やマスメディアに左右されない人間本来の食のありかたや
栄養についての意見をもっと公に表明する 努力、発言方法を身につける必要があります。 栄養士の本当の仕事とは
「日本の、地域の食環境を正しく導く」ことに尽きるのです。そのための方法として、目前の職場の仕事があるのです。

給食を提供 することだけに、栄養指導することだけに満足していてはいけないのです。 給食を提供すること、病気の
ひとに栄養指導することなどにより知ることのできた地域の抱えている食の問題をつねに意識してなんとか解決の方法を
模索し ていくこと、このことが「栄養士に課せられた本当の仕事」だと思います。 こんなことを考えながら毎日の仕事に
取り組んでいたらとってもおもしろく仕事ができると思いませんか。 こんなことを考えながら仕事をしていたら、決して狭い
給食事務室の枠のなかでは収まらないですよ。 もっと世の中のいろいろな職種の人たちと人の和、つながりを持ちましょう。
がんばれ! 若いちからを持った栄養士!!! 視点を高く持ちましょう。

とまあこんな書きこみをしたわけですよ。
看護婦、保健婦、薬剤師にはできない栄養士だけの仕事のしかたをもっともっと考えていかなければならないですよね。

どうも、栄養士の仲間の頭のなかの「われらの仕事」の範疇は「給食。・大量調理」しかないひとが多いように
思います。これからの世の中、コンビニや持ち帰り弁当、総菜屋が大繁盛。
よりおいしいもの、今食べたいものを求めるいとが多くなることでしょう。会社においても、学校においても、
さらには入院している患者においてさえもきっと食べたいものを購入して食べるようになると思います。

そんなときに、集団給食にへばりついてばかりいてはいけないのではないかと思うのです。
世の動きの先を読んでマスとしての地域の食の健康を守ること、経済原則に置いていかれがちな弱者の食を
死守すること、このことが栄養士の本当の仕事なのではないでしょうか.栄養指導も、給食管理もそのための
技術・方策であって目的ではないはずです。

大切なのは、日本の、わたしたちの食文化・食健康をどのようにまもり、よりよい方向へ導いていくかの論理を
確立することであり、そのための方法論を現実にそくしたものとして考えていくことなのではないでしょうか。

 
▲UP