story 27

エミイは美わし

ミサイルの開け残りを探して、アケドを通る私鉄沿線を順繰りに廻り始めたのは、あの年の秋がそろそろ終わり、襟巻きのひとつも巻きたくなる時期のことだった。

数年前のリスキー2に懲りているのか結局スールにミサイルが入ることはなく、スールには打つべき台がなかったので僕はひとりであちこちをうろうろとしていた。

この私鉄に乗ると思うと、 ミドリちゃんのこと を思い出さないではいなかったが、エミイのことを考えないで済むのならそれもいいと密かにほくそ笑んでいた。しかし実際にこうしてひとり電車に揺られてみると、ミドリちゃんとエミイのことが交互に浮かんできて、そこに相乗効果でも生じているかのようにさらに僕を苛むのだった。

 

それまでアキツには降りたことがなかった。
数日前、ここにあるヒカリという店がミサイルを入れての12時開店だ、という情報をスールの常連から得てはるばるやってきたのだが、そのことを耳したときはまさか本当に自分がここに来るとは思ってなかったから詳しいことはまったく聞いていなかった。駅の階段を下りて北口、南口という表示を目にしてやっとそのことに思い当たったのだから、まあ、のんきな話だ。
少しでも賑やかな方にあるだろう、と見当をつけて南口から出ることにした。

 

夕方もう一度ここに来るから、いてよ、と エミイに言われたあの日 、他所の街で僕はそこそこのミサイルを打っていたにもかかわらず、空が暮れかかるとそれ以上打っていられなくなり、怪訝そうな顔をして僕を見つめるタカカワ君を後にアケドにとって返した。

帰りの電車の中、窓に映る自分の顔を見ながら、あのエミイがこの僕を待っていると想像するだけで甘美な思いがこみ上げてきてならなかった。こうしているだけでエミイと僕の間にある距離が縮まってゆく。時間が短くなってゆく。そのことが切ないまでに僕の心を打つのだった。

薄暗い空にはまだわずかな陽が残っていたが、アケド駅から見えるポルカ・ドッツはイルミネーションで飾られたクリスマスツリーのように色とりどりに点滅していた。ゆっくりと開いてゆく自動ドアにぶつかりながら店内に入り、昼間とは比べようもないほど多いお客さんを掻き分けるようにして奥にあるアクダマンのシマへと急いだ。

その通路の先に壁にもたれるように立っているエミイが見えた。それは昼にエミイが現れたあの場所だった。そこからあのとき僕が打っていたアクダマンの角台をぼんやり見つめていた。その台では灰色のコートを着た見知らぬ客が煙草を不味そうに吸いながら無心で玉を弾いていた。

エミイは僕に気づくと少し笑った。
お互い何も言わず、ポルカ・ドッツを出てあてもなく歩き始めた。
歩きながらエミイが「ごめんね」とつぶやいた。

僕はその言葉の意味を理解できず、それが言葉であることさえも気づかず、ただただ美しい音であると感じていた。その美しい音が他の誰にでもなくこの僕に向けて放たれたのだと思うと、たとえようもなく嬉しい気持ちが湧いてきた。

そのまましばらく行くと私鉄の南を走っている少し大きめの道路にぶつかった。その向こうに木立に囲まれた小さな野球場が見えた。すでに夜間照明が灯っていてその光の下でどこかの草野球チームが試合をしていた。

僕たちはそのライト側にあるベンチに腰掛けた。
そこでは辺りにある何もかもがナトリウム灯によって妖しく色づいていた。

ねえ、エフタさん
私のこと、どう思ってるの
・・・
私、エフタさんとならどこに行ってもいい
ねえ

エミイはスカートからのぞいている形のいい自分の膝を見つめながらそう言った。
僕もエミイの膝を見つめていた。
それからエミイの唇を見つめていた。
そしてエミイの長い睫毛を・・・。

 

アキツ駅を少し離れただけで風景が閑散としたきた。
区画の角にあった煙草屋の窓から見えるおばさんにヒカリの場所を尋ねるとそれはすぐ近くにあるらしかった。教えられたとおり、下水道に架かっているまだ新しい小さな橋を渡って突きあたりを左に折れ、正面の道をさらに右に折れるとそのすぐ先にパーラー・ニューヒカリの看板が見えた。

ニューヒカリはそれほど大きな店舗ではなかったが店内にほとんど客が居なかった。新装のミサイルのシマを見るとその数はわずか8台ほどだったがこの分だと台取りに問題はなさそうだった。

台の見分をしていると背後から声をかけられ、振り返ると開店プロのオトツッチ君が笑って立っていた。珍しくひとりだった。打ちに来たのかと尋ねると、来るのが遅いよ、と怒られた。もうミサイルの整理券は配り終わっているという。たぶん仲間は飯でも食いに行っているのだろう。

そう聞いて妙にすがすがしい気分で他の台を物色した。億万長者によさげな台があったので12時を待たずそれを打つことにした。

 

つまりあの日、エミイは僕に駆け落ちを持ちかけたのだ。

エミイの放つ美しさのオーラに包まれ、何かを認識するとか判断するとか、そんな行為になんの価値も見いだせなくなっていた僕は、こうしてエミイの側にいられるというのなら、その代償に何を失ってもいいと感じていた。エミイがいれば他の何も必要はない、そう信じていた。

しかし、にもかかわらず、いや、だからこそだろうか、そのとき僕はあらゆる行為を放棄した。
エミイの言葉に僕の言葉を返すこともなく、冷たくなってゆくエミイの細い肩に触れることもなく、世界の変貌を恐れて震えているドブネズミのように、僕はエミイの側で凍りついて動かなかった。エミイの美しさにひとりで溺れ、窒息し、それで満足していた。

だが、ちっぽけな行為こそが世界を変えていく。

翌日、よく仕込まれた訓練犬のようにいつの間にかスールにやってきた僕は、タカカワ君からそのことを教えられた。

「おおみね君ガイナクナリマシタ」
「えみいトフタリデ逐電シタヨウデス」

こうしてオオミネ君とエミイは僕の世界を変えた。

 

打ってみるとその億万長者は意外と回ったしぼちぼち当たりを引くこともできた。下に二三箱積んだところで席を立ちミサイルのシマを覗いてみると、すでにオトツッチ君の姿はなかった。空き台があちこちにあった。

そのまま夜になり、玉を流して換金し、いくらかの日当を得て家路についた。アキツ駅前にあった小さな本屋に寄って文庫を何冊か買い、帰りの電車の中で読んだ。原なんたらとかいう人のハードボイルドが面白かった。

 

顔を上げると窓という黒い壁にひとつの顔が浮かんでいた。
僕はその顔に言葉というノミで決して消えない事実を刻みこんだ。

 

オマエハ・・・えみいヲ永遠ニ失ッタ

 

ほどなくして電車はアケドに到着した。

2004.12.15

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