第四十三ページ『台風一過』

とんてんとんてんとんてん・・・。
正午から絶え間無く七梨家に響き渡っているこの音は、家の補強をする音だ。
シャオの支天輪より呼び出された羽林軍(総勢四十五人)が、懸命に作業している。
「シャオー、こっちの方も手伝ってくれー!」
屋根の上に座っていた那奈が庭に向かって声を上げる。
と、それにシャオが顔を上げた。
「はーい、分かりましたー!羽林軍、悪いけど那奈さんの所へ行ってあげて。」
羽林軍を具体的に指差し、指示をする。
指名された羽林軍は急いで那奈の元へと掛け付けるのだった。
ちょうどその時、シャオの元へ汗だくになった太助がやって来た。
「こっちの方は終わったよ。ルーアンもキリュウも作業を終えた様だ。」
自分の肩に乗った羽林軍たちと一緒に報告。
シャオは“分かりました”と笑顔で答えると、那奈が居る屋根を見上げるのだった。
「風が強くなって来ましたね・・・。」
「ああ。今度の台風は相当強烈そうだから・・・。」
そう。太助達がなぜ総出でこのような作業を行っているかというと、台風に備えての事である。
日頃ヨウメイから聞かされている。“自然の力を侮ってはいけませんよ”と。
その言葉通りに、こうやって備えているわけなのだが・・・。
「たくう、なんでヨウメイは寝てるんだよ・・・。」
「でも、ヨウメイさんに力仕事は無理ですわ。」
不機嫌そうに呟く太助をシャオはなだめる。
この大掛かりな作業を開始したのは昼食後のニュースを見てからである。
しかし、昼食を食べるなり自分の部屋へ戻って昼寝を決め込んだヨウメイにこの事は知らされていない。
また、ヨウメイを起こそうとしたルーアンをキリュウが止めた。
「どうせヨウメイ殿はなんの力仕事もできないのだから。」
という事だ。それは確かに筋にあっており、皆は頷いてそれぞれで作業をするのだった。
そんなこんなで時間も過ぎ、風が少し吹き始めた頃に最後の作業、つまり那奈の担当が終わった。
「ふう、終わりっ!!」
元気よく汗を拭って下に居る太助とシャオに目で合図する那奈。
それに答えるかのように、二人は笑顔を見せたのだった。

全ての補強が終わって皆でリビングでくつろぐ。
くつろいでいるのは太助、那奈、ルーアン、キリュウ、の四人だ。
シャオは夕飯の支度、そしてヨウメイはまだ昼寝中である。
「あーあ、だるー。これで台風が来なかったらお笑いよー。」
「ルーアン、何だれてんだよ。ほら、風が強くなってきたし、いよいよだぞ。」
那奈の声にはっとして耳をすます太助達。
確かに強い風が吹いているのか、がたがたと木の補強が揺れている感じが分かる。
慌てて太助がテレビをつけると、丁度されていたニュースは台風情報でいっぱいだった。
各地の中継映像が、そのものすごさを物語る・・・。
「すげえな・・・。今夜鶴ヶ丘町にこんなのが来るんだ。」
「さすがに自然は侮れないな。とはいえ、それを言っていた本人がぐーすか寝ているとは・・・。」
驚いた顔から呆れ顔になり、呟くキリュウ。
皆がその声に頷こうとした丁度その時、リビングの扉ががちゃりと開き、欠伸をしながらヨウメイが顔を出した。
「ふああ・・・おそようございますう・・・。」
眠たげな、のんきそうなその顔に那奈は思わず声が出た。
「あのなあ、台風が来てるって時によく寝てられるよなあ・・・。」
「ふえっ?台風?」
「そうだよ。それで昼食の後に皆で・・・」
那奈に続こうとした太助を片手で制して、ヨウメイは統天書を開けた。
彼女は、他人の説明を聞くよりは自分で事柄を調べた方が早いと分かっているのだ。
やがてふむふむと頷いていたかと思うと統天書をぱたりと閉じる。
そして、呆れ顔になって皆を見まわすのだった。
「たくう、なんで起こさなかったんですか・・・。」
「どうせヨウメイ殿は力仕事などできないだろう?」
すかさずキリュウが反論。しかしチラッとそれを見やっただけで、ヨウメイはすたすたと歩いて行った。
向かった先は玄関。そしておもむろに扉を開けて外へ出る。
様子を見ていた四人は、慌ててその後へ続くのだった。
「何やってんだヨウメイ、扉閉じろって!!」
「ひえー!!ものすごい風ー!!」
適当に話をしている間に風は相当強まった様だ。
一瞬飛ばされそうに成った体を慌てて押さえるルーアン。
他の皆もそれぞれ圧倒されていたが、そんな事はお構い無しに、ヨウメイは静かに統天書を開けた。
「来れ・・・快晴!!」
その途端に、パッと辺りが静かになる。風も雨も、全てが一瞬で止まったのだ。
「足りない雨は私がまた別の日に適当に降らせますから。じゃ、そういう事で。」
めんどくさそうに告げたヨウメイは、固まっている四人の間を擦りぬけて家の中へと入っていった。
それに合わせるように四人の首がぐぐっと動く。
そして、改めてそれぞれ顔を見合わせるのだった。
「・・・なるほどな、起こすべきだった。」
「誰よー!!ヨウメイを起こさない方がいいなんて言ったのはー!!」
「それは・・・おいキリュウ、何処へ行くんだ?」
いつのまにかそろりそろりとその場を抜け出そうとしていたキリュウ。その肩を那奈はがしっとつかんだ。
「い、いや、その・・・。」
「言い訳は聞きたくない。それより、あたし達が何を望んでるか分かるな?」
「な、何だ?」
恐る恐る訪ねるキリュウ。すると・・・。
「「「後片付けは全部キリュウがやれー!!」」」
太助、那奈、ルーアンの三人は一斉に叫んだ。
力無くそれに頷いたキリュウ。
その直後に、
「皆さーん、夕御飯できましたよー!」
というヨウメイの声によって、ますます落ちこんでしまうのだった。
翌日、経過を聞いたヨウメイがそれを呆れた様に手伝っていた。

<しゅうりょう>


第四十四ページ『帰り道』

夕方、学校から家へと帰っていた花織、熱美、ゆかりん、ヨウメイ。
いつもの様に、仲良くお喋りをして歩いている。
と、途中で熱美がくるっと横道へ入った。
「ねえねえ、こっちの道行ってみない?」
「そっちは遠回りだよ。何かあるの?」
不思議そうな顔するゆかりん。他の二人が口を開く前に熱美がにやっと笑った。
「こわーい犬がいるの。つまり、度胸試し!」
ビシッと遠くを指差した熱美。
どうやら説得しても無駄の様に見えたので、三人ともそれに従うことにした。
歩く事数分。とある家の門の近くに、鎖で繋がれたなんとも恐そうな犬の姿が見えてきた。
寝ている事もなく、四人の姿をじっと睨んでいる様だ。
「うわあ、凶悪そう・・・。」
「確かに恐いね。」
「あ、熱美ちゃん・・・。」
「だ、大丈夫だよ、花織。ほ、ほら、鎖で繋がってるでしょ?」
発案者の割には熱美が一番震えている様だ。
「でもね、その気になったらそんな鎖ひきちぎられるんじゃない?」
「えっ・・・。楊ちゃん、それ本当?」
思わず三人の視線がヨウメイに注がれる。と、ヨウメイは黙ってこくりと頷いた。
なんと言っても地教空天の言う事だ。間違いではないだろう。
とりあえず引き返す事もせずにゆっくりとそれなりに近付いていた四人。
家の真ん前に来た時に、その犬がすっと立ちあがった。
ガルルルルル・・・
剥き出しにした尖った歯、口から滴り落ちているよだれがいっそう恐怖を募らせる。
「ね、ねえ熱美ちゃん、度胸試しって何するの?」
「そ、そりゃあ、犬に、触って、おまけに喧嘩売るとか・・・。」
「ちょっと、そんな事したら絶対襲われるって!!」
ワン!!
「「「ひいい!!」」」
少し大きな声をゆかりんが出した途端に、犬が一つ吠えた。
その声に驚いて見をすくめる花織、熱美、ゆかりん・・・。
「・・・なんで楊ちゃんは平然としてるの?」
「だって・・・犬だもん。」
「答えになってないって。犬だって恐いものは恐いんだから。」
「じゃあ私が犬を静めるとっておきを見せてあげるね。」
「へ?ちょ、ちょっと楊ちゃん!」
三人が震えながらも手を伸ばしたが、ヨウメイはずんずんと犬に近付いて行った。
しかし、射程距離外の所でちゃんと止まる。そして犬をじっと見た。
「落ちつきなさいよー、犬さーん。」
のんきに構えてそんな事を言う。すると、犬はそれに怒ったのか、おもいっきりヨウメイに飛びかかろうとした。
「楊ちゃん!」
とっさに花織が飛び出し、他の二人も一緒になって駆け寄る。
その時、ヨウメイはゆっくり目を閉じたかと思うと、“ギン!”と目を開いた。
一瞬犬の動きが止まる。その次には、全身を震わせながら必死に反対方向へ逃げ出そうとしていた。
声も立てない、ただ体を懸命に動かしているだけである。
ぽかんと口を開けてそれを見ている三人。と、ヨウメイが呼びかけた。
「さ、もう行きましょ。心配しなくてもしばらくすれば元に戻るから。」
「う、うん・・・。」
そして四人はその場所を後にした。
少し経ったところで、熱美がヨウメイに訪尋ねる。
「ねえ楊ちゃん、さっきは一体何をやったの?」
「犬がおびえる目つきをしただけだよ。
ちなみに普通の人間にそんな目をするとたちまち襲いかかってくるからね。」
「なんなのそれ、恐い・・・。」
ヨウメイの答えに震える熱美、そして花織。
「もちろん全生物に対してそういうのがあるよ。ま、あんまり使うもんじゃないけど。
でも簡単に誰でもできるから、私でもできてるって訳。」
「へええ・・・。ねえ、今度教えてよ。」
二人とは逆に、ゆかりんは興味津々の様である。
「だあめ。そんなもん教える前にもっと別の有意義な事教えてあげるから。」
ヨウメイはそれを拒否。そして少しばかりの笑みを浮かべるのだった。

<オワリ>


第四十五ページ『楽器に触ろう(第三楽章)』

「ヨウメイの楽器講座〜!!!今回はこれ、クラリネットです〜!!」
明るい声で元気良く告げたかと思うと、ヨウメイはすっとその楽器を取り出した。
ぱっと見れば縦笛。黒く光る本体に、銀色の様々な金具がついている。
「これを・・・キリュウさん、吹いてみてください。」
「わ、私がか?で、では・・・。」
名指しをされて、緊張気味に立ち上がるキリュウ。
ギクシャクした動きながらも前へと出た。
「ではキリュウさん、手をこうやって・・・そうそう、そう持ってください。
それでこのマウスピースを・・・」
「ちょっと待ったヨウメイ殿。私にそういう事を言われても・・・。」
楽器を手渡されたものの、聞き慣れない言葉に当然戸惑うキリュウ。
見ている他のみんなも同意見の様で、うんうんと頷いている。
「ではまず名称の説明を致しましょう。
まず口にくわえるのがマウスピ−ス。リ−ドをつけて吹くんです。
マウスピースってのは、円錐を斜めに切ったような、まあとにかく咥える部分です。
リードってのは・・・」
言いながらヨウメイは、キリュウに持ってもらったままマウスピースについている金具を外し、
一枚の小さな板の様な物を取り出した。
大きさは幅約一センチくらい、長さが約五センチくらいのものだ。
厚さはあまり無く、一・二ミリ程度であった。
「この木の板をリードと言います。このリードを震わせる事によって音が出るわけなんですよ。
そして、リードをマウスピースにつけているこの金具をリガチャ−。分かりましたか?」
とりあえず三つの部品の名称を解説。それで分かった様で、キリュウも含めて皆が頷く。
「ついでですから他の名称もちょこちょこ言っておきましょう。
このマウスピ−スの下がタル、またはバレルといいます。よ〜く見ると樽型になっているでしょう?」
指でキリュウが持っているクラリネットの部分部分をなぞりながら名称を解説。
目で追っていた皆は、やはりというか、こくこくと頷く。
「で、タルの下の左手で持つ部分が上管。右手で持つ部分が下管です。
そして一番下の部分がベルです。よ〜く見ると教会とかの鐘に似てますよね?
上管の裏についている細長い(?)キ−がオクタ−ブキ−です。
こんなところですね。後で実際によおく見ておいてください。」
ちゃきちゃきと名称の解説を終えるヨウメイ。
傍で聞いていたキリュウは、小声で言われた事を繰り返していた。
「じゃあキリュウさん、実際に吹いてみましょう・・・って、リード外しちゃいましたね。
ちょっと貸してください、付けなおしますから。」
「・・・う〜む、ここがばれる、ここがおくたーぶきー、ここが・・・」
「あの〜、キリュウさ〜ん。」
「・・・ん?どうした?ヨウメイ殿。」
「どうしたじゃ無いですよ。リード付け直しますからいったん楽器貸してください。」
「ん?これはヨウメイ殿の楽器ではないのか?」
「あの、そういう意味じゃなくて・・・。」
夢中に成っていたキリュウからなんとか楽器を手渡してもらいリードをしっかりとつける。
そして再びキリュウに手渡すと、早速咥えてもらうのだった。
「え〜と、咥え方にも決まりがあります。
まず下の歯は下唇で覆います。その上にリ−ドがついている面をあて、上の歯でくわえる!!
マウスピ−スと口が同時に動くくらいがっちりくわえないと駄目ですよ。
深くかむのもだめ。浅すぎても安定しません。ここが難しいんです。」
「う、うむ・・・。」
言われるがままマウスピースを口にくわえるキリュウ。
戸惑いながらも、なんとかいわれたとおりに咥える事が出来た様だ。
「それでは実際に音を出してみましょう。
息を入れます。かなりの肺活量が必要になりますけど・・・。」
「ふう〜・・・。」
息を入れるキリュウ。だが音が鳴らない。
聞こえてくるのはキリュウの息を吹き込む音だけだ。
「ただ闇雲に息を入れるのはバツですよ。
一度口の中にためてから少しずつ入れます。舌の位置にも注意してください。
リ−ドに舌がついてしまっては音は出ませんよ。リ−ドが震えて音が出るんですから。」
「ふー・・・♪ぽ〜。おお!!音が出たぞ!!」
感動のあまり口を外して大喜びするキリュウ。
「やりましたね、キリュウさん。一度音が出てしまえば後は楽勝です。
でも吹くときに頑張るからって頬を膨らませるのはペケですからね。
・・・って、聞いてますか?」
一度喜んだと思ったら、すぐさまマウスピースを咥えてクラリネットを吹きだすキリュウ。
他のものはそっちのけ、つまりは夢中に成っているわけだ。
しっかりと音を変えたりとクラリネットを満喫している。
「・・・まあいいや。キリュウさんが満足するまで皆さんにはクラリネットについて色々聞いてもらいます。」
「ええー!?俺も吹いてみたい〜!!」
「あたしもあたしもー!!」
ヨウメイの宣言によりたかしや花織といった者から反論が巻き起こる。
と、それを聞いてか、キリュウが楽器から口を離して告げた。
「試練だ、耐えられよ♪」
軽くそう言ったかと思うと、楽器吹きに素早く戻る。
どこで覚えたのか、『エーデルワイス』をなぜか吹いていた。
「早くもここまで吹けるようになってるなんて、キリュウさんてすごい・・・。
では素晴らしいBGMを聴きながら講義といきましょうか。
クラリネットは元はシャリュモ−という楽器にオクタ−ブキ−をつけて出来た楽器なんです。
そのころはトランペットの高音域をクラリ−ノと読んでいました。
そこから、高音域の出るシャリュモ−ということでクラリネットになったわけです。
楽器の種類として、普通のクラリネットはB♭管ですね。
他にちょっと短いSクラリネット。低音楽器のバスクラリネット。
そしてバセットホルン。他にもクルムホルンというものも・・・。」
どんどん喋り出したヨウメイ。キリュウと同じく夢中に成っている。
結局今回楽しんでいたのはキリュウとヨウメイだけだったようだ。

<ぽ〜♪>


★特別企画≪14の音≫のタイトルで話を作ろう★

☆第四十六ページ『胸の鼓動』

くらいくらい闇の中に彼女はいた。
目をこらしても、ただ真っ暗な空間だけしか見えない。そんな闇だ。
また、ここには音らしい音も無い。
聞こえてくるのは・・・。
(どうしよう、私。初めて・・・主様に嘘を教えてしまった・・・。)
悲痛な自分の心の叫びであった。
今は亡き主に教えた事。
其の時は真実であったはずだ。なんと言っても統天書に載っていた事柄だったからだ。
内容は何気ない事。病気の治し方だ。ところが、それが元で主は死んでしまった。
理由はただ一つ。教えた事柄が真実でなかったという事・・・。
死に際に、主は傍に居る本を抱えた少女に告げたのである。
(気にする事は無い。密かに私が嘘の事柄に書き替えておいたんだ。君に責任は無いよ。)
(無茶苦茶です!!どうしてそんな事をしたんですか!!)
(知識を教える点で完璧な君が失敗する所を見てみたかったんだ。)
(あんまりです・・・。何故・・・何故なんですか!)
(一度でも失敗する事によって後がより完璧になる。そう思ったからだよ。)
(そんな・・・。だからって自分の身を犠牲にするなんて!!)
(いいじゃないか。これが君へのせめてもの恩返しだ。失敗を、教える・・・。)
(主様?主様ぁー!!!)
心の中の回想が終わり、再び自分に見えているのは真っ暗な闇だけとなる。
(嘘を教えて、主様を死なせた・・・。知教空天に失敗を教えようとするなんて・・・。)
心の呟きがそこで消える、そして静寂。
・・・いや、静寂ではない。はっきりと自分の耳に聞こえるものがあった。
(これは・・・私の胸の鼓動?そういえば昔言ってたな。
“例え別れても君の胸に私は居るよ”なんてキザな事を・・・。
・・・応えなくちゃ。今度こそは失敗なんてしない。狙われてもさせない。)
新たな決意を胸に抱き、少女は力いっぱい自分に言い聞かせるのだった。
(これ以上人から教えられてなるもんですか。教えるのは私なんだ・・・!)
知教空天としての誇りを取り戻したかのように、次なる主を彼女は待つ。
ちなみに、この出来事が後々の彼女の性格に影響を与えたかどうかは定かでは無い。

<とんとんとん>


☆第四十七ページ『森』

ある昼下がりの事。
キリュウとヨウメイの二人は、とある山小屋の前にたたずんでいた。
小さな湖があるそこは、静かな雰囲気を醸し出している。
「いい所ですねえ・・・。ここで主様とシャオリンさんが?」
「いや、そうではない。結局は目的を果たせなかった様だからな。」
「・・・まあルーアンさんの妨害が入ってたから仕方ないといえば仕方ないですか。」
苦笑いしながら、ヨウメイは湖とは別方向の、森の中へと入って行く。
ここは、以前太助がシャオに告白しようとしてやって来た山だ。
興味深いと思ったヨウメイは、キリュウに頼んで一緒に来てもらったのである。
木々がうっそうと生い茂る中、二人はゆっくりと歩く。
大地の精霊であるキリュウを祝福するかのように、木々達が、動物達が、わずかながらに音を立てる。
それに対してキリュウ自身も答えるかのように優しげな表情をする。
その姿が会話しているかのように見えたので、ヨウメイは尋ねてみた。
「何を話していらっしゃるんですか?」
「・・・大した事ではない。久しぶりだな、と。」
「なるほどねえ・・・。あ、あの辺りですかね?」
途端に視線を変えてある個所を指差すヨウメイ。
いきなりの事に戸惑ったキリュウだが、静かにそれに応えた。
「ああ、あの辺りだったはずだ。主殿とシャオ殿がようやく・・・。」
そこは太助がシャオを迎えに頂上へ向かった時にシャオとであった場所。
つまりはルーアンの攻撃を受けて倒れた場所でもある。
「よーし、早速・・・と思ったけど止めた。」
開けかけた統天書をヨウメイはすぐさま閉じた。
「・・・何をするつもりだったんだ?」
「ちょっと残留思念に関して色々。でもどうでも良くなりました。
キリュウさん、ちょっとこの山の中を案内してください。」
「そんなに言うほど出来ないと思うが・・・。」
「いいですよ、出来る範囲で。さ、行きましょう。」
当初の予定を変更し、キリュウとの森林浴にいそしむヨウメイ。
キリュウ自身も深い森を自由に歩む事を堪能している様だ。
二人とも、森から聞こえてくる囁きに耳を傾けながら・・・。

<あなたの声>


☆第四十八ページ『Church bells』

「主様、ちょっと質問があります。」
「質問?珍しいな、ヨウメイがそんな事言うなんて。で、何?」
「はい。来る結婚式、西洋式と日本式どちらがいいですか?」
「・・・?誰の結婚式?」
「いやだなあ、主様とシャオリンさんの、に決まってるじゃないですか。」
けたけたと笑いながら太助の肩を叩くヨウメイ。
しばらく固まっていた太助だったが、急激に顔が真っ赤になって行く。
「け、けけけけけ・・・」
「あははは、何が可笑しいんですか?けけけけなんて笑っちゃって。」
「わ、わわ、笑ってなんかいないって。それより・・・結婚式ぃ〜!?」
「そうですよ。ほらほら、どっちがいいんですか?」
「えーと、シャオのウェディングドレス姿を見てみたいから西洋・・・って、何を聞いてるんだよ!!!」
「いえね、もし西洋式がいいって言うんならそれなりに私が多く動きたいものですから。
立派な鐘を用意致しますよ。」
「・・・鐘?」
「そうです。りーんごーんってね。聞くだけで幸せいっぱいに成れる鐘!
ばっちり用意致しますので楽しみにしててください。」
「そ、そう・・・って、だからなんでいきなり結婚式の事なんて聞いて来るんだー!!」
「まあまあ。さてと、次はシャオリンさんだな。では主様、ありがとうございました。」
「つ、次はシャオ?待てぇー!!一体何をしようとしてるんだー!!」

<DING DONG DING>


☆第四十九ページ『猫』

キリュウとヨウメイの部屋。何気なくボーっとしていた二人。
と、何かひらめいたのかキリュウがヨウメイに言った。
「ヨウメイ殿、一つ問題を出そう。統天書を使わずに当ててみせよ。」
「おおっ、いきなりそんな事を言ってくるなんて。それで賞品は?」
「答と同じ品物を差し上げよう。ただし三回で答えられたらの話だがな。」
「いいですよ、どうぞ。」
統天書を机の上に置き、キリュウの方を向くヨウメイ。
気合が入っているのか、なぜか正座である。
「では問題だ。この時代に来て、私が最初に大きくした生き物とは?」
「い、生き物ですか?」
「そうだ。」
「うーん・・・。」
途端に考え込むヨウメイ。統天書をひけばあっという間に分かる。
だが、統天書無しだ。当然キリュウより後にここへやって来たヨウメイにはそんな事は知る由も無い。
「・・・ミジンコですか?」
「何故そんな物を大きくする必要がある。普通に考えられよ。」
「じゃあ・・・イリオモテヤマネコ?」
「あのな・・・。いくらなんでもそんなものを・・・。」
ここで、密かにキリュウがドキッとした様だ。
“答えに近い”そう思ったヨウメイはすかさず笑顔になった。
「わかった!答えはまねき猫!!!」
「ヨウメイ殿、生き物と言ったはずだが・・・。」
「冗談ですよ。本当の答えはウミネコですね!!」
「・・・・・・。」
“読まれた”と焦ったものの、見当違いな答えにホッとするキリュウ。
半分呆れながらも答えを告げた。
「答えは猫だ。この近所に普通に居るだろう。」
「猫?ただの猫ですか?」
「ああそうだ。」
「なんてひねりのない・・・。でも悔しいな、私の負けだあ。」
参ったと言わんばかりの顔をするヨウメイ。
そしてキリュウはといえば、やはりというか勝ち誇った様な笑みを浮かべている。
しかし、運悪くそこで話が途切れてしまい、再び二人はボーっとするのだった。

<タッタッタッ>


☆第五十ページ『春の宵』

日が暮れて間もない頃、ヨウメイは屋根の上に座っていた。
何を見るわけでもなく、ただボーっと。
やがて、そこへ夕飯を告げにルーアンがやって来た。
「何してんのよ、ヨウメイ。ご飯なんだから早く降りてきてよ。」
しかしヨウメイは動こうとしない。相変わらずボーっとしている。
「みんなに迷惑がかかるでしょ!早く!!」
ルーアンの口調がきつくなる。だが、やはりヨウメイは動かない。
その後の様々な呼びかけにも、彼女は微動だにしなかった。
やがてふうとため息をついたルーアンは、くるりと向きを変えた。
「あんたの分あたしが全部食べちゃうわよ?
もちろんこれからもずうっとね。じゃあ。」
その直後、がたっと音がしたかと思うとヨウメイがルーアンの方を向いていた。
「やっと動いたわね。さ、早く行きましょ。」
「くっ、悟りを開くまで後一歩だったのに・・・未熟なり。」
少し呟いたかと思うとがくっとなるヨウメイ。
なんの事やら分からなかったルーアンだったが、とにかく自分の役目を果たせた。
“いただきます”が告げられて始まる食事。
皆が楽しくおしゃべりする中、ヨウメイだけはしょぼんと落ち込んでいた様である。

<なんだか遥かな>


☆第五十一ページ『月』

「シャオリンさん!一緒にお月見しませんか!?」
「ええ、いいですよ。」
「よかったあ。それじゃあ早速!」
早速などとヨウメイは言っているが、今はまだ昼である。
当然月が見えるはずもないのだが・・・。
「綺麗な月ですねえ。」
「え、ええ、そうですね・・・。」
屋根の上にあがって、二人してどんぶりを持っている。
その中身は・・・月見そば。
月が出るまで、こうして身近な月を眺めていようというわけだ。
「あの、ヨウメイさん・・・」
「駄目ですよシャオリンさん!食べるのは本当の月が出てからです!」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」
「何ですか?」
「これを月と見るのは無理があるんじゃないですか?」
「何を言っているんですか!月見そばですよ!!だからこれは月です!!」
「は、はあ、そうなんですか・・・。」
強調するヨウメイにすごすごとシャオは引き下がる。
ヨウメイの術により、そばの質は変わらずにいた為、
月が出てから、二人は美味しく月見そばを食べたそうである。
ちなみに、食事係のシャオがいなかったため、他の者達はてきとーに食事を済ませる他無かった。
「「「ヨウメイの奴〜!!!」」」
ただ一人キリュウだけは・・・。
「これも試練だ。だからヨウメイ殿がいること自体が試練だと言ったんだ。」
と、涼しい顔でお茶をずずずと飲んでいた。

<ブンブンブン>


☆第五十二ページ『雲』

今日も今日とて、ヨウメイの特別授業が花織のクラスで行われていた。
「さあて、今日は皆さんに、間近で雲を見てもらいましょう!!」
“おおー!!”と歓声が上がり、盛大な拍手が巻き起こる。
それに答えるかのようにヨウメイは統天書を開けた。
「来れ、雲!!」
その名のとーり、教壇の上空、ヨウメイの頭から約一メートル上にぽっかりと雲が現れた。
「皆さん、これが雲です!」
「はいはーい!楊ちゃん、それってなんの雲なの?」
元気良く手を挙げてゆかりんが質問する。
「これは普通に見られる雲。ぽかぽか陽気の晴れた天気に風で流されてるー、って感じな雲だよ。」
「そ、そうなんだ・・・。」
あまりにも抽象的な答えにただ頷くしかないゆかりん。
教室のあちらこちらからくすくすと笑い声が起こる。
もちろんそんな事は気にせずに、ヨウメイは次なる雲を呼び出した。
「来れ、雷雲!」
先ほどの白い雲とは違って、何やら黒っぽい。時々その内部から光が発せられているようだ。
当然ながら、雷雲という言葉にドキッとなる生徒達。
「ヨウメイちゃん、それなんに使うの?」
生徒の一人が尋ねると、ヨウメイはにこりと微笑んだ。
「授業開始からなんか寝ている人がいるんで、これで起こしたいと思いまーす。」
明るく告げてはいるが、恐い事を言っているのは間違いない。
すうーっと雷雲が動くと、それは寝ている人物、熱美の頭上へとやって来た。
「あ、熱美ちゃん!?」
見ていた花織が思わず立ち上がると同時に、ヨウメイは軽く叫んだ。
「鳴れ、雷っ」
ドオーン!!!!
閃光が走ったかと思うと、激しい音が教室中に鳴り響く。
起きていた生徒は慌てて耳を塞いでいたものの、寝ていた熱美はびくっと飛び起きる形となった。
「び、びっくりしたあ・・・。」
「熱美ちゃん起きた?寝ている人がいたら容赦なくこれで起こしますからね〜。
他人の邪魔をする人は更に雷を落としたりしますよ〜。」
いわゆる脅しがかかった授業に皆が真剣になる。だが、落ち着いて座り直した花織が一言。
「楊ちゃん、そういう笑えない冗談は良くないよ。」
「あら、ばれちゃった。心配しなくても雷を鳴らすだけですから♪」
要は、騒ぎを収める為に雷をならしたりする、という事である。
そんなわけで、少し極端な授業が続けられたのだった。

<ふあふあふあ>


☆第五十三ページ『雪』

冬真っ盛り。しかし、今年は温暖の所為かまだ見かけていない物が・・・。
ぴんぽ〜ん
「はーい・・・」
「いよっ!!太助!!!」
「たかし・・・それに乎一郎に愛原達も・・・。どうしたんだ?」
太助が出迎えたそこには、騒がしい面々が。
「太助君、ルーアン先生は?」
「居るよ、リビングに。」
「七梨先輩、楊ちゃんは?」
「自分の部屋に居ると思うけど・・・。」
「「「「「よしっ!!」」」」」
客五人が同時にポーズを取る。そしてたかしがずいっと前に出た。
「太助、もちろんシャオちゃんもいるよな?」
「あ、ああ、居るけど・・・。」
「それじゃあ早速シャオちゃんとルーアン先生とヨウメイちゃんを呼んでくれ。」
「ここにか?」
「いや、宮内神社だ。そして・・・あそこで雪祭りをやる!!!」
「はあ?」
力むたかしに太助は思わず目が点になる。
当然だ。雪も降って無いのに雪祭りをやろうというのだから。
「おいたかし・・・」
「心配するな。ヨウメイちゃんに雪を降らせてもらう。これで万事OKだ!!」
「というわけでーす!七梨先輩、というわけでよろしくお願いしますね。」
「野村先輩が告げた三人をつれて宮内神社へやって来てください。」
「わたし達は先に行ってますから!」
「じゃあ太助君、また後でね。」
「お、おい待てよ!!!」
口早に五人は告げると、太助の制止も聞かずそこを去っていった。
太助が唖然としていると、そこへ那奈がやって来た。
「なんだったんだ?太助。」
「あ、那奈姉。なんだったもなにも・・・」
「ところでシャオ達どこへ行ったか知らないか?」
「へ?シャオ居ないの?」
「シャオだけじゃなくて精霊四人とも居ないぞ。なんだ、てっきり太助は知ってると思ったのに。」
「なんだってー!?」
思わず叫ぶ太助。びくっとして那奈は後ずさり。
「ルーアンはリビングに居たんじゃ!?」
「いや・・・。」
「シャオは?ヨウメイも部屋に居るんじゃないのか?」
「それがさ、幻だったみたいだ。書き置きを見付けたし・・・。」
「なんだって!?」
那奈がちらちら見せるそれを奪い取り、太助は震えながら読み始めた。

ちょっと相談事があるので四人留守にします。
これを見付ける頃には幻が消えているでしょうね。では。〜楊明〜

「待て〜!!相談事ってなんだ〜!?それよりたかし達になんて言えば・・・。」
「たく、主のくせになんで知らないんだよ。やれやれ、あたしは翔子の所にでも行ってくるかな。」
呆然としている太助を無視して、那奈はそそくさと家を出ていってしまった。
約数分の後に我に帰った太助。慌てて宮内神社へ電話する。
トゥルルルル・・・ガチャ
「もしもし!」
「もしもし・・・太助君ですか。早く連れて来てくださいよ。
なんだって私の家で・・・。」
「それがさ・・・。」
事情を説明すると、出雲が呆れた様にため息をつく。
「なんなんですか、それ。日頃の予定くらい聞いておいてくださいよ。」
「い、いや、なんか急に聞かされたし・・・。」
「ヨウメイさんに“今日何をする予定か教えてくれ”って聞いておけば済んだ事でしょう!?
まったくもう・・・早くこっちへ来て皆さんの説得をしてください!!」
「わ、分かった・・・。」
がちゃりと電話を切る太助。それと同時に玄関のドアが開き・・・
「ただいま戻りましたわ。」
「あーん、あんなに美味しいものが食べられるなんて・・・。」
「ルーアン殿は食べてばっかりだったな・・・。」
「あれ、主様?どうしたんですか?そんな深刻そうな顔して・・・。」
偶然にも帰ってきた四精霊。何をしてきたのかなどという事は一切聞かず、
太助はすさまじい早さで四人を説得して宮内神社へと連れていくのだった。
その後、壮絶な雪祭りが行われたのは言うまでもない。

<しんしんしん>


☆第五十四ページ『鈴』

しゃんしゃんしゃん
ぱん、ぱん
宮内神社の参拝客が手を合わせて願い事をしている。
清楚な雰囲気を漂わせるその人は、見た目は中学生くらいの女性だ。
赤と緑のチェック柄による服とスカートに身を包み、これまた同じ模様の帽子を被っている。
ちらっとそこからのぞかせている艶やかな髪の毛はみごとなまでの金色。
眼鏡はかけておらず、天使の様な顔立ちをしている。
手を合わせたまま境内を見つめるその瞳は何かを訴える様に、ただじっとしていた。
「おや、ヨウメイさん。」
不意に声をかけられてその女性は振り向いた。見ると、神主の格好をした男性が立っている。
首を傾げながら女性はその男性に質問した。
「あの、ヨウメイ・・・って誰ですか?」
「はあ?いやだなあ、とぼけちゃって・・・って、あなたはヨウメイさんじゃないんですか?」
笑いながら取り繕おうとした男性だったが、その女性の雰囲気に疑問を抱いた様だ。
男性が知っているヨウメイという女性と明らかに違っていたからだ。
「ええ、違います。私は・・・愛奈。近澤愛奈と申します。
あの、ヨウメイさん・・・って?」
「え?ええ、私の知り合いにそういう方がいましてね、あまりにも似てたものですから・・・。」
「そうですか・・・。」
不思議そうな顔をしていた女性だったが、やがてにこりと微笑んだ後に神社を後にしようと歩き出した。
と、すれ違いぎわに、男性は思わず呼びとめた。
「あの!」
女性は思わず足を止めて降りかえる。
遠くからでは分からなかったが、清らかな花の匂いを漂わせながら・・・。
「何か?」
「え〜と、その・・・し、失礼ですが、お年はいくつですか?」
言った後に、しまったと口を押さえる男性。
しかし、女性はにこりと笑ってそれに答えた。
「御想像にお任せします。多分、そのヨウメイさんと同じですよ。」
「へえ・・・ええ!?」
納得しようとした男性だが、ヨウメイと同じだという点で驚きの声を上げる。
それが本当なら、この女性の年齢はとてつもないものになるからだ。
「あ、あの、あなたは・・・精霊なんですか?」
ついついこんな事を聞いてしまう男性。
その質問に最初はきょとんとしていた女性だが、やがてくすくすと笑い出した。
「やだなあ、なんですか、それ。私は精霊じゃありませんよ。」
「は、はあ・・・。」
「私はただの・・・」
ぴりりりりり
女性が言いかけると、彼女の胸元で音が鳴り響く。
「すいません、ちょっと失礼しますね。」
胸の辺りに有るポケットにすっと手を入れると、彼女はそこから電話を取り出した。
「はいっ、愛奈です。あら・・・はい、はい・・・ええっ!?
へえ・・・はい、分かりました。すぐそちらに向かいますね。」
少しの会話の後、女性は電話をピッっと切った。
「急用が出来たのでもう失礼します。あの、あなたはこの神社の神主さんなんですよね?」
「え、ええ。」
戸惑いながら男性が答えると、女性はにこりとしてこう言った。
「ここの神様によろしく言っておいてください。ではさようなら。
・・・そうそう、そのヨウメイさんにもよろしく言っておいてくださいね。」
「は、はい。」
そして女性はそのまま去って行く。
慌てて後を追おうとした男性だが、その時にはすでに女性の姿は見えなくなっていた。
「・・・不思議な方でしたねえ。」
しばしの思いにふけった後、男性は神社の掃除にとりかかった。
とある昼下がりの出来事である。

<つんつんつん>