正月。年始の挨拶を交わした太助達は家でお雑煮を食べていた。
「うーん、美味しいです・・・。やっぱりシャオリンさんって料理の天才ですね。」
「ほんと美味いよ、シャオ。」
「ありがとうございます。」
満足のいくものを食べて、ヨウメイと那奈はごきげんである。
もちろんルーアンはがつがつと食べているし、太助も笑顔でそれを口にしているのであった。
しかし、なぜかキリュウ一人だけは少し考え込んだ表情であった。
「どうしたんですか?キリュウさん。お雑煮美味しく無いですか?」
「いや、美味しいぞ。ただ・・・。」
「ただ?」
「これを用いた試練をヨウメイ殿が考えてくれいなかなと思ってな。なあヨウメイ殿?」
一言誉めた後は夢中で食べていたヨウメイがハッと顔を上げる。
嫌そうな顔をしながらも食べかけの餅を呑み込もうとしたその時・・・。
「・・・んぐぅ!」
「ど、どうしたヨウメイ!?」
「まさか餅をのどにつっかえたとか!?」
様子がおかしいのを見て慌てて駆け寄る那奈と太助。
しかし、シャオが素早く差し出した水を飲む事によって、なんとか難を逃れたヨウメイであった。
「ぷはぁ、死ぬかと思った。シャオリンさん、那奈さん、主様、ありがとうございます。」
「いえいえ。」
空になったコップを受け取ってシャオがキッチンへ行くと、ヨウメイが質問に答えようとする。
「それでキリュウさん、試練が何ですって?」
「いや、後でいい。今は雑煮を食べる事に専念してくれ。」
「・・・そうですか。ところで主様。」
「何?」
あっさり食事にもどるかと思われたヨウメイだが、唐突に太助を呼んだ。
「今日は暇なのでたっぷり教授しますからね。」
「え・・・。」
一瞬戸惑った太助だったが、そのすぐ後にキリュウががたっと立ち上がった。
「ヨウメイ殿!!試練についての相談は!?」
「後でいいって言ったじゃないですか。」
「だから食事の後に・・・」
「そんな事いつ言ったんですか?人が質問に答えようとしてるのに、後で、は無いでしょうが!!
呼びかけられて餅をのどに詰まらせて死に掛けに成りそうになって水を飲んでやっと落ち着いて、
それでも“人に呼ばれたんだ、ああこれはしっかり答えなきゃいけないな”なんて思ってるのに!!」
激しい早口言葉で迫るヨウメイに、キリュウはたじっとなって俯いた。
「うっ・・・。いや、だから先に食事を終わらせたほうがいいかと思って。」
「だったらそう言ってくださいよ。まあいいです、後でみっちり教えてあげますから、みっちりとね。」
「う、うむ・・・。」
にやりと笑うその姿に、ますますたじっとなるキリュウ。
一体どんな事を教えるんだろうと思いつつも、教授を免れた事でホッとする太助。
そんな太助を見て那奈がぼそっと呟く。
「こいつ、自分がその試練を受けるって事分かってんのかなあ・・・。」
皆が緊迫している時でも、ルーアンは相変わらずがつがつがつがつと食べ続けていた。
<ずず・・・>
「野村たかし主催、早食い競争ー!!」
≪わー・・・。≫
ぱち、ぱち・・・ぱち・・・。
ぱらぱらと起こる拍手。当然、たかしは不満そうな顔だ。
「なんだなんだそのやる気の無さそうな顔は!!この二人を見習え!!」
ビシッとたかしが指差したのはルーアン、そしてヨウメイである。
ところが、ヨウメイはやる気の顔だが、ルーアンはそうではない。なんだかだるそうだ。
「あのねえ、野村君。早食いはいいんだけど、なんで・・・」
「ふふん、ルーアンさん。もう弱気になったんですか?この勝負は私の勝ちですね。」
見下した様に笑うヨウメイ。さらに、“勝負”という言葉にルーアンはぴくっとなったようだ。
「うっさいわねえ!!ただの愚痴よ!独り言よ!!さあ野村君、始めましょ!!」
どうやら気合が入った様だ。“よし”と頷くたかしは大きく叫んだ。
「それじゃあここの山積みのミカン!
これを一定時間の間に沢山食べた方の勝ちだ!!
ちなみにこれは山野辺からの提供品だ!!」
「余計な事言うな・・・。」
恥ずかしそうにボソッと告げる翔子。
実は、貰ったミカンがあまりにも余っていたので食べてもらおうと皆を呼んだ。
しかし、たかしの提案により、ミカン早食い大会が強行される事となったのだ。
ちなみに、挑戦者はたかし特製のくじ引きによって選び出されたのである。
「それじゃあ二人とも、よーい・・・」
ルーアンとヨウメイが山積みのミカンの前に座る。
「ドン!!」
たかしの合図を皮きりに、二人は目にもとまらぬ早さでミカンを食べ出した。
御丁寧に皮をむかないといけないので、せっせと行う作業がこっけいにも見える。
しかし、次第にだれてきたのか、ゆっくりのペースと成った。
しまいには二人して談話を始めている。
「ルーアンさん、ほーら。」
「おっ、と。もぐもぐ。」
「ないすきゃーっち。」
ヨウメイがむいたミカンを放り投げ、それをルーアンが口で受けとめる。
すっかり和やかな雰囲気である。
「ちょ、ちょっと二人とも、競争はどうしたのさ!」
「だるくなったんですもん。それにコタツが無いし・・・。」
「そうよお。家でゆっくり食べたいわあ。」
「そ、そんなあ・・・。」
がくっと来て反論しようとしたたかしだったが、ふたりの睨みによってそれを諦める。
沢山のミカンは、しっかりと皆の家に持って帰られたのだった。
皆が帰る際に翔子がつかれた表情でたかしに質問。
「野村、なんだってあんな事しようって言い出したんだ。」
「俺の・・・魂さ!」
「・・・聞いたあたしが馬鹿だったよ。」
ますますつかれた顔になった彼女だったが、とりあえず当初の目的が果たせてホッとするのであった。
<ぱく>
とある神社、そこに四人の女子中学生が集まっていた。
花織、熱美、ゆかりん、楊明である。
「「「「こんにちは〜♪」」」」
明るい声で元気良く玄関で叫ぶ四人。
すると、中から神主である男性、出雲が姿を見せた。
「おや、いらっしゃい。どうしたんですか?」
相変わらずのにこにこ顔である。
と、負けじとにこにこ顔の楊明がずいっと前に出た。
「宮内さん、一つお願いがあるんですが、宜しいですか?」
「・・・内容を言ってください。」
「あるものを戴きたいんです。宜しいですか?」
「・・・あるものとは何ですか。」
やけに慎重な出雲。しかし、そこで楊明は顔を曇らせた。
「くすん、か弱い乙女に根掘り葉掘り聞くなんてひどい・・・。」
「・・・・・・。」
少しぐずり出した楊明。なんと、他の三人も同じ様子だ。
仕方なく、出雲は“願いをききますからどうぞ”と促した。
と、途端に笑顔に戻る楊明。
「良かった、それじゃあ・・・。」
後ろを振り返って三人を促すと、花織が楊明と平行な位置に立つ。
「出雲さん・・・。」
次に、熱美が。
「お年玉・・・。」
最後にゆかりんが。
「ください!!」
四つ目の声と同時に四人そろって両手を差し出す。
一瞬“えっ”と反応した出雲だったが、その場に固まってしまった。
しばらく反応が無いのを見て、楊明がさっそく喋り出した。
「だって宮内さんは働いてるじゃないですかあ。
知ってる年下の方にお年玉をあげたっていいでしょう?」
それでも動かない出雲。次に花織が喋り出す。
「那奈さんに頼もうかと思ったけど、なんと言っても七梨先輩のおね―さんですし。
だからはるばる宮内神社まで来たって訳ですよ。」
やはり動かない出雲。そして熱美が喋り出す。
「お願いします、出雲さん。申し訳程度でもいいですから。」
当然それでも動かない出雲。更にゆかりんが喋り出す。
「もし貰えないならこのまま帰ります。とぼとぼと・・・。」
妙に切ない顔をした彼女に、ようやく出雲が反応した。
いや、おそらくは偶然なのだろうが・・・。
「・・・分かりました。少しで良ければ。」
「「「「やったあ!!!」」」」
観念した出雲の声に、四人は輪になって跳ねて喜ぶ。
その間に彼はお年玉を手早く用意して、それぞれに手渡した。
受け取った四人は一斉に深深と御辞儀する。
「「「「ありがとうございます!!!」」」」
「い、いえいえ・・・。」
疲れた顔の出雲はこれ以上はと思い、家に引きこもろうとしたが、熱美ががしっとその腕を掴んだ。
「出雲さん、これから御食事も兼ねて遊びに行きましょう!!」
「い、いえ、私は・・・。」
遠慮する出雲だったが、今度は反対の腕をゆかりんが掴む。
「心配しなくても、今貰ったお年玉で全部行きますから。ぱーっと行きましょう!」
「いや、その・・・。」
と、もうそこで決定したかのように、花織と楊明が元気良く手を振り上げる。
「「れっつごー!!!」」
こうして、出雲はなすすべもなく町へと連れられて行ったのだった。
なんだかんだいって、それなりに五人はめいっぱい楽しんだようだ。
正月から何日か過ぎた、とある日の出来事である。
<がっぽがっぽ>
一本の紐と円錐状の物体、その二つを楊明は手に取った。
円錐状の物に紐をクルクルと巻き、ある程度の所で止める。
そして、“しゅるっ!”と素早くそれを解き放った。
円錐状の物体は激しく回転を始める。しばらくして回転が緩まると、それはパタンと倒れた。
「どうですか、紀柳さん。」
「止めた方がいいと思うが。いくらなんでも独楽の上に乗るなど・・・。」
「何故ですか。」
「いざやるとなると、絶対に渋るはずだ。」
「そうですか・・・。しょうがない、別の物を考えましょうか。」
「うむ、そうしよう。」
少しの会話の後に長考に入る二人。
ちなみに、試練ではない。花織が持ってきたすごろくの敗者の罰ゲームだとか。
「ちょっと、楊ちゃんに紀柳さーん!!いつまで罰ゲーム考えてるのー!!」
一階から花織の声がする。しかし二人の耳には入らないのであった。
<くるん>
「おりゃ!」
カーン
「うわっ!」
すかっ
「わーい、私の勝ちー!!」
「くうう、運動オンチな楊ちゃんに負けるなんて・・・。」
「悪かったね、どうせ私は運動オンチですよ〜だ。」
宮内神社の庭。花織・熱美組、ヨウメイ・ゆかりん組とに別れてはねつき大会をしているわけだ。
ちなみに、そのリーダーとして、前組には出雲、後組にはキリュウが居る。
一体何をやっているかというと・・・。
「それじゃあ出雲さん、スミ塗りますからね〜。」
「わっわっ、そんなにスミをつけないでくださいっ!」
ゆかりんが筆で彼のほっぺに丸印をつける。御丁寧にはなまるだ。
「よーし、かんせいっ!」
筆とスミを手にもって笑顔のゆかりん。
花織と熱美は実に悔しそうにそれを見ている。
「くうう・・・。花織、これで2連敗だよ。」
「楊ちゃんが相手なんで油断しちゃったね・・・。」
「見てなさい、今度こそ勝ってやる!!」
気合を入れるべく腕まくりする熱美。そしてビシッとキリュウを指差した。
「キリュウさん、覚悟してくださいね!!」
「何故私に言うんだー!!」
叫ぶキリュウ。
実は出雲とキリュウは、縁側でただじっと座っているだけなのだ。
負けた組の方のリーダーは墨を塗られるという条件付で・・・。
「この私の顔にはなまるなんて・・・。キリュウさん!!何とかならないんですか!!」
「無理だ・・・だが納得いかん!!何故私と宮内殿がこんな事を!!」
不満そうに叫ぶ二人。だが、ヨウメイがくるっと振り返るととたんに黙り込む。
しかし彼女は説明するように喋り出した。
「私は最初に条件を言ったはずですよ。
それでもしっかりとリーダーをやるって引きうけましたよねえ?」
「・・・あれは、その・・・。」
「おとそを飲んで少し酔っていて・・・。」
「言い訳無用!!おとなしく墨を塗られなさい!!
さあゆかりん、頑張れっ!」
「おっけー!!」
熱美と対峙するべく腕まくりするゆかりん。そして羽根突きが始められた。
つまりは二人が酔ってふらふらな時にそんな約束をさせたというわけだ。
もちろん、酔った二人の行動に花織達が迷惑がっていたからという事もあるが・・・。
<しゅっ>
ある日の朝、いつものごとく起き出したキリュウとヨウメイ。
いいにおいのするキッチンを横に通りすぎ、洗面所へ。
もちろんそれは、顔を洗うためである。
バシャ、バシャとまず最初に顔を洗うキリュウ。
季節的に、とても冷たいらしく、手で水をすくうたびに体を震わせていた。
それも終わりヨウメイと場所を交替。
タオルで顔を拭いていたキリュウだったが、ヨウメイの様子が変な事に気付いた。
蛇口をひねって、水を出しっぱなしにしたまま、手で水をすくい上げた状態のまま固まっているのだ。
「ど、どうしたんだ、ヨウメイ殿。」
「いえ、水が冷たいなって・・・。」
彼女の言葉に呆れた様に笑みを浮かべるキリュウ。
「冷たいのは当たり前だろう。今は冬なんだから。」
「そうですね・・・。」
軽く笑みを作って返したヨウメイ。しかし、その様子はやはり変であった。
気になったキリュウが慌てて問いただす。
「一体どうしたんだ。何か悩んでいるのではないか?」
すると、ヨウメイはほんの少しの涙を流しながら顔を上げる。
一瞬びっくりしたキリュウだったが、彼女が喋るのを待った。
「・・・水を手ですくうと、こぼれますよね。」
「う、うむ。」
「全部をすくう事は出来ない。また、一度こぼしたものは・・・ほとんどすくえない。」
「う、うむ。」
「更に、すくったものもなんらしかの対処を施さないとすぐに消えてなくなる・・・。」
「そうだな・・・。それがどうかしたのか?」
改めてそこで質問すると、ヨウメイは息を一回呑んでから再び口を開いた。
「私が教えてる知識もそんなものなのかな・・・って。」
「そんな事は無い!!」
今にも泣き出しそうなヨウメイの言葉を遮る様に、キリュウは大声で叫んだ。
びっくりしたのはヨウメイ。きょとんとした顔でキリュウを見る。
「いいか、ヨウメイ殿。どんな経験も、一度得たならばずっと残るものだ。
私はそう思って、今まで主達に試練を行ってきた。
ヨウメイ殿もそう考えて今まで知識を教えてきたのでは無いのか?」
がしっと肩をつかんで説得するキリュウ。と、ヨウメイはすっとその手を掴んだ。
「・・・ありがとうございます、キリュウさんにそう言ってもらえると嬉しいです。」
涙を消す様ににこりと微笑むヨウメイ。
その顔を見て、キリュウは自分の行為に気付いて慌てて真っ赤になった。
「い、いや、まあ、分かってくれたのならいいんだ。・・・しかしどうして?」
「最近どうも不安なんです。主様に教える知識が・・・すみません、こんな話しちゃって。
私が頑張らないといけないのに。」
「とにかく深く考え過ぎない事だ。どんな理由があるにせよ・・・。」
沈んだ雰囲気の中キリュウがため息をつく。
と、ヨウメイはその雰囲気を打ち消さんばかりに顔をばしゃばしゃと洗い出した。
懸命に何かを流し去ろうとするかのように・・・。
しばらくの後にそれは止み、彼女は元気良く顔を上げた。
「さ、美味しい朝御飯を食べにいきましょうっ!」
「・・・そうだな。」
彼女の様子を見て、キリュウも笑顔になる。
ちょっとした朝の出来事であった。
<ばしゃっ>
正月という忙しい時期を通り越した宮内神社。なんとも人気がなく、閑散としている。
誰もいないのかと思いきや、そうではなかった。
眼鏡をかけた少年が賽銭箱に御賽銭を放り投げた後、懸命に拝んでいる。
「ルーアン先生と・・・。」
思い人の名前のみを口にして、後は心の中で拝む。念じる。ひたすら唱える。
と、夢中になっているその少年の隣にすっと人が並んだ。
気配に気付いて少年が顔を隣へ向ける。
「ルーアン先生?」
先ほどの詠唱の所為か、ついつい口にした言葉。
しかし、そこに居たのは果たして少年が求めていた人物ではなかった。
赤と緑のチェック柄による服とスカート、帽子を身に付けた金髪の女性である。
自分の方を向かれて言葉をかけられた事により、
その女性は放りかけていた賽銭を手に持ったまま少年の方を向いた。
「何か呼びましたか?」
「あ、いえ、すいません。人違いだった様です・・・。」
申し訳なさそうに少年が告げると、女性は“そうですか”とだけ言ってにこりと微笑む。
天使の様なその顔立ちに、少年は思わず息を呑んだ。
そして、ついつい質問をしてしまうのだった。
「あ、あの、あなたは一体?」
質問の意図が良く分からなかった女性は、最初きょとんとしていたが、
やがて一人で頷くとゆっくりと口を開いた。
「私は近澤愛奈といいます。つい最近この町に引っ越してきたばかりなんです。」
「へええ・・・。あ、ぼ、僕は遠藤乎一郎といいます。鶴ヶ丘中学校の二年生です。」
慌てて自己紹介をする乎一郎。もっとも、彼はそういう事が聞きたい訳ではなかったのだが・・・。
あまりにも焦り気味のその姿に愛奈は少し苦笑い。
打ち解けたと思ったのか、ちょっと気に成った事を質問した。
「さっき熱心にお祈りしてた様ですけど?」
「え?ええ。ここは縁結びの神様を祭っている神社ですから・・・。」
「なるほど。恋人と結ばれる為に?」
「え!?あ、いや、その・・・そうです。」
別に答えなくても良い事なのに、素直にも喋って赤くなる乎一郎。
愛奈はくすっと笑うと、話題をそらそうとする。
「ところで、ここの神社ってすごく御利益あるんですよね?」
「え、ええ、多分・・・。」
なんとも自信の無さそうな答えであったが、彼女はにこっと笑ってそれに応えた。
そして、最初にそこに立った時と同じ様に境内へ向かい、賽銭を投げ入れる。
ちゃりん
「あ、いっけない。先に鈴を鳴らさないといけないんだっけ?
まあいっか、後で伝えておけば・・・。」
“しまった”と舌を出して呟いた後に、“ぱんぱん”と柏手を打つ。
御祈りの時間はなんとも短いもので、それが終わるとくるっとそこに背を向けた。
「あ、あの。」
「え?」
去ろうとする彼女に声をかける乎一郎。戸惑いながらも、質問を投げかけた。
「もしかして、ヨウメイちゃんの知り合いですか?」
「ヨウメイ・・・?」
「ええ。髪も金色だし、なんとなく雰囲気とか似てるかな?って・・・。」
もじもじしながらも続ける乎一郎を見て“ふう”とため息をつく愛奈。
「また聞いたなあ、その名前・・・。一体その子誰なんですか?」
「それは・・・」
ぴりりりりり
愛奈の質問に乎一郎が説明しようとした所で鳴り響く機械音。
それは、愛奈の胸ポケットにある携帯電話の音であった。
やれやれと思いながらも彼女は電話を取り出してそれに出た。
「もしもし・・・。あ、これはこれは・・・えっ?」
会話を始めてから数秒後、彼女の顔色が変わる。
しきりに頷いていたかと思うと、慌てて電話を切った。
「そんな・・・。」
「あ、あの、愛奈さん?」
乎一郎が呼びかけると、彼女はくるっと振り返った。
「済みませんが急ぎの用事ができました。また今度聞かせてくださいね。ではっ!」
「は、はい。」
しゅたっと手を挙げると、彼女はだっと駆けて行った。
あまりの勢いに気おされた乎一郎。だが、しばらくしてから再びお祈りに戻る。
その時に、彼女の御祈りの様子が思い出され、少しの違和感を感じた様だ。
しかしそれもすぐに消え、ひたすら“ルーアン”の事を念じつづけるのであった。
<ちゃりん>
ある日、ヨウメイは親友のゆかりんと一緒にとある文房具店へ買い物に出掛けた。
買い物といっても、ただ単にゆかりんがノートを買うくらいのものだった。
店内をヨウメイが一周している間にゆかりんの買い物は終わった様で、
二人はあっさりと店を出ようとする。
しかし、出口の直前でヨウメイはぴたっと立ち止まった。
「どうしたの?楊ちゃん。」
「ねえゆかりん、万引きってやったことある?」
「な、ないよそんなもん!!」
唐突な質問に思いきり首を横に振るゆかりん。
それと同時に、ヨウメイの服の一部が少し膨れてるのが目にとまった。
「ま、まさか楊ちゃん・・・。」
「大丈夫、これは買うものだから。さ、レジへ行きましょ。」
くるりと出口に背を向けるヨウメイはすたすたと歩いて行く。
ゆかりんは慌てて彼女の後を追った。
レジにあっさり到着。するとヨウメイは、体中のあちこちから文房具を取り出した。
「えーと、ノートに鉛筆、消しゴム、鉛筆削り、封筒、絵の具・・・。」
次々と取り出されて行くそれは、一体何処にしまわれていたものかと思われるほどであった。
最初ゆかりんは、術を使っていたんだろうと思っていたがどうもそうでは無い。
全てを取り出した後には、ヨウメイの体形がすっかり変わっていたのだから。
しかもその総額は五千円を超えるほどであった。
「やれやれ・・・。もっとちゃんと店の中に注意を配った方がいいですよ。
これらは万引きしようと思えば出来た品物だったんですから。
棚の配置とか、少しは考えてくださいね。」
「は、はあ・・・。」
なぜか申し訳無さそうに頷く店員。実際に示されたのだから、抵抗があったのだろう。
無事に代金を支払い終えたヨウメイは、両手いっぱいの荷物を抱えてゆかりんと共に店を出た。
「ねえ楊ちゃん、なんでいきなりそんな事やろうと思ったの?万引きとか。」
「なんかね、あまりにも配置が気になったから・・・。
こんなやり方は良く無いんだろうけど、こういう説得方法なら納得するだろうと思ってね。」
「何それ・・・。」
万引きだのをゆかりんに尋ねた割には、真の目的は配置だった様だ。
良く分からずにがく〜んとゆかりんがうなだれた所でヨウメイが座りこむ。
「・・・楊ちゃん、どうしたの?」
「荷物が重くて・・・。半分持ってくれない?」
どうやら、荷物持ちを密やかながら懸命に頑張っていた様だ。
「あははは・・・。楊ちゃん。」
「何。」
「それくらい自分で持って帰りなさいっ!!!」
「うえーん、ゆかりんのケチー。」
「誰がケチよ、誰が!!」
「ゆかりんだよ〜。」
「楊ちゃんがそんなに買うからいけないんじゃないの!!」
「だってだって〜。」
「・・・試練だよ、耐えようね。」
「うぐっ・・・。はいはい、分かりましたあ。」
「よろしい。」
結局は自分で持とうと立ち上がったヨウメイに、快く頷くゆかりんであった。
数日後、ヨウメイの狙い通り、その文房具店の配置変えが行われた様である。
<すすっ>
授業の休み時間、たかしはいきなり自分の教室を飛び出して一年三組へ。
勢い良く扉を開けると、ずかずかとヨウメイの席へと歩いて行った。
「ねえヨウメイちゃん、訊きたいことがあるんだけど。」
「・・・どうぞ。」
多少びっくりした顔の彼女ではあったが、質問されようという時に答えない訳ではない。
傍に居た熱美を制止しつつ落ち着きを取り戻して、質問を促せた。
「さっきちょっと考えてて気に成ったんだけどさ、どのくらいの爆発を起こせるの?」
「はあ?」
「いや、だからさ、ヨウメイちゃんは自然現象を操れるわけだろ?
どのくらい凄いのを起こせるのかな?って・・・。」
「そんな事をわざわざ訊きに来たんですか?」
「気になったんだ!だから来たんだ!」
呆れた顔のヨウメイの問いに即答するたかし。
その勢いや良し、と思ったのか、ヨウメイはぱらっと統天書を開けた。
「それでは質問にお答えしましょう。今は・・・。」
「今は?」
「太平洋を吹き飛ばせるくらいです。」
「へええ・・・えええっ!!!?」
頷こうとしたがいきなり驚きの声を上げるたかし。
あまりに大きいその声に慌てて耳を塞ぐ熱美とヨウメイ。
「野村先輩、声大きいですよ・・・。」
「あ、ごめんごめん。けど・・・太平洋!?すっごいよなあ・・・。
あれ?でも、今ってのはどういう事?」
「その時々の状態によって色々可能性等が違うもので。
しかしなんでそんな事を訊きに来たんですか?」
納得したたかしに対して今度はヨウメイが疑問の顔。
もちろん、横に居た熱美も同じ様な顔でたかしを見つめる。
「ああ、それは・・・ちょっと気になったから。」
「それだけですか?」
「うん、それだけ。」
「「・・・・・・。」」
途端に呆れ顔になる二人。いきなり押しかけてきて大声で叫んだ割には、
動機があっけないものだったからである。
「あっと、もうすぐ授業始まるよな。それじゃ!」
片手をすっと挙げて去って行こうとするたかし。
と、去り際にヨウメイが統天書を持って叫んだ。
「授業に間に合う様に少しでも御手伝いしますね。来れ、水爆!!」
ぼんっ!
「おわあっ!?」
たかしが廊下に出た途端に爆発が起こり、その衝撃でたかしは吹っ飛ばされて行った。
当然、廊下で被害が出ないようにヨウメイが爆発を起こした事を付け加えておく。
「楊ちゃん、水爆って・・・。」
「ん?ああ、大丈夫だよ。今やったのは、
理科の実験とかで水素を燃やすと“ぽんっ”って音がするでしょ?
あれを使ったんだよ。」
「けど・・・。」
「大丈夫だって。爆発の大きさはちゃんと調整してあるから。」
「ならいいや。それにしたって野村先輩って良くわかんない人だなあ。」
「別に教えてもらいに来た事に不満は無いけど、なんかねえ・・・。」
「そうそう。大声で叫ぶのは止めて欲しかったなあ・・・。」
まだキーンとする耳を押さえつつ苦笑いの熱美。
そしてヨウメイと顔を見合わせて笑い合うのだった。
ちなみにたかしは、かすり傷一つ負うことなく教室についた様である。
<ドカ〜ン>
「ヨウメイ、行ったぞー!!」
「は、はいっ!」
ごろごろごろごろごろごろごろ
「えいっ!」
ひらりっ
「やったあ!見事かわしましたよ!」
「よーし、次行くぞ!!」
ごろごろごろごろごろごろごろ・・・。
ここは宮内神社へ向かう途中にある坂道。
上の方から翔子が球を転がして、ヨウメイがそれを避けるという特訓だ。
敏捷性、というよりはいつまでそれを続けられるかという持続力を鍛えるものである。
ちなみにヨウメイの更に下では出雲が待機中。
転がってきた球の回収のためである。
「翔子さんがこんな特訓をやるなんて、一体どういう風のふきまわしでしょうねえ。
それにしても何故私が借り出されなければならないんでしょうか・・・。」
多少不満を口にしながらもきっちり自分の仕事をこなして行く出雲。
さすがはスポーツ万能だけの事はある。
「はあ、はあ。や、山野辺さん、ちょっと休憩を・・・。」
「何を甘ったれてんだ!!次10球連続で行くぞ!!」
「う、うそお!?」
ヨウメイの叫びとは裏腹に、10個の球はごろごろと転がされた。
懸命に避けるヨウメイ、懸命に回収する出雲・・・。
と、無事にそれが終わったところで特訓は終了となった。
元気に終了を告げると笑顔で去って行く翔子。
息が切れかけの出雲は、その場にへたり込んでいるヨウメイに尋ねた。
「あのう、ヨウメイさん。いったいなぜこんな特訓を?」
「山野辺さんに“体を鍛えよう!”と誘われまして。」
「そりゃまたどうして?」
「・・・さあ?」
「さあって、あなた・・・。」
結局の所、真相はわからなかったものの、少しは体力がついたヨウメイ。
そして、何かを得た出雲であった。
<ごろごろ>
ぱららっ
ヨウメイが統天書を開ける時の音。
それが部屋の中に響いている。
何もない、真っ白な部屋の中に・・・。
そして、統天書。こちらも真っ白である。
更にそれをめくっているヨウメイ。
表情、感情、姿形、全て真っ白である。
なんの違和感も無くただひたすらめくっている。
ただひたすらに・・・。
ぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱら・・・
「・・・というのが、私が昨日見た夢なんです。」
「それは恐ろしい夢だな・・・。しかしそれがどうかしたのか?」
「なんとなく、近々それが現実となりそうな気がして。」
「・・・その理由は?」
「なんとなくです。願わくば、そうなって欲しく無いものですが・・・。」
「そうか・・・。しかしだな、ヨウメイ殿。
何故昨日見た夢を今話す必要がある?しかも眠っている私を起こして!」
そう、今は真夜中であった。俗に言う、草木も眠るうしみつどき。
「だって・・・。なんだか恐くなって・・・。」
「分かった分かった。とにかく気にせずに寝て・・・どうした?」
「あのう、一緒の布団で寝てもいいですか?」
「あのな・・・。まあいい、さあもう寝るぞ。」
「わーい♪それじゃあおやすみなさい♪」
「う、うむ・・・。」
二人がベッドの布団にもぐりこんだ所で消される明り。
そして後には静かな寝息だけが・・・。
「・・・という夢を昨日見たんです。」
「それは夢では無い。昨日一緒に寝ただろう。」
「じゃあなんで私は床に転がって寝てたんですか?」
「そ、それは・・・。」
「更には背中に何か足跡のようなものが・・・。」
「だ、だからそれは・・・。」
「ええ、夢です。気の所為でいいんです!!ね、キリュウさん。」
「あ、ああ・・・。」
「・・・ともかく、昨日の夜はありがとうございました。」
「うむ・・・。」
<・・・ぱらっ>
三時限目、英語。
いわゆる外国語の授業だという事で・・・。
「それでは皆さん!今日はナワトル語です!!」
教壇に立って大声で告げるヨウメイ。
ちなみに英語の先生はヨウメイの席でがくんとうなだれている。
すでに英語の授業全てが終わっているからだ。横で先生を慰める熱美。
しんと静まりかえっていた生徒たちだったが、一人が元気良く挙手した。
「はいどうぞ、花織ちゃん。」
「楊ちゃん、他の言語の授業よりも、英語が話せるようになるような授業をやってよ。」
「・・・あのね、前回それをやろうとして教室から逃げ出して行ったのはどこの誰なのかなあ?」
不機嫌そうな顔でクラス中を見渡すヨウメイ。実はクラスの生徒全員が逃げ出して行ったのである。
何人かはヨウメイの視線に耐えきれずにうつむく。しかし、花織は臆さずに続けた。
「今度は逃げないから!!」
「そう?絶対に約束する?」
「うん、約束する!!ね、みんな!!」
クラスの代表でもあるかのように受け応えする花織。
その懸命さが伝わったのか、クラスにいた全員がしっかりとうなずくのであった。
「・・・よろしい。それでは私も張り切らねば!!」
俄然やる気になったのか、びしっと腕まくりするヨウメイ。
しかし、それを見た皆は一斉に立ちあがって大騒ぎして飛び出して行ってしまった。
後に残ったのは、何故かぽつんとゆかりん,そしてヨウメイ。
「また逃げた・・・。どうしてー!?私なにか悪い事したー!?」
「楊ちゃん、やっぱりずっと前にいきなりアメリカに全員を連れて行ったのがまずかったんだって。」
「でも、喋るようになるためには直に英語に触れるのが一番いいんだよ。」
「だからってねえ、突然連れてかれて“一週間滞在!”なんて言われたら・・・。」
「うっ、それがみんなのトラウマとなってるわけか・・・。今回は教室内でちゃんとやるつもりだったのに・・・。」
「ちゃんと、って何を?」
疑わしげに尋ねるゆかりん。しかし、ヨウメイは自信たっぷりにそれに答えた。
「言語の全てを全員に万知創生!!」
それでもまだきょとんとしているゆかりん。そして改めて尋ねる。
「万知創生?」
「そう。これで、あっという間に英語がぺらぺらに・・・」
「だったらそれを最初っからそれをやってよー!!!!」
当然怒鳴るゆかりん。
もっともな意見だったものの、実はそう簡単に出来る事柄ではなかったようである。
だからこそ今回は特別にヨウメイは張り切っていた様であるが・・・この結果だ。
その後、ヨウメイが本気に成る事は無く、とりあえず英語を喋る練習という内容の授業が続けられたのである。
そんなある日、熱美がヨウメイとこんな話を・・・。
「ねえ楊ちゃん、いつ本気になるの?」
「本気っていうか・・・よほど調子が乗らないと無理があるの。
言語一つでも、本100冊の内容どころの騒ぎじゃないもん。それこそ、膨大な知識量が必要なんだよ。」
「うーん、でも・・・。」
「心配しなくても、今の授業を続けてればそのうち少しは喋れるようになるよ。頑張ろっ?」
「・・・しょうがないか。」
<To Be ContinueD>
「ヨウメイさん、お塩はどこに置きましたっけ?」
「そこの戸棚です。」
「なあヨウメイ、ちょっと山登りに行きたいんだけど今日の天気は?」
「晴れの予報が出てますが、多分雨が降りますよ。」
「ねえヨウメイ、今日のお勧めのおやつは〜?」
「後藤駄菓子屋のフルーツ飴!!」
とまあ、調子がよい時はヨウメイは聞かれた質問に対し即答できる。
そして普段は・・・。
「ヨウメイ殿、今日の気温はどんな具合だ?」
「えーと、ちょっと待ってくださいね。」
ぱらぱらぱらと統天書をめくる。
ふむふむととあるページを見る。
パタンと統天書を閉じる。
「いいあんばいですよ。穏やかです。急激に下がったり上がったりしません。」
「そうか、なら良かった。」
とまあ、答えるまでに三つのステップがあるわけだ。
更に調子が悪い時は・・・。
「ヨウメイ、今日の夕飯って何かな?」
「ちょっと待ってくださいね、えーっとお・・・。」
ぱらぱらぱらぱらぱらぱら・・・。
と、なかなか統天書で項目を見つけられないのである。
そうこうしているうちに、統天書をめくらなくてもわかるということに気付き・・・。
「・・・ビーフコロッケです。」
「そっか、さんきゅうな。」
とまあこんな風に。
なるべく即答できるように、ヨウメイは日々の努力を怠らない。
今日も今日とて、ぱらぱらぱら・・・。
「楊ちゃん、何やってんの?」
「日頃の調子を良くする練習。」
「調子を良くする・・・練習?」
「そ。後でまた付き合ってね。」
「う、うん・・・。(一体何をすればいいんだろ?)」
首をかしげながらも彼女の必死な様子を見つめる熱美。
この後何をしたかというと、いわゆる質問合戦であった。
<びしっ!とね>
その日は雨が降っていた。空はどんよりと曇り、太陽を完全に覆っていた。
「ふあああ・・・。退屈ねえ、外に出られないと。」
リビングで大きなあくびをするルーアン。
それにつられてか、傍に居合わせた太助、シャオ、那奈、そしてキリュウもあくびをした。
しかしヨウメイだけはふうとため息。そして窓の外をちらっと見やる。
「ヨウメイも退屈なんじゃないのか?外へ出て教授できないって思ってさ。」
何気なく尋ねる那奈。別に外へ出なくても教授は行えるはずなのであるがそれを行っていないヨウメイ。
と、彼女は首を横に力なく振った。
「雨が降ってる程度で外へ出られないわけじゃありません。ただ・・・。」
「ただ?」
「どうして貴方達はそういう風に家の中に居るのかと思いましてね。」
言い終わるとため息を再びつくヨウメイ。と、そこでキリュウがじろりと目をむいた。
「どういう事だ?以前勝手にヨウメイ殿は雨の中外出していたが・・・。
だいたいあれはあなたの道楽ではなかったのか?」
雨の日の過ごし方、なんてのは人それぞれの気分によるものだとキリュウは言いたいのだろうか。
以前の出来事も考慮に入れての意見である。それに賛成するかのごとく頷いたヨウメイを除く四人。
だが、ヨウメイは首を再び横に振った。
「そんな事を言ってるんじゃないんです。本当は教えて差し上げたいんですが・・・。
こればっかりは自分達で感じとって欲しいんです。念の為に言っておきますが、
“雨が降ってるからって家の中に居るのはどうしてなの?”と、私は問いかけてるんじゃ無いですからね。
まあゆっくり考えてみてください。溶ける感覚で・・・。」
喋りおわると、一礼してヨウメイはその場を後にした。
ぽかんとして聞いていた五人は首を傾げるばかり。
そうこうしているうちに、今日一日降ると予想されていた雨はやんでしまったようだ。
<静止>