第百九十二ページ『文字文字』

かりかりかりかり・・・
授業中、いや、テスト中である。
1年3組、皆は一心不乱に文字をテスト用紙に書き連ねている。
教室内を、先生が見回っていたのだが・・・。
「・・・知教空天さん。」
ヨウメイを呼び止めた。書く手を止め・・・いや、既にすべてを書きおわっていた様だ。
見直しをのんびりと行っていた彼女はふいっと先生を見上げる。
「なんですか?」
「日本語で書いていただきたいのですが・・・。」
そう、ヨウメイが書いていたのはなんとも奇妙な文字列。
おそらくは統天書に書かれている文字であろう。
「ご心配なく。点付けする時には自然に読めるようになりますから。」
「しかしですねえ・・・。」
結局ヨウメイは一歩も譲らず。
仕方なく退いた先生だったが、彼女の言う通り点付けは問題無くできたそうである。
「楊ちゃん、もう少し普通にやろうとは・・・。」
「だって・・・これが私の普通だもん。」
テスト終了後にたしなめていた熱美は、
やれやれと息を付いてヨウメイの言い分を聞くしか出来なかった。

<わかる>


第百九十三ページ『ちゃぶ台返し』

「キリュウさん、ヨウメイさん、ご飯が出来ましたよ〜。」
「はーい。」
「今から行く。」
シャオに呼ばれて、ヨウメイが、キリュウが部屋から返事をする。
一日の疲れを取る役目も果たす夕食の時間がやってきたのだ。
と、階段を降りて行く途中でヨウメイが何かを思いついた様だ。
「キリュウさん、お願いがあるのですが。」
「内容を言ってもらおう。」
「えとですねえ、ちゃぶ台返しをして欲しいのです。」
「ちゃぶ台返し?」
「そうです。“こんなもん食えるか〜!”と、テーブルをひっくり返して欲しいのです。」
もちろんキリュウはそこで露骨にいやそうな顔をした。
キリュウで無くとも、これは当然の反応であろう。
「何故私がそんな事をしなければならないんだ。
ご飯が食べられ無くなってしまうではないか。
第一、ヨウメイ殿は食べ物を粗末にするのを怒るのではなかったか?」
「ええ怒りますよ、物凄く。さあ、私に怒られましょう!」
「・・・さて、今日のおかずは何だろうな。」
「ああっ、ちょっと、無視しないでくださいよ。」
先を行こうとするキリュウの袖をヨウメイが引っ張った。
するとキリュウは呆れた顔で彼女に振り返る。
「誰が怒られると分かっててするというんだ。」
「キリュウさんです。」
「私はやらない!」
「ええー?やって私に怒られましょうよ〜。」
「だからわざわざそんな事はしないと言ってるんだ!!」
結局、夕食は無事に終わったのであった。

<えいやあー!>


第百九十四ページ『迷子必勝法』

学校の帰り道。
熱美とゆかりんと別れて、花織とヨウメイが二人並んで歩いていた。
「花織ちゃん、いいものを教えてあげようか。」
「珍しいね、楊ちゃんがそんなこといってくるなんて。で、何?」
「迷子になったときの対処法。」
「迷子になったときの?」
花織が聞き返すと、ヨウメイはくるりんと回り、花織に荷物を渡した。
「珍しくも実演してみるからね。」
「あ、ほんとだ、珍しい。楊ちゃんごきげんなんじゃない?」
「まあねっ。」
ノっているヨウメイを見てか、花織自身もなんだか嬉しい。
「いい、よーく見ててね。」
と告げると、ヨウメイは手をだらんとおろした。
「びええええ!!!」
「うえっ!?」
突然大声で泣き出す。びっくりした花織は、慌てて耳を押さえるのだった。
だが、その泣きも(もちろん演技だが)すぐに終わる。
本当に出ていた涙をぬぐって、ヨウメイはにこりと笑った。
「ね、こうやって泣いてれば誰かが気づいてくれるよ。」
「・・・楊ちゃん。」
「なに?」
「世の中そんなに都合よくいかないだろうし、
絶対に今の手段じゃ無理だと・・・おも・・・う。」
ぱた
「か、花織ちゃん!?」
泣き声でかなりのダメージを食らっていたのか、
花織はその場に倒れてしまった。
戸惑いつつもヨウメイはすばやく万象復元。
そして花織は復活。その後にヨウメイは睡眠。
とんだ帰り道を体験した二人であった。

<どうしたんだい、お嬢ちゃん>


第百九十五ページ『人ごみに流されて』

ある日のこと。シャオとヨウメイは二人で夕食の買い物へでかけていた。
町中は、時間帯の所為かかなりの人ごみである。
買うものは買ったのだが、人に押されて物をつぶしてしまいそうなほどだ。
「むぎゅう。これはたまりませんわ!」
「なんとか、ふぎゅ!無事に、うぎゅ!帰らないと・・・きゃうう!」
お互いの位置を確認しながら歩いてはいるが、いつはぐれてもおかしくない。
そんな真っ只中を、二人は荷物を大事に守りながら歩いていた。
空を飛べばいいはずなのだが、支天輪も飛翔球も忘れてきてしまっているのだ。
そして・・・

「ここは・・・どこでしょう?」
「道に迷ったんですねえ。って、なんで海に・・・。」
二人はいつのまにか見知らぬ海岸に立っていた。
真っ暗な海面に月や星々がその姿を写している。もう夜だ。
「奇麗ですねえ・・・。夏に太助様と夜の海岸で花火をしたのを思い出しました。」
「へええ、そんなことが。そうだ、その時のお話をしながらここでバーベキューでも。」
「まあ、それはいい考えですわ。でも、みんなのお夕飯・・・。」
「離珠さんを主様のそばにおいてるのでしょう?
だったらその離珠さんに知らせて、皆さんに説明してもらいましょう。」
「なるほどっ。・・・でも、私から離珠には・・・。」
「大丈夫、私が伝え方をお教えしましょう。」
「まあ、ありがとうございます。」
それで早速シャオが離珠に伝え・・・

「なあ離珠、もう一回。」
「うううー、お腹すいて死にそうー・・・。」
「まったく、ヨウメイ殿はどうしてああ不精を・・・。」
「太助!!お前が行ってつれもどしてこい!!」
離珠のお絵描きがさっぱり伝わらず、太助達は非常に難儀していた。
結局その日、まったく無事に夕飯が終わらなかったのであった。
なお、コンパクトだのを使えば良かったの気づいたのはその翌日である。
「まったく、お腹がすいてると気付かなくなるもんですねえ。」
「そう言うヨウメイ殿こそ、ルーアン殿のコンパクトというものを知らせてくれればいいだろうに。」
「あの時も私だってお腹すいてましたもん。おあいこです。」
「そうか、そうくるか。そうだな・・・。」

<こんなになっちゃいました>


第百九十六ページ『人質』

それはよく晴れたある日の事であった。
学校の授業が終わり、翔子は一人家路についていた。
「シャオは七梨と買い物かあ。最近仲がよさそうで結構結構。
とはいえ、一人で帰るってのは相変わらず退屈だなあ・・・。」
今までよく家にはそうやって帰っていたが、改めて意識するとやりきれなくなる。
しかし考えていてもしょうがないか、と決めて歩きつづけていると・・・
ひゅんっ!
「な、なんだ!?」
一陣の風が舞ったその直後、翔子は高速で移動していた。しかも飛んでいた。
それは何故かというと・・・
「ヨウメイ?」
「あ、山野辺さん。ちょっと我慢しててくださいね。」
なんと飛翔球に乗せられていたのだった。
素早くすくわれた、という事だろうか。
と、その後ろを何者かが追ってきているのが見えた。
大きな扇が認識できる・・・。キリュウだ。
「待てー!ヨウメイ殿ー!!」
「キリュウ?」
「くっ、もう追い付いてきた。やっぱり今日は飛翔球本気を出さないデーだから・・・。」
“なんだそりゃ”と翔子が思っていると、その飛翔球は急にスピードを落とし、そして止まった。
そしてそこに迫ってきたキリュウ。ヨウメイと睨み合っている。
「さあヨウメイ殿、もう逃げられんぞ。」
「ふふん、甘いですね。ここに山野辺さんがいるでしょう?」
「何!?まさか・・・ヨウメイ殿!!」
「そのまさかですよ。さあ、山野辺さんを酷い目に遭わせたくなかったらさっさと立ち去りなさい!」
「くっ、卑怯者・・・。」
「なんとでも言ってください。私は今日は手段を選びません!!」
どうやらいつのまにか翔子は人質とされていたようだ。
非常に気に食わなかったものの、翔子はヨウメイの肩をぽんぽんと叩いた。
「なんですか?」
「一体何を争ってるんだ?」
「ああ、日課の喧嘩です。気分爽快になるために。
さあキリュウさん!翔子さんの命が惜しければおとなしくさが・・・」
ぽかっ
「あいた!・・・うえーん!人質に殴られたー!!」
「あのな・・・。」
一発殴っただけではどうも気が済まず、翔子は更にヨウメイをぽかぽかと殴る。
そんな翔子の必死な(?)抵抗により、彼女は無事に解放された。
とぼとぼと飛び去ってゆくキリュウとヨウメイの二人を見ながら、
翔子はなんともやるせない気持ちで家を目指すのだった。

<解放を要求する!>


第百九十七ページ『これは、どうかな?』

「キリュウさん!珍しく私が目覚ましの提案を致しましょう!」
夜、キリュウとヨウメイの部屋。
そろそろ寝ようかという時にヨウメイがこんな事を言い出したのだ。
戸惑っているのはキリュウ。いつも目覚ましに反対されてきたのだから。
「一体どういう風の吹き回しだ?」
「ふっ、時代は変わるんですよ。」
「・・・よくわからないが、ともかく案とやらを聞こう。」
「はいっ。ではまずこれを見てください。」
ヨウメイが懐から取り出したもの。
それは小さな金属の板に大量の針がびっしりと生えた・・・
「これは剣山か?」
「そうです。生け花とかに良く使われますね。
これを以前の目覚ましの仕掛けの一部である包丁の代わりにすれば!」
言われてキリュウは想像した。
天上一杯に大きくなった剣山。それが上から降ってくる。
そうなると当然自分達に逃げ場は無い。刺されて一貫の終わりだ。
「遠慮する。」
「ええ〜?わかりました。ではこれはどうでしょう!」
残念そうにしながらもヨウメイはあっさりそれを受け入れ、次なるものを取り出した。
まあるい物体に刺がびっしり生えた・・・
「・・・うに、か?」
「そうです!これを天上にずらりと並べて・・・」
「遠慮する!もうちょっとましな案は無いのか!?」
「では、これはどうですか?」
またもやヨウメイはあっさりとキリュウの意志を受け入れた。
そして更に彼女が取り出したものとは・・・。

<やめてくれー!!>


第百九十八ページ『春が来た』

「ねえ楊ちゃん。」
「なに、花織ちゃん。」
「“来れ春!”とかって出来るの?」
「さすがに季節とかは・・・。無理すれば出来ないことも無いけど。」
「じゃあ早速やってみて!」
「言っておくけど恋愛とは関係ない春だからね。」
「え・・・と・・・さって、次の授業は体育・・・」
「花織ちゃん!!」
逃げるように去っていった花織。
遊び損ねてしまったようである。

<ぽかぽか>


第百九十九ページ『曇り空』

ある日の昼休み。ヨウメイは屋上に来ていた。
どんよりとよどんでいる空を見上げ、両手をめいっぱい広げている。
端からは、何かを受け止めようとしている姿に見えるだろう。
とそこへ、昼飯の弁当を食べようと、翔子とシャオがやってきた。
屋上への扉を開けて二人が目にしたのは、もちろんヨウメイのそんな姿である。
「ヨウメイさん・・・?」
「何やってんだ、そんな所で。」
二人の声に気付いたヨウメイは、両手を広げたままで顔を正面へ向けた。
「待っているんです、雨を。」
「雨を、待つ?」
「そういえばたしかに降りそうな空だよなあ。」
何気なく屋上へやってきた翔子とシャオだったが、
ここで初めて空の雲行きの怪しさに眉をひそめた。
教室からは別段雨が降らなさそうに見えた空も、屋上から見てまた違う印象を受けたのだ。
「お二人はどうしてここに?」
「お弁当を、と思いまして。そういえばヨウメイさんはお昼も食べずにここにいらしたんですか?」
シャオの問いに、ヨウメイはこくりと頷いた。
笑みを浮かべてではなく、多少複雑な表情をしていたが。
「珍しいよな。普段は愛原達と食べてるのに。」
翔子の言葉に、ヨウメイはぴくりと反応したが、そのままの姿勢で答える。
「ええ、そうです。今日だけはちょっと・・・ね。」
その後は沈黙の時が流れるだけとなった。
二人が食事をしている間も、ヨウメイはずっとそのまま。
天を仰ぎ、両手を広げ・・・。
結局昼休みの間は雨は一滴も降らず。
姿勢を戻したヨウメイは、たった一言、こう呟いた。
「・・・なるほどね。」

<見えない>


第二百ページ『こう見えた』

道端を歩いている少女が四人。花織、熱美、ゆかりん、ヨウメイである。
制服であるところをみると、どうやら帰り道のようだ。
楽しいおしゃべりをしながら歩くそれは、列が結構広がって危なっかしい。
と、ぴたりとヨウメイは歩を止めた。塀に落書きを見つけたのだ。
「どうしたの楊ちゃん?・・・あ、これね。」
彼女の前を横を歩いていた熱美がとんとんと塀を指でたたく。
そこには油性の赤いラッカーで大きく“夜露死苦”と描かれてあった。
「こんな街のど真ん中に落書きしていくなんて。
よほど目立ちたがり屋よね、その暴走族。」
「花織、まだ暴走族だって決まったわけじゃないでしょ。
ま、他に考えられないけど。」
うんうんとうなずくゆかりん。だが、顔は厳しい。
こんな汚い落書きは不快にしか思えなかったからだ。
ヨウメイはずっと無言であったが、やがて落書きをなぞり始めた。
「夜の露、それは時に苦しく死を呼ぶ・・・なんて解釈できない?」
「「「は?」」」
一瞬花織、熱美、ゆかりんは耳を疑った。
「別の方向から見ればこれもなかなかのもんだけどね。」
「「「ちょっと楊ちゃん・・・。」」」
ヨウメイ一人論点がずれている。
だが、“ふふっ”と少し笑うとすたすたと歩き出した。
少し変わったヨウメイを見たな、とつくづく思う三人であった。

<ね?>


第二百一ページ『禁句』

それはある晩のことだ。
食事を終えたルーアンとヨウメイは、一緒にお風呂に入っていた。
「たくう、この狭いところになんであんたまで。」
「いいじゃないですか、たまには。」
「そういえばキリュウと一緒に入って自爆してたっけ。」
「そんな余計なことはとっとと忘れてください・・・。」
なんだかんだで湯船につかりながらたわいない会話を交わしている。
そんな折、ルーアンはじーっとヨウメイの体を見ていた。
「?どうしたんですか、ルーアンさん。」
「あんたって・・・。」
「はい?」
「ほんっと幼児体形ねえ。」
ずずーん!!!!
ルーアンの何気ない一言に、ヨウメイはびしっと固まった。
もっとも、言われても仕方の無い体をしていたから言われたのだろう。
「おおおおおおのれおのれおのれおのれおのれおのれー!!!」
「げっ、怒った?」
「当たり前です!!」
「い、いいじゃないの、可愛いんだから。」
「そんな本当のことは聞き飽きました!!」
“なんつうやつ”などと思いながらそそくさとルーアンはそこを後にしようとしたのだが・・・
「来れ、熱気!!」
「げげっ!?」
風呂場の気温が急上昇。あっという間にドアも何もかもまともに触れる温度ではなくなった。
「あ、あんた風呂場に統天書なんてもって来てんじゃないわよ!!」
「ふふん、この書物はどんな環境にも対応できるんですよーだ。
そんなことより覚悟してくださいね!!私をからかった罪は重い!!!」
「ひえええー!!!」
さすがに風呂場へは黒天筒を持ってきていなかったルーアンは・・・
語るも無残な姿に変わり果ててしまったという。
この騒ぎの後始末はヨウメイがしっかりつけ(万象復元を用いたのは言うまでも無い)
どうにかこうにか幕を閉じたのだとか。
後でキリュウがぽつりとつぶやいたのは・・・
「なんだ、ヨウメイ殿はやはり気にしていたのか。」
という、少し意外性を含んだ言葉であった。

<それは言ってはいけなかった>


第二百二ページ『協創』

「シャオリンさん、ルーアンさん、キリュウさん、ちょっとお話が。」
「なんでしょう?」
「手短にね。」
「私は忙しいのだが・・・。」
ある日曜日、ヨウメイは精霊で集まって話をしようと持ちかけた。
一つの部屋で、四人固まって。
「今の人間社会にはたくさんの会社だとかが、お互い競争しあって発展なりしています。
しかし会社とは関係ない私達にとって、品物なんかを買う際に、複数の会社から一つを選ぶという、
ある意味強制の選択をさせられているのです。
でもそれをなくして、複数が一つの質の高いものを創ろうとすればどうでしょう?
きっと提供側も消費側も納得するはず。これを協創と呼びます。」
「「「へえ・・・。」」」
三人は感心したようにうなずいた。
彼女の説明はほんの一部分しか触れてない様にも思えたが、
実現されればたしかに有益なものとなりそうである。
「前置きはさておき、一緒に協力して一つのものを創っていきませんか?」
「それはどういうことですか?ヨウメイさん。」
「つまり、主様を不幸から護る!幸せを授ける!試練を与える!知識を教える!
というものを、分担してじゃなくて四人でやってみないか、ということなのです。」
「へええ、大胆な発想ねえ。あたしはのった!」
「私もやってみたいです。皆で協力して太助様の為に!」
「まあまあ、待ってください。まずはどれをやるかを決めないと。」
「私はまだ賛成していないぞ。」
乗り気満々という雰囲気の中、キリュウだけはそっぽを向いた。
どうやらヨウメイの提案に不満があるらしい。
「賛成しないって・・・何故ですか、キリュウさん。」
「皆でやるのもいいが、その分他のことがおろそかになる。
その部分を後になって埋めようというのは私にはまっぴらだ。」
「ですが・・・」
「それにだ。私達は別に競争して主殿に接しているわけではあるまい?
そういう点でヨウメイ殿の案には無理があるんだ。」
キリュウの言っていることは的を得ていた。
シャオ達精霊四人は、別に競って太助に仕えているわけでもない。
別々に役目を果たしていても何の問題もない。それが現状であるのだ。
「・・・わからずや。」
「なんだと?」
「キリュウさんはわからずやだと言ってるんですよ!!
どうしてたまには他のことをやろうとか思わないんですか!
試練だけに無理にこだわっていては見えてくるはずのものもみえない!
それに第一、以前幸せ計画をやったときには喜んで参加してたじゃないですか!!」
「あれは別だ。たまたまやることが見つからなかっただけだしな。」
「・・・せめて、少しでもやってみようと思いませんか?」
怒ったと思ったら、一転してヨウメイはすがるような目つきで尋ねた。
彼女自身、どうしてもやりたかったのだろう。
しかしその後キリュウは首を横に振った。NOだという答えを出したのだ。
「私は試練で忙しいのだ。失礼する。」
ふいっと立ちあがると、キリュウはすたすたと部屋を後にする。
残りの三人は、ただそれを見送るしか出来なかった。
「残念ねえ。あたしは結構いいと思ったのに。
たー様に知識を教える、ってやってみたかったな〜。」
「私も、太助様に幸せを授けるってやってみたかったですわ。」
ちょっぴり残念そうなシャオとルーアン。
二人はもともと賛成していただけに、やりたいことを既に思い浮かべていたのだ。
「はあ・・・。いっつもそれなりに協力してくれるのになあ。
大体、ずっと前私が試練をやったのに・・・。」
「あの時も特別だったんじゃないの?」
キリュウとヨウメイが行った共同試練。
それは、いわば仲直りの印の意味もあったと言えよう。
だからキリュウはそれを承諾したのかもしれない。
「まあいいです。いずれまた機会があればということで。
その時はどうやって説得しようかな〜。」
ヨウメイはまだまだ諦めてはいない様子だ。
その瞳の奥には燃えるような何かがあった。
彼女の本当にやりたいことを示しているような何かが・・・。

<効果倍増?>


第二百三ページ『逆夢』

「聞いてよ楊ちゃん、あたし昨日楊ちゃんの夢を見たんだよ。」
「へえ〜、花織ちゃんが私の夢を・・・。で、どんな夢?」
「絶対に現実にはありえないような夢。うん、間違い無くないね。逆夢よ、これは。」
「むっ、それはなんだか聞き捨てなら無いなあ。絶対に現実にしてやるんだから!
で、どんな夢?」
「あのね、楊ちゃんが引越しのアルバイトしてるの。重い荷物を肩に担いでるのよ。」
「・・・なるほど、たしかに逆夢だわ。」

<ありえない>


第二百四ページ『ご訂正』

「キリュウさん、私のある一日を説明致しましょう。」
「ああ。」
「朝起きて、ご飯を食べて、学校に行って、授業を受けて、ご飯を食べて、家に帰って、
ご飯を食べて、お風呂に入って、キリュウさんと遊んで、寝る、です。」
「ずいぶんと簡単だな?」
「ええ。物事は簡潔に。」
「一つだけ質問する。“私と遊ぶ”ではなくて“私で遊ぶ”ではないのか?」
「あっ、さっすがキリュウさん。凄いです!知教空天である私のミスを見つけるとは!!」
「なあに、これくらいは。だが、素直に喜べないのだが・・・。」
「あはははは。」
「笑い事ではない!!」

<ああそういえば>


第二百五ページ『どうする?』

ヨウメイによる講義が、太助に対して行われていた。
「主様、質問です。例えば主様の目の前に金庫があったとします。」
「ふむふむ。」
「しかしそれはどうやっても絶対開かない!さて、どうします?」
「うーん・・・上手くダイヤルとかを回しても開かないの?」
「駄目です。」
「実は上に蓋がついてたりとか。」
「そんな金庫ではありません。」
「ドリルなんかで穴を開けるかなあ。」
「そんなやわな金庫じゃありませんよ。」
「となるとキリュウの万象大乱で・・・」
「そんな力も使ってはいけません。」
「お手上げじゃん。」
「ですから絶対開かないんですって。さあどうします?」
「うーん・・・。」
悩み出す太助。長考に入るなと思ったヨウメイはそこでストップをかけた。
「主様、なんでそんなに悩むんですか。」
「そんな呆れたように言うなよ。どうやって開けるか考えてるのに。」
「では、なんで開ける必要があるんですか。」
「へ?だって金庫が目の前に・・・。」
「へえ〜、主様は金庫を見ると開けなきゃ気が済まない性分なんですか?」
ここで太助はハッと我に帰った。
そういえばヨウメイは金庫が目の前にあった後どうするかを聞いていた。
たしかに開けるにはどうするかなどと聞いていない。
「なるほどな・・・。」
「ほんとはこんな納得なんてしてほしくはないんですがね。
とにかく状況ってものを考えてくださいよ。」
「けど意味ありげに金庫なんて出してきただろ?」
「それは主様の早とちりです。
別に金庫じゃなくても、ごみ箱とかビール瓶でもいいんですから。」
「そうだよな・・・けどさあ・・・。」
結局太助は、最後まで諦めない感じで接していたのであった。

<こうすれば?>


第二百六ページ『ある一つの嘘』

「なあヨウメイ、たまには嘘を言ってみろよ。」
「山野辺さん。私がそんなものを言えるわけ無いでしょう?」
「あからさまに嘘なら誰にも迷惑かからないって。だから一つ言ってみな。」
「うーん・・・。でも、年に一度と私は決めているので。」
「じゃああたしが代わりに言うよ。」
「は?」
「ヨウメイは統天書に帰る!ってな。」
「・・・山野辺さん、それは間違いです。」
「まあまあ。万象封鎖で帰ればいいじゃん。」
「実行するんですか?それにそういう問題では・・・。」
「それじゃあ趣向を変えようか。ヨウメイが海水を飲み干した!!」
「・・・山野辺さん、ひょっとしてからかってます?」
「あったり〜。いやあ面白かった。じゃあな。」
「なるほど。では明日もまた、たっぷり遊びましょうね♪」
するりと去ろうとした翔子だったが、ヨウメイの言葉に立ち止まった。
そしてバッと後ろを振り向く。ところが、すでにヨウメイの姿は無かった。
素早く飛翔球で飛び去ってしまったのだろうか。
「やば・・・。」
真っ青な顔になって翔子は、結局家路についた。
次の日学校では、翔子は四六時中びくびくしながら居たという。
だが、ヨウメイが彼女を訪ねることはなかった。
放課後、翔子はぐったりと机につっぷしていた。
「くそ・・・。たしかに遊ばれた・・・。」

<やだなあ、冗談ですってば>


第二百七ページ『出た出た出来事』

それは学校の帰り道。
花織達四人が仲良く歩いてたところ、
そこらへんをたむろしていた男子高校生達に呼び止められた事から始まった。
「ねえねえ、彼女たち暇?」
「これから俺達と遊ばない?」
「あ、その制服は鶴ヶ丘中学校だね。」
「俺らより年下じゃん。」
人数は約十人。数だけ見ると圧倒的に花織達が不利であった。
逃げだそうにも周りはすっかり囲まれている。
下手に抵抗すると酷い目にあいそうだ。
「何とかいえよ、そんな恐い顔しないでさ。」
リーダーっぽい一人が花織の腕をつかんだ。
「ちょっと、離してよ!」
「先輩に向かっての口の利き方がなってないなあ。」
「楊ちゃん、なんとかしてー!」
たまらず花織は楊明に助けを求めた。
すると当の彼女は統天書をぱらぱらとめくっている。
自然現象を呼ぶ?と思っていた熱美とゆかりんだったが、楊明は本をぱたんと閉じた。
そして、花織の腕をつかんでいる一人に向かってこう言う。
「少しだけなら付き合ってあげてもいいですよ。」
それには花織達三人は目をまるくした。
彼女の言動が信じられなかったのだ。
「楊ちゃん、何考えてんの!!」
「そうだよ、こんなやつらちゃっちゃとやっつけちゃってよ!!」
「ただし!条件が一つだけあります。最初の二分間、こちらの言う通りに・・・。」
熱美とゆかりんの抗議を無視して、楊明はてきぱきと男子生徒達に指示を始めた。
どうせただのお遊びだろうとたかをくくった彼らは、道路の真ん中に壁と平行に一直線に並ぶ。
逆に花織達四人は、壁にそって平行に並んでいた。
「このままであと二分お願いしますね。」
「その二分が経てばおとなしく付き合うんだな?」
「ええ。」
「けど残念だったな。俺は気が短・・・あ、あれ?」
すぐに動きだそうとした男子生徒。だが足は動かない。
他の面々もそんな感じであった。
「吸引力、ってわかります?これを地面に持たせる事によって・・・。」
とたんに長々と楊明の講義が始まった。
じたばたしながらもそのままの状態でそれを聞かなければならなくなった男子生徒達。
そして唖然とその光景を見ている花織達。
だがやがて、遠くからゴロンゴロンという音が聞こえてきだした。
それはだんだん近づいてきて、その場に居た全員の目にうつる。
「お、おっきいボール!!」
「もしかして、キリュウさんの試練?」
「そうだよ。見ればわかると思うけどこっちに向かってきてるから。」
花織とゆかりんの言葉に、楊明はあっさりと答える。
そして更に講義の続きを始めた。
「お、おい!あんなのきたら俺達おしまいじゃないか!!」
「動けるようにしろ、このやろう!!」
「静かにしないと講義が終わりませんよ〜。」
本気で騒ぎ出す彼らにも涼しい顔。
結局講義が続けられ・・・
ゴロゴロゴロゴロ・・・ドカーン!!!
「わああああ!!」
とんでもない勢いのボールに、男子高校生達はすべて吹っ飛ばされた。
その瞬間と同時に花織達の目に映ったのは、ボールの上で必死にたまのりをする太助の姿。
「七梨先輩って、色んなことやるようになったよねえ。」
しみじみと呟く熱美。
そんな中、楊明はいまだに講義の続きをしていた。
後で分かった事だが、彼女がどういうつもりでこんな講義を始めたのか、
それは花織達が思っていたものとは少し違っていたようである。

<偶然だよ、偶然>


第二百八ページ『読み切り』

「なあヨウメイ。」
「なんですか?主様。」
「統天書に記載された事柄って、ずっと消えないの?」
「そのはずですけど。でもそうなるといずれ限界が来る、と思うんですね?」
「うん。」
「大丈夫だと思いますよ。これは聞いた話なんですけどね、どうやら読み切り作品が存在するみたいです。」
「へ?読み切り?」
「そうです。一度目にしたが最後、以降は誰の目にも触れることが無くなってしまうものが。」
「へええ・・・。」
「私はそういうのは今まで見たこと無いんですけどね。」
「・・・ちょっと待て、じゃあその読み切りの話は誰から聞いたんだ?」
「・・・さあ。」
「おい・・・。」

<また読みたいな>


第二百九ページ『脳と筋肉』

「ねえ楊ちゃん。」
「なに、花織ちゃん。」
「何で楊ちゃんが力が無いのかわかったよ。」
「へええ。なんで?」
「脳みそが筋肉で出来てる、なんて悪口があるじゃない?」
「ふむふむ。」
「楊ちゃんの場合は反対に、筋肉が脳みそでふにゃふにゃなんだよ、きっと。」
「なるほど、上手いねえ。でも・・・素直に喜べないね。」
「ありゃ、違うの?」
「当たり前でしょ!?花織ちゃんが言ってるのはただの悪口!!」
怒りながらも、心のどこかでは感心していたヨウメイであった。

<筋肉が脳>


第二百十ページ『沈黙』

「…………。」
「……………。」
「………………。」
「…………………。」
「……………………。」
ただいま静寂に耐える試練を実行中。
主催は何故かヨウメイだったりする。
「……………………。」
「……じゃあこのへんで終わるとしますか。」
「……なあヨウメイ。」
「なんですか?主様。」
「これをやる意味はなんだ?」
「さあ?那奈さんに聞いてください。私は那奈さんに頼まれたんですから。」
「うーん……。」
「主様にとってはなんてことないでしょうに。シャオリンさんと二人っきりになると、
いっつもそんな感じじゃないですか。」
「それは状況が違うだろ。」
「では今度からシャオリンさん立会いのもと行ってみますか。」
「うーん……。」
唸ってばかりの太助。今回の試練は、何かが非常に引っかかるようだ。
「さっきからどうしたんですか、主様。」
「うーん……。」
「キリュウさんが居ない事が気になるのですか?」
「そ、そうそう。なんでキリュウじゃなくてヨウメイが試練をしてるのかなって。」
「それはですねえ……。」
説明しようとするヨウメイ。だが、すぐに口を閉ざしてしまった。
彼女の表情を見た太助も同じく口を閉ざす。
そして沈黙…………。

<…………>


第二百十一ページ『保険』

二年一組。休み時間にヨウメイがやってきた。
「遠藤さん、保険に入りませんか?」
「保険?いきなりなんなのさ、ヨウメイちゃん。」
「ふふっ、聞いて驚いてください。ヨウメイ保険を考えました!」
バン!と机に広げられる統天書。当然乎一郎本人には読めないのだが。
「日がな一日、私の講義を聴くだけで!」
「聴くだけで?」
「あらゆる災害から、私がつきっきりでお守りします!」
「すごい・・・。」
知識を与えられつつ守りを得る。
すなわち、出費とかいうことを考えなくていいのだ。
「こんな保険が果たして世間にあるでしょうか?いいえ、ありません!!」
反語調で激しく強調するヨウメイ。
それを聞きつけてか、たかしまでも側に寄ってきた。
「ヨウメイちゃん、俺は保険に入る!!」
「ありがとうございます、野村さん。さて、遠藤さんはどうしますか?」
即決のたかしに呆れながらも、乎一郎は静かに答えた。
「僕は入らないよ。だって、ルーアン先生と会う時間が・・・。
それに、つきっきりってのがどうも・・・。」
「それは納得がいきませんねえ。ま、強制はしませんけど。」
あっさりとヨウメイはたかしの方へと向き直った。
「さて野村さん。まずは何を教えましょうか?」
「そうだなあ・・・シャオちゃんゲット計画を考えよう!!」
「了解!では、とりあえず屋上へでも向かいましょうか。」
「よし!ふっ、乎一郎、お前は馬鹿だよな。」
にやにや笑っているたかしと、るんるんと跳ねてるヨウメイは教室を去って行った。
残念そうでもなくそれを見送っていた乎一郎であったが・・・。
翌日、シャオと並んで嬉し気に歩いているたかしをみかけ、愕然となるのだった。
慌ててヨウメイを訪ねる彼。
「ヨウメイちゃん!ぼ、僕も保険に入る!!」
「へ?保険?なんのことですか?」
「昨日言ってたじゃないか!日がな一日講義を聴く代わりに、災害から守るみたいなことを!」
「ああ、あれですか。あれはもう止めました。
というよりはちょっとした実験だったんで、ご了承ください。」
「そ、そんな!」
冷たく言い放つヨウメイに、再び愕然となる乎一郎。
しばらく後の話であるが、たかしやシャオから“遊び”であるという事情を聞き、
三度目愕然となったということである。
「ヨウメイちゃんもこったこと考えるようになったよなあ。」
「まさか保険に絡めるなんて夢にも思いませんでしたわ。」
“遊び”の協力者であるたかしとシャオの言葉など、もちろん乎一郎の耳には入らなかった。
ひたすらぶつぶつと“なんで僕が・・・”と呟いていただけだった。

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