第二百三十三ページ『模様替え』

「ヨウメイ殿、たまには部屋の模様替えをしようと思うのだが。」
「ええええっ!?・・・私は手伝えませんからね。」
キリュウの何気ない一言に、ヨウメイは思わずガードの姿勢をとった。
頑丈そうだが、少しでも突けばあっというまに崩せそうなひ弱なガードである。
「力仕事をしろと言ってるのではない。どう変えるべきかデザインを頼もうというのだ。」
「なあんだぁ。デザインセンスが少しは有りそうな私に是非!」
「・・・どういうことだ?」
「心配なさらなくても。私は以前設計士さんにも仕えてましたから。」
「・・・不安だが、とにかく頼もう。」
「それはそれとして、実際模様替えする時はどうするんですか?キリュウさん一人で?」
当然っぽく思われた問いに、キリュウは首を横に振った。
「主殿に頼んでみようと思う。」
「なるほど、試練ですか。」
「試練ではない。そうでなくともあまりこういう事は頼むべきではないが・・・。」
「そこはまた頼んだ後に悩むとしますか。では早速考えましょう。」
そして練られる部屋のレイアウト。
完成した案をもとに太助が動かしてゆく・・・。
「・・・ふう、これでいいのか?」
「・・・うーん、実際に見るとどうも前の方が良かったような。」
「主殿、やはり元に戻してはくれまいか?」
「そうくると思った。ま、たまにはこういう試練もいいかな。」
「これは試練ではないのだが・・・。」
すっかり引っ越しのおにーさんと化した太助であった。

<こんなもんかな?>


第二百三十四ページ『折紙手裏剣』

おりおりおりおり・・・
ヨウメイが教室で折紙を折っている。
「楊ちゃん、何作ってるの?」
「手裏剣。」
「へえ〜、珍しいね。」
「これから、この手裏剣で熱美ちゃんを攻撃するからね。」
「は?」
「怪我を負わせちゃうんだから。覚悟しててよ♪」
尋ねた熱美は冷や汗たらり。
反面、やけにヨウメイは楽しそうだ。
「あの、楊ちゃん・・・」
「できた!よっし、熱美ちゃんに攻撃!」
完成直後にヨウメイは手裏剣を投げる。
とっさに熱美はガード。手裏剣はその手にかすっと当たって、床にぽとりと落ちた。
「くっ、負けちゃった・・・。」
「・・・ねえ楊ちゃん」
ガードを解いた熱美はどうもふに落ちない顔だ。
「なんでいきなり?」
「ちょっとやりたくなっただけ。」
「・・・なるほどね。」
何かを納得した熱美。しかしそれを見たヨウメイは、
「もう、今更だなあ。あははは。」
と、笑っていた。
無言のままそれを見ていたかと思うと、熱美は手裏剣をひょいっと拾う。
「じゃあお返しにわたしも攻撃。」
「えっ?」
びしっ
「はうっ!」
ヨウメイの額に見事にくりーんひっと。
再び床に落ちた手裏剣を見つめながら、彼女はがっくりとうなだれる。
「ま、負けた、完璧に・・・。」
「あはははは。」
「さすがね、熱美ちゃん。」
「えっへん、まあね。」
ちょっぴり得意になって熱美が胸を張る。
その後、お互いに顔を見合わせて笑い合う二人であった。

<えいっ、しゅっ>


第二百三十五ページ『即席』

「じゃん!見てください、幻でルーアンさんを作ってみました!」
自信満々にリビングにて告げるヨウメイ。
彼女の言う通り、たしかにそこにはルーアンが立っていた。
「たしかにルーアンだな・・・。」
「たしかにルーアンさんですねえ・・・。」
その場に居た那奈とシャオはびっくり。
ほうと感心する意外に言葉は出なかった。
「でもね、これは幻。すぐに消えちゃうんです。何かに似てると思いませんか?」
「「???」」
いわゆるヨウメイの謎かけだ。しかしそれは二人には分からなかった。
「答えは、絶食を決心したときのルーアンさんです!」
「「・・・なるほどぉ。」」
彼女の出した答えの深い意味までも読みとった那奈とシャオは、
これまた感心した言葉を発したのであった。
もしもこの場にルーアンが居たなら、どう反論していただろう?

<その場限りって事ですよ>


第二百三十六ページ『サンギョウ』

ある日の朝、ヨウメイは道を走っていた。
「どうですっ!これが世界一の速さです!!」
「超強烈な風に飛ばされてるだけだろが・・・。」

<ズヒュンッ!>


第二百三十七ページ『ことわざでGO!(二)』

「なあ楊明殿。なぜあなたは教えるだけにとどめてしまう?」
「どういうことでしょう?」
「つまり・・・物事を教える、以降は教えた本人に任せてほったらかし。
見届ける行為なり手伝いなどをしないのはどうしてかと思ってな。」
「見届けるくらいはしてますけど・・・。
えーとですね、こういうことわざがあります。」

☆学びて思わざればすなわちくらし:
教えられたことをそのまま覚えるだけでなく、
教えられた知識や物事をしっかりと自分で考えて研究しなければ、
いつまで経っても物事の心理をはっきりつかむことはできない。

「ですから、私がいつも主様に口が酸っぱくなるくらいに言ってます。
“やるのは主様なんですから”ってね。」
「やり方を教えて後は本人次第、とはそういう訳からか。
たしかにそうしないといつまで経っても成長はしないな。」
「いやまあ、成長させてるわけでもないですから。」
「そうだな。楊明殿の場合は、教える内容に問題がありすぎるからな。」
「・・・なんとでも言ってください。それでも私は教えるのですから。」
「いや、これを聞けて少し安心したからな。そう気にするものでもない。」
「ならいいですけど・・・。」

<次は三>


第二百三十八ページ『すぽーつバンザイ(スキー)』

シャーッ
斜面のあちらこちらで雪の上を颯爽と滑る人々で溢れている。
見渡すは一面の銀世界、空から降り注ぐ日差しが反射して眩しい。
そんな広い広い雪山の、初級者コースと書かれた札の傍に花織達は立っていた。
ここから非常に緩やかな斜面がロッジへと続いている。
「さ、楊ちゃん。ここなら滑れるでしょ。」
「思う存分力を発揮してよ。」
「心配しなくてもあたし達が付いてるから!」
「・・・なんで・・・私ってばこんな所に居るんだろ・・・。」
スキーウェアに身を包んだ彼女らは、ちょっとした休暇にスキー旅行へとやってきたのだ。
最初はしぶっていたヨウメイだが、花織達に説得されてやる気になったというわけである。
「やる気になんか全然なってないのに・・・。」
「さっきから何ぶつぶつ言ってるの楊ちゃん。さ、思い切っていこう!」
とん
「へ?」
せかす花織が軽くヨウメイの背中を押す。
その拍子で、さっきまでずっと呟いていた彼女の身体は白色の地面を滑り出した。
「わ、わ、わーっ!!」
叫んでいてうるさいが、なかなか順調な滑り出しを見せている。
花織達はそれに少しばかり拍手を送った。
「なあんだ、楊ちゃんってば結構いけてるじゃん。」
「じゃあわたし達が手伝う事って後はないよね。」
「ちょっと、花織に熱美ちゃん。まだ楊ちゃんがいけてるってわけじゃ・・・。」
ゆかりんが言いかけたその時、ヨウメイの身体はスピードを速めた。
元々緩やかな斜面なのでそれほど速くはないのだが、本人にとっては相当なものに思える。
「だ、誰か止めてーっ!!」
ぶんぶんと手を振り回しながら叫ぶ彼女の姿は、誰が見ても超初心者とわかるものだった。
しかもその動作がちょうど雪をかき押す役目を果たしていたのだからとんでもない。
ヨウメイが思うところとは反対に、ぐんぐんとそのスピードは増していった。
「わ、大変。止めなきゃ!」
思わずゆかりんが駆け出す。しかしそれは時既に遅し、であった。
ヨウメイの身体がどんどんロッジへと近づく。そして・・・
どーん!!
どこにそんな力が加わっていたのだろうかという音を立て、彼女は派手にぶつかった。
その拍子に、ロッジの屋根に積もっていた雪が頭の上に降り落ちてくる。
あっという間にヨウメイ雪だるまの出来上がりだ。
“あっちゃー”と思いながらのゆかりんがようやくそこに到着。
そんな彼女の顔をうらめしそうに、涙混じりで見るヨウメイであった。
「だから私はスキーなんて嫌だって言ったのに!!」
「ま、まあでも順調な滑りだったじゃない?」
「冗談じゃないよ!!・・・あれ?花織ちゃんと熱美ちゃんは?」
「その二人なら・・・」
「宮内殿と主殿の所だぞ。」
不意に横から声がする。
二人が振り返ると、そこにはどてらに身を包んだキリュウが立っていた。
見れば雰囲気ぶちこわしだと普通の人なら叫んだに違いない。
「キリュウさん、それはどういうことですか?」
尋ねるヨウメイに、キリュウは“さっき見ていたからな”と付け足して答えた。
「ヨウメイ殿が滑り出してしばらくした後、
花織殿は“七梨せんぱ〜い”などと叫んで主殿の所へ。
熱美殿は“出雲さ〜ん”などと叫んで宮内殿の所へ。
後は自分達は特に必要ないと判断しての行動であろう。」
「なんなんですかそれ!?ふざけないでください!!」
「別に私はふざけていない。」
「そんなことはわかってます!!くうう・・・。」
苛立ちながらヨウメイは雪の中からずぼっと這い出した。
そしてその場に突っ立ってるゆかりんをキッと睨む。
「ゆかりん!あの花織ちゃんと熱美ちゃんとを追いかけるよ!!」
「でもスキーじゃ追いつけないと思うな〜・・・。」
「何が何でもおいかけるの!!早く着いてきて!!」
「う、うん・・・。じゃあキリュウさん、また〜・・・。」
のっしのっしと歩くヨウメイの後をゆかりんが追う。
そんな彼女らの姿をみてキリュウはふと呟いた。
「元気だな、まったく。」

<しゅーっ>


第二百三十九ページ『から??』

「ねえ楊ちゃん、空天書って本当に何も中身がないの?」
「何よ熱美ちゃん、藪から棒に・・・。そうだよ、中身がないの。」
「でもさあ?からっぽっていう内容はあるんじゃないの?」
「へえっ!なるほどねえ・・・。」
“ふむ”と頷くヨウメイに、熱美はにこにこ顔。そしてしてやったりの顔。
前々から気になっていたことの謎をすっぱり解いたかのようだった。
「でもね、からっぽであることを認識できても、からっぽそのものを認識できないでしょ?」
「からっぽ・・・そのもの?」
「そ。だからやっぱり空天書はからっぽなんだよ。」
「ええ〜?でもやっぱりからっぽって中身があるじゃない。」
「残念ながら、その認識じゃあダメなの。いいセンはいってるけどね。」
「うーん・・・。」
「ちなみに言うと、無に関してもそれと似たようなもんだから。」
「へえ、そうなんだ?」
「それにしても凄いねえ熱美ちゃん。末は博士か大臣か。もしくはマッドサイテンティストか。」
「そういうこと言われてもあんまり嬉しくない・・・。」

<からんからん・・・からん?>


第二百四十ページ『ぱんち』

「熱美ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。」
「なに?楊ちゃん。」
「誰に対してでもいいんだけどね、“パンチ!”と言いながらキックで攻撃して欲しいの。」
「・・・なんでわたしがそんなことしなきゃいけないの。」
「だって、嘘をつくわけじゃない?」
「まあ、そうだよねえ・・・。」
「知教空天である私がそんな嘘をつくわけにはいかないもの。だからお願い。」
「わたしそんなのやりたくない・・・。」
「でも・・・私はすっごくやってみたいの!でもやっちゃいけないの!でもやりたいの!!」
力説するヨウメイ。拳に力がこもっている。
「・・・気持ちはわかるけど、やっぱり別の人に頼んで?」
「・・・うん、わかった。花織ちゃんに頼むことにする。」
諦めて立ち去ろうとしたヨウメイ。
だが、そこで熱美は彼女を呼び止めた。
「言っとくけど、わたしを標的になんかしたら怒るからね。」
「・・・や、やだなあ、そんなことするわけないじゃない。」
「やっぱり・・・。」
「・・・・・・。」
熱美にはお見通しの様だった。

で、結局花織が標的としたのは・・・
「野村先輩!ぱーんち!!」
「なにっ!?」
ガードを構えるたかし。しかし花織が繰り出したのはキック。
どがっ
「ぐはっ!」
「へへーん、引っかかった〜。」
「くっ・・・やるな花織ちゃん・・・こんな凄まじいフェイント、俺は初めてだぜ。」
「これ、楊ちゃんの案なんですよ。とってもいいですよね♪」
「ああ!くうう、やっぱりヨウメイちゃんはスゴイよ!」
笑い合ってる花織とたかし。
影からそれを見ていた熱美とヨウメイであったが・・・。
「なんだかなあ・・・。」
「誉められて嬉しいような嬉しくないような・・・。」
複雑な気持ちを抱えた彼女らであった。

<きっく>


第二百四十一ページ『そのままで』

「キリュウさん、面白い試練を思い付きました♪」
「・・・・・・。」
珍しくもヨウメイの提案。しかしキリュウは沈黙したままだ。
「・・・どうしたんですか?」
「ヨウメイ殿。試練を考えてくれるのはありがたいが・・・面白いとはどういうことだ?」
「それがね、聞いてくださいよ。
私が買い物に行った時の事なんですが、なんと資金不足に!!
たかだかガム一個を買っただけなのに・・・どうして?」
「・・・言ってる事が良く分からないし、それが試練となんの関係があるんだ?」
とここで、今度はヨウメイが不機嫌そうな顔になった。
「先を言わせない人なんて嫌いです。」
「・・・・・・。」
「ちぇっ、真似したのに無反応ですか・・・。」
「誰の真似だ?」
「キリュウさんの知らない人です♪」
「そんな真似など私がわかるわけないだろう!!」
とうとうキリュウは怒った。
顔は真っ赤。後少しで怒髪天となるであろう。
「・・・とまあ、以上が試練です。」
「なんだと?」
「私の言葉遊びに耐える!怒った方が負け!!どうですか?」
「却下だ。」
キリュウは即答した。先ほどの怒りはどこへやらという冷静な表情で。
しかしヨウメイは笑ったままである。
「あははは、やっぱり。私はキリュウさんだけで遊ぶ方がいいみたいですね。」
「そういう問題ではなくてだな・・・って、私で遊ぶなと言ってるだろう!!」
「嫌です。」
「・・・・・・。」
結果はどうあれ、この試練は太助に対して正式には行なわれなかったそうである。

<いかが?>


第二百四十二ページ『できない?』

「うーん・・・。」
「どうしたんですか遠藤さん、そんなに悩んで。」
「いやね、ここ最近全然勉強が進まなくってさ。」
「え?勉強なら私が教えて差し上げますよ?」
「いや、そうじゃなくて。どうもやる気が沸かないんだ。」
「やる気ですか?」
「うん。いざ机に向かおう!としても、向かった途端やる気が失せていくんだよ・・・。」
「なるほどお。これは私がやる気を失わない方法を教えて差し上げないといけませんね。」
「ええっ!?そんなのあるの!?」
「もちろんですとも。ええとですねえ・・・。」
廊下を歩きながらのヨウメイの講座を、乎一郎は真剣に聞いていた。
そんな二人の様子を遠目から眺めていた翔子は、真剣に悩んでいた。
「うーん・・・なんであの二人が並んで歩いてるんだろ・・・。
作戦立てるなら目立たない場所でやるはずだしなあ・・・。
うーん・・・。」

<その悩み、ですよ>


第二百四十三ページ『肩たたき』

「主様、たまには私がさっぱり効果がないものをやってみましょう。」
唐突にヨウメイはこんな事を言いだした。
太助の部屋に入ってくるなり、椅子に座った彼の後ろに立つ。
「おいおいヨウメイ・・・」
「いいからいいから。ではいきますよー。」
とんとんとんとん
腕を振り上げ振り下ろし、ヨウメイは太助の肩を叩き出した。
「へえ?肩たたき?」
「ええそうです。これが、なか、なか、力が、要る、もの・・・なんですよ・・・。」
普通のものかと思われたそれに、ヨウメイはかなり疲れているようだ。
なんだか不憫に思えた太助は、もういいよとヨウメイをやめさせる。
後ろを振り返った彼が見たのは、ぜいぜいと激しく息をしている彼女の姿であった。
「・・・なあ、それ冗談でやってるんじゃないんだよな?」
「あ、当たり前、です・・・。」
「ったく、そんな無理なんてしなくていいのに。
でもさ、効果は十分あったよ、色々と。」
にこりと笑って太助はヨウメイに告げた。
と、それが聞きたかったのか、彼女もまたにこりと笑い返す。
「ありがとうございます♪やって良かった♪」
ぺこりとお辞儀をしたかと思うと、ヨウメイは部屋を出ていこうとする。
と、去り際に顔だけを向けた。
「そうそう、肝心の肩たたきの方はもうちょっとやった方がいいと思うんですよ。」
「いや、別に俺肩がこってるわけじゃないし・・・」
「だから適任者に後を任せることにしますね。お楽しみに♪」
そしてバタンと閉められる扉。
結局太助は断る暇を与えられなかったのだが・・・。
「・・・まさかシャオを連れてくるつもりなんじゃ。」
その予想はばっちりと当たっていたそうな。
それはそれで、太助とシャオの二人は楽しそうに過ごしたそうである。

<とん、とん、とん>


第二百四十四ページ『遠投』

「でえええーいっ!!」
ぶんっ!
・・・ぽとっ
「はい、知教空天・・・5メートル?お前やる気あるのか!?」
「・・・ぜい、ぜい・・・失敬な!これは・・・私の、せい、いっぱ・・・がく・・・。」
ばたん
反論しようとしてヨウメイは倒れた。慌ててそれを支える熱美、そしてゆかりん。
代弁者として、花織が体育教師と対峙した。
「楊ちゃんをかいかぶらないでください!楊ちゃんはこの程度なんです!」
「そ、そうか・・・。」
その言葉を聞いた熱美とゆかりんは呆れて二人呟いた。
「「ちょっと花織、他に言い方があるでしょ・・・。」」

<ぶわん>


第二百四十五ページ『椅子』

朝。七梨家でいつもの様に採られる食事。
のはずだったのだが・・・。
「なんだこりゃ?」
太助が座ろうとした椅子に、大きな穴がぽっかりと。
円形のそれは、腰を下ろせばずぼっとはまる大きさであった。
「これじゃあ座って食べられないじゃないか・・・。」
「太助様、大丈夫ですよ。」
黙々と食べつづける他の面々と違って、シャオだけがにこやかに告げた。
朝から眩しい笑顔だ、などと変な思考が飛び交う頭のまま、太助は椅子に腰を下ろした。
ぺたん
「あれ?普通に座れる・・・。」
座って太助は我に帰った。
そう。穴に見えたそれは、単にその部分だけ透明化されていただけだったのだ。
「主様、試練クリアおめでとうございます。」
丁度食べおわったヨウメイが拍手と賛辞の言葉を送った。
「試練?」
「そうです、見た目に騙されず対処するという・・・。」
「なるほど、これはヨウメイの仕業か。」
「当たり前です。私以外に誰が出来ると?」
「そりゃそうだけど・・・。」
そして太助はキリュウを見やる。
ヨウメイと同じく食事を終えた彼女は、少し残念そうに息をついた。
「主殿、シャオ殿の言葉に惑ってる時点で減点だ。」
「えっ?えっ?」
「・・・固いなあ、キリュウは。」
戸惑う太助。そして那奈が横から口を挟んだ。
彼女もそこで食事を終えていた。
「さあてと、三人食べおわった状態ですので学校へ行きますか!」
がたんとヨウメイが立ち上がった。
「そうだな、行くか・・・。」
そしてキリュウも立ち上がった。
「よし。おいルーアン、いつまでも食ってないで行くぞ!」
むんず
「!!??んん〜!!んん〜!!」
那奈も立ち上がり、食事中のルーアンの首ねっこを掴んで引っ張った。
「じゃあなシャオ、太助。先に行ってくる。」
「お二人とも、あんまりのんびりしすぎないようにしてくださいね。」
「まったく、何故こうわざわざ二人になどするのやら・・・。」
「んん〜!!んん〜!!」
那奈、ヨウメイ、キリュウ、ルーアンは、そうして家を出発した。
食卓に残ったシャオと太助は食事に戻る。
「・・・結局この椅子の試練って何の意味があったんだ?」
ぽそりと太助はこう呟いたそうな。

<ただのダシですよ>


第二百四十六ページ『白菜』

「ある日の夜、道端に白菜が落ちてました。さあ主様、どうしますか?」
「・・・なんで白菜なんだ?」
「それは楽屋的事情というものでして・・・。」
「なんだそりゃ・・・。うーんと・・・とりあえず拾って・・・。」
「拾って?」
「・・・持ち主を探すかなあ。」
「どうやって探しますか?」
「そうだな、ヨウメイに教えてもらうとしようか。」
「なるほど!それはいい考えですね!!」
「いや、そんなに誉めるほどのことでも・・・。」
「・・・それもそうですね。当然の事でした。」
「当然ってのもどうかと・・・。」
「くすん・・・主様の意地悪・・・。」
「お、おい、泣くなって・・・。」

<・・・はくさい?>


第二百四十七ページ『あっ』

統天書を読めるようにしてもらった翔子は、ある日ヨウメイと共にそれを読んでいた。
「・・・あっ!!これって七梨の妄想日記!!?」
「違いますよ。主様のイケナイ事想像記です。」
「いやだから、七梨のシャオとあーんな事こーんな事計画だろ?」
「だから違いますって。“ああっ!主様そんなとこまで!!”です。」
やいのやいのと言い争う二人。
しかしそこは七梨家のリビングだったからたまらない。
傍でお茶を飲んでいた太助は物凄い形相でがたっと立ち上がった。
「お前らそんなもん見てるんじゃないよ!!没収没収!!」
がしっと統天書をつかむ太助。そのままヨウメイと取り合いになってしまう。
だが、翔子は気にせずにリビングを出ようとした。
「・・・ま、いいけどね。さーってシャオに吹き込んでこようーっと。」
「ああっ、ちょっと山野辺さん!私が主様を引き留めてる間に事をちゃんと済ませてくださいよ!」
「頼りないな・・・よし、急がなきゃな!」
「おいこら山野辺!!」
結局、太助があっさりと勝ちを奪ってしまった為に、翔子の吹き込みは失敗に終わったそうである。

<残念>


第二百四十八ページ『しゃべりかんがえごと』

「キリュウさん、こんな試練はどうでしょう!!」
たまに趣味と称して試練を考えるヨウメイ。
キリュウにしてみれば、ありがたくもあり迷惑でもあり、
少し複雑な気持ちではあったが・・・嫌ではなかった。
彼女の試練の案は、キリュウにとって様々な閃きをもたらしてくれるのだから。
ところが今回は・・・
「・・・やっぱりやめます。主様に苦労をさせるわけにはいきません。」
がくっとなるキリュウ。いきなり否定宣言をしたのだから、
そりゃあ虚を衝かれるのも無理はないだろう。
「だってね、人の家に不法侵入をかまさないとならなくなるんです。
あ、でも日数制限をうまく調整すれば・・・うーん・・・。
すいません、また考えてきますね。」
結局試練の具体的内容を告げないまま、ヨウメイはキリュウの前から去っていった。
言葉を思い返すに、考え事をしながら喋っていたのだろうかと思える。
それだからこそ、なおのことキリュウには納得いかなかった。
しかし未完成状態のものを聞き出すのも徒労というもの。
頭を振って、ヨウメイが言った台詞を記憶から消すのであった。

<あっ!いや、う〜ん、でも・・・>


第二百四十九ページ『無いものはない』

「例えば・・・数学の教科書に理科の分野はついてませんよね。」
その日、ヨウメイは何故か教壇に立っていた。
「楊ちゃん、そんなの当たり前だよー。」
ゆかりんが挙手と同時に反論。もちろん他の面々も同様の意見だ。
「しかし!だからといって無いものだと諦めるべきでしょうか!?」
強調するヨウメイ。そこで皆はしんとなった。
「ああこれは数学の教科書だ。数学の知識しかない。それでいいのでしょうか!?」
教室内の空気が張り詰める。生徒達は、そんな中ヨウメイの次なる言葉を待った。
「・・・ま、諦めるべきですけどね。」
だあああ!
一斉に全員がこけた。
「まったく別の分野のものをひっつけてもうっとうしいだけです。
それをきちんと扱える頭脳が無いと。慣れないとこんがらがります。
二兎を追うもの一兎も得ずと言いますね。一兎を二兎にするようなものです。
いい例が統天書。見た目法則性まったく無しで並んでますからね。
そんな本を扱うのは無理です。
例え法則性が分かっている本でも・・・集中度が落ちます、実証済みです。
では以上!」
纏めを言ってヨウメイは教壇から降りた。
その後に冷ややかに飛ぶブーイング。
それでもヨウメイは後から真意を曲げる事はしなかったそうな。

<冗談講義?>


第二百五十ページ『駄目なお話』

それは、珍しくもヨウメイが夕暮れをみながら物思いにふける、そんな日のことだった。
屋上の高台にのぼって(いつものように飛翔球を使ったのだろうが)
彼女はただじっと空を見つめていた。
緋色のそれは、彼女の視線に何も答えることなく、ただ次の空の準備をしていた。
「見事、ですね・・・。」
ふと呟くと、風が空っぽのささやきを運んできた。
何も感じ取る必要はないそれは、ただ流れるだけであった。
バタン
不意に大きな物音が静寂を乱す。
「楊ちゃんどこー?」
髪を揺らしながら乙女心いっぱいの少女、花織が姿を現す。
きょろきょろと忙しなく動く頭を、ヨウメイはただ黙って見つめていた。

『大切な人が死んじゃった時に、楊ちゃんって…どうやって行動してたのかな?』

目をつむれば、わずかな流れをさかのぼった場所にある言葉が浮かび上がる。
意味を考えると平然していられなかったのだが、それでも彼女は平常を装った。
「ねえ、楊ちゃんってばー!」
再び声。そして、過去の場所での言葉も、次を紡ぎ出す。

『たしか蘇生の術とかって使えるんだよね?でも使わなかったんだよね?どうして?』

わずかな混乱が生じる。
どうして?私は?
・・・そんなの分からなかった。いや、分かろうとしなかった。
それは多分・・・知ってはいけない事の様に思えたから。
だから私は・・・説明をしなかった。
そう、ヨウメイは自分に言い聞かせていた。

『もしかして、死を乗り越えられなかったら蘇生の術を、とか?』

だんっ!
高台の壁に、強烈な靴音が響く。
戸惑い・・・苛立ち・・・
違う、私情をはさめば・・・自然のバランスが崩れるから・・・。
「あっ、楊ちゃん!」
花織は上を見た。陰りを表情いっぱいに伴わせた少女の顔を見た。
しかしそれは幻であったかのようにすっと消え・・・気が付けば、いつもの顔のヨウメイが居た。
「ごめんね。あたしが嫌な質問したから楊ちゃん逃げちゃったんだよね?」
「・・・そうじゃ・・・ないよ」
「え?」
「・・・ううん。私の方こそごめんね。中途半端な説明で・・・。」
「そんなことないよ。楊ちゃんの説明はよくわかったから。」
笑顔を交わし合う二人。
そうじゃ、ない・・・。
それは二つの事象にヨウメイが投げた言葉。
そして彼女は・・・そうじゃないなら、何?
と、自問自答を続けていた。

<それは・・・しないで・・・>


第二百五十一ページ『価値あるもの』

「主様、一つ問題を出しましょう。」
「なんだ?意地悪なのはやめてくれよ。」
太助の言葉に“ふっ”と苦笑しながらも、ヨウメイは統天書を持ち上げた。
「この書物、主様ならいくらの値段を付けますか?」
「へ?それって・・・」
「質問に聞こえますけど、問題ですからね。私からの出題です。」
細かいところにヨウメイが解説。
だが太助はそれどころではなかった。
ヨウメイがさした書物。それはただの書物ではない。
世界に二つと無い凄まじい書物、統天書なのだから・・・。
「いくらって・・・値段なんか付けられないんじゃないのか?」
「そうですね・・・らしい答えですが・・・他に表現の仕方はないですか?」
「うーん・・・。」
ヨウメイ自身は違う答えを求めている。それが太助にはわかった。
だが、わかっただけで、肝心の答えには行き着かなかった。
降参の意志を見せるべく、彼は心に浮かんだ言葉を紡ぎ出す。
「・・・教えてくれ。」
「ではそれを一つの答えだとして言っておきましょう。」
「は?」
「主様の、“教えてくれ”ってのも一つの答えだ、という意味ですよ。」
「うーん・・・。」
“教えて”と言えば必ず答えは返ってくる、という太助の予想は外れた。
しかしながら・・・何故か、何かわかった気がした。
そして次なる疑問も湧いてくる。
ヨウメイならいくらの値段をつけるのか?という疑問が。

<それこそ教えてくれませんか?(にこり)>


第二百五十二ページ『食べられません』

それはある休日のこと。
留守番をしていたルーアンが、キッチンへと顔を出した時のことだ。
「ちょっとお腹すいちゃったな〜。何か無いかしら・・・。」
早速ごそごそとあさるのは戸棚。買い置きのお菓子その他が無いかどうか・・・。
「あら?これって・・・。」
戸棚の奥に彼女が発見したのは、一冊の黒い本。
表紙に白い文字が書かれてある統天書であった。
そしてそれに、更に張り紙がされてあった。
赤い文字ででかでかと。
「・・・“食べられません”?」
「ただいま戻りました〜。」
文字を呼んだ直後に玄関から声がする。それは本の持ち主であるヨウメイの声であった。
どうしたものかとルーアンが本を手に固まっていると、彼女はキッチンへとやってくる。
「あっ、ルーアンさん!・・・良かった、張り紙しておいて。」
「は?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべるルーアン。
そんな彼女から、ヨウメイは統天書を手で受け取った。
「いえね、花織ちゃん達に言われたんですよ。
“たまには統天書無しで遊ぼうっ!”って。
私は嘘がつけない性質ですから、黙って持つなんて事はできなくて・・・
それで戸棚の奥に置いて出かけたってわけなんです。」
説明を聞き、“なるほどねえ”とルーアンは頷く。
普段から統天書を、見せびらかすとまではいかないが常に持ち歩いているヨウメイ。
親友である花織達からすれば、たまには遊びでそんな要求もしたくなるだろう。
「けれども、誰かに取られては大変です。
もっとも、取ったところで主様くらいしか読める人は居ませんが・・・。
困るのは誰かに食べられた時!
・・・そう、ルーアンさんがたしか留守番だったのを思い出しましてね。」
「何よ。あたしが統天書を食べるとでも思ったの?」
途端に厳しい目つきに変わるルーアン。キレる寸前である。
それでもヨウメイはこくりと頷いた。
「だってルーアンさんはグルメで大食さんですから。
“普通の食べ物にも飽きたわ。ここらで一つ新食感を試したいわね”なんて言って・・・。
でも良かったです。張り紙が効いたみたいですね。実はこの張り紙は特殊加工で・・・」
「ふざけないでよ!あたしが統天書なんて食べるわけないでしょ!?」
「でね、物体に対する食欲を軽減させるんですよ。いやあ、付けておいて良かったです。」
「こらー!!だからあたしはそんなもの食べないってば!!」
「未来の事はわかりませんからね。備えあれば憂い無しです。」
「あんた馬鹿じゃないの!?いいえ、馬鹿よ。正真正銘の馬鹿よ!!」
「ふっ、ルーアンさん。絶対に食べないと自信をもって・・・」
「言えるに決まってるでしょ!!あたしをなんだと思ってるのよ!!」
喧喧諤諤の言い争いが始まる。
熱く激しいルーアンと、涼しく冷静なヨウメイ。
すべてが終わった後・・・留守番時間の嫌な最後を飾ったと思ったルーアンであった。

<だから食べないわよ!!>


第二百五十三ページ『なんでも・・・?』

「楊ちゃんってなんでもできるんだよね?」
休み時間にヨウメイの元へ、ゆかりんがやってきた。
口振りからして、何かを頼みたいようである。
「なんでも、できるわけないでしょ。」
「でも、統天書ってどんなことでも方法が書かれてるわけじゃない?」
「そりゃそうだけど・・・いくら方法が書かれてたって、できないものもあるよ。」
今までの事実を振り返りながら、ヨウメイは戸惑っていた。
すべてを可能とする書物と言っても過言ではない統天書を手にしながら、
当の本人はまったくそんな能力を持っていないのだから。
「たとえば何が出来ないの?」
「たとえば・・・って、そんな事よりゆかりん。私に頼み事があるんじゃないの?」
「あ、まあそうなんだけど・・・まあいっか。
えっとね、楊ちゃんの体力を付ける方法を編み出せないかな、って。」
「無理。」
内容を聞くと、ヨウメイはきっぱりと答えた。
いわゆる即答である。絶対なる、揺るぎ無い答えである。
「ケチ・・・。」
「ケチじゃなくて!出来ないって言ってるでしょ!?」

<だって・・・>


第二百五十四ページ『ことわざでGO!(三)』

「主様、私に師はいません。」
「何の師だ?」
「人での遊び方を教えてくれる師です!」
「・・・・・・。」

☆遊びに師なし
先生につかなくても遊び事は自然に覚える

「そう、こういう言葉があるんですよ。」
「本当にこんな師がいたら嫌すぎるぞ。」
「だから居ないって言ってるじゃないですか。
私は今まで独自の手法で日々遊びに磨きをかけ・・・」
「んな事にみがきをかけるな!」
「ああっ!」
「ど、どうした?」
「遊びであり趣味であるなんて実は凄いかもしれません!」
「凄くない!」

<次は四>


第二百五十五ページ『強制?』

「ヨウメイ!このあたしに世界最高に美しくなる方法を教えなさい!」
「・・・ルーアンさん、それって強制ですか?」
「もっちろん!知教空天だもの。教えられないわけはないわよねえ?」
嫌味ったらしい声でルーアンは告げた。
するとヨウメイはにやけた顔でこう言った。
「じゃあルーアンさん、教えるまで絶対美しくなってはいけませんよ?」
「はあ?なによそれ。」
「私から出す条件です。教える為のね。
破ったが最後、世界最高に醜くなる方法を強制的に教えて実行させます。」
「・・・・・・。」
固まるルーアン。繋がりが読めなかったが、負けの色が濃い。
どうしようかと思案していると・・・。
「ルーアン先生はもう最高に美しいじゃないですか!」
二人の横にいつのまにか乎一郎が立っていた。手を握り締めて力強く断言している。
あっけにとられたヨウメイだったが、これ幸いとルーアンはくるりとターンをした。
「そうよねえ〜あたしってばもうこんなに美しいんだもんね〜。
こりゃあヨウメイから教わるまでもないわ〜。おーっほっほっほ!」
「はい!その通りですルーアン先生!」
上機嫌のオーラを発しながら、ルーアンと乎一郎はそのまま去っていった。
一人取り残されたヨウメイは、かくんとうなだれたそうである。

<やれぇ>


第二百五十六ページ『張りきり』

それはある日の午後であった。
この時間は楊明の講義があるのだ。
「主様ーっ!!」
太助がリビングに座っていると、楊明はそこへやってきた。
玄関からどたばたと、ダッシュダッシュしているのがよくわかる。
そして・・・
バタン!!
大きな音を立ててドアが開いた。
楊明の登場である。その顔は歓びに満ちていた。
例えるなら、長き苦しみから解放された・・・
それを一日千秋の想いで待ち続けていたような・・・。
「やけに張りきってるな・・・で、今日は何を教えてくれるんだ?」
「ぜえ、ぜえ、は、はい、そ、それは、ですねえ・・・」
「・・・楊明?」
顔は笑っているが辛そうな様子。それが見て取れた太助は心配になって声をかけた。
すると・・・
ぱたん
「お、おい、楊明!」
なんと彼女は倒れてしまった。
後で理由を聞くと、走って疲れてしまった事が原因だとか。
おかげで、その日の講義はお流れになってしまったそうである。

<がーん>