第二百五十七ページ『思いがけないもらい物』

その日、彼女は悩んでいた。
逆立ちして壁に持たれて疲れちゃったりなんかしそうになるほど、悩んでいた。
「うーん・・・何かもう一工夫・・・。」
腕組みをしてうなり声をあげる。
とそんなところへ通りがかった人物がいた。
「どうしたんだ、ヨウメイ殿。何をそんなに悩んでいる。」
「あ、キリュウさん。実はかくかくしかじかなのですよ。」
奇妙な体勢のままヨウメイは答える。
どんな体勢かというと、そのまま寝ると首を寝違えるぞ、なんてことが確実に言える体勢である。
「かくかくしかじかとはなんだ?」
「ええ〜?なんでそれで分からないんですか。」
「そう言われても困るのだが・・・。」
「お話の常識ですよ?あ、姿勢が悪かったのかな。よっ・・・と、あれ?」
普段のきちんとした正座をしようとしたヨウメイだったが、体が動かない。
言わないことではない、変な姿勢がたたって体がおかしくなってしまったのだ。
「まったく、何をやっているんだ・・・。」
呆れながらもキリュウは手助けしてやる。
よいしょっと体勢を立て直してやる。
「ふう、どうもありがとうございます。」
「それで、何を悩んでいたんだ?」
「実はですねえ・・・あ、そうだ、これを素材にすれば・・・。」
「素材?」
何かをひらめいたヨウメイ。しきりに頷いている。
だがキリュウにとってはさっぱり分からない。当たり前だ、説明も受けてないのだから。
そんな彼女に対して、ヨウメイはにこりと笑ってお辞儀をした。
「ありがとうございます、キリュウさん。」
「礼なら既に言ったぞ?」
「さっきの姿勢のものとは別の礼ですよ。」
「???私は何かしたのか?」
「ええ、そりゃあもう・・・あ、私これにて失礼しますね。」
るんるんと鼻歌を歌いながらヨウメイは去っていった。
歩くその姿も軽やかに、スキップをしている。
お礼を笑顔で言われて悪い気はしなかったキリュウだったが、
納得のいかない顔でそこでぽつんと考え事を始めるのだった。

<ええっ、いいんですか?>


第二百五十八ページ『雲雀』

昔、雲雀は金貸しであった。
ある日、太陽にお金を貸したのだが・・・
その太陽はちっともお金を返してくれず。
雲に隠れるわ雨を降らせて追い返すわ・・・
知らぬ存ぜぬと踏み倒そうとする。
だから春、ぽかぽかと太陽がよく出ている晴れた日には、
雲雀は空にのぼって、“金返せ”とわめくのだ。

「とまあ、こういう昔話があるのです。」
ヨウメイは統天書片手に物語を語った。
「それがどうしたって言うのよ。」
聞かされていたルーアンは、お菓子を食べながらめんどくさそうに答える。
「私は実は雲雀だったんです!そしてルーアンさんは太陽の精霊さんですね・・・。」
拳を突き出して力説。声は力強くあるが、見た目は非常に弱弱しい。
「またわけのわかんないことを・・・で、金返せって言いたいわけ?」
更にめんどくさそうに、だるそうに尋ねた。
「そうです!返さないなら、毎晩ルーアンさんの所へ騒ぎに行ってやります!」
脅迫じみたものを彼女は出した。多分本気である。
「言っとくけどあたしはあんたに金なんて貸してないわよ。おとといきやがれっての!」
語調を少し強めながら、軽くいなそうとした。
「くうう、シラを切るつもりですね?だったら雲に隠れてやります!雨だって降らせます!」
悔し涙を流しながら、ヨウメイは統天書をめくり出した。
「ちょっと!迷惑なことはやめてよね!」
さすがにやばいと思ったルーアンはヨウメイをとめようとする。
「離してください!ぴーひょろろろ〜!」
必死な中にも雲雀の鳴き真似を忘れない。意外と律儀なヨウメイであった。
「あんたこそいいかげんにしなさい!もうちょっと別の遊びをやんなさいよ!!」
遊び・・・。そう、ルーアンは見抜いていたのだ。
もっとも、これを本気だととる者などほとんど居ないであろうが・・・。

<よ〜〜〜りろぉ〜〜〜〜い>


第二百五十九ページ『ハメ』

「七梨先輩、なぞなぞです!」
「なんだ?唐突に。」
花織が七梨家にやってきた。
そして出迎えた太助にクイズを出題、というわけである。
「楊ちゃんが苦手なものなーんだ!」
「へ?そりゃ運動・・・」
「ぶっぶー!」
「え、違ったっけ?」
大きなバツ印を花織は腕を交差させて表した。
予想外の答えに戸惑う太助。すると・・・
「じゃあ七梨先輩。答えはいつの日か。」
「お、おい!」
「失礼しました〜♪」
「待てって愛原!」
花織はさよなら宣言を出した。
呼び止めようとする太助であったが、彼女はするりと去ってゆく。
閉じられる玄関の扉。太助は慌てて外へ飛び出した。
なぜかしら、花織のなぞなぞの答えが彼には非常に気になったのだ。

二人の姿が消えてから数秒後。ヨウメイはその場にひょっこり姿をあらわした。
がらんとした玄関を見つめて呟く。
「花織ちゃんにやられたな・・・二重の意味で・・・。」
残念そうな、口惜しそうな、それでいて感心したような、そんな口調であった。

<ひーどーいー>


第二百六十ページ『たとえば』

ある日、花織はゆかりんに話しかけた。
「ねえねえ、楊ちゃんってどんなナンパの仕方をすると思う?」
「楊ちゃんは元々ナンパなんてしないでしょ・・・。」
「たとえよたとえ。ねえねえ、どんなのかなあ?」
「そりゃあ・・・」
「あたしはね、“私に知識を教えられませんか?”じゃないかと思うのよ」
「そのまんまじゃない・・・。」

<その通り!>


第二百六十一ページ『もしもその肆』

もしもヨウメイが泉の精霊だったら…。

昔々あるところにきこりのたかしという少年がおったそうな。
その日も彼は自分の斧をかついで山へ出かけていった。
「さあて今日も熱き勢いで木を切りつくしてやるぜ!」
切りつくすと自爆であるのはさておき、いつも通りに、元気に木を切っておった。
ところが、勢いあまって斧をあさっての方向へすっとばしてしまった!
どぼーん!
丁度泉があったみたいで、斧はその中に落ちてしまったみたいである。
「あっちゃあ!俺の斧はあの一本しかないってのにー!」
慌てて泉にかけよるも、既に斧は見えず。
困ったたかしは、何が何でも斧を取ろうと服を脱ぎ始めた。
「こうなったら熱き肌で水を蒸発させてやる!」
お前は本当に人間か、と誰かがツッコみたくなったその時であった、泉が光り輝いたのは!
上半身裸になったところでたかしが唖然としていると、中から精霊が現れたそうな。
名をヨウメイ。いつもの黒い服ではなく白い白い服をまとっていたそうな。
いつもの黒い服なんて情報がどこから漏れたかは気にしてはならぬそうな。
「おほん。あなたが落としたのはこの・・・お、重い・・・き、金の斧、ですか?
それとも・・・ぐ、ぐぐ・・・ぎ、銀の斧、ですか?
それとも・・・うぐぐぐぐ・・・て・・・鉄の斧、ですか?」
物凄くつらそうに、ヨウメイは斧を持ち上げた。
三本同時、無理が見え見えなのは気にしてはいけないそうな。
とここでたかしははたと考え込んだ。一体どの答えがいいのか?
(うーん、俺的には金なんだけど、やっぱりここは正直に答えるほうがいいだろうな・・・)
「鉄の斧です!」
「なるほど、鉄の斧ですか・・・正解ですね。」
「当たり前だ。俺は正直だからな!」
えっへんと胸を張る。さあこれで何をくれる?と彼の顔は期待の色でいっぱいだ。
ところが、ヨウメイは斧をすべて下におろした。
「お疲れ様でした。クイズはおしまいでーす。では。」
ずぶずぶずぶとヨウメイが沈んでゆこうとする。
慌ててたかしはそれを呼び止めた。
「ちょっと!正直に答えたんだからくれるんじゃないの!?」
「どうして私がそんなことしなくちゃならないんですか?」
「なんでって・・・現に今こうやって持ってきてくれたじゃないか!」
「そうですねえ。でも、あなたに渡すために持ってきたわけじゃないですから。
私はただ、クイズを出題しただけですよ。」
「だから!そのクイズに俺は正解しただろ!?」
「クイズに正解したからと言って何かがあると期待してはいけませんよ。」
「ちょっと!そんなのないって!!」
たかしが激しく叫び続けたが、結局ヨウメイはそのまま沈んでしまったそうな。
「俺の斧〜!!」
と、彼はいつまでも叫んでいたそうな。

<めでたしめでたし>


第二百六十二ページ『雷と地震』

「山野辺さん、実は私あることができるんです。」
「どんなことだ?」
「はい。地震を呼ばずに地震を起こせます。」
「・・・まさか。」
にわかには信じられない翔子。
だがヨウメイのその顔は自信に満ち溢れていた。
まっすぐな瞳だ。嘘は言っていない。そして汚れた何かも多分混じってはいないはず。
“じゃあ”と翔子は尋ねた。
「それはどうやるんだ?」
「はい。避雷針に雷が落ちると、揺れがおきますよね?」
「へ?あ、ああ、まあ・・・。あ、そういうことか。」
なるほど納得。翔子はぽんっと手を打った。
「それで、山野辺さんの家で実際に・・・」
「実際にやるな!」
「けれど是非実演したいと思うんです。じゃないと山野辺さんは信用しないかも。」
「いいや!した!絶対にした!」
「いえいえ、信用してもそれは後に揺らぐかも。」
「揺らがない!絶対に揺らがない!100%揺らがない!」
「でも私が納得しませんから。」
「納得しろ!」
「しかしですね・・・」
「うるさーい!!」
翔子はなんとか、ヨウメイの強行をとどめたようである。

<どどどーん>


第二百六十三ページ『速いと遅い』

「キリュウさんキリュウさん、ちょっと質問いいですか?」
「なんだ?珍しいな。ヨウメイ殿から質問など。」
「ちょっと聞きたくなりましてね。
キリュウさんは、一生足が速いのと遅いのとどちらがいいですか?」
「どういうことだ?」
「つまり、ゆっくり歩けない性分と、急いで歩けない性分と、どちらがいいですかってことですよ。」
「・・・・・・。」
ここでキリュウは深く考え込んだ。
言い方が違い、更には意味合いも違うこの質問にどう答えるべきかと。
ただ、事前にこれだけは確かめておこうという考えにまず至った。
「ヨウメイ殿、まさかどちらかの状態に強制的にするというわけではないだろうな?」
「やだなあ。強制的なんてするわけないじゃないですか。いいと言った方にするんですから。」
「そうか・・・いや待て、それはやはり強制的ではないか?」
「いいえ、違いますけど。」
「・・・とりあえず、私はどちらも嫌だ。」
無難にキリュウはこう答えておいた。
「だったら両方の性分にしてあげましょう。ツンツンツテトンシャントンチントン・・・」
「だからするなと言っているだろうが!」
「それじゃあ私がつまらないじゃないですか。大丈夫ですよ、たとえこの性分になっても、
普通に生活できる方法を私がお教えしますから。」
「そういう問題ではない!」
キリュウの一喝。
いつものように、不意のお遊びはここで終了を遂げた。

<もう、そんなにせっかちにならなくても>


第二百六十四ページ『ちょっとイラスト』

「シャオリンさん♪」
「はい?」
ある晴れた日。縁側でくつろいでいたシャオに、ヨウメイが声をかけた。
「絵を描きたい気分になったので、モデルになってくださいますか?」
「ええ、いいですよ。でも、モデルだなんて少し照れますね。」
あっさり承諾したが、少し頬を染めるシャオ。
そんな彼女を見てヨウメイはくすりと笑いながら、早速準備を始めた。
用意されたのは単純に鉛筆と画用紙。そして目が真剣になる。
「ではかきますよ。えっと、その座ったままでいいですから。」
「はい。」
特別なポーズはとらない。
シャオが先ほどまでくつろいでいたように、自然な格好をしてもらう。
疲れなどはシャオ自身にとっては気にならなかったが、ちょっとしたヨウメイの気遣いに思えて心がふんわりとなった。

・・・数刻が過ぎる。ある程度できたところで、ヨウメイはシャオに絵を見せてみた。
「どうですかね?」
「まあ、これは・・・きゅうりですか?」
がくっ
派手にヨウメイはうなだれた。
「違います。」
「でも・・・。」
「シャオリンさんをモデルにしたんですから、これはシャオリンさんです。」
「でもヨウメイさん。私を見ていたらきゅうりを連想したなんて事はあるんじゃないんですか?」
「・・・・・・。」
なんとなくやられた気分にヨウメイはなった。
そして、反論の言葉も思いつかなかった。説き伏せるための言葉も思いつかなかった。
と、シャオはぽんっと手を叩いた。
「そうだ、今日はバンバンジーを作りますね。鶏肉もたしかありましたし。」
「そうですね・・・。」
きゅうりから更に料理が連想された。
ヨウメイは、“こういう発想は悪くないかな”と思う一方、
“もっと絵を練習しなきゃ・・・”と、心の中でやれやれとため息をついていたのだった。

<うー・・・うぬぬ・・・>


第二百六十五ページ『おまちどお』

ぴんぽーん
七梨家の呼び鈴が鳴る。しかしそれを出迎えようとする者は居ない。
今この家の住人であるシャオとルーアンは台所。
他の面々は出かけているのだ。
で、現在客としてリビングに座っている愛奈に出番がまわってくる。
「・・・あのー、お客さんですよー。」
とりあえず彼女は台所へ呼びかけてみた。
「ちょっとシャオリン!一口くらいいいじゃないの!」
「駄目ったら駄目ですぅ!」
帰ってきたのは激しい言い争いの声であった。
呼びかけに応えてくれたわけでもないようである。
しばらく待っていると・・・
ぴんぽーん
再び呼び鈴が鳴らされる。
しかしそれでも、二人がリビングへと戻ってくる様子はないようだ。
「・・・仕方ない、私が出ましょうかね。」
いそいそと愛奈は立ち上がる。そして玄関へと向かった。

その玄関では既に扉が開かれていた。
立っていたのは一人の少年。ギザギザカットの髪の毛が特徴的である。
いかにも熱そうな雰囲気をかもし出していた。
「シャオちゃーん!」
家の中に呼びかけている。声からして確かに熱そうだ、と愛奈は感じた。
「こんにちは。」
「あ、あれっ?もしかして俺・・・家間違えました?」
出迎えた愛奈を見て、慌てる少年に対し、愛奈はいいえと手を振った。
「私はただの客です。今ちょっと家の方がお忙しいご様子だったので、こうして私が。」
「そ、そう・・・。あ、俺野村たかしって言います。」
「それはそれは。私は近澤愛奈と申します。どうぞよろしく。」
二人はふかぶかとお辞儀。礼儀正しい作法に戸惑うことなく、
客なのに出迎えた愛奈を追求することもなく対応してくれたたかしに、愛奈はわずかな笑みを浮かべた。
「ところであのう、シャオちゃんは?」
たかしは本来の目的を告げる。とりあえずシャオに会わなければ、彼はここに来た意味が無いのだ。
「彼女なら・・・」
愛奈が言いかけたその時、
ピリリリリリ
携帯電話の音が辺りに響く。
やれやれ、と愛奈は思いながら、たかしにちょっと待ってもらうよう手で合図し、電話に出た。
「はいもしもし。・・・ああはいはい、そうですね。・・・え?
・・・はい、はい・・・。・・・ふう、なんでそんなに面倒なんですか?
都合?そんなもの知ったことじゃないんですけど・・・あ、いえすみません。
はい、とにかくそういう事情なんですね、分かりました。」
電話での会話が終了する。
用件だけは伝わったそのやりとりを見ていたたかしは、少し首を傾げていた。
「あのさあ、どうしてここに居るの?っていうか太助の家にどういう用事で?」
既にため口に変わっている。という事は特に気にせず、愛奈はすっと手を上げ、家の奥を指した。
「まずはあなたも上がりませんか。お客さんなんですから。」
「・・・じゃあ、お邪魔しま〜す。」
なんとなく納得がいかなかったものの、たかし自身この家に来るのは慣れたものである。
愛奈と共に、リビングへと向かうのであった。

<さあさどうぞ>


♭特別企画≪聖剣伝説3≫のサウンドタイトルで話を作ろう♭

第二百六十六ページ『Not Awaken』

ぴぴぴぴぴ・・・
朝、朝がやってきた。
活動の始まりを告げる朝が。
しかし・・・
「・・・ちょっと、キリュウさん。」
「・・・・・・。」
「朝ですよ。今日は目覚ましの仕掛けは無いんですよ。
でもって私も今日は統天書取り上げられてるから簡単には起こせないんですよ。」
「・・・ぐー。」
「キリュウさんてば〜。」
キリュウとヨウメイの部屋では、ヨウメイがキリュウを起こしにかかっていた。
しかしキリュウは目覚めない。朝に弱い彼女ならではの状態だ。
ばっちり目が覚めるはずの目覚ましも仕掛けていない。
そんな時のために普段起こし役を担っているヨウメイだが、
あまりにも騒がしいという事から時には太助に統天書を取り上げられている。
(いや、正確には那奈が奪って太助に渡しているのだが)
そんなわけで、ヨウメイがゆすっているがまったくキリュウは目覚めない、
というただ無駄な時間だけが流れているのであった。
「よーし、こうなったら・・・。」
何かを思いついたのか、ヨウメイはベッドから距離をとる。
手を前で“パン”と合わせ鳴らせたかと思うと、だだだっと走り出した。
「とりゃ!」
勢いをつけ、キリュウに向かってダイブ。すると・・・
どげん
「あうっ!」
寝返りを打ったキリュウから蹴りを受けた。
その威力はすさまじく、ヨウメイの体は壁まで吹っ飛ぶ・・・。
どかっ!
そして激しく叩きつけられた。トランポリンは無かったから。
「う・・・やっぱり自爆技でしたか・・・がく。」
悔しそうにうめいたかと思うと、ヨウメイは気絶した。
後に残ったのは、ただ二人の、生ける屍があるのみ・・・。

<目覚めぬ者>


第二百六十七ページ『Where Angel Ferr To Tread』

それは、ある新月の夜だった。
光源といえばもちろん数多の星達。
普段は決して見えぬと言わんばかりに、それらは素晴らしい輝きをはなっている。
そんな中、ある一人の女性が広野に佇んでいた。
少し老いがかっているものの端正な顔立ちだ。そして長い長い、金色の美しい髪を持っている。
空を見上げ優しい笑みをたたえていた。
その傍には小さな少女が付き添っている。
こちらもまた金色の髪を持っていたが、女性とは違って短いそれであった。
「こんな綺麗な夜なのにどうしてあの方は外に出ないんですか?」
「疲れてるのよ。そっとしといておあげなさい。」
夜空を見上げながら尋ねる少女に、女性は笑って返す。しかし少女は納得がいかない。
眉を寄せ、難しそうな顔をして頭の中に様々なものを駆け巡らせる。
そんな彼女に苦笑しながら、女性は“それにね”と付け足した。
「月が見えないでしょ?だからよ。」
「でも、見えなくても月はちゃんとあるのに・・・。」
少女はちょっと意地になっているようでもあった。
更に女性は苦笑する。・・・と、そこに、更に一人の女性が姿を現した。
「やっぱり、祈らなくっちゃね。月は見えなくても、きっと届くはず・・・。」
この女性もまた金色の髪を持っている。
誰もが見惚れそうな穏やかな素顔が、何か神々しいものを髣髴とさせる。
「あらあら、さすがね。それでこそサユーリさんだわ。」
「主様、なんだかさっきまでと態度が違ってませんか?」
「前言撤回しとくわね。」
「ふう、まったく・・・。」
くすくすと笑いながら話す二人に、サユーリと呼ばれた女性は首を傾げる。
「あのう、何を話してたの?」
「別に大したことじゃ有りませんよ。月と星との関係を思い出してただけです。」
「あらあら、またあなたってばそんな難しいこと言っちゃって。」
再び起こる少しの笑い声。
夜という時間の、ほんのわずかな空間である。

<天使も歩み入れぬ場所>


第二百六十八ページ『Ordinary People』

そこにあったのは卵であった。
プラスチック容器に十個詰まった卵であった。
どこのスーパーにもありそうな卵であった。
見た目も中身もきっと同じであろう卵であった。
けれどもある要素が違っていた卵であった。
それは・・・。
「ありました!千円お買い上げの方1パック限り1円卵!」
「わあっ、良かったですわ。」
目的のものを見つけ、大喜びする二人の少女。
「えーと、シャオリンさんと私の分で二パックですね。」
「待ってくださいヨウメイさん。二パックなら二千円以上買わないと・・・。」
「さっきたくさん買ってた野菜の山でそれだけありませんでしたっけ?」
「いえ、野菜も安売りでしたし・・・ああっ、そういえばお肉をまだ買ってませんでしたわ。」
「じゃあそれいきましょう、それ。」
相談し合ってすたすたとその場を離れてゆく二人の少女。
当然ながら卵二パックは入手済みだ。
このように、一つ何かと違う要素を持つためにどんどん売られてゆく卵であった。

<一般人>


第二百六十九ページ『Whiz Kid』

「遅刻だー!」
いつも騒がしい七梨家であったが、今日は特に騒がしかった。
誰もかれもが寝坊という、前代未聞のトラブルが発生したのだ。
どたばたどたばたと家中を走り回る、駆け回る音が響いている。
味噌汁の準備をする余裕もない。
朝食を食べながら語らう時間も無い。
あまつさえ、おはようの挨拶を交わすヒマもない・・・。
「おそようございます。」
一番早く玄関に立つことが出来たヨウメイは、目の前を通り過ぎる面々にそう告げていた。
太助が“しまった!かばんまだ上だ!”と階段を駆け上ろうとする姿に・・・。
「おそようございます。」
シャオが“きゃあ、これは夏服じゃなくて冬服ですわ!”と部屋に戻ろうとする姿に・・・。
「おそようございます。」
ルーアンが“あーん、髪の毛まだぐしゃぐしゃー!”と、洗面所に向かう姿に・・・。
「おそようございます。」
ちなみに那奈はまだ寝ている。一度は騒がしさに目を覚ましたものの、
“眠いからあたしはまた寝るよ”と二度寝を開始したのだ。
そしてキリュウは・・・。
「・・・眠い。」
ぼーっとしていた。
「キリュウさんキリュウさん、おそようございます。」
「ん・・・ああ、そうだな。」
「いつになく眠そうですねえ。」
「昨日は皆寝るのが遅かったからな・・・。」
何があったのかは次回の講釈で、ということにして、
とにかくそんな中、ようやく皆は玄関にそろった。準備万端の状態で。
「うううー、お腹すいたー。いいじゃないのよぉ、遅刻したって。背に腹はかえられないわ。」
朝食抜きの状態でルーアンはかなり不満そうである。
そんな彼女の言い分をよそに、玄関のすぐ前で、ヨウメイが飛翔球を広げて待っていた。
「はいはい、乗ってください。こうなったらこれで学校に向かいます。」
「あの、ヨウメイさん。」
「なんですか、シャオリンさん。・・・心配なさらなくても、私の運転は上手いですよ。」
以前花織の猛烈な運転を体験したシャオはどことなく不安そうである。
「うわ、もうこんな時間だ。頼むよヨウメイ。」
時計を見ながら太助が急かす。ヨウメイはそれに黙って頷いた。
「では行きますよ、しっかりつかまっててください。」
「・・・どこにつかまるんだ?」
つかむところといえば飛翔球そのもの、という状況にキリュウは冷静につっこんだ。
ヨウメイはそれをあえて無視。というよりは、やはり飛翔球そのものにつかまってほしかったのだろう。
「出発!」
5人を乗せた飛翔球が、垂直に宙に浮く。ある程度の高さまでいくと、水平に滑り出した。
ヒュンッ!と・・・。

あっという間に鶴ヶ丘中学校に到着。
しかし太助達は、自分達の急激な髪型の変化に他の生徒達から笑われるまで気付かなかったそうな。

<風を切る子供>


第二百七十ページ『Walls And Steels』

巨大な刃物達。
キラリと光を反射し、鮮やかな切っ先は他を圧倒する。
数多くそれらが立ち並ぶジャングルの中心に彼は居た。
「・・・・・・。」
わずかな隙間からしか仰ぎ見ることの出来ない天を見上げ、無言のままただ立ち尽くす。
無限とも思えるような考察の後に、彼は人生の中で一番とも思いたくなるほどに後悔の念を抱いていた。

始まりは些細な事だった。
クラスメートが当たり前のように受け、こなしてゆくそれを、
自分も味わい成長のきっかけとしたいなどという、自負の念が引き起こしただけなのだ。
そう、少しの自負の念が。燃え盛るようなスピリットが。彼特有の大いなる意志が…。
「・・・ちくしょー!負けてたまるかー!」
突如彼は叫んだ。天に向かって。
くり返すが、事実彼から仰ぎ見ることが出来たのは天井のみであるからだ。
そして拳が振り上げられる。“チッ”という音がした。
「イテッ!!拳を切っちまったー!!」
先ほどと同じように大きな声で彼は叫ぶ。自業自得の叫び。
一般的に言うならば、思い切り自爆、の叫び。
前途多難と呼ぶには、あまりにもどうしようもない要素でいっぱいであった。
「と、とりあえず登るか。ははは・・・。」
乾いた笑いを起こす。彼は自らの身体のすぐ横に聳え立つ、ぎらりと光を放つ金属に手を触れた。
「・・・・・・。」
沈黙が辺りを支配する。何の音もしない。何故なら彼はぴくりとも動かなくなったからだ。
しばらくの後、彼はすっと手を引く。金属に触れた手の先には、小さな割れ目・・・切れ目ができていた。
「・・・登れないじゃんか。ちょっとー!キリュウちゃーん!ヨウメイちゃーん!助けてくれー!!」
再び天に向かって彼は叫ぶ。助けを求める声。
そんな彼の動向を、名前を出された二人の少女はじっと聞いていた。
彼の視界からはちょっと外れた、天井のすぐそばで。
「そろそろ出すとするか。野村殿も試練の厳しさを実感したことだろう。」
「ダメですよ。許しを請われてはいどうぞ、なんて甘くやってたらいつまたあんな事言い出すやら。」
「そう邪険に扱わなくてもいいだろう?大丈夫だ、野村殿は十分認識したはずだ。」
「キリュウさんが良くても私がよくありませんから。それに・・・」
「それに?」
下を向いたまま会話を交わしていたかと思うと、ヨウメイはふいっとキリュウに顔を向けた。
その顔は・・・見ればキリュウにはすぐ分かる、よく見てきた、あまり見たくはなかった顔だった。
「まだ一日経ってませんしね♪でもって、横穴空けて帰りましょう♪」
「・・・・・・。」
キリュウは何も言い返せなかった。
まさかヨウメイがあの出来事を持ち出そうとは思わなかったからだ。
うつむき加減になり、“すまない野村殿・・・”と二つの意味を込めて謝罪の念を送る。
「ちょ、ちょっと!?今“帰りましょう”とか言わなかった!?
キリュウちゃーん!ヨウメイちゃーん!!」
危険な鋼の刃が無数に光る中、たかしはひたすら叫んでいた。

<難関と鋼と>


第二百七十一ページ『Axe Bring Storm』

そこには、小さな伝説があった。
誰にも知られない、小さな小さな伝説があった。
時は流れ・・・誰も知らないはずだった小さな伝説は、一人の少女の手により蘇った。
少女の名はヨウメイ。知らなくていいものまで知ってしまうというおそるべき書物を手に持つ存在だ。
伝説は彼女の手によって・・・現実のものとなった。
小さな小さな物体を、彼女が一振りすれば・・・
そこはたちまち、荒れ狂う空間となる。
小さな小さな物体を、彼女が一振りすれば・・・
それはたちまち、脅威のもととなる。
だが、小さな小さな物体は・・・
「・・・重いですねえ。」
彼女のこの一言により、闇に葬りさられることとなった。
誰にも知られることのない、深い深い闇の底へ。

「・・・というお話がありましたとさ。」
「ねえ楊ちゃん。結局それは何だったの?」
「何ってどういうこと?熱美ちゃん。」
「物体って何だったのかな〜って。」
「それはタイトルから推して計るべしってね。」
「タイトル?」
「そ、タイトル。」
「うーん・・・。」
何のことやらわからずに、熱美はただただ考え込むばかりであった。

<嵐を呼ぶ戦斧>


第二百七十二ページ『Little Sweet Cafe』

りん・・・
ひとひらの花弁が、ふわりと地面に舞い降りる。
色とりどりの花々がそよ風に小さく揺られている。
ゆらゆらと見せているその風景に、ほぅっ、と見とれている金髪の少女が一人。
板で作られた縁側に腰掛けて、片手に持つは色鮮やかな細工が施されたコーヒーカップ。
もう片手にはそれの受け皿を膝の上に置き、静かに容器をかたむける。
こくん
「・・・ふぅ。」
一のみした、ミルクたっぷりのカフェオレを深く味わいながら、視線を庭に集中させる。
うっとりとして閉じそうになる目を薄いながらも開いた状態で、今目の前にある景色を堪能する。
風の音、それに揺られる草花の音、そこに自身がとけてゆく・・・。
「ヨウメイさん。」
と、背後から少女を呼ぶ声が聞こえた。首だけを動かして振り返れば、そこには銀髪の少女が笑顔で立っていた。
「私もご一緒していいですか?お掃除が一段落したんです。」
一滴の汗をたらしながら、にこやかにおぼんを持っている。
そこには、彼女の大好きなお菓子がたくさん、コーヒーのお代わりと共に並んでいた。
「ええもちろん。・・・えっと、よろしければミルクももう少しあれば。」
「え?ああ、そうでしたね。えっと、ミルクをたくさん入れてカフェオレでしたっけ?」
「はい、そうです。」
「じゃあ早速持ってきますね。」
にこりと銀髪の少女は笑顔を向けたかと思うと、おぼんを持って家の中へと消えていった。
とここで、金髪の少女は再び庭に顔を向ける。そしてもう一度、手に持つカップを傾けた。
・・・こくん
「・・・ふぅ。」
先ほどと同じ一息をもう一度。
そして、風は相変わらず吹いているし草花も揺られている。変わらぬ音が聞こえてくる。
もうしばらく経てば、新たな音が仲間に加わるだろう。
たおやかなるこの風景を、純粋に楽しもうとするもう一人の少女の・・・。

<ちっちゃな一息>


第二百七十三ページ『Witchmakers』

「とうとうきました、この日が・・・!」
統天書片手に、ほうき片手に、ヨウメイが燃えていた。
場所は、七梨家のリビング。その前にはシャオが座っている。
二人きりのリビング。状況からすれば非常に危うくも見える。
そんな中、シャオは相変わらずのポケポケとした表情でヨウメイに尋ねた。
「あのう、何の日が来たんですか?」
「シャオリンさん。あなたが魔女になる日ですよ。」
「私が・・・魔女さん、ですか?」
ヨウメイの口から飛び出したのは、シャオにとってかなり意外な言葉。
驚く暇も無く、ヨウメイはシャオにほうきを手渡した。
ちなみにそれは竹箒。家の中ではかなり扱いにくい代物である。
「時は熟しました。第三話まで書かれ、イラストまで描かれたとあっちゃあここで対抗しないわけにはいきません!」
「あのう、一体何のことなんでしょうか・・・。」
「詳しい事は企業秘密となりますが・・・しかし!魔法の事ならばこの統天書にも載ってます!ですから・・・」
「ヨウメイさん」
にこりとシャオは笑い、ヨウメイの話を途中で遮った。
力説した格好のまま、ヨウメイは“はい?”とシャオに注目する。
「企業秘密の部分を教えてくださいませんか?」
「ぐ・・・。」
“教えて”という言葉を含んだシャオの言葉はヨウメイにクリーンヒット。
企業秘密をあっさり崩すほどの威力。しかしヨウメイはなんとか耐えようとしていた。
「教えてください。」
「う、ぐ・・・分かりました。」
再度投げられた“教えて”攻撃に、ヨウメイは折れた。
そして語られる。それは二人だけの秘密・・・。
いや、ごく一部には既に知れ渡っていることだろう・・・。

<魔女育成>


第二百七十四ページ『Another Winter』

「では次に・・・試練だ、耐えられよ!ですぅ〜。」
「ヨウメイ殿、それは誰の真似だ?私の真似ではないだろうが・・・。」
「はいっ。ずばり、キリュウさんのモノマネをしているシャオリンさんのモノマネでーす。」
「おおっ、二重に真似ているとは!これは一本とられたな!」
「いえいえ、それほどでもありますよぉ。」
「「あははははは。」」
二人は盛大に笑っていた
「・・・・・・。」
対して、それを見ている一人は既に沈黙していた。
たかしの家では、ヨウメイとキリュウによる漫才大会が繰り広げられていた。
ところが、ちょっとした気分転換のために漫才は一旦小休止。
景気づけに、ヨウメイがモノマネを始めたというわけだ。
体力は無いが喋りは抜群な彼女のことだ、さぞや面白いものを披露してくれるだろうとたかしは思っていた。
が・・・イマイチ彼にはウケが悪い。もっとも、ダメージを食らうよりはマシであるが。
「それでは次に・・・ふぁさぁ〜ん。」
軽やかにヨウメイは前髪をかきあげた。
「宮内殿か?」
「ふっふっふ、甘いですね。某金八つの先生ですよ!」
「なにっ!?」
わざとらしくキリュウが驚く。
その傍らでたかしは、完全に著作権法に引っかかっていないだろうか、と変な心配をしていた。
「なーんちゃって。宮内さんの人物紹介をしている軒轅さんでした〜。」
「そ、そうか軒轅殿か・・・。ん?軒轅殿の要素はどこに?」
「ふっふっふ、よく見てください!」
ふぁさっ、と再びヨウメイは前髪をかきあげる。
と、そこには軒轅自身の額にある模様がちょこっと書かれていた。
「おおっ!そ、それはっ・・・!!」
「ふふーん、これが軒轅さんの要素ですよ。」
「これはしてやられたな・・・私には見抜けなかった。さすがだだなヨウメイ殿!」
「いえいえ、それほどでもありますよぉ。」
「「あははははは!」」
やはり二人は盛大に笑っていた。
そして、たかしはやはり冷や汗を流していた。
実は密かな精神的ダメージを受けていたようだ。
蓄積したそれが、一般のダメージへと変わるのも時間の問題だろう。
「では次に・・・はいっ!」
「ん?・・・誰だ?」
ヨウメイは高らかにモノマネ開始を宣言した。
が、何の行動も取らない。ただその場に立っているだけであった。
当然キリュウは分からない。更にたかしも分からないでいた。
「分かりませんか?ならばヒントを差し上げましょう。」
「うむ。」
モノマネをしているはずなのだが、いつの間にかクイズにすりかわっているようだった。
さすがヨウメイ、臨機応変である。
「さて、私が今身につけているものがヒントでーす。」
「・・・そうか、眼鏡だな?」
「はい。」
「となると・・・遠藤殿だ!」
自信ありげにキリュウは答えを告げる。びしっと指を両手で彼女を指している。
片足あげて、心なしか身体を少しひねっている。
一体何の演出だろう・・・と、逆にたかしはそちらの方が気になっていた。
「ぶぶーっ。じ・つ・は・・・後藤駄菓子屋のおばあちゃんでしたー!」
キリュウの答えに対し、ヨウメイは両手を胸の前でクロスさせた。
これで空へジャンプして攻撃しようものならまた別の味があるのだが、それはさすがになかった。
「なんだと・・・。」
「あのねえキリュウさん。眼鏡だけで遠藤さんなんて言ったらだめですよ。
眼鏡にも色々!それを使う人も色々!」
「そ、そうだな・・・。参った、私の負けだ。」
「「あははははは。」」
やっぱり二人は大笑い。
眼鏡だけで、という言葉に対し、たかしは大きくつっこまざるをえなかった。
“だったらそんなんでモノマネだなんて宣言するなよ・・・”と。
だがしかし、ここでとうとうたかしの疲労はダメージへと発展した。
たかしは1ターン自動的にダメージ!17ポイントの精神ダメージを受けた!
“寒い、なんて寒いんだ・・・。誰か俺を助けてくれ・・・。”
たかしはマジに願っていた。救いの手が差し伸べられることを・・・。
果たして、望むべき救いの人物は現れるのだろうか?

<別世界の冬>