翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「浪漫倶楽部」編)


「不思議事件ファイルIII(風邪にご用心!)」

今日も楽しい倶楽部生活、のはずだったんだけど・・・。
「なにぃー!!コロンも風邪だって!?」
「大丈夫かしら。近頃風邪がはやってるから・・・。」
今年はなにやら風邪の猛威がひどいらしく、火鳥は休んでいた。
実はキリュウのやつも風邪だとかいって、家でおとなしく寝ている。
だから、不慣れなあたしがキリュウの分のご飯を作ってやった。温めるだけで良いように。
たく、大地の精霊のくせにだらしないなあ。おっと、コロンも石の精霊だったっけ。
とにかく、月夜と二人で部室に行ったところ、コロンの置き手紙があったわけだ。
『風邪をひいたみたいなので、火鳥の家で寝てます。』
だって。まあ、この部室で寝てちゃ、ますます風邪がひどくなるしな。
「部長はどうしたのかしら。」
「あの元気そうな部長に限って、風邪なんてことはないと思うけど・・・。」
その時、ガラッと扉が開いたかと思うと、由紀先輩が顔をのぞかせた。
「あれ?月夜ちゃんと翔子ちゃんの二人なの?相当はやってるのね、風邪。」
部長より由紀先輩が先に来るなんてどういう事だ?二人は確か同じクラスのはずだよな。
嫌な予感がしたので、あたしはたまらず訊いてみた。
「由紀先輩、部長はどうしたんだ?」
「あなたねえ、もう少し先輩に対する喋り方ってもんが・・・。
まあいいわ、綾小路は風邪でお休み。だから私が頼まれてきたのよ。
朝、電話があったかと思ったら、浪漫倶楽部をよろしく頼むのだ、なんて。
まあ以前決めた事だから来たわけなんだけど。」
あの部長まで風邪で休みとは。そろいもそろって軟弱な連中だなあ。
「じゃあ由紀先輩、とりあえず座ってください。コーヒー入れますから。」
「ありがと。じゃあ遠慮なく。」
由紀先輩は扉を閉めると、テーブルの前にちょこんと座った。
なんとなく表情が暗そうだけど・・・?
「何か心配事でもあったの?」
「あまりにも風邪がひどいもんだから。風紀倶楽部で風邪をひいてないのは、私だけなの。」
「ええっ?そうなんですか?」
コーヒーをいれ終わった月夜が、テーブルにそれを持ってきて驚く。
へえ、こりゃ大変だ。あたしも少し驚きながら、コーヒーを飲む。
由紀先輩はコーヒーを一口飲むと、さらに続けて言った。
「それにコロンちゃんまで風邪なんて・・・。せっかくすりすりできると思ったのに・・・。」
そこで危うくコーヒーを吹き出しそうになった。真顔でそんな事言うなって。
とにかく今日の部活動は、あたしと月夜と由紀先輩の3人。
・・・まてよ、この3人で不思議事件の解決なんてやってけるのかなあ。
そういう時に限って依頼者が来るもんだ。こりゃ気合を入れないと・・・。
そのまま何分経ったろうか。沈黙に耐えかねた由紀先輩が口を開いた。
「ちょっと、何か喋ったりしないの?まさかいつもこんな感じなの?」
あわてて月夜がそれに応える。
「いえ、そんな事ないですよ。今日は人数も少ないし・・・。」
「そうそう、火鳥が休んでるから月夜は元気がないんだ。」
「ええ、そう・・・翔子ちゃん!」
あたしの冗談に、月夜が“もう”、といった感じで怒りまねをする。
それを見て、由紀先輩の機嫌も少し良くなったみたいだ。
しかし、依頼者も来ないまま時間はどんどん過ぎて行く。
結局この日は活動は中止という事で終わった。
次の日、風邪をひいてるやつはそのままに、さらに欠席者が増えていた。
学級閉鎖にでもすりゃいいのに、授業はきっちりと行われた。
嫌な思いをしながらもなんとかそれを乗りきり、月夜と二人で部室へ。
すると、先に由紀先輩がそこで待っていた。
「今日も綾小路は休み。それどころかあまりに欠席者が多いもんだから学級閉鎖になっちゃったのよ。」
「ええっ!?そんなにすごいんですか!?」
由紀先輩の第一声に月夜が驚く。
あたしはとりあえずうらやましかった。いいなあ、学級閉鎖なんて。
そしてテーブルの前に座る。・・・ん?
「てことは由紀先輩、ずっとあたしたちを待ってたの?」
学級閉鎖なら由紀先輩はずっとフリーだったはずだから、こんな質問はおかしくはない。
由紀先輩は疲れたように答えた。
「まさか。1人で風紀倶楽部活動よ。2日もほったらかしにするわけにはいかなかったし。」
すごい、1人で・・・。あたしと月夜は驚きを隠せない。
掃除ってもんは1人でやるもんじゃないしな。うーん、やっぱりお掃除倶楽部なのかな。
「由紀先輩、1人で大変だったんじゃないんですか?」
いつのまにか由紀先輩が入れてくれたコーヒーを片手に、月夜が心配そうに訊いた。
しかし由紀先輩は少し笑って答えた。
「いやあ、掃除はすぐに終わったのよ。あとはここで寝てたから。あはは・・・。」
「ははは・・・。」
由紀先輩に合わせて、あたしも月夜も笑った。寝てたあ?
いい御身分だな。それもこれも学級閉鎖のおかげか。くう―、うらやましい。
あたしがうらやましがっているのを少し顔に出していると、月夜があきれたように言った。
「翔子ちゃんはいつも授業中に寝てるじゃない。そんなにうらやましがるもんじゃないでしょ。」
「う、いやその。あははは・・・。」
と、ともかく今日もこのメンバーで部活動。
昨日とは違い、楽しくおしゃべりしながら時間を過ごす。
今まで解決してきた不思議事件の事。部長と由紀先輩の事。火鳥と月夜の事・・・。
結局この日も依頼者は無し。区切りのいい所で話を終わり、また明日という事になった。
家に帰ると、相変わらずキリュウは調子が悪そうに寝ていた。
起こすのも悪いと思ったので、1人で食堂に向かう。
キリュウは、ご飯はしっかり全部食べているようで、ご丁寧にも
『おいしかったぞ、翔子殿。』
という感想をテーブルの上においてくれてあった。
「ふふ、ありがとな。」
と一言つぶやき、自分の夕食の用意をはじめた。
それにしても、普段料理なんかまったくしなかったあたしが、よくもまあここまでマメになったもんだ。
違う世界ってだけでこんなにも変われるもんかね。上機嫌になりながら、その日の夜を終えた。
次の日、ついにあたしのクラスが学級閉鎖となった。
男子は全滅。女子も半数ほどしか来ていなかった。その中にあたしと月夜は居た訳だけど。
「だんだんすごくなるわね。みんな大丈夫かしら。」
かばんを持った月夜あたしの席にやってきた。もう部室へ行く準備はできている。
「うーん、大丈夫なんじゃないの。とりあえず部室に行こうぜ。」
そしてあたしはすっと立ち上がる。
「もう、学級閉鎖になったからそんなに嬉しいんでしょ。風邪を引いて休んだ人達の事も心配しなきゃ。」
「へいへい。」
月夜は少しふくれて言ったが、まさしく月夜の言うとおり。
授業無しで部活できるなんて最高だぜ。
途中、廊下で由紀先輩に出会った。もう一人、色黒の女の人と一緒だ。
「あら、あなた達のクラスもとうとう学級閉鎖になっちゃったのね。」
「そうなんですよ。だから翔子ちゃんたらうかれちゃって・・・。」
月夜のやつ、そんな事付け足さなくてもいいじゃないか。ところで少し気になることが。
「由紀先輩、その女の人って誰?」
「ああ、この子はあたしと同じクラスの涼よ。
涼、このこは転入生で浪漫倶楽部の新入部員の翔子ちゃん。」
由紀先輩に言われて、にっこりと握手を求めてきた。
「涼よ。よろしく、翔子ちゃん。」
「よろしく、涼先輩。」
こちらも手を差し出して握手。なんかどんどん知り合いが増えてくなあ。まあ良い事だ、うん。
「あの、どうして涼先輩が?」
月夜が少し不思議そうな顔でたずねる。すると由紀先輩は笑って言った。
「詳しくは部室で話すわ。それじゃ行きましょ。」
そして浪漫倶楽部の部室へ。
コーヒーを入れたカップを前に、相変わらずテーブルを囲んで座る。もう定番だな。
まず涼先輩の事を少し聞かせてもらった。
浪漫倶楽部の夏の合宿で不思議事件に関わった人であるという事。
そのときのことをすごく感謝しているという事。
とにかく浪漫倶楽部とのつながりはそれなりに深いようだ。
その涼先輩が、真剣な目でとんでもないことを言ってきた。
「近頃風邪がすごく流行ってるでしょ。学級閉鎖になったクラスは数多いと聞くわ。
これは不思議事件じゃないかと思うの。」
「「ええっ!」」
月夜と2人で驚きの声をあげた。風邪が不思議事件なんてことはがあるわけがないんじゃ。
あたし達2人を制して、由紀先輩が続けて言った。
「2人が驚くのも無理ないと思うけどとりあえず聞いて。私達のクラスは2人。
つまり私と涼しか居なかったの。だから涼の言う事もそうなんじゃないかと思ってね。」
「「ふ、ふたり!?」」
2度目の驚きの声をあげた。2人ってすごすぎる。こりゃ確かに不思議事件かも・・・。
あたしもだんだんその気になってきた。月夜は月夜で、ものすごく不安な顔になっている。そして涼先輩が言う。
「だからこの不思議事件を解明してもらおうと、浪漫倶楽部に依頼しようと思ったの。
ちょうど由紀がロマン倶楽部の手伝いをしてるって言うから、一緒にこうしてきたのよ。」
「そう、依頼者は涼ってこと。2人ともわかった?」
その問いに、月夜と2人でこくりとうなずく。
なんとなく言いくるめられたって気もするけど、不思議事件解明が楽しみでこの倶楽部に入っているからな。
なんでもいいから頑張らないと。
「それで、まず何をするんですか?」
月夜が先輩2人に尋ねる。答えが返ってくる前に、あたしが素早く答えた。
「まずは聞きこみ。部活動かなんかで残っている生徒や先生達に、
風邪について思うこととかを聞いて廻るんだ。そして共通点を探し出す!」
はりきったあたしの声に、由紀先輩も呼応した。
「だったら善は急げ。さっそく聞いて廻りましょ。涼も手伝ってね。」
「もちろん!」
「それじゃあまずは職員室に行きましょう。」
「おーし、レッツゴー!」
かくして、夢ヶ丘中学校大量風邪引き事件を解明すべく、
あたし、月夜、由紀先輩、涼先輩の4人は行動を開始した。

月夜の提案どおり、まず職員室にやってきた。
「失礼します。」
という言葉と共に入ると、中にいた先生はたったの2人。
怖い顔の結城先生と、やさしい顔の宮本先生だ。
さっそく2人に説明をして話をしてもらう。結城先生曰く、
「とくにないな。ただの風邪だろう?そんなに特別に扱うこともないだろ。」
ということ。宮本先生曰く、
「あえて言えば、風邪を引いた人はそのままに、
それにだんだん積み重なって人数が増えていくということかな。」
ということ。あたしに言わせれば、この2人の意見はまったく参考にならなかった。
それぐらいはあたしも気付いていたからな。それでも、涼先輩はきちんとメモをとっていたけど。
次に向かったのは校長室。
校長先生なら何かすごい意見を聞かせてくれると思ったんだけど、
なぜか由紀先輩と月夜は嫌そうな顔だ。それを見て涼先輩が尋ねる。
「2人ともどうしたの?そんなに嫌そうな顔して・・・。」
すると2人同時に、
「別に。」
と答えた。あからさまになんかあったって返事だよなあ。
校長室に入って話を聞いてもらう。校長先生曰く、
「今年の風邪は団結力が強いんでしょうなあ。
普段風邪をひかないような元気な男子までひいたんですから。向こうも必死なんでしょう。」
ということ。わけわからん。団結力?風邪にそんなもんがあるっていうのか?
一言ももらさずメモをとる涼先輩。ちなみに他の2人は廊下で待っている。
話くらい聞きゃいいのに。そんなにこの校長先生が嫌なのかなあ・・・。
お次はそれぞれの部室を巡ってみることになった。
まずは運動部・・・と思ったんだけど、どの部室もだれもいない状態。
なるほど、全員がダウンしてんのか。情けねーな、普段体を動かしてる連中のくせに。
「こりゃだめね。文科系をまわってみることにしましょ。」
由紀先輩がさらりとあきらめたように言った。あたしもそれに続く。
「そうそう、こんな寒空の下、校舎の外にいるのは嫌だしね。」
涼先輩は何やら書きこんでいるみたいだ。何をそんなに書くことがあるんだか。
「涼先輩、早くー!」
月夜に呼ばれ、涼先輩が走ってきて、やっと校舎内部に入ることが出来た。
そして部室巡りを始める。
まず訪れたのは人形劇部。月夜から聞いた話では、部員はなんと2人らしい。
そんな小人数で、どうやって人形劇をやるんだろうな。
部室に入ると、その2人がいた。中川先輩と未央、という自己紹介もしてくれた。中川先輩曰く、
「とにかく男子がやられてるね。俺だけだったよ、今日来てたクラスの男子は。」
ということ。未央曰く、
「中川先輩の言う事ももっともだけど、女子はまったくというわけじゃなかったわ。
割合的に見れば男子がかかりやすいっていうことなのかも。」
ということ。
「そういえば確か由紀先輩と涼先輩だけだったんですよね。
やっぱり女子のほうがかかりにくいのかな。うちのクラスもそうだったけど。」
と、月夜がつけたした。確かに一理ある。これは大きな手がかりになりそうだ。
必死でメモをとる涼先輩。それにしてもほとんどしゃべってないな。
説明はいっつもあたしがしてるし。ま、聴筆に専念してもらうか。
次に向かったのは新聞部。
「部長の西崎は風邪をひいてようが、絶対いるわ。こういう事には敏感なやつだから。」
と由紀先輩は言っていた。敏感ったって、風邪をひいてたらやっぱり家で寝てると思うんだけど・・・。
部室に入ると、果たして由紀先輩の言う通り、西崎先輩がいた。
制服の上にさらにあったかいものを着込んで、マスク、氷嚢を装備。
何やら必死に作業している。ほんとに風邪ひいても部室にいるとは。
「熱心ね、風邪ひいててもやってるなんて。」
最初に入った由紀先輩が少し感心したように言った。自分で絶対いるとか言ってたくせに。
それより、熱心というよりは何か別の物を感じるんだけどなあ・・・。
その熱心な西崎先輩に説明をし、その思うところを語ってもらった。西崎先輩曰く、
「日増しに風邪で休む人が増えていく。という事は最後に誰か1人選ばれた人が残るのでは?
というのが僕の予想さ。それを確かめるべく、欠席者を全てチェックしているんだよ。
最後に残った人を、『キング・オブ・カゼノコ』として記事にするのさ。」
ということだ。最後のほうはよく分からなかったけど、とにかく、
最後まで風邪をひかなかった1人が大いに関係ありという事だな。
「でも西崎、最後の1人まで待てるの?」
と由紀先輩。そりゃそうだ。
だいたい1人だけ残ったなんて状況になる前に、臨時休校とかになるに違いないからな。
しかし西崎先輩はちっちっちというように応えた。
「だから今こうして頑張ってるわけさ。ある程度残った人に順々に電話して確かめればいいんだから。」
なるほど、いい考えだな。そのために今こうして努力しているわけか。
そして西崎先輩は再び作業に戻った。
「あんまり邪魔するといけないわね。早く出ましょ。」
と涼先輩。月夜も、
「そうですね。西崎先輩にも頑張ってもらわないと。」
と部室を出た。しかし由紀先輩だけは、
「ま、期待しないで信じてみましょう。」
とそっけなかった。あたしは結構信じていいと思うけどな。
最後に向かったのは吹奏楽部。なぜ最後かというと、月夜と涼先輩が体の不調を訴え始めたから。
歩いてまわっているうちに、2人まで風邪ひいちゃったのかな・・・。
気を取り直して部室に入った。部室にいたのはただ1人。
以前不思議事件を依頼しにきたこともある、日渡美晴だった。美晴曰く、
「以前のピアノじゃないけど、自分を必要として欲しいと思っている存在があるのかもしれないと思います。
例えば、風邪を治す力を持つ物とか。」
ということだ。美晴はそれだけ告げると、せきをしながら帰って行った。
ちょっとまてよ、風邪を治すものってなんだ?まさか薬なんてオチじゃないだろうな・・・。
「美晴ちゃんも風邪なのね。このぶんじゃ文科系も危ないのかも・・・。」
由紀先輩がぽつりと言った。危ない以前にもう終わってるって気もするな。
平均一人とちょっとしか居なかったし・・・。
「じゃあ部室に戻りましょう。これだけ聞いて廻ったんだから何かわかるはずよ。」
涼先輩に従い、浪漫倶楽部の部室へ向かった。
結構な距離を歩いて、ようやく部室へ。そして涼先輩のメモの写しをそれぞれが持つ。
「それじゃ明日会うときまで、なんでもいいから考えてみて。今日はもう帰りましょ。」
と、由紀先輩が締めくくった。帰り道、少しつらそうな月夜を家まで送ってやった。
「ありがとう、翔子ちゃん。また明日ね。」
「ああ。あったかくして早く寝ろよ。」
月夜は笑顔で手を振っていたが、顔色の悪さははっきりと目に見えた。
こりゃ明日は来ないかもしれないな・・・。
「ただいまー。」
「お帰り、翔子殿。」
家に帰るとキリュウが出迎えてくれた。寝間着姿だったけど。
「キリュウ、起きてて大丈夫なのか?」
「少しのどが乾いたのでな。そこへちょうど翔子殿が帰ってきた、というわけだ。」
精一杯元気を装っているようだが、まだふらふらしている。
あわてて支えてやって、部屋まで連れていった。そしてベッドに寝かせてやる。
「すまぬな。万難地天ともあろうものが風邪とは・・・。」
申し訳なさそうに言うキリュウ。それを聞いて、あたしは首を横に振った。
「気にすんなって。ゆっくり寝てろよ。」
「うむ、ありがとう・・・。」
そして目を閉じるキリュウ。部屋を出てそっと扉を閉めると、ふうとため息をついた。
どうやら学級閉鎖だなんてのんきな事をいってられない。そんな予感がしたからだ。

次の日、案の定月夜は来ていなかった。さらにひどいことに、来ている人数は昨日の半分以下だった。
早々に教室を後にして、浪漫倶楽部の部室へと向かう。
月夜のやつ、あたしんちに電話ぐらいしてくれたらいいのに。
部室に入ると、由紀先輩がコーヒーを飲みながら考え込んでいた。
「あれ、涼先輩は?」
「涼なら風邪でお休み。今日は私1人だったわ、ほんと冗談じゃない・・・。」
ものすごく深刻そうな顔をしている。それに圧倒されないよう、
なるべく普通の顔をして正面に座った。すると由紀先輩が話し始める。
「今朝涼電話があったの。出来るだけ今日中に事件を解決した方がいいんじゃないかってね。
その時に涼の考えも聞いたわ。今日まだ人間がいる場所に、事件の謎を解く鍵があるという事よ。
要は昨日西崎が言った事に近いかしら。私も同意見よ。」
なるほど、今元気なやつのうちの誰かが、鍵を握ってるって訳か。そしてあたしの考えを述べた。
「あたしは別に何かがいると思うんだけど。」
「ふ―ん。それで、月夜ちゃんの意見は?」
「涼先輩みたいに電話をかけてきてないからな。あたしは聞いてないよ。」
「そうなの。電話もかけられないほど具合が悪いのかしら、心配だわ・・・。」
そうか、そういう取り方もあるよな。まあ、あたしは悪い方には考えない。月夜なら大丈夫だろう。
「それで由紀先輩、これからどうするんだ?昨日と同じように聞き込み?」
それを聞くと、由紀先輩はすっと立ち上がった。
「そういうこと!昨日、外回りの時に忘れてた場所があってね。過去に不思議事件があった場所よ。」
「よーし、それじゃあ出発。」
しっかし由紀先輩、すっかり浪漫倶楽部部員だなあ。
浪漫倶楽部を取り締まる部員が、浪漫倶楽部の部員やってるなんて矛盾もいいとこじゃないか。
ま、いいことかな。そのうち取り締まりを止めてくれるかも。
そして問題の場所に到着。そこは学校の鳥小屋。へえー、こんなもんがこの学校にあったんだ。
感心して小屋全体を見回していると、てっぺんの風見鶏が目に入った。
さすが鳥小屋。しっかりと魔よけの風見鶏があるなんて、ってまあ当たり前か。
「あれ、今日は。珍しいですね、風紀倶楽部の由紀先輩がこんな所に来るなんて。
ちゃんと小屋の掃除は欠かさずしてますよ。」
小屋の中から声をかけられた。見ると、一人の女子生徒が顔を出している。
「別に掃除に来たわけじゃないのよ。
最近の風邪の流行りようで、何か気付いた事はないか訊きに来たの。」
由紀先輩の言葉を聞くと、あたしの姿に気付いたのか、自己紹介をしに外に出てきた。
谷川萌ちゃんといって、飼育委員だということだ。
そしてこちらも自己紹介。さらに、何故こんな聞きこみをしているのかを話す。
すると、萌は小屋の上の風見鶏を見上げて言った。
「風邪と関係あるかどうかは分からないけど、あの風見鶏さん、ずうっとあのままなの。」
「あのまま?」
由紀先輩と一緒にその風見鶏を見る。そして違和感をあたしは感じた。
なんだ?なんで動かないんだ?風は結構ふいているのに・・・。
「何日か前からずっとあの方向を向いたままなの。どうしてなんだろうって・・・。」
そのあと由紀先輩と同時にばっとその方向を見る。学校・・・の屋上。何か黒い物が・・・。
「ねえ、萌ちゃん。飼育委員の人達は何人が風邪をひいているの?」
「え?皆元気ですよ。誰も風邪をひいてません。」
由紀先輩の問いに、萌があたしの予想とぴったりの答えを告げた。
「ありがとう、良い参考になったわ。行くわよ、翔子ちゃん!」
「ああ。萌、風見鶏にありがとうって言っといてくれ!」
「えっ、えっ、ちょっと!」
あわてふためく萌にあいさつし、鳥小屋を後にする。
いきなりこんな結論にはしるのは浅はかかもしれないけど、
魔をおいはらう風見鶏がにらんでいるやつなら、絶対に事件解決の糸口となるはずだ。
幸いその黒い影はただじっとしていた。校舎に入り、階段を駆け上がり、屋上へと出る。
「さあ、追い詰めたわよ。真犯人!」
由紀先輩がびしっと指をさして叫ぶ。気合入ってるよなあ、あたしより楽しんでるんじゃ・・・。
「あ、あれ?誰もいない・・・?」
由紀先輩がきょろきょろとあたりを見まわす。
本当だ、確かに誰もいない。ここにいたはずなのに・・・
「ぎょっ!!」
探し回っているうちにものすごく変な物を見つけた。黒くてまあるい、霧のような靄のような物だ。
あたしの叫び声に、由紀先輩が近くに寄ってきた。
「な、なんなのこれ?」
「さあ、これが不思議事件の正体なのかなあ・・・。」
じいっと見ているうちに、それはだんだん小さくなって、最後には消えてしまった。
と思ったら、またさっきの大きさに、ポン!と戻った。ためしにちょっと触れてみる。
とその瞬間!その黒い影は姿を変え、突然空に舞い上がった。鳥だ・・・!!
「びっくりしたあ!一体なんだ!?」
そしてあたしの言葉が終わると同時に、羽ばたいて遠くへ飛んでいこうとする。
「逃げられる!」
由紀先輩がそう叫んだ次の瞬間、
『コケーッ!!』
耳を劈くような鋭い雄鶏の声が響いたかと思うと、その黒い影が“ぱあっ”はじけ飛んだ。
そして黒い影は跡形もなく消え去った。
あたしと由紀先輩は、それをただじっと見るしか出来なかったけど・・・。

次の日というよりは土日をはさんでいたので、月曜日。
風邪の流行が嘘のような状態に、大勢の生徒達が学校に来ていた。
当然退屈な授業が行われる。その放課後、浪漫倶楽部の部室に、
浪漫倶楽部部員全員と由紀先輩と涼先輩で集まって、風邪についての会議となった。
まず由紀先輩とあたしで、最後の場面までを事細かに話す。
その後、ここに集まる前に鳥小屋に行っていた由紀先輩が言った。
「でもね、飼育委員の人達は風見鶏の鳴き声なんて聞いてないって言うのよ。そのほかの人達もそう。
風見鶏も、ただ引っかかって止まっていただけだったって。不思議よねえ・・・。」
ふえ、なんてこった。あたしと由紀先輩だけに鳴き声が聞こえたなんてさあ。
「もしかしたら、思いこみでそうなったんじゃないんですか?」
と火鳥。すかさずあたしは反論した。
「いいや、あれは間違いなく不思議事件だ!
この目でしっかりと見て、耳で聞いたんだ。なあ、由紀先輩。」
あたしの言葉に由紀先輩が深くうなずく。しかしさらに火鳥が言った。
「でも、2人しか見てないってのがどうも・・・。」
そしてコロンもそれに続く。
「正体も分かってないし・・・。」
とどめにキリュウが言った。
「なんといっても、それが風邪の原因となっていたと繋げるのは強引過ぎるのではないか?
だいいち風邪ぐらい、何日間か安静にしていればたいていは治るものだぞ。」
何てこと言いやがる。それじゃ現実的過ぎるぞ。
キリュウの言葉を聞いて申し訳なさそうに思ったのか、涼先輩があやまってきた。
「ごめんなさいね。私が不思議事件だなんて言ったから・・・。」
「そんな事ないですよ。本当にその影が原因だったかもしれないじゃないですか。」
月夜が慰めるように言う。そうそう、謝る事なんかないって。
それにしても風邪で寝てた奴等が否定しているのは、なんかむかつくなあ。部長はどう思っているんだろ。
そんな事を考えていると、今までだんまりだった部長が大きい声で言った。
「まず由紀ちゃん。私のいない間、りっぱに部長を務めてくれてありがとうなのだ。」
いきなりの言葉に、由紀先輩はどぎまぎしながら言った。
「ま、まあ、頼まれたわけだし。これぐらい朝飯前よ。」
「そうそう。最後の方なんかあたしよりはりきってたし。」
「しょ、翔子ちゃん!」
あたしが付け加えると、由紀先輩が真っ赤になりながら叫んできた。それに皆が大笑いする。
「とにかく私は不思議事件解決に乗り出した、由紀ちゃん達にお礼を言わせてもらうのだ。」
そして部長がふかぶかと頭を下げる。それを見た火鳥は少し驚いたように言った。
「それじゃ部長は、この風邪は不思議事件だと言うんですか?」
部長はなんの曇りもない目で、こくりとうなずいた。
「もちろんなのだ。今回はおそらく逃げられたと思うのだ。
だからまた風邪が流行り出したときは、今度こそ我々の手でそれの正体を突き止めるのだ!!」
おおー、部長かっこいい。さっすが浪漫倶楽部の部長!!
あたしと由紀先輩が拍手する。しばらくすると、皆も口々に『おーし頑張ろう』とか言い出した。
でも待てよ、今度って・・・ひょっとして来年かあ!?
少しだけ元気がなくなった翔子ちゃんでした。・・・なーんてね。

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