「風紀倶楽部?」
「そうなのだ!私の宿命のライバル、高橋由紀ちゃんが部長をしているのだ。」
今あたしたちは、浪漫倶楽部の部室にメンバー全員でいる。
そこで、なんともあたしにはうっとおしそうな名のクラブの存在を聞いたわけだ。
ちなみに高橋由紀って人は、夢ヶ丘中学校の男子人気投票2年連続1位をとっている、
憧れのマドンナだと聞いた。
今時そんなドラマみたいな人がいたなんて驚きだよなあ。
「それでその風紀倶楽部ってのは何してるんだ?」
念のため訊いてみると、火鳥が答えてくれた。
「学校の風紀を取り締まり、校内美化を進めようってクラブなんだ。」
「ふ〜ん、美化ねえ。」
ある意味変わったクラブだよな。
「学校の風紀を正すのが仕事なわけだろ。なかなか良いではないか。」
キリュウは感心したように言った。
冗談じゃないって。そんな面倒なクラブ。
だいたい人によって風紀のよさなんて変わるもんじゃないのか?
あたしにとっちゃ迷惑極まりないな。
「けど、よく私たちって文句言われませんよね。部室でコーヒー飲んでるのに・・・。」
月夜が今更、というようなことを言った。でもよく考えたらそうだよな。
コーヒーどころか、この部室って、ほかの部室に比べたらはるかにすごいはずだぜ。
「気にしちゃ駄目なのだ、月夜ちゃん。我々浪漫倶楽部は、日夜大変な努力を・・・」
「誰が大変な努力ですって!?」
部長の言葉の途中でドアがガラっと開き、1人の女子生徒が姿をあらわした。
ピンク色の髪のポニーテールに、まさに容姿端麗と呼ぶにふさわしい姿だ。
「由紀ちゃん!何しに来たのだ?」
「ふふっ、あんたたち浪漫倶楽部に宣戦布告をしにきたのよ。」
へえー、この人が由紀先輩ねえ。確かにマドンナかな?
「なんなのだ?うけてたつのだ!」
いつのまにか、ずずいっと部長が入り口近くに立っていた。すごい顔だなあ。
「私達風紀倶楽部が何をしてるか、分かってるわよねえ?」
由記先輩の問いに、部長がこくりとうなずいて言った。
「お掃除だろう、そんな事は分かっているのだ。
だから風紀倶楽部なんてきざな名前はやめて、お掃除倶楽部にすれば良いのだ。」
「ちーがーう!!あんた達物好き倶楽部みたいないいかげんな倶楽部を取り締まるのが、
私達の仕事なのよ!全然分かってないわねえ!」
お掃除倶楽部に物好き倶楽部か。うん、なかなか良いネーミングじゃねーか。
1人でうなずいていると、キリュウがつっついてきた。
「翔子殿、ひょっとして私達は、物好きの集団、という事なのか?」
「半分、いやほとんど当たってるかもな、うん。」
まじめに答えると、火鳥と月夜とコロンがじとーっとにらんできた。うっ、失言だったか。
「あ、いや、冗談だよ、冗談。ははは・・・。」
あわてて笑ってごまかす。
「とにかく!この部室は、私達風紀倶楽部にとって、目にあまるものがあるわ。
よって、明日までに、私達が納得するような部屋にしなさい。
さもなくば、浪漫倶楽部のメンバー全員、風紀倶楽部に入ってもらうわ。」
「な、なんとおおお!?」
部長が大声をあげ、他のメンバー全員が(いや、キリュウは座ったまんまだったけど)立ち上がる。
「そんな!由紀先輩、ひどいですよ!」
「そうですよ!あたし達は、こういう部室だから活動していけるのに!」
「まったくふざけた条件だ!風紀倶楽部なんて、あたしはぜえったい入らないからな!」
「あうー!とんでもないのだー!」
口々に由紀先輩に反論するが、まったく動じなかった。
「お黙りなさい。もう決定したことなんだから、素直に従いなさい!
綾小路、とうとう年貢の納め時よ。せいぜいがんばって、泣きを見ることね。」
そしてくるりと向きを変えて、すたすたと歩いていった。その後に、なんとも不釣合いな女子が2人。
あわてて部長が廊下に飛び出す。
「由紀ちゃん!絶対にわれわれは負けないのだ!もしそっちが納得したら、
二度とわれわれにちょっかいを出さないと誓うのだ!」
「・・・分かったわ、綾小路。そっちこそちゃんと約束は守りなさいね!」
うわーすごいな。でもひょっとして・・・。
ふとある考えが浮かんで、しばらく立っていると、
火鳥と月夜にちょいちょいとつつかれた。3人でベランダに出る。
「実は由紀先輩は部長のことが好きなんだ。でも部長はそれにまるで気づいてなくて、
それでいろいろとちょっかいを出して来るんだ。」
あたしのある考えと同じ事を、火鳥が言った。
やっぱりか。今度は月夜が言う。
「でもね、最近はすごく良い雰囲気だったの。
今日いきなりこんなふうに出てくるなんて、あたし信じられない・・・。」
「そうだったのか?確かにありゃ尋常じゃないよなあ。」
素直になれないのか、愛情表現が下手なのか。どちらにしても浪漫倶楽部の危機だよな。
「よし、とにかく部室をきれいにしよう。悩むのは後だ。」
「そうだよね。浪漫倶楽部が消えちゃたまらないし。」
「がんばってお掃除しましょう。」
3人でがっちり握手して部室に入る。
しかし、とたんにあたしはやる気がうせた。
コロンはいつのまにかぐーすか寝てるし、
キリュウは正座したままコーヒーをすすり飲みしている。さらに、
「うーむ、良い香りだ。」
などとのんきなことを言ってやがる。
肝心の部長は、なぜか頭にたんこぶを作って床で気絶していた。
多分力みすぎて、どこかに頭をぶつけたんだろうな。
「ちょっとちょっと、3人とも早く始めよう。明日までにきれいにしなきゃ。」
火鳥が呼びかけて、掃除道具を取り出してくる。
待てよ、掃除以前に、この部屋の中の物が問題なんじゃないのか?
前にも言ったと思うけど、ここは遊び道具その他で、物があふれかえっている。
とても学校の中の一室とは思えないほどだ。
掃除を始めようとした火鳥と月夜を呼びとめた。
「あの由紀先輩は、余計な物がありすぎるって事で、あんなに言ったんだと思うんだ。
だから、この部室をすっきりと何にも無い状態にすれば、絶対納得するはずだよ。」
しかし2人は唖然とした顔でこう言ってきた。
「そんなの無理よ、翔子ちゃん。こんなに物があるのに。」
「そうだよ。第一そんなんじゃ、これから部活なんてしていけなくなるよ。」
当然あたしは戸惑わずに、それに応えた。
「大丈夫。一時的に持ちだしゃいいんだよ。納得した後はどうしようが、
風紀倶楽部はちょっかい出してこないんだろ?だったら、
一度すっからかんにして見せて、その後もどしゃいいんだよ。」
その案を聞いた火鳥と月夜は、ぱあっと顔を輝かせて、
「うん、名案だよ。」
「さっすが翔子ちゃん。」
と、賛同してくれた。
「よし、それじゃあさっそく片付けにかか・・・」
「待つのだああ!!」
さっそく実行しようとしたとたん、部長が飛び上がって叫んできた。びっくりしたあ。
「一体どこに置いておくというのだ?これだけの物を置く場所など無いのだ。」
その一言にはっとして部室を見まわす。うーん、たしかに。
しかも外へ出せそうにない物まであるよなあ。どうやって入れたんだか。
途方にくれていると、がラッとドアが開いた。立っていたのは由紀先輩だ。
「由紀ちゃん!?今度は何の用なのだ!?」
部長がゴオオオと何かを燃やしながら、由紀先輩に詰め寄る。
「さっきは条件が厳しすぎたかと思ってね。それで、綾小路が私の言う事をきいてくれたら、
許してあげようと思ってきたのよ。」
なるほど、デートの約束でもしようってか?それならめんどくさい事をしなくても済むかも・・・
「断るのだ!絶対に由紀ちゃんをぎゃふんと言わせてみせるのだ!」
おいおい、せっかくの誘いを断るなよ。
由紀先輩の顔が、笑顔からだんだんと怖い顔になる。
「言ったわねえ!だったら期限を今日中にしてやるわ!しかも後1時間に!
こっちはちりひとつ見逃さないつもりでいくからね!覚悟しなさいよ、綾小路!」
由紀先輩もなにかをゴオオオと燃やしながら部長をにらみつける。
熱い関係だね、まったく。
そして由紀先輩は去っていった。
・・・うわー、感心してる場合じゃない。泥沼だあ。
「部長、もうちょっと考えて物を言ってくださいよ。
こりゃ翔子ちゃんの案をなにがなんでも実行しなくちゃ・・・。」
火鳥の言う事ももっともだ。しっかしどうしたもんか。
「とりあえず、ポスターとか全部はがそうか。」
「そうね、まずできるところからやりましょ。」
部長はあいかわらずなんか燃やしてるし、コロンは寝てる。
キリュウもいつのまにか眠っていた。
お気楽な連中だなあ、後でたっぷり文句言ってやる。
結局、火鳥、月夜、そしてあたしの3人ですべてのポスターをはがし終えた。
後に残ったのは、部室内のテーブルやテレビといった家具等。
ロッカーは学校の備品だから置いとくとして。
それにしても、なんでサンドバッグやバスケットのゴールがあるんだか・・・。
とりあえず、細々とした物や上のほうにある物は、全て一箇所にまとめることが出来た。
さすがに途中からは、部長にも手伝ってもらったけど。
「こんなもんか。改めて見ると、結構あったんだね。」
「そうね、これを置いておく場所なんてあるのかしら・・・。」
「どうすればよいのだ?難しい問題なのだ。」
「うーん、何か良い案は・・・。」
4人で考え込む。何気なく部屋を見まわしてみたけど、参考になりそうな物は何も無かった。
まさかロッカーの中に入れるなんて出来ないしなー。
テーブルのほうで、少し口を開いて、よだれをたらしているキリュウの寝姿が目に入った。
危機感てもんが無いな。幸せそうな顔しやがって・・・。
「うーん、試練だ・・・。」
という寝言が聞こえてきた。くそう、たたき起こしてやろうか。・・・待てよ。
「そうか、キリュウに小さくしてもらえばいいんだ!」
思いついて大声で叫ぶ。
「小さく?そんな事が出来るのかい?」
部長の問いに、余裕の表情で答える。
「そうだよ。なんだ、うっかりしてたなあ。こんないい手があったのに。」
そしてあたしはキリュウを起こしに行った。
「おいキリュウ、起き・・・うわッ!」
ごろんと横になったと思ったらなんと、いきなり蹴りがとんできた。
あたしの代わりに蹴られたテーブルが軽く吹っ飛んで、壁に当たる。
幸いテーブルは壊れなかったけど。
「こ、怖い。キリュウちゃんてなにもの?」
「大地の精霊さんなのだ、火鳥くん。」
驚愕しながらも、部長が冷静に答える。そんなもん答えてる場合じゃないだろ。
「どうしましょ。キリュウちゃんが起きないと・・・。」
「とりあえず起きるまで待つしかないかな。それまで、片づけを全部終わらせよう。」
あたしの案に、みんながうなずく。
コロンも起こして、キリュウを床に寝っころがせて、ちりひとつ残さない掃除。
そして、家具の整頓を完了させた。
「これだけすっきりさせておけば、由紀先輩、きっと納得するわね。」
「うん、だけどある意味卑怯かも。」
「でも浪漫倶楽部が無くなっちゃうのは困るよ。」
「そうなのだ、なんとしても守らねば!」
「さて、それじゃ後は、キリュウが起きるのを待つばかりだけど・・・。」
しかしキリュウは、一向に起きる気配を見せなかった。
あたしの家では別々に寝てるから、キリュウがどうやって起きているかなんてわかんないし・・・。
まったくう、七梨ん家では、毎朝どうやって起こしてるんだ?
ちなみに、みんなで大声で叫んだけど、まったく動じなかったので、それはあきらめた。
「なにか物を投げるとか。」
火鳥が案を出した。よし、それでいこう。
「それじゃこのボールでいいかな。」
「ああ、たのむぜ火鳥。」
火鳥がバスケットボールを投げる。
キリュウの顔に当たる直前、なんとパンチを繰り出してきて、それを跳ね返した。
そしてボールが火鳥にどかっと当たる。
「きゃあ!大丈夫?火鳥くん。」
倒れてしまった火鳥を月夜がゆする。うーん、だめか。
「はっ、もうこんな時間なのだ!私は由紀ちゃんに頼んで、時間を引き延ばしてもらうのだ。
みんなでがんばってくれなのだ!」
そう言うと、部長はあわてて部室を出ていった。
それって逃げてるっていわねーか?
「よーし、あたしが起こす!」
コロンがてくてくと歩いていき、キリュウの顔にダイブした。今度はキリュウは抵抗しなかった。
よし、これなら起きるか?
しかしキリュウの片手がゆっくり動き、コロンをつかんだかと思うと、ブンッと投げ飛ばした。
「あうー!」
ようやく意識を取り戻した火鳥とコロンがぶつかり、2人とも気絶する。おっそろしー。
キリュウはなにやらぶつぶつと寝言を言っている。ひょっとして寝ぼけてるだけなのかなあ。
「どうしよう、翔子ちゃん。」
「残ったのはあたしと月夜か。厳しいな・・・。」
厳しい以前に、不可能という気がしてきた。
それにしても、部室をきれいにするために頑張ってるはずだったのに、
今あたし達は何に頑張ってるんだ?
だいたいキリュウが勝手に寝ちまうからいけないんだ。後で嫌味を思いっきり言ってやる。
・・・とと、そんな事考えてる場合じゃないんだよな。どうやって起こすか・・・。
「ねえ、もう一度叫んでみましょ。」
「もう一度?でもさっき、5人で叫んでもだめだったじゃん。」
「だから、“起きろー”じゃなくて、もっとキリュウちゃんの気を引くような。」
「そうか。えーと、それじゃ・・・。」
ごにょごにょと月夜と相談し、叫ぶ言葉が決まった。
2人で立ちあがり、顔を見合わせて無言で合図。そして叫ぶ!
「「試練だ、起きられよー!!」」
するとキリュウはぱちっと目を開き、すっと起きあがった。
「よっしゃ成功!キリュウ、とにかくこれを小さくしてくれ!」
「急いで、キリュウちゃん!」
月夜と一緒にキリュウを急かす。キリュウはぽかんとして、あたし達に言った。
「おはよう、月夜殿、翔子殿。」
たくこいつは・・・。
その時、廊下のほうから部長と由紀先輩の声が聞こえてきた。
月夜があわてて廊下のほうを見る。
「大変!もうこっちに向かってるわ!キリュウちゃん、早く!」
そして月夜がドアを閉めてその前に立つ。しかしキリュウは、まだぽけっとしたままだ。
こうなったら・・・。
「いいから!あの荷物のかたまりを全部小さくするの!早くしろ!」
キリュウのむなぐらをつかみ、おもいっきり揺さぶりながら、鬼神のごときの形相で怒鳴りつける。
さすがにこれは効いたみたいで、キリュウはあわてて短天扇を広げた。
「わ、分かったから放してくれ。・・・万象大乱!」
あっという間に、荷物いっしきが豆粒ほどに小さくなった。
それをすばやくハンカチで丁寧に包み、ポケットに入れる。
ふう、これでやっとすっきりした状態になったな。
「よかった、間に合った。でもすごいのね、キリュウちゃんて。」
月夜が驚きの声をあげる。キリュウは少し照れながら、それに応えた。
「いや、それほどでも。ところで一体どうして、こんな何もない状態に?」
あたし達の話聞いてなかったのか?そんなんじゃ浪漫倶楽部失格だぞ。
「それは・・・。」
月夜が親切にも説明しようとした時、ガラッと勢いよくドアが開いた。
何かを燃やしつづける2人、部長と由紀先輩だ。
途中激しく言い争ってたんだろうな。まったく、ホットなライバル関係だねえ。
「こ、これは・・・。」
みるみるうちに由紀先輩の目が丸くなる。そして部長も、
“おおっ”という顔をしたかと思うと、突然叫んだ。
「やったのだ!これで我々浪漫倶楽部の勝利なのだ!」
「ま、まだよ!まだゴミが落ちてるかもしれないわ!」
由紀先輩が負けじと言い返す。そういえばちり一つ見逃さないとか言ってたよなあ。
でもまあ、あれだけ掃除したんだ。きっと大丈夫だろう。
由紀先輩が、そしてそのお供が部屋の隅々を見て回る。
かなり真剣な目つきだ。そんなに浪漫倶楽部をなくしたいか?
しばらくの後、由紀先輩が観念したように言った。
「完敗よ。まさかここまですっきりさせるなんて・・・。
約束どおり、浪漫倶楽部を取り締まらないって誓うわ。」
「やったのだ―!我々浪漫倶楽部は、みごと勝利したのだ―!!」
部長が万歳をして喜ぶ。月夜とあたしも手をとりあって、はねて喜んだ。
ちなみにキリュウは訳が分からないままぺたんと座りこんだまま。
火鳥とコロンは気絶中。ま、なんにしても良かった良かった。
ちらっと由紀先輩を見ると、悔し涙を流していた。
そりゃそうだろうな。計画が水の泡・・・そうだ!
「あのさあ由紀先輩、ちょっと。」
「な、なによ。」
月夜に目で合図をして、由紀先輩をベランダの方へ引っ張ってゆく。
他の人に声が聞こえないような場所に、3人でかたまった。
「なによ、いきなりこんなところへつれてきて。それより、あなただれなの?浪漫倶楽部の新入部員?」
「そう、あたしは山野辺翔子っていうんだ。
そんなことより、部長の事が好きなんだろ。だったら協力するよ。」
「そうですよ。今回由紀先輩があんな無茶な事を言ったのは、
なにがなんでも部長にふりむいて欲しかったからですよね。
だからその埋め合わせを何か、と思って。」
少し起こり気味の由紀先輩に、あたしと月夜で話しかける。
それを聞くと、由紀先輩はふうとため息をついて喋り出した。
「気持ちはうれしいけど、このままでいいわ。
確かに、綾小路が私の気持ちに気付いてくれるとうれしいけど、
普段みたいにケンカするのも楽しいし。
それに、いつかは綾小路だって気付いてくれるはずよ。あんなに熱心ですもの。」
あたしと月夜は、ぽかんとしてそれを聞いていた。
すげ―、これだけ聞くと大人って感じがするな。でも、それにしちゃ行動が矛盾してねーか?
「それじゃあなんで、あんな無茶なこと言ったの?」
あたしの問いに、由紀先輩は少し困りながら答えた。
「や、やっぱり待ってられないじゃない。あれだけ鈍感だとねえ。」
鈍感ねえ。あんなんで好きだった気付けってのは無理があるんじゃ・・・。
「でもさあ、素直に“好き”って言っちゃえばいいじゃない。」
「素直になれないから、ああやって無茶な事を言ってるんじゃないの。
あれだけ厳しい条件なら、綾小路も素直に降参するかと思って。だからまた後で来たでしょう。
でも、あそこで反論してきたから、つい後には引けなくなっちゃって。」
「そこで1日デートとか言うつもりだったんですね?」
月夜の声に、由紀先輩がビクッとなる。
「ま、まあ、そんなとこかしら。」
そして笑ってごまかす。デートぐらい、こんなめんどくさい事せずに直接申し込めよ。
はあ、素直じゃないってのは大変だねえ。
その時、部長がベランダに顔を出した。
「由紀ちゃん、一つお願いがあるのだ。」
それに対して、由紀先輩がそっぽを向いて応える。
「な、なによ。一応聞いてあげるわ。」
「実は、由紀ちゃんだけでも、時々部室に遊びに来てほしいのだ。」
「ええっ!?」
部長のお願いに、3人で一斉に部長を見る。
「ど、どういう事なの?綾小路。」
「私には、由紀ちゃんがいてくれたほうがいいのだ。」
「綾小路・・・。」
おお、いいムードじゃん。それにしても部長、
ちゃんと由紀先輩の気持ちに気付いていたんだなあ。うん、りっぱりっぱ。
感心していると、月夜が横からささやいてきた。
「良かったわね、由紀先輩。すごく嬉しそうよ。」
「ああ、これで余計なお節介しなくて済むよ。」
月夜と2人でにこにこしていると、再び部長が口を開いた。
「同じ学年のひとがいないと、宿題の見せあいっこができないのだ。」
「はあ?」
部長を除く3人の目が点になった。さらに部長は続けて言う。
「それに、由紀ちゃんの料理は殺人的味だから、月夜ちゃんからいろいろ教わると良いのだ。
あと、由紀ちゃんみたいなお掃除倶楽部のひとがいれば、部室はいつも綺麗なのだ!」
この部長は・・・。当然、由紀先輩の顔がだんだん恐くなってゆく。
「ふざけんじゃないわよ、綾小路!誰がお掃除倶楽部ですって!?
誰が殺人的料理を作るですって!?もう、あったまきた!!
今後とも風紀倶楽部は浪漫倶楽部を取り締まるために、日夜努力しつづけるわ!!」
そ、そんなあ。あたし達の苦労が水の泡だ〜。
「ま、待つのだ由紀ちゃん。落ち着いて話し合うのだ。」
「へえ、まあ一言だけなら聞いてあげるわ。」
由紀先輩はそう言ってるが、その顔はとても人間とは思えないほど恐かった。
一触即発ってのはこういう事を言うんだろうな。部長、頼むから考えて喋ってくれ。
「翔子ちゃん。万が一の場合は、あたしと翔子ちゃんで由紀先輩を止めなきゃ。」
「ああそうだな。うう、余計な仕事が増えたなあ。」
月夜と取り押さえの態勢をとり、部長の言葉を待つ。
ほんの数秒の間だったけど、すごく長く感じた。部長が口を開く。
「いつも我々浪漫倶楽部にちょっかいを出しつづけてきたけど、どうしてなのだ?
理由を教えてほしいのだ。」
すると由紀先輩はびくっと1,2歩下がった。
そりゃ部長のことが好きだから、なんて言えるわけが・・・いや待てよ、ひょっとしたら言うかも。
とりあえずは取り押さえなくてもよさそうなので、月夜といっしょに態勢を楽にして、
ほっと胸をなでおろした。さあどうする、由紀先輩。
「べ、別にいいじゃない、綾小路。」
「良くないのだ。わけもわからず取り締まられるのは、たとえ由紀ちゃんといえど許すことは出来ないのだ。
さあ、理由を話すのだ。」
たじろぐ由紀先輩に対し、部長は真剣な顔で言う。
でもなんか引っかかるなあ。とりあえず月夜に訊いてみた。
「なぁ、ひょっとして部長は、由紀先輩の気持ちに気付いてるのかなあ。」
「そんなふうには見えないわ。でも、これは2人の中が進展する良いチャンスよ。」
確かにそうだ。それで風紀倶楽部と仲良くなれるんなら、うるさく取り締まられることも無くなるだろうし。
あたしとしてはそうなってほしいけど、由紀先輩がどう出るか・・・。
「分かった、話すわ。そのまえに、月夜ちゃん、翔子ちゃん、中に入ってて。
綾小路と2人で話をしたいの。いいわね?」
月夜と顔を見合わせてうなずく。部長も、
「私は別にかまわないのだ。」
とOKした。おお、これはひょっとするとひょっとするぞ。
月夜と一緒に部屋に入り、ベランダへの戸を閉める。
「うまくいくといいわね、由紀先輩と部長。」
「ああ、あたしは切にそう願うよ。」
なんたって、浪漫倶楽部が平和に存在できるかどうかがかかってるんだから。
ふう、と一息ついて、部室の中を見まわした。
なんと浪漫倶楽部と風紀倶楽部のメンバーで、床に円形に座り込んで、楽しそうにおしゃべりしている。
のんきな連中だなあ。今どういう状況かわかってんのか?
あたしと月夜はベランダの戸口のそばに立って、時が経つのを待っていた。
やがてガラッと戸が開き、部長と由紀先輩が入ってきた。
部長はなんだかうれしそうな顔。告白したのか?と思いきや、
由紀先輩は少しどんよりとした、でもなんとなく明るい表情だった。
あわてて駈け寄って訊いてみると、
「綾小路から話を聞けば全部分かるわ。はあ〜あ、なんで私って素直になれないのかしら。でも、次こそは!」
とか言って部員を呼び集め、さよならをして部室から出ていった。
なんだ、告白しなかったのか。七梨とまではいかないけど、かなりオクテなんだなあ。
由紀先輩のとぼとぼ歩く姿を見送った後、部長が召集をかけた。
「みんな、良く聞くのだ。今後、我々浪漫倶楽部は、風紀倶楽部のお手伝いをすることになったのだ。
もちろん風紀倶楽部のみんなも、我々の仕事を手伝ってくれるのだ。」
うそだろお?風紀倶楽部の手伝い?笑顔でそんな事言わないでくれよ。
「部長、それってどうしてそうなったんですか?」
月夜が質問すると、部長はドンと胸を張って言った。
「風紀倶楽部の部長の由紀ちゃんは、我々のお掃除力を試していたのだ。先ほどの件で見事それは合格。
つまり!人数の少ないクラブ同士、協力してやっていくためだったのだ。
もちろん、詳しい仕事内容等は、私と由紀ちゃんとでよく相談して決めるから、安心してくれなのだ。」
はーん、なるほどねえ。上手いことごまかしたもんだ。はあ、あたしの浪漫倶楽部生活が・・・。
「ねえ部長、それでお仕事ってなんなの?」
コロンがぽかんとしてたずねる。掃除に決まってんだろ、たく・・・。
「主なお掃除は由紀ちゃんたち風紀倶楽部に任せるということで、
我々の主な仕事は、風紀を取り締まることなのだ。」
あたしの予想とは違うことを部長は言った。でもなあ、風紀を取り締まるって・・・。
「具体的にはどんなことですか?部長。」
火鳥がそれに質問した。どうせ、校則を守らないやつとかを見つけて・・・。
「それはまだ秘密なのだ。
まあ、風紀倶楽部に手におえないことが出てきたらお願いするって言ってたから、
そんなにすることはないと思うのだ。それと、浪漫倶楽部も同じ条件なのだ。」
「それって、以前とあまり変わってないんじゃないんですか?」
月夜が聞きかえすと、部長の口が止まった。
そして、部長がムンクの叫びのようなポーズをとる。
「そうだったのだー!!たまに我々もお掃除を手伝ったり、
由紀ちゃんも不思議事件に参加してくれたりしてたし・・・。
由紀ちゃんに見事だまされたのだー!!」
なんだかなあ・・・。これじゃ何のために2人っきりにしたんだか・・・。
待てよ、一応あたしも質問しとこ。
「それじゃ、やっぱり風紀倶楽部は、浪漫倶楽部を取り締まるの?」
「・・・そういうことなのだ。」
そういうことって・・・。あたし達は一体何のために掃除したんだよー!!
部長の元気の無い一言に、みんながへなへなと床に座り込む。
当然の反応だ。いつまた、あんな無理難題をふっかけられるかわかんないからな。
しかし、一人だけすっと立ち上がったやつがいた。そしてお決まりの言葉を発する。
「試練だ、耐えられよ。」
やってらんないなあ、もう。どこの世界にこんなふざけた試練が存在するんだよ。
結局何も変わらずじまい。まあでも、少しは取締りがゆるくなってほしいな。
後日、由紀先輩と部長は、仲が良いんだか悪いんだか分からないようなケンカをやっていた。
それでも、以前みたいに厳しく取り締まることはしないと、由紀先輩は言っていた。
それならまあよしとしようか。
肝心の手伝いの会議は、ほとんどと言っていいほどしていないようで、
浪漫倶楽部は浪漫倶楽部、風紀倶楽部は風紀倶楽部でうまくやっている。
あんな大騒ぎがあったにもかかわらず、何も変わっていないわけだ。
あ、ちなみに、部室の荷物は元通りに。
そして、新たな掃除道具一式が追加された。風紀倶楽部からのプレゼントだ。
さらに風紀倶楽部の人が、ちょくちょく部屋の様子を見に来てくれる。
おかげで部室はいつもきれいきれい・・・。
だああ!あたしは掃除するためにこの浪漫倶楽部に入ったんじゃないんだってばー!!