小説「Looking For」


第三話『彼女の運気は?』

今日は早くに店じまい。もちろん悟君への用事はとっくに済ませてある。
それで、どこへ行くかっていうと極月さんの占い屋。
別にあたしは占いなんて信じてるわけじゃないんだけど、
昨日葉月さんと話をしていたらたまたまそういう話題になっちゃって・・・。

≪「えっ?どうして人によって面倒事の度合いが違うかって?」
「そうなの。どうもあたしって面倒な事に巻き込まれやすいんだよね。
これってやっぱり運が悪いのかなって・・・。」
「どうかなあ。智子ちゃんの場合はそれを積極的に持ち込んで来る人が居るから。
それに、智子ちゃん自体それなりに対応してたりするから・・・。」
「・・・なるほど。言われてみればその通りだよなあ。」
「でも、その面倒事を持ってくる人が居るなんて事自体、面倒事だね。
それこそ運が悪いって事なのかもしれないけど。」
「結局どっちなの?・・・どっちにしてもあたしは運が悪いって事なんだろうね。」
「そう悲観的に成るもんじゃないよ。そのうちいい事があるわ。」
「だと良いんだけど。あ―あ、あたしはやっぱり駄菓子屋のみを頑張ってやるべきだよなあ。」
「・・・そんなのはいつになるやら・・・そうだ、ちょっと占ってみればどうだい?」
「占い?」
「そ。極月さんの占いは結構当たるので有名なんだよ。一度くらいは行ってみたらどうだい?」
「うーん、でも・・・。」
「何?なんか都合が悪い?」
「ううん、あたしはあの店に行くのはどうも・・・。」
「気が進まない?ま、たしかにね・・・。なんだったらあたしが一緒に行ってあげようか。」
「えっ!でも、御迷惑じゃ・・・。」
「水臭いこと言ってんじゃないって。うん、それがいい。明日早速行ってみようか。」
「でも・・・。」
「常連さんが居るからって?その子が終わってからにすればいいじゃないの。」
「いえ、おばさんの方が・・・。」
「大丈夫大丈夫。たまには亭主一人に店を任せないとね。」
「たまにって・・・。」
「もう、何が不満なの。智子ちゃんが遠慮してもあたし一人で行っちゃうよ。」
「それっておばさんが行きたいってこと?」
「え?あはははは。まあまあ、細かい事は気にしない。」
笑いながらばしばしと背中を叩かれた。こりゃ遠慮なんてしてられないって事か。
それにしてもなんだか性格が変わってるような・・・。
「それじゃあ明日。」
「ああ。智子ちゃんがうちの店に来てくれればいいから。」
「うん、それじゃあそうする。」≫

とまあそういう訳で、とりあえず葉月さんの店へ向かっているの。
回想の通り、あたしは探偵業自体が楽しいって訳じゃなくなってきたの。
もちろん“やってて良かった”とか思える時も有るけど、やっぱり本業には・・・。
出来たら自分の好きな時にできたら良いなとか思うようになって、
(だって、ひっきりなしに面倒ごとを持ちこまれちゃあ・・・)
それでどうも悲観的になっちゃったって訳ね。
しばらくの後に到着すると、なんだか普段着に着替えて籠を持った葉月さんが。
「遅かったね、待ちくたびれちゃったよ。」
「ごめんなさい、ちょっとのんびりしてたもんで・・・。」
店のほうを見ると、なんだか口をへの字にした葉月さんの旦那さんが。
「たくう、占いなんて別の日に行けってんだ。」
「なんだって!?普段あたしにほとんど店の仕事をやらせてるくせに、贅沢言ってんじゃないよ!!」
「だからってわざわざ忙しい日を選んでんじゃね―!!」
い、忙しい日って・・・。まさかわざと今日にしたのかな・・・。
「あの、おばさん・・・。」
「ああー、いいからいいから。さ、こんな文句言うバカはほっといてさっさと行こう。」
「てやんでえ、誰がバカだ!!
まあ、智子ちゃんに免じて許してやるよ。ほれ、さっさと行って帰って来い。」
うーん、やっぱりあたしは遠慮した方が・・・。
「あの、別の日に・・・。」
「ちょっと、何遠慮してるの。いいから早く行こう。」
「は、はあ・・・。」
背中を押されながら極月さんの店へ出発と思ったら、途中で葉月さんが振り返った。
「言い忘れてた!お土産は無しだからね!」
「なんだってー!?くっそう、やられた・・・。」
店から返事が聞こえてきた事を確認すると、改めて歩き出した。
なんだかなあ・・・。たかだか占いをしに行くだけなのにお土産って・・・。
それより聞いておきたい事が。
「おばさん。本当に良かったの?今日は忙しいのに。」
「いいんだよ。たまにはこういう事をしないとね。」
「はあ、そうなんだ・・・。」
たまには、とかいう問題でもないような。
まあせっかく言ってくれたんだから気にしない方がいいのかな・・・。

ところが、やっとその気になったところで厄介事はつきもの。
今日は一度も顔を合わせるつもりが無かった人とばったり会ってしまった。
「やあ、智子ちゃんに葉月さん。二人して何処かへお出かけ?」
「師走さん・・・。ええ、まあ、そんなところです。」
「そうかい。ところでちょっと頼みが・・・。」
やっぱりか。そう思ったときには葉月さんがずいっと前に出た。
「あたし達はこれから用事があるんだからね。余計な頼み事はまた今度にしてくれないかな。」
ああ、助かるう。こうやって厄介事から守ってくれるなんて有り難いなあ。
なんだか圧倒されてた師走さんは両手を前に振りながら少し後ずさり。
「い、いや、別に大した事じゃないんだ。駄菓子屋のバイトについってってだけで・・・。」
「ええっ!?」
思わず葉月さんを押しのけるような形で前に出る。
当然の反応だ。長い間考えていた事なんだから。
「バイトしてくれるって人が見付かったんですか?」
「まあそんなところなんだけど、結構条件が複雑なんだ。
だから葉月さんの言う通り日を改めて・・・。」
「ちょっと待ってくださいよ。大した事じゃないんでしょう?」
「ああ、たしかにそうだよ。気にするほど大した事じゃないって事だよ。」
それを聞いて葉月さんと顔を見合わせる。
一体どういう事なんだろう。気にするほど大した事じゃないっていうのは・・・。
それにしても、過去に一言ぽろって言った事があるだけなのに、
師走さんたらそれなりに考えててくれたんだ・・・。
「あの、もう少し詳しくお願いします。」
「うーん・・・だから、複雑なんだ。これから用事があるんだろう?
やっぱり別の日に改めて説明した方がいいよ。」
「・・・まさか口からでまかせじゃないでしょうね。」
遮る様に葉月さんが。でまかせ?どういう事だろう・・・。
「智子ちゃんを引き止めておきたいが為にそういう事を言って・・・。」
「い、いや、違うって。バイト希望者がいるのは本当なんだ。
けれども面倒な奴でねえ。条件が・・・。」
面倒な奴?ああー、もうやめやめ。そんな肩書きがつくバイトなんて要らない。
「師走さん、遠慮します。その人には断っておいてください。」
「え?でもバイトが欲しいって言ってたじゃないか。」
「ははあ、面倒って言葉に反応したんだな。
ま、そういう訳だからまた別の奴を紹介してやってよ。じゃあな。」
早口で別れの挨拶をしてその場を去る。
なんだか唖然とした顔の師走さんが印象的だったな。
それにしても・・・。
「はあーあ、せっかく見付かったバイト希望者も面倒だなんて・・・。」
「まあまあ。今度はちゃんとした奴が見付かるよ。
それにしてもあの人暇なのかねえ?電気屋の店長のくせに・・・。」
「さあ・・・。」
あたしに言わせれば葉月さんも暇って言えないと思うんだけど。
それより、たしかに師走さんの言う通り気にするほど大した事じゃなかったな。
面倒な事を気にするほどあたしは暇じゃないから・・・。
とりあえずは今日の師走さん関係の面倒事はクリアー。
でもね、こういう時は更にそういう人に出会うってのが決まりもの。

次にであったのはお喋りで有名な如月さん。
「あら―、葉月さんに智子ちゃん。お二人でデートですかぁ?
いけませんよ、浮気は。」
「あのね・・・。」
やっぱりこの人はよくわかんない。どっから浮気なんて言葉が出てくるっていうのよ。
ひょっとしてどちらかが男に見られてるって事?でも浮気って事は・・・。
「智子ちゃん、深く考えない様に。」
頭をひねっていると、心を読み取られたのか、葉月さんに小突かれた。
「如月さん、あたし達用事があるんでこれで失礼します。」
「あらぁ、そうなんですかぁ。用事ってなんの用事ですかぁ?」
「ちょっと占いに・・・。」
何気なしに答えて“しまった!”と口を押さえる。
如月さんのすごい所は、何でも単語に反応して新たな話題を作り出す事だから・・・。
「占い?ひょっとして恋占い?
へえ―、智子ちゃんてそういう想っている人が居るんだぁー。
相手はどんな人なの?智子ちゃんみたいな子が想うんだから、
さぞかしカッコ良くって頭のいい人なんでしょうねえ。」
「ちょっと待った!とりあえずそこまで。ね?ね?」
葉月さんが慌ててストップをかける。
ふいー、たすかったあ。やっぱり葉月さんは頼りになるなあ。
それにしてもあたしがすごい面食いみたいじゃないの。
なんだか反論したくなってきた。でも、また話を伸ばされると嫌だし・・・。
「もう終わりですかぁ?私はもっとおしゃべりしたいのに・・・。
二人とも神無月さんを見習ってくださいよ―。彼は私の話を喜んで聞いてくれるんですよ―。
更にはお礼だとか言って手品まで見せてくれて・・・。
彼のそういう積極的な態度をとらなきゃだめじゃないですかぁ―。」
「は、はあ・・・。」
積極的・・・ってどっからそんな言葉が・・・。
大体神無月さんは手品を見せるのが好きだってだけで、
話をするのが好きって訳じゃないと思うんだけど・・・。
そんな事より、どうしてあたし達が説教されなきゃならないんだか。
「とにかく二人とも、もっと頑張らないとダメですよ。それじゃあ。」
「「それじゃあ・・・。」」
なんだかぷんすか怒りながら如月さんは去って行った。
疲れた・・・。なんだってこんな目に・・・。
二人して無言のまま顔を見合わせる。
そしてため息をついたところで再び歩き出した。
「うーん、如月さんと神無月さんがいい感じなのは、
お互いに自分の趣味が思いっきり出来るって事なのかな。」
「でしょうねえ。今度その現場見せてもらおうか。」
「いいね、それ。どんな会話してんのか楽しみだよ。」
今度は顔を見合わせて笑い合う。
そのまま和やかな雰囲気で、ようやく極月さんの店へ到着した・・・のは良かったんだけど・・・。
「『都合により本日は一般営業はいたしません』だって。せっかく来たのに・・・。」
「おやすみぃー!?ちょっと、そんなの聞いてないって―!!」
叫んだ後に呆然としつつ、その場に立ち尽くす葉月さん。
もちろんあたし自身も同じ気持ち。せっかく面倒な事も片付けながら来たってのに・・・。
しばらくして、今度は二人でがっくりとうなだれる。
「帰ろうか、智子ちゃん。」
「うん、残念だけど・・・。仕方ないよね・・・。」
そしてくるりと回れ右をする。結構占いを期待してたのにねえ・・・。
並列にとぼとぼと歩き出した所で、後ろから“カランカラン”という音が。
あれ?これってこの店の扉に付いてる鐘の音じゃ・・・。
振り返ると、扉を半開きにして手招きをしている極月さんの姿が。
「遅かったね、二人とも。さ、中へお入り。」
一言喋ったかと思うと、極月さんは扉をそのままの状態にして店の中へと姿を消した。
「なんだ?どういう事なんだろ?」
「ひょっとしてあたし達を待ってたって事なのかしら・・・。」
不思議そうな顔で見合わせる。
あたしも葉月さんも電話とかした覚えは無いんだけどなあ・・・。
とりあえず、占いが出来るようなので二人して店の中へ。
すると、テーブルの上に水晶玉を構えて座っている極月さんの姿が。
「ようこそ。今朝の占いに二人がうちに来るって出てたからね。
葉月さんはともかく、あの智子ちゃんが占いをしに来るっていうじゃないか。
それで臨時休業という形を取ったんだよ。」
「へえ、そうだったんですか・・・。」
こりゃあ驚きだ。要は今日の未来をずばり出したって事なんだから。
でも、なんだか申し訳無い気が・・・。
「あたし達のおかげで休業なんかさせちゃって、なんだか済まないねえ。」
「いやいや、あたしゃ営業より趣味を取る方だからね。
さ、すわんなさいな。さっそく占ってあげるよ。」
趣味・・・。あたしの運勢を占うのが趣味だって事なのかなあ。
「さ、占ってもらいなさい智子ちゃん。あたしは探し物があるから。」
葉月さんはくいっと籠を前に突き出したかと思ったら、何やら鼻歌を歌いながら店内を物色し始めた。
なるほどねえ。やっぱりそういう事だったんだ。
ま、いっしょに来てくれたってだけでも有り難いよね。
「それじゃあお願いします。あたしの運勢について。」
「はいよ。」
極月さんの前へと腰を下ろす。と、極月さんが水晶玉に何やら念じ始めた。
うなっている様にも見えるし、震えている様にも見える。
しばらくの間それは続き、そろそろという頃に手を水晶玉の上にかざした。
「むん!・・・ふむふむ、ほほう・・・。」
水晶玉は光っても無いし、何かを写し出している様にも見えない。
けれども極月さんは何かを読み取っている様で、しきりに何やら頷いていた。
やがてかざした手をテーブルの上に置くと、あたしの方を向いて話し始める。
「智子ちゃん、あんたはかなりの強運の持ち主の様だね。
どんな困難な事が起こっても、絶対に助からなさそうな境遇に陥っても、
“まさか!?”と思えるような奇跡が起こり、それを脱出できる。」
「ふえっ?そうなんですか?」
「ああ。ただ、それは普段じゃあ起こり得ない事に関しての話しだが。
逆に日常においてはとことん不運かもしれないね。
“なんであたしが?”とか思うような出来事についつい巻き込まれちまう。
それこそ、一日に二項目はあると覚悟しておいたほうがいいね。」
「えええっ!!?そんなあ!!」
なんだってそんな。やっぱりあたしは不幸なんだ―!
「一応、その巻き込まれごとは厄介な後遺症も残さずに終える事が出来るよ。
まあ、かなり疲れるのはしょうがない事だけど。」
「はあ、そうですか・・・。」
結局疲れるんだ。後遺症無しなんて慰めにもなりゃしない・・・。
「とりあえず日常の運勢に付いてはそんなもんだ。
一ついっておくけど、あんまり拒否はしない方がいい。
ありのままに、自然に対処して行く事。まあ、智子ちゃんなら心配ないだろう。」
「そりゃどうも・・・。」
あからさまに断ったりは出来ないって事か。
およよよよぉ、そんなのって非道いよ―。
一人嘆いていると、籠にいっぱい品物を詰め込んだ葉月さんがやって来た。
「ふう、欲しいものがあれこれあって迷っちゃったよ。
極月さん、これ全部でいくら?」
籠に入っていたのは、薬草みたいなのやら人形みたいなのやら、とにかく色々・・・。
「随分と買ったねえ。えーと・・・2500円だね。」
「わお、さっすが安いねえ。はい、おつりは要らないよ。」
葉月さんが千円札三枚を差し出して、それを受け取る極月さん。
そうだ、あたしも料金払わなくっちゃ。
「あの、あたしの占い料はいくらですか?」
「そんなもん無料でいいよ。いっただろう?これは趣味だって。いひひひひ。」
「は、はあ。ありがとうございます・・・。」
その笑い方止めて欲しいって気もするけど・・・まあいっか。
「ところで智子ちゃん、占いの結果はどうだったの?」
「それが・・・あたしは面倒事に巻き込まれやすいんですって。」
「なるほど・・・それで解決策は?」
「拒否はせずに自然に対処して行け、だそうです。」
「へええ・・・。ね、極月さん。恋占いは出来る?」
感心した様に頷いていたかと思ったら、いきなり話題を変える葉月さん。
そりゃまあ、人の運勢なんてあんまり親身になって考えても仕方の無い事だけど・・・。
「もちろん。と言いたいところだが、智子ちゃんの占いは却下だよ。
一度に趣味を片付けるもんじゃないからね。」
「なるほど、そりゃ残念。」
「・・・・・・。」
何が残念なんですか、何が。勝手に人の恋占いなんてしようとしないで欲しいなあ。
それにしてもあたしの恋占いまでもが極月さんにとっては趣味だなんて・・・。
もしするとしたら、別の所へ相談しに行ったほうがいいのかも。
「それじゃあそろそろ帰ろうか。目的も果たしたしね。」
「う、うん・・・。」
葉月さんに促されて立ちあがる。確かにこれ以上ここに居ても仕方が無い様な気がしたから。
「極月さん、ありがとうございました。」
「・・・一つ慰めになるような事を教えておいてやろう。
智子ちゃんを巻き込む面倒事。それらは、智子ちゃんの関係無くしては解決できないものなのさ。
だからこそ智子ちゃんの協力を必要とし、自然と関わってくるって訳。
つまり、そんな面倒事に対しても、智子ちゃんは自然と接して欲しい。そういう事だよ。」
「それって・・・。あたしを巻き込んでいるって事は意味があるって事なんですか?」
「そういう事。関係無いように見えて、実は大有りって訳だね。
とにかく智子ちゃんを頼りにしてやってくるんだ。それを頭の片隅に留めておいてやってくれ。」
「・・・分かりました。どうもありがとうございます。」
ぺこりとお辞儀。そして葉月さんと一緒に店を後にする。
なんだか不思議な感じ。結局、あたしは面倒事に巻き込まれやすい運勢だって事なんだけど・・・。
「どうしたの、智子ちゃん。なんだか複雑な表情だね。」
「だっておばさん、面倒事があたしを頼ってくるなんて・・・。」
「すんごい擬人化だけどね。まあ、それも一理あるかもしれないよ。」
「うん、そうだね。そう考える方が気が楽かな・・・。」
「そうそう。普通の人と違って、物事は文句なんて言わないから。」
そこで二人で笑い合う。
そうか、そういう風に考えれば、なんだか探偵業が楽しくなりそう。
誰にも胸の内を聞いてもらえない物事達を治療してあげてるような・・・。
なんだか大袈裟かな?でも、悪い気はしないよね。
葉月さんに無理矢理誘われた様だったけど、占いに来て正解だったかな。
というわけで、少しだけ気分が軽くなった様なあたしでした。

≪第三話終わり≫


第四話『霜月さんと力比べ』

「ぐぬぬぬぬ・・・。」
「どうしたどうした、そんな程度の力じゃあ俺には勝てっこないぜ!」
「くうううう・・・。」
「悪いがそろそろ勝たせてもらうぜ。そおらっ!」
「うわっ!!」
勢い良く腕が振られたかと思うと、力を受けた方の人は勢い余って地面に倒れちゃった。
勝利した人は倒れた人の手を慌てて引っ張って起こしてあげる。
「まだまだだな、あんたも。もうちょっと鍛えた方が良いんじゃないか?」
「いやあ、まいった。あんたには勝てないよ。」
にっこり笑って二人とも改めて握手。それと同時に周りから拍手が起こる。
ただいま何をしているかというと、魚屋でのイベント。
つまり、この商店街で一番の力持ちといわれる霜月さんと腕相撲大会をやってるの。
挑戦者は魚を一匹買うことが条件、ってわけ。
で、見事霜月さんに勝てば新鮮な魚介類の詰め合わせセットをもらえるって事。
もちろん挑戦者は商店街客のみならず、店長さん達も。
今さっき倒されたのは水無月さん。店長さん達の中では初挑戦だったけどね。
「さあ、他に俺に挑戦する奴は居ないかい?いわし一匹でも兆戦権が得られるぜ。」
いわし一匹を買っても、料理経験が豊富じゃないとねえ・・・。
「智子ちゃんはやらないのかい?」
突然隣の人に声をかけられた。師走さんだ。
「何言ってんですか。あたしが霜月さんに勝てるわけ無いでしょう。」
「もちろんハンデをつけてもらうのさ。勝てなくても自分を鍛えられるよ。
普段の探偵業には力も必要なんじゃないかな?」
「あのね・・・。」
確かに力が必要だって時も有ると思うけど・・・でもねえ・・・。
だいたい腕相撲をちょこっとやっただけで力がつく訳ないじゃないですか。
でも一度くらいはお手合わせ願うのも一興かな。
「よーし、次あたしが行きます!」
「智子ちゃんが!?」
「ええ!当然ハンデは有りますよね?」
「ああ、もちろん・・・。」
霜月さんが怪訝な顔をすると同時に周りの人がざわつき始めた。
なんでこんな反応・・・。そりゃああたしじゃあ勝てないと思うけど。
「師走さん、智子ちゃんに妙な事吹きこんだんでしょう。
この勝負に勝てば報酬としてクーラー一年分とか。
駄目じゃないですかあ、そんな事言って挑発しちゃあ。
智子ちゃんも智子ちゃんよお。そんな甘い誘惑に誘われちゃあ駄目じゃないのお。
そりゃあ確かに温暖化が進んでいるから夏は暑いと思うけど。
だけどそんな罠に引っかかる様じゃあまだまだよ。これからの人生、数多くの引っ掛けが・・・。」
長々と喋り出した如月さんを、近くに居た数人が急いで止めに入る。
他の人はものすごい呆れ顔に。クーラー一年分って一体何?
調子を崩されちゃったけど、あたしは改めて霜月さんに向いた。
「とにかくあたしはやる気満々ですから。さ、やりましょう。」
「ま、拒む事は出来ねえやな。とりあえず挑戦するからには魚を買ってもらわねえと。」
そして品々を指差す霜月さん
あたしは、無難な所でぶりを一匹。
「・・・これまた豪快なのを選んだね。こりゃあうかうかしてると負けちゃうか?」
それとなしにやる気を見せてきた霜月さん。うわあ、本気に成られちゃあ負けちゃうって。
ともかく椅子に座って二人向かい合う。
ハンデとして、あらかじめ四十五度ほど霜月さんの方へ倒した状態で。
もう一つ、利き腕とは反対の腕で霜月さんはやる。
これだけハンデをつければ・・・!
審判として立っていたのは葉月さん。
少し笑ったかと思うと、あたしと霜月さんの手の上に自分の手を乗せる。
「それじゃあ始めるよ。レディー・・・ゴー!」
試合開始!けれど・・・。
「ふんぬー・・・あれっ。」
「ふう、やっぱり俺が勝ったか。だから言ったのに。」
開始から十秒と経たないうちに、あたしはあっさりやぶられてしまった。
必死に押さえつけようと頑張っていたけど、あれよあれよという間に・・・。
呆然としているあたしの肩を霜月さんがぽんぽんと叩く。
「まだまだ力が足りないな。もっと修行してから挑戦しに来なよ。」
「・・・は〜い。」
一つ礼をして、見物客に紛れる。
ここまで力が強かったなんて・・・。あの状態なら結構勝てる自信があったのになあ。
うーん、残念無念。
「さあ、次は誰かな。誰でもいいからどんとこいよ。」
「あの、私が行きますわ。」
次に名乗り出たのはなんと霧塚さん。当然そこでもざわめきが・・・。
「霧塚さん、本気?」
葉月さんが驚きの表情で聞くと、霧塚さんはにこっと笑って答えた。
「だって、智子ちゃんが兆戦なさったのですもの。ならば私もしなくては。
というわけで、その鯛を一匹いただく事にいたしますわ。」
「鯛!へえ、太っ腹だねえ・・・。」
「あら?私ってそんなに太ってますか?」
「いや、そうじゃなくって・・・。」
「うふふ、冗談ですよ。さあ、始めましょう。」
にこりと笑ったかと思うと、霧塚さんは椅子に座った。
さっきあたしがもらったハンデと同じ状態で。
それより、なんだか霜月さんへ向けられてる視線がきつい・・・。
「まあ、さすが力持ちさんの手ですわね。すごく立派ですわ。」
「いやいや、ははは・・・。」
手を組んでちょっとばかり顔を赤らめている霜月さん。やっぱり相手が美人だとここまで違うのねえ。
どうしてあたしの時には・・・。なんだか悔しいな。
「智子ちゃん、どうしたの?恐い顔しちゃって。」
横から師走さんにちょいちょいと突つかれた。
えっ?そんなに恐い顔になってたのか。いけないなあ、スマイルスマイルっと。
「それじゃあ始めるよ。レディー・・・ゴー!」
葉月さんの開始の合図。そして・・・。
「きゃあ。」
「・・・霧塚さん、もうちょっと力入れないと・・・。」
「そんな事言われましても、私はこれが精一杯なんです。」
「はあ、そうですか・・・。」
当然霜月さんの勝利。あたしよりも早く勝負は終わってしまった。
やっぱりお嬢さまっぽいよねえ。すんごく力が弱いんだ。
ぺこりと礼をしてその場から立ち上がる霧塚さん。
「さあ、次の挑戦者は居ないかい?」
霜月さんは声を改めてかけたけど、それに返ってきたのは・・・。
「霜月さんより霧塚さんと〜!!」
「俺もそっちがいい〜!!」
とかいう男性の声が。そして皆が騒ぎ出す。
当然それに戸惑っているのは霧塚さん、そして霜月さん。
まったく、どうしてそういう事を言い出すんだか。
呆れてしばらく傍観していると、その騒ぎを静める様に一人の女性が前に出た。
「今度は私だ!ほんときょうびの男どもは・・・。」
睦月さんだ!
確か遅れるって言ってたけど、やっと来れたんだ。
「弥生さん、ちゃんと断るとかしないと駄目だよ。」
「は、はい、すみません・・・。」
「霜月も、鶴の一声でまとめなきゃあ駄目だろ!」
「面目無い・・・。それより睦月、今度はあんただって?」
頭を掻きながら尋ねる霜月さん。
すると、それに答える代わりに睦月さんは一匹の魚、いわしを指差して椅子に腰を下ろした。
いわしかあ。無言で指差すなんてなんかかっこいい・・・。
「いわしを有るだけもらってやる。もちろん私が勝ったら無料にしてくれよ。」
「はあ?あのなあ、いくらなんでもそれはルール違反だぜ。」
「別に良いだろ。さあて、始めようか。当然ハンデは無しでいいよ。」
『ええっ!?』
周りのみなが一斉に叫んだ。当然の反応。だって睦月さんは女性だもの。
まず一番にあたしが話しかける。
「睦月さん、いくらなんでもハンデ無しじゃあきついと思いますよ。
相手はあの霜月さんですよ。何か少しでも・・・。」
「いいのいいの。負けた時に“ハンデがあったから”なんて言い訳はして欲しくないからね。」
そんな言い訳する前に、相手が悪いって思うんだけど・・・。
「いいのかい?智子ちゃんがああ言ってるんだから何か一つくらいは・・・。」
「響子さん、そんな事より早く始めてくれ。やる気に成っているうちにな。」
やれやれというような顔をしたかと思うと、葉月さんが霜月さんを促す。
そして二人は勝負の態勢を取った。
「いくよ。レディー・・・ゴー!」
ハンデ無しの試合が開始!
いろいろ言ってただけあって、さすが睦月さんは霜月さんと互角に。
平衡状態で、開始の時から動いてないもよう。
周りのみんなは、応援やらで次々に騒ぎ出した。
「睦月さんファイトー!」
「霜月ー!負けんじゃねーぞー!!」
やいのやいのと手を振りかざしたりしている。
あたしはもちろん睦月さんの応援。だって・・・睦月さんだもん。
「睦月さん、頑張って―!!」
「女性代表ですわよー!」
一緒になって霧塚さんも応援。けれど・・・。
「くっ、さすが・・・。」
「なんの、まだまだこれからだぜ。」
睦月さんの顔がゆがんでくる。それと同時にゆっくりと腕が動き出した。
あの睦月さんでも・・・やっぱり霜月さんには勝てないって事なのかしら。
だからハンデをつけてもらえば・・・って訳にはいかないか。
とにかくそのまま流れるような格好で、結局は霜月さんが勝利した。
悔しそうな顔をしている睦月さんに霜月さんが告げる。
「俺にハンデ無しで挑むなんてまだまだ早いよ。いくらあんたでもな。」
「ああ、そうだな。完全に私の負けだ、参ったよ。」
そして二人して握手。感動的(?)な勝負に、周りのみなは拍手した。
それにしてもやっぱり霜月さんて強いなあ。さすが商店街一の力持ち!
「それより睦月。当然あのいわしは全部買ってもらうからな。」
「ああ分かってる。いわしなんて買ったから負けたのかなあ・・・なんてね。」
なるほど。いわしって魚へんに弱いって書くもんね。
あたしが買ったぶりは・・・鰤。魚へんに師・・・。
はっ!師って、師走さんの一文字じゃない!なるほど、あたしの敗因はこれかあ。
納得した様に頷いてじろじろと師走さんを見ていると、師走さんが言ってきた。
「どうしたんだい、智子ちゃん。今度は俺が挑戦しろって?」
「い、いえ、そうじゃないんです。」
あわてて笑顔で取り繕うと、後ろから睦月さんが・・・。
「智子ちゃん、魚の所為にしちゃあいけないよ。私のあれはほんの軽い冗談なんだから。」
「は、はい、すいません・・・。」
今度は慌てて睦月さんに向かってお辞儀。
この様子であっさり読み取られるとは・・・さすが睦月さん。
ちなみに師走さんは“???”といった顔で居たけどね。
「さあ、次は誰かな?我こそはと思う人は挑戦してみてくれ!」
声を張り上げる霜月さん。とは言ってもねえ・・・。
お客さんの類はほとんどやりおわった後で、あとは店長さん達くらいだなあ。
けれど皆もあんまりやる気なさそうだし。
「もういないかな?それじゃあ今日のこのイベントはここで終わりに・・・」
霜月さんがそう言いかけた時、一人の男性が無言のまますっと前に出た。
「・・・やる。」
「・・・長月かい。ああ良いよ、とりあえず魚を買ってくれ。」
無言の圧力が何かを物語る・・・なんて大げさなものじゃないけど。
とにかく長月さんが挑戦の意志を見せた。
「・・・・・・。」
「たこか・・・。なかなか粋な物を・・・。それよりおまえ、もうちょっと何か喋れって。」
無言のままたこを指差した長月さんに告げる霜月さん。
睦月さんの時と違って、かっこいいよりは恐いって気が・・・。
そして椅子に座る長月さん。無言のまま、二人は手を組んだ。
「それじゃあ用意はいいかい?レディー・・・ゴー!」
葉月さんが例のごとく試合開始を告げる。
そのすぐ後、信じられない出来事が起きた。
ドン!
という音がしたかと思ったら、一瞬のうちに霜月さんが負けていたの。
「なっ・・・。嘘・・・だろ?」
「私の勝ち・・・。」
少し喋ったかと思うとにやっと笑う長月さん。
霜月さんは当然ながら、周りの皆も唖然とそれを見ていた。
そのままの状態で、しばらく沈黙の時が流れる。
長月さんがすっと立ち上がったところで、大きな歓声が沸き起こった。
見物していた人達は次々と二人の所へ押し寄せる。
長月さんの勝利をねぎらう人や霜月さんの敗北を慰める人。
「すごいんだな、長月の奴。いやあ、勉強になったよ。」
なんだか意味深に頷いたかと思うと、睦月さんはそのまま去って行った。
一体なんの勉強になったんだろ。ちょっと気になるな・・・。
少し頭をひねっていると、隣から師走さんが。
「これは予想外の展開だね。まさか長月さんが勝つなんてさ。」
「え、ええ、そうですね・・・。」
ルンルン気分なのか知らないけど、師走さんははしゃいでるみたい。
また何か謎みたいなのを見つけたのかしら。
再び長月さんを見ると、霧塚さんにいろいろ言われて顔を赤くしてるみたい。
無口でも美人に弱いのは間違い無いんだ。ここできりっとしてたらカッコいいんだけどねえ。
というわけで、意外な人物の勝利によってこのイベントは幕を閉じた。
表彰式では、長月さんが盛大にたたえられていた。何か一言ってのが、
「・・・ありがとう。」
だって。誰にお礼を言ってるんだろう。それに短すぎるような・・・。
そりゃまあ確かに一言だけど、もうちょっと他に何か言うとか。
「ねえ葉月さん。長月さんって力持ちだったんだね・・・。」
「酒屋さんだから力持ちでも不思議は無いかもしれないね。
能ある鷹は爪を隠すってやつ?他にもすごい事を隠してるかもね。」
「今度調べてみよっかな。いろいろ話して・・・。」
「頑張りなよ、智子ちゃん。それにしても負けた時の霜月さんの顔といったら・・・。」
葉月さんと二人でくすくすと笑い合う。
その後も霜月さんはイベントをやっているとか。
それでも長月さんに負けるわけにはいかないと、普段から体を鍛えているみたい。
けれど、あれ以来長月さんは挑戦者として名乗り出てはいない。
ひょっとして気まぐれだったのかなあ。また今度聞いてみよっと。

≪第四話終わり≫


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