小説「Looking For」


もういいかげん終わりたいなあ、という願望からか、自然と早足になる。
「後二つ。もう少しね。」
そして到着したのは本屋。
中を見まわしてみると、一人の立ち読み客が目に入った。
しかしその次の瞬間、パタパタというはたきの音と共に咳をしだした。
店長の水無月さんだ。うわあ、やっぱ立ち読み客には容赦無いなあ・・・。
「君、買うのか買わないのかはっきりしてくれないか。」
「す、すいません。これ買います。・・・ごほごほ。」
そのお客が水無月さんに品物を渡す。
レジを素早く打ち、代金を受け取った水無月さん。そして、
「どうもありがとうございました!」
と、元気よく挨拶。お客さんはそれに戸惑ったように、
「い、いえ・・・。」
といいながら品物を受け取って店を出て行った。
なんだかなあ・・・。あ、そうそう、紹介しておかなくっちゃ。
この本屋の店長さんは水無月荘介(みなづきそうすけ)さん。
きりっとして真面目な人なんだけど、妙なところで抜けてるのがたまにきず。
本屋の方は商売上々で、本の入荷が早いのでも有名なの。
「こんにちはー。」
「おやまあ文月さんかい。この“イカした本屋”になんの用かな?」
“イカした”ってなんなのよ。お客をはたきでパタパタやるのがイカしてるって事なのかしら。
「あ、いや。忘れ物の調査に・・・。」
「そうかい、好きなように探してみな。けどあんまり散らかさないようにな。」
「はーい、わかりました。」
散らかさないで・・・ねえ・・・。まあそれとなしに探してみましょ。
店内を見回って、何やら怪しいものを発見。
コミック本の真中に、いかにも違いますって感じのビデオテープ。
よくもまあこんな所に突っ込んだもんだわ。早速取り出そうとしたけど・・・。
「ぬ、ぬけない?うーん・・・。」
力をこめて引っ張る。何度かやってみたけどびくともしなかった。
「ふう、ふう・・・。たくう、誰よこんな所に無理矢理突っ込んだの・・・。」
赤くなった手のひらを見つめながらぶつぶつと文句を口にする。
どうしたもんかな。全然動いてないよね・・・。
しばらく腕組みして考えていると水無月さんが話しかけてきた。
「それは飾りだよ。そんな物取ろうとしないでくれ。」
「ええっ!?」
水無月さんの言葉に、顔をよおく近づけてそれを見る。
すると、確かにこれは本物のビデオテープじゃない。
本と本との区切りの板に、本物のビデオテープに見えるように丁寧に色付けされてある。
「・・・確かに飾りですね。」
「はっはっは、どうだい、なかなかイカしてるだろ。
他にもいろいろ種類があるからじっくり鑑賞してくれ。」
「・・・・・・・。」
あのね、そんな紛らわしい飾りなんか作らないでよ。
だいたいこの区切りの位置だってものすごく違和感あるって。
それにしてもいろいろ種類があるって・・・。
店内を見回っていると、果たして同じような飾りがいくつもあった。
洗剤の箱の模様やら、ティッシュの箱の模様やら、お菓子の箱の模様やら・・・。
ここまでくると芸術になるのかしら。でも邪魔過ぎるような・・・。
とにかくそんなわけで、肝心の忘れ物はさっぱり見つからず。
なんだか途中で嫌になってきたので、適当な所(備え付けの椅子)に腰を下ろした。
「おや、どうしたんだい。もうあきらめちゃったのかい?
いけねえな、最近の若いもんはすぐに物事を投げちまう。良くない傾向だ。」
「・・・・・・。」
誰の所為でこうして疲れてると思ってるんですか。
まったく、妙なところで説教くさいんだから・・・。
「ま、ほどほどにしときなよ。むりすんのはよくねえ。
おっと、客だ。いらっしゃい!」
水無月さんはお客さんが来たのを見つけて去って行った。
ほどほどって・・・。さっき良くない傾向だとか言っといてそりゃ無いんじゃない?
ますますやる気を無くし、ついさっき来たお客を見物することにした。
あれ?どこかで見たような・・・。
「おや、そこに座っているのは智子さんじゃありませんか。
一体どうしたのです?立ち読みをしすぎて疲れちゃったのですか?」
「そんなんじゃないです・・・。」
やっぱりこの人かあ・・・。
このすましているおに―さんは菊月秀雄さんっていって、この商店街の店長の一人。
何を売っているかって言うと、お薬。つまりこの人のお店は薬局って訳ね。
「何か心配事ですか?私で良ければ相談に乗りますが。」
真剣な目で顔を近づける菊月さんに戸惑いつつも、両手をかざして遠慮する。
「そ、そんなんじゃないんですって。き、菊月さんこそどうしてここに?」
慌てて話をそらすと、菊月さんは元の位置に戻った。
「ちょっと忘れ物をしたんでね、それを取りに来たんです。
ですが、どこに置いたか分からない。水無月さんはそんなおかしな物は見ていない。
それでこうして店内を見てまわることにしたんです。」
「へえ、そうだったんですか。実はあたしも探し物を・・・ちょっと待ってください!」
急いで例の地図を見直してみる。
すると、あたしが探している物の持ち主は菊月さんだという事がわかった。
「なんだ、そうだったんだ。二度手間にならなくて済みそう。良かった・・・。」
「一体どうしたんですか?何かわかったことでも?」
不思議そうに尋ねてくる菊月さんに、あたしは立ちあがって答えた。
「実はそれぞれの店長さんの落し物、というものを探してて、
この本屋をあたしも探し回っていたというわけなんです。
丁度この本屋で忘れ物をしたのは菊月さんで、それで届ける必要が無くなったなって。」
「なるほど、いろいろ探して、それで疲れてたというわけなんですね。
失礼しました、立ち読みで疲れたんですかなんて言ってしまって。」
深深と頭を下げる菊月さんに、慌ててあたしは言った。
「そ、そんな、いいですって、気にしてませんから。
それより、何を忘れたんですか?この紙には書いてないし。
いろいろ探し回ったんですけど結局見つからなくって。」
すると菊月さんは頭を起こして答える。
「下敷きですよ。神無月さんの文房具屋へ寄った帰りにここへ来たんです。
買ったのは下敷きだけだったもんですから、本を探している間に何処かへ置き忘れたんでしょうね。
しかも、長い間探してた本が見つかって浮かれてたもんですから・・・。」
「なるほど、下敷きですか・・・。」
すぐに見つかりそうで厄介な品物ね。本と本の間に挟まってたりなんかしてたら大変だわ。
ま、置き忘れたんだからそんなに複雑な場所には無いと思うんだけど・・・。
「とにかくもう一度探してみましょう。どの辺で失くしたか覚えてますか?」
「え―と、あの辺です。」
そして菊月さんが指差した場所。
それは、最初にあたしがビデオテープと勘違いして格闘した場所だった。
コミック中心の場所で、とても下敷きが入りこんでいるような場所じゃない。
「ここ、ですか?」
「ええそうですよ。けど見当たりませんでした。
ひょっとして誰かが持っていってしまったのかもしれませんね。」
なんでいきなりそんな推論が出てくるのかしら。
「ちゃんと探したんですか?もっとよく見てみないと。」
「うーん、そう言われましても・・・このビデオテープはなんですか?」
あの飾りに興味を示したみたい。経験者としてはちゃんと言っておかないと。
「それはただの飾りです。水無月さんの趣味らしいですよ。」
「へえ、飾りですか・・・おや、横に何かありますね。」
そういうと菊月さんはそのテープ(正確には区切り)の横をがさがさし始めた。
コミック類がきっちり入れられていて、なかなか取り出せないでいる。
「あ、あの、菊月さん?」
「待って、もうちょっと・・・取れた!・・・ああっ!これですよ、私の下敷きは!
そうか、無理にこんな所へ誰かが入れたから、それでぎゅうぎゅうだったんですね。
いやあ、見つかって良かった。」
唖然として菊月さんを見る。下敷き・・・そう言えば大きさを聞いてなかったな。
でもあんな小さい、コミック本と同じくらいの下敷きなんて知らないよ。
けど神無月さんとこの、か。それならああいう下敷きがあっても不思議じゃないかも。
それにしても一番あたしが目をつけてた場所にあったなんて。
あの飾りのビデオテープにまんまとしてやられちゃったな。
力なくうなだれていると、菊月さんが笑顔で振り返った。
「どうもありがとうございます。これも智子さんのおかげですよ。
お礼に本を一冊買ってさし上げますよ。」
「そんな、いいですよ。見つけたのはあんなところに気付いた菊月さんなんですから。」
「しかし、もっとよく見てみないと、と促してくださったのは智子さんですよ。
ああ言ってくれなければ結局見つからず、そしてあきらめていたかもしれません。
やはりお礼をいたしますよ。下敷きが見つかったのは智子さんのおかげです。」
それ以降は何を言っても受け付けず。結局本を一冊買ってもらっちゃった。
なんだか複雑な心境だなあ。まあ、こういうのもたまにはいいかな。
一応お礼を言って別れる。残る探し物は後一つ。
よーし、張り切って行くぞー!

そして最後の目的地、パン屋さんに到着。
ここの店長は霧塚弥生(きりづかやよい)さん。みんなが認めるこの商店街一の美人なの。
「こんにちはー。」
「あら、いらっしゃい、智子ちゃん。御用をお伺いいたしますわ。」
喋り方がとにかくお嬢様って感じね。ほんとは大金持ちの娘さんなんじゃないかしら。
「ここでなくなった霧塚さんの物、つまり無くし物の調査に来たんです。」
「ひょっとして師走さんに頼まれたのですか?もう、私は遠慮しましたのに・・・。」
「いいですから気になさらないでください。あたしが好きでやってることだし。
必ず見つけてみせますから!」
「すみません、ご迷惑をおかけして。よろしくお願いしますわ。」
申し訳なさそうにお辞儀する霧塚さん。本当はあたしの方が迷惑って気もするんだけどな・・・。
あ、師走さんっていうのは、電気屋のおじさんのこと。(そういえば名前言ってなかったな・・・。)
フルネームは師走哲朗。最初に会った通り、いろいろあたしに依頼をしてくるの。
ま、詳しくは電気屋で・・・。(そんなに詳しくならないけど)
とにかく懸命に無くし物を探す。その物とは、すっごく小さな宝石。
それでも、何十万円もする代物らしいの。これは絶対見つけないとね。
足元をよーく見る。普段掃除とかを良くしてるので埃一つ落ちていない。
それならとっくに霧塚さんが見つけてるんじゃないかって?
見つけてないからこそ、あたしがこうやって探してるって訳。
「この隙間とか・・・。」
「智子ちゃん、そんなところに首を突っ込むと危ないですわよ。」
「大丈夫、大丈夫・・・。」
それでも、他のお客さんの視線がちょっと痛い。やっぱりあたしって邪魔してるのかも・・・。
早く見つけて終わりたいもんだわ・・・あれは?
きらっと光ったそれに手を思いっきり伸ばす。何とか手にとって見てみると・・・。
「あったー!・・・いたっ!」
喜んで頭を上げた途端ぶつけちゃった。しっぱいしっぱい。
ずるずるとそこから後ろむきに這い出して、顔を出す。
「あったのですか?」
「ええ!ほら、これです!」
手のひらに乗っけたそれを差し出すと、霧塚さんは頷きながらそれを受け取った。
「確かにこれですわ。あんなところに落ちてたんですね。
私も結構探したんですよ。智子ちゃんて探し物の天才なんですわ。」
「いやあ、そんな。」
にこやかに言われちゃうと照れちゃうな。
まあ、無事見つかって良かった。
「それじゃあ、さようならー!」
「また今度来てくださいね。お礼はその時にいたしますわー!」
手を振ってさよならする時にこんな事を言ってくれた。
お礼なんて無理にしなくていいのに・・・。
それでも、悪い気はしなかった。ようやく全部終えたことだし。
「さってと、早いとこ師走さんに報告しようっと。」
そしてあたしは軽快に走り出した。

師走さんの電気屋に着いた頃には日が落ちていた。
そりゃそうよね、あれだけ探し物してたら・・・。
「おっ、戻って来たね。どうだい、何か分かったかい?」
「何かって・・・何ですか?」
すると師走さんは“ええっ?”という表情であたしを見た。
なんでそんな顔するんですか。ただの落し物探しじゃないですかあ・・・。
「この事件の真相を突き止めてくれるんじゃなかったの?」
「事件・・・ああ、そういえばそんな事を言ってましたね。」
「しっかりしてくれよ、智子ちゃん。手がかりもなしに帰ってくるとは思わなかったなあ。」
「はあ、すいません。」
一応謝ったものの、どうも納得がいかない。事件って・・・。
みんなただ忘れてただけじゃない。どうして事件なのよ。
「師走さん。思い返してみると、やっぱり事件なんて大げさなものじゃないと思うんですけど。」
「なんだって?睦月もそんな事言ってたな。
“わざわざ調査すること無い”なんて言いやがって・・・。」
ええっ?睦月さんが?なあんだ、だったらやっぱり事件じゃないよ。
でもまあ、あからさまに否定しても師走さんがかわいそうだよね。
「まあまあ、今回は資料が少なすぎたってことで。また今度しっかり調査してみますから。」
「そうかい?そう言ってくれるんならありがたいねえ。
また今度、どんどん依頼に行くからね。」
「はは、どうも・・・。」
うーん、やぶへびだったかも・・・。まあいいや。
「とりあえず私から報酬を渡しておこう。一応頼んだのは私だから。」
「そ、そんな。いいですよ。」
「子供が遠慮するなって。ほい、乾電池一ヶ月分だ。有効に使ってくれ。」
「・・・どうも。」
そしてあたしは、袋に大量に入った乾電池を受け取った。
なんだかせこい報酬ねえ。いくら電気屋さんだからって・・・。
一応使い古しというものは無く、どれもこれもまっさらのようだった。
「それじゃあね、智子ちゃん。お疲れ様。」
「いえいえ、それじゃあさようならー。」
手を振って電気屋を後にする。
帰る途中に、改めて報酬の品々を見直してみた。
「えーっと、欄の花一輪、菊月さんに買ってもらった風景の本、
そして師走さんにもらった乾電池一ヶ月分・・・。
なんだかなあ。これじゃあ探偵を本業に出来るわけ無いなあ・・・。」
そう。とにかくほとんどお金になるような事は一切無い。
一種のボランティアって感じだし、あたし自身がてきとーに楽しんでやってるだけだし。
さあて、明日は明日で本業の駄菓子屋をしっかりしないと!
改めて気を引き締める。こうして、本日の仕事を終えたのでした。

≪第一話終わり≫


第二話『皐月さん家の盗難事件』

今日も平和。いつも通り店の椅子に座って客を待つ。
「ふあ〜あ、やっぱり暇ねえ。こんなんじゃバイトなんて頼める訳無いわ。」
一つあくびをして遠くを見つめる。
いつもいつも思うんだけど、どうしてうちって他の店と対照的なんだろう。
他の店は何所も忙しそうなのに、うちは忙しくない。つまり暇って事ね。
イコールじゃないとは思うんだけど、やっぱり・・・。
「悟君はまだかな。」
常連さんだけを待つようになってるんじゃおしまいだわ。
もうちょっと客引きの何かを考えた方が良いのかな。店を飾るとか・・・。
チラッと店先を見ると、この前如月さんからもらった欄が一輪飾られている。
やっぱりせっかくもらったんだから使わないと。でも、それが客引きになっているとは思わないけどね。
しばらくボーっとしていると、向こうからたたたっという足音が!
「お客さん!・・・待てよ、駄菓子屋に来るのにわざわざ走ってくる客なんていないよねえ。
もしかして・・・。」
なんとなくある人物が脳裏に浮かぶと、果たしてその人物が姿を現した。
「智子ちゃん、今暇かい!?」
「師走さん・・・。ええ、まあ、暇って言えば暇ですけど・・・。」
やっぱり師走さんかあ。また何か事件の調査かしら。
「暇なら良かった、すぐに皐月さんの店まで一緒に来てくれ!
皐月さんと卯月さんがもめているんだ!」
「・・・あのお、あたしは喧嘩の仲裁係じゃあないんですけど。」
「ただの喧嘩じゃない、盗難事件なんだ!さ、早く!!」
「ええ!?ちょ、ちょっと・・・!!」
あたしが抵抗したにもかかわらず、師走さんはあたしの腕をつかんで店の外へ引っ張って行った。
「ちょっとー、店番は誰がするんですかー!」
「暇って言ったじゃないか!さあ急いで!」
暇・・・。しまった、そんな事言うんじゃなかった。悟君、ごめんね〜・・・。
そしてあたしは師走さんに引きずられながら、皐月さんの店へ行くこととなった。

しばらくして皐月さんの店に到着。なるほど皐月さんと卯月さんが言い争っていた。
それを見物にでも来たのか、沢山のお客さんも店の前に集まっていた。
「だから私は盗ってないと言ってるじゃないか!いいかげんに疑うのをやめてくれたまえ!!」
「くづきさん、なに言ってるんですか〜!あなたが帰った直後にドリアンが無くなってたんですよ〜。
どう考えたってくづきさんが怪しいに決まってます〜〜!」
「だから私はドリアンなど知らない!
それに私の名前は卯月だ!いいかげん覚えてくれたまえ!」
「つづきさんですか〜?そんな事でごまかそうったってそうはとんやがおろしませんよ〜!」
言い争いは、なるほどと言えるようなものだった。
皐月さんと言い争ってると、どうしても名前の事が出てくるのよね。
とと、とりあえず二人の言い合いを止めないと。
師走さんを促して二人の仲裁に入る。なんとか二人を引き離し、話を聞くに至った。
「とにかく詳しい状況を教えてください。
皐月さん、一体どういう場面で、そのドリアンが無くなったんですか?」
「聞いてよ〜、さかこちゃ〜ん。つづきさんが買い物に来たの〜。そして・・・。

≪「いらっしゃ〜い。何をお求めですか〜。」
「りんごを三つ、そして梨を三つ、それからその大きいやつ・・・え〜と、なんと言ったかな?」
「これはドリアンです〜。でもこれは飾りようにとってあるんです〜。
だから売れません。ご了承くださ〜い。」
「なんだ、そうなのか。では仕方ないな、りんごと梨を。」
「は〜い。どうもありがとうございましたあ〜。」≫

というわけなの〜。帰り際にもつづきさんは珍しそうにじろじろドリアンを見て、
帰ったな〜と思ったら、つづきさんと一緒にドリアンが消えていたの〜!」
「なるほど、そういうわけですか・・・。でもあたしは・・・あ、いや、なんでもないです。」
いちいち名前について抗議しても仕方ないか・・・。
そしてあたしは卯月さんの方へ向き直った。
「卯月さん、状況からして卯月さんが疑われてもしょうがないですよ。
盗ってないと言うんならそれなりに証拠を見せないと。」
「そうは言われても盗ってないものは盗ってない。
それに証拠なんてない。誰かが私が帰る瞬間に盗ったとしか・・・。」
「まだそんな事言ってるの〜!あたしはつづきさんしか見てないのよ〜!
いいかげん白状しなさ〜い!」
またもや言い争いになりそうな二人を、慌てて師走さんは止めた。
「智子ちゃん、どうかな。解決できそうかい?」
「そう言われても・・・。卯月さんは多分盗ってないだろうし、
でもドリアンを盗ったその他の怪しい人物を皐月さんは見てないって言うし・・・。」
あたしの呟きに、その二人は納得のいかない顔で睨み合っている。
難しいな。一体何を調べれば良いのやら・・・。
気を取り直して、もう一度皐月さんに聞いてみる事にした。
「あの、皐月さん。卯月さんが帰る直前に、ドリアンから目を離したのはどれくらいの時間ですか?」
「え〜?ほんの一、二分よ〜。物音もしなかったもの。
だからつづきさんが取ったに決まってるのよ〜!」
「なんだと!?」
再び喧嘩しそうな二人。もう、いちいちそんなにならないで欲しいなあ。
「卯月さん、ドリアンはどんな様子でしたか?ひょっとしたら地面に落ちそうだったりとか。」
いきなりのあたしの質問に、二人ともぴたっと黙り込んだ。
率直過ぎたけど、これくらい言わないと二人はちゃんと考えそうに無いし。
「ずいぶんといきなりだね、智子ちゃん。」
「そうよ〜。ドリアンがどこかに転がって行っちゃったとでも言うの〜?」
「だってそういう事しか考えられないじゃないですか。
なんでも細かい事でも良いんです。思い返してみてください。」
途端に考え込む二人。と思ったら、卯月さんがうなりながら言ってきた。
「なんとなく揺らいでたような、そんな気が・・・。
うん、確かにそうだったと思う。なんせ結構不安定そうに見えたから。」
それに続いて皐月さんも。
「そう言えば妙な位置に置いてたもんね〜。目立つためにはこれくらい仕方ない!
とか思って・・・。う〜ん、ひょっとしたら本当に転げて行ったのかな〜。」
ふむ、やっぱり・・・。って、なんだか無理にそう納得してないかな?
本当にちゃんと思い返してるのかしら・・・。
「あの、二人とも、無理矢理そう解釈してませんか?
思い込んだりしないで、ちゃんと真実を思い返してくださいよ。」
「そう言われても〜。」
「私にもそうとしか考えられない。やはり転げて行ったんだ。」
だめだこりゃ。あっさりそう思いこんじゃうなんて・・・。
あたしってひょっとして催眠術が使えるのでは?・・・なんて訳無いよね。はやいとこ説得しないと。
「あたしの言った事をうのみにしてちゃあ駄目じゃないですか。
あたしのはただの仮説に過ぎないんです。しっかりと二人が思い出してくれないと!」
さっきより少し強めに言った。これなら大丈夫かな?
すると、その思いが通じたのか二人は頭を一度振ったかと思うと再び考え出した。
「とにかくあっという間だったわ〜。無くなったと気付くまで・・・。」
「とりあえず不安定だった事は間違い無いはずなんだ。
気になるのは、なくなった時間が余りにも短いっていう事・・・。」
よしよし、ようやくそれらしい意見になってきたぞ。
それでも難しそうだな。この二人(いや、皐月さんはあんまりあてにならないけど)
を前にして、どうやってその短時間にドリアンは姿を消したのか・・・。
不安定という点で、やはり見えない場所に勝手に落ちたと考えるのが普通かな。
そして皐月さんが気付いていろいろ探しているうちに転げて・・・いけないいけない。
転げてなんて言ったらあたしがさっき否定したものじゃない。
だいたいドリアンみたいなものがそう簡単に転げるわけ無いだろうし・・・。
・・・待てよ、転げたんじゃなくて誰かが持ち去ったとか。
当然分からない場所にあるんだったら、皐月さんがいろいろやってる間でも気付かれない。
うーん、そんなのどう考えても無理っぽいなあ・・・。
結局その場で居た人間でうんうんとうなる羽目に。
あ〜あ、何やってんだろ、あたし。常連客の悟君をほったらかしにしてまで。
「あの、師走さん。」
「なんだい智子ちゃん。何か分かったのかい?」
「いえそうじゃないんです。一度店に戻りたいなって・・・。」
「「「なんだって!?」」」
店長さん三人に一斉に怒鳴られちゃった。何もそんなに大声出さなくても・・・。
「あたしのドリアンはどうなるの〜!?逃げちゃ駄目よ、さかこちゃん!」
「その通りだ。ここまで引っ張っておいて途中で抜けるのは卑怯だ!」
「頼むよ、智子ちゃん。君だけが頼りなんだから!」
更には三人一緒になって詰め寄ってきた。
気持ちはわかるけど言いたい放題ってのは我慢できないなあ。
逃げる?卑怯?どっからそんな言葉が出てくるのよー!
「なんであたしがそこまで文句言われなくちゃならないんですか!!
あたしがドリアンを無くしたわけじゃないでしょう!?」
「ここまで関わったんだ。しっかり解決してくれなきゃ!!」
師走さんが必死になって返してきた。そこでやれやれとため息をつく。
無理矢理引っ張ってきたのはどこの誰なんですか。まったくもう・・・。
いつまでも渋ってても埒があかないので、もう一度よく考える事に。
けれど、解決案は浮かばないまま時間が過ぎて行く。あ―ん、お店―・・・。
再びお店に意識が行きかけた時、とんとんと後ろから叩かれた。誰かと思い、振り返ると・・・。
「悟君!どうしてここへ?」
「おねーちゃんがお店に居なかったから探してたんだ。
駄目だよ、開けっ放しでほったらかしにしちゃあ。早く戻っていつものお菓子ちょうだい。」
「それがね・・・。」
じろりと睨む三人に目で促して、悟君にこれまでの経過を説明。
余計な事もあって時間がかかったけど、なんとかすべてを終える事が出来た。
「・・・というわけなの。だから解決するまで無理かも。」
「そんなあ、おねーちゃんが無理に関わる必要無いじゃない。
でも、ドリアンかあ・・・。ここに来る途中に見たような気がする。」
「「「ええっ!!?」」」
しっかりと悟君の話を聞いていたのか、三人が一斉に振り返ってきた。
まったく、考え込みながら聞き耳を立ててるなんてどういうつもりなんだろ。
「悟君、どこでドリアンを見たんだい?」
あたしを押しのけて詰め寄る師走さん。ちょっと、乱暴過ぎるって・・・。
「師走さん・・・だったっけ?おねーちゃんを押しのけるなんて酷いや。
あせる気持ちはわかるけど乱暴になっちゃ駄目だよ。」
「あ、ああ、すまない・・・。」
ふえ―、悟君ってばしっかりしてるなあ。
あたしより年下だってのに・・・って、年で判断するのは良くないか。
ともかくそう言われてあたしに位置を譲る師走さん。なんだかなあ・・・。
「それでさぼる君、どこでドリアンを見たの〜?」
「・・・僕は悟なんだけど。」
皐月さん、あなたって人は・・・。いくらなんでもさぼる君は酷すぎるって。
一度皆で協力してこの人の悪い癖を徹底的に直さないと。
改めて何か言おうとする皐月さんを制して、卯月さんが話し始めた。
「では悟君、ドリアンを見た場所と、出来たら時間も教えてくれないか。
出来る限り詳しく頼むよ。」
随分と真剣な・・・。そりゃそうよね、せっかくの重要な手掛かりだし。
「えーと、ここへ来る前におねーちゃんの駄菓子やさんに行ったんだ。
でもだあれも居なくって。で、近くに居た人に聞いたら果物屋さんに行ったって。
それで急いでそこへ向かったんだ。その途中に見たよ。
なんだか店の前に飾られてて、なんでかなあって思ったんだけどね。」
店の前?
「ねえ悟君、それってどこのお店なの?」
「確か文房具屋さんだったと思うけど・・・。」
「「「「神無月さんのとこだ!!」」」」
悟君を除く四人同時に叫ぶ。あ、言っておくけど皐月さんの声はかき消されたも同然だから。
気になる?えーと、確か“かんばん月”とか言ってたような・・・。
まあそんな事はどうでもいい事なんだけどね。
ともかく、それで四人で頷く。悟君の手を引っ張って大急ぎで神無月さんの店へ。
と、果たして悟君の言う通り店先にドリアンが。
「あ〜!これよこれ〜!形といい、色といい、あたしの店にあったドリアンに間違い無いわ〜!」
「まさしくその通りだ!これは私が帰り際に見ていったドリアンだ!」
大声をあげる皐月さんと卯月さん。ほっ、無事見つかったみたいね。
でもどうして神無月さんの所に?
師走さんと顔を見合わせて疑問に思っていると、店先に神無月さんが出てきた。
「やあいらっしゃい。珍しいね、四店長も同時に来るなんて。
そんなに僕の手品が見たくなったのか。いやあ、うれしいなあ。それじゃあ早速・・・」
「「ちょっと待った!!」」
皐月さんと卯月さんが同時にストップをかける。と、神無月さんははたと手を止めた。
「どうしたんですか?そんなに恐い顔をして。」
と、卯月さんがものすごい剣幕で神無月さんに詰め寄った。
「どうしたもこうしたもないだろう!勝手に人のドリアンを盗って!!
それを何も言わずに手品だあ!?ふざけるな!!」
「ちょ、ちょっと、いきなり何を・・・!!」
周りに居たあたし達は急いでそれを止める。とにかく暴力は良くないもの。
しばらくした所でようやく落ち着き、神無月さんが話し始めた。
「そうか、このドリアンは皐月さんのものだったんですね。
でもおかしいな。僕は道端に落ちてるのを拾ったんだけど。」
「道端!?そんな事言ってごまかそうったって駄目よ〜かんぬきさん!」
随分と略されちゃったな。神無月さんが可哀相・・・。
「嘘じゃありませんって。しかも果物屋さんとはかなり離れた所ですよ。
そうですね、ここから果物屋さんまでの道の中間って所でしょうか。
その辺りに粗大ゴミ置き場がありまして、そこで拾ったんです。
いや、転がってきたのを拾ったのかな?」
「「「ええっ!!?」」」
またもや声を上げる。今度はあたしも混ざってだけど。
「なるほど、やっぱり転がって・・・智子ちゃんの言った通りか。」
納得したように頷く師走さん。他の皆も納得しているみたい。
でもねえ、転がるったってこの道ってそんな坂になってたっけ?
「・・・そうか、やっぱり転がっちゃったのね〜。
ごめんなさいね〜、疑ったりして。ずつきさんにせんぬきさん。」
「「い、いえ・・・。」」
なんだか冷や汗を流しながら返事している卯月さんと神無月さん。
その気持ちわかるなあ。どっから出てきたの?って呼び方だもんね。
「さてと、それじゃあ持って帰りましょうっと。じゃあね〜。」
挨拶をして皐月さんはドリアンを引っ張って行った・・・!!?
あまりにも意外な出来事だったのでみんな声も出せずにそれを見送る。
「・・・滑車つき?そいつは気付かなかったなあ。」
「どういう事なんだ?説明してくれないか?神無月さん。」
感心している卯月さんをよそに師走さんが尋ねる。あたしも一緒になって神無月さんを見た。
「え、ええ、それがドリアンに滑車を取り付けてあるみたいなんです。
大きくて持つのが大変だったから付けたのかな?とか思って、それで持って帰ったわけなんです。」
「「はあ・・・。」」
開いた口がふさがらない。どこの世界に果物に滑車なんかつける人が居るってのよ。
・・・って、実際この商店街に居たのか。まったくう、どうりで転が・・・もとい、滑ってきたはずだよ。
やれやれと全員でため息をついたところでその場は散会となった。
そのしばらく後も、悟君はぽかんと口をあけたままで居た。よほど呆れたんだろうなあ。
「さ、悟君、遅くなったけどいつものやつをあげるから。」
「う、うん・・・。」
手を引いて歩き出したものの、やっぱり悟君は放心状態。
悟君が元に戻るまで、とりあえず今回の事件の真相を思い返してみた。
とにかく、何かのひょうしでドリアンが地面へと落ちたんだろう。それも滑車を下に。
で、皐月さんが見当違いな所を探しているうちにどんどん滑って行っちゃったドリアン。
偶然にも神無月さんのいた場所に辿り着いて、それを神無月さんが持って帰ったわけだ。
けれど一つ引っかかる事が。それは、滑っているドリアンをどうして誰も止めなかったのかという事。
いくらなんでも誰も見てなかったわけじゃないと思うんだけどな・・・。
そうこうしているうちに我が家へ到着。今だ放心状態の悟君を椅子に座らせて準備。
ものの数分もしないうちに悟君の言う“いつものやつ”は出来あがった。
「はい悟君。今回は逆石ころ団子。石ころみたいに普段は気にも止めない物に見えるけど、
それを裏切るような感じでおいしいからね。」
品物を手渡したところでようやく我に帰った悟君。ぺこりとお辞儀をしてうれしそうに去って行った。
やっぱり常連さんはいいなあ。あんなに喜んでくれるんだもの。
「・・・待てよ、気にも止めない・・・か。」
もしかしたらドリアンも何か珍しくないものに見えて、それで悠々と滑って行ったのかも?
でも、その珍しくない物って何なんだろ。気になるなあ・・・。
しばらく考えていたものの、やっぱりどうでもいいと思い、考えるのを止める。
とにかく無事に事件が解決すればそれで良し!あんまり深く考えないようにしようっと。
ただでさえ不可思議な事(たいていは勘違い)が多いこの商店街では、無意味な行為だもんね。
そして、改めて本職の駄菓子屋を頑張ろうと決意したのでした。

≪第二話終わり≫

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