小説「Looking For」


第一話『店長さん達の失くし物』

「はい、どうも。ありがとうございましたぁ。」
「いやいや、こちらこそ綺麗な物を見せてもらったよ。じゃあね。」
一人のお客を見送った後、ふうとため息をついて椅子に座る。
あんまり忙しくないとはいえ、やっぱり一人で経営するのはつらいな。
誰かいっしょにやってくれる人を募集しようかな。
でも、駄菓子屋のバイトなんて普通来ないわよねえ・・・。
あたしはここの駄菓子屋『飴屋本舗』の店長をしている“文月智子”。
なんとまだ13歳という若さなのだ。
そんな私がどうして店長なんかしているかと言うと・・・
「おねーちゃん、いつものやつちょうだい。」
「ああ、はいはい。ちょっと待っててね。」
今来たこの子はうちの常連さんの悟くん。毎日、決まった時間にやってくるの。
それで、いつものやつって言うのは・・・。
「はいお待たせ。うちの店特製の桜飴よ。」
もちろん毎日桜があるって訳じゃないから、これは季節限定物。
他にも雪化粧せんべいとかイチョウスナックとか・・・。
一応うちの名物なだけあって、いろんな人が買いに来るけどね。
「わあ、ありがとう。じゃあまたねー。」
「気をつけて帰るのよー。」
悟くんはぽつりぽつりとやってくる中の一人って訳。
他のお店はどこも忙しそう。
まったく、いまどき駄菓子屋をやってるのってうちくらいのもんね。
だから一人でもやっていけるって訳なんだけど、でもねえ・・・。
「おや、智子ちゃん。どうしたい、いつもみたいに深刻な顔をしちゃってさ。」
「電気屋のおじさん・・・。いつもみたいで悪かったですね。
別になんでもないですよ。」
「そう隠さなくていいよ。
なんで自分がこんな店の店長をやってるのかって思ってたんだろ。」
その言葉にはっと顔を上げる。さすがに毎日毎日おんなじ事を考えてちゃ分かるか・・・。
「そうよ。いくらお父さんやお母さんがゆずってくれた店だからって、
駄菓子屋ってのがねえ・・・。」

実はあたしの両親はちょっと昔に旅行中に行方不明になってしまったの。
でも、ある日手紙が届いたの。手紙には、
“当分帰れそうにない。その駄菓子屋を智子に全て任せる”と書かれてあって、
まあそんなわけで、商店街の皆さんの協力のもとあたしが店長をしているって訳。

「そう言うもんじゃないよ。立派な職業じゃないか。」
「おじさん、あたしはまだ13歳なんですよ。
もうちょっと考えてものを言ってください。」
「おっと、こりゃ失礼。でもな、
それをやっているからこそ毎日出来る事があるじゃないか。」
「そうでしたね。でもねえ、そっちを本職にしちゃあいけないような・・・。」
そこでおじさんがすっとある物を差し出した。
おじさんが差し出した物は・・・。
「これって、なんの地図ですか?」
そう、地図だ。この商店街周辺の地図。所々に赤い×印がついている。
「その赤の×印はこの商店街のそれぞれの店長が無くし物をした地点。
それを頼りに、この事件の真相を突き止めて欲しいんだ。」
「・・・・・・。」
毎日出来る事というのは、探偵。探偵なんてご大層な名前はつけられないけど、
商店街一の若さを誇る(当たり前だけど)あたしの柔らかい頭で、
固い大人達には分からないような出来事を解決してきたの。
ほぼ毎日、あたしを頼ってくる人がいるってことは嬉しい事だわ。
でもね、ほとんどが“うっかり”だとか“勘違い”とか。
あたしに頼みに来る前に、もうちょと深く調べて欲しいなあ。
今回のこれだって、なんの事件の真相なんだか・・・。
「智子ちゃん?頼まれてくれるかい?」
「あの、おじさん。これって本当に何かの事件なんですか?」
疑わしげに言葉を返すと、おじさんはむっとして言った。
「間違いないよ。ここまでちゃんと調べたんだ。というわけで、今回もよろしく頼むよ。」
そう言うと、強引に地図をあたしに渡して、おじさんは自分の店へと帰って行った。
「はあ、どうしてこんな事になっちゃったのかな。あの時、安請け合いしたから・・・。」
もとはといえば、商店街の組合長さん宅に侵入した泥棒の正体を突き止めたのが、
そもそもの始まりだった。それ以来ひっきりなしに依頼者が来るようになって。
最初は喜んで対応してたけど、
あまりに変な事件が多いもんだからマンネリになっちゃって・・・。
「まったく、あたしの本職は駄菓子屋なのに。確かに駄菓子屋よりは楽しいような気もするけど・・・。」
しばらく一人でぶつぶつと考え事をする。やがてすっくと立ち上がった。
「いつまでも悩んでてもしょうがないか。とりあえず、いつも通り行動してみましょ!」
お店を閉めて、さっそく店を飛び出す。
やっぱりバイトくんが欲しいなあ。これが終わったら募集してみようっと。
そしてまず最初の地点、八百屋さんの裏通りへ向かった。

ほどなくして八百屋さんに到着。裏通りに行く前に情報収集をね。
店頭を見渡すと、色とりどりの野菜が並んでいる。
ほんと、いつ見ても新鮮って品物ばかりねえ。どっから仕入れてるのかしら。
「おや、智子ちゃんじゃないか。いつもの探偵商売かい?精が出るねえ。」
「あっ、おばさん。こんにちは。」
この人は八百屋のおかみさん。
葉月響子さんと言って、しょっちゅうあたしの相談に乗ってくれるとっても良い人。
あたしの調査をしているときにも、いろんな情報をくれたりするの。
だから、まず一番にここへ来ってわけね。早速電気屋のおじさんからの依頼を告げる。
「・・・というわけで、ここの裏通りで何か変わったものとか見なかった?」
「智子ちゃん、人間誰だって無くし物くらいするでしょ。こんなもの調べなくても・・・。」
おばさんの言う事ももっともね。でも、
「おばさん、あたしは頼まれたんだから、一応調べてみないと。」
「そう・・・。私には何にも思い当たるものは無いわねえ。
すまないけど、自分で適当に調べて頂戴。」
「無いんならしょうがないよね。ありがとう、おばさん。」
収穫は無し、か。そうよね、無くし物の情報なんて・・・。
そして裏通りを見て回る。赤の×印は、ご丁寧にも裏通りの詳しい場所まで示されていた。
「えーと、このダンボールの横、と。細かいなあ。
ひょっとして一人一人に細かく聞いて回ったのかしら。
さてと、何か怪しいものは・・・。」
しゃがみこんでその付近を捜索。
無くし物を探しているだけって気もするんだけど、これは調査なのよね。
数分後、ダンボールの下敷きになっているカードを発見!
「これは・・・期間限定発売のテレホンカード!
何でこんなところに?あれ、そういえば以前これと同じようなものを見たような・・・。」
しばらくの間考え込む。懸命にこのカードについて思い出す。
そして頭の隅から記憶を引っ張り出し、ぴーん!とひらめいた。
「そうか、これを見たのは!」
一言叫んで、あたしは駆け出した。向かった場所は・・・、
「魚屋のおじさん!」
「おや、智子ちゃんじゃねーか。そうか、電気屋のおやっさんが言ってた無くし物の調査だな。
何か手がかりが見つかったのかい?」
この人は魚屋をやってる霜月良哉さん。
豪快な性格で有名・・・とと、今はそんな事言ってる場合じゃないんだ。
「おじさん、このカードおじさんのでしょ。」
そして先ほど拾ったばかりのテレホンカードを差し出した。
霜月さんの目が点になる。
「こ、これは無くなったとばかり思ってた・・・。いったいどこで?」
「八百屋さんの裏ですよ。ダンボールの下敷きになってたんです。」
すると、更に目を丸くして霜月さんが言った。
「下敷きになってたって!?結構あの付近さがしたんだけどなあ。」
「きっと探し方が甘かったんですよ。もう、だからちゃんと調べてほしかったのに・・・。」
ぶつぶつと文句を言っていると、霜月さんが慰めるように言ってきた。
「まあまあ、おかげで俺の宝物が見つかったし。
それは電気屋のおやっさんのおかげでもあるしさ。とにかくありがとよ。」
「いえいえ、どういたしまして。でも・・・まあいいわ、他の所も探してみましょ。」
そして魚屋を後にする。えーと、次の場所は・・・。
「洋服屋!・・・まさかマネキンか何かに紛れてたなんてオチじゃないでしょうね。」
当初とすっかり目的が変わっているようにも思うけど、気にしない気にしない。
一つ目から何かが変わるなんてのは至極当然の事だもの。
それに、これならいつも通りだしね。
「いらっしゃい・・・なんだ智子ちゃんかね。何か服を買いに来たのかな?」
「ううん、そうじゃないんです。ちょっと無くしものの調査をね。」
「・・・ひょっとして電気屋の?やれやれ、ご苦労なことだな。
ま、適当に探してみたまえ。」
「はーい、それじゃ遠慮無く。」
このきつい態度の人は、言うまでも無く洋服屋の店長をしている、卯月慎二さん。
きまじめな人で、周りの人からは“お堅い人”としてとおってるの。
その分あんまり厄介事は持ち込んでこないから、あたしとしては良い人なんだけどね。
さーて、地図に書かれてあった場所は・・・。
「・・・このマネキンの足元。なんかふざけてるんじゃないかしら。」
少し不機嫌になりながらもその辺りを捜索。あっという間に何かが見つかった。
「えーと、指輪ね。誰の指輪かなあ・・・。」
よーく見ると、内側に名前が彫ってある。如月・・・。
「なるほど、あのおしゃべりなお姉さんかあ。
きっとここでいろいろ話し込んで・・・なんで落としたんだろ?
ま、いっか。会ってみれば原因がわかるわよね。」
一人で納得して洋服屋を後にする。卯月さんは笑顔で送ってくれた。
さてと、如月さんちってたしかお花屋さんだったよね。という事でお花屋に到着。
「こんにちはー、如月麗花さんいますかぁ?」
「はーい。あらぁ、駄菓子屋の智子ちゃんじゃないのぉ。
しばらく見ないうちに美人になったわねぇ。相変わらずお客さんは少ないの?
そうだ、今度お花をプレゼントしよっか。お店が綺麗なほうがお客さんも沢山来るでしょぉ。
うん、それが良いわね。さっそく用意するわ、どのお花がいいかしらねぇ・・・。」
「ちょ、ちょっと麗花さん!」
慌ててあたしは止める。いきなり勝手に喋りだすんだもの、参っちゃうなあ。
「どうしたの、智子ちゃん。お花はあんまり好きじゃないの?
でもねえ、私ん所はお花屋さんだからそれ以外のものを求められてもねぇ・・・。」
「だから、そんな事は私は一言も言ってないじゃないですか。ちゃんと聞いてくださいよ。
いいですか、私は卯月さん所の・・・」
「ああ!あの洋服屋さんね!なあんだ、お洋服が欲しいんなら卯月さん本人に頼めばいいのに。
なるほど、誕生日プレゼントは洋服にしようって事なのねぇ。
それだったら、私は・・・」
「如月さん!」
「なぁに?」
まったく、どうしていっつもこの人はこうなんだろ。ちっとも話が進みやしないじゃない。
「人の話はちゃんと聞いてくださいって!その洋服屋さんで指輪を拾ったんです。
これって如月さんのですよね。」
そしてあたしはマネキンの前で拾った指輪を差し出した。
ふう、これでやっと用件が終わる。と、思ったら・・・
「指輪?もしかして結婚指輪かしら!?智子ちゃんって結構すみに置けないわねぇ。
で、相手はどなたなの?きっとかっこいい人なんでしょうねぇ。」
・・・あきれた。いつもいつも思うんだけど、どこからそんな考えが浮かんでくるのかしら。
あたしはまだ十三歳だってのに、結婚なんてするわけ無いでしょ。
「如月さん、もう一度言いますよ。これって如月さんの指輪ですよね?」
今度はぐぐいっと本人の目の前に近づけた。そこでやっと気付く。
「まあ、これは確かに私の指輪だわ。何所で見つけたの、智子ちゃん?」
やれやれ。もう一度言わなきゃね。
「卯月さんとこの洋服屋さんの中でです。お喋りとかしてて、落としたんじゃないんですか?」
そして指輪を手渡す。ようやく事が片付いたみたいね・・・。
「それで、どうして智子ちゃんが持ってるの?」
だああ、この人ってほんとに人の話聞いてないなあ。
「だから、洋服屋の中で拾ったんですって。
それをあたしがこうして持ってきたわけなんです。わかりましたか?」
「そっかぁ。わざわざ落し物を届けてくれたのね。どうもありがとう。
そうそう、拾ってくれた人には一割のお礼を差し上げないとね。」
如月さんはそう言うと、その指輪を力任せに分割しようとした。
驚いたあたしは急いでそれを止める。
「ちょっとちょっと如月さん、何やってんですか!」
「何って、お礼よ。指輪のかけら、なんておしゃれでかわいいと思わない?」
指輪のかけらあ!?おしゃれとかそう言う問題じゃないって。
「お礼なんていいですって。・・・あっ、この花一輪もらいます。
それをお礼にしてくださった方があたしとしても。ね、ね?」
そしてあたしはその花を手に取った。如月さんはそこで手を止める。
「そうなのぉ。智子ちゃんがそう言うんだったらそっちが良いわね。
あっ、でもいい花選んだわねぇ。それは蘭の一種で、名前は・・・」
「わあー!!とにかくありがとうございました!!」
花の話を仕出す如月さんを制し、あたしは花屋を後にした。
如月さんてかなりのほほんとしてるけど、花のこととなると抜群に詳しいの。
普段の会話であんなだから、花の会話になると、どれだけ長くなることやら・・・。
そういやなんで指輪落としたのか聞けなかったな。もういっか。
そして、あたしは次のチェックポイントを目指した。

「えーと、次は酒屋さんのまん前・・・。もう場所は気にしないとして、酒屋さんかあ。
あそこのおじさんてすごく怖いからやだなあ・・・。」
と、拒否をするわけにもいかない。ゆっくりと歩を進めながらも、その酒屋さんに到着した。
ここの主人は長月賢悟さん。何が怖いかって言うと、とっても無口なの。
一人別の世界にいるんじゃないかって思うくらいに。
それでも、結構いい評判なのよね。仕事をきっちりこなしているから。
「おじさん、こんにちはー。ちょっと探し物をしに来たんですが、いいですか?」
ちょうど店のまん前にいた長月さんに挨拶。すると、
「ああ・・・。」
とだけ言って、店の奥に入っていった。
あのね、“ああ”はないでしょ。“何を探すの”とか言うとか・・・。
まあいいか。さっさと見つけて次行こうっと。
そして店の前辺りを懸命に捜索。
今まであっさり見つかってきたから、今回も楽勝とか思ってたんだけど・・・。
「なんで、なんで見つからないのよー!もう、いつまでもこんなところに居たくないのにー。」
すでに三十分近く探している。道行く人・・・はほとんど居ないからいいようなものの。
しばらくして、ようやく光り輝くものを発見。急いでそれを拾いに行く。
「あ、あった!・・・ってただのガラスの破片じゃない。危ないなあ。」
ポケットに持っていた袋にそれを入れる。
こんなのが道端に落ちていて、そこに転んだりしたら大変だもんね。
そんなこんなで一時間経過。
ちょっと一休みしようと、店先においてある椅子に腰掛けた。
「ふう、疲れた。なんで人の落し物をあたしが懸命になって探してるんだろ。
あのおじさんが事件だなんて言うから・・・。」
少しぶつくさ文句を言っていると、横から大きな影がぬっと現れた。
突然のことにびくっとしたけど、よく見るとそれは長月さんだった。
「ああ、びっくりした。どうしたんですか、長月さん。」
「・・・これ。」
そう言ってお盆の上に、おしぼりと、ジュースの入ったコップを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
お礼を言って、喜んでそれを受け取る。
親切ないい人だわ。これでもうちょっと喋ってくれればねえ。
長月さんが立っている横で椅子に座って休憩。
・・・なんだかあんまり休んでるって気がしないなあ。端から見れば異様な光景よね。
雰囲気に少し耐えられなくなったあたしは、長月さんに話し掛けた。
「あの、長月さん、商売の調子はどうですか?
いい評判ですよね、ここって。忙しいんじゃないんですか?」
「・・・ああ。」
「今は休憩の時間なんですか?それともこんなところで居るのも何か仕事のうちとか?」
「・・・ああ。」
「仕事なんですか。という事はあたしがあんまり長居すると迷惑ですよね?」
「・・・いや。」
「と、ところで長月さんは最近何か無くしたものとかはありませんか?」
「・・・いや。」
「そうですか。じゃあ店の前で何か見なれないものを見つけたとか無いですか?」
そこで長月さんは腕組をして考え出した。
うう、疲れる。どうしてあたし、こんなに頑張ってるのかな。
ただ話をしてるだけなのに・・・。
疲れた顔でジュースを飲んでいると、長月さんがいきなり手をぽんと打って、店の奥へ引っ込んだ。
なんなんだろ。何か思い出したのかな。
待つこと数分。しかし長月さんは戻ってこない。
ふう、いつまで休んでてもしょうがないし作業を再開しようか。
立ち上がって椅子の上にお盆を置く。そして新たに気合を入れなおして探し始める。
再び時間がいくらか経過した。
「・・・やっぱりなんにも見つからない。電気屋のおじさん、ほんとにちゃんと調べたのかな。」
なんだか時間を無駄にしてるみたい。嫌になっちゃうな・・・。
いいかげん探したので、またもや休憩しようかと酒屋へ戻ろうとしたとき、
長月さんがいつのまにかそこに立っていた。
「あれ?長月さん、いつ戻ってきたんですか?」
でも返事はなし。あのね、人の質問には答えてくださいよ。
つかつかと近寄ってもう一度尋ねてみる。
「長月さん、さっき戻っていったのは何か思い出したんですか?」
すると、返事は言わずに黙ったまま手のひらをすっと差し出した。
見ると、そこには何やらちっさいレンズのようなものが・・・。
「・・・これって、コンタクトレンズですか?」
「店の前で・・・拾った。」
その言葉に“ええっ!?”と思い、慌ててそれを手に取る。
なるほど、自分が以前拾った落し物を探しに戻ってたってわけね。
「長月さん、これは私が責任をもって落とし主に届けますから。
どうもありがとうございました。」
私の言葉に黙ってうなずく長月さん。
それに合わせてこちらも軽く会釈をしてそこを立ち去った。
まったく、見つけてたんなら最初っからなんか言ってくれれば良かったのに。
とんだ時間の無駄だったなあ。今度からもっと喋ってくれるように頼もうっと。
さてと、コンタクトレンズの持ち主は・・・きっとあの人だろうな。
そして私は文房具店に向かって駆け出した。

着いた所はもちろん文房具店・・・のはずなんだけど。
「相変わらず派手ね・・・。本当にここって文房具店なのかしら。」
看板にはしっかりと“文房具店”と書かれてある。でも、それよりはおまけが目立っていて、
“神無月聡が案内する不思議な不思議な世界。あなたもぜひ体験してみましょう!”だって。
神無月聡(さとし)さんていうのは、もちろんここの店主。
不思議な世界ってのは、文具を使ったいろんな手品みたいなもの。
商店街でも有名な手品好きのおにーさんで、本業そっちのけでやってるみたい。
え?どうしてコンタクトレンズの持ち主になるのかって?
神無月さんは以前は眼鏡をかけてたんだけど、外したところを見せたら女性の方に大人気。
それでなんとなく買ったんですって。でもいつのまにか眼鏡に戻っちゃって。
理由を訊いたら、“やっぱり眼鏡が良いよ”ですって。
でも、こうしてあたしが見つけてきたんだから、それは嘘。
きっと無くしたって事を知られたくなかったんでしょうね。
店の中に入ってみたものの、神無月さんの姿は無かった。
「神無月聡さーん、居ますかあ?」
店の奥に向かって大声で呼ぶ。
まったく、店長ならちゃんと店の中に居なきゃだめでしょ。
しばらくして眼鏡をかけた神無月さんが現れた。
手にハンカチを持ってるところを見ると、また何か手品やってたんだろうな。
「おや智子ちゃん、いらっしゃい。手品を見に来てくれたのかい?」
「あ、いやそうじゃないんです。」
如月さんとこみたいに相手のペースに乗せられる前に片付けないと。
と思って、私はすばやくコンタクトレンズを取り出した。
「このコンタクトレンズって神無月さんのものですよね。
酒屋さんの前に落ちていたのを拾って・・・じゃなかった、届けに来たんです。」
実際拾ったのは長月さんだものね。そこんところはちゃんとしとかないと。
神無月さんは私の手のひらに乗っかっていたそれを、自分の手にとってこう言った。
「うん、確かにこれは僕のレンズだ。ありがとう、わざわざ届けに来てくれて。
そうだ、お礼に手品を見せてあげよう。今さっきあみ出したばかりの新技なんだ。
ぜひ見ていって・・・」
「それじゃあ失礼しましたあ!」
神無月さんの言葉をさえぎって店を飛び出す。
いい人なんだけど、如月さんと同じで自分の世界になると、人のことなんてお構い無しだもんなあ。
あたしとしてはこの二人って似たもの同士。結構良いカップルだと思うわけ。
そんでもって他の店長さん達も“お似合いだよ”なんて言ってたりするんだけど、
二人にはまったくその気が無いみたい。商店街店長会合でも仲が良かったりするのに。
年頃の人ってよくわかんないなあ。
さてと、次は・・・果物屋さんかあ。

ちょうど文房具店の近くにあるので、数分のうちにそこへ到着。
ここの店長さんは、皐月輝美さん。どんな人かって言うと・・・
「あら〜、いらっしゃい〜。え〜と、確かあなたは駄菓子屋の〜・・・誰でしたっけ。」
「文月智子です。いいかげん覚えてくださいよ。」
「ああ〜、そうそう、さえこさんだったわね〜。何か御用〜?」
・・・さえこってだれよ。あたしはさとこだってば。
とまあこんな風に、とってものんびりした人なの。
おまけに人の名前をなかなか覚えてくれないし・・・。
ちなみに、この人が覚えている人の名前なんてほとんど無いの。
どこの店長さんも覚えられてなくって、この人にはほんと苦労してる。
「あたしは智子です。さ・と・こ。分かりましたか!?」
「さえこじゃなくてさちこちゃんなの〜?あんまりコロコロ名前を変えるのは良くないわよ〜。」
それはあなたのことでしょうが。誰がさちこですか・・・。
「もういいです。あたしは店長さん達の落し物を探しにここへ来たんです。
電気屋のおじさんから何か預かったとかありませんか?」
「落し物〜?う〜ん、ひょっとしてこれかしら〜?」
そして差し出してきてくれたのが・・・
「これってりんごじゃないですか?」
「そうよ〜。この前お客さんが忘れて帰っちゃったの。せっかく買ったのにね〜。」
・・・一応聞いておかなくちゃ。
「そのお客さんて、どの店の店長さんですか?」
「さあ〜?あんまり知らないような人だったんじゃないかしら〜。」
参考にならないなあ。袋に入っているのが幸い・・・待てよ。
「ちょっとその袋を見せてください。」
「いいわよ〜。はいどうぞ〜。」
そしてがさがさと袋の中をあさる。見事にりんごばっかりね。
えーっと・・・あった!
「・・・睦月裕華。よし、手がかり発見。これは睦月さんのりんごね。」
「すっご〜い。さだこちゃんて天才なの〜?」
名前がかかれた札を取り出したあたしを誉める皐月さん。
それにしてもさだこねえ・・・。まあいいや、また今度抗議しようっと。
「よーし、それじゃあ次のお店へ・・・」
「待って〜。これあげる〜。」
そう言うと、皐月さんは一つのりんごをあたしにくれた。
「いいんですか?」
「だって〜、一生懸命働いているんだもの〜。何か餞別をあげなくちゃ〜。」
餞別って・・・。意味分かって言ってるのかしら・・・。
まあせっかくくれるって言うんだし、ありがたく頂戴しますか。
「ありがとうございます。それじゃあ。」
「さきこちゃ〜ん、頑張ってね〜。」
苦笑いしながら手を振る。あの人の思考回路ってどうなってるのかしら。
ほんと、この商店街って変わった人が多いわよね。

それにしても次は睦月さんか。ようやくまともに事が進みそうね。
睦月裕華さんといって、レコード店の店長さんなの。
すっごくまじめで、きっちりした性格の人。
商店街でも、人望が厚いことで有名なの。とっても頼りになる人なのよ。
「こんにちはー!睦月さーん、りんごの忘れ物を届けに来たんです。」
一声叫ぶと、カウンターで作業していた人が顔を上げた。
この人が睦月さん。容姿端麗であたしの憧れの人でもあって・・・
「智子ちゃんだね。りんごの忘れ物だって?」
はっ、そうそう。顔を見ると我を忘れちゃって・・・悪い癖だなあ。
「ええそうです。皐月さんとこの果物屋さんの。」
「あっ、そうなんだ!ごめんごめん。実は後で気付いたんだけど、
すっかりとりにいくのを忘れちゃっててさ。どうもありがとさん。」
そしてりんごを手渡す。ふーん、睦月さんでも忘れることって有るんだ。
・・・あれ?なんかひっかかるなあ。
「あの、睦月さん。」
「うん、なんだい?」
品物を受け取った後再び作業に入っていた睦月さんが、こっちを向いた。
「電気屋のおじさんが、忘れ物・・・じゃなくて落し物の調査をしに来たんじゃないんですか?」
「電気屋の?そう言えば来たな・・・。でもそれはりんごじゃないよ。」
「ええっ?」
りんごじゃないって?いったいどういう事かしら・・・。
「私が彼に言った事は、極月の店でCDを一枚無くしたってことだよ。」
「ご、極月さんですか?・・・ええっ!という事はそこに行かなければいけませんよねえ。」
「智子ちゃんがその気ならね。別にいいよ、大した物じゃないから。」
「は、はあ・・・。」
改めて地図を見なおしてみると、確かに極月さんとこに印が。どうしよう・・・。
でも、探し物をかってでたからには行かないといけないよね。
はあ、簡単に片付くと思っていたのに・・・。
「それじゃあ、ありがとうございましたあ。」
「ん?落し物を届けておきながら、なぜ智子ちゃんが礼を言うんだい?」
「それもそうですね、すみませんでしたあ。」
「・・・あのね、智子ちゃん。何もそう悲観的になること無いって。
極月の店に行くのがそんなにいやかい?」
まさに図星。でも私は振り返ってぶんぶんと首を横に振った。
「そ、そんなことないですよ。
ただ、睦月さんみたいにあたしはきっちりした人じゃないから・・・。」
「だから極月に何か言われるんじゃないかって?
やれやれ、それじゃあ私が一緒についていってあげるよ。」
そう言うとカウンターを出ようとする睦月さんを、あたしは慌てて押しとどめた。
「し、心配要りませんから!それに私一人で行かないと、
こうやって探し物をしている意味が無くなってしまいますよ。」
「探し物ったって、電気屋のやつが勝手に理由を付けて言っただけだろう?
まあいいや。もちまえの柔らかさでなんとか頑張ってみな。」
「は、はい。頑張ります!」
睦月さんに励まされて、店を飛び出す。
う―、それにしても極月さんかあ。あっさり終われば良いんだけど・・・。

だんだんと重くなる足取りだったけど、なんとか極月奈津江さんの店へ到着。
なんの店かって言うと、まじない専門の店なの。
店って言うよりは占い屋って感じね。うん、そう、占い屋。
一応売ってる品物も有るんだけど、主な売り物(?)は極月さんによる占い。
「こんにちはー。」
挨拶をして中へ入る。独特の雰囲気で、まさにアンティークというイメージね。
所々に気味の悪い置物はあるわ明かりは蝋燭だわで、もうとにかく暗い・・・。
もちろんあたしはそれくらいは平気なんだけど、嫌なのは極月さん。
とにかくもう、不気味過ぎて・・・。そのくせいろいろしてくるもんだから・・・。
「それにしても静かね・・・。」
「おや、いらっしゃい。いひひひ。」
急に声をかけられ、ドキッとして飛びあがる。振り向くとそこには極月さんが。
い、いつの間に背後に現れたのかしら・・・。
極月さんは黒いフードをいつもかぶっている、おばさん。
年はそんなにいってないのに、こんな店を開いているせいで(あと喋り方)
全然結婚相手が来ないの。一応恋占いとかするくせにねえ・・・。
「おうおう、確かあんたは駄菓子屋の智子ちゃんだね。
珍しいねえ、こんな店に来るなんて。誰か呪って欲しい人でも出来たのかな?」
あのねえ、そんな訳無いでしょ。それに呪いなんて今どきはやんないでしょうに。
「違いますよ。あたしは探し物をしに来たんです。
睦月さんがCDをここに忘れたそうなんで、取りに来たんです。」
「おやそうかい。そういやそうだったねえ、この間睦月さんが来て・・・。
忘れものならそこの籠に入ってるよ。まあごゆっくり。ひっひっひ。」
不気味な笑いを残して姿を消す極月さん。ふう、あっさり終わりそうで良かった。
それにしてもなんであんな笑い方なんだろう。そんなに早くおばあさんになりたいのかな・・・。
極月さんに言われた籠の中を捜すと、CDはいとも簡単に見つかった。
くるっと回れ右をして帰ろうとすると、目の前に極月さんが!!
「うわあっ!!いきなり出ないでくださいよお!!」
「おや、ごめんごめん。実は面白いものが手に入ってたのを忘れててねえ。
それで智子ちゃんにあげようと思って、こうして取ってきたのさ。」
極月さんの手に握られてたのは小さな球根だった。
なんとなく人の形をしていて、大根みたいにもみえるけど・・・。
「・・・なんなんですか?これ。」
「これはマンドラゴラといってね、とっても貴重なものなのさ。
これを引き抜く時にこいつが上げる叫び声。
それを聞いたものは死んでしまう、ということなのさ。」
名前は分かったけど一体何に使うんだか。
それより、引き抜く時に上げる声を聞くと死ぬう〜?
そんな妙なものもらってもしょうがないような・・・か〜えろっと。
「あの、あたしは別にそんな貴重な物はいりませんから。」
「おや、どうしてだい?せっかく持ってきたのに・・・。
それならこっちはどうだい?象みたいに大きな動物でも、
あっという間に殺せるという植物、マンドレイクの根っこ。」
「さ、さよならー!!」
慌ててそこをあたしは飛び出した。
象でも殺せるぅ〜?そんなもんもらって何に使えって言うのよ〜。
それにしても、さっきから慌てて店を飛び出してばっかり。
何やってんだろ私。とりあえず睦月さんのところへ・・・。
そしてあっという間に睦月さんの店へ到着。持ってきたCDを素早く手渡す。
「早かったじゃないか。やっぱり智子ちゃんは柔らかい性格だから。」
「そういうんじゃないんですけど・・・とにかく急いで逃げてきたんです。」
「逃げて・・・あははは、なるほどねえ。何を土産にもらったんだい?」
「だから、妙な物をくれそうになったから、急いで逃げて来たって訳ですよ。
引き抜いた時に上げる声を聞くと死ぬマンドラゴラとか、
象でも殺せるマンドレイクの根っこ。」
それを聞いた睦月さんは、すごく残念そうな顔をした。
「もったいないなあ。マニアの間じゃすっごい高値で売れるんだよ。
最低でも何百万・・・。とにかくすごい貴重だから。」
あのねえ睦月さん、私の気持ちを少しは分かってよ。ほんとにこわかっ・・・
「な、何百万―!!?」
「ああそうだよ。趣味とビジネスがあそこまで合体したものも珍しいよなあ。
智子ちゃんは極月の本業は占いだと思ってるだろ?」
「え、ええ、その通りです。」
「それが違うんだ。私にだけは話してくれたけど、極月の本業は・・・」
睦月さんが言いかけると同時に店の電話が鳴り響いた。
「やれやれ、肝心なときに。私は長電話だからまた今度でいいかな。」
「ええ、まあ・・・。」
「そ。じゃあまたな。・・・はい、睦月です。ああ、姉さんか。なに?」
夢中で話をしだす睦月さん。確かに長電話をしそうな話し方だなあ。
手を振って睦月さんにさよならする。
さてと、それじゃあ次の目的地へ向かおうか・・・。

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