『オムライス』

「たまには自分で作ってみようか!」
ふとこんな事を思い立った。
いつもいつも人に頼っていては申し訳ない。
ばっちり自分でつくって食してやる!(元々これがこの本の主だ)
…しかし、タイトルを見てそっこー諦め気分になった。

『●オムライス
味付けしたご飯と具を
薄く焼いた溶き卵で覆った食べ物』

難しそうだ。家庭科の時に習ったとか習ってないとかの記憶があるが、
少なくとも俺に作れる代物でもない。
「あっ、祐一君!」
遠くから俺を呼ぶ声がする。
ちなみにここは商店街だ。
こんな所で俺を呼ぶ奴はそうそう居ない。
というか、俺の事を君付けで呼ぶ奴など一人しか居ない。
「祐一く〜ん!」
がばっ
背中に何か重いものがかぶさってきた。
「こんな所で何してるのぉ?」
重い…。しかし悪びれる様子もなくそいつは更に質問をぶつけてきた。
いつまでも無視するわけにはいかないな、素直に答えてやるとしよう。
「あゆから攻撃を受けていたところだ」
「うぐぅ…攻撃じゃないもん」
「必殺うぐぅダイブは立派に攻撃だ」
「変な名前付けないでっ!」
背中の重さが無くなった。どうやらあゆは地面に降り立ったようだ。
「よぉあゆ」
「うぐぅ、なんだか白々しい挨拶だよ」
「そんなことはどうでもいい。お前、オムライスは作れるか?」
「オムライス?」
言ってすぐさま俺はハッとなった。
あゆに料理を頼む自分がここに居るのだ。心底がっくりくる…。
「ど、どうしたの祐一君?」
「何がだ」
「急にそんなにうなだれちゃって…」
「あゆに料理を頼んでる自分にふがいなさを感じてな」
きっぱりと理由を告げた。
ここであゆは引き下がるかと思ったのだが…
「うぐぅ、だったらボク頑張るよ、祐一君のために!」
力一杯ガッツポーズを決めるあゆがそこに居た。
頼もしくもあり、恐ろしくも見える。
「材料買ってあるの?」
「いいや、まだ…」
「だったら買いにいこ!早く早く!」
元気に手を引っ張り出す。
あれよあれよという間に材料はそろい、準備も整い…
俺とあゆは水瀬家のキッチンに居た。
毎度のことではあるが、秋子さんの一秒了承によるものである。
「さ、頑張って作るからね」
「………」
「祐一君、どしたの?」
屈託の無い笑顔であゆは語りかけてくる。
反対に俺の顔はなんとふ抜けていることだろうか。
「……って、マジにあゆが作るのかー!?」
「今更何言ってんの祐一君。こうなったら後戻りは出来ないからね!」
何気に恐いことをあゆは言ってのけた。
こいつ……本気だ。見た目じゃわからないかもしれないが、心から感じる。
負けてられん……。
「俺も頑張るからな!絶対にあゆだけで頑張ろうとするなよ!?」
「うんっ、もちろん!」
気合いいっぱい、料理を開始する。
タマネギをきざむ、鶏肉を炒める、ご飯に味付けする、卵で包む……。
約一時間の悪戦苦闘の末、オムライスは無事に完成した。
完成した……完成しただけかもしれないが……。
「ばんざーい!オムライスが作れたよ〜!」
「味については深く気にしないようにしよう……」
「んん?祐一君、何か言った?」
「別に……」

<ふんわりと食せましたとさ>


『オレンジエード』

今度こそ自らの力で作ろう!
俺はそう心に誓った。(無理に誓う必要はないんだが)
なんだかんだで毎回毎回人に頼らずに済んだ事がない。
頼った方が断然簡単なのだが、それでは男が廃るというものだ。
とりあえずは材料探しに商店街へ……
「……今日はあゆは居ないようだな」
いや、おそらくはどこか別の場所でうろうろしてるだけの話だろう。
単に今日俺と出会っていない、それだけのことだ。
あゆレーダーを最大限に駆使し、移動する……
「あっ、祐一さん。こんにちは」
「!!?」
不意に声がした。
慌てて振り向くと…そこに立っていたのは栞だった。それと…
「珍しいですね、相沢さんが買い物なんて」
天野美汐もそこに居た。
「…天野も珍しいな、栞と一緒だなんて」
「偶然学年が一緒だったものですから」
それは偶然というのか?
しかしやられた。あゆにばかり気を取られていたからな……。
「って、危うく流すとこだった。俺が買い物してるのがそんなに珍しいか?」
「スーパーでは私は見かけた事ありませんから」
「右に同じく」
「………」
俺のイメージは買い物好きとはかけはなれているってことにしておこう。
「そんなことはどうでもよかったんだ。二人とも、俺に何か用か?」
「私はただこんにちはと挨拶しただけですけど…」
「相沢さん、邪険に扱うのはよろしくありませんよ?」
言われてみれば、俺が一方的に悪い。
しかしそれとこれとは別だ。挨拶だけならさっさと別れられる。
「…もしかして、例の本でしょうか?」
「あっ、なるほど。さすが美汐さん、冴えてますね」
「いえ……」
少し天野が照れた。珍しいものを見た気がする。
……しかし、あっという間に感づかれたのはよろしくないな。
「更にもしかして、今回こそは自らの力のみで解決しようとしてるのかも…」
「あっ、なるほど。それなら私達を避けようとしてたのもうなずけますね」
ますます感づかれてしまった。天野がここまで鋭いとは…。
…観念して頼るか?いや、よくよく考えれば、話すくらいなら問題は無いはずだ。
何も言わずに去る事の方が態度悪いしな。
結局見せるということにした俺は、本を二人の目の前に広げてやった。

『●オレンジエード
砂糖とオレンジジュースを入れた
グラスに、ミネラルウォーターを
加えて作った飲み物』

「これはたしかに一人で作れそうですね…」
「私でも簡単にできそう。今度作ってみます」
ふんふんと頷きながら本に見入る二人。
それは、快く俺の事情を察知し、理解してくれたようだった。
「じゃあもういいな?俺は買い物に行くから」
「ええ。多分そのままの品が売ってると思いますよ」
「なに?」
本を閉じて歩きだそうとした俺を止めたのは天野だった。
たしかにそれはありそうだ。でもそれだと買ってお終い……
「類似品、でしょうけどね」
「美汐さんが言うそれは、添加物いっぱいのもの、ってことですよ。祐一さん」
付け足しのセリフを二人が吐く。
……まあそういうことなら、問題はないだろう。
「いや、本当にこれでいいのか?」
「考えると負けですよ、相沢さん」
「大丈夫、祐一さんならきっと立派にオレンジエードを作る事ができます」
声援が送られてくる。それに後押しされ、俺はスーパーの中へと足を運んだ。
結局買ったのはオレンジジュースとミネラルウォーター。
家に帰って、説明文通りにし、オレンジエードを飲んだ。
「あっさり済んだな。しかしなんだかひっかかる……」
自作のオレンジエードを飲み干した後も、俺は栞と天野の言った言葉を頭の中で繰り返していた。

<いいや、これは普通です>


『オレンジグラタン』

連続オレンジの巻。
というか、グラタンなんてあったのか?
初耳の料理が出てくるたびに驚かされる。この本はなかなかに凄いな。
「祐一っ」
不意に背後から声がした。この声は名雪だ。
「またノックもせずに部屋に入ってきたか」
「ここはわたしの部屋だよ」
「何をいいかげんな…」
言いかけて辺りを見回す。
たくさんの目覚ましとけろぴーが目に入ったことで、間違いなく名雪の部屋だと認識させられた。
「やられた…俺はいつの間に誘拐されたんだ?」
「祐一が夢遊病みたいに部屋に入ってきたんだよ」
「そ、そうなのか?」
「うんっ。わたしビックリしたよ〜」
間延びしたその声はあまりびっくりしていないように思えた。
しかしヤバイな。この本は読者を見境なくさせる力を持つのかもしれない。
歩きながら読むのは今後控えることにしよう。
「それで、今回は何なの?」
「オレンジグラタンだ」
「へえっ?ちょっと見せて」
断る理由など無いので、俺は素直に本を手渡した。

『●オレンジグラタン
オレンジに卵黄とサワークリームと
砂糖を混ぜた物を加え
オーブンで焼いて作ったデザート』

「……へえ〜。よしっ、わたしの部屋に祐一が入ってきたのも何かの縁。
わたしが作ることにするよ。丁度おやつの時間にぴったりだよね?」
「おっ、悪いな」
大して抵抗もせずに俺を部屋に受け入れてくれた名雪。
更には料理を作るとまで宣言してくれるとは、なんとありがたいことだ。
「でもイチゴじゃないのが気に入らないよ…。
よ〜し、後日イチゴサンデーを奢るという事で手を打つことにするよ」
ふざけんな。
「なんでそうなる。お前今さっき自分で作ると言ったじゃないか」
「作るとは言ったけどただで作るとは言ってないよ?」
こいつわ……。
交換条件を後でもちかけて作ろうとするとは、なんとありがたくないことだ。
「じゃあ楽しみに待っててね、作ってくるから」
言いながら本を片手に部屋を後にしようとする名雪。
「お、おい待てよ!」
「イチゴサンデー♪イチゴサンデー♪」
作るのはオレンジグラタンのはずなのに、何故か歌はイチゴサンデーという理不尽な状況。
ここは何が何でも説得しないとやばい気がする。
「おい名雪!」
「…ねえ祐一」
「おわっ!…なんだ?」
階段の途中で名雪がこちらを振り向く。
あっさりと俺の声が届いたその反応にびっくりさせられる。
「いっそのことイチゴグラタンに変更しない?」
「………」
大胆な案を突きつけてきやがった。
「ねえ、そうしよ。それだと祐一もイチゴサンデーを奢らなくて済むよ♪」
「…なあ名雪、その本には何て書いてある?」
「え?イチゴグラタン」
「嘘をつくな嘘を!!オレンジグラタンを食べないと意味がないだろうが!!」
「うう、祐一ケチだよ〜」
「そういう問題じゃない!!」
ゴネる名雪を激しい口調でおしきり、どうにかこうにかオレンジグラタンを食すに至った。
初めて味わうそれに舌鼓を打っていた俺だが、名雪のあの顔といったら…。
結局、俺は翌日にイチゴサンデーを奢ることになってしまった。

<引き替える価値、あり?>


『オレンジシャーベット』

オレンジ週間三日目?
ま、これは簡単に作れるだろう。

『●オレンジシャーベット
オレンジの果汁を冷やして作った
シャーベット』

いやいや、買えば一発OKじゃないか。
…待て、やはり作ってみよう。
オレンジもしくは100%のオレンジジュースは無いだろうか?
ごそごそと台所をあさる……
「あった!」
見つけたそれは缶ジュース。名前“みかん家族”だってさ。
「みかん…」
しかし原材料にはオレンジ果汁が含まれていた。
バレンシアオレンジ混合とか…とにかくこれでOKだろう。
カップにジュースを注ぐ。
とくとくとく
小気味良い音が辺りに響く。
たかがジュースを入れ物に入れているだけだというのに料理を作る作業の一つであるのは、
なんとも趣深いものがある。
「さて、これくらいだな」
適量を注ぎおわると、俺はそのカップを冷凍庫へ静かに置いた。
後は待っていれば完成する。
………
待つ事適時。冷凍庫の扉を開けると、
果たしてそこには見事に出来上がったシャーベットがあった。
オレンジ色のつやが…って、オレンジだから当たり前だが。
手にとったカップがひんやりと冷たくて心地よい。
椅子に座ってスプーンを構え…食す!
シャリッ
「おおっ、美味い!」
たかだかオレンジシャーベット、されどオレンジシャーベット。
自作のそれをひたすら食す……。
「ごちそうさま」
完食した後に思わず手を合わせて挨拶してしまった。
「…たまにはこういうのもいいもんだな」

<初の一人舞台>


『粕漬け』

「祐一を漬ける」
時は昼休み。場所は学校屋上手前の階段。
言った人物は舞。俺はもちろん耳を疑った。
「舞、粕漬けは人を漬けて作るものじゃないぞ?」
「…祐一を漬ける」
俺の説得も通じない。舞の目はかなり殺気に満ちていた。
その脇で佐祐理さんは“あははーっ”と笑っていた。
こんな時まで笑顔な彼女に乾杯…ってふざけてる場合じゃない。
実は今の状態になるまでの複雑な事情が存在する。
いつもの様に佐祐理さんの弁当を食べていた俺達。
おかずに入っていたタコさんウインナー。
本日は不作で一つしか作れなかったと佐祐理さんが言っていたそれを、俺が食べた。
楽しみにしていた舞はそれ以来不機嫌そのもののオーラを立ち上らせているというわけだ。
「祐一を漬ける」
三度目舞が言葉を発した。
実は弁当を食べる前に佐祐理さんに尋ねたのだ。
粕漬けは弁当に無いか?と。
(もっともこれを俺は期待して弁当をご馳走になりに来たんだがな)
しかし佐祐理さんの答えはNOであった。
仕方ないかと思いながらも弁当くらいはご馳走になろうかとしたが…
それがこのザマである。
「祐一を…漬ける…!」
四度目、声を震わせながら舞はついに立ち上がった。
右手に箸、左手にコップを構えている。
「お、落ち着け舞。今は食事中だ、な?」
「祐一を……漬ける!!」
「舞、祐一さんはお漬物にはならないよ?」
横から佐祐理さんがフォロー。それでも舞は立ったままだ。
困った…非常に困った…。
このままでは粕漬けを食すどころか、自分が漬物にされかねない。
しかし原因がタコさんウインナーだというのは明白なのだ。ならば…
「舞、明日俺がタコさんウインナーを持ってきてやる」
「…祐一が?」
「そうだ。両手に抱え切れないくらい、それこそ食べきれないくらいにもってきてやる」
「…ほんと?」
「ああ、ほんとだ」
「……だったら祐一は漬けない」
落ち着きの色を取り戻し、舞はゆっくりと鎮座した。
そして無言のままぱくぱくと食事に戻る…。
「ふっ、こんなもんよ」
「あの、祐一さん…」
「なんだい佐祐理さん」
「タコさんウインナーをどうやって準備するつもりなんですか?」
「それは心配ない、大丈夫だ」
「はぇ〜、そうですかぁ〜」
自信満々の俺の言葉に、佐祐理さんは感心したように息をつく。
しかし…実はあてなんてさっぱりない。自信なんてまったくない。
帰って秋子さんに相談するしかないんだ。
「……はあ」
二人に気付かれないようにため息を吐き出す。
自業自得ながらも複雑に考え込み、俺は弁当を食していた。

放課後。家に帰り着いた俺は早速秋子さんに相談。
意外にも一秒で了承を出してくれた。
しかもきっちり手伝ってくれるとのこと。ありがたい…。
「ところで祐一さん、本の説明書きにはなんと?」
「ああ、タコさんウインナーですか?ええと…」

『●粕漬け
キュウリやナスといった野菜を
酒粕に漬け込んで作った
お漬け物』

「…あれ?」
本に書かれてあったのはタコさんウインナーではなかった。
「タコさんウインナーじゃありませんね」
「おかしいな……あーっ!!」
うっかりしてた。最初俺は粕漬けを食そうとしてたんじゃないか。
秋子さんに説明する時も、タコさんウインナー事件のことしか話さなかったから…。
「祐一さんって面白いですね」
「はあ…え?」
「粕漬けを食べる為にタコさんウインナーを料理しようなんて」
「………」
当たらずとも遠からず。
結局粕漬けは秋子さんに用意してもらった。自家製だ。
ごはんと一緒に食べる。美味かった。
タコさんウインナーはなんとか用意しきれた。
おかげで舞に漬物にされなくてすんだが…
…なんか俺ってすっごく情けない。

<ぽりぽり>


『ガトーマルジョレ』

最初俺はこの料理が何なのかわからなかった。
ガトーってなんだ…。マルジョレってなんだ…。
いや、ガトーマ、ルジョレかもしれないぞ。
いやいや、ガトーマル、ジョレかもしれない…。
しかし名前を見ただけで俺は本を閉じていた。わからないのが悔しかったからな。
ここは一つ、色んな奴と共に考察してみるのも面白いだろう。
…なんてことを考えながら、俺は学校へ向かったのだった。

「おい北川、ガトーマルジョレって何かわかるか?」
「なんだ、今日の料理はそれか?何ってそりゃ…説明見れば分かるだろ?」
北川はわからないみたいだな。
「甘いな。見ずにそれが何か考える。それが楽しみってもんだろ?」
「お前な、そんなこといってそれがとんでもなく変なものだったらどうするんだよ」
「その時はその時さ。なあに大丈夫だ。そんな気がする。」
「余裕だな…。ま、俺はとりあえず知らない。タカる気にもならないな。」
タカるなっての。
「で、北川はこれをなんだと思う?」
「ガトーマ、ルジョレ…。ガトーマとはガマの一種だな。
で、ルジョレはルーの一種じゃあなかろうか」
「ルー?」
「カレーのルー、のルーだよ」
「………」
いいかげんな奴だ。いくら俺でもそこまではめちゃくちゃじゃないぞ。
だいたいガマとルーでどんな料理が出来るんだ。
「要するにガマガエルのスープってことだ」
「………」
俺はもう北川は無視する事に決めた。

所と時間が変わって一年の教室。
と思ったが…栞も天野も多分正解を知ってそうだな…。
根拠は無いがなんとなくそんな気がした。
あっというまにバラされてしまっては面白味がなくなる。
今回は俺と共に考察する同士が欲しいのだから。
「ん?ということは…」
俺は場所を変える事にした。今度は三年の教室。
佐祐理さんなら即答しそうなので…舞だけを狙って廊下に呼ぶことにした。
「さて舞、ちょっと相談がある」
「………相談?」
「そうだ。ガトーマルジョレとはなんだかわかるか?」
「…ガマガエルさん」
「………」
舞ぃぃぃぃぃ!!!!
俺は心の中で叫び声をあげていた。
よりによって北川と同じ発想をするか!?
「お、俺は舞を信じていたのに……」
「……じゃあガチョウさん」
「は?」
「……じゃあ…が、ガメラさん」
「………」
もしかしたら舞は違う事を言ってるのかもしれない。
「舞、さっきから何を言ってる?」
「“が”で始まる動物さん」
「………」
古今東西とかいうやつだったっけ。
しかしガメラは違うと思うんだが……。
「…が、蛾さん」
「もういいって」
つーか、俺がいつそんなものを求めた?
「舞、もう一度質問するぞ。ガトーマルジョレとはなんだと思う?」
「………」
「わからないか?」
こくり
素直に頷く。
「わからないならわからないなりに、思うところを言ってくれ」
「…あっ、雁さん」
「………」
舞の中ではまだ古今東西が続いていた。

帰り道。商店街に向かう。目的はもちろんあゆだ。
こうして歩いているだけですぐに出会え…
どーん!
「ぐはっ」
「祐一くんやっほ〜♪」
攻撃をかまされた。地面に倒れてしまう俺。
「いつも祐一くんが攻撃攻撃って言うから、今日は本当に攻撃にしてみたよっ」
「お前な……」
あゆなりの逆襲がやってきたってことか。
しかしいつもとあまり変わらない。この程度なら軽いものだ。
ぱんぱんと土埃を払いながら立ち上がる。
そして俺は、今日の目的を果たすために早速質問をぶつけた。
「あゆ、ガトーマルジョレとは何かわかるか?」
「うん、知ってるよ」
「へ?」
「たしかケーキだったよね。あれって甘くって凄く美味しいんだ〜。
あ、ガトーってのはお砂糖のことでね…って、その本に書いてあるんじゃないの?」
「………」
「祐一くん?」
やられた…。
てっきりあゆは知らないものと思っていたのに…。
今更もったいぶっていても仕方がないので、問題の本を開いてみる。

『●ガトーマルジョレ
ガトーマルジョレーヌ。スポンジと
クリームの計算し尽くされた
ハーモニーが素晴らしい』

「…なるほど」
「なるほど…って、祐一くん見てボクに聞いたんじゃなかったの?」
「俺は知らなかったから一緒に考える友が欲しかったんだ」
「へえ…。残念だったね。ボクは知ってたもん」
「はあ…」
得意そうなあゆ。俺はますますだれた。
「それより祐一くん、これどうやって食べるつもり?」
「どうやってって…買う」
「無理だよ。これ超高級洋菓子だよ?祐一君のお小遣いじゃ無理なんじゃないかなあ」
「なにーっ!?」
言われて俺は叫んだ。
冗談じゃない。こんな所でつまずいてたまるか。
だいたい俺は変なモノでもあっさり食べる自信があったから余裕をかましてたのに。
しかしあゆの言葉をすぐに信じられず、俺は手頃なケーキ屋にダッシュした。
「あっ、祐一くん!」
背後から聞こえるあゆの声。それでも俺は止まらない。
まずは値段を確かめる…。
そしてケーキ屋。果たして問題の品はショーウィンドウに見あたらなかった。
ひょっとしてオーダーメイド?そこまで高級だったとは…。
呆然としていると、息を切らせながらあゆがリュックの羽を揺らしながら駆けてきた。
「ふう、ふう、やっと追い付いた。祐一くん急に走り出すんだもん…」
「…なああゆ、俺はどうしたらいいと思う?」
「どうしたらって…ガトーマルジョレのこと?」
「ああ…。俺は…もうお終いなんだろうか…」
「オーバーだよ祐一くん。秋子さんに頼めばいいじゃない」
「………」
そうだった。
あれだけ取り乱してしまったのが恥ずかしい。
「…ふっ、俺の演技もうまくなったもんだろ?」
「ねえねえ、ボクもご馳走になりにいっていいかな?秋子さんの手作りケーキ」
聞いちゃいなかった。
「別にいいが、あゆ、俺が…」
「やったあ!早くいこ、ね?ね?」
あゆにとって魅力の品であるということなんだろうか。
そんなことよりもだ。
「あゆ、俺があれだけ取り乱したのは…」
「わーい、ガトーショコラマルジョレ〜♪」
「………」
結局あゆは終始俺の言葉を聞いちゃいなかった。
家にて秋子さんの了承により、無事に料理は食せたものの…
俺の無様な行動が家族に知れ渡ってしまった…。

<慣れない事はするもんじゃないな>


『南瓜のコロッケ』

平凡な料理が来た。懐かしい…いや、別に懐かしむものでもないか。
秋子さんならちょちょいのちょいで作ってくれるだろう。
…しかしそれだと面白味が無い。
というか、なるべく秋子さんに頼るのは最終手段としておきたい。
さて、それならどうするか?
たまには珍しい人物に頼ってみるのもいいだろう…。

「南瓜のコロッケ?」
「そうだ。作れない事はないだろう?」
「…学食で食べた方が早いと思うわよ」
「そんな事はわかっている。俺は手作りを食べたいんだ」
「嫌よ」
「そう言わずに、頼む」
「というかなんであたしに頼むのよ…自分で作りなさいよ、たまには…」
学校。珍しくも自ら香里にモーションをかけてみた。
名雪が聞いていたならおそらく怒ってくるだろう。
そこはぬかりなく、曝睡中を狙っているのだ。
「たまには香里の手料理を食べてみたいんだよ」
「何ふざけたこと言ってんの…」
「相沢!!」
会話が何者かに遮られる。遮った主は北川であった。
北川は廊下への扉に立っている、凄い形相だ。
「貴様…美坂に何不埒な行為におよんでやがる…」
何が不埒だ。
「俺はただコロッケを作ってくれと頼んでいただけだぞ?」
「それが不埒な行為だというんだ!!上等だ、表に出ろ!!」
くいっ、と親指で自分の後ろを指した北川。廊下に来いということか。
「断る」
「なにっ!?」
「外は寒いだろうが」
「よし、ならば教室で勝負だな…」
つかつかと北川が歩み寄ってくる。
ある程度の距離を置いたところで、俺と目線の火花を散らす。
やる気だな…ふっ、望むところだ…。
「…馬鹿やってるんならあたしは何も協力しないからね」
ぷいっとそっぽを向いた香里が自分の席に着く。
俺と北川はそこでハッとなって彼女の席の周りに集まった。
「じょ、冗談だ、美坂を取り合って争ったりはしないから」
「そうだぞ香里。俺達は仲良しさんだ。はははは」
「……そういうところが馬鹿っていうのよ。はいはい、あっちへ行った行った」
うるさそうにしっしっと手を振る。
仕方なく席から離れる俺と北川…。
「…相沢、この勝負は引き分けだな」
「そのようだな…」
お互いにやりきれない気持ちになった。
そのまま放課後……。
結局俺は、商店街で惣菜として問題の品を購入するに至ったのであった。

『●南瓜のコロッケ
すりつぶしたカボチャを具にして
揚げたコロッケ』

「ほんっと、ひねりがない料理だな」
「祐一最近ぜいたくだよ?普通に食べればいいのに…」
ぱくぱくと、夕飯のおかずとなったそれを食す名雪。
言われてみれば、奢りとかタカリとかの影響を一切受けない品だ、これは。
「祐一さん」
「はい?」
「ひねりが欲しかったらいつでも協力しますよ?」
「………」
にこにこと秋子さんが話し掛けてくる。
余計な発言をしたのは目にみえて明らか。
今後はもうちょっと控えよう、そう思う俺であった。

<普通に食べよう>


『南瓜の春巻き』

春巻き…。
「真琴が待ち望んだものね」
春が来て…ずっと春だったらいいのに…。
そうだな、真琴はそんな事を言っていた…
「って、違う!」
「あぅーっ、違うの?」
「当たり前だ。春と春巻きを一緒にするな」
「だって春って書いてあるのに…」
「じゃあなにか?春を巻くってどういうことなんだ?ん?」
「祐一、言葉が変…」
ついつい取り乱してしまった俺だが、真琴の言い分は通るわけがない。
同じ言葉が含まれてるだけで同じにされてたまるかってんだ。
「でも美汐が言ってたよ。祐一は料理名と名前比べて人に頼るって…」
「天野が?」
なんで天野がそんな事言ってるんだ。っていうか俺がそんなことしたか?
これは問い詰めるべきだな…。
思い立った俺は、立ち上がってコートをひっつかんだ。
「どこ行くの?」
「天野に尋問する」
「あぅーっ、美汐をいじめちゃだめっ!」
「いじめるわけじゃない。質問するんだ」
「…真琴も付いてく」
「勝手にしろ…」
少し睨みをきかせながら、真琴は俺にくっついてきた。
隣を歩けばいいのに、わざわざ後ろを進んでいる。
ま、気にしない事にするか…。

そして天野の家に到着。
つーか電話をすれば良かったな…。
「俺は馬鹿か」
「祐一馬鹿だったの?」
こんなくだらない呟きはしっかりと逃さない奴だな。
「いちいちつっこまなくていい。さてと…」
呼び鈴を鳴らす。すんなりと天野が顔を出してくれた。
「相沢さん…それに真琴も?何の用ですか?」
「天野に聞きたい事が有るんだ」
手短に要件を話す。真琴に教えた内容について。すると…
「でも私は栞さんから聞いたんですけど」
意外な答えが返ってきた。
「栞から?」
「ええそうです。相沢さんは食べ物と人名をミックスして食べるって」
「………」
「冗談ですよ。相沢さんは料理名で頼る人を決めるって言ってました」
変な冗談を言うのはやめて欲しいんだが…。
「あぅーっ、祐一って料理と人間を混ぜるの?」
「そうですよ、真琴」
「こら天野!変な事を教えるな!!」
「むっ!祐一、美汐をいじめちゃだめ!!」
一声怒鳴ると真琴がつっかかってきた。
どたばたと始まるつかみあいの喧嘩。そんな俺達を見て天野は一言呟いた。
「寒いのに二人とも元気ですね…」
…感心してないで止めてくれよ。

次に向かった栞の家。
「って、電話しろっての俺」
「電話しろ祐一ぃっ!」
「………」
ぽかっ
「いったーい!!なんで真琴を殴るのよぅ!!」
むかついたからだ。
ともかく、到着してしまったので呼び鈴を鳴らす。
出迎えてくれたのは香里だった。
「聞いたわよ、相沢君」
「何をだ」
「秘密」
「………」
「冗談よ」
天野といい香里といい、冗談が好きなのか?
しかもタチの悪い冗談が…。
「相沢君の悪質なものよりマシな冗談でしょ?」
「俺にとっちゃマシじゃない」
「それはそれとして、相沢君。あなた栞にラピオリをねだったそうじゃない」
「そんな事はした覚えが無いんだが…」
「冗談よ」
………。
「帰るぞ真琴」
「あぅーっ?」
くるりと踵を返して立ち去ろうとする。
と、香里はそんな俺の肩をつかんだ。
「まあまあ。で、わざわざうちに来たのはどういう用件?」
「…この料理を食わせてくれ」
こうなったらもう料理をたかってやる。俺はそう決めて香里に本を見せてやった。

『●南瓜の春巻き
カボチャを具にして油で揚げた
春巻き』

「…こんなの、秋子さんに頼めばいいじゃない」
「あぅーっ、真琴もそう思った」
「俺を弄んだ料金だ」
「…ま、いいわ。丁度お昼も近いし」
香里がくるりと背を向けた。
案外あっさりとしてるな。さすが香里だ。
「今から家に帰れば秋子さんがお昼を用意してくれてると思うわよ」
捨てぜりふを吐いてバタンと戸をしめた。
前言撤回。さすがじゃない香里だ。
「…って、さすがじゃないってどういう事だ」
「あぅーっ、祐一、もう帰ろう?」
「そうだな…」
単に歩き回っただけの俺達。
家に帰り、秋子さんに料理名を告げて作ってもらった。
もっとも、昼は既に別のものが用意されていたので、春巻きを食したのは夜だが…。
「祐一さん、朝からどこへ出かけてたんですか?」
「ちょっとあらぬ噂の元凶をたしかめに…」
「真琴は連れ回されただけだったけど…」
勝手に付いてきた奴が何言ってんだ…。

<“はるこ”さんが居れば…>


『粥』

来たな、簡単な料理。
誰にも頼らずとも俺一人で作れる料理!

『●粥
たっぷりの水にお米を入れて
形が崩れるまで炊きあげたご飯
うめぼしや海苔などはお好みで』

単にご飯を炊けば終わりだ。
秋子さんに頼んで、早速たかせてもらう。
「要はいつもより水を余分に…って、炊飯器じゃなくて直接鍋を使えばいいか」
たっぷり水を張る。お米をざざーっと入れる。
そして火をつける。くつくつくつ…。
「…暇だな」
米を炊いてる間は特にすることがない。
せいぜい吹き零れないように見張ってるだけ…。

………。

「できた!」
炊きまくり、形崩れまくり。立派な粥の出来上がり!
「…なんで病人でもないのにこんなの食わなけりゃならないんだろ」
ツッコんではいけないことにツッコミを入れる。
まあ仕方が無い事だ。大人しく出来上がった粥を食すとしよう。
お茶碗に盛る。梅干し、海苔を使用して食べる。
もぐもぐ…
「お、美味い」
当然だな、俺が作ったんだから。
「はっはっは」
「わ、祐一ゴキゲンだねっ」
名雪が顔をのぞかせる。
笑顔で俺はそれに反応してやった。
「名雪も食うか?」
「うーん、一口くらいなら」
「遠慮するな、お茶碗一杯くらい食え」
「でも、もうすぐお夕飯だし…」
言いながら名雪が鍋を覗く。
と、蓋を持った名雪の手が固まった。
「どうした?」
「…ねえ祐一、何合炊いたの?」
「てきとーだ」
「これ、全部しっかり食べてよね…」
ふう、と息をつきながら名雪は手を下ろした。
「…多かったか?」
「多いどころか…三合くらい炊いてない?」
「いつもそれくらい炊いてるはずだぞ」
「それは皆で食べるからでしょ…」
…言われてみればそうだった。
「いいじゃないか、お粥を皆で食べようぜ」
「嫌だよ。雑炊ならともかく…」

結局…粥は4人で食べる事になった。
秋子さんは“あらあら”と笑ってくれたが、
名雪と真琴からは食事の間中ずっと、冷たい視線を浴びせられた。
「…まあ美味しいから許してあげるけど」
「でも名雪、こんなの真琴でもできるわよぅ」
「そうだよね…やっぱり許さない」
「当然真琴も許さないからね」
変な恨みをかってしまった。
許さないって…何をするつもりなんだ…。

<ぐっちゃぐっちゃ>


『辛いケーキ』

幸か不幸か、栞が“たまには私が作ります”と言ってくれた。
たまじゃなくても、栞にはよく世話になってるのだが…。
「祐一さんが見ている前で作ってみます」
以前も見ている前で作ってもらった記憶がある。
まあこの際細かい事は気にしないことにしよう。
そんなわけで俺は栞の家にお呼ばれしたのだ。
ちなみに俺は料理名を知らない。調べる前に呼ばれたからだ。
知らずに作ろうとするなんて栞も大胆なやつだ。
待合室…いいや、台所の傍の食卓で待たせてもらう。
目の前では例の本を片手に栞が料理の準備をしている。
とそこへ、香里がやってきた。
「…あら、相沢君。うちにご飯をタカりにきたの?」
開口一番そんな言葉を出すとは失礼な奴だ。
だいたい栞から目的を告げられてないのか?
「違うよお姉ちゃん。私が祐一さんに料理を作ってあげるの」
苦笑しながら振り返る栞。その顔には白い粉が少しついていた。
「あら…栞、ケーキでも作るの?」
「うん…」
そして、栞の脇に置かれて有る一冊の本を、香里は目に留めた。
「へえ、なるほどね。今日はどんな料理かしら〜?」
面白半分に香里は栞の傍へと寄っていった。
声からして、ろくでも無い事を企んでそうな…
「おい香里、栞の邪魔だけはするなよ」
だから俺は先に言ってやった。
「…へえ、なるほどねえ」
聞いちゃいないようだった。
「いいわ、あたしも手伝ってあげる」
「おい!」
座っていた俺はガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
邪魔をするなと言ったのに、冗談じゃない。
「そう興奮しなくてもいいでしょ。心配しなくてもちゃーんと作ってあげるわよ」
「いいや、信用ならん」
「失礼ね…あたしだってやるときゃやるんだからね。
栞、今はどこまで進んでるの?」
「え、えっと、材料の準備…」
「ふーん。…ふむふむ、もうちょっとこれは…」
結局姉妹での料理が始まってしまった。
目でちらちらと謝る栞に免じて、俺はおとなしく待つ事にした。
それにしてもケーキか…。たしか現在はカ行。
となるとケーキなんて早くないか?いやいや、何かのケーキって事なんだろう。
多分“か”もしくは“き”で始まるケーキ…

「できたわ!」
考え込んでいると、香里が声をあげた。
「やったねお姉ちゃん」
「さて、早速相沢くんに食べてもらいましょ」
一分と待たないうちにケーキが目の前に運ばれてくる。
見た目、特に変わったところは見られない普通のショートケーキだ。
…おかしい、俺が知る限りこのケーキは“か”では始まらないぞ。
「さ、召し上がれ相沢君」
「私とお姉ちゃんで一生懸命作りました」
美坂姉妹はにこにこ笑顔。
ここで変に拒否とかすればかなり恨まれそうだ。
いや、拒否なんてしてはいけない。拒否なんてもってのほかだ。
拒否なんかする俺は相沢祐一か?いいや、違う。
「ありがたく食べさせてもらうぞ。ではいただきます」
フォークを手にとり、一口を食す…。
………。
「…ぶ、ぶほぶほっ!
こ、これ作り方間違えてないか!?」
ケーキならざる味がしたので俺は思わずせき込んだ。
そして香里と栞の方を見ると…香里はにやにや、栞は心配そうな表情でいた。
「ふっ、ばっちりね。同じ様なセリフを言わせてやったわ」
「もう、お姉ちゃんたら…。すみません祐一さん、料理がこれだったんです…」
申し分けなさそうに栞が本を差し出す。
どれどれと俺はそれを覗き込むと…

『●辛いケーキ
ケホ、ケホッ!
つ、作り方…間違えてない?』

「………」
「ね?相沢君同じセリフ言ったでしょ?ばっちりよ」
「あは、は…ちょっと言い出せなくてそのまま作っちゃいました…」
らしい二人の態度。
なるほど、そういうわけか。ヘンテコ食べ物がぶち当たったわけなんだな。
しかし二人に悪気はない(香里はどうかしらんが)
しかもわざわざ俺を招いてくれたんだ。ここはしっかりお礼を言っておかなければ。
「…いいよ、こうやって食せたんだ。さんきゅうな」
「祐一さん…」
「お代わりたくさんあるからたっぷり食べてね」
「ぶっ!!」
「冗談よ」
ケラケラ笑う香里。マジで胸焼けがしてきた気分だ。
「それ以外はちゃんと普通のケーキを作ったから。
ま、とりあえずはその辛いケーキ食べちゃってよね」
「…あ、ああ」
香里なりのサービスなのだろう。
だが本当のところ、俺はもうこのケーキは食いたくなくなっていた。
「えっと…祐一さん。頑張ってください」
「………」
にこにこと栞に言われては仕方が無い。
大人しく辛いケーキを食し…その後、俺は二人が作った普通のケーキを食べたのだった。

<…胸焼け?>