『ウーズカクテル』

「………」
ナンだコリャ?
と思いたくなるものがそろりそろりと出始めた気がする。
というか現実に存在する食べ物なんだろうか?
やはりここは秋子さんに相談だろうか……。

「えっ?ウーズカクテル、ですか?」
「はい……」
結局相談に走った。というか走らざるをえない。
それでもかなり頼みづらかったのは間違いない。
「とりあえず、説明を見せていただけませんか?」
「ええ、これです」

『●ウーズカクテル
ただのドロのようにも見えるけど
軽やかな苦みがのどを潤す
大人の味わいを持つカクテル』

「まあ、お酒ですね!」
「あ、いや、お酒と決まったわけでは……」
「早速作りますから、少し待っててください」
「………」
本を見せた瞬間秋子さんの顔が輝いた。
そして手遅れだと悟らざるをえなかった。
そうか、お酒か。一体どんなお酒が出てくるんだ。
きっと日本酒だとかの方がましだと思わざるをえないようなものが……
「お待たせしました祐一さん」
全然待った気分じゃない中、秋子さんがグラスを持ってきた。
食卓の上に置かれるそれには、灰色の濁った液体が入っている。
見た目で十分食欲をなくしそうだ。匂いは……奇妙な匂いだ。
「さ、召し上がれ」
「あの、秋子さん。これどうやって作ったんですか?」
「それは企業秘密です」
コワイ。はっきり言って普通の飲み物じゃない気がする。
つーかこんな短時間で一体何故?秋子さんにとって初耳のものじゃなかったのか?
「早く飲んでください。味が落ちますよ?」
「で、ではいただきます…」
わくわくしている風にも見える秋子さんの前で、俺はそれを口につけた。
どろっ
「ぐぬをっ!?」
こ、これは……な、なんなんだ!?
「ウーズカクテルですよ。大人の味あわいです」
心の声に突っ込まないでください。
「食感もあれですけど…なんか未知の味って気が……」
「そりゃあ祐一さんにとってこれは……」
言いかけて秋子さんは口をつぐんだ。
「いえ、何でもありません」
「………」
もしかして本当は既に知っていたってことか?
いや、料理名が違う同一の品を知っている、ってことなのかも。
「さあさあ、残りも飲んじゃってくださいな」
「は、はあ……」
そのまま俺は、すべてを飲み干した。
味がイマイチ理解できない代物であった。
しかし、お酒というわりには特に酔いはまわってこなかった。
なるほどその点では今回は良かったかもしれない…。

<お酒第一号?>


『海燕の巣のスープ』

「今日のお弁当は海燕の巣のスープですよーっ」
都合が良すぎることに、佐祐理さんの今日のお弁当が目的の品だった。
本の事情を迷うことなく俺は二人に話し、ありがたく戴いていたのであった。
スープをどうやって持ってきていたかというと……
それは秋子さんよろしの企業秘密、である。
見た時に俺は驚いた。ただそれだけで、佐祐理さんは何も教えてくれなかったし。

『●海燕の巣のスープ
海燕の巣と百合根を入れて作った
中華風スープ』

「……美味しい」
「美味しいね、舞」
「苦労したから」
「あははーっ、そうだね」
……一体何を苦労したんだろう。
決まってる、調理だ。二人で右往左往しながら頑張って作り上げたに違いない。
「あの高さは手強かった」
「佐祐理、あんなに高いはしご登ったの初めてだったよ」
「見ていて危なっかしかった」
「ごめんね、心配かけて」
……調理……本当にそうだろうか?
はしごに登るなんてこと自体あるはずがない。
だとすると二人の会話は一体……。
「今度は祐一を連れて行く」
「…ごめん、やっぱり佐祐理は足手まといだよね」
「そうじゃない。佐祐理は料理をする係。危険な仕事は祐一の係」
「舞……。うん、そうだね、ありがとう」
いつのまにやら二人の仲むつまじい姿が出来上がっていた。
やはり見ていて微笑ましい……
「って、危険な仕事ってなんだ!」
「……言葉通り」
香里の真似か?
「具体的に言え、舞」
「巣を取りに行くの。ただそれだけ」
「高い高い所にそれがあるんですよーっ」
「………」
なんとなく話の筋が飲み込めた。
しかし……なんで俺がそれに?
…などと反論できるわけも無い。
現にこうして俺は海燕の巣のスープを戴いてるのだから……。

<採集方法はナイショ>


『梅干し』

これまたポピュラーなものがでたもんだ。
日本人はお米族。そのお米族のお供として有名である。
「なんでこういうフツーなのばかりじゃないんだろう」
などとグチっても仕方ない。早速説明がきを読んでみる。

『●梅干し
梅の果実を赤じそと塩で漬け込んだ
食べ物
見ててツバが出てきた…』

「誰だお前は…」
思わずそう呟いてしまった。
実物を見ながら書き記したんだろうか?
そして…
「俺もツバが出てきた…」
なんとつられてしまった。
「私もツバが…」
彼女もつられたらしい……彼女?
「おわあっ!?」
気が付くと俺の傍に女子生徒が立っていた。
「相沢さん、そんな他人行儀な表現はやめてください」
訂正しよう。天野美汐が立っていた。
「で、気配を消してまで俺に近づいた理由は?」
「単に相沢さんが夢中になっていただけでは?」
「その通りだ。やるようになったな」
「………」
なんというか、無反応。
あまり冗談は通じないようだ。いや、冗談が冗談として通らないのかもしれない。
「さておき、いつのまに近づいたんだ?」
「読書をしながら、廊下を目的もなくふらふらと歩いている姿が滑稽だったものですから」
密かに馬鹿にされてるような気がする……。
「誰も近寄ってませんでしたが、私は好奇心で近づいてみました。
そしたら相沢さんがまた例の本を持ってるのだとわかったので。
おそらくは呼んでも気付かないであろうからつい覗いてしまってました」
天野を惹き付ける何かがあったのかもしれないな…。
そうそう、言い忘れてたがここは学校である。
「誰に言い忘れてたんですか?」
心を読むな。
「それは失礼致しました」
だから心を読むなって。
「私にどうしろと言うのですか?」
「そんなことを聞くな」
いやさ、心の声に反応してほしくないだけだ。
「なるほど、わかりました」
………。
「まあさておきだ、梅干しをこれから食べようと思う。天野も一緒にどうだ?」
これも縁だというわけで天野を誘ってみる。
「つられてツバが出てしまった仲だからでしょうか?」
「そんなところだ」
「…では学食で梅干しだけを注文しましょう」
それは酷というものだろう。
「せめてご飯くらいは」
「いい梅干しは、そのまま単独で食べても美味しいんですよ」
経験者は語る、だろうか?
しかし妙に年寄りくさい気がするんだが……。
「……私だけで食べてきます」
すたすたと天野が歩き出した。
「あ、おい、ちょっと待てよ!」
「どうせ私は老けてますよ」
「いや、そういう事じゃなくて……」
「相沢さんが食べるであろう梅干しを私が食べ尽くします」
そんな陰険かつ過激な行動は絶対にしないでもらいたいものだ。
「すまん、悪かったって!」
走りながら懸命に謝りつつ、なんとか事無きを得、俺と天野は学食で梅干しを食した。
わざわざ自分で作るなんてことはもちろんしたくないしな。だから学食というわけだ。
もちろん梅干し単独ではなく、白いご飯と一緒だが。
やけに周りからの視線が気になったのは気の所為ではないだろう。
「日の丸弁当みたいですね」
「これがもし昼食だったら嫌すぎだな…」
ちなみに今は放課後である。だからちょっとしたおやつだ。
「…おやつ、ですか?」
「だから心の声に反応するなって」

<そういう事にしました(謎)>


『海老グラタン』

「よぉーっし、わたしが作ってあげるね♪」
以前海老フライで大張り切りしてた名雪が、今回もこんな事を言い出した。
キッチンを、食卓を封鎖。そして俺は居間でひたすら待つ。
あの時と違うのは、秋子さんと真琴が一緒であること、
そして替え歌を歌ってないことである。
「名雪の料理、どんなだろ?」
「期待はしていいと思うぞ。海老フライは絶品だったしな」
材料さえ良ければ人に出す料理を余裕で作れるような腕の持ち主だと俺は思っている。
部活さえ忙しくなければ、秋子さんの代わりは十分に果たせているはずだ。
「それにしても、どうして今日はあんなに張り切ってるのかしら?」
「さあ………」
秋子さんの疑問は、俺にも真琴にもわからないものであった。
ただの気まぐれじゃないかというオチだろうが……。
「そういえば詳しい説明を読んでなかったな」
料理名を告げただけで名雪は作り始めてしまったからだ。
今更という気もしたが、三人で本を読んでみる。

『●海老グラタン
新鮮な海老を
たっぷりと加えて作ったグラタン』

「新鮮……」
俺と真琴は特に何も感じなかったが、秋子さんがぽつりと言葉を漏らした。
「うちに新鮮な海老、あったかしら……」
考えてみれば今日は買い物に出かけていない。
となると、新鮮という言葉はあまり適切ではないだろう。
別に説明がきに100%従わなければならないわけでもないから大丈夫だと思うが…
「う〜、肝心の海老が無いよ〜……」
名雪の声が聞こえてくる。
海老が無い。これは新鮮という以前に問題外だった。
「つーか材料くらい確認して作れ!!」
怒って叫ぶと同時に、俺は居間を後にしようとする。
「祐一さん、どこへ行くんですか?」
「ひとっぱしり行って海老を買ってきます」
「買うよりは獲ってきた方がいいんじゃないですか?」
無茶を言わないで欲しい。
「いくらなんでも俺には無理です」
「仕方ありませんね。新鮮じゃなくなりますが……」
しぶしぶながら秋子さんも立ち上がり……資金を手渡してくれた。
「名雪には私から言っておきますから」
「お願いします」
「行ってらっしゃい祐一。ついでに肉まんも…」
「俺は海老だけ買ってくる」
真琴のあつかましい要求を無視し、俺は家を飛び出した。
遅い時間寒い中でも、無事購入できた海老を持ち帰る。
そして少し遅めの夕食を戴いたのであった。
「今度はしっかり頼むぞ?美味いけど……」
「くー……」
「寝るなっ」
「う〜……」
材料不確認というとんでもないミスはあったが、料理は無事いただけた。
終始気まずそうにしていた名雪ではあったが、そこは料理の美味さでフォローが効いている。
さすが自ら作り出すと言っていただけのことはある。
ちなみに海老はたくさん買っておいた。
何故かって?どうせ海老に関して色々あるだろうからな……。

<そんなわけでしばらく海老>


『海老シュウマイ』

「今回は舞、お前に頼る事に決めた」
「………」
昼休みじゃない普通の休み時間の校内で、俺は舞と出会った。
丁度一人で出歩いている所だったみたいだ。
「どうして?って顔してるな」
「……どうして?」
「よーし、理由を教えてやろう。それはだな、シュウマイと舞!
共通点はなんだ?」
「………」
無言だ。しかし頭の中では分かっているに違いない。
「名前の“まい”という部分が一緒だろ?だからだ」
「………」
やはり無言だ。しかも無表情だ。
……もしかしたら本当は分かってないのかもしれない。
「祐一さん」
「おっ、この声は……」
舞といつも一緒に居る佐祐理さん……
「こんなとこで何してるんですか?」
違った。もっとも、セリフだけでは同じだがな。
「栞こそ何をしてるんだ?」
「ちょっとさる三年の先輩に用事があったものですから。そちらの方は?
……ああ、たしかワインパーティーでお会いしましたよね。川澄先輩でしたっけ」
舞の姿を目に留めて話しかける。
物覚えがいいところはさすが栞といったところだろうか。
「……舞でいい」
相変わらずの無表情であったが、舞は柔らかく栞に返した。
そうなると、栞も少し戸惑って……
「え、えっと、それじゃあ舞さんと呼びます」
と、答えた。見ていて気分が和む……じゃなくてだな……。
「栞、俺の案を聞いてくれないか」
「はい?何の案でしょう?」
「実はだな……」
舞とシュウマイの関係を手短に説明する。
すると……
「そんな案を出す祐一さん、嫌いです」
きつい言葉が返ってきた。
「舞さん困ってるじゃないですか」
「………」
栞に同調するようにこくりと舞は頷いた。
「いや、しかしだな……」
「しかしもかかしもありません。
ではもしラピオリなんて出たら私に任せるつもりですか?」
ラピオリってなんだ……。
つーか共通点は“おり”じゃないか。だったら香里にも頼める。
「ともかく舞さんに頼むくらいなら……」
「祐一が買ってくる」
「…そうですね。冷凍もので安く買えるはずです。良かったじゃないですか」
なんだか知らないうちにまとめられてしまった。
冷凍もの?そんなので済ませられる内容だったかな……

『●海老シュウマイ
海老の身を加えて作ったシュウマイ
プリプリとした感触が楽しめる』

「……たしかに、冷凍ものでおっけーだな」
「ばっちりですね」
「ばんざい、祐一」
「はい、万歳です」
「はは……ばんざーい……」
わけもわからずその場で万歳。
……まあいっか。
というわけで、栞の提案により冷凍海老シュウマイを買って食した俺であった。

<レンジでチン>


『海老ドリア』

「海老、か…」
海老といえば、先日どさどさと買い込んでおいたはずだ。
それを使用して作るとしよう。
「よーしっ、ボクがばっちり作ってあげるね」
「ああ……ん!?あゆ!?」
“ばっ”と振り向くと、そこにはあゆが立っていた。名雪も一緒だ。
ちなみにここは俺の部屋。ノックも無しに侵入されるのがもはや常識になりつつある。
「祐一、そんなに驚くこと無いでしょ?」
「うぐぅ、ボク何もしてないのに…」
ばっちり作るとかなんとか言ってたじゃないか。
「で、なんであゆが作るんだ?名雪が作ればいいんじゃないのか?」
「だってわたしはこの前作ったばかりじゃない。だからあゆちゃんに頼むんだよ」
「頑張って作るから楽しみにしててね」
楽しみに……できるわけがあるか!
「あゆ、ドリアが何か知ってるな?」
「うん。ここに書いてある通りだよね」

『●海老ドリア
炒めたお米の上に
ホワイトソースと海老をのせて
オーブンで焼き色をつけた食べ物』

「そうだ。で、焼き色は黒じゃない、これは分かるな?」
「うぐぅ、そんなのわかってるよぅ…」
いいや、そんなことはない。
「お前は何でもかんでも真っ黒にするじゃないか」
「わ、そうなの?あゆちゃん、お習字じゃないんだよ?」
「うぐぅ、そんなことないもん……」
力強く否定しないところは、半分肯定してるも同じ…。
つーか習字でも墨は確かに使うがまっくろにするわけじゃないんだが。
「と、とにかく!ボクが作るんだから!!」
急に力説。しっかしなぜにそこまで作りたいんだ?
「なああゆ、動機はなんだ。何か企んでいないか?」
「企んでないよう」
「そうだよ祐一。あゆちゃんは何も企んでないよ」
横から名雪がフォロー。
「だったらなんでそんなにドリアを作りたがっているんだ」
「うぐぅ、だって……」
「あゆちゃん、作るなら作るでしっかりしないと。そんなんじゃ駄目だよ?」
どうも名雪の立場はどうも中途半端だ。
あゆをふぉろーするか俺の味方をするかどっちかにしろ。
「もういいもういい、とにかく作れ。俺が食べても平気なものを」
「うぐぅ…そういう言い方なんだかヒドイ…」
「そうだよ祐一。何でも食べられるのが祐一なのに、それはヒドイよ」
俺がいつ何でも食べられる人間になったんだ。
「いくら俺でも食えないものはある」
「例えば?」
「あゆが作った炭料理」
「うぐぅ、酷いよ!!」
「祐一言い過ぎ。…こうなったら無理にでも作ろう?」
無理になんて作るな。
「だから、作るなと俺は言ってないだろうが。
俺が食べられるものを作れといってるんだ」
「うぐぅ…だから頑張って作るよぅ」
「わたしも頑張るから、ね?」
…なんだかこれ以上言い合ってても意味が無い気がする。
「わかったから早く作ってこいって」
「う、うん」
「よーし。行こ、あゆちゃん」
やっとのことで、二人はその場から去っていった。
そしてしばし待っていると、ご飯が出来たとつげられる。
出来上がったそれは果たしてドリアであった。
ちゃんと黒くない。上出来の海老ドリアだ。
「おお、しっかり作れたな」
「う、うぐぅ、頑張ったもん…」
「お母さんも……」
「は?」
秋子さんを慌てて見る。
無言のままでにこにこしている。
……結局こんなオチか。

<成功まで苦労したんですよ>


『海老ピラフ』

連続するだろうと予想はしていたが……。
「海老…なんでここまでこだわるんだ?」
「それは運命よ、相沢君」
「おわあっ!!」
自室…じゃなくて教室で本を読みふけっている背後からぬっと香里が現れた。
「おどかすなよ…」
はっきり言って心臓に悪い、悪すぎる。
「軟弱な心臓ね」
お前がそんな事言えるのか?
「まあそんなことはどうでもいいわ」
よくない。
「海老で困ってるんなら協力してあげなくもないわよ?」
どうせタカリだろう…。
そう思って、俺はがたりと立ち上がった。
「ちょっと相沢君、どこ行くのよ」
「散歩」
「逃げるの?待ちなさいよ〜」
珍しくも香里が追跡をかけてきた。
負けじと教室を素早く飛び出し、廊下を駈ける。
「廊下を走らない!」
「うるさい、お前も走ってるだろうが!」
「パトカーだって犯人逮捕の為には速度制限を超えるものよ!」
…なるほど、一理有る。
なんて感心してる間に、結局俺は香里につかまった。
「くそっ、放せよ」
「困ってる人は放っておけないのよ」
なんのこっちゃ。
「お前俺にタカりたいだけだろうが」
「失礼ね、そんなんじゃないわよ」
その場でやんややんやと争っていると…
「あっ、祐一さん。鬼ごっこですか〜?」
のほほんと声をかけられた。
香里と一緒に振り返ると、そこに立っていたのは佐祐理さんだった。
ちなみに舞は一緒じゃない。…まあ、そういう時くらいはあるだろう。
「あいにくと鬼ごっこなんて楽しそうな響きじゃないんですよ。
言うなれば人助け。ふふ……」
不敵な笑みを浮かべる香里。最近こいつも変になってきた気がする。
首根っこをつかまれてじたばたしていると、佐祐理さんが更に話し掛けてきた。
「えっと、たしか美坂香里さんですね」
「ええそうです。そういうあなたは倉田先輩」
「あははーっ、佐祐理でいいですよ」
「遠慮しときます…。あ、あたしは香里でいいですから」
「そう…よろしくお願いしますね、香里さん」
「は、はい、こちらこそよろしく。倉田先輩」
たかだか以前一回会ったきりだというのに結構打ち解けている。
もっとも、どこそこに遠慮みたいなものが見受けられるが
「早速だけど相沢君を助けるのを手伝って欲しいんです」
「ふぇ?祐一さん何か困ってるんですか?」
「実は……」
言いながら、俺が手に持つ本をばっさり広げて佐祐理さんに見せる。

『●海老ピラフ
炒めたお米に新鮮な海老を加え
スープで煮込んで炊きあげた食べ物』

「これを相沢君のために用意してあげないと」
「なるほどーっ。それじゃあ帰りにお食事、ですね」
「さっすが、わかってますねえ倉田先輩!相沢君、聞いての通りよ」
……結局タカリじゃねえかー!!
「うーん……やっぱり材料を買って佐祐理のおうちで作りましょう〜」
へ?
「い、いいんですか?倉田先輩」
「ええもちろん。あ、お友達も誘ってくださいねーっ」
「ありがとうございます…ほら、相沢君もお礼言いなさいよ」
「…あ、ありがとうございます、佐祐理さん」
「あはははーっ」
結局そのまま、わけがわからないまま佐祐理さんの家で海老ピラフを食す事になった。
メンバーは俺と香里プラス、北川に名雪に舞。
でもって肝心の材料は、やはりというか商店街で買った。
…本当にわけがわからん。
ま、タカられず無事に食せたんだ、よしとしよう。

<さゆりん・かおりん>


『黄金のシチュー』

『●黄金のシチュー
海の幸を使ったシチュー。余談だが
貝は火を通した方が美味いと
思うのは自分(←誰?)だけ?』

「誰だお前は」
時々へんな説明文があったりするからついつい反応してしまう。
かくいう俺も、貝は火を通した方が美味いと思うがな。
(生の貝はあたるとこわいんだ、これが)
それはさておき、普通のシチューの様だ。
タイトルからして、もしかして金入りのシチュー!?
などと思ったりしたが……ホッと一息である。
海の幸…ここはやはり秋子さんに頼むとしよう。

「えっ?黄金のシチューですか?」
「はいそうです。海の幸を使った…」
「初めて聞きましたねえ。黄金、ですか……」
ちょ、ちょっとまった。
「あの、秋子さん。これはあくまで料理名であって、実際は……」
「わかりました。なんとか工面しましょう。知り合いから黄金を取り寄せてもらいます」
ぐはあっ!おもいっきり勘違いしてる〜!!
「…って、知り合いから取り寄せてもらう?」
「ええ。あ、企業秘密ですからね」
しーっ、と人差し指を唇にあてる。なかなかに珍しい場面だ。
……じゃなくて!!
「秋子さん、黄金を使うシチューじゃなくて、海の幸を使うんですよ!?」
「海水には金が微量ながら含まれているんですよ。知りませんでしたか?」
「へええ……」
って、感心してる場合じゃなくて!!
「秋子さん!!」
「海底には黄金を積んだまま沈んでしまった船もありますし。
なかなか粋なシチューですね、感心しました」
駄目だ、もはや真実には近づけないかもしれねえ。
いや、ここで諦めてどうするんだ相沢祐一。
この程度で引き下がっていてはこれから先苦労しまくるのが見え見えだ!
「秋子さん、もう一度言います」
「あ、そろそろお買い物に行かなくちゃいけませんね。
たっぷり海の幸を買ってきますから待っててくださいね」
「だからその海の幸ってのは……」
「魚や貝や…とにかく色々ですよ」
「………」
なんだ、秋子さんしっかりわかってるじゃないか。
俺をからかってただけなのか……そうだよな、そうに決まってる。
「その帰りに黄金も持ってかえってきますから御心配なく」
「………」
だああ!やっぱりわかってねー!!!

そんなこんなで……
終始秋子さんにからかわれっぱなしの俺だったが、なんとか無事にシチューを食すことができた。
心配しなくとも普通のシチューだ。黄金については最初から最後まで冗談で言っていたらしい。
「ねえ祐一、なんでこれって“黄金のシチュー”って名前なの?」
「俺がそんなもん知るか」
「黄金みたいに輝いてたりしたらわかるんだけどなー…」
名雪、そんな気味のわるいものは、残念ながら俺は食べたくないぞ。
(もっとも、そんなのが本当に出ても食さなくてはならないのだが)
しかし実際の所はどうなんだろう……?

<海の幸が黄金の様に大切、ってことかな?>


『おおとろ』

これは以前も食った事がある。
たしかあの時は、伝説のなどというわけのわからん肩書きのために、
ギリギリの4ケタなどという大出費をかましてしまったんだ。
「おお相沢、またおおとろか!よしよし、早速俺が連れてってやるからな」
頼みもしないのに北川が本を覗き込んできた。
そして俺の手をつかんで引っ張ろうとする。
しかしもちろん、俺はその手を振り払った。
「いらん!お前が連れてくとこはろくな結果にならん!」
「ふっ、そんな事いつまで言えるかな?」
「そんな事言う人嫌いです」
「そう、そんな事言う人……どわあっ!?」
背後から聞こえてきた別な声に北川が思い切り飛びのく。
リアクションオーバーな奴だな……。
「よっ、栞」
「こんにちは祐一さん。堂々と来ちゃいました」
言われてはたと気がついた。そうだ、ここは俺らの教室…。
佐祐理さんみたく構わずにいつも来られてしまったらどうしよう……。
「なんだよ相沢、栞ちゃんと約束してたのか?」
「ああそうだよ。放課後おおとろを食べにいこうってな」
「唐突な約束でびっくりしました」
早速行こうと立ちあがる。ちなみに名雪も香里も部活で居ない。
ま、だから栞を誘ったわけなんだけどな。
「というわけでさらばだ北川」
「…おい相沢、俺も連れてけ」
言うと思った。
「残念だがそれは却下だな」
「タカりはしないから。な?頼むよ」
両手を合わせて拝んできた。
こんな北川が見られるとは……。
「…北川、お前何か企んでないか?」
「何を言う。俺はただ栞ちゃんと相沢と共におおとろを食したいだけだ」
それだけで十分怪しい動機だぞ。
「いいじゃないですか祐一さん。潤さんも御一緒に」
「じゅ、潤さん……」
たしかに北川の名前は潤で、名前で呼ぶ栞が呼ぶと潤さんだな……。
だが、なんだこの執拗にくる違和感わあああ!
「おお、ありがとう栞ちゃん!さあ行こうか!」
「はいっ」
呼び名でショックを食らってる俺とは違って二人はやけに元気だった。
そのまま二人にずるずると引きずられる形となって……
「そういやおおとろの説明は?」

『●おおとろ
脂のたっぷりのったマグロの刺身
口の中でトロリととろける
最高の味わいを持つ』

「…刺身だったんですね」
そして俺達が食すことにしたのは以前の寿司とは違って刺身であった。
しかし……なんでこんな高そうな料亭なんかに居るんだ!?
「祐一さんが奮発しようって言いましたから」
「俺がそんな事言うか!北川〜!!」
「だ、大丈夫だ、なんとかなる!!」
…で、おおとろ一つだけを食したのでなんとかなったのだ。
店員の不審な目つきは非常に気になったが……。
しかも出費は4ケタいきやがったし……。
それはそれとして、三人での雑談はえらく盛り上がった。
ほとんど香里についての話題だったが……。
「楽しいひとときでした」
「また食べに行こうな!今度は相沢のおごりで!」
「俺はおごらんと言ってるだろうが!!」

<とろりとろり>


『大とろの串焼き』

料理名を見てまず驚いた。
昨日とろを食ったばかりだというのに……。
しかも今度は串焼きときたもんだ。初めて聞いたぞこんなの。

『●大とろの串焼き
トロの部分は火を通しても美味い
ほんと、びっくりします』

「わ、びっくり」
「おわあっ!!」
突然声がしたのでびっくりして飛び退く。
声の主は名雪。いつの間にか傍に立っていたのだ。
「大袈裟だよ祐一」
「いきなり背後に立つな!!」
「背後じゃないよ、脇だよ。そんなことよりこれどうやって食べるの?」
びっくりと最初に言った本人はまったく驚いてない顔で話を続けようとする。
こういう時の名雪を見ていると、何か敢闘賞をあげたくなってくるな。
「とりあえず秋子さんに頼んでみる」
「ね、二人で食べに行かない?」
またこいつは自爆的発言をかましやがった。
「誰が金払うんだ。こんな高…」
「祐一」
「即答するな。俺はおごらないぞ」
「う〜」
「う〜、じゃないっ!!」
怒ると、名雪は残念そうにふうとため息を付いた。
「しょうがない、お母さんに相談してみるよ」
最初からそうしろっての。
「その代わり祐一、串一気やってね」
「は?」
「あ、そうだ。栞ちゃんを呼ばないと。一緒に香里も呼ぼうっと」
呟きながら部屋をとたとたと後にする。
聞き慣れないがどこかで聞いた言葉に、俺はその場に固まっていた。
串一気……これは一体どこで聞いたんだろう?
串?串ってのはシシカバブ…の串を指す言葉がたしかオベリスクの語源で……
って何別のことを思い出してるんだ、俺は。
結局ひたすら串の事を考え続けてしまっていると、不意に下から呼び声が。
「祐一さーん、ご飯の時間ですよー!」
…この声は?
我に返って、わたわたとしながらも降りていく。
すると食卓には、名雪と真琴と秋子さんに加えて、美坂姉妹が座っていた。
「名雪と栞があんまりしつこいもんだからついあたしもお邪魔しちゃったわ」
「うー、わたしそんなにしつこく言ってないよー」
「まあまあ、お姉ちゃん。祐一さんの串一気が見られるなんて滅多にないよ」
「真琴串一気見るのすっごく楽しみっ♪」
「大胆な挑戦ですね、祐一さん。さ、これが大とろの串焼きですよ」
口々に声をかけられる。最後に声をかけた秋子さんがでんと指さしたそれ。
紛れもない大とろの串焼き…いや、実際に見るのはこれが初めてだが。
「…ん?串一気、って?」
「祐一さん忘れたんですか?ほら、串を2、3本一気に食べるんですよ」
「ああ、そういえば以前そんなことを……って俺がやるのか!?」
「そうですよ。だから私とお姉ちゃんはここにやってきたんです」
にこにこと笑顔を絶やさない栞が串をぐいぐい勧めてくる。
立ったままながらにそれを手に受け取ってしまう。
集中視線を浴びたところで、後に退けなくなっている状態だという事をひしひしと感じた。
「……ホントにやるの?」
「「「「「もちろん!」」」」」
ハモった。これはこれで恐ろしいものがある。
だが俺は覚悟を決めて、串を3本口に放り込んだ。
ばくっ!
「……ほおっ、ひっふりふふほろふまひー!!!」
「祐一、口の中の物飲み込んでから喋ってよ……」
名雪から飛ぶクレーム。
しかし空になった串を見るなり拍手が沸き起こった。
なんだか照れる。しかし、どこか空しい……。
「相沢君って食い意地はってるのかもね」
「だよねー。あんなの一気に食べるくらいだもんねー」
香里と真琴が冷めた意見を出した。
栞が慌てて反論していたが……あながち嘘ではないかもしれない。
というか、あんな本を抱えてる状態でそう言われてもなあ…。
それはそれとして、大とろの串焼きが美味かったのはたしかだ。
あっさりと用意してくれた秋子さんには感謝感謝である。

<くしいっきー>


『お刺身』

「まともだ…」
何故か一言、こう呟いてしまった。
いや、今までもまともな料理はたくさんあった。
しかしそれぞれまともに終わらなかったのは何故だ?
「それはひとえに、俺の周りに居る人物がちょっかいを出してきたからだ!」
よくよく考えれば、変な料理以外はちゃんと食せるはず。
買うなり作るなりすればすぐ食べられるものだ。
というか、その過程も絶対に楽勝で終わるはずなのだ。
それなのに毎回厄介事が起こる原因は…
「周りの連中のちょっかいしかない!」
「ちょっとぉ、何失礼なこといってるのよぉ」
振り返ると奴が居た。振り返れば真琴が居た。
またもノックなしに入ってきやがった。不法侵入もはなはだしい。
「また本に夢中になってたんでしょ?百回くらいノックしたのに返事が無かったわよぅ」
「………」
嘘を付いて誤魔化そうというのか。ふっ、俺はそんな手に引っかからないぞ。
「あっ、真琴。祐一さんちゃんと起きてたのね」
「秋子さん、祐一ったら本に夢中になってたわよぅ」
「根気良くノックしてて良かったでしょ?」
「あぅーっ…。でもやっぱり最後は真琴の強行突破で気が付いたみたいよぅ」
「あらあら。それじゃあ私の負けかしら」
頬に手を当て笑う秋子さんもそこに居た。いや、正確には戸口の傍に立っていた。
どうやら真琴と一緒に何かの勝負をしてたみたいだが…
ノックをしてたのはどうやら本当らしい、ショックだ。
「ところで祐一さん。今日の献立は何ですか?」
「秋子さんがメニューに悩んでたから、祐一の本と相談しようって事になったのよ」
えっへんと得意げな真琴は何故か鼻高々。
こんな切羽詰まったものを献立案にしようとは秋子さんらしいというかなんというか…。
しかし今日はまともなメニューであろう。
迷いも無く俺はすっと本を差し出した。

『●お刺身
新鮮な魚を薄く切り
切り身にしたもの』

「やっぱり。これってぴろの大好物よ」
「それじゃあお食事の後で真琴が持っていってあげてね」
「うんっ」
ぴろの好物って肉まんじゃなかったのか?
「でも新鮮な魚…うちにあったかしら……」
「秋子さん、無理に魚をさばかなくてもいいと思いますが」
「それもそうですね」
俺がツッコミを入れると微笑みを返してきた。
その反応はお見通しだったと言っているようである。
「それはそれとして、お刺身〜♪」
「やけにはしゃいでるな、真琴」
「昨日大とろの串焼きでしたからね。予想が当たって嬉しいんですよ、きっと」
密かに献立予想をしていたという事か。
めざといな。“な行”に入った途端毎日のように襲撃してくるかもしれない。
先の不安を抱えつつ、俺は刺身を無事に食したのであった。
ちなみに、実際の魚をさばいたものではなく、スーパーで買ったパックである。

<ふつーの刺身〜>


『お吸い物』

「お吸い物、お買い物♪」
……最近俺も妙な事を口走るようになってしまった。
それはそれとして、まともなものが大量に続いているのは嬉しい限りだ。
この程度はあっさりと秋子さんが作ってくれる事だろう。
意気揚々と階下へ降りてゆく……
食卓に顔を出すと既に秋子さんがキッチンで今日の夕飯を作っていた。
「あら祐一さん。今夜はカレーですよ」
「へえ、美味しそうですね……」
…って、しまったぁー!!
お吸い物の事を告げるのを忘れていたー!!
今日はごたごたしてて言うのが遅くなったから……。
「あの、秋子さん」
「はい?」
「実はその、かくかくしかじかで…」

『●お吸い物
野菜と魚肉を具として加えて作った
すまし汁』

「…というわけなんです」
本を見せ終わると、秋子さんはふうとため息を吐いた。
「もう少し早く言って欲しかったですねえ」
「すいません」
「でも大丈夫ですよ、すぐに作りますから」
あっさりと笑顔を見せたかと思うと、
カレーとは別の鍋を用意し、準備に取り掛かり始めた。
手早く慣れたその手つきはさすが秋子さんといったところだろうか。
カレーを見ながら、お吸い物を作り上げてゆく…
「あ、そうそう」
「はい?」
「お吸い物は祐一さんのみで片づけてくださいね。私達はカレーを食べますから」
「は、はい」
当たり前の事である。これは俺のリクエスト。
しかも夕飯ギリギリになってのリクエスト。
ついでに言うと、カレーとはまず一緒に食べない料理である。
とか考えてるうちに二つの料理は出来上がりつつあった。
…つーか、匂いが混ざるとやけに奇妙な感覚に襲われる。
「はあ、今日はまともだったのに……」
「ちょっとした闇ナベかもしれませんね」
自業自得のため息を吐き出すと同時に秋子さんがにっこりとこう告げた。
こんな闇ナベは勘弁して欲しいんですけど…。

<実際に経験したのでね…>