『やすいさしみ』

『●やすいさしみ
色のくすんだ生きの悪い魚を使った刺身。
腕でカバーするのも限度があろう。』

「なるほど・・・。」
説明書きを秋子さんに見せると、感心したように頷いていた。
「これはもう祐一さんが作るしかないですね。」
「はあ、そうですか・・・。」
「とりあえず材料を買っておきますので、夕飯前にさばきかたをお教えします。」
「・・・・・・。」
魚を実際にさばく。
料理名からしてこうなることはなんとなく予想がついていた。
しかしいざ決まってみるとどうも落ち着かなくなる。
「かといって普通やすいさしみなんて売ってないしなあ。」
しつこく探せば見つかるかもしれないが、そこまでして手に入れる代物でもないだろう。
学校で居る間、俺はほとんどそわそわとしていたのだった。
「珍しいな相沢。お前のそんな顔は初めてみたぞ。」
単に声をかけてきただけだが、北川は俺の異変にばっちりと気付いた。
「まあな。家に帰ると大仕事が待ってるから。」
「なるほど、料理だな。」
あの本に関することであるというのは周知の事実。
当然の様に北川は的をついた事を言ってきたのであった。
「そうだ、料理だ。今回はお前に手伝ってもらえることはないよ。」
「つれないことを言うな。一緒に食べてやるぞ?」
「なに?」
図々しい事を言ってきた。
俺は既に家で料理をする様なことを言ったはずなんだが・・・。
「あたしも便乗していいかしら?」
更には香里までこんな事を・・・。
名雪が聞いていたらどう反応するだろう。しかし当の本人はぐっすり寝ている。
まあ俺達がどうあれ、多分秋子さんは了承するんだろうな・・・。
「いいかどうかは秋子さんに尋ねることにする。」
「あら、それなら一秒で了承してくれると思うわよ。」
さすが香里だ、よく心得ている。
「それじゃあもう決定したも同然だな。で、相沢。肝心の料理はなんだ?」
二人はすっかりその気の様だ。
で、俺はこう答えてやる。
「今は秘密だ。家に来たら教えてやるよ。」
「楽しみにしてるぞ。」
「楽しみにしてるわよ。」
にこやかに告げながら、二人は去って行った。
知らぬが仏とはこういう事を言うんだろうな・・・。

そして放課後。さっぱり事情を知らない北川と香里が嬉しそうに付いてきた。
今日は部活が休みである名雪も一緒だ。
家に帰ると、秋子さんの一秒での了承により、彼らは招かれる。
いや、心なしか一秒より早かった気がする。
なんて違和感を感じていると、その理由がキッチンにて明らかになった。
「ちょっと張り切りすぎちゃいまして。」
一匹丸ごと鯖が置かれていた。大きさも並じゃない。
何を張り切ったのかはあえて聞かないでおこう。
「でもさすが祐一さんですね。食べてくれる人を連れてくるなんて。」
「ま、日頃の行いがいいですから。」
「ではさばき方を教えますね。まずは・・・。」
秋子さんの指導のもと、鯖がどんどんさばかれてゆく。
大皿にたくさんの刺身が出来上がった。
問題なく終えることが出来たのは、秋子さんの指導のたまものであろう。
「・・・たしかに色艶悪いですね。」
「安いですから。でも食べられないことはないですよ。」
「ちなみにいくらくらいなんですか?」
「さすがにそれは秘密です。」
笑顔ではあったが、結局余計なことまでは教えてくれなかった。
そんなこんなで夕食時間の到来。
言うまでもなく北川と香里には不評の嵐であった。
それでもこの二人のおかげで無事に刺身はすべて消化できた。
感謝感謝である。
「相沢、こんな詐欺まがいのことをしてくるとは・・・。」
「料理名も知らずに来たお前らが悪い。」
「ちょっと名雪、知ってたんじゃないの?」
「・・・わたし眠いから寝るねー。」
そして平和な夜が訪れる。

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『ユッケジャン』

初耳の料理が登場した。
こんな終盤でみせてくれるなあ、この本は。
一応知っている奴が居ないか聞いてまわってみることにした。

中庭にて・・・。
「栞、ユッケジャンってなんだと思う?」
「新しいアイスの商品ですか?」
「残念だが違うな。というかどんなアイスだそれは。」
「それはもちろん・・・どんなアイスでしょう?」
聞いてくるなって。
「実はこれはアイスじゃなくてお茶漬けなんだ。」
「お茶漬け?お茶漬けって・・・お茶の漬物ですか?」
無理にボケなくていい。
「中華風お茶漬けだ。これをユッケジャンというんだ。」
「ふえ〜、初めて知りました。それで、どうやって食べるんですか?」
察しがいいな。もう本の料理名だと気付いたようだ。
「秋子さんに既に頼んである。簡単に作ってくれることだろう。」
「一体どんな味がするんでしょうね。」
「さあなあ・・・。」
「祐一さんは食べたことないんですか?」
「ああそうだ。名前すら今回初めて聞いたしな。」
「ということは・・・。」
うーん、と栞が少し考える。
「これに便乗して何か食べて欲しいものを食べさせてもらえるかもしれませんね。」
「どういうことだ?」
「冗談です、気にしないでください。」
「???」
笑顔で最後には答える。俺は疑問だらけだったが・・・。
とまあ、これが栞の反応であった。

屋上手前の踊り場にて・・・。
「舞、佐祐理さん、ユッケジャンってなんだと思う?」
「・・・ごはん。」
これは舞の返答。
「うーんとそうですね〜・・・。
名前からして中国のお料理だったと思うんですが・・・。」
さすが佐祐理さんは鋭かった。
しかしなかなかどうして、舞もいいセンいっている。
「二人とも惜しいぞ。正解は・・・」
「タコさんウインナー。」
「あ、ごめんね舞。今日は作ってきてないの。」
話を遮られてしまった。
「正解を言うぞ。ユッケジャンとは・・・」
「じゃあイカさんウインナー。」
「うーん、それは佐祐理でも作ったこと無いなあ。」
再び話を遮られてしまった。
今度はズバリ答えを叫んでやる。
「中華風お茶漬けだ!!」
「・・・お茶漬け?」
「わかりましたっ。今度のお弁当はお茶漬けにしてみますね。」
マイペースな二人であった。
「・・・ってこんな反応ありかよ。」
「嫌いじゃない。」
「ええ。佐祐理も大好きですよ。」
話が更にそれていた。
結局俺はなんだかわからないままに疲れてしまっていた。

夕方の商店街にて・・・。
「あゆ、ユッケジャンってなんだと思う?」
「夕焼けじゃんけん?」
「・・・・・・。」
意外な返答だった。というかこんな返答は初めてだった。
やはりあゆはただ者ではない。恐ろしい奴だ。
「なんなの、その“お前は天然記念物だな”みたいな目は。」
「惜しいな。“お前は世界遺産だな”という目だ。」
「うぐぅ〜・・・。」
まあ丁度今は夕方だな。
空を見れば夕焼けが拝める。ついでだからじゃんけんをしてみよう。
「いくぞあゆ。じゃんけん・・・」
「えっ、えっ?」
「ほい!」
「ほ、ほい!」
とっさにあゆが出したそれは、パーだかグーだかわからなかった。
「というかミトン外せよ。」
「うぐぅ、外す前に祐一君が言ってきたんじゃない。」
「ちなみに俺の勝ちだな。お前グーだろ?俺はパーを出した。」
「うぐぅ、これはチョキだもん。」
どう頑張ってもそれはチョキには見えないぞ。
「往生際が悪い奴だな。素直に負けを認めろ。そして夕日に向かって叫ぶんだ。
“たい焼き〜!”って。」
「なんでボクがそんなことしなくちゃいけないの・・・。」
「じゃんけんに負けただろ。」
「だから負けてないもん!」
「たい焼きが嫌なら“うぐぅ〜!”でもいいぞ。」
「もっと嫌だよ!!」
「それはさておきだ。」
「うぐぅ、さておかないで〜。」
「答えを見せてやろう。」
「え?何の答え?」
唐突すぎただろうか。あゆにはわからなかったようだ。
そんなわけで、もう一度クイズを出してやる。
「ユッケジャンとは何か知ってるか?」
「たい焼きクラブ?」
どこをどう聞けばそんな言葉が出てくるんだ。
「あゆ、お前の頭の中はどうなっているんだ。」
「うぐぅ、別にどうもなってないよぉ〜。」
絶対に違うと思うが・・・。
いつまでもこんなことをやってても仕方ないので本を見せてやる。

『●ユッケジャン
ちゅうか風おちゃづけ。』

「どうだ。わかったか?」
「ボクこんな料理初めて知ったよ。」
「俺も初めてだったぞ。まあ間違ってもジャンケンとかたい焼きなんかと読まなかったけどな。」
「うぐぅ、あれは不可抗力だもん。」
一体何の力が働いたというんだ。
そんなこんなで、それなりに充実した家路につく俺であった。

そして水瀬家・・・。
「真琴、ユッケジャンとは何か知ってるか?」
「お茶漬けでしょ。朝祐一が言ってたじゃない。」
「名雪、ユッケジャンとは何か知ってるか?」
「真琴に聞いたそばで聞いてこられても・・・。」
わいわいと騒ぐ中、秋子さんお手製のユッケジャンを家族で食したのであった。
「ちょっとした隠し味を入れてるんですよ。」
「へえ・・・。」
感心した俺達ではあったが、その隠し味が何かは結局わからないままであった。
ただ、独創的な、不思議な、味がしたということだけ・・・。

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『ロールキャベツ』

『●ロールキャベツ
肉をキャベツで巻いた料理。』

「ほう、これは・・・」
「祐一、覚えてる?」
「名雪から借りたお金ならもう返したぞ。」
「そうじゃなくて・・・7年ぶりにうちへ戻って来た時に食べたじゃない。」
「おおそういえば。」
ぽんと手を打ち、その頃の事を思い出す。
秋子さんが“ロールキャベツにするから”と言って、
その材料を名雪と一緒に商店街へ買い物しに出掛けたんだっけな。
そして・・・あゆと7年ぶりに再会したのもこの日だった。
「そんなわけで今日はロールキャベツだよ。」
「もう決まってるのか?」
「お母さんが言ってたから。」
先回りして知られたのか、それとも・・・。
「まあいいや。それで俺達は買い出しに行くんだな?」
「それが・・・」
「祐一さん、名雪、真琴ー。ご飯ですよ〜。」
キッチンから秋子さんの声が聞こえてきた。
なるほど、既に出来上がっていたらしい。
相変わらず手際がいいのには感心せざるを得なかった。
「で、あの時と違うのは真琴が居るって事かな。」
「そうだね、祐一。」
そんなことを言ってると、真琴が駆けて横をすり抜けていった。
もしかしたら肉の匂いにつられたのかもしれない・・・なーんてな。

食卓。並んでいるロールキャベツの数を見て俺も名雪も絶句した。
たくさん・・・たくさん、ある。
「うわあ、美味しそう♪」
はしゃいでる真琴だが、この状況をわかっているんだろうか?
「ちょっと張り切って作り過ぎちゃいました。」
困ったようにさっぱり見えない笑顔を浮かべている秋子さん。
俺達が全部食べてくれると思っているのだろうか・・・。
「祐一さん。」
考えていると、唐突に名前を呼ばれる。
「は、はい?」
「お夜食にも出来ますよ。保温鍋がありますから。」
「・・・なるほど。」
えらいところを突かれてしまった。さすがは秋子さん・・・。
「祐一、夜食って・・・勉強でもするの?」
「まあちょっと、な。」
「うわあ、めっずらしーい!」
大声をあげる真琴。
悪かったな、珍しくて。というか勉強する訳じゃないんだがな。
特に反論はしないで、俺は席についた。
皆で告げられる“いただきます”がいつもと比べてやけに大きく聞こえる。
頬が落ちそうになりながら、舌鼓を何度も何度も打ちながら、ロールキャベツを食していった。
食後。小一時間ほど部屋でくつろいだ後に俺はコートをひっつかんだ。
「よし、行くか。」
心なしか気合いの伴った声を上げ、階段を下りてゆく。
リビングに顔を出すと、名雪と真琴が座ってテレビを見ていた。
・・・いや、つけたまま寝ていた。
「お前らな・・・。」
呆れて起こそうかと思っていると、秋子さんが毛布を持って姿を現す。
「あら祐一さん。お出かけですか?」
「ええそうです。・・・用意がいいですね。」
秋子さんが手に持ってる物をちらりと見ながら答えると、
“ああこれ?”というような顔を見せた。
「いえいえ。さっき見たら既に寝ていたものですから。」
言いながら二人に毛布をかぶせてゆく。
その傍らで、俺はテレビのスイッチを切った。
「さてと。じゃあ行ってきます。」
「あ、祐一さん。お夜食は要らないんですか?」
「・・・そうでした。」
うっかり忘れて出掛けてしまうところだった。
何のために今夜秋子さんが張り切って作ってくれたかわかりゃしない。
舌打ちしていると、小さな鍋を秋子さんが手渡してくれた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。・・・本当にこれ、保温利いてるんですか?」
見た目には普通の鍋。どこに保温機能が付いてるのかまったくわからないほどだった。
なんと言っても、抱えて持っても熱が伝わってこない。熱くないのだ。
「自家製ですから。」
「・・・・・・。」
これ以上聞くのはよそう。
そうだ、これは魔法瓶ならぬ魔法鍋なんだ。そう思うことにした。
「じゃ、じゃあ今度こそ行ってきます。」
「はい。行ってらっしゃい。気をつけてね。」
笑顔の秋子さんに見送られて、俺は家を出た。
外気に触れると突き刺さるような寒さが襲ってくる。
鍋を落とさないようにしっかりとコートをかぶり、俺は歩き出した。

約20分後。目的地に到着。
たくさんのガラス窓が月明かりを反射させている・・・夜の学校だ。
以前見つけた、鍵が開いてる場所を探って侵入。
歩を進めて・・・俺はいつもの人物と出会う。
「よお、舞。」
「・・・・・・。」
月光を背中に浴びながら剣を携えている女生徒。
神秘的な雰囲気を漂わせる彼女に挨拶した。
「夜食持ってきたぞ。今夜はロールキャベツだ。秋子さんのお手製だぞ。」
「・・・・・・。」
「舞はロールキャベツ好きか?」
「嫌いじゃない。」
「おしっ。じゃあ冷めないうちに食べようぜ。」
廊下に腰を下ろし、鍋のふたを開ける。
途端にもわっとあがる湯気。いかに周囲の気温が低いかを瞬時に納得させる。
同時にとてもいい匂いが漂ってくる。俺は一度かいだことのある、とても美味しそうな匂いだ。
「・・・・・・。」
気が付くと、舞が既に俺の隣に陣取っていた。
そして手には既に箸と皿・・・箸と皿!?
「舞、お前いつの間に・・・。」
「鍋に付いてた。」
「鍋に?」
見るとなるほど、鍋のふたの裏に簡易式の皿と箸がセットになっている。
熱が伝わらない素材がちゃんと使われている。
「・・・って、どんな鍋なんだこれは。」
「いただきます。」
速攻で舞はロールキャベツをつつき始める。
それでも剣は近くに置いてある。とはいえ、単に地面に寝かせてあるだけだ。
隙をつかれて蹴られてしまえばかなり危ういという状況である。
「なあ舞。」
ぱくぱくぱく
「魔物は大丈夫なのか?」
ぱくぱくぱく
「おーい。」
ぱくぱくぱ…
「・・・飲み物。」
ぱかっ
ごくごくごく
「・・・美味しい。」
どこかから飲み物を取り出してそれを飲むと、舞は再びロールキャベツを食べ始める。
「ってどっから出した!」
「鍋に付いてた。」
「はあ?」
言われて鍋を見てみると、なるほど鍋の脇にコップらしき物が・・・
「って、なんなんだこの鍋わああ!!」
「祐一うるさい。」
既に何個目かわからないロールキャベツを口にほおばりながら舞が抗議。
もうどうでもいいやと思い、俺も食べに専念することにした。
結局そのまますべてを食べ尽くすまで魔物は出なかったが・・・。
「・・・改めてこの鍋について秋子さんに聞いてみようかな。」
ふとそんな事を思う俺であった。

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『ワイン』

「祐一さん。今晩はパーティーを開きますので、色んな人を呼んできてください。」
朝顔を合わすなり秋子さんの大胆な発言が飛び出した。
既に料理名も知っていてのことだろう。しかし色んな人って・・・全員を呼べってことか?
名雪に真琴がはしゃいでる中、俺は頭の中でそれぞれを誘う段取りを立てていた。
学校。同学年は名雪にすべて任せることにした。
とはいえ、香里と北川だけだが(しかも同じクラスだ)
俺は休み時間中に一年生の教室へ向かう。
まずは学校へ無事に通うようになった栞。
「え?パーティーですか?」
「そうだ。秋子さん直々の指令だからな。是非うちに来てくれ。」
「じゃあ放課後に校門前で待ち合わせですね。」
「そういうことになるな。で、大人数だけど・・・。」
「もちろん構いませんよ。」
笑顔を浮かべて彼女は承諾。よし、まずは栞OKっと。

次に天野・・・。
「・・・いいですよ。」
「よし。天野もOKだな。」
「少しだけお邪魔して帰ります。」
「つれないことを言うな。秋子さんですら無理だった酒を無事飲めたのは天野のおかげなんだからな。」
「ではほどほどに。」
「あ、ああ・・・。」
騒がしい所は苦手そうな天野だったが、とにかくOKっと。

昼休み。屋上手前のいつもの場所。
「ふぇっ?パーティーですか?」
「そう!秋子さん主催!豪華なパーティー!」
「お酒?」
「そうだ舞。酒だ。なあに気にするな。」
「でも祐一さん。立派に法律違反なんでは?」
「佐祐理さん、それはここでは禁句なんだ。」
「はぇ〜、そうなんですかぁ〜。」
「それはともかく、二人ともどう?」
「喜んで参加させていただきます。ね、舞。」
「・・・・・・。」
佐祐理さんと同じ様に舞はこくりと頷いた。よし、この二人もOKっと。

あっという間に放課後。
俺、名雪、香里、北川、栞、天野、舞、佐祐理さん、という集団が校門前に出来上がった。
「うーむ、こんなに居るとは思わなかった・・・。」
「祐一が呼びかけたんでしょ?」
「それはそうだが・・・大丈夫かな・・・。」
「大丈夫だよ。お母さんなら一秒で了承を出してくれるよ。多分・・・。」
さすがに娘の名雪でも自信はないみたいだった。
「まあともかく皆を案内してやってくれ。」
「祐一は?」
「後一人残ってるからな。そいつを呼びに行く。なあに、すぐに追い付くから。」
「あゆちゃんだね。うん分かった。」
察しがいい名雪はあっさりと承諾してくれ、皆の先頭に立って歩き出した。
やけにたのもしい。朝頼もしくないぶんこういう時は非常に輝いてみえる。
「相沢君、なんか失礼なこと考えてない?」
「おわっ!は、早く名雪について行けよ。」
いきなり香里に呼びかけられた。
「バラそうかしら〜。」
根拠の無い脅迫を行ってくる。
香里が言うと妙に説得力があるから不思議だ。
「・・・いいから早く行けって。」
「ま、いいわ。貸しにしといてあげる。」
くるりと踵を返す。訳が分からないまま香里に借りを作ってしまった。
・・・って、なんでそんな事にならなきゃいけないんだ。
腑に落ちないまま商店街。
ほんの少しぶらぶら歩いていると、見知った顔をあっさり発見した。
「祐一くーん!」
背中の羽を揺らしながらぱたぱたと駆けてくる。あゆだ。
手を振って傍に寄って行こうとすると・・・
「あっ!」
よろっと何かに躓くあゆ。
とっさに俺は駆け出して、体をがっしと支えてやった。
「ふう、危機一髪だな。」
「・・・ゆ、祐一君?」
「なんだ。」
「あ、ありがとう・・・。」
顔を真っ赤にしながらあゆが体を元の姿勢に戻す。
それと同時に俺はあゆの足元を見てやった。
きれいなアスファルトの地面がそこには広がっている。
「・・・お前な、何も無い所で転ぶな。」
「うぐぅ、だって・・・。」
「まあそれはいい。実は今日は秋子さん主催のパーティーがあるんだ。」
「あっ、それなら知ってる。お昼過ぎにばったり秋子さんと出会ったんだよ。」
なるほど。既に会ってるなら話は早いな。
「当然来るよな?」
「うぐぅ、ボクお酒はちょっと・・・。」
「お酒?そりゃあワインは出るだろうが、パーティーだぞ?」
「でも秋子さん言ってたよ。“世界のワインパーティーをやります”って。」
「・・・なるほど。」
朝聞いた時、秋子さんはパーティーとしか言ってなかった。
なるほど。大勢の人にお酒を飲ませる一網打尽作戦ってわけだな。
俺が一人離れて商店街に行く事も多分予測して・・・。
「・・・どうする?あゆ。」
「え?行くよ。」
ぽかっ
「うぐぅ、イタイ・・・なんで叩くの。」
「お前最初と言ってることが違うだろうが。」
「秋子さんと最初会った時は断ったんだけど、言われてたんだよ。」
「何て。」
「“祐一さんが誘いに来た時は必ず来るようにしてくださいね”って。」
「うわー・・・。」
すべては秋子さんの手の内で進んでいるって気がしてきた。
「それならばもうあゆは来るしかないな。」
「でも、ボクお酒はやっぱり・・・。」
決定はされてはいるが、遠慮というのは変わらないようだ。
「あゆが来てくれないと俺の身が危うくなるだろうが。」
「・・・それもそうだね。よし、ボク頑張る。」
事情を察知してくれた。さすがあゆだ。
「おし。じゃあ行くぞ!ワインパーティーへ!!」
「おーっ!」
そして家。
既に到着していた名雪達に遅れて俺とあゆも来た。
豪華な料理やらワインやらが乗っている食卓を囲んで、皆が早くも席に着いている。
「お帰りなさい祐一さん。さ、パーティーの開幕は祐一さんの飲酒からですよ。」
お誕生席に座らされ、目の前にどんとワインが一本置かれる。
堂々と飲酒なんて言うとは・・・。秋子さんには既に遠慮は無いみたいだな。
「祐一。ふぁいとっ、だよ。」
「頑張れ祐一〜。」
「祐一さんのイッキ、楽しみにしてました。」
「さすがですね、相沢さん。期待してます。」
「祐一さんっ。大人への第一歩ですよーっ。」
「祐一、らっぱ。」
「とくと見せてもらうわ、相沢君。」
「相沢ー!男を見せろー!!
・・・・・・。
なんで皆はそんなに乗り気なのだろう。
俺は少しだけ飲みたいだけなんだけど・・・。
「祐一さん、早く。パーティーが始まりませんよ?」
「あのう、一瓶まるごとはさすがに俺でも・・・。」
「気合があれば大丈夫ですよ。今まで沢山飲んできたじゃないですか。」
気合でなんとかなるものではないと思うんだが・・・。
更に言うなら、今までのはほとんど無理矢理で、立派に二日酔いにもなってたし・・・。
しかしここで止まっていても仕方が無い。覚悟を決めて飲むことにした。
「では、飲みまーす!」

『●ワイン
ブドウの果実をしぼり、発酵させた果実酒。』

・・・ごく
「あれ?」
一瓶。たしかにそこには置かれていたが、飲んだ量はごくわずかであった。
驚いて秋子さんを見やると、いつもの様に頬に手を当てて微笑んでいる。
「ワインは少しずつ味わって飲むものですから。」
「なるほど。」
「ちなみに今祐一さんが飲んだのはモーゼルワインの一つで・・・。」
なんか知らん間に秋子さんの解説が始まった。
それはそれとして、パーティーが始まったのも事実。
皆が思い思いにご馳走を食べ、ワインを飲み・・・
小一時間ほど後に、そこはとんでもない騒ぎになってしまった。
暴れ出す者、そっこー寝る者、泣き出す者、愚痴り出す者、様々である。
「・・・なんてのは冗談だがな。」
「何ぶつぶつ言ってんの、祐一。」
「なんでも。しっかし名雪もよく飲むなあ。」
「これとっても甘くて美味しいんだよ。あんまり酔わないし。」
「酔わないのはお前が酒に強いってことなんじゃ。」
「まだ一杯目だよ。」
「あ、そ・・・。」
ともかく、パーティーは楽しいままに終了した。
ワイン一つでこうも騒げるのだから・・・大したものである。
今回やけに印象深かったのは、秋子さんのあの名残惜しそうな顔・・・。

<HP回復32%>


『えぴろーぐ』

この本の終わりがようやく見えた。
なぜそれがわかったか?
簡単な話だ。でかでかと

よくぞすべての食物を食した。
ワシをうならせるほどの出来栄え・・・。
天晴!これにて終わりじゃ!!

なんて文字が出やがったからな。
俺が最初に出した予想“ワインで終わりだろう”ってのは当たっていたというわけだ。
しかし気になる文もあった。

だが相沢祐一よ、安心するなかれ。第二第三の試練が・・・

“・・・”の続きが記されてなかっただけに非常に心配だ。
しかし名雪曰く、
「二冊目なんてのはなかったはずだよ。」
ということなので、そう不安がることもあるまい。
そしてこの本は、放っておけば明日にでも消えてしまうということだ。
俺としては燃やして灰にしてやりたい所なんだが・・・
たたりなんかあると恐いのでやめておく。
ともかく、この本を通じて様々な変化があった。
大きくは二点だ。
まず、秋子さんがすっかり“酒飲ませ”になってしまったという事。
ターゲットは今の所俺一人だが・・・いずれ他の皆も巻き込みそうだ。
次に俺の財産。
おごり、タカリにより、相当な額が削られてしまった。
破産したんじゃないかって?
いいやそれが世の中は上手く出来ているもので、
なんと秋子さんがいくらかを負担してくれたのだ。
「お酒飲んでもらっていますから。」
ということらしい。
(酒なんか飲んだら金を取られるのが普通だが)
結果的には、以前の持ち金をしのぐほどの財産がそこにあった。
酒に食物に凄くお世話になった秋子さんには感謝感謝である。
しかしもちろんこの事は名雪達には秘密だ。
喋ってしまえば、たちまちまたおごらせにかかってくるからな。
・・・ま、色々あったが楽しい日々であったとみていいだろう。
「ねえ祐一。肉まんおごって?」
「あ、わたしイチゴサンデー。」
買い物途中。一緒に出た真琴と名雪が速効たかってきた。
こいつらには遠慮とかそういうものは無いんだろうか?
「俺は例の本のおかげで金欠なんだ。」
「うそ。お母さんから聞いたよ。お酒飲み料貰ったんでしょ?」
「更には新しい酒を買うためのお小遣いまで貰ったって聞いたよ?」
「・・・・・・。」
秋子さんんん!!!!
心の中で叫び声を上げつつ、俺は結局二人に好物をおごる羽目となってしまった。
「たしかに以前より懐があったかくなってるのは事実だが・・・。」
「やったね真琴。これからは祐一からおごり放題だよ。」
「あぅ〜っ。ばんざいー。」
「こらー!!」
更にもう一つ本を通じての変化を挙げるとすれば、
俺があちこちでおごるという嫌な習慣が付いてしまったことだろう・・・。

<HAPPY END・・・?>