『とろ』

「祐一、放課後だよっ。」
「知ってる。俺はしばらくここにいるから。」
「じゃあ部活に行ってくるね。」
「ああ。また明日な。」
「祐一〜・・・。」
「冗談だ。いいから行ってこいって。」
「う、うん。じゃあね。」
名雪が教室から去ってゆく。
さてと、俺はあれを見ておくかな。

『●とろ
マグロ肉の脂肪部分を
一口サイズの酢飯の上に乗せた食べ物。』

ふむふむ、なるほどな。
「おっ!相沢、またとろだな。」
「き、北川!?」
教室で例の本を開けていると、北川に覗き込まれた。
慌ててばたんとそれを閉じる。
「また連れてってやるよ、伝説のおおとろを食わせに!」
「いらん!あれは詐欺だ!!」
「とりあえずお前のおごりな。」
「俺は行かないっての!!」
「さあて、今日は何を食おうかな〜♪」
「・・・・・・。」
人の話を聞いてない。こういう奴は無視するに限る。
俺はふいっとそっぽを向いた。
「冗談だよ、相沢。」
「・・・・・・。」
「とびっきり安い回転寿司に連れてってやるからさ。」
ぴくっ
ちょっとだけ俺は顔を向けた。
「どれでも一皿130円!どうだ、これなら文句あるまい。」
「よし、いいだろう。」
俺は完全に振り返った。今日は回転寿司できまりだ!
「で、紹介してやった代わりと言っちゃあなんだが・・・」
「あたしも一緒に食べに行ってあげるわ。」
「というわけだ。」
「・・・・・・。」
唐突に香里が顔を出した。まあそのくらいは予想できたことだ。
ここから、いつもの俺とは違うという所を見せてやる。
「ところで北川、その回転寿司屋ってどこにあるんだ?」
「それはだな、商店街の・・・」
「おっけい!悪いが俺は一人で行く。じゃあな!!」
かばんを引っつかみ、何か呼びかけようとする二人を無視して教室を飛び出す。
商店街。これだけ聞けば俺には十分だった。
ともかく素早く昇降口を抜けて、目的地へまっしぐら。
そして商店街の入り口にたどり着くと・・・
どんっ
正面から誰かにぶつかった。
相手の方が体が小さかったのだろうか、倒れたのは向こうだった。
仰向けになり、怨めしそうに涙目でこちらを見ている。
「よお、あゆ。」
「うぐぅ〜・・・。」
「そんな所で寝てると風邪引くぞ。」
「うぐぅ、酷いよ祐一君。わざとぶつかったでしょ。」
「誰がそんな面倒なことするか。偶然だ偶然。」
物言いを跳ね返しながら、手を引っ張って起こしてやる。
(実際にぶつかってきたのはあゆの方だ)
倒れた時に打ち付けたのか、あゆは痛そうに腰をさすっていた。
「ところであゆ、案内して欲しいところがある。」
「え?ボクに?」
「そうだ。安い回転寿司屋があると聞いたんだが・・・。」
所々はしょりながら説明。
それらを終えると、あゆは快く頷いてくれた。
「いいよ、案内してあげる。その代わり・・・」
「心配するな、何皿かおごってやる。」
「えっ、いいの?」
「ああ、前に約束したしな。」
「ホントにホント?」
「ああ、本当だ。」
「やったっ。じゃあ早く行こう。」
ぱあっと顔を輝かせて走り出すあゆ。
それを追いかけながら、俺は心の中でほくそえんでいた。
大抵商店街に居るあゆなら店の場所を知っているのではないかということ。
そして、北川や香里におごるよりもはるかに少ない金額で済むだろうということ。
この二点はまさに的中していた。
案内してもらった回転寿司屋。あゆと俺、二人合わせて数皿ほどで店を出たのだ。
なんと百花屋でイチゴサンデー1杯をおごるより安くついたのだ!
「あゆ、ありがとう。感謝している。」
「ううん。ボクもおごってもらったし。また何かあったら遠慮なく言ってね。」
「ああもちろんだ。頼りにしてるぞ。」
「なんか嬉しいよ。じゃあまたね、ばいばい、祐一君」
「ああ。」
手を振りながら元気に去ってゆくあゆ。
彼女に負けないくらい、俺の心も元気いっぱいだった。

<HP回復2%>


『ハンバーグ』

「学食でいっぱつ注文。それでOKだよ。」
この名雪の言葉により、俺は昼休み学食へ・・・。
そして難なく目的の品を手に入れることが出来た。
「こんな簡単でいいんだろうか・・・。」
普段が苦労してるだけに、こうもあっさりだと逆に身構えてしまう。
まあそれはともかく、名雪のAランチと共に、自分の席へと戻った。
「ほら、取ってきたぞ。」
「ありがとう、祐一。で、ハンバーグあっさり手に入ったでしょ?」
「ああ。」
「良かったね。」
「ああ。」
手元に、たしかにハンバーグがある。
食券と引き換えに手に入れたそれは、美味しそうな湯気をたちのぼらせている。
俺はそれを見ながら、今一度本の内容を思い返していた。

『●ハンバーグ
ひき肉を手のひら大の大きさに固めて焼いた料理。』

待てよ、ひき肉か・・・。
「はぐはぐ、美味しい。」
Aランチで幸せを満喫している名雪。
だが、難しそうな俺の顔を見てその手を止めた。
「どうしたの祐一。ハンバーグさめちゃうよ?」
「名雪、これはちゃんとひき肉で作られているか?」
「え?」
「最近小麦粉だけで作られてるものがあると聞いたんだが・・・。」
「祐一、そんな事気にしてたらキリがないよ。食べてみれば分かるじゃない。」
「それもそうか・・・。」
疑いの眼差しをはらんだまま、俺はハンバーグを食した。
もぐもぐ
「・・・ふむ、ひき肉をちゃんと使ってあるな。」
「気が済んだ?だったら食べないと。」
「うーん。」
ずっと悩み続けながら、俺はハンバーグを食していた。
後で聞いた話、この時の名雪の顔と俺の顔と、
比較してなんと対照的だったのだろうと、誰もが言っていたそうだ。

<HP回復32%>


『びじょうぶ』

「・・・・・・。」

『●びじょうぶ
美丈夫うすにごり。特徴ある飲み口を持つ発泡酒。
生産量が少なくまずお目にかかれない。』

「・・・ははは。」
もはや笑うしかないように思えた。
一体いくつ酒が登場するんだ?この本は。
しかもまずお目にかかれないって・・・。
でも、一人であがいてもどうにもならないのは分かりきってる。
酒の大御所(謎)である秋子さんに尋ねよう。

「びじょうぶ、ですか?」
「ええ、お願いします。気が引けますが・・・。」
「何度も頼んでることですか?それは気にしなくてもいいんですけど。」
気にしますってば。
酒という酒、すべて秋子さんに頼ってるんですから。
「でも困ったわね。今うちに無いかもしれないわ。」
「そうなんですか?」
「ええ。切らしてます。はあ・・・。」
非常に残念そうに、秋子さんはため息を吐いた。
未だかつて俺が見た事の無いほど、残念そうな顔だ。
なんというか、すごく珍しいものを見た気がする・・・
って感心してる場合じゃない!このままではびじょうぶが飲めない!!
「ううーん・・・。」
「祐一さん、とても困ってますね。」
「そりゃあまあ。」
「私も困りました。祐一さんにお酒が飲ませられないなんて。」
「・・・・・・。」
お互いの困ってる点がなんかかなりずれてる気がするんだが。
何はともあれ、家に居ても仕方ないので俺は外に出た。
しかしあてがあるわけでもない。幸運にも誰かに出会い、びじょうぶを・・・
「・・・そんな都合のいいことあるわけないだろうが。」
自分でつっこむ。
ヤバイのは明白であった。
飲めずに終わってしまうと、俺はペンギンになって・・・
「うわあー!嫌だ嫌だー!!」
ぶんぶんと頭を振る。
「何をしてるんですか、相沢さん。」
「のわっ!」
不意に声をかけられ、思わず飛び退く。声の主は・・・
「天野?」
「ええそうです。」
天野美汐だった。相変わらず学生服に身を包んで・・・ってここは学校か。
知らない間にこんなとこまで歩いてきてたって訳だな。
「相沢さん、何かお困りのようでしたが・・・。」
少しばかり心配そうな顔でのぞき込む。
天野に事情を説明するべきだろうか?
そんな考えは、藁にでもすがりたかった俺の中で選択の余地を与えなかった。
つとつとと本の事情を説明。
そして、びじょうぶについて尋ねた。
「・・・というわけで、なんとか手に入らないか?」
「・・・・・・。」
「無理、だよな・・・。」
「・・・いえ、心当たりはあります。」
「本当か!?」
「道順を言いますので、それに沿って行ってみてください。」
「ありがたい!って、案内はしてもらえないのか?」
すると途端に嫌そうな顔になった。どうやらそれは頼んではいけないことだったようだ。
「あ、いや、道順を言ってくれ。後は俺が行くから。」
「そうしてください。」
一つ息をつき、天野は説明し始めた。
どうやら目的の場所は商店街のはずれにあるらしい。
わかりづらいというわけでもなく、案内なしでもたしかに行けそうだった。
「さんきゅうな。」
「いえ。・・・お気をつけて。」
意味深なセリフを残して、天野は去っていった。
なんかやばいもんでもあるのか?そこに・・・。
それはともかく、あっさりと協力してくれたのも意外だった。
まあとりあえず向かうとしよう。びじょうぶを手に入れに!!
そして俺は歩き出した。何が待ち受けているかも知らないままに・・・。

<続く(嘘)>

・・・・・・。
何があったかは説明したくない。
ともかく俺はびじょうぶを手に入れた。いや、飲むことが出来た。
何も語るまい。天野が何故こんな所を知っていたのかも追求すまい。
ふっ、どうせもうここに来ることなど無いさ・・・。
謎の確信を得、俺は家路につくのであった。

<HP回復30%>


『フルーツケーキ』

『●フルーツケーキ
フルーツたっぷりのケーキ。』

「はいはい、そうですか。」
見たまんまの説明に思わず呟いてしまった。
すると、周りから人が集まってきた。
「百花屋だね♪」
「百花屋だな。」
「百花屋よ。」
それは名雪と北川と香里だった。
「お前らな・・・俺はおごる気なんてさらさら無いからな!」
きっぱりと宣言してやる。
すると三人はこう返してきた。
「折角店を教えてあげたのに。」
「折角店を教えてやったのにな。」
「折角店を教えてあげたのにねえ。」
語尾が違うだけで言ってることは同じだ。
新たなタカリ方法だろうか?
「店の名前言われただけでおごってたらキリがないだろうが。」
本を閉じ、そそくさと立ち上がる。
商店街にケーキ屋があったはずだ。そこで買うと俺は決めた。
「ケチだよ。」
「ケチだな。」
「ケチねえ。」
お見事三段活用。
だが、迫られて言われるとこんな悠長に構えてもられなくなる。
既に三人によって道は塞がれていたのだ。
「・・・どけよ。俺はてきとーに買って食すって決めたんだからな。」
怒り気味に告げてやる。
一刻も早く俺は用を穏便に済ませたかった。
「祐一、諦めよう?」
「相沢、諦めろ。」
「相沢君、諦めなさい。」
向こうは一歩も引かない様だ。
となると俺に残された道は・・・。
「窓から脱出!!」
俺の席は窓際だからな。
素早くがらりと窓を開く。
「高っ!!」
下を覗き、慌てて窓を閉めた。
・・・ふっ、出来ない事は分かっていたさ。これは只のフェイントさ。
「祐一、頭悪いよ。」
「相沢、頭悪いな。」
「相沢君、頭悪いわね。」
・・・・・・。
「ぬおおおお!!!」
とうとう俺はブチ切れた。
そして・・・

・・・気が付くと、俺は百花屋に居た。
一つのテーブルを4人が囲んでいる。俺と、名雪と、香里と、北川だ。
俺の目の前にはフルーツケーキがあった。
もちろん他の三人の前にも、品は違えどそれぞれデザートが・・・
「って、なんでこんなことになってるんだー!!」
「祐一が観念したんだよ。」
「相沢が観念したんだ。」
「相沢君が観念したのよ。」
「・・・・・・。」
とんでもない。
三連鎖にすっかりやられてしまったようだ。
こいつらは俺におごらせるためにあの手この手を考えているというのか。
くっ、無念・・・。

<HP回復40%>


『フルーツパフェ』

「祐一さん、明日はデートしませんか?」
唐突な栞の誘いが昨日あった。
というわけで今日は栞とデートである。
(単に買い物とかするだけなんだけどな・・・)
駅で待ち合わせ、向かった所は・・・。
「わ、人がたくさんいますねー。」
商店街だった。
栞は何故かおのぼりさん状態。
「人なんて珍しくないだろ。」
「色んなお店と、それに集まる人達。それがいいんですよ。」
「そういうもんか?」
「・・・そういうこと言う人嫌いです。」
笑顔だったそれから途端に拗ねる。
うっ、失言だったか。
「悪かった。」
「・・・冗談ですから。」
一言謝るとにこっと微笑む。
素直に変わるところがなんとも可愛らしい。
・・・って、和んでる場合じゃないな。
「栞、先になんか食べていかないか?」
「あっ、ひょっとして例の本ですか?」
「そうだ。とりあえず百花屋に・・・」
「その前に料理名を見せてください。」
にこにこと見てくる栞に、俺は自然と本を見せた。

『●フルーツパフェ
アイスの上に様々な果物やチョコを交互に重ねて乗せたデザート。』

「わ、これなら丁度いいものがありますよ。」
「なんだ?」
「とりあえず店に向かいましょう。」
そして百花屋に到着。
中で栞が頼んだメニューとは・・・
「ジャンボミックスパフェデラックス・・・。」
「はい。以前一度食べましたし。是非もう一度食べてみたかったんです。」
「食べてみたかったはいいが・・・この値段は・・・。」
「高いですか?でも祐一さんなら大丈夫ですよね。」
それは一体どういう根拠があるというんだ。
「3500円も俺は使いたくないんだが。」
「しんぱいありません。私が一割負担します。」
「・・・・・・。」
結局ほとんど俺がおごるということなのか。
まあ栞には普段から世話になってるし、これくらいなら・・・。
「あの、祐一さん?」
「ん?どうした。」
「さっきの一割というのは冗談ですから。ちゃんと半分ずつ・・・」
「いい。」
「え?」
「俺が全額払ってやる。気遣いじゃないぞ、俺がおごりたい気分なんだ。」
「でもそれだと申し訳ないです。ただでさえ祐一さんは財政が苦しいのに。」
そんなみっともないこと誰から聞いたんだ。
「とにかく俺が払うから。遠慮せず栞は食べてろ。」
「・・・はい。」
笑顔で栞は頷いた。
たまにはオトコマエな所を自主的に見せてやる。
しかし肝心の品は・・・あまりの大きさに、結局食べきれずに終わってしまった。

<HP回復20%>


『ホイコーロー』

「今日の夕飯はホイコーローにしますね。」
朝食時に秋子さんからこんな宣言を受けた。
本の内容は見せてないはずなのに・・・これは偶然だろうか?
まあ、今更秋子さんが鋭いのは気にするまいと思い、俺は素直にそれに頷いておいた。
そしてあっという間に放課後。
頼まれていた食材を求めて商店街へ繰り出す。

『●ホイコーロー
肉と野菜を強火の油で炒めた料理。
できのよい物は肉より野菜がうまい。』

・・・ということで、肉に野菜に・・・特に野菜をたくさん買った。
肉より野菜が美味いとは、少し新鮮な響きだ。
秋子さんの料理の腕ならきっとそれを味わわせてくれるだろう。
「けど買いすぎかも。」
ホイコーローの材料のみならず、様々な調味料も頼まれていたのだ。
両手にそれらを持つ。結構な量である。
よたよたと歩きながら、俺は家路についた。
「祐一く〜ん!」
唐突に声がしたので振り返る。
「あれ?」
しかしそこには誰の姿も見あたらなかった。
変だ。たしかにあゆの声が・・・
「祐一くんっ!」
がばっ
「ぐはっ!」
背中に何かが負ぶさってきた。
ゆっくりと首だけ振り返ると、それはあゆだと分かった。
「くっ、呼びかけてフェイントをかますとは・・・。」
「こんなとこで何してるの?」
「見ての通り買い物だ。」
「そっかあ、重そうだね。」
「いいや、そんなことはないぞ。背中のものよりは軽い。」
「うぐぅ・・・。」
そこで気まずそうな顔になり、あゆは背中から降りた。
「おっ、凄く軽くなった。宙に浮かびそうだ。」
「うぐぅ、ボクそこまで重くないもん!」
「冗談だよ冗談。」
笑いながらなだめてやる。
もっとも、この荷物に更に背中にきて、重かったのは事実であるが。
「そうだ、あゆも食っていかないか?」
知らず知らずにこんな言葉が飛び出していた。
買い物の量も影響していたかもしれない。
しかし・・・肉より野菜が美味いという、
そこはかとなく新鮮な響きを感じたこの料理を、あゆにも食べて貰いたい気がした。
「何を食べるの?たい焼き?」
「・・・・・・。」
一気に誘う気が失せた。
「さよならあゆ。」
「わっ、わっ、待ってよ祐一君!何を食べるのか教えて!」
慌てふためくあゆに、一度は返した踵を再び元に戻す。
「俺が両手に持ってる材料を見て当てて見ろ。」
言って買い物袋を覗かせてやる。肉に野菜が入った袋を。
「うーん・・・野菜炒め?」
言うと思った。
「残念だが違うな。」
「うぐぅ、じゃあなに?」
「ホイコーローだ。」
「ゴキブリホイホイ?」
二度目、誘う気があっという間に失せた。
「さらばだあゆ。」
「わっ、わっ、冗談だよっ!えと・・・ホイコーローってなに?」
袖をつかんで目で必死に訴えてくる。
俺は再度向き直ってやった。
「知りたいか。」
「うん。」
「食いたいか。」
「うん。」
「水瀬家に来たいかー!」
「おーっ!」
腕を振り上げて答えてくれた。ノリがいい奴だ。
「合格。」
「えっ?」
「どんな料理かは家で教えてやる。さあ来いあゆ。
心配するな、秋子さんはおそらく了承を出してくれる。
一緒にホイコーローを食そうではないか。」
「う、うん・・・でも、いいの?」
「いいからこうやって誘ってるんだ。
お前がフェイントをかまして攻撃してきたのも何かの縁だ。
というわけで俺に黙ってついてこい。」
「うぐぅ・・・。」
すたすたと歩き出すと、あゆは嬉しいのか困ってるのかよくわからないような、
複雑な笑顔を浮かべながらついてきた。

そして夕食。
思った通りあっさりと了承を出してくれた秋子さんにより作られたホイコーロー。
それを5人で食したのであった。
説明書き通り、肉より野菜が美味いのなんの。
一緒にご飯を数杯いけるほどであった。

<HP回復35%>


『まずいシチュー』

なんか酷いのがきたなあ・・・。
そう思わずにはいられない。はなっから“まずい”なんて肩書きがついてるなんて。
「つーか、んなもんを食わせんな!!」
自ら好んで不味いものを食べるなんて奇特な奴はまず居ないだろう。
「おっ、“不味い”と“まず居ない”でシャレになってる!」
・・・空しい。
それはともかく対策を練らないとな。
不味いというからには、絶対に秋子さんに頼むわけにはいかない。
いつも美味しい料理を作っているという事もあるが・・・
あえて不味いものを作ってもらおうとすれば、それこそ徹底して不味いものを作ってくれるに違いない。
そう、おそらくは“これぞ真に不味いものなんだ!”と言わんばかりのものを。
「やっぱり適度に不味いので上等だろうしな。」
というわけで・・・。

トントン
「おーい、真琴ぉ〜。」
真琴の部屋をノックする。と、珍しくも扉が開いた。
いつもは漫画に読みふけって返事が無いのに。
「明日は雷だな。」
「ちょっと、いきなりなによぅ。」
「ああ、すまんすまん。実は真琴につくってもらいたいものがあってな。」
「真琴に?」
「そうだ。それはシチューだ。さあ作ってくれ。」
「・・・・・・。」
いぶかしげな瞳で俺を見やる。
だが、“ふっ”と笑うと笑顔で頷いた。
「いいわよ。祐一がびっくりするような美味しいシチュー作ってあげる。」
「頼むぞ。」
腕まくりをして、真琴は悠々と一階へ降りてゆく。
本当は美味いと困るんだが、多分失敗するはずだ。
さあはりきってまずいシチューを完成させてくれ!
心の中で応援しながら、俺も真琴の後を追う。
そして、待つ事一時間・・・
「できたー!」
大きな鍋にたっぷりと、野菜や肉の大きさがてんでバラバラのシチューが完成した。
隣で秋子さんが“良く頑張ったわね”と微笑んでいる。
もちろん俺が事前に、手を貸さないようにと通告済みだ。
秋子さんが手助けすると美味しくなるのに決まってるからな。
お皿に盛られ、テーブルにそれが置かれる。
「・・・って真琴、作りすぎじゃないか?」
「いっそのことこれを晩御飯にしましょうって秋子さんが言ったんだもん。」
うっ、今晩のメニューはまずいシチューってことか・・・。
済まない、水瀬家の人々・・・って、俺も入ってるんだが。
しかし気にかかることが有る。目の前にあるシチューからはやけにいい匂いがする。
具の見た目はさておき、なんだか美味そうだ。
「・・・じゃあいただきます。」
「どうぞ♪」
夕食より先行して俺はシチューを戴く。
やけに嬉しそうな真琴に見つめながら、一口すする。
ずずず・・・
「どう?」
「・・・う、美味い。」
「やった〜♪」
俺の口からでた第一声により、真琴は秋子さんの手を取って飛び跳ねている。
やられた、完敗だ。秋子さんの指導無しでここまで作れるなんて・・・。
「最初は少し不安だったけど、真琴もやればできるものね。」
「えへへ〜。やったやった〜。」
喜んでるところ悪いけど、俺はどうすればいいんだろう、これから。
素直に事情を話すか?しかし後が恐い・・・
「祐一。」
考え事をしていると、真琴が目の前に迫っていた。
「おわっ!な、なんだ!?」
「今日のメニューはマイルドなシチューとかだったの?」
「マイルド?」
「うんっ。だって昨日はホイコーローだったじゃない。
だから、“ま”かな、って思って。」
「う、あ、いや、その、まあ、なんだ。そんなところだ。」
「・・・なんでそんなに焦ってるの?」
う、バレそうかも。
「全然焦ってないぞ。」
「怪しい・・・。」
「怪しくない。あー、おいしいなーこのシチュー。」
「絶対怪しい!!」
二口めシチューを食べたのは余計な行動だったようだ。
真琴が“ばっ!”と飛び掛かってくる。
後はどたんばたんの大騒ぎ。
しかし俺はすぐに抵抗をやめて、おとなしく本を見せることにした。

『●まずいシチュー
調味料を間違ってると思われる、すっぱいシチュー。』

「・・・へー、それで真琴を利用したんだ。」
ものすごく不機嫌そうだ。俺は何も言えなかった。
「でもしてやったり♪祐一は愚かだよね〜。
真琴が料理上手いのに気付かなかったんだから。」
いやみをどんどん言われる。当然ながら俺に口答えする権利など無かった。
じっと耐えていると、秋子さんがすっと間に入った。
「まあまあ真琴、その辺で勘弁してあげなさい。」
「あぅーっ、でも・・・。」
「私が不味い不味いシチューを作ってあげるから。
祐一さんにはそれを食べてもらうことにすればいいわ。」
「あっ、だったら真琴も手伝う!」
「じゃあお願いするわね。」
すっかり仲良しさんの秋子さんと真琴は、十分すぎるくらいの笑顔を浮かべながら台所へ姿を消した。
止める間など当然無い。恐い・・・いつになく恐い・・・。
いっそのこと自らまずいシチューを作っておくべきだったのか・・・。

そして夕刻。
真琴作の美味しいシチューを、真琴、秋子さん、名雪が笑顔で食す傍ら、
俺は不味い不味い不味い不味い不味い不味い・・・
とにかくこれ以上は無いんじゃないかと思うくらいまずいシチューを食していたのであった。
「祐一、涙なんか流して・・・そんなに美味しいの?
いいなー。別の鍋なんてズルイ・・・。」
ちなみに名雪には事情を知らされていない。
自分が食べてるのは真琴が作った美味しいシチュー。
俺が食べてるのは秋子さんと真琴が作ったとてつもなく不味いシチュー。
ということをまるで知らないのであった。
「ねえ祐一、わたしもそれ食べたい。」
「駄目よ名雪。」
「真琴が作ったシチューを食べきってからね♪」
「うー、たくさん過ぎてそんなの無理だよ〜。」
秋子さんと真琴に諭されてしぶしぶ引き下がる名雪。
ちなみに俺のシチューもたくさん・・・。
結局、死ぬ思いをしつつ、俺はすべてをたいらげたのであった。
まずいという肩書きのブツは二度と他者を利用すまい・・・。

<HP回復1%>


『まずいデザート』

その日の昼、俺は知らぬ間に屋上手前の階段まで来ていた。
いつも通りの舞、佐祐理さんが仲良くお弁当をつつく所へお邪魔しているというわけだ。
しかし俺は、箸をほとんど進めていなかった。
「どうしたんですか祐一さん?目が泳いでますよ。」
心配そうに佐祐理さんが俺を見つめる。
当の俺は、ひたすらに本の内容を考え続けていた。
この本はもしかしたら俺に恨みでもあるのだろうか?
などということも考えてしまうものが登場したのだから。

『●まずいデザート
くどい甘さが食後感をぶち壊す最低なデザート。』

先日もまずいもので酷い目にあったというのに、更に酷い目に遭えということなのだろうか。
この世には神も仏もないって本当だな・・・。
いや、悪いのはすべてこの本だ。こんなものがあるから俺は・・・。
しかし愚痴っていても始まらないのは事実だった。
何が何でもこのまずいデザートを食さなければならないのだから。
「・・・まずいデザート。」
「えっ?舞、このデザートまずかった?」
「違う、まずくない。まずいのは本。」
「ああ、例の本かあ。ちょっと見せて、舞。
・・・うーん、要は甘すぎるものを作ればいいって事なのかな?」
「・・・作ってみる。」
「舞が?」
「・・・(こくり)」
「よーしっ、佐祐理も手伝うから。で、どこで作ろうか?」
「調理実習室。」
「なるほどっ。よーし忍び込んで勝手に使わせてもらおっか。」
はあ、どうすればいいんだろう・・・。
ぽんっ
「ん?」
気が付くと、舞が例の本で俺の膝を叩いていた。
「祐一、ここで少し待ってて。」
「舞が作ってきますから。」
「へ?」
「・・・ところで佐祐理、調理実習室ってどこ。」
「それは大丈夫、佐祐理がしっかり案内するから。」
いそいそと立ち上がり、二人はささっとそこから姿を消した。
話をまったく聞かずに考え込んでいた俺には何がなんだかさっぱりわからない。
「一体何をするつもりなんだ?」
疑問に思うことだらけではあったものの、弁当がこの場に残されている。
ということは、しばらくすれば二人は戻ってくるのだろう。
どこに行ったんだろうな・・・そういえば調理実習室とか言っていた。
何かを作るんだろうか?しかし勝手にそんなことして大丈夫なのかな・・・。
再び考え込んでいると、思ったより早く二人は戻ってきた。
走ってきたのか、はあはあと息が荒い。
「祐一さん、作ってきましたよ。」
「甘い甘いパフェ」
片手に持っていたものを舞が俺の目の前に差し出した。
ガラスコップに生クリームがたっぷり詰め込まれていて、中にはフルーツが。
これをパフェと呼ぶかどうかは疑問だが・・・。
「デザートには間違いなさそうだな・・・って、もしかして!?」
“ばっ”と顔を上げ、舞と佐祐理さんの顔をみる。
「まずいデザートをわざわざ作ってきてくれたの?」
「・・・(こくり)」
「舞が作るって言い出したもんですから。さ、祐一さん食べてください。」
さも当然であるという風に二人はいた。
俺が悩んで頭があっちの世界に居るときに、素早い対応策を考えていてくれたのだ。
そしてこうして現物を用意してくれた。ほどほどのものを考えて・・・。
「ありがとう・・・喜んでいただくよ。」
感謝の念を込めて、俺はそのデザートを一口食した。
ぱく
「・・・まずい。つーか、甘い・・・でもやっぱりまずい・・・。」
「良かった。」
「やったね舞。」
舞と佐祐理さんは手を取り合って喜んでいる。
当然俺も喜ぶべきである。が・・・何故か素直に喜べないのはこの料理の所為だ。
だが、感謝の気持ちはもちろん忘れない。
なんとか完食し終えた後、俺は改めて礼を言ったのだった。
しかし、どうやって作ったかはあえて尋ねなかった。
無事こうやって食べることが出来たんだ。よしとしなければ・・・。

<HP回復1%>


『まつたけボイル』

『●まつたけボイル
松茸のボイル蒸し。』

そのまんまだった。
「ひねりがない説明だな・・・。」
ひねりがありすぎてもそれはそれで嫌ではあるが。
しかしこれは厄介だ。今の季節松茸なんて売っているわけはない。
松茸ってのは秋の味覚。こんな雪のちらつく冬には・・・。
しかしそれでもめげているわけにはいかない。
もしかしたら佐祐理さんのお弁当の中にあるかもしれない!!
「・・・俺ってすっげえ情けないな。」
しみじみと自己嫌悪になりながら、俺は重い足取りで屋上を目指した。

「はぇ〜、さすがに松茸ボイルは無いですねえ。
松茸ご飯なら持ってきてるんですけどねえ。」
無言で食べ続ける舞の傍らで佐祐理さんが見せてくれたのはたしかに松茸ご飯であった。
松茸というものが今こうしてあるということがおそるべしである。
とはいえ、結局まつたけボイルにありつけないのは事実であるが・・・。
「・・・・・・。」
と、不意に舞が松茸のかけらを一つ箸でつまみ上げる。
そして、それを俺に手渡してきた。
「これを蒸せば。」
いくらなんでもそれは無理があると思うんだが・・・。
「なるほどっ。頭いいねえ舞。」
両手を合わせて佐祐理さんは喜んでいる。
ここで反論すれば俺は完全に悪者になってしまうだろう。
舞の妙案を邪険に扱った、身の程もわきまえない愚かな者として。
「一応試してみるか。」
と思ったものの、肝心の蒸す道具が見あたらない。
まあ家ですれば問題ないかな。
「それじゃあ学食へ行きましょう。」
「蒸し器を借りる。」
二人は立ち上がると、俺の抵抗も無視して弁当を片づけ始めた。
なすがままに手が引っ張られてゆく・・・。
数分後、学食に到着した俺達は蒸し器を借りた。
そして無事にまつたけボイルを食すことが出来たのであった。
「・・・こんなのでいいんだろうか。」
「良かったですね、祐一さん。」
「たしかにこれはまつたけをボイルしたものだけど・・・。」
「結果十分。」
「う、うーん・・・。」
唸っていた俺ではあったが、結局問題は無かったみたいだった。
松茸ご飯を持ってきていた佐祐理さんに感謝。
妙案を思いついた舞に感謝。
蒸し器を貸してくれた学食の方に感謝。

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『やえがき“む”』

まさかこんなとこまで出てくると思わなかった。
ワインまではもう出尽くしたと思ったのだが・・・日本酒とは奥が深いものだ。
「・・・感心してる場合じゃないな。とっとと飲んでしまおう。」
いざこざだとかが起こるのは面倒だ。
手早く秋子さんに相談しに行く。

『●やえがき“む”
八重垣“無”。純米吟醸がよい。
特徴のある、本当にここち良い香りがする酒。』

「もう無いかと諦めてたんですが、良かったわ。」
俺にとっちゃあ全然良くないんですけど。
「香りだけじゃなく、ばっちり味も楽しんでくださいね。」
楽しむレベルは無理だと思いますが・・・。
にこにこと上機嫌で、秋子さんは、やえがき“む”を取り出した。
(相変わらずなんでこんなものまで家にあるのか謎であるが)
食卓の上にどんとおかれるそれは、当然のことながら小さめの入れ物に注がれてゆく。
とくとくとく
辺りを心地よい香りが埋め尽くす。なるほど、たしかに香りはいいみたいだ。
「さ、どうぞ。」
「ではいただきます。」
コップになみなみと(こんなには要らないんだが)入ったそれを、ちびっと味わってみた。
「・・・・・・。」
「どうですか?」
「・・・結構いけますね。」
「でしょう?さ、どんどん飲んでください。」
勧められるが、そこは理性を保って少しずつ飲む、飲む、飲む。
小一時間後・・・コップ一杯分を俺は飲み干した。
「ふう、ごちそうさま。」
「・・・・・・。」
終了を告げると、秋子さんがじっと俺の顔を見ていた。
その表情はどこか沈みがち。たまらず俺は尋ねてみる。
「どうしたんですか?」
「なんだか名残惜しくって。」
「は?」
「祐一さんがかなりお酒に慣れてきたのに、もうすぐ終わりですものね。」
「・・・・・・。」
秋子さんの気持ちも分からないでもない。
しかし今更ながら改めて言うが、俺は未成年である。
酒を堂々と飲み交わすなど、本当はあるべきではないのだ。
それでも、俺はこう告げた。
「最後のワインは、皆で楽しく飲みましょうよ。」
「・・・そうですね。名雪や真琴も一緒にね。」
「ええ。もちろん飲みすぎはよくないですけど。」
「皆の分まで祐一さんがたっぷり飲んでくださいね。」
「いや、さすがにそれはちょっと・・・。」
しんみりとしてきたものの、少しばかり派手な約束をとりつけた。
なあにもうすぐ終わる。酒も後一つ(のはず)。
成人したら改めて、秋子さんと酒を飲もう。
・・・って、秋子さんはほとんど俺が飲むのを見てるだけなんだけどな。

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