『さんぞうしゅ』

「祐一さん、たまには私に任せてください。」
唐突に秋子さんがこんな事を言ってきた。
それは、またも登場した酒に俺が頭を悩ませていたときのことである。
たまもなにも、ほとんど秋子さんに頼ってるんだが・・・。
台所に招かれて待つ事数秒。
やはりというか秋子さんは酒を取り出してきた。
小さな器になみなみとつがれる。しかし・・・。
「秋子さん、これって前も飲んだ奴じゃないですか?」
「ええ、こくりゅうです。」
さらりと言ってのける。
年間生産数がとんでもなく少ないあの高級そうな酒だ。
初めて飲んだ時(飲まされた時)俺はぱたりと倒れてしまったのだが。
あの時はその日も次の日も大変だった。
「なんで既に試飲済みのものをだしてくるんですか?」
「だってここに書いてあるんですよ。」

『●さんぞうしゅ
三倍醸造酒。アルコールで三倍に薄めた酒。
二日酔いへの伴侶にどうぞ。』

「ね?」
「いや、“ね?”じゃなくて・・・」
「二日酔いにまずはならないといけませんよ。」
「ならないといけないなんてことは書いてないんですけど。」
「どのみち私が飲ませませんから心配要りませんよ。」
「・・・・・・。」
ある意味脅迫に近いように思えた。
どうやら最初に“いちのくら”を飲んでいらい、
秋子さんはすっかり俺に酒を飲ませたい症候群にかかってしまったらしい。
あの時は二十歳になったらどうのこうのと言っていたはずなのに・・・。
「さ、祐一さん、くいっと。」
「・・・じゃあいただきます。」
目的はさんぞうしゅだが、先にこれを飲まなければしょうがない。
意を決して俺は器に口を付けた。
くいっ
「・・・ふう。」
「いい飲みっぷりですね。」
「はは・・・。」
数回飲んでるうちに慣れてきたのだろうか。
しっかしこれを飲んだからといって二日酔いになる保証なんてな・・・
バタ
「あらあら、やっぱり倒れちゃいましたか。」

次に俺が気が付いたのは自分の部屋のベッドの中だ。
頭がガンガンする。立派に二日酔いになったようだ。
体をなんとか起こすと、枕元にはさんぞうしゅとあの本が一緒に置かれていた。
“どうぞ”という秋子さんのメモ書きと共に・・・。
「やれやれ、とっとと飲んでおこうっと。」
普通は薬だのを飲むはずなんだがなあ。
ごくごく
「うえーっ、まっず・・・。」
一気に吐き気が底から込み上げてきた。
なんとかそれをこらえ、階下へ降りてゆく。
頭痛はその日ずっと続き、とてもまともに過ごせる状態じゃなかった。

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『シーフードスパ』

今日ほど晩を心待ちにしていた日はなかった。
本に載ってあったメニューを秋子さんに見せ、夕飯にと頼んだのだ。

『●シーフードスパ
海鮮類をメインの具として入れたスパゲッティ。』

“ええ、いいですよ”と、快く受け入れてくれた。
同じ家の住人である名雪も真琴も、同じ様に。
何事も無く、学校が終わる。
部活が休みであった名雪と、あれこれ雑談しながら帰路についた。
その途中で、買い物に出ていた秋子さんと真琴と遭遇。
“材料が足りなかったものですから”と、頬に手を当てて笑う秋子さん。
真琴は、珍しくも肉まんをねだっていなかった。
“だってお腹いっぱいで食べられないと嫌だもんね”だとさ。
やはり夕食を楽しみにしているらしい。
気持ちは分からないでもない。秋子さんの手・・・
いや、真琴の手にもあった、シーフードスパの材料は見事なものであった。
どれだけの人が食べるのであろうかと思われるほどの量を誇る。
量だけではなく、海老、蟹、貝など、種類も豊富であった。
詳しい話を聞くと、どうやらわざわざ海鮮市場まで出かけていたらしい。
もしかして一日がかりの材料収集となってしまったのだろうか?
そうなると大変申し訳ない気がしたのだが、
秋子さんは“今日は買い物日和ですから”という言葉を投げかけてくれた。
今日という日が過ぎた後も使うという予定なのだろうか。
深く考えていたが、隣で“ごちそうっ♪ごちそうっ♪”と陽気に飛び跳ねている名雪をみると、
次第に悩みも消え失せて行った。
そんなこんなで家に到着。
秋子さんの指導のもと、4人掛かりで夕飯は出来上がった。
テーブルの真ん中に山盛りにされたシーフードスパを、それぞれの皿にとって少しずつ戴く。
最初は果たして食べきれるかと懸念していたが、なるほど美味しければいくらでも入るものだ。
なんと夢にまで出てきたのだったのだが、それほど満足したという事だろう。
食の魅力を存分に味わった日であった。

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『シーフォンチュー』

『●シーフォンチュー
西鳳酒。白酒の一つで、さわやかながらも強烈な味は
病みつきになったら離れられない。』

「いいかげんにしろー!!!」
とうとう俺は叫んでしまった。
今度は日本酒ではない酒が登場したからだ。
何度も言うが俺は(以下略)
「はあ、また秋子さんに相談するしかないのかな・・・。」
名前から察するに、中国のお酒、かな。
もっともうかつにそんなことを断言してるとどこか(←どこだ?)から攻撃がくるかもしれない。
まずはさておき、一階へ降りてゆくとしよう。
タッタッタッ
軽快じゃないが階段を降りる。
と、階下では秋子さんがにこやかな笑顔をたたえて立っていた。
「祐一さん。」
「は、はいっ!」
俺は何故か途中で足を止める。そして気を付けの姿勢をとった。
「上を見てください。」
「上、ですか?」
「はい。」
「上・・・。」
言われて顔を上へ向けたその時!
じょろろろろ
「わわわわっ!!」
なんと上から白い液体が降ってきた。
しかもそれは上を向いた俺の顔、何気なく開けていた口の中に直行!
「んぐぐぐぐっ!」
顔をそらす事も動く事も出来ず、俺はただその液体を受け入れていた。
幸いにも丁度口の中がいっぱいになるくらいの量ではあったが、
それだけが降り注ぎ終わるまでずいぶんと長く感じた。
更には、はずみでそれらを全部飲み干してしまった。
さわやか。しかし強烈な味だ。
「いかがでしたか?シーフォンチューの味は。
今回はちょっとからくりを作ってみたんです。」
「あ、秋子さん・・・。」
「なんですか?」
「ふ、普通に飲ませて、くだ・・・さい・・・。」
いきなりのことでびっくりしたのも間違い無いが、やはり俺には酒はきつかった。
ふらふらと、階段に倒れ込む。
それをしっかりと支えてくれたのは、秋子さんだった。
「やっぱり、まだまだ慣れないみたいですね。」
ふふっという笑みと共にこんな声が聞こえてきた。
冗談ぬきで、早く酒に慣れたい・・・。
それ以前に次に酒が出た時、果たして秋子さんに任せていいのだろうか?
もはや俺は、未成年だとかいうことをまったく気にしなくなっていた。

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『シチュー』

「シチュー?ああそれなら学食にあるぞ。」
北川のこの言葉により、俺は昼休みが始まった直後に教室を飛び出した。
まさしく電光石火。いねむりしていた連中には目にもとまらなかっただろう。
廊下を駆け抜ける、階段を素早く降りる。
そして、1分としないうちに学食へ辿り着いた。
「たのもー!!」
しーん・・・
「あれ?」
何故か俺の声に反応する人は誰も居ない。
いや、正確には周りに人間が誰一人として居ないのだ。
「おっかしいな・・・ん?」
きょろきょろしていると、一つの立て看板が目に入った。
“本日休み”
「・・・・・・。」
そうか、そういうことか。
なるほどなあ、休みなら誰も居ないってのも納得できるってもんだ。
ははは、こりゃあいっぱいくわされたなあ・・・
「じゃなくて!!なんで今日に限って休みなんだよ!!」
「それは今日が土曜日だからだ。」
「ぬをっ!?き、北川!」
いつのまにか、背後に不敵な笑みをたたえて北川が立っていた。
隣には名雪と香里の姿もある。
「今日が土曜日だって?嘘をつくな!」
「臨時に土曜日になったんだよ。」
「そんな馬鹿な。いくらこの学校でも、そこまで権限はないだろう。」
「甘いな相沢。実は学食の会というのがあってだな・・・」
「馬鹿な事いつまでも言ってないでよ。」
途中から完全に嘘っぱちな北川の話を、香里が遮った。
「工事するからしばらく学食はお休みなのよ。先生が言ってたでしょ?」
工事?なるほどな、それなら合点がいく。
しかし・・・
「俺はそんなこと聞いた覚えが無いぞ。」
「祐一今日居眠りしてたでしょ。その間に先生が喋ったんだよ。」
何故か呆れたように名雪が告げてくる。
四六時中居眠りしてた名雪が聞いていて、ほんの一瞬居眠りした俺が聞いてないなんて。
こんな屈辱的なことがあるだろうか?いやない。
「とにかく今日は購買でパンでも買って済ませるしかないわよ。」
「けどめぼしいのはもう売り切れちゃってるよなあ。」
「祐一を追いかけてきたからこうなったんだよ。
だから祐一のおごりだね。」
「・・・・・・。」
どうしてそういう結論になるんだ?
ここ最近、しょっちゅうこの三人からタカられている気がするんだが・・・。
ひょっとして俺はいいように扱われてないか?
その後、腑に落ちない俺のおごりで、昼食は終了した。
で、肝心のシチューだが・・・
「朝言ってくれれば用意したんですよ?
でも安心してください。まだ晩御飯の準備はしてませんから。」
という秋子さんの言葉に、たんと甘えさせてもらった。
よくよく考えれば最初っからそうすれば良かったはずじゃないか!!
もしかしてあの本は、判断能力まで衰えさせてしまうのか?
ほんと災難続きだ・・・。

『●シチュー
肉や野菜をとろ火で煮込んだ洋風料理。』

という説明書きを見て、
「普通ですね・・・。」
と残念そうだったのは気にしてはならないところだが。
それでも、シチューを美味しく食したのは間違い無い。
まともに食べられただけでも良しとするか・・・。

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『シャーベット』

「シャーベット!?相沢、それなら百花屋で・・・」
「うおおお!!」
「相沢君、いいメニューを紹介・・・」
「うおおおおお!!」
「祐一〜、これから百花屋に・・・」
「うおおおおおおお!!」
タカリ魔(何故かこう呼ばずにはいられない)三人の声を振り切り、
俺は放課後学校を飛び出した。

『●シャーベット
果汁に砂糖などを混ぜ、半固体状に固めた氷菓子。』

こんなものは商店街で安く買うとか、家で自分で作るとかすればいいのだ。
「ふっ、どうやら追手は撒いたようだな。」
かなり離れたところで一息つく。
後ろを振り返ると、誰の影もみえなかった。
「よし、さっさと商店街へ直行だ!」
よくよく考えれば、食物の話などせずに商店街に向かえば良かったはずなのだが、
いつものくせでつい喋ってしまった。
まあ何も言わないでいるってのも結構心苦しいしな。
とかやってるうちに問題の商店街に到着。
「さて、シャーベットを売ってそうな店は・・・。」
ダダダダダ
「ん?」
ダダダダダダダッ
前方100メートル辺りで土煙が舞い上がっている。
それだけ激しく走っている奴が居るということだろうか。
そんなので思い当たる奴といえば・・・
「うぐぅ、捕まるう!」
あゆだ。たいやきくわえたあゆあゆがまっすぐこちらに走ってくる。
捕まるなんて言ってるってことは、おそらくまた食い逃げだろう。
こりゃあ絶対関わり合いにならない方がいいな、と踵を返そうとしたその時だ。
「あっ、祐一くーん!!」
「なっ!?なに名前呼んでんだ!」
不幸にも捕捉されてしまったようだ。
あゆの叫びで、商店街の皆さんから注目を浴びてしまったのは言うまでもない。
とっさに俺は走り出した。
「待ってよ祐一くーん!」
「だああ!だから叫んでんじゃねー!!」
逃げる、逃げる、走る、走る、逃げる、逃げる、走る、走る・・・。

気が付くと、俺とあゆは街の外れの並木道まで来ていた。
とりあえず追っ手は振り切ったようだな。
「じゃなくて!なんで俺まで巻き込むんだ!!」
「うぐぅ、仕方なかったんだもん。」
「何が仕方ないんだ。俺の名前をあゆが呼ぶからいけないんだろ!?」
「そんなこと言わずに。はい、たいやき。」
あゆが懐からほかほかのたいやきを取り出してきた。
俺達のはあはあという切れ切れの息に負けないほどの湯気が立ち上っている。
しかし俺は当然のことながら首を横に振った。
「なにが“はい”だ!俺はたいやきが欲しいんじゃない!!」
「うぐぅ、美味しいのに。」
「そういう問題じゃない!俺が探してるのはシャーベットだ!」
「シャーベット?」
叫んではっとなった。巻き込みに対する怒りから、食物の要求へと、
自ら話をそらしてしまったみたいだ。
「あゆも誘導尋問が上手くなったな。」
「うぐぅ、ボクそんなことしてないよ。」
「言い訳はいい。とにかくシャーベットを渡してもらおう。」
「えっ?」
こうなったら事件に巻き込まれた代償としてあゆから食物をいただくとしよう。
うん、そうだ。それがいい。
「俺の名前を叫び、こんな所まで走らせたんだ。文句はないだろ?」
「うぐぅ・・・。じゃあ商店街まで戻ろうよ。」
「おしっ。」
申し訳なさそうな顔をしながらあゆは歩き出した。
とぼとぼと歩を進めるその姿に、なんとなく心が痛む。
そして商店街。逃げ出す時の注目度はどこへやら。
手頃な店で、何の問題も無くシャーベットを入手することが出来た。
「はい。」
「おお、さんきゅうな。」
イチゴ味。名雪なら泣いて喜びそうなそれを、俺は遠慮無く食した。
「ねえ祐一くん。」
「なんだ?」
「シャーベットを探してたのって、例の本の所為?」
「ああそうだ。」
そういえば何も言わずにあゆはシャーベットを振る舞ってくれたな。
「もしタイヤキが出たら言ってよ。ボク喜んで協力させてもらうから。」
「あゆ・・・。」
しゃりっとかじったシャーベットのかけらがぽろりと地面にこぼれ落ちる。
あゆの口からこんな言葉が出るとは驚きだった。
それと同時に、さっきまであゆからいただこうなどと思っていた自分が、
急に恥ずかしくなってきた。
「あゆ、俺は・・・。」
「その代わり。」
「・・・なんだと?」
「それ以外の食べ物が出たらたまにはご馳走もしてね。」
「・・・・・・。」
なるほどな、そういうことか。
いやいや、ここで呆れてはいけない。
あゆが言っているのはあくまでも“たま”だ。
それに喜んで協力してもらうというのなら、ご馳走くらいしてもいいだろう。
「いいけど、あんまり期待はするなよ。」
「わかった。期待はしないことにするね。」
本当に分かっているのだろうか。
屈託の無いこの笑顔は、暗に期待してると言ってるようなのだが・・・。
なんにしろ、今回はあゆのおかげで楽に済んだ・・・のか?

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『ステーキ130』

『●ステーキ130
130グラムサーロインステーキ。』

要はステーキ、ってことだろ。
秋子さんに頼んでみるか。
というわけで、学校へ行く前に料理名を告げた。
「いいですよ。上等のお肉を買っておきますね。」
「買い物なら俺が行きますから。ステーキなんて贅沢なものを頼んでる訳だし。」
「そうですか?じゃあ帰り道にでもお願いしますね。」
「わかりました。」
商談成立。秋子さんは、早速お金とメモとを渡してくれた。
肉のみならず、にんじんその他の野菜も一緒だ。
まあ当然だろう。ともかく今日の買い物当番は俺だってことだな。
「ステーキなんて久しぶりだね。」
「祐一が原因だね。」
名雪も真琴もそれなりにはしゃいでいる。
しっかし原因って・・・言葉の選択間違えてないか?
そんなこんなで、あっという間その日の終わりが来る。
結構な量だった買い物袋を抱えた俺は無事に帰宅した。
料理中、秋子さんはさすがいい腕をしているということを見せ付けてくれた。
食べてみると、なるほど・・・
「美味い!」
「よかったね、祐一。」
「俺は幸せだー!」
「大袈裟ねえ。」
「ぬおおお!」
「喜んでいただいて良かったです。でも、食事中は騒ぎすぎないでくださいね。」
「・・・はい。」
ついついハイになってしまった。
まあそれだけ俺は幸福感を味わったというわけであった、うん。

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『ステーキ240』

「は?」
朝本を開けて、俺は目を疑った。
昨日食べたはずの“ステーキ”がまたそこに書かれてあったからだ。
そんな馬鹿な。なんで二日連続も同じ・・・

『●ステーキ240
240グラムサーロインステーキ。』

なるほど、グラムが違うってわけね。
これは一本取られたなあ。はっはっは・・・
「って、笑ってる場合じゃねー!!一体どうすればいいんだー!!」
いくらなんでも二日連続で秋子さんに頼めるわけが無い。
昨日あれだけ機嫌よく奮発してくれたんだ。
さすがに“今日もステーキを”なんて言うのは気が引けるというものだ。
とはいえ、どうするべきか。
自分で買って食すか?しかしなあ・・・。
結局朝に何も言えないまま、学校まで来てしまった。
授業の声などまるで耳に入らない。ひたすらステーキのことを考える・・・。
そして昼休み。俺は、屋上へ続く階段へふと向かってみた。
そこには舞と佐祐理さんが、いつものように弁当を広げていた。
「やっ。」
「あっ、祐一さん。・・・どうしたんですか?なんだか元気がなさそうですが。」
「鋭い。実は・・・。」
つとつとと、俺は二人に理由を話し始めた。
懸命にうなずく佐祐理さん。無言ながらもしっかりうなずく舞。
話が終わると、二人は同時に唸り始めた。
「これは深刻な問題だよねえ。ね?舞。」
「・・・・・・。」
「いくら佐祐理のお弁当でもステーキはないもんねえ?」
「・・・・・・。」
「いい方法、無いかなあ?」
「・・・買う。」
「え?」
「祐一が買う。」
「なるほど。やっぱりそれが一番だよね。
というわけで祐一さん。頑張ってステーキを購入してください。」
二人はなんともひどい結論に達してしまった。
問題無く買えるならわざわざ話なんかしないっての。
けど・・・やっぱりそうするしかないか。
秋子さんには事情を話して、自分の分だけステーキを、ということにしよう。
「・・・ありがとう、佐祐理さん、舞。」
「いえいえ、どういたしまして。」
「祐一、頑張れば大丈夫。」
何をどう頑張れば大丈夫になるんだ。それを教えてくれ、舞。
俺はこの後もそれを活用しつづけるぞ、絶対に。

結局その日、巨大な出費をして(以前買った寿司よりはマシだったが)
俺はステーキを購入した。
秋子さん含め、冷ややかな視線を受けつつ、夜にそれを食すのだった。
「言ってくれればOKしたんですよ?」
「はあ。でももう買ってしまいましたし。」
「自業自得だね、祐一。」
「俺は何もしてないぞ。」
「お母さんに相談もせずに買っちゃったじゃない。ダメだよ、そういうの。」
「そうだな・・・。」
なんにしろ、このステーキはあまり美味しくなかった。
味は良いはずだったのだが、状況が・・・。

<HP回復38%>


『せんそうゼリー』

名前をぱっと見、俺がしらないものだった。
初めてだな、酒以外で知らないものが出るとは・・・。
さてさて、こいつはどうするかな。

『●せんそうゼリー
黒砂糖などで味付けした汁の中に
細かく刻んだゼリーを入れたデザート。』

作り方を見ると、俺にも出来そうに思えた。
よし、台所を借りるとしよう。
秋子さんに頼むと一秒で“了承”をもらった。
早速材料を用意。黒砂糖を・・・
「待て、黒砂糖など?・・・まあいっか。」
他に更に何か入れるなんて知ったことじゃない。
適当に黒砂糖のみを使って汁を作った。
・・・要は砂糖水ってことだけどな。
「で、次に細かく刻んだゼリー・・・ゼリー?」
ゼリーなんてこの家にあっただろうか。
冷蔵庫の中を探る。すると、奥にイチゴゼリーを発見した。
「多分名雪のものだな。・・・一個くらいならわからないだろう。」
勝手に借りることに、いやもらうことにした。
イチゴも時に砂糖と牛乳とで食べたりする。だから問題無いだろう。
ゼリーをまるまる一個まないたの上にあけ、包丁で軽く刻む。
それらを、先ほど作った汁が入ったボールにながしこんだ。
ぼたぼたぼた
よくかきまぜる・・・。
「これで完成、かな?」
見た目は・・・悪い。
いや、見てくれに騙されるな。とりあえず試食だ。
・・・ぱく。
「甘い・・・。」
甘めのゼリーに砂糖で味付けすれば甘いに決まっている。
でも、そう悪くはない味だった。とりあえず食えないことは無いな。
「ふう、一安心だな。さて、さっさと食べるか。」
ぱくぱくと口に運ぶ。が、途中で嫌になってきた。
なんと言ってもこれは甘い、甘い。
こうなったらこの家の皆に振舞うとしよう。
そう思った矢先、秋子さんが台所に戻ってきた。
「あら祐一さん。お料理は済んだんですか?」
「ええまあ。秋子さん、少し食べてください。」
残ったゼリーを差し出す。
「あらあら、甘そうですね。」
見たまんま・・・じゃないよなあ。ちゃんと分かってるみたいだ。
「ではいただきます。」
ぱくっとそれを口に運ぶ。
しばらく味を確かめるようにもぐもぐしていたかと思うと、それを飲みこんだ。
「・・・一口で上等ですね。」
「そ、そうですか。」
「糖尿病になりそうですけど。」
嫌なことを言わないで欲しい。たしかに甘いが・・・。
その後少しずつ分けて分けて、なんとかそれは片付いた。
しかし・・・
「酷いよ祐一。わたしのとっておきのイチゴゼリーを断りもなしに使うなんて。」
名雪にしっかりばれてしまった。
「明日百花屋でイチゴサンデー。もちろん祐一のおごり。」
「おいちょっと待て、なんでそうなる。」
「じゃあせめて代わりのイチゴゼリー買ってきて、明日。」
「まあそれくらいなら。」
危うくとんでもないものを奢らされるところだった。
ちなみにその日の夕食は、辛い辛い麻婆豆腐だったとさ。

<HP回復40%>


『せんちゅう』

「またきたか。
しばらく姿を見せないと思っていたらこれだ。
お前は一体何様だ?そんなにしょっちゅう来て、俺を困らせて。
それで満足なのか?あん?なんとか言ったらどうなんだコラ!」
「何をぶつぶつ言ってるの祐一。」
「な、名雪!」
本に向かって文句を言ってると見つかった。
まあ部屋で鍵をかけていなかった自分が悪・・・
「じゃなくて!ノックくらいしろっての!!」
「千本もできないよ〜。」
ぽかっ
「痛い・・・。」
「誰がボケろといった。名雪、お前はまだそんな歳じゃないだろう?」
「うう〜、なんか酷いこといってる。」
「気の所為だ。それより、こうなったらこれを見てくれ。」
殴られた箇所を手で押さえながら涙ぐむ名雪に、本を見せた。

『●せんちゅう
船中八策。坂本龍馬にちなんだといういわれのある
度数8の辛口の酒。非常に良し。』

「坂本龍馬・・・やったね、祐一。」
「何がやっただ。そんなことより大事な事があろうだろう。」
「えっと、お酒だね。」
「そう、お酒だ。」
「だから祐一ぶつぶつ言ってたんだ?」
「そういうことだ。」
「お母さんに相談すればすぐなんじゃないの?」
「できればそれをせずに済ませたいんだが・・・。」
今まで酒という酒に絡んできて、無事に終わったことなどほとんどない。
しかも今回のこれは非常にきつそうな酒だ。
味見程度ならいいが、もし大量に飲んでしまったら・・・
倒れて次の日二日酔い、どころの騒ぎじゃなくなりそうだ。
「だったらお母さんがいない間に探すしかないね。」
「なるほど!それでほんの少しだけいただいて、それを返す、と。
いいアイデアだな、名雪。」
「でも・・・もし見つかったら・・・。」
「見つかったら?」
ごくりと唾を飲む名雪。顔が強張っている。
「どうなっても知らないよ?」
「・・・・・・。」
こんなところで脅しをかけられるとは思っても見なかった。いや、警告か。
「だってお母さん、祐一にお酒飲んでもらうのすっごく楽しみにしてるみたいだし。」
「そ、そうなのか。」
楽しみなんかにされたらはっきり言って困るんだが・・・。
なんにしろ、リスクはかなり大きそうだ。
見つからずに酒を味見できればいいが、もしばれたら・・・。
「祐一、どうするの?」
「・・・素直に秋子さんに話す。」
「うんそれが正解だね。じゃあお母さんを呼んでくるよ。」
「は?今家にいるのか?」
「当たり前だよ。今日は休日だもん。」
「は、はは、そうか。・・・実行しなくて大正解。」
ぱたぱたぱたと駆けてゆく名雪の後ろ姿を、大きな息をつきながら見送る。
数分後に秋子さんは部屋にやってきた。せんちゅう片手ににこにこ顔だ。
「もう、遠慮なんてしなくていいんですよ、祐一さん。」
「は、はあ。」
「さ、思う存分召し上がれ。」
どんっ、と床に一升瓶が置かれる。
「で、では少しだけ・・・」
「全部いっちゃってくださいね。また買いますから。」
「へ?」
取ろうとした手がぴたっと止まる。
全部?また買う?
「あの、この瓶まるごとは無理なんですけど・・・。」
「大丈夫、気合ですよ、気合。」
「き、気合でどうにかなるものでは・・・。」
「ふぁいとっ、だよ、祐一・・・。」
「名雪ー!助けてくれー!」
「今全部を飲まずとも、また後で飲めばいいことですよ。」
「秋子さん!俺はこんなに酒は要りません!!」
頑張って拒否しつづけ、なんとか事無きを得た。
予想通り味はとてつもなく、量を飲めば二日酔いどころの騒ぎじゃなかっただろう。
頼む、どうか酒はこれっきりにしてくれ・・・。

<HP回復30%>


『たいさし』

鯛、か・・・。
魚の名指しでくるってのはなかなかだな。
しかし値段も張る。そこはそことして、朝食時に秋子さんに頼むことにした。
「というわけで秋子さん、夕飯にたいさしのパックを買ってきます。」
「了承。ところで祐一さん・・・」
「それじゃあ行ってきます!!ほら行くぞ、名雪!!」
「う、うん。行ってきま〜す。」
相変わらずのんびりとしている名雪の腕をひっぱり、急いで家を出る。
「祐一〜、そんなに慌てなくても。」
「いいや、慌てる!名雪には見せてやる、これを読んでみろ!」
「え?」
例の本を開き、今日のメニューの説明書きを指した。

『●たいさし
鯛の刺身。スズキ、ヒラメと並んで
酒に合う白身魚の代表格。』

「これがどうかしたの?」
「三行目に注目してみろ。」
「“酒に合う”なるほど。だからお母さんの言葉を遮って家を飛び出したんだね。」
「その通りだ。普段から酒をかっくらってるのに、
別の食品で酒に絡まれちゃあたまんないからな。」
「ふぁいとっ、だよ。」
「そういう問題かよ・・・。」
なにはともあれ放課後には、俺はたいさしをパックで手に入れた。
部活の無い名雪と共に、商店街で買い物、というわけだ。
「あっ、あれに見えるは百花屋だよ〜。」
「そんなもん今は関係ないだろ。夕飯にはたいさしが待ってるんだからな。」
「わたしは鯛よりイチゴサンデーの方が美味しいと思うよ。」
「食べるんなら一人で食べろ。」
「祐一のケチ・・・。」
聞き捨てならない言葉だ。俺はイチゴサンデーをおごる為に居るんじゃないぞ。
なんとか名雪の攻撃を避け、無事に家に辿り着いた。
「「ただいま〜。」」
「二人とも、お帰りなさい。」
笑顔で迎えてくれた秋子さんに、買ってきた品物を渡す。
「それじゃあしばらくしたら夕飯にしますからね。」
そして待つ事しばらく。
部屋に呼びに来た名雪に連れられ、俺は台所へ。
しかし、そこでとんでもないものを見ることになる。
テーブルの上に並んでいるたいさし。それらとは別に・・・瓶がある。
一升瓶だ。近くにはおちょこもとっくりもある。間違い無い。・・・酒だ。
「あ、あの、秋子さん、これは?」
「いちのくら、です。祐一さん一口しか味わってませんでしたよね。」
「いやそういうことじゃなくて!なんで夕飯に酒が・・・。」
呆然としながら、名雪と目が合った。すると名雪は目をそらす。
「・・・名雪、お前秋子さんに喋ったな。」
「・・・祐一、イチゴサンデーの恨みは恐ろしいんだよ。」
「そういう問題か!!あの状況で俺がおごらなきゃならない理由なんか無いぞ!!」
「おごってなんて一言も言ってないじゃない。」
「なに?」
よく考えて商店街の会話を思い返す。
そういえば、名雪は食べたいと言っただけでたしかにおごってとは言っていない。
しまった、俺の早とちりか。
しかし、元を正せば普段から“奢り”をかけてくる名雪の・・・いや、攻めるべきじゃないな。
「すまなかったな、名雪。」
「あ、う、うん・・・。」
素直に謝ると、名雪はなんとも申し訳なさそうな顔になった。
俺がこういう態度に出るというのが意外だったかもしれない。
「わーいたいさしたいさし〜。」
いつの間にか下りてきていた真琴が、ちょこんと椅子に座る。やけにゴキゲンだ。
「真琴はたいさしが好きなのか?」
「肉まんには負けるけどね♪」
贅沢なのか贅沢じゃないのか・・・。
待てよ。よくよく考えてみれば、これこそあゆに頼めば良かったような。
たいやきとたいさし・・・無理か。
「ね、早く食べよう。」
「分かったよ。」
急かす真琴に、全員が席につく。
相変わらずテーブルの真中にはでっかい瓶があった。
「でも、秋子さん、酒は勘弁してください。」
「鯛にはお酒が合うんですよ?」
「また別の機会に、ってことで。」
「たまにはいいじゃないですか。めったにこんな機会ないんですから。」
たしかに鯛と酒とを飲む機会などないだろう。
しかし、酒自体は飲む機会はたんとあるんだが・・・。
それでも結局、俺は酒を飲みながらたいさしを食した。
いやあ、これがなかなかいけるいける。
「祐一、将来酒飲みになるんじゃ・・・。」
「あん?名雪、なんか言ったか。」
「な、なんでもないよっ。」
「じゃあ真琴か〜?」
「ん?あたしじゃないよ。」
「わかった!秋子さんだ!!」
「祐一さん、相当酔ってますね。」
「大丈夫大丈夫!!おーるおっけい、です!!」
たいさしなのに、何故か酒におぼれた。
そんな日であった、マル。

<HP回復20%>


『たまのひかり』

『●たまのひかり
玉乃光有機雄町。ブランド化した酒を飲むぐらいなら
黙ってこっちを選ぶべし。』

「・・・・・・。」
もはや何も言うまい。素直に秋子さんに頼むとしよう。
「というわけで秋子さん、たまのひかり、お願いしてもいいですか?」
「いいわよ。祐一さんもやっとその気になってきたのね。良かったわ。」
いや、そういうわけでもないんですけど・・・。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。早速いただき・・・って、あの、瓶まるごとはちょっと・・・。」
「黙って飲みましょう。ささ、遠慮無く。」
「いや、これはさすがに遠慮します。」
「残念・・・。」
心底残念そうな顔をして(そこまでするのは何故だ?)秋子さんはコップに酒を注いだ。
「どうぞ。」
「ではいただきます。」
両手に抱え、ありがたくいただく。
ごくごくごく・・・
「ふう・・・。」
「ところで祐一さん。」
「な、なんで、しょう?」
頭がくらくらする。やはりまだ酒には慣れないようだ。
「無理に一気に飲まなくてもいいんですよ?」
「そ、そうです、ね、はは、は・・・。」
バタン
倒れてしまった。もはやこれもお約束。
そして・・・。
朝〜、朝だよ〜
「うおっ!・・・あ、頭イテー・・・。」
二日酔いもお約束。
俺、しまいには入院するんじゃないだろうか。
ふとそんな悪い予感が頭をよぎったのであった。

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『ぢどりくしやき』

其の日も寒い寒い風が吹いていた。
北国。そして冬という事実はこうも正直なのか。
などと考えてると、寒さで頭がおかしくなってくるほどだ。
はあ。こんな日は地酒を熱燗で・・・
「って、何考えてんだ俺ー!!」
冗談だ、冗談に思い付いただけなんだ。
そう自分に言い聞かせながら、昼休みに中庭へと出てみた。
そこには、屈託の無い笑顔を伴って少女が出迎えてくれた。
「こんにちは、祐一さん。」
「・・・・・・。」
「どうしたんですか?」
「栞・・・それはなんだ?」
挨拶はともかく、彼女が今やってる行為が非常に気になった。
何故かバーベキューのセット。中に入ってるのは真っ赤になってる墨。
そしてその上には・・・
「焼き鳥です。」
笑顔で答える栞。
そう、焼き鳥だ。たくさんの煙を上空へと立ち昇らせながら、栞が鳥肉を焼いている。
何の鳥かは謎だが、普通の焼き鳥屋にあるような肉だ。
したたりおちる油がジュージューと音を立てている。
見ているだけで食欲をそそられる・・・
「ってちょっと待て!中庭でなんてものしているんだ!!」
「大丈夫です。」
笑顔で答える。何故か自信満々だ。
「先生にばれたらどうするんだ?」
「大丈夫です。」
一体何の根拠があるんだろう。
しかし栞の瞳は、何者も譲らない気力を帯びていた。
「そんなことより祐一さんも食べませんか?
一緒に食べようと思ってわざわざ用意したんです。」
「ほ、ほう・・・。」
言われながら、本の内容を思い返す。

『●ぢどりくしやき
健康に育った地鶏の串焼き。』

今栞が焼いているもの。それが地鶏かどうかはわからないが、とりあえずこれを食せばOKのはずだ。
しかし・・・あまりにもできすぎている。既にばれているのか?
「なあ栞。どうして今日に限ってあの本と同じ内容のものを?」
「同じなんですか?」
「ああ。」
「それならなお良かったです。でもただの偶然ですよ。」
「本当は密かに覗いてるんじゃないのか?」
「そんなこと言う人嫌いです・・・。」
悲しそうな瞳をする。慌てておれは取り繕った。
「わ、悪かった悪かった。ともかくありがたくいただく。
・・・って、本当にいいのか?」
「はい。」
笑顔に戻り、こくりと頷く。
この際細かい詮索はしない方がいいか。
そして俺は、寒い中、ほっとするようなひとときを過ごしたのだった。
しかし例によって栞はバニラアイスを食している。
「そんなもんが焼き鳥にあうのか?」
「バニラアイスとなら焼き鳥10本はかるいですよ。」
「そんな無茶な・・・。ところで、これ全部食べるのか?」
現場に用意されていた串は10本どころじゃない。その10倍以上・・・。
「祐一さんが全部食べてくれますよね。」
「いや、それは無理。」
「大丈夫ですよ。串一気すれば。」
「くしいっき?」
「はい。5本とかをまとめて食べるんです。」
「できるか!」
「応援してます。」
「やらんと言うに。」
「やらずにあきらめちゃだめです。」
「・・・・・・。」
もはや何も言うまい。
どこからこんなセットを持ってきたのかもなお言うまい。
串の美味さに舌鼓を打ちつつ、とにかく一本ずつ食す。
「祐一さん、串一気・・・。」
「・・・・・・。」
「祐一さんっ。」
「・・・・・・。」
一気を拒み続け、俺はひたすら口を動かしていた。
なんとかすべてを食べ終えたのだが・・・。
「ズルイです。私楽しみにしてたのに・・・。」
「そんなもん楽しみにするな。」
「また今度見せてくださいね。」
「だからやらないって。」
「それでは失礼します。」
いそいそとバーベキューセットを片づけ、栞は去っていった。
どうやって片づけていたかは・・・更に言ってはならない。
それより、本当に今度栞の前で串一気をしなければならないんだろうか?

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