『炎のチャーハン』

「なんだこの料理は…」
どうしてこう、俺のとこには極端な料理が来る傾向にあるんだ?
いや、それは前からか。
そうだな、いちいち料理名ごときで参っていてはこの相沢祐一の名がすたるってもんだ。
ここは今までこの本に振り回されてきたキャリアってやつのみせどころじゃないだろうか?
「誰に見せるんだんなもん…」
「一人でぶつぶつと…相変わらず妖しいわね」
「おわっ!?…なんだ、香里か」
実は今は放課後。部活へ向かった名雪を尻目に、さて夕飯は今回の料理だなと思っていたところだ。
しかしながら料理の名前にこれまたびっくり。魔神さまもびっくり、ってなもんだ。
そして俺なりの意気込みを、気合をためていると香里に突っ込まれたというわけだ。
「…で、香里も部活じゃないのか?」
「関係ないでしょ。教室の隅に面白そうな生物がいるから観察しなきゃと思ってね」
相変わらず失礼な奴だな。
「お前暇だろ」
「相沢君ほどじゃないわよ」
「いいや、俺は忙しいんだ」
「本の料理とにらめっこして一人で妖しい動きをしていて忙しいの?変わった生活してるわね」
「ぐ…」
香里の方がどうやら上手らしい。
しかし、動いていたか?いいや、呟くくらいしかしてないはずだ。
「…まぁ、そんなことはどうでもいいとしてだ」
「嫌よ」
「…まだ何も言ってないだろ」
「あたしに料理を頼っても無駄よ。断固拒否してあげるわ」
ちっ、既にガードを固めてあったか…。
「まあいいさ。たしかに今回は変な名前の料理だが、実は普通の料理に違いない」
「へえ〜。で、何て名前なの?」
「炎のチャーハンだ」
「…炎を食べるの?」
おい…。俺はどこぞの伝説の鳥かよ。
「お前、発想が真琴やあゆ並だぞ」
「その物言いは二人に失礼でしょ。で、どんな料理なのよ」
「なんだ、気になるのか?しかしダメだな。協力しないと見せられないな」
「別にいいわよ。説明見て相沢君が苦しむ姿を勝手に想像するわ」
こいつわ…。なんて嫌なやつなんだ。
「俺は心底お前を見損なうことにしたぞ」
「勝手にどうぞ」
「…いいかげん飽きたな。とっとと説明見るか」
「あのね…」
さっきのもったいぶった態度も忘れ、俺は香里にも見えるよう本を開いてやった。

『●炎のチャーハン
炎を支配した料理人の
チャーハン』

「頑張ってね」
香里はくるりと踵を返した。
もはや直に俺を見ずとも、俺が苦しむ様は十分楽しめると判断したらしい。
「甘いな香里」
「別に甘くないわよ。どうせ頼る人物は決まりきってるでしょうからね」
「…だろうな」
「名雪のお母さんなら、ムチで炎を奴隷のように扱うくらいお手の物でしょうよ」
それは支配の意味が違ってくると思うが…。
ま、既に事はきまってる。これ以上ここに居ても仕方ないな。
「俺も帰る」
「無駄な時間を過ごしたわね、相沢君」
「まったくだ…」
お互い漏らすのは苦笑ばかり。
そして帰路につく…。

帰宅後。俺はそっこーで家主たる彼女の元へと急いだ。
「え?炎のチャーハン、ですか?」
「はい。秋子さんをおいて他に頼れる人がいません」
「そうかしら…。あゆちゃんや真琴もいいセンいってると思うけど?」
いくらなんでもそれはないだろう…。
「あの二人は逆に炎に支配されてそうだからダメです」
「あらあら、祐一さんも言い切りますねえ」
「それに年季が違いますよ。名雪が幼い頃からその腕を振るってきた秋子さんが…
炎を前にして、支配できてないなどと謙遜はできないでしょう?」
「あらあらあらあら、祐一さんも言うようになりましたねえ…」
くすり、と秋子さんが笑った。
いつもの、頬に手をあてるポーズ。少しご機嫌になったような気がした。
「分かりました。今夜は私が腕によりをかけてチャーハンを作りましょう」
「ありがとうございます」
やった!さすがは秋子さん!!
と、俺は心の中でガッツポーズ。ふっ、やはり問題なく終わるのだな、こんな料理も。
「その代わりと言ってはなんですが祐一さん」
「はい?」
「炎といえばアルコールですよ。ですから…」
「へ?」

…そして夕飯時。
炎のような熱意をもって、炎のようにたぎる腕前で、
秋子さんが見事にしあげたチャーハンを皆で囲みながら…
俺はグラスワインを傾けながら…
ぼっ
一瞬だけ火をつけて余分な水分を飛ばしたそれを秋子さんに注がれながら…
食は進められていったのだった。
「また祐一酒飲んでるね…」
「うぐぅ、しかもなんだかカッコつけてるよ」
「祐一なんかエラソー。エライのは秋子さんなのにぃ」
お前ら、人の気もしらないで…。
チャーハンとワインとを一緒に食さなければならない俺の身にもなってみろってんだ!

<一つのついで>


『松茸の吸い物』

「松茸、ときましたか…」
そもそも松茸は、日本では随分と高級がられる傾向にありますが、
実は海外に出るとそう価値があるわけでもなく…。
「あははーっ。案外トリュフと似たようなものかもしれませんねーっ」
「そうですね…って、倉田さん!?」
「いいえ、佐祐理さんの真似を少しやってみた、美坂栞です」
僕としたことがやられた気分です。
以前相沢君から、倉田さんの真似をこなす美坂さんに騙されたと聞きました。
同じく僕もまんまとそれに引っかかってしまったのです。
ふう、こんな事では倉田さんを生徒会に引き入れるなどまだまだですね…。
「あの、随分深刻そうですけど何かあったんですか?」
「いえ、ちょっと料理がね…」
「それはさっきの呟きからも分かりましたけど、今の表情が…」
「はっ…」
言われてみれば、僕は随分と沈んでしまっていたかもしれません。
倉田さんの声に聞き間違えてしまった事が影響したのでしょう。
…しかしもう大丈夫。立ち直らなければいけませんね。
生徒会長たるもの、一学年の女生徒に心配をかけっぱなしでは立場がありません。
「すみませんね、気をつかっていただいて」
「いえ、そんな…」
「さて、そんな美坂さんに今回の書物をご覧に入れておくとしましょう」
こうして声をかけていただいたのも何かの縁です。
…と、僕は本を広げて差し上げました。

『●松茸の吸い物
松茸をふんだんに使用した
高級なお吸い物

「うわあ、高級料理なんですねえ…」
「そうですね」
「では…今回はまつたけいっきですか?」
羨望の眼差しを向けられました。
いっきとは久しぶりに聞いた気がしますねえ…。
いえ、既に過去いっきを体験した身としてはあまり懐かしがってはいられません。
だいたい、食べ物は慌てて食べるのは身体によろしくないのです。
しかも今回はまつたけ。このような高級食材をいっきなどできる量を集められるわけもなく…。
「これは佐祐理さんの出番ですね…」
「倉田さんの!?」
「はい。私が直にかけあってみましょう」
ん〜、と唇に人差し指を当て考えていたかと思うと、美坂さんはたたたと走り去ってゆきました。
どうして人の都合など構わずに行動が起こせるのか、僕には甚だ疑問なのですが…
倉田さんが関わるとなれば話は別です。ここは期待しておくことにしましょう。
「…と、僕はここで待たなくてはいけないのでしょうか?」
幸いにも既に放課後なので問題は無いのですが、生徒会もありますし暇ではないのですが…。
と、思っていたその矢先、たたたたという駆け足の音が…。
あれは美坂さんです。早くも倉田さんを連れて戻ってきたようですね。
今更余計なことですが、廊下は走っていただきたくありませんね。
「ご苦労様です美坂さ…」
「ふう、ふう、佐祐理さんが見つかりませんでした」
「………」
そう、彼女が連れていたのは倉田さんではありませんでした。
倉田さんが懇意にしている…川澄舞。
一体全体どうして彼女が来る必要があるのでしょうか…僕にはまったく理解できません。
「久瀬」
「なんですか川澄さん。呼び捨ては構いませんが、僕は…」
「松茸さんは私が護る!」
「は?」
どこぞで聞いたことのあるような、それでいて初耳のような言葉に思わず聞き返したその時でした。
ぶんっ
「うわっ!」
彼女、川澄さんが何かを振りかぶってきました。
それはモップ…。おそらくどこかを掃除中だったのでしょう。
そこを美坂さんが連れ出して…って、なんというところで連れ出すのですかあなたという人は!
「美坂さん!川澄さんを早く元の場所に連れ戻してあげてください!」
「す、すみません、今ちょっと息切れしてまして…」
そういえば先ほどかなり荒い息で走って戻ってきましたね。
何故わざわざ走って連れてくる必要があったというのですか。
「覚悟!」
ぶんっ!
「おわっ!」
ぶぶんっ!
「うっ!」
ぶぶぶんっ!
「くうっ!」
大振りなため、なんとか紙一重でそれをよけている僕ではありましたが…。
なにぶん相手はモップ。しかも濡れています。廊下の壁あちらこちらに水の染みができあがってゆきます。
「こら川澄くん!校内でそのような物騒なものを振り回すと停学処分にしますよ!?」
「それでも私は松茸さんをまもる!」
ぶんっ!
「うわああっ!」
さっきから何を言ってるのでしょう川澄さんは。
たしか動物を保護する活動をしているとか…彼女は菌類まで対象に含めてしまったのでしょうか?
と、あれやこれや考えている暇はありませんね…。
「ぼ、僕はこれで失礼します!」
「逃がさない」
「ええい、本当に停学処分にしますよ!?」
「松茸さんを護るために頑張る!」
これ以上言い争うだけ無駄のような気がしたので、僕はさっさと逃げ出すことにしました。
もはや彼女は聞く耳もたず。そして、あわよくば倉田さんをと思っていた事もどこかへ流れ…。
未だ息を切らしている美坂さんに、手を上げてさよならするだけにして、僕はその場を後にしたのでした。

…十数分後。なんとか川澄さんから逃げ切った僕はとぼとぼと家路についていました。
屈辱です。僕ともあろうものがこのような仕打ちを受けるとは…。
松茸ごときにあれこれと考えてしまったのが失敗だったのでしょうかね…。
結局、インスタントでその食物を済ませたのでした。

<高級ちゃうけど>


『ママレード』

小鳥たちのさえずりが聞こえてくる、爽やかな朝。
私は一冊の本と共に目を覚ましました。
「…ママレード、ですね」
それは、オレンジ・ナツミカンなどの皮をまぜて作ったジャム。
それは、ママレード…。
「なんて、解説も仕方ないね。…どうしよ、お姉ちゃんに頼もうかな。
いやいや、頼むほどのものじゃないよね。だったら自分で作って…。
いやいや、買ってあっさり終わりそうだな。でも…」
「朝っぱらから何ぶつぶつつ言ってるのよ栞」
「うわわっ!お姉ちゃん」
いつの間にか部屋にお姉ちゃんが侵入していました。
プライバシーなどあったもんじゃありません。困るなあ、もう。
「お姉ちゃん勝手に入ってこないでよ」
「何回もノックしたけど?妄想にふけってアッチの世界へいっちゃうのもほどほどにしなさいよ」
「もーう、妄想じゃないもん…」
「で、何。今日は栞のとこに本が来たってのね?」
勝手に失礼な言葉を言っておきながらさっさと次の話題に移ります。
こういうさばさばしてるのはお姉ちゃんらしいっちゃお姉ちゃんらしいのかな。
「うん。簡単なものだから買ったらすぐに終わりなんだけど…」
「どれどれ?」
覗き込んでくるお姉ちゃんに急かされ、私は本を開いて見せました。

『●ママレード
新鮮なオレンジたちを煮つめて
ジャムにしました』

「ママレード…買って終わりね」
「うーん、それはそうなんだけど…」
「よかったじゃない。あっさり終わるわよ」
「うん、でも…」
この説明書きの“たち”って辺りがなんとも可愛らしいです。
ちょっとほれぼれしちゃいますね。
「だからやっぱり作ってみようかな」
「買った方が早いと思うけど…」
「もう、お姉ちゃん。たまには挑戦してみないと」
「ジャムに?じゃあ名雪のお母さんに相談しなさいよ。きっと極意教えてくれるわよ」
「秋子さんに?」
そういえば、秋子さんといえばジャ…
「…いえ、やっぱりやめといて。栞が猛虎伝説波なんて伝授されたら困るわ」
「何それ…。なんでジャムについて尋ねるだけでそんなのが伝授されるの?」
「たかだかジャムのためにそんなの無駄だし…」
「お姉ちゃんってば」
「いえ、秋子さんにとってはされどジャムなのかもね…」
すっかりお姉ちゃんってば話を聞いてくれません。
もーう、妄想してるのお姉ちゃんの方じゃない。
「とにかく、私は自分で作ってみるから」
「ん?ああ、作るの?ちゃんと料理本から学んで作るようにしてよ?」
「そのつもりだけど…」
「そ。ならいいわ」
安心したようにお姉ちゃんは部屋から出ていきました。
なんなんだろ、一体…。

と、一騒動ありましたが、とにかく私は料理にとりかかりました。
まずは材料であるオレンジ…。
折角なのでオレンジ狩りにでかけました。
さんさんと輝く太陽の下、みずみずしく光るオレンジ達が、畑でたくさんお出迎え。
私は夢中になってそれらをもぎとり、時には剥いて食べちゃったりして、
篭いーっぱいに収穫しました。
そしていよいよ煮詰めます。大きな大きなおなべにそれらを放り込んで…
ぐつぐつぐつぐつ…
ぐつぐつぐつぐ…
ぐつぐつぐつ…
ぐつぐつぐ…
ぐつぐつ…
ぐつぐ…
ぐつ…
ぐ…

ドンドンドン!
「ちょっと!栞!栞ってば!」
「わわわわっ!」
不意に、大きな物音と呼び声で現実に戻されました。
気がつくと、私はベッドの中でした。
両腕の中にはれいの本が。
「あれ?寝ちゃったのかな…」
「栞、いつまで寝てるの!早く起きないと遅刻するわよ!?」
「え?…うわーっ!!」
時計の文字盤を確認すると、それは既にとんでもない時刻を表示していました。
「はあ、やっと起きたみたいね…さっさと仕度して降りてきなさいよ」
呆れた声の後に、足音が遠ざかっていきます。
「ちょ、ちょっと?え、え?さっきのオレンジ収穫って、夢!?」
慌てて私は腕の中の書物を確認しました。
するとそこには…

『●ママレード
新鮮なオレンジたちを煮つめて
ジャムにしました』

同じ文章がやはり載っていました。
となると、先ほどまで見ていたのは夢の可能性が高いです。
けど…一体どこからが夢…?
オレンジ収穫の辺りかな…突拍子もなかったし…。
いや、もしかしたら本と共に目覚めた辺りかもしれません。
お姉ちゃんが尋ねてきたことも、本の内容を見たことも…。
「もしかして、予知夢?」
ドンドンドン
「栞ー!起きたと思ったら何まだもたもたしてんのよー!」
「わっ、わっ、ごめんなさいー!!」
今度こそ、慌て慌てて学校へ行く仕度をしました。
そして結局…料理は、帰りがけに買って食べるにとどめちゃいました。

<あらあら、残念ですね>


『まん丸目玉焼き』

「目玉焼き…」
これなら簡単。すぐにできるはず。
でも、ただの目玉焼きじゃない。何故なら…。

『●まん丸目玉焼き
綺麗に円く焼けている
目玉焼き』

円く…。
円周率…。
さんてんいちよんいちごきゅうに…。
これはただ作って食べるだけじゃ無理そう。
多分私にはできないかもしれない。
闇雲に挑戦するよりも…誰かに相談してみよう…。

「で、俺のとこに来たってか」
「………」
こくり
と、頷いた。
「なんで俺なんだか…。同じ水瀬家の人間なら、秋子さんとか名雪とか…。
料理の上手い人間は他にもいるだろうが。俺はまだまだ下っ端だぞ?」
「祐一は円いから」
「は?」
「祐一は円いから」
「意味がわからん…」
思うままの言葉を投げたら、祐一は首を傾げるばかりだった。
しょうがないから、説明するしかないみたい。
「祐一…」
「なんだよ」
「祐一の一はまっすぐの一」
「…文字のことを言ってるのか?まあ、一はたしかにまっすぐだわな」
宙に一の文字を祐一が書いた。
ぴっとまっすぐに指が走る。宙に一の文字ができあがった。
「円いってことは円」
「ああ、そうだな。円だな」
「円といえば円周率」
「…まあ、そうともいうな」
「円周は…直径かける円周率」
「そりゃそうだな。学校で習っただろうけど」
「円周を求めるには…まっすぐの直径に円周率をかける」
「ああ…っておい待て。まさか俺の一が円の直径だと言いたいのか?」
こくり
ここで私は頷いた。よかった、分かってもらえたみたいだ。
「強引だな…一体誰の入れ知恵だ?」
「………」
すちゃっ
祐一は失礼。私が連想したのに。
「わっ!ま、待て!ヒカリモノを出すな!」
「強引?」
「ご、強引じゃない!素晴らしい発想力だ!」
…すっ
刃をしまった。よかった、祐一は分かってくれた。
「まったくとんでもないな…。まあいい、たかが目玉焼きだろ?すぐに作ってやる」
ふう、とため息をつきながら祐一は早速キッチンへ向かおうとした。
けれども、私は服の裾をすっと掴んで止めた。
「違う…」
「は?何が違うんだよ」
「まん丸目玉焼き…」
「ああ分かってるよ。…けどな、俺がギブアップしたら秋子さんに権利を譲るからな?」
こくり
「よし。じゃあさっさと作るぞ」
そして二人でキッチンへ。
果たして、目玉焼きは…
肝心の目玉焼きは…
祐一が一回でまん丸に仕上げてくれた。
まごう事なきまん丸。
ぴったりコンパスでなぞれるくらいにまん丸。
さすが祐一、円周の直径。
ご馳走になる時も、私は尊敬のまなざしで祐一を見ていた。
じぃ〜っ
「そんなに見るなよ」
「祐一すごい。見事にまん丸」
「単に小さいまん丸フライパンで作っただけだぞ…。それに多分たまたまだ。そう感心するものでも…」
「祐一すごい」
「はあ…まあ、感心されて嬉しくないわけじゃないけどな」
照れながら祐一は頭をかいていた。
祐一に頼ってよかった。

<まんまるまるまる>


『水炊き』

「決定!今夜の夕飯は水炊きだねっ!」
朝一番、まさに皆で朝食をいただいてる時にわたしは宣言した。
高らかにれいの本を掲げて…もう反論の余地なしだね。
と、思ったとおりに、祐一、あゆちゃん、真琴の三人はこくりと頷いた。
「うふふ、名雪ったら朝なのに元気ね」
「もう、お母さん。わたしはいっつも元気だよ〜」
「あらあら、いつも寝坊してるのに?」
「う〜、最近はちゃんと起きてるよ」
お母さんったらそんなにからかわなくても…。
「水炊きっていうのはいいけど、材料買ってきてもらってもいいかしら?」
「うん、任せてよ」
「名雪の好きな材料でいいからね。でも…イチゴだけってのはダメよ?」
「う〜、水炊きの材料ぐらい心得てるよ…」
またお母さんにからかわれちゃった。
冗談が多いのは祐一に影響されてるんじゃないのかなあ…。
「おい名雪、お前今失礼なこと考えてないか」
「考えてないよ。さあ祐一もわかったよね、今日は買い物に付き合ってね」
「はいはい」
「うぐぅ、ボクも手伝うよ」
「真琴もっ」
「ありがとう。じゃあ放課後に商店街に集合だね」
いい雰囲気だよ。これならばっちり料理が作れそう。
そうだ、香里達も誘ってみようかな。折角なんだし…。

「遠慮するわ」
教室での香里の一言が、妙に寂しく響いた。
う〜、まだ何も喋ってないのに…。
「料理があるたびにわざわざ付き合うわけにもいかないでしょ?
名雪達だけで楽しんで食べなさいよ」
「う〜、香里も一緒に食べようよ〜」
「なんでよ。だったら、あそこで物欲しそうにしてる北川君でも誘ったら?」
「美坂、オレは物乞いか…」
「言葉どおりだな」
「ちょっと相沢君、人の台詞をとらないでくれる?」
「美坂ぁ!言葉どおりってどういうことだー!」
「たまにはとらせろ。俺は台詞取り名人としてスキルを上げてやる」
「くだらないわね…」
「おーい、美坂ー!」
…なんか、違う話に転換しちゃったみたい。
まあしょうがないか、今回はうちだけで料理を作って食すことにしようっと。

そして放課後。
約束どおり商店街に、わたし、祐一、真琴、あゆちゃん、が集合。
そして材料をあっという間に購入。人海戦術ってやつだよ。
「やっぱりこれだけ多いとお買い物もすぐだね」
ちなみにお買い物は、祐一・真琴組と、わたし・あゆちゃん組とに分かれた。
わたしの方が主に野菜で、祐一の方は主にお肉。
その肉っていうのも特定されてて…

『●水炊き
鶏肉をあっさりポン酢で
食べるあったかお鍋』

…ということで、鶏肉なんだよ。
「それにしても…なんで二人とも傷だらけなの?」
買い物終了後に合流した時、祐一も真琴も引っかき傷が大量についていた。
そんな状態だったから、わたしもあゆちゃんも凄くびっくりしたけど…。
鶏肉の仕入れについたのかな…でも生きてる鶏さんを捕まえにいったわけじゃないよね?
「まさか鶏肉でやってくるとは…。あいつ、熊手なんざ持ち出しやがって…」
「あぅーっ、早く帰らないとまた見つかっちゃうわよぅ」
「ああ、分かってる。名雪、あゆ、さっさと帰るぞ!」
「う、うん…」
「うぐぅ、なんか凄く大変そう…」
直接理由は教えてくれなかったけど、雰囲気でわたしもあゆちゃんもなんとなく感じ取った。
だから、さっさと家に向かうことに。
よかったよ、わたし達は野菜班で…と、あゆちゃんと二人で密かに話をしたけど。

さて、ようやく夕飯の時間はやってきた。
いつもどおりお母さんが腕によりをかけて作る水炊き。
「…って、お母さん。煮るだけ?」
「下ごしらえはしてありますよ」
「どばどばっててきとうに入れちゃっていいの?」
「入れ方で味はそうそう変わりませんよ。ほらほら、早く」
「うん…」
まぁ、鍋だしね。仕方ないよね。
なんて思いながら、それぞれが、思い思いに材料を入れる。要するにお手伝いだね。
ある程度煮たったところで、ポン酢につけていただきますっ。
ぱくぱくぱくぱくぱくっ
「うん、美味しいね」
「そりゃ、皆で協力して作ったからな」
「うぐぅ、美味しいよ〜」
「あぅーっ、熱い…」
「真琴大丈夫?火傷しないようにね」
平和な夕食。楽しい夕食。
うん、いい時間を過ごせてよかったよ。

<だんらん>


『ミモザサラダ』

ミモザ…ですか…。
たしか、とあるカウンセラーを受けた方のお知り合いだったような…。
ミモザの様に…それは一体誰をたとえて言ったものだったのでしょうか…。
それはさておき、ここはある方に挑戦をしていただかなければならないでしょう。
それは誰と言わずともわかっています。
そしてまた、真琴の傍にいる人物でもあります。
ならばお約束というものが即座に働くことも道理…。

「相沢さん、ミモザいっきをお願いします」
水瀬家を訪ね、私はこんな頼みをしました。
一緒になって真琴もはしゃいでいます。やはりこれは当たりでした。
栞さん発端のこの言葉は、いつの時代も受け入れられる傾向にあるようです。
「おい天野…お前誰の差し金だ?」
失礼なことを言いますね、相沢さんは。
「これは私の意志です。誰にも左右されない私の心なのです」
「美汐かっこいぃーっ!」
隣で真琴が拍手をします。
「そんなに褒めると照れてしまいますね」
「照れてる場合か。なんにしても俺はいっきなんてせんからな」
強情な返信を相沢さんが投げてきました。
これはいけませんね…。
「真琴、こうなったら力を使いましょう」
「力?」
「ええ。何者にも負けない力…」
「うわあ、すごいすごい!」
「ですが、私と真琴だけではそれは使えません」
「あぅーっ、それじゃあどうすればいいの?」
「ある方の力を借りればいいのです。幸いな事にその方はこの家にいらっしゃいます」
「えっ!?どこどこ!」
「それはですね…」
「秋子さんなら名雪と買い物行って留守だぞ」
すべてを見透かしたように相沢さんがつっこんできました。
何という事でしょう、読まれてしまっていたのです。
これでは私はなすすべもありません…。
「真琴…相沢さんは強くなりましたね…」
「そうなの。近頃真琴ぱんちもきっくも通用しないの」
「…仕方ありません。こうなったら二人きりで食べましょう」
「えっと、何を?」
真琴…。ちゃんと人の話は聞くようにしておいてくださいね。
「これですよ」
諭すように、私は本を広げて見せてあげました。

『●ミモザサラダ
卵と野菜で作った
バランスサラダ』

「あ、なんか簡単そうだね?」
「みくびってはいけませんよ。バランスが絶妙に難しいのかもしれません」
「あぅーっ、そうだよねえ…」
「しかし心配はいりません。私がしっかり作ってあげます。
ほら、材料も既に用意してあります。後は私の腕次第です」
「真琴も手伝う!美汐にばっかり苦労はかけさせないもん!」
嬉しい名乗りをあげてくれました。さすが真琴ですね。
よしよし、と私は真琴の頭をなでました。
「…で、俺は何すりゃいいんだ?」
「祐一はお留守番!」
「なんだそりゃ」
「だって、このサラダは美汐と真琴が食べるんだから!」
「そうですよ。相沢さんは一歩たりともキッチンに踏み入ってはなりません」
「おい…」
更に反論を投げようとする相沢さんに背を向け、私は真琴と共にキッチンへ…。

そして到着。まずは材料を取り出します。
サラダの基本であるための野菜、そして卵。
説明書きにあったのは卵と野菜という文字列だけでしたが…。
「ねえ美汐、それなにぃ?」
「ミモザですよ」
「あぅーっ?ミモザってサラダの名前じゃないのぉ?」
「ちゃんとそういう名前の植物があるんですよ。折角なのでこちらも使います」
「へええ…」
「…いえ、これはただの飾り付けですけどね」
「あぅーっ…」
「ミモザサラダの作り方としましては…
まず、卵は固ゆでにして白身と黄身に分けます。白身はみじん切りにして、黄身は裏ごしをします」
「ふんふん」
「次にブロッコリーですね。小房に分けて、塩少々を入れた熱湯で色よくゆでます」
「うんうん」
「更にかにです。これは缶汁をきって軟骨を除き、ざっとほぐします」
「ふんふん」
「そしてドレッシングです。これはにんにくをすりおろして酢、サラダ油、塩、こしょうを合わせます」
「うんうん」
「最後に、ブロッコリーと卵の白身、かにをドレッシングであえて器に盛り、裏ごしした黄身をふんわりとかけます」
「へええ…」
「以上です。もっとも、他にも幾種類もの作り方がありますが…。ポイントは、卵の黄身のうらごしでしょう」
「そうなんだぁ」
「というわけで、まずはゆで卵を作るところから。真琴、お願いしますね」
「あ、うん!」
「では私はこのサニーレタスを…」
「美汐ぉ、ブロッコリーって言ってなかった?」
「あくまであれは一例です。今回は違いますよ」
「あぅーっ…」
…このような形で、私と真琴はどんどんサラダを作成してゆきました。
途中で水瀬家の方々も帰宅し、5人…すなわち、秋子さん、名雪さん、月宮さん、真琴、私。
このメンバー構成で料理し、美味しくいただいたのでした。
「それにしても…相沢さんは結局いらっしゃいませんでしたね」
「あれ?祐一って二階にいるんじゃなかったの?」
「真琴が威厳令しいたの。美汐と真琴が料理してる間は入ってきちゃだめー!って」
「うぐぅ、それで祐一君呼んでも来なかったんだ…」
「相沢さんなりに気をつかってくださったのかもしれませんね」
「というよりは…ミモザを使って何かされそうだと思ったんじゃないでしょうか」
最後に秋子さんがくすりと笑いました。
言われてみれば…私はたしかここに来て最初に何かを言った記憶があります。
それが影響していたのでしょうかね。

<ミモザいっき>


『ミラクル炒め』

今日ほど、この本が挑戦的であると思ったことはありませんでした。
ただ私のところに何気なくやってきたという事ならいいのです。
しかし料理が大問題です。何故なら…。

『●ミラクル炒め
奇跡の味がする
素晴らしい野菜炒め』

「奇跡、ですか…」
“奇跡は起こらないから奇跡っていうんですよ”と、口がすっぱくなるほど言った気がします。
その私に対するあてつけなのでしょうか?
珍しく不機嫌な形相をしながら、その日は始まりました…。

「…で、俺にどうしろと言うんだ」
早速祐一さんを訪ねると、ちょっと戸惑っているようでした。
無理もありません。何と言っても奇跡なのですから。
そしてまた、この料理を私の次に知ったお姉ちゃんはお姉ちゃんで、ぷいっとそっぽを向いていました。
決して話をふるな、そんな態度です。
「えっとですねえ、祐一さんにこの料理を作っていただきたく…」
「ミラクルと名がつくものなら料理した経験はあるぞ」
「「ええっ!?」」
お姉ちゃんと声が重なりました。
これは以外な事実でした。祐一さんが既に奇跡を手にしていたなんて…。
「おみそれしました」
「相沢君、見た目によらずなかなかやるじゃない」
「お前何さり気に失礼なこと言ってやがるんだ」
「そうだよお姉ちゃん。これは奇跡なんだから、祐一さんに失礼だよ」
「そうよね…相沢君がこの見た目で奇跡を手にしてたなんて奇跡に近いものね」
「激しく失礼だな…何をそんなに高く出てやがるんだ?」
なんだか、だんだん祐一さんの機嫌が悪くなっていっています。
お姉ちゃんは今日という日に限って随分失礼です。
一体どうしてこんな展開に…。
「もしかしてお姉ちゃん、邪魔してる?」
思い切って尋ねてみました。
「そんなことないわ。相沢君の奇跡があまり信じられないだけよ」
「だって…」
「おい香里。疑うのも結構だけど、とにかく栞は俺を頼っているんだ。邪魔はするな」
「相沢君…」
「祐一さん…」
祐一さん、凄く堂々としてます。何者も逆らえない、空気を漂わせています。
これにはお姉ちゃんも、そして私もたじたじです。
そして奇跡の根拠は…おそらく今まで食物を食してきた実績でしょう。
「分かったわ、もう何も言わない」
お姉ちゃんは追撃をやめたようです。
「でも、ついでだからあたしにもご馳走してよ」
「お姉ちゃん…」
「いいじゃないの。栞に何が振る舞われたくらい知っておきたいでしょ?」
「別にいいが、俺が作るのはただの野菜炒めだぞ?」
「「はあ?」」
二人揃って聞き返しました。
当然です。奇跡どうこうを平然と言ってのけた後に、“ただの”と表現されれば…。
「あのなぁ、いちいちこんな妙な形容に惑わされてんじゃない。
それに心配するな。数々の料理をこなしてきて…この野菜炒めだけは極めた!」
自信たっぷりに宣言しました。
よくわかりませんが、ともかく祐一さんに任せるのでも大丈夫そうです。
お姉ちゃんと二人そろって頷いておくことにしました。
ちなみに…今更ですがここは二年の教室。遠目に見ていた潤さんは一緒にご馳走になると言い、
名雪さんは寝言で“祐一は野菜炒めのプロだから大丈夫だお〜…”と呟いていました。
…何はともあれ、期待できそうです。

<そして食したは奇跡の味…>


『目玉焼き』

「こ、これは…」
…ごく普通の料理です。
ボケようにもちょっと無理がありすぎのようです。
ふっ…僕には何もするな、こういうことのようですね…。
倉田さんに頼るでもなく直に…
「いや、折角ならば作って差し上げるのもいいでしょう」
思い立った僕は、早速弁当の準備をし…学校に向かったのでした。

「休み?」
「なんで生徒会長のお前が知らないんだ…」
校門にて、学校の一生徒である相沢君と出会いました。
門が閉まったので何故かと不審に思い、探っていたところ…彼がやってきたのです。
それで声をかけられ、制服姿の僕を見て、
“今日は休みだ、お前は何をやってるんだこの間抜けが”
と罵倒を浴びせられたのでした。
「まったくもって屈辱ですね…僕に反論の余地がないこの絶好機に攻めますか…」
「いや俺は、今日休みだってのに制服で何やってんだ、って言っただけなんだけど…」
白々しい、更には後で倉田さんに報告し、あること無いこと僕のことを告げ口するつもりでしょう。
その前に僕の弁当を奪い、さも自分が作成したように…くっ。
「そうは問屋がおろしませんよ」
「何のことだ」
「とぼけたってダメです。相沢君は僕のこの弁当を狙ってきたのでしょう?」
学生鞄から弁当箱を見せ付けてみました。これで彼はひるんだはず…。
「弁当?中身はなんだ?」
「目玉焼きですよ。今日の料理なんです」
そして、僕は本を見事に広げて見せました。

『●目玉焼き
卵をフライパンで焼いた。
結構コツが必要』

「…さっさと食えよ」
「はい?」
「お前な、こんな平和な料理が当たってるんだぞ?てきとーに作ってちゃっちゃと食べろよ…」
何故か呆れているようでした。
おかしい…僕が予想していた反応とは随分違っています。
いえ、これはフェイント…隙をつくための演技に違いありません。
「相沢君、そういう事を言いながら奪うつもりでしょう?」
「誰が奪うか。だいたい、その本の料理食いを邪魔すれば自分にも災いが降りかかるんだぞ?」
…たしかに。
「しかし、川澄さんは妨害を重ねているようですが…」
「…そうだよな。もうちょっと舞も自覚もってほしいもんだな…」
「相沢君も苦労されたのですか」
「ああ…って、久瀬もなのか?」
「モップで殴りかかってこられましたよ」
「そうか…おれは竹箒とか物差しとか…お互い苦労するよな…」
「そうですね…」
「「はあ…」」
お互いの気持ちを察してか、同時にため息を吐き出しました。
と同時に、さっきまでのやりとりが急にばからしく思えてきました。
今日のところは…さっさと帰って食べておくことにしましょう。
「目玉さんは私が守る、なんて言い出しはしないでしょうし」
「当たり前だ。でも卵って鶏の卵だからな…鶏の卵さんは私が護る、とかって…」
「まさか…」
「だよな…」
「「ははは…」」
またしても重なります。それは苦笑。
やはり、お互いに思うことは同じということですか…。
ザッ
「「ザッ?」」
二人とは違う足音が突如響きました。
そして何故か、その方向からとてつもない威圧感を感じます。
もしかして…?
恐る恐る相沢君と共にその方を見ると…。
「…鶏の卵さんは私が護る!」
えええっ!?
そこに立っていたのは紛れもなく川澄さんでした。
その手に持つは…なんとブーメランです。オーストラリア土産のようです。
…どうやって仕入れたんでしょう?おそらくは倉田さんではないかと思うのですが…。
「か、川澄さん!?なんでまた!?」
「祐一のリクエストに応えてみた」
「な、なんですと!?」
ばっ!と音がするほどの勢いで相沢君を見ます。
が、彼はふるふると首を横に振るのみ。
なるほど、自分が冗談で言ったことが本当になって驚いているだけのようですね。
いやはやまったく、たかだか冗談で言ったことが現実に…。
などと感心している場合ではありません!
「で、では僕は失礼します!」
逃げるが勝ち!くらいの速さで僕はその場を脱しました。
「逃がさない…」
そして川澄さんは追いかけてきました。
「川澄さんだって卵くらいは食べるでしょう!?たとえば倉田さんのお弁当の卵焼きとか!」
「…佐祐理は別。えいっ!」
ぶーんっ!
「うわあああ!」
彼女が投げたブーメランが頭をかすめました。それは川澄さんの元へ戻り、彼女はそれをキャッチ。
見事な扱いですね…密かに練習しているのでしょうか?
それにしても、酷くえこひいきな言葉と共に彼女は追ってきます。容赦がありません。
くうう、たかだかこんな料理のために外に出たのが間違いだったということなのでしょうか!?
…という激しい後悔をしつつ…なんとか家まで逃げ切った後、へとへとになりながら僕は目玉焼きを食しました。

<おおめだま>


『野菜スープ』

「今夜は野菜スープですよ」
朝の食事時、私は皆にお知らせしておきました。
名雪達は、最初少し首を傾げつつも頷いていましたが、
やがて自ら真相に気付いたのか、うんうん、と二度以上首を縦に振りました。
いい反応ですね…。
そして…より一層今夜頑張らないといけませんね、うふふ。
皆が出かけるのを見送りながら、私は心の中で腕まくりをしたのでした。

『●野菜スープ
野菜の味がしみでている
さっぱりスープ』

まごう事なき、これは普通の野菜スープです。
もちろん普通に作らないという手法もありますが…
こうしてわざわざ本に出たとあっては、いっそのこと究極を目指すのもありではないでしょうか。
野菜一つ一つに、特選素材を使用します。
野菜と言っても様々なのですが…
それぞれすべての味が活きるように、
それぞれすべての食感が味わえるように、
それぞれすべての栄養価が行き渡るように…。
そうですね、そんな野菜スープにしてみましょう。
家事をしながらの考察の後、夕飯準備時少し前に私は買い物に出かけました。
素敵な食材を手に入れるため。素敵なスープを作るため…。
「あら?」
買い物の途中で、見知った方を見かけました。
と、向こうも気付いたのか頭をさげたかと思ったら、こちらへやってきます。
いつも豪華なお弁当を作っていると祐一さんから評判の佐祐理さんでした。
「こんにちはーっ」
「こんにちは」
いい笑顔ですね。こちらも笑顔で返しておくのですけどね。
「お夕飯のお買い物ですか?」
「ええ。今夜は野菜スープなんですよ」
「あ、もしかして例の本ですか?」
「あら、よく気がつきましたね」
「はいっ。祐一さんから聞いたものですから」
あらあら、祐一さんったら随分お喋りですね。
もう、わざわざ学校でお話にならなくてもよろしいのに。
「佐祐理のお弁当は野菜スープじゃなかったので食べていただけませんでしたけど…」
「それは残念ね。祐一さんさぞかしがっかりしたでしょう?」
「はい、そうですね。かなり肩を落としてらしてました。
でもがっくりした後、“そういや食べなきゃいけないのは俺じゃなかった…”って二度がっくりでしたよ」
「あらあらあら…そういえばそうですね」
「あはははーっ」
「うふふ」
祐一さんったら面白いことを学校でもなさってるんですね。
これはお祝いが必要かしら?
「ありがとう佐祐理さん。いいお話だったわ」
「あははーっ、喜んでいただけてよかったです」
「それじゃあ、佐祐理もお買い物があるので」
「そうですか。じゃあね」
「はいっ」
笑顔でお別れ。いい一時だったわ。
なんとなく、佐祐理さんの家のお夕飯は何かしら…と少々気になりましたが、今は材料調達が先ですね。
それに…料理とは別に新たなものを仕入れたくなりましたし…。

そしてお夕飯。
腕によりをかけて作った野菜スープは、皆から好評をいただきました。
真琴ったらものも言わずひたすらすすっていたし、
あゆちゃんはひたすらうぐぅ美味しいよぉ〜って言ってたし、
名雪は眠るのも忘れるくらいにどんどんおかわりなんてしてくれたし。
いい反応だとほんと嬉しいものですね。もちろん私も自分の出来に満足でしたが。
そして祐一さんは、野菜スープと共につけあわせでお出ししたワインを快く愉しまれていました。
よかったわ、ふと思いついて購入した甲斐があったというものね。
そう、瓶を見た瞬間涙が出るほどに喜んでるあの姿は、買ってきて良かったと思ったものでした。
しきりに“何故?”と首を傾げていましたけど…。

<お、俺は喜んでない…>