『鯛めし』

「…お約束?」
そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
ボクはたしかにタイヤキが好き。
だからって鯛が好きってわけでもないんだけど…。
だいたい、鯛ってそんなにすぐ料理できたりする代物じゃあないと思うんだけどな…。
そんな時は秋子さんに頼るに限るねっ。

「鯛めし?あゆちゃんが作るの?」
「うぐぅ…作りたいのはやまやまなんだけど、ボクには難しいと思うから…」
「あらあら、それで名雪に頼むの?」
「い、いえ、名雪さんじゃなくて…」
「じゃあ真琴かしら?たしかに魚をさばくのは上手くなったと思うわよ」
「う、ううん、真琴ちゃんでもなくて…」
「祐一さん?ダメよ、祐一さんは鯛を肴に一杯やってもらうという大役が控えてるんですからね」
「うぐぅ…」
うふふ、と頬に手を当てて笑う秋子さんに、ボクはこれ以上何も言えなくなってしまった。
こ、これが祐一君が時折呟いてる“相手を手玉にとりまくる秋子さん”かあ…。
うぐぅ…。
………
………
………
………
………
………
………
………
って、感心してる場合じゃないよっ!
呆けている自分を振り払い、改めて秋子さんに向き直る。
「あのね秋子さん、ボク秋子さんに作ってもらおうと思って…」
「タイヤキを?」
「そう、タイヤ…じゃなくて!」
「タイヤ?あらあらあゆちゃん、タイヤなんて食べるの?」
「うぐぅ、違うよぉ…」
「そういえば昔、タイヤキをお願いしたらタイヤと木を渡された子供さんがいましたね」
よく分からない事を言いながら、秋子さんはまたうふふと笑った。
手強い、手強すぎるよ。祐一君、ボクには無理だよ。
祐一君はスゴイね、よく今までちゃんとやってこれたね。ボクには勝てるみこみはとんとないよ。
そう、ボクが祐一君にタックルをかまさないくらい確率は低いよ。
…って!そんな確率ちっとも低くないよ!
「どうしたの?」
一人で顔を赤くしてると秋子さんに突っ込まれた。
そうだ、がんばらなくちゃ。負けてられない。
「あのね秋子さん!」
「そうそう、今夜は鯛めしですからね」
「そう、その鯛めしを秋子さんに!…え?」
秋子さんがさりげなく向こうの方を指差している。
はたと気付いてそちらを見やると…鯛めしらしきものが既に出来上がろうとしていた。
「もう少しで出来上がりますからね。皆を呼んできて頂戴」
「…うん」
最後まで負け勝負だったみたい。
とぼとぼと、ボクはその場を後にするのだった。

『●鯛めし
鯛とお米をダシで
炊き込んだ釜飯』

「見事にやられちゃったね、あゆちゃん」
「うぐぅ、秋子さんにはやっぱり敵わないよ」
「そりゃそうよぅ、秋子さんは無敵なんだから!」
「あらあら真琴、そんなことはありませんよ」
名雪さんに真琴ちゃんに、改めて納得できる言葉をかけられる。
そんな中でも鯛めしは美味しかった。やっぱり秋子さんが作ったからかな…。
「あのぅ、ところで秋子さん」
「なんですか、祐一さん」
「どうして俺のとこに酒があるんですか?」
「酒じゃありませんよ。それは船中八策です」
「いや、要するに酒でしょ…」
「あゆちゃんとの会話の中で偶然登場したものですから。お礼ならあゆちゃんに言ってくださいね」
うぐぅ!?
何気ない秋子さんの言葉にびっくりしていると、祐一君がじろりとこちらを睨んだ。
「あ〜ゆ〜、お前どういうつもりだ〜」
「ぼ、ボクのせいじゃないって!」
「うふふふ」
「秋子さんも笑ってないで弁解してよ!」
「いいじゃないですか、祐一さん喜んでますよ」
「秋子さん!俺は喜んでません!」
「どうせ飲みだしたら喜びまくりの顔になるくせにぃ〜」
「真琴!もっぺん言ってみろー!!」
「わああ、祐一やめてよ〜」
…とにかく大変だったよ、うん…。

<イタイ飯>


『タマゴスープ』

『●タマゴスープ
とき卵とスープの
相性がぜつみょう!』

「…なるほど、たしかに絶妙ですね」
タマゴスープが入ったカップを傾けながら…私は余裕綽々の声で呟きました。
そう、私は既に料理を手に入れ、それを食している最中なのです。
「…ふう」
落ち着いた午後。落ち着いた一時。
いつも相沢さん方は慌ててらっしゃいますが、
時にこのような事もできるのですよ、と申し上げたいものです。

話は少し前にさかのぼります。
私は、商店街でそれを見つけました。
お湯を注ぐだけでタマゴスープが出来上がるのです。
早速私はそれを購入し…
…そして今に至ります。
「…ふう」
たまった息を吐き出す瞬間、私は至福の時に包まれます。
なんと楽なことでしょう。
なんとあっさりとしてることでしょう。
なんと単純な料理でしょう。
なんと…
「なあ天野」
ひたすら浸っているところを遮られてしまいました。
その主は相沢さん。日頃から食物の騒動に事欠かない楽しいお方です。
きっと相沢さんの人生に退屈という言葉はないのでしょうね…。羨ましい限りです。
「っていうかなんだその哀れむような目は」
「何をおっしゃいます。私は羨んでいたのですよ、相沢さんを」
「ほんとかよ…。で、だ。天野」
「はい、なんでしょう?」
「どうして俺の部屋でタマゴスープ飲んでるわけ?」
それはもちろん…見せ付けてみようと思ったからです。
「ただの偶然ですよ」
「しかもなんだ、そのよそ行き用のドレスみたいな服は」
それはもちろん…優雅な気分を味わってみようと思ったからですよ。
「相沢さんの部屋にお邪魔するのですからこれくらいは」
「まったく変なやつだな…」
「いえいえ、相沢さんほどではありませんよ」
「………」
すべてを飲み干した頃に、私は帰路につきました。
ただその前に、水瀬家の夕飯におよばれした、と付け足しておきましょう。

<タマゴがはねる>


『炭素ハンバーグ』

「うぐぅ…またボクなの?」
ついこの前順番がまわってきたと思ったら…。
やだなあ、こんなに間隔が狭いのって。
でもそれよりも何よりも…ボクが一番びっくりしたのはこの料理名。
あからさまにこれはヒドイ料理の部類だよね…。
うぐぅ、どうやって作ればいいのかな…。
「ここは一つ、経験者に相談だねっ」
最も多くこういう料理を経験しているといえば…そう、祐一君しかいないね。

「それで俺のところへ来たわけか」
「うん。何かいい方法を教えてよ」
「方法っつってもなあ…とりあえず本の中身を見せてみろ」
「うん」

『●炭素ハンバーグ
既に真っ黒!
スミのカタマリとも言う』

見せた本の内容は…やっぱりひどいものだった。
スミのカタマリって…それって既にハンバーグって言わないんじゃ…。
と、さすがのボクでもツッコミを入れたくなる内容だよ。
けれどもさすが祐一君。もう手段を思いついたのか、本をパタンとあっさり閉じた。
「どんなものかと思ったら…あゆなら自分で作って自分で食べられるじゃないか、無条件で」
にべも無く言ったその言葉に、ボクはぶんぶんと首を振った。
「うぐぅ、そんなことないよ!しかも無条件ってどういう意味!?」
「条件が無いということだ」
「そんなことわかってるよ!どういう意図でその言葉が飛び出したか知りたいの!」
「あゆが普通にハンバーグを作ればいい」
「…どういう事?」
うぐぅ、嫌な予感がする…。
「そのまんまだ。いつものように炭素ハンバーグを作れってことだよ」
やっぱり…ってぇ!!
「ヒドイよ祐一君!ボクはいつもそんなもの作ってないよ!!」
「そういやそうだな。ハンバーグだけじゃ飽き足らず火を使う料理は大抵炭を作ってるしな」
「そういう意味じゃなくて!」
「でも大丈夫だろ。100%の確率で炭素ハンバーグを作り出してる。天気予報士もびっくりだ」
「100%なんかじゃないったら!それに、天気予報士って?」
「そのまんまだ。あゆがまともハンバーグを作る確率は、雨晴曇雪雷霙嵐雹霰に等しいってな」
「ちょっと!すごく失礼な事言ってるよ!!」
「ともかくあゆはただハンバーグを作ればいい」
「ともかくじゃないよ!」
「楽なもんじゃないか。俺が作ろうとすると、わざわざあゆに頼まなきゃいけないんだから」
「楽じゃな…って!祐一君またひどいこと言ってるよ!!」
「ま、以上を踏まえて…俺が協力できることは何もないな」
「ひ、ヒドイ…」
散々祐一君はボクに意地悪を言っただけだった。
うぐぅ…こんなことなら頼みにくるんじゃなかった。
くるりとボクは背を向けた。部屋を出る前準備。
「もういいよ。祐一君に相談しようとしたボクが馬鹿だったよ」
「ああそうだ。自分ですぐ作れる事もとぼけてくるなんてよほどの馬鹿だ」
「うぐぅ、ヒドイ…」
「ま、ともかく頑張れ。いや、頑張らずに普通に作ればいいんだ」
「うぐぅ、本当にもういいよ…」
こうなったらきちんとしたハンバーグを作って祐一君をぎゃふんと言わせてやるんだ!
そして、祐一君に炭素ハンバーグを作ってもらう!
部屋を後にして、ボクは心の炎をメラメラと燃やしながら部屋を後にした。



そして…台所。
そして…料理。
秋子さんに頼んで材料を調達。
果たして出来上がったのは…。
「…うぐぅ、まっくろ」
まさに真っ黒の、スミのカタマリの…。
うぐぅ、表現してると自分が悲しくなってくるだけだからやめておこうっと。
仕方なく、ボクはその自作炭素ハンバーグを食べたのでした。

<つ、次こそは…>


『チキンライス』

おやおや、普通だ。
どうしたんだ食物いっぱいの書物よ。
以前の卵みたく挑戦状をたたきつけて来い!
「…なんて、言えるはずもねえな」
ごく普通の料理であったことに感謝しつつ、書物に対してお辞儀。
…っていかんいかん。これでは相沢みたいじゃないか。
相沢みたく自爆人生は送りたくねーぞ。
いつものぴんと立った毛に誓い、オレは改めて本の内容を確認した。

『●チキンライス
トマトケチャップと鶏肉が
入った炒めご飯』

ふむ、チキンライスだ。正真正銘普通の料理みたいだ。
よかった…しかもこの程度ならば自分の手で作れそうではないか。
「早速美坂に頼んでみるか」
自分で作ろうとしないところが、オレのオレたるゆえんであろう。
早速家を飛び出したオレであった。

「嫌よ」
美坂は即答でオレの頼みを断った。吹きすさぶ風が冷たい。
美坂の家の前で、玄関の扉の向こうで顔をのぞかせてる美坂とそれに相対するオレ。
これはまるでオレが締め出しくらってるみたじゃないか。
っていうか家出る前に電話しろよな、オレ…。
「まったくもう、人にわざわざ頼もうとする料理じゃないでしょ?自分で作りなさいよ」
「それはそうなんだが…」
「第一、なんであたしに頼みにくるのよ。倉田先輩とか名雪のお母さんとか、他にも選択肢はあるでしょ?」
「美坂…その二者はリスクが実は大きい。お前なら分かるよな?」
美坂の反論に、真剣味を含んだ顔で答えてやると、彼女は“それもそうね…”という顔で黙って頷いた。
「だからってあたしに頼める道理はないわよ」
「いいや、これは交換だ」
「交換?」
「そうだ。美坂が料理に困った時にオレが協力する!これならどうだ?」
「…リスキーねえ。別に北川君は料理に困ってないでしょ?」
まあたしかに…。
「それにね、あたしが北川君に頼る時なんて多分来ないわよ」
「どうしてそう言い切れるんだ」
「栞より頼りになると断言できるんなら話は別だけどね」
「栞ちゃんより?」
美坂の妹…。彼女はなんだかんだ危ない発言をしながらも、幾度と無く美坂を助けてきた。
相沢も同じくだ。いっきをせがみながらも、なぜかはしらないが様々な料理を用意してきた。
彼女より頼りになるぞ、という発言は…残念ながら今のオレには無理かもしれない…。
「…しょうがない、出直す」
「そうしてちょうだい。ところで北川君…」
「何だ?」
「…いえ、何でもないわ。わざわざ外に出たのがあだにならなきゃいいわね、と思っただけよ」
「そりゃどういう…」
「と思ったけど…手遅れだったわね」
「は?」
「来たわよ」
美坂の意味不明な言葉を確認しようとしたその時だった、オレの背後に殺気を感じたのは。
振り返ると、長い黒髪をたらした制服姿の先輩が立っていた。
なんということだろう、手には落ち葉かきを持っている。っていうか今は落ち葉の季節じゃないんだが…。
「川澄…先輩?」
「チキンさんは私が護る!」
ぐはっ、そういう事か!っていうかチキンさんってどういう事だ!鶏肉をチキンって言うだけだろうが!
納得したその瞬間、川澄先輩が動いた。同時に美坂は“じゃあね”と冷たい言葉を残してドアをばたりとしめる。
ぶんっ!
直後振り下ろされる落ち葉かき。
くうっ、川澄先輩の動物さん保護活動のことを忘れていた!
と、非常に後悔の念にかられながら、オレは何とかそれをかわした。
「…外した」
「か、川澄先輩、落ち着いて、ね?」
「舞でいい」
「…舞さん、落ち着いて」
「チキンさんは私が護る!」
「って、やっぱ聞くはずねえか!!」

逃げるが勝ち!という事でオレは猛ダッシュ。
数分の逃走劇はあっという間に幕を閉じ…
オレはおとなしく家で自作のチキンライスを食したのであった。
それにしても…不思議だ。
舞さんはいつオレの料理をかぎつけたんだ?

<そりゃあ部長さんですから>


『チャーシュー』

ふんふん、今日は簡単だねっ。
料理名を見るなり、わたしは気楽に頷いた。
「イチゴじゃないけど…」
こうなったら、この料理と一緒に食べてみようかな。
チャーシューといえばチャーシューメン
でも…チャーシューはともかくとして、イチゴラーメンは聞いた事がないよ。
どうしよ…お母さんなら作ってくれるかな?

「了承」
「やったあ」
頼むとすぐに了承を出してくれた。さすがお母さんだよ。
「でも、食べるのは名雪だけにしてね」
「ええ〜?」
「祐一さん達が聞いたらあまりいいようには思われないでしょうから」
「そうかなぁ…」
「おやつくらいの気分でいるようにしなさいね」
「…うん、分かったよ」
何はともあれ作ってくれるみたい。
うん、よかったよかった。
「えっと名雪…今日ってイチゴラーメンでよかったの?」
「うん」
「じゃあ少し本を見せて頂戴。何か面白い説明があるかもしれないわ」
「面白いって、お母さん…」
お母さんの言葉に呆れながらも、わたしはひょいっと本を開けて見せた。

『●チャーシュー
豚ロースをじっくりと
味付けした食べ物』

「…名雪」
「あれっ、イチゴラーメンじゃないよ。わたし間違えたかな…」
「もう、何をどうやったらチャーシューがイチゴラーメンになるの?」
「うー、だってだって〜」
「…そうね、今夜はチャーシューメンにしましょう。名雪には特別イチゴラーメンも作ってあげるからね」
「うんっ」
よかった、やっぱり作ってくれるみたい。
それにしてもわたしとしたことが迂闊だったよ。危うく料理を間違えるところだったなんて…。
「お母さん、この事は祐一にはナイショにしててね?」
「肝心の料理を忘れてたこと?それならナイショにしておくわ」
「よかった、ありがとう」
上機嫌のまま…夕飯へ…。



「お前は馬鹿か」
うー、いきなり祐一に馬鹿にされちゃったよー…。
なんでなんで?お母さん、祐一に喋ってないよね?
「何がイチゴラーメンだ常識を考えろ」
「祐一、常識に囚われてちゃ新世界は体験できないよ?」
「限度ってもんがあるだろうが…」
祐一はイチゴラーメンを馬鹿にしてたみたいだった。
もう、祐一ってば分かってないなぁ。
「秋子さんも秋子さんですよ。名雪のこんな変なわがままを聞くなんて」
「あらあら。祐一さんだって今まで色々変な料理を頼みにきたじゃありませんか」
「いや、あれは本の所為で…」
祐一が言い訳してる。でもお母さんの言うとおりだよ。
どこから出たものであっても、やっぱり頼んだのは事実だしね。
お母さんだからこそ、それを聞いてくれてるってことを忘れちゃいけないよ。
ちなみに、あゆちゃんも真琴も、それはそれは美味しそうにイチゴラーメンを味見してたよっ♪
「うぐぅ…やっぱり変な味ぃ…」
「あぅ、甘熱い…」

<…美味しい、よね?>


『チャーハン』

「これならば普通に作れますね…」
素でもなんでも買ってきて、御飯と共に…。
「…僕はそれでいいのでしょうか?ここは何か挑戦をするべきじゃないでしょうか?」
そう、決して普通に終わるべきではない。
彼らが、彼女らがそうであるように…。
「…ふっ、馬鹿馬鹿しいですね」
くいっと眼鏡をあげながら、僕は一人ごちていました。
わざわざ危ない橋を渡る必要もありません。
倉田さんの手をわずらわせる必要もありません。
第一、普段が普段なのです。
普通に終われることがもはや普通じゃないこの関連イベント…。
今こうやって普通に終わらずして何がえられましょう!
…考えれば考えるほどはた迷惑な本ですね、これは…。
まあいいです、さっさと中身を確認して…と。

『●チャーハン
中華の基本料理。
意外と難しい』

…ふむ、本当に普通のようです。
美坂さんのような方が見ればきっと泣いて喜ぶことでしょうね。
「まぁ、僕も例外では無いかもしれませんがね」
来るべき時のために…今はこの現実に甘んじておきましょう。
と、厄介ごとがくるより先に…僕はとっととチャーハンを作って食して…その日を終えたのでした。
「…って、これで終わってはいけません!学校!!!」
作って食べた頃には、既に三時限目が終わりそうなほどの時間になっていたのです。
しまった…普段のなすべき習慣を忘れてしまっていたとは…。
恐るべし、書物。恐るべし、イベント!
「…やはり、焼いて捨てたいですね、この本は」
舌打ちしながら、僕は本を睨みつけつつ家を後にしたのでした。

<普通に終わりませんでした>


『トリカブト炒め』

昔に“食べたら死ぬ料理が出たら最悪”などと名雪が言っていたが…。
「見事に出しやがった。絶対に人をナメてやがるな、この本…」
しかし、毒というだけで確実に死ぬと決まったわけではない。
たしかにTVのニュースとかで出現したりしたが、毒に負けたから死んだんだ。
俺ならば毒を克服してやる!
「…できるのか?」
素早く自問自答。
というのも、できるとは到底思えなかったからだ。
いや、普通の人間ならばできるわけもないだろう。
そして俺は普通の人間だ。
「できないな…」
「普通じゃ無い奴が何をつぶやいておるか」
「おわっ!」
聞きなれないこの口調は…
「…なんだ北川か。期待を裏切りやがって、原点100だ」
「相変わらずわけの分からない奴だな。減点の間違いじゃないのか?」
「何言ってんだ。原点は0だ。しかし原点100だと恐ろしく外れてやがる。
つまりだ、お前は常識を逸脱したレアな人物ということで…」
無理矢理説明しているうちに空しくなってきた。
とっとと本題に戻るとしよう。
「で、今日は何だって?」
思っていたら北川から戻してくれた。ナイスな奴だ。
「これだ、とくと見るがいい」
得意げにふんぞりかえって本を広げてやった。

『●トリカブト炒め
トリカブト『猛毒の草』
そんなもん食わすな!』

「最悪だな、コレ…」
「だろ?だいたい、“食わすな!”とか自分で言ってる料理を本当に食わすな!」
「まったくだな…こんなろくでもない料理がまだ存在したなんて…」
遠い目をする北川。この哀愁は、ひょっとしたら過去のろくでもない事件を回想しているのかもしれない。
一緒になっておれも妄想を開始する。しかし…やはり、一番目につくのは猛毒。
猛毒ってお前…ツッコミどころがありすぎてどうしたらいいか…。
「おいおいいいのか?俺はこんなに困ってしまってよお」
「勝手に困れよ阿呆」
イタイつっこみが返ってきた。
「…いいわけあるか阿呆」
とりあえず返しておく。そして、気を取り直して…と。
「さて、真面目にどうするかを考えよう」
「お前ほんとに真面目か?オレにはふざけてるようにしか思えんぞ」
「まずは猛毒という問題をどうするかだが…」
「聞けよ人の話…」
無視だ無視。
「とりあえず、毒を中和できるようなものを混ぜればなんとかなるように思えないか?」
「それはいいだろうが、誰が用意するんだ?」
「中和となると薬…か?」
「多分そうだろうな」
「薬を色々持ってそうなのは…栞、佐祐理さん…」
「………」
「「祐一さん、トリカブトいっきをお願いします。…ってか」」
二人の声がはもった。考えることは同じのようだな。
かなりのシンクロ率だぞ北川。
とここで、北川はくるりとこちらに背を向けた。
「…頑張れよ」
「こら!」
シンクロ率はすぐ0になったようだ。
「オレにはこれ以上案は浮かばないな」
「お前は何も出してないだろうが!」
「とにかく今日はここまでだ。じゃあな、明日無事会える事を願ってるぜ」
「待てこんちくしょう!」
しかし、果たして北川は去っていった。
なんて野郎だ。明日は草葉の陰から脅しまくってやる。
「…縁起でもない。しかし困った。もうこうなったら頼れる人物は…」



「トリカブト炒め…ですか?」
「はい、秋子さんの力でなんとか…」
「材料はありますからできなくはないですけど…」
なんであるのかはつっこまないでおこう。
「猛毒をなんとかしないといけないんですよ」
「そうですよね…祐一さんがお亡くなりになってはこの話は止まってしまいますしね」
そんな楽屋的事情にもってゆく発想はやめていただきたいのですが…。
「…うん、分かりました。薬と一緒に用意しましょう」
「本当ですか!?」
「了承。任せてください」
「あ、ありがとうございます!」
いやあ、やっぱり頼んでみるもんだなあ…。

…と、そんなこんなで夕食。
どこから用意したのかは不明であるトリカブト炒め(らしいもの)と…
「酒?」
そう、酒瓶がたくさんならんでいた。
食卓の面積10%を占めているそれらには、透明の液体がたっぷりと入っている。
「お薬よ」
「はい?」
「百薬の長と言うくらいですから。これくらは飲まないと調子悪くなっちゃいますよ?」
数本の一升瓶の向こう側で、秋子さんは頬に手をあて、いつもの仕草で笑っていた。
なるほどなあ、こいつあしてやられたぜ。はっはっは!
「…あぅーっ」
真琴みたいに困ってみた。
「うぐぅ…」
あゆみたいに泣いてみた。
「くー…」
名雪みたく寝てみた。
「それは全然意味がありませんよ祐一さん」
「はい…」
鋭い指摘に俺は一歩も進むことも引くこともできず…
なすがまま、酒瓶の中身とトリカブト炒めを食し始めるしかできなかった。
まず一口…
「ぐはあ!」
…俺はそっこー血を吐いた。
しかし、負けない!負けてられない!
というわけで薬を補給。
ごくごくごくごくごく…
「ぷはぁ」
毒はこれで中和された。
“いい飲みっぷりですね…”という秋子さんの声をBGMに、更に一口。
ぱく
「…うし!」
いける、いけるぞおお!!
ぱくぱくぱくぱくぱくぱく…
「ごはあ!!」
再び俺は血を吐いた。
「く、薬を…」
ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ
「う……」
や、やばい、薬が強すぎた…。というわけで中和開始。
ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく
「………」
ごくごくごくごくごくごくごくごくごく
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ
ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ
がつがつがつがつがつがつがつがつがつ
………………………………
………………………
…………………
……………
………
…無茶な薬と毒の中和の繰り返しにより…
…俺は帰らぬ人となった。

というのは実は言い過ぎで…
トリカブト炒めは、秋子さんの調理法がよほどよかったのか普通に食すことができ…
俺はただ酒に溺れてしまっただけだとさー。
ちなみに、名雪たちは何も言えず俺のやる事を見守っていただけだった。
…これじゃあいつもと変わらねえ…。
ただ、まあ…たしかに猛毒を食っても無事で居られたからよしだろうけどな。

<どくどく>


『どろだんご』

「………」
タイトルを見るなり何も考えられなくなった。
きっと、大ショックというものはこういう事を言うんだろう。
現に、いいしれぬ衝撃が身体中を駆け抜けていったのだから。
………。
………。
………。
………。
頭が…重い。
仮病を使って休みたくなる、っていうのはこういう心境かもしれない。
「どうしよう…」

『●どろだんご
なんで? どうして?
泥まみれの団子』

なんで?どうして?
それは是非ともこっちが聞きたい。聞いておきたい。
本当にどうしよう…。
佐祐理に頼んでみようかな…。
でも、どろだんごいっきなんて言い出したら…
ちょっとそれは私としても困ってしまう。
いくら私でも…どろのいっきはできない。
どうしよう…
どうしよう……
どうしよう………
どうしよう…………
どうしよう……………
…ころりん
……ころりん
………ころりん
…………ころりん
……………ころりん
そうだ、おむすびころりんの要領で…。

早速、私は商店街へ出かけた。
すると…
「あっ、舞さん?」
あゆがいた。ごく当たり前のように…。
祐一がいつも言ってるように、やっぱりあゆは商店街に棲んでいるに違いない。
それぞれの商店街屋根裏に隠れて過ごしているに違いない…。
「うぐぅ、何か変なこと考えてない?」
考え事をしてると傍までやってきた。
美味しそうに彼女がほお張っているのはたい焼き。
どろはついていない。うらやましい…。
「あ、このたい焼き欲しいの?」
「…違う」
うらやましかったけど、別に私はたい焼きを食べたいわけじゃない。
かといってどろだんごを食べたいわけでもない。でも食べなければいけない…。
「なんだか深刻そうだね、どうしたの?」
「実は…」
かくかくしかじかで、本の内容を話してみた。
そして、案も話してみた。おむすびころりんと、地面にだんごを転がす。
そうすると泥がつく…。
「…うぐぅ、でも何の慰めにもなってないと思うよ?」
「………」
ぽかっ
「うぐっ、イタイ…。ひどいよ、ボクは思うところを言っただけなのに」
でもなんだか許せなかった。
でも…あゆが言ってるのもやっぱり事実。だから憤りを感じざるをえなかった。
「それで…どうするの?」
「…とりあえず買う」
「そ、そう…」
手頃な和菓子屋に入って、団子を適当に購入。
早速包みを解いて、目の前に翳してみた。
「………」
勿体無い…。どうしてどろにつけなければいけないんだろう…。
一生懸命に作られただんごを…。
「舞さん、物凄く惜しそうに見てるね…」
「実際に惜しいから…」
「だよね…。ボクもたい焼きを泥に落とせって言われたら嫌だもん」
「………」
ふと思い出したことがある。
以前祐一が差し入れてくれた牛丼。
それが床に散ってしまったことがあった。
あれは勿体無かった…。
「………」
「………」
「………」
「………」
「ねえ舞さん…」
「………」
「思いつめるのもいいけど、ちゃんと食べないと、ね?」
「………」
「うぐぅ…」
「………」
「………」
「………」
時間だけが過ぎてゆく。もうすぐ夕暮れ。
いつまでもこうしていても仕方が無い。意を決して転がしてみた。
ころりんっ
「あっ!」
「…?」
「う、ううん、なんでもない…。勇気あるね、舞さん…」
あゆの言うことはよくわからない…食べるのを勧めたり、驚いたり…。
「………」
ともかく、団子にどろがついた。
これで十分。早速食べてみよう。
じゃりっ
「…不味い」
「うぐぅ、やっぱり…」
「でも…頑張って食べる。団子が可哀想…」
「…そっか、そうだよね」
じゃりじゃりぱくぱく
じゃりぱくじゃりぱく
じゃりぱくじゃりぱく
じゃりじゃりぱくぱく
………
……

「…ご馳走様」
なんとか食べ終えた。
口の中が泥っぽくて気持ち悪い…。
「えっと、口すすいだら?そんでたい焼き食べよ?舞さんの分もあるから」
「…いいの?」
「うん。頑張った舞さんにお祝いだよ」
「…嬉しい」
酷い料理だった…
でも…いいこともあった…。
だから良かったという事にしておこう。

<ぐしゃぐしゃ>


『豚汁』

…豚汁ですか。
しかし、説明を見るまでは安心できません。

『●豚汁
豚肉や野菜が入った
味噌汁』

…まともな料理のようですね。
ならば…こちらもまともに食さねばバチが当たるというもの。
私は…妥協しません。とことん真面目に、ごく普通に食します。

「…で、オレのとこに来たの?」
「はい。以前タカり隊の先輩としてあがめた記憶がございますので」
「天野さん…そういう変な記憶は…タカり隊のことはあった方がいいだろうけど、でも…」
む、これはつっこんでおかなければいけなさそうです。
「北川さん」
「はい?」
「私の事は美汐ちゃんと呼ばれていたのではないですか。呼称をチェックしてる方が見ると混同されますよ」
「………」
黙り込んでしまわれました。私は何かおかしな事を言ったでしょうか?
「そんな楽屋的事情はそろそろやめた方が…」
「北川さん」
「はい?」
「細かいことを気にしすぎてるとハゲますよ」
「………」
これは禁句だったのでしょうか。北川さんは黙り込んでしまわれました…。
「…まあいいや、とにかく豚汁が食いたいんだよね?」
「味見でも構いませんよ」
「いや、ご馳走くらいするから…まあ上がったら」
「そこまでおっしゃるのならば食べないわけにはいけませんね。ありがたくお呼ばれすることに致しましょう」
「………」
北川さんは複雑そうな表情を浮かべていました。
私は何かおかしな事を言ったでしょうか?
まさか、そんなことはありません。
「…いえ、多分そうなのでしょうね。申し訳ありません…」
「は?何が?」
「なかなか、普通の品を普通に食せないものだと思いまして」
「そう思うんだったら家で普通に食ってよ…」
「はい、北川さんの家で普通に食べます」
「いや、だから…」
なんだかんだ言いながらも、北川さんは豚汁を用意してくださいました。
少し意外でした。北川さんは料理をなさるんですね…。
「っていうかこれインスタントだけど…」
「なるほど、インスタント、という事でしりとりにしたわけですね」
「そういうもんでもないけど…」
ご謙遜なさるそのお姿は、いつものタカり隊隊長らしからぬものでもありました。
次回、機会があれば私が是非ご馳走するといたしましょう。

<美味しく>


『生米』

「…マジ?」
タイトルを見て、あたしは即座に本に問いただしてみた。
生米って…なまむぎなまごめなまたまご…の生米よねぇ?
なんかすーぱーとかで、何キログラムいくらとかで売ってたりするやつよねぇ?
辺り一面金色の田んぼで穂を垂れて…ってやつのあれよねぇ?
よくスズメとかに餌としてあげたりするやつよねぇ?
「あぅーっ、こんなの料理じゃないじゃないのよぅ!」
まったくもって許せない。こんなのを真琴にふるなんてぇ!!
…って、怒っててもしょうがない。ふられたからにはちゃんと食べてやるわよぅ。
「…でも、どうやって食べよう?」
なんてね。こういう時に頼りになるのはやっぱり秋子さんなんだからぁ。

「了承…なんだけど、本当に生でいいの?」
「あぅーっ、だってしょうがないじゃないぃ。生米をこの本は要求してるんだからぁ」
「まあしょうがないわね。さてと、早速用意しないと…」
と、秋子さんはごそごそと台所を探り出した。
「…ねぇ秋子さん、わざわざ生で出すような米なんてうちにあるの?」
なんとなく聞いてみた。
「当たり前じゃない。いつも御飯を食べてるでしょ?」
「でも…」
「大丈夫よ、お米ならたくさん家にあるから」
そう、たしか祐一がしょっちゅう買い物に行ってるって聞いた。
っていうか、毎御飯時にあれだけ食べてるんだからあって当然。
「あぅ、でも…」
「潔く食べる事はいいことなのよ、真琴。本にはなんて書いてあったの?」
「たしか…」
と、呟きながら本を広げてみる。

『●生米
何もしてないじゃん?
このまま食べるの?』

…絶対ムカツク。自分で要求しといて、食べるの?なんて聞いてくる?フツー…。
ふつふつと真琴の中から怒りがこみ上げてくる。こうなったら受けて立つ!
「おーっし、食べてやろうじゃないのよぅ!」
とは意気込んでみたものの…。
「じゃあ真琴、これをお食べなさいね」
ざざーっ、とほんのひとすくいだけ秋子さんが用意してくれた。
「あぅ…」
やっぱり実物を目の前にすると動きが止まっちゃうのよね〜。
普通は炊いたりするもんねえ。
何かと一緒に煮たりするもんねぇ。
絶対にこんなもの単独で食べたりしないわよねぇ。
何かの修行じゃあるまいし…。
「…ええいっ、いっき〜!」
いつもの祐一の勢いをちょっと借りてみる。
ざざーっ
そして口に流し込んだ。
がりがりがりっ
そして思いっきりかんでみた。
「…あぅーっ」
固かった。
やっぱり真琴には荷が重かった。
「…美味しくない」
「真琴、せめて少しずつ食べればよかったのに…」
「あぅ…」
「せめてお茶を一緒に飲みなさい」
いつの間にか秋子さんが用意してくれていた。
ごく
湯飲みに入ったそれを口に含む。
「…あぅ、苦いかも…」
「がんばって」
「…うん」
数分そのまま格闘…そして…
真琴はなんとか生米を食べきった。
「…ごちそうさま」
「よかったわ無事に食べ終えられて」
「うん…」
まだ口の中ががりがりするぅ。
「敢闘賞として、今夜は肉まんをたっぷり用意してあげるわね」
「肉まんーっ?」
「そうよ。真琴の大好きな肉まんよ」
「わーいっ、肉まん〜肉まん〜」
さっきまでの生米の苦痛も忘れながら飛び跳ねる。
辛いことの後にはいいことが待ってるもんだねっ。

<なまむみなまもめなまなまも>


『ニラタマ』

今回はびしっと作っちゃいますよーっ。
本が佐祐理のところにきたということで、張り切ってみます。
大丈夫、このくらいなら作れます。何度か作ったこともあります。
早速誰かにご馳走するとしましょうーっ。

「…それで、私がお邪魔してよろしいのですか?」
「どうぞどうぞ。今回の佐祐理からの選別者は美汐さんですので」
「はあ…。まぁ、折角のご縁ですので喜んでいただくことにいたしますが…」
家に呼んだのは美汐さん。
舞に連絡をとろうと思ったんだけど、留守みたいだったし、
祐一さんに連絡をとろうとしたら、今回は遠慮するとか言われてしまいましたし。
こうなったら誰にしましょう…少しはひねってみないといけませんねぇ。
そんなわけで美汐さんですよーっ。
「あの…」
「はい?」
「何故私が選ばれたのでしょう?」
伏せ目がちに美汐さんは尋ねてこられますが、答えは簡単です。
「あははーっ、気にしないでくださいっ」
「………」
はぇ〜、黙られてしまいました。
それでも気にせずに佐祐理は作ってしまいますよーっ。
「美汐さん、今回はニラタマなんです」
「ええ、お呼ばれする際に聞きました」
「それで作り方はこうですーっ」
と、おもむろに本を広げてみました。

『●ニラタマ
ニラと卵の炒め物。
結構難しい』

「なるほど…」
「はいっ。ちなみに材料はあちらですーっ」
用意した材料をさっと手で案内しました。
美汐さんが見やった先には…ニラと卵がいくつか並んでいます。
「なるほど…あれを今から料理すると」
「実は…既に出来上がったのがこちらにございますーっ」
じゃんっ、と佐祐理は二皿取り出しました。
密かに作りたてを用意しておいたのです。
「一瞬クッキングですーっ」
「………」
美汐さんはかなり驚いた風な顔でした。
やりました。ここまで準備をした甲斐があったというものですねーっ。
「…倉田先輩」
「ふぇっ?」
「冷めないうちにいただきましょう」
「あははーっ、そうですねーっ」
ことりと皿をテーブルの上に置き…
ごはんもよそって、二人仲良くそれを食べました。
いいイベントでしたね。
「けれど…これは何御飯にあたるのでしょう…」
「あははーっ、おやつでいいじゃないですかーっ」
「…まあ、構いませんが」
「ところで、お味はどうですか?」
「美味しいです。さすがですね…」
「あははーっ、それはよかったですーっ」
料理を作って美味しく食べた、それだけで十分ですねっ。

<たまには>