『最高のサーロイン』

「来ましたか、最高シリーズ…」
これは挑戦のしがいがあるというものです。
相沢さんはこういう名前がくるととことん倉田さんや秋子さんに頼られてましたが…
この不肖天野美汐は、自らの手で創り上げてみせます。
そして創生日記の1ページを飾り立てるのです。

『●最高のサーロイン
最高級の肉を
ステーキにしてみました!』

「………」
よくよく見れば、お金の解決のような気がします。
これは私が努力して作ることのできるような代物ではありませんね。
高級かどうかなど、私が決めるものではなくて人が決めるもの。
究極至高の料理対決もありました。味そのものを名乗る人もおりました。
更には、すさまじい腕を持つお父上様もいらっしゃいました。
私自ら、などという意志は傲慢そのものでしかありません。
創生日記の1ページは白紙に戻すといたしましょう。
しかし困りました。一介の高校生が最高級の肉などおいそれと入手できるはずもありません。
羊頭狗肉という言葉もあります。
最高級という偽りの看板の元、最低級のうどん粉で固められたハンバーグなど出されては元も子もありません。
元より私はそういう店を認知していない故、どうしようもないのですが…。
「…仕方ありませんね」
こうなったらなりふり構っていられません。人に頼ることは決定です。
しかし、お約束のあのお二方には頼りたくありません。
とするならば…

「…で?あたしの所に来たってわけ?」
「はい。美坂さんのお力をお借りしたく…」
「栞は今いないわよ?」
「いえ、香里さんのお力です」
「別にあたしじゃなくったって…。だいたいあんた、前に仔羊の肉とか収穫してきたじゃない」
「あれは特別に狩…ごほんごほん、ああ、持病のしゃくが…ごほんごほん」
「………」
ふう、なんとか誤魔化せました。
ところでもはや私が頼れるところはここしかないのです。
久瀬さんでも北川さんでも頼りにできましょうが…
そこはそれ、サブキャラの出番を作るよりはお約束に走るのが心地よいというものです。
って、香里さんも攻略不可能な方でしたね…そ、そう、女性キャラです。これで安心ですね。
「さっきから何考えてるの、難しい顔して」
「いえ、ちょっと相互関係を…」
「…まあいいわ、この前の借りもあることだし。
最高級かどうか怪しいけど一応この前高級な肉を仕入れてきたばかりだしね」
「よろしいんですか?牛丸々一頭…ありがとうございます」
「帰って頂戴」
つれないことを言いますね、香里さんは。
「ほんの冗談です」
「あたしはそういう冗談は嫌いなの」
「気をつけるの。ちなみに前回はお寿司なの」
「…やっぱり帰って」
不機嫌そうに玄関の扉が閉じられようとしてます。
ああっ、今のはさすがに禁句でしたか。
「申し訳ありませんでした。近頃どうも相沢さんに悪影響を受けて、変な冗談を飛ばすようになってしまいまして」
「相沢君の影響だけとは思えないけど…」
大きくため息を吐き出しました。相当お疲れのようです。
そのようなところへおしかけてしまって、申し訳ないですね…。
「それでは香里さん、早速ですが目的のものをいただきたいと思います。
大丈夫です、そんなにたくさんは必要ないはずです。おそらくは欠片だけでも条件を満たすはず…」
「あらなんだ、真面目にやれるんじゃない。最初からそうやってよね、もう…」
「はあ、すみません」
ここは素直に謝っておくべきでしょう。恭しく私は頭を垂れておきました。
「…ねえ、その胸の前に回してる手はなんなの?何か意味でもあんの?」
「ただのお辞儀のついでですよ」
「しかも片足だけ一歩下がってるし…」
細かいことを気にされますね、まったく。
栞さんが日々苦労を味わってる姿が目に浮かぶようです。
「ま、いいわ。とにかくおあがんなさい。ちゃっちゃとご馳走するから」
「ありがとうございます。ではお邪魔いたします…」
そして私は…最高のもてなしを受け、最高のサーロイン(らしきもの)を食すに至りました。
大きさは丁度5センチ四方の…とにかくサーロイン(のはず)です。
ありがたく食べ終わって、ありがたくご馳走様。本当にお世話になりました。
「ところで美汐ちゃん」
「なんですか」
「自分の家で食べるのはできなかったわけ?」
「…そんな酷なことはないでしょう」
誤魔化しておきました。
「忘れてたのね…」
「………」
誤魔化しきれませんでした。
さすが香里さんは鋭いですね…。

<何が最高?>


『最高の卵焼き』

最高…。
この世で最高なのは…。
「それはもちろん、倉田さん。あなたです!」
「ふえっ?」
大胆不敵にも、堂々と倉田家におしかけ、開口一番にこんなセリフを飛び出してみせました。
そう、今日の食事当番…とと、嫌な肩書きを作ってる場合ではありませんね。
僕の番となったこの料理、やはり倉田さんとからまないわけには参りません。
肝心の倉田さんはいきなりのことで戸惑っておられますが…。
「あのう、久瀬さん」
「はい、何でしょう」
「佐祐理が、どうかしたんですか?」
おっと、そうでした。説明を完全にすっとばしていましたからね、分かるはずもありませんか。
「実は今回は卵焼きなのです」
「卵焼き…ですか?」
「はい」
「…もしかして、今度は生で殻ごと食べたりするんですか?」
「………」
倉田さん…卵“焼き”と言ったのに何故生で?
しかも殻ごととは…それは生卵そのままではありませんか。いえ、生卵よりもタチが悪いですね…。
そんな食べ方ができるのは多分蛇くらい…。
「…って、そういうことじゃありません。卵焼きです。殻を割って、ボールで溶いて…」
「なるほどぉ、普通の卵焼きなんですね?」
ちっちっち、そうではないんですね、これが。
「実は普通ではありません」
「普通じゃ…無いんですか?」
「ええ。こんな卵焼きです!」
ここぞとばかりに本を広げます。

『●最高の卵焼き
全てにおいて最高の
厚焼き卵』

「はぇ〜、これは凄いですねぇ…」
「でしょう?これで倉田さん、あなたを最高と申し上げた理由も納得していただけることでしょう」
ちらちらと倉田さんに視線を向けると、彼女は不思議そうに自分自身を指差して言いました。
「佐祐理…ですか?」
「はいっ。これはもう、倉田さんにしか作れない卵焼きです!なんと言っても最高の、ですからね」
「でも…佐祐理はそんなに上手く作る自信がありません。ましてや最高の、なんて…」
ちょっと遠慮がちに、倉田さんは顔を俯けました。
もじもじと、恥らっている彼女のなんと可愛らしいことか…。もう一押しですね!
「いえ、倉田さん。食べるのは僕ですからね。僕にとって倉田さんが作られるものは最高に他ならないんですよ!」
決め手となるセリフ。これが通じなければ、この久瀬、ダチョウの卵に頭をぶつけて出直すしかありません。
さあどう出ますか倉田さん。さあ…さあ!
「…わかりました。久瀬さんがそこまで期待されておられるなら…その期待を裏切るわけにはいきませんね。
佐祐理、腕によりをかけて卵焼きを作りますよーっ」
お、おお、おおお…!!
「倉田さん、ありがとうございます。恐悦至極に存じまする」
恭しく頭をたれました。
「あははーっ、よきにはからえですーっ」
ノってくれたのか、倉田さんが調子を合わせてくださいました。
セリフ的につながりがあるのかないのか疑わしいところですが…。
「ではどうぞ、久瀬さん」
「はい。失礼いたします」
倉田さんに招かれるまま、倉田家へ…。
そして…僕は幸運にもそのままに最高の名を冠する卵焼きを食すに居たりました。
卵焼きを作っている時の倉田さんの姿は、たとえるなら料理の妖精…。
作る姿にも魅せられましたが、出来上がった後も魅せられる内容盛りだくさんでした。
ほっぺが落ちそうなあの味付け、ふんわりとした歯ごたえに、とろけるような舌触り。
そしてなんと言ってもこれは倉田さんが作った…いわば愛が込められているのです!
…少しゆきすぎましたか。いやしかし、それでも今日は幸せいっぱいでありました。
ありがたく、いただきますとごちそう様と挨拶を交わし…倉田家を後にしました。
最初から最後までこうも上手く…うむうむ、この本もすてたものではありませんね…。

<次も期待してますよ>


『魚の丸焼き』

「お魚さん…」
そう、今回はお魚さんの料理なのだ。
それにしても困った。今回はお魚さんを護れない。
でも、食べないと大変なことになってしまう…。
…そうだ、人で代用できないだろうか。たとえば身近に魚の名前を持ってる人がいた。
背に腹はかえられない…。
思い立ったが吉日、早速私は出かける仕度を整え、家を後にした。

「…で、ここにやってきたわけか」
こくり
「しかし残念だったな。今あゆは名雪とお出かけ中だ」
…逃げられた。
「とりあえずあがってくか?秋子さんも居ないからもてなしはほとんどできないが」
こくり
と、頷く。
「しっかし恐い発想だよなあ、あゆを丸焼きにしようとするなんて…」
「…違う」
ここはきっぱり否定しておく。
どう抵抗しても、お魚さんには犠牲になってもらわなければいけないのは事実。
けれども…ただそれだけでは私の心が許さない。
「どう違うんだよ」
「あゆは…前座」
「は?」
ここで私の頭の中には…この前佐祐理と栞と一緒に見た、久瀬のいっきの光景が浮かんでいた。
原始人っぽい格好をして…原始肉をいっきして…見事だった、あれは。
とりあえず頭の中をそのまま祐一に話してみる。これが大事だから。
「…相変わらずだな、佐祐理さんに栞。おとなしくそれに従ってる久瀬も救いようがないっていうか…。
…で、それがあゆと何の関係があるんだ?」
「だから、原始人の世界だと、丸太に獲物をくくりつけてくるくるまわす」
「なんか間違ってる気もしなくもないが…まあ漫画とかでよくある光景だな。
木の棒に手足しばられて、火の上でじっくりと焼かれるんだ。ああ、それが丸焼きだよな」
「そう」
さすが祐一は察しがいい。これならあまり説明も必要なさそう。
「…ああ、ああ、なるほど。原始人よろし、あゆを捕まえてそういう焼き真似をやってみようってことだったのか」
「そう」
さすが祐一。こっちが説明しきる前に全部をわかってくれた。
「ふむ、なかなか面白いことを思いつくじゃないか舞。ここは一つ俺が協力してやらんでもないぞ」
「本当?」
「ああ本当だ。あゆが帰ってきたら早速捕まえてしばりあげて庭で焼き真似をしてみることにしよう。
きっとうぐぅエキスがたっぷりとれること請け合いだぞ」
「???」
うぐぅエキスとはなんだろう。やっぱりうぐぅうぐぅしてるんだろうか。
でもうぐぅうぐぅしてるってなんなんだろう…。
何であれ、あまり魚の丸焼きにはかけたくない代物だ。

『●魚の丸焼き
お魚を
まるまる焼いてみました』

「うぐぅ〜…」
庭であゆが鳴いている。裏庭にわ二羽あゆがいる。
あゆが帰ってくるなり祐一が捕まえてくれた。二人で協力して丸太にくくりつけた。
火を使うと迷惑なので、火を使わずにくるくる回している状態だ。
「…今日の祐一、いつにも増してひどいね」
「あぅーっ、舞が居るからじゃないのぉ?」
部屋の奥で名雪と真琴がひそひそと話している。
世界中がどう思おうとも祐一は協力してくれてる。感謝。
「よぉーし舞、そろそろ火を使うかぁ」
「火?でも…」
「うぐぅ!火なんてやめてぇ!!」
あゆが悲痛な叫びを上げる。
「火を使わないとうぐぅエキスはとれないぞぉ」
「そんなのいらない…」
「うぐぅ〜、うぐぅエキスってなんなのぉ〜」
あゆが白々しい質問を投げかけてきた。
「要らない、か…。まあ舞がそういうのならしょうがないな」
「うん」
「うぐぅ…火、火だけはやめてぇ…」
あゆが泣いている。もしかしたらこれが実はうぐぅエキスかもしれない。
「みんな〜。御飯ができましたよ〜」
と、秋子さんの声が聞こえてきた。
前座の作業をやっている間に本当の料理は秋子さんに作ってもらっていた。
「おっ、できたってさ。舞、それじゃ食いにいこうか」
「うん」
今から御飯。
「うぐぅ〜、ボクを解放してよぅ〜」
御飯の前にあゆが泣いている。
でもだめ、共食いは。
「あゆはここで我慢」
「な、なんでぇ〜?」
「お魚さんを食べる…。共食いは良くない…」
「ぼっ、ボクは魚じゃないよぅ〜!」
…。
さて、御飯御飯。
「うぐぅ〜、無視しないでぇ〜!」

…結局、名雪と真琴があゆを救い出したみたい。
祐一がどやされる傍らで、私は黙々とお魚さんの丸焼きを食べていた。
ごめんなさい、お魚さん。そしてありがたくいただきます。
むしゃむしゃ
「美味しい?」
こくり
秋子さんの問いに素直に頷く。
「そ、良かったわ」
今回は…色んな意味で大変だった。

「ところで舞」
「なに」
「お前さ、他人が動物もの食う時は滅茶苦茶厳しいくせに自分が食う時は諦めてるんだな」
「ぽんぽこくまさん」
「ごまかすな」

<祐一は細かい…>


『シーフードカレー』

「うぐ…」
その日私は…自室の真ん中で…机の前で座り込んでいました。
最悪です。私滅亡の日です。
とんでもないものがきてしまいました。
よりによって…カレーの時にまわってくるなんて…。
「どうしよう…」
悩んでいても仕方ないのですが、悩まずにはいられません。
カレー…辛いのが当たり前のカレー…ああ、どうすればいいんでしょう…。
「…とりあえずお姉ちゃんに相談しようっと」
「ああ、カレーね」
「うわっ!お、お姉ちゃん!?」
立ち上がろうとしたらびっくり。既にお姉ちゃんが本を覗き込んでいるではありませんか!
「カレーなら大丈夫よ、あたしがすぐに作ってあげるわ」
「いい。その顔は思いっきり辛くしようって顔だもん」
さっきの私の中にあった“相談しよう”の言葉はあっという間に消え去ってしまいました。
「大丈夫よ栞。辛すぎたら逆に味がわからなくなるくらいよ」
「そういう問題じゃない」
味があろうとなかろうと、やっぱり私は辛いものは食べたくない。
「だったら…激甘にしてみる?」
「え?」
意外や意外。お姉ちゃんはいきなりすべてを覆すほどの案を出してきました。
先ほどの辛いものを辛くしてどうこうなどという意見はどこへ行ったのでしょう。
そして私の“相談しよう”意識は再び沸き起こってきました。
「要は甘い調味料入れまくって、これでもかってくらいに甘く作るわけよ。
どうせその本のことだから、シーフードっていう程度しか書いて無いでしょ?」
「えっと…」

『●シーフードカレー
シーフードをふんだんに
使用した美味しいカレー』

慌てて本をたしかめるとたしかにその通りでした。
しかも“美味しい”とあります。これはひょっとするとひょっとします。
一世一代のチャンス!!
「お姉ちゃん!」
「何?」
「よろしくお願いします!」
「よろしい。あたしにどーんと任せなさい!」
今日ほどお姉ちゃんが大きく頼もしく見えた日はありませんでした。
ああ、私の救いの女神、お姉ちゃん。ありがとう…。
うっとりうっとりうっとりうっとり…
「…ちょっと栞」
「なに〜?」
「なんなのよその恍惚とした目は」
「だってぇ〜、お姉ちゃんがぁ〜」
いつの間にか私はよっぱらっていました。
「…そんな酔っぱらったような目をしないっ!」
ぺしっ
「はうっ。…はっ、ここは?」
酔いが覚めました。しかも頭が痛いです。
もう、お姉ちゃん乱暴だなあ…。
「ふざけてないでさっさと作るわよ。手伝ってよね」
「あ、うん…」
ふらふらとした頭で立ち上がり…お姉ちゃんの後に続きました。
さっきのはなんだったのかな…。



さて、具もいい頃合に煮えた頃、甘い味付けを行います。
砂糖どばどばは当たり前、あ、和三盆ですからね。豪華〜♪
でもってはちみつやらメープルシロップやらアイスワインやら…。
「…ねえお姉ちゃん」
「何よ。今更食べないなんて言ったら激辛を本当に食べてもらうからね」
「うぐっ…。え、えっとね、あまりにも入れすぎじゃない?」
既にカレーのナベからはあまりにものっとする匂いが漂ってきています。
これはさすがに…善哉をはるかにしのぐかも…。
「大丈夫よ、甘党の栞なら」
「私別に甘党じゃ…」
「ああ、アイス党だったわね。バニラアイスも入れとく?」
「お姉ちゃんそれ何か間違ってる…」
「こうなったら何でも試さなくちゃ」
私が止めるのも聞かず、お姉ちゃんはアイスを入れてしまいました。
甘さが更に上がり、温度が少し下がったことでしょう…。
それにしても…この匂いは耐え切れるようなものじゃありません…。
「さ、召し上がんなさい」
「そうだね…」
「勿体無くもシーフードを結構使ったんだからね。内容間違えないように」
「うん…」
「大丈夫よ。ちゃんと考えてあんた一人分しか作らなかったから」
「うん…」
お姉ちゃんって…ちゃんと考えてるのか考えて無いのかわかんない…。
そしてカレーはできました。
恐ろしい匂い漂う…これは一体何なんでしょう?
「シーフードカレー…」
「そ、激甘のね」
「うう、無理に激甘にしなくても…」
「そうでもしないと面白く無いでしょ」
「食べる方はもっと面白くない…」
「つべこべ言わず食べなさい」
「はあい。…いただきます」
挨拶を告げ、スプーンでひとすくい。
そして口に入れます。
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………
「あ、甘い…う、う…」
口にできない甘さがそこにありました。
くどいとかそういう表現なども間に合いません。
この甘さは…ああ、この甘さは一体なんなんでしょう…。
「全部食べるわよね?当然」
「う、嘘…」
「ねえ?激甘の時点で喜んで賛同してたし・お・り?」
「…全部食べます」
「よろしい」
…ああ、一体何故私はこんな目に遭ってるのでしょうか。
何か悪いことでもしたのでしょうか。
ついさっきまで女神に見えてたお姉ちゃんが…今は船乗りを海に引きずり込む悪の人魚に見えます…。
「何か言った?栞」
「別に…。うう、甘い〜…」

<メインのシーフードがどこかへいっちゃいました>


『すき焼き』

「感激だ…」
なんということだ。まとも料理ではないか。
俺にも運が向いてきたな。
思えば前回の本の時は…酒だのいっきだの、まとも料理でもことごとく変なイベントが…。
「って、それだと結局素直に喜べないだろうが」
実際、今回もことごとく変なイベントに巻き込まれているのは間違いないがな。
しかし、この料理ならば普通に食べられるだろう。
早速皆を招いて鍋を囲んでパーティーといこうか。
「…いや、うちだけで十分だな」
あゆや真琴を始め、既に騒がしさは十分だ。
秋子さんはいつも“家族が増えて嬉しいわ”とか笑顔でいるが、
安らぎだとかいう概念はもはや消え去っている気がする…。
そういう理由で、水瀬家の面々だけでも十分この上ないだろう。

「すき焼き…ですか?」
「はいそうです。申し訳ないですけど秋子さん、今夜の料理はそれで」
率直に秋子さんへ頼みに行く。つい今しがた買い物から帰ってきたばかり。
牛肉、白菜、卵、白滝、豆腐、ネギ…準備もバッチリだ。
…って、事前にこの料理知ってたんじゃないのか?
「ちょっと本を見せてくださいませんか」
「ええ、いいですよ」
言われて快く手渡した。

『●すき焼き
高級な鍋料理!
関西風と関東風がある』

「なるほど…これは二種類作れという指令ですね?」
「い、いえ、無理にそこまでしなくても…」
「祐一さんも偉くなったものですね…参りました」
「い、いや、だから俺は指令なんて…」
「しかし司令、このままでは材料が足りませんわ。二種類そろえるためにお買い物をお願いできませんか?」
「…はい」
即答だった。あれよあれよともってこられた追加注文に、俺はなすすべも無かった。
だから二種類無理に作らなくていいって俺は言ってるのに…。
しかし仕方あるまい。やる気になってる秋子さんには何者も逆らえないのだ。
早速出かけようと、財布をお借りして仕度しようとすると…。
「そうそう、あと…お米とお味噌とお醤油も切らしてたのでお願いできますか?」
「…分かりました」
「たっぷり、お願いしますね」
「はい…」
司令はただの使い走りに成り下がっているのだが…気にしてはいけないことだろうか。
もとより俺は司令じゃないけど…。



そして夜。たくさんのお買い物。息を切らして体力を消耗しつつ、目的のブツを俺はすべて持ち帰った。
丁度頃合だったのか、秋子さんは既に料理する仕度を終えていた。
後は煮ればオッケーらしい。俺が買ってきた材料の一部も早速投入され…
「って秋子さん、米って何に使うんですか?」
「いやですわ、祐一さん。すき焼き一皿で御飯10杯は軽いって以前おっしゃってたじゃありませんか」
「そんな事を言った覚えは…」
「もっぱらの噂ですよ。あと、最後のうどんすきいっきも控えてますからね」
「はい?」
今なんと言いました?秋子さん。
「ああ間違えました。うどんすきは皆で食べますからね」
「ほ…」
「ご心配なく、日本酒くらいはちゃんと用意してますから」
「そんなもの用意しなくていいです!」
「うふふ、料理酒ですよ」
「そ、そうですか…」
ふう、危ないところだ。
「…とまあこれくらいにしておきますか」
「はい?」
「何もイベントが無く過ぎるのもつまらないでしょう?ちょっと冗談を交えてみたんですよ」
「………」
結局変なイベントが秋子さんの手によって創り出されたということらしい。
肝心のすき焼きはしっかりいただいたのだが…なんとも腑に落ちない俺であった。

<すきすき>


『スクランブルエッグ』

「簡単な料理だね、がんばろ真琴♪」
…なんて名雪に朝言われて、今調理場に立ってる真琴。
左手に持つはフライパンの取っ手。
ただいま熱し中、既に油はひいてある。
更に、右手に持つは生卵。割られる時を今か今かと待ち受ける。
「だ、大丈夫、よね?簡単…よね?」
必死で自分に言い聞かせようとする。
手は既に震え始めてる。あぅ、緊張してきた…。
けど、あまりに待ちすぎてるとフライパンが熱くなりすぎちゃう。
「ん、そろそろかなっ…!?」
やあ!
と、気合を入れてフライパンの角に卵をぶつける。
ぐしゃ
「あぅーっ!」
力を入れすぎたみたい。卵はぼろぼろにへしゃげてしまった。
ぬめぬめが手に広がる…いや、広がりきる前になんとか中身をフライパン内部へ放り込む。
…うう、なんか白くて固いのも一緒にたくさん入っちゃったみたい。
けどそこでのんびりしてるわけにはいかない。
急いで殻すべてを生ゴミ入れに片して、手を洗い、今度は箸を持つ。
あ、塗り箸や割り箸なんかじゃないからね、当然さいばしってやつよぅ!
「あぅーっ!もうカタマリ始めてるーっ!」
急いで卵をかき混ぜはじめる。
ちゃっちゃかちゃっちゃかぐっちゃかぐっちゃか知っちゃかしっちゃかめっちゃかめっちゃか…。
そしてかき混ぜること約一分。
「ふう、もういいわね」
大きく納得して、火を止める。
そしてぬぐう額の汗。
完成!完璧ね、ふっふーんどうよぅ、この箸さばき!
でもってお皿にてこてこてこーっと移す。
うん、ここで本当に完成ね。と、ついっと本の内容を思い出す。

『●スクランブルエッグ
とき卵をふわっと細かく
炒めた食べ物』

「ふわっと細かく…」
見た目、真琴が作ったそれはあんまりそうは見えなかったけど…。
でもこれも一緒!おんなじ!
「さあって、それじゃあ一口食べてみよーっと」
味見味見あじみあじみアジミアジミ…
ぱくっ
「………」
見た目とは裏腹に意外とふわっとしていた。
細かくもなっていた。
でも…一つ重要なことを真琴は忘れていた。

<あぅーっ、味付け忘れてたーっ!>


『すっぽん雑炊』

「なるほど、そうきましたか…」
思わず顔がほころんでしまいます。
この本はここに来るたびに新たな珍料理を試そうとしているようですね。
すっぽんがあるならば…当然一匹まるまる使うとしましょうか。
そして、雑炊よりはある意味有名なBLOODもそえなければなりませんね。
精力がつくこと請け合いです。これは気合が入ってきましたよ。
「…あ、ちなみにBLOODは、“O”が重なって阿と発音する数少ない単語の一つなんですよ」
「秋子さん、なんでそんなことをわざわざ俺に?」
「あら、お約束じゃありませんか」
そうです、ここは祐一さんの部屋です。
お茶を差し入れに来たついでに考え事をしてみたんですよ。
「しかもBLOODって…今日は何の料理なんですか?」
そういえば祐一さんには今日の料理を告げていませんでしたね。
でも折角なのでだまっておくことにしましょう。
「とっても高級なものですよ」
「もしや…トマトジュース?」
「…残念ですが違います」
しかも祐一さん、そのボケはかなりNGじゃないですか?
「冗談ですよ。えーと…こうもりの姿焼きとか?」
「それも違いますよ。祐一さん、いくら血を吸うイメージがあるからと言ってその答えはどうかと思いますよ?」
「あはは、そ、そうですよね」
「吸血蝙蝠は世界中にも数えるくらいしか種類が居ないんですから」
「は、はあ…」
偏ったイメージは正さなければなりませんよ。
それより…このまま待っていても正しい答えは出なさそうですね。
しょうがないから夕飯までのお楽しみにしましょう。
「では祐一さん。夕飯をお楽しみに」
「…やっぱり血そのものですか?すっぽん辺りなのかなあ…」
「あら」
今まさに部屋を出て行こうとした時、つまりは去り際に祐一さんが呟きました。
もう、こんな状況で正解するなんてずるいですよ。
「う、当たりですか…」
「はいそうです。この本も色々な料理に挑戦するようになったものですよね」
「前々から挑戦しすぎっとは思いますけどね…」
苦笑しながらも祐一さんがせがむので、本を取り出して開けてあげました。

『●すっぽん雑炊
すっぽんのエキスが
しみ込んでいる雑炊』

「…外れじゃないですか」
「あら、そうですね」
「あらそうですねじゃありませんよ。すっぽんはすっぽんですけど、血なんて一言も書いてませんよ?」
「まあまあ、いいじゃありませんか。すっぽんを使うのならば血が出てくるのはお約束ですよ」
「お約束…ですか?」
「ええ」
暗黙の、という名のね。
「俺は頑張りますけど…名雪や真琴が卒倒したりしませんかね?」
「大丈夫ですよ。普段祐一さんが飲んでらっしゃる赤ワインで慣れてますよ」
「赤ワインとは色もにおいも違うと思いますけど…。
それに!おれは普段そんなもの飲んでません!」
何気なく言った言葉に、突如祐一さんが反応の色を見せました。
ここは厳しく言っておかないといけません。
「あらあら、嘘はいけませんねえ」
「嘘じゃありませんって!」
「毎日滝のように流しのみしてるじゃありませんか」
「なんですか、滝のようにって…」
「そのままですよ。滝を想像してください」
「…違う!違います!」
「さてと、今日はすっぽんの血と赤ワインですね」
「だーかーらー、秋子さん!俺は酒飲みじゃないです!」
「口ではそう言ってても、飲みだすとそうじゃないんですよね」
「そ、それはそうかもしれませんが…」
「とにかく、夕飯を楽しみにしててくださいね」
「わー、ちょっとぉー!」
パタン
祐一さんが叫ぶ中、私は部屋を静かに後にしました。
さて、張り切らなくてはいけません。
まずは材料の調達から…。



「…で、肝心のすっぽん雑炊はコレ?」
「うぐぅ、めちゃくちゃ小さいね」
「あぅー、でも赤いのが多い…」
夕飯時。名雪、あゆちゃん、真琴の三人はきつい感想をもらしてくれました。
たしかに失敗しましたね。
血の方に夢中になりすぎて、肝心のすっぽんエキスを雑炊に使用しそこねてしまいましたから…。
「大丈夫よ。一口でもちゃんと食べたことになるんだから」
「でもお母さん、祐一の席だけ豪華じゃない?」
「うぐぅ、瓶がいっぱい…」
「でもって赤い液体もいっぱい…」
再び三人は痛い感想をもらしてくれました。
さすがに今回は悪い印象しか無いみたいですね…困ったものです。
「…なんで秋子さんのところに本がいったのに俺がこんな料理を食うことになってるんだ」
「心配いりませんよ。祐一さんがメインに食すのは、今回の料理とは別の料理ですから」
「いえ、そういう問題じゃ…」
最後まで祐一さんはごねてましたが…やはり酒が入ると違いました、と言っておきましょう。
そして私は、肝心の雑炊はしょくしました。でも…。

<やはりエキスが少なすぎましたね>


『スティックサラダ』

「ふーん、サラダねえ…」
イチゴじゃないのは相変わらず残念だけど、今回は手軽に食べられそう。しかも楽しめそうで安心した。
それにしても…う〜、イチゴはもう登場しないのかな…。
たった一回で、しかも北川君にとられたとあっちゃあ悔しさ百倍だよ。
でもそんな悔しさを乗り越えなくちゃこれから先やっていけないね。
よーし、頑張るよ〜。

『●スティックサラダ
新鮮な野菜は
生でも美味しい!』

「そう、生でも美味しいんだよ」
「あらあら、今日はそれなのね?」
ついさっき、丁度お買い物から帰ってきたお母さん。
わたしが欲しかったお野菜もたっぷり買ってきてるから丁度いいよ。
「だからお母さん、今夜の野菜分は任せてね♪」
上機嫌で告げた。当然作るのはわたし。きっちり料理するよ〜。
そんな笑顔のわたしに、お母さんはいつものように“了承”と返してくれた。やったね。
だけどすぐに、お母さんはちっちっち、と人差し指を横に揺らした。
「でも甘いわよ、名雪」
「え?」
「スティックサラダはね、もちろん今夜の夕食にもいいけど…」
「いいけど?」
「おつまみにも最適なのよ」
「え…」
きらん、とお母さんの目が光った。もしかして…。
「さ、そうと決まったら今夜はお酒を用意しないとね。祐一さん喜ぶわよ」
うわー、やっぱり…。
「お母さん、いくらおつまみが出たからってお酒は…」
「了承」
「………」
もしかしてお母さん、自分で自分を了承しちゃったのかな?
相当気分がのってるみたい。これじゃあ無下にするわけにはいかないよ。
しょうがない、祐一にはお酒メインで頑張ってもらうしかないよ。

そして…やってきた夕食の時間。
人参に大根に胡瓜に…。
新鮮な野菜、市場でとれたての野菜。
きちんと綺麗に洗って洗って…。
皮をきれいに向いて向いて…。
それらをスティック状にかっと!
グラスにお皿に盛り付けて、皆で囲んで食べましたとさ。
「…なあ名雪。何で俺のとこにはアルコールが含まれた液体が置かれてるんだ?」
「諦めるしかないよ祐一」
「今日はお前のスティックサラダだったんだろ?なんで俺と酒と関係あるわけ?」
「お母さんが上手だったんだよ。飲み屋に行かないわたし達には分からない情報を持ってたから」
「納得いかーん!」
…ま、叫んでた割には祐一は結局お酒バリバリ飲んでたけどね。
でもってスティックサラダを喜んでてくれたからよしだよ、うん。

<ぽりっ>


『ステーキ』

「ふーん、割と普通じゃない」
よかった、変な料理じゃなくて。
こんな普通な料理は普通に終わるのが基本ね。
さっさと買って料理して終わりにしましょ!
朝、クリスマスのプレゼントよろしく本が枕元にあった時はどうしようかと思ったけど…
この程度なら栞に頼ったりなんてする必要もないわね。
がちゃり
「おねえちゃーん」
そう、このノックも無しに入ってくる妹の協力は必要なし!
「栞、ノックくらいしなさい」
「あのね、今日の夕飯なんだけど…」
あたしの言葉無視するなんていい度胸してるわね…。
ま、今日はそこそこ機嫌いいから許してあげるけど。
「ハンバーグが食べたいんだけど、いいかな?」
「は?なんでまた」
「実はね、商店街の福引でお食事券が当たっちゃったんだ♪」
“ほら”と栞は紙切れを見せてきた。
なるほど、家族全員分のお食事券が揃っている。
「へえー、なかなかやるじゃない」
「えへへ」
照れ笑い。なかなか可愛い笑みを浮かべること…。
「…ちょい待ち、ハンバーグ以外はダメなわけ?」
「え?えーと…ハンバーグ自慢の料理店だから…」
「ステーキは置いてないの?」
「あると思うよ」
「そ、ならいいわ」
「あれ?もしかして…」
あたしとの片言会話から事情を察知したみたいだった。
栞もなかなか慣れてきたみたいね。
心の中で感心しながら本をめくって見せてやる。

『●ステーキ
厚手の肉を焼いた
メジャーな肉料理』

「なるほどなるほど。丁度よかったね、お姉ちゃん♪」
祝辞を投げてくれる。素直なのはいいことだわ。
「ありがと栞」
二つの意味で嬉しくなって栞の頭を撫でると、これまた栞は照れくさそうにえへへと笑う。
彼女の手に光るお食事券が一層綺麗に見えた。



そして…目的のレストラン。
果たして、ステーキはあっさり食べることができた。
味は…まぁ、気にしないことにしましょ。
「お姉ちゃん、美味しかった?」
「…ノーコメント」
「ウェルダンを頼んだのにレアが出てきちゃったもんね…」
「うっさいわね、ノーコメントだっつってんでしょ」
「しかもデミグラスソースのはずが和風だったし…」
「いや、それはあんたのハンバーグでしょ…」
ま、色々あったってわけよ。

<でも普通に食えたのでよしだわ>


『雑炊』

なるほどーっ、今日のお料理は雑炊なんですねーっ。
粥ではあるんですがただの粥ではなく…
野菜やお肉やお魚など、たっぷりの具を入れて味付けして…
なかなかに奥が深い料理。
そして、本の説明にはこう書いてありました。

『●雑炊
お鍋の残り汁などで作るのが
ポピュラー』

ふむふむ、丁度昨日はお鍋をしました。
早速今日のお弁当に持っていくことにしましょう。
寒い冬にあったまれること請け合いの、冬の恋人ともぴったりな…
そんな料理で二人をもてなしますよーっ。



「…で、雑炊?」
「はいっ。雑炊ですよーっ」
ぐつぐつぐつぐつ、と小気味よい音を立てている鍋の前で、祐一さんはぽそりと尋ねてきました。
なんだか声に元気が無いような気がしますが…顔が湯気に隠れて見えません。
でもきっと笑顔だと佐祐理は信じてますよーっ。
「美味しい…」
「よかった」
「佐祐理が作ると…何でも美味しい…」
「ありがとう、舞っ」
佐祐理の隣で舞はたっぷり喜んでくれているみたいです。
狭いながらも下から吹き抜けてくる風も、舞のほんわりな気持ちであったかさいっぱいです。
「あったかい…雑炊…」
「あはは」
笑いながら佐祐理も雑炊をぱくりぱくり。自分で思うのもなんですけど、なかなかの出来ですね。
そうそう、雑炊っていうのは増水が変化したものだったりするんですよ。
「たしかに美味しいけど…」
「けど?」
「なあ佐祐理さん。このでっかい鍋とかはどっから持ってきたわけ?」
「ふぇっ?」
「ふぇっ、じゃなくてさ…」
疑問いっぱいの声で祐一さんが尋ねてきます。
そういえばそうですねぇ。たしかにこの鍋は大きすぎました。
三人でつつくにはちょっと量がありすぎですね。
なんと言っても、今座っている佐祐理達の背丈くらいありますし…。
「今度はもう少し小さい鍋にしますね」
「大丈夫。全部食べるから」
「ありがとう舞」
「ちょっと、苦しいけど…」
「うーん、ごめんね、舞」
「頑張る。舞ちんファイト」
「うんっ、ふぁいとっ。…舞ちん?」
両手でがっつポーズを決める舞ではあったのですが、さらりと出た言葉に佐祐理は引っかかりました。
でも、舞が頑張ってる。佐祐理も頑張らないといけませんね。
「祐一も…」
「いいけど…俺の疑問は?」
「佐祐理のお弁当…残したら許さない」
「そりゃ俺も頑張って食うけどさ…」
祐一さんも頑張る気満々のようです。これは負けていられませんねーっ。

そんなこんなで…佐祐理達は、何リットルはあろうかという雑炊をたいらげたのでした。
あははーっ、一体どこに入ったんでしょうね。

<人間の身体は不思議なものです>