『牛角煮』

牛、か…。
「たしか舞さんが牛丼好きだったよね」
祐一君から得た情報。そして佐祐理さんからも聞いた情報。
それだったら舞さんと一緒に料理してもいいかもしれない。
この前はパンで期待を裏切っちゃったしね。
「よーしっ、そうと決まったらお料理にいくよっ!」
リュックをつかんで、コートを羽織って、いざ出陣!
「うぐぅ、暑い…」
よくよく考えたら冬はもう終わったんだった。だったらわざわざコートは着なくていいよね。
コートはやめて、薄手の…
「うぐぅ、薄手の上着がない…」
仕方ないのでコートを羽織る。
大丈夫だよね、このカッコなら熱い思いを届けに来たって舞さんも分かってくれるよ!
「よーしっ、今度こそ出発だぁ〜!」
意気揚々と家を飛び出す。
玄関を開き、門を出た。そこでボクはぴたっと止まった。
「…そういえば舞さんの家ってどこだろう」
よくよく考えたら祐一君も今まで行った事無いって言ってたし。
多分知ってるのは佐祐理さんだろうなあ…よーし、それじゃあ佐祐理さんの家へゴー!

いつものダッシュであっという間に目的地へ到着。
うーん、やっぱり佐祐理さんの家っておっきいよね〜。
何度かボクもご馳走に招かれたけど、改めて見ると…とと、とりあえず目的を果たさなきゃ。
ぴんぽ〜ん
「はーいっ。どちらさまでしょうか〜」
「こんにちは、ボクあゆです。佐祐理さんいらっしゃいますか?」
「あゆさんですか?ちょっと待っててくださいねーっ」
インターホンからは、聞き慣れたのんびりとした声が。
ほとんど待つ間もなく佐祐理さんは登場。ボクは早速用件を告げた。
「なるほど〜、舞に牛ナベをご馳走しようってことなんですね〜」
「あの、牛ナベじゃなくって牛角煮なんだけど…」
「あははーっ、冗談ですよ。でも…」
「でも?」
「牛さんは私が護る、なんて舞は言い出すかもしれませんね〜」
「うぐぅ…」
酷いよそんなの。牛丼が大好物なのにそんなこと言っていいの?
「しかもあゆさんが自ら牛さんを斬るとなったら…」
「えええっ!?ボクはそんなことしないよっ!」
「舞は絶対にあゆさんを許さないでしょうねえ〜」
「ちょっと佐祐理さん!だからボクは牛を斬ったりなんて…」
「…見つけた」
「うぐぅ!?」
話の最中で、背後から鋭い声が聞こえてきた。
振り向いて確かめるまでもない、とボクは思った。この声は…
「いらっしゃいまいーっ。どうしたの?」
「佐祐理の家に用事があったから」
「そう。丁度よかった、あゆさんがね…」
「知ってる」
「はぇ?」
「だからあゆの魔の手から牛さんを護りにきた」
「なんだぁ、既に情報は取得済みなんだね舞。良かったじゃないですかあゆさん」
うぐぅ、良くない…。
情報は曲がって伝わってるみたいだし…でも、いつの間に知ってたんだろ?
「あ、あの、舞さん」
勇気を徹して後ろを振り向くと、舞さんの手には竹箒が握られていた。
瞬時にその先端をこちらに向ける。いわゆる戦闘体勢だ。
「…あゆを掃除する」
「うぐぅ!?」
そんなのシャレになってないよぅ、と思いながらもボクはまだ説得を試みる。
「あ、あの、舞さん。ボクはね、以前のお詫びにと舞さんにご馳走しようと…」
「牛さんは私が護る!」
「うぐぅ、人の話は聞いてぇ!」
もう限界だ、逃げよう。
そう思ったその時だった。
「舞、今日はあゆちゃんがご馳走を作ってくれるんだよ?大丈夫だよ、材料は既に用意済みだから」
「…佐祐理」
「あゆちゃんはこれから牛さんを狩りに行くつもりだったかもしれないけどそんな必要はなくなったから大丈夫」
「ちょ、ちょっと佐祐理さん!ボクはそんなつもりこれっぽっちもないよ!」
佐祐理さんってばヒドイのか止めようとしてるのかよくわかんない。
うぐぅ、やっぱり逃げようかな…。
何度も思ったけどいよいよ実行に移そう、と思ったその時だった。
舞さんが構えてた竹箒をすっと地面におろしたのは。
「…分かった、今回は妥協する」
「あははーっ、よかったねあゆさん」
「うぐぅ…」
もう何が良いのか悪いのかわかんなくなっちゃった。
とにかく…ボクが料理して、いいんだよね?
「って、舞さんの家に行く予定だったんだけどなあ」
「丁度いいじゃありませんか。佐祐理の家で料理をしていってください」
「そういえば材料が既に用意されてるとか言ってたけど…」
「あははーっ、偶然ですよーっ」
…まあいっか。
かくして、いざこざはあったものの、ボクと舞さんは佐祐理さんの言えの中へお邪魔した。

『●牛角煮
牛肉をじっくりと
煮込んだ食べ物』

広いキッチンを貸しきらせてもらう。たくさんの材料。使いよい料理道具。
これらを使って、説明書きどおりに、牛肉をじっくりとじっくりと…。
「あのぅ、あゆさん」
いくらか経った後に、別室で舞さんと待ってた佐祐理さんがやってきた。様子を見に来たみたい。
「あれっ、佐祐理さん。どうしたの?」
「味付けしないといけないんじゃないかと…」
「えっ?ただ煮るだけじゃだめなの?なーんて、もちろん味付けはしてあるよ」
その辺は抜かりなしだからね。えっへん。
「けれども、スープの色が全然…」
「ああ、塩と砂糖と、もちろん事前にダシはとったよ。
以前味噌汁で失敗したのを教訓にね」
「はぇ〜…でも牛角煮っていうのはそういうものでは…」
「あれっ?違うの?」
「…いえ、やっぱりあゆさんの思うとおりに料理なさってください。佐祐理は見守るだけにします」
そう言って佐祐理さんは去っていった。
なんだか気になる物言いだったけど…大丈夫だよね?

更にいくらか時間が経ち、目的のものは完成。
「なんかつぶれかけてて形が無くなってそうだけど…食べられるよね、大丈夫大丈夫」
意気揚々とお皿にそれらを盛り付ける…。
「あのう、あゆさん…」
「あっ、佐祐理さん。やっと完成したからね、舞さん呼んできてよ」
「舞ならもう帰っちゃいました…」
「ええっ?」
「あまりにも時間が遅くなって…一応あゆさんに“また今度食べさせて”と言ってましたけど」
「うぐぅ…」
舞さんが帰っちゃうなんて、よほど待たせちゃったんだね。
遅く、なりすぎたってことは時間がかかりすぎたんだ…。
ちょっと調子に乗りすぎちゃったなあ…。
「あのう、それよりもう真夜中ですけど、大丈夫なんですか?」
「ええっ!?」
言われて慌てて時計を見る。時間はたしかに真夜中の3時…
「って、ええええええっ!!?」
「ごめんなさいあゆさん。物凄く夢中になってらしたので呼びかけづらくって…」
「うぐぅ…」
そんなぁ、それこそもっと早くに呼んでほしかったよぅ〜…。
「えっと、一応水瀬さん宅にはお電話してますから」
「あ、そ、そう…」
「今日は佐祐理の家に泊まっていってください。お部屋は用意してありますので」
「う、うん…」
「すみませんが、佐祐理はもう寝ます…」
「うん、ごめんね、こんな夜遅く…」
「い、いえ、佐祐理の方こそ、遅くまで引き止めてしまってすみませんでした」
「ううん…」
「ではお休みなさい」
「うん、お休みなさい」
スリッパをぱたぱたと鳴らしながら佐祐理さんが去ってゆく。
今気付いたけど既にパジャマ姿だったよ。
それにしてもこんな時間になるなんて…。
「あ、そうだ。料理だけでも食べておかないと」
自分で盛り付けた料理に箸をつける。…なんか少ない。あれだけたくさん材料使ったのに。
「…そういえば何度も失敗したんだっけ」
とにかく食べよう。
ぱく
「…うぐぅ、さびしいよぅ」
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
何が間違っていたんだろう。
食べていてボクはとっても悲しくなってきた…。
「あのう…」
泣きそうになっていると、声がした。
「あれっ、佐祐理さん?」
「折角なんで佐祐理も少しだけいただいていいですか?」
おずおずと、申し訳なさそうに佐祐理さんが告げる。それでもボクにとっては凄く嬉しかった。
料理を一緒に食べようとしてくれているその心遣いが。
「うんっ、もちろんだよ!」
「あははーっ、それではいただきますね」
良かった。ほんとに良かった。佐祐理さんが居てくれて…。
あまりおいしくない角煮だったけど、最後にちょっとホッとしたボクだった。

<今度は頑張るよ>


『クリームシチュー』

「以前も同じものがあった気がする…」
などと、今更な言葉を呟いてみた。
たしかあの時は吹雪いてた日で…
天野の超能力っぽいものを見せ付けられたっけか…。
そう、薄れ行く意識の中、俺は天駈ける神を見たんだ…

「ここは戦いの果てに戦士がたどり着くところです…」
世にも奇妙な六本足の馬にまたがった、赤毛短髪の片目に眼帯をしている少女が言った。
ちなみに服装は学生服だ。そういや“外出時には制服を着用のこと”なんて校則があるとか言ってたっけ。
こんなとこまで律儀なやつだよな…と、妙に関心してしまう。
それはそれとして、少女が言ったセリフが気になった。
「戦いの…果て?」
「そうです。相沢さんは戦い過ぎました。ここらで休息をとるのもよいでしょう」
「いや、それって果てなのか?」
「さあ…私は知りません…」
「おい…」
どうもいいかげんな奴みたいだ。
手に持っているでっかい槍に見えるそれはただのダンボールのようだし。
彼女の肩にとまっている二羽の烏は、食べ物を狙っているのかきゅぴーんと目が光っている。
周囲の装備が非常に怪しい…。けれど、彼女がまたがっている馬だけはまとものようだな。
「ところで俺はその馬知ってるぞ」
「何を知ってるのですか」
「確か猫から足を二本とりあげたんだよな」
「…そのような曲がった知識、どこから手に入れられたのですか」
「従姉妹からだが…」
「なるほど、ブレインウォッシュされたのですね」
「オイ…」
あっさりと危ない発言をかましてくる。
なるほど、ただものではないことはたしかなようだな。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「どこへだ」
「いいところですよ」
彼女の目が怪しく笑う。
「…俺は遠慮する」
「運命には逆らえませんよ…」
そして俺の意識は再び薄れてゆく…

…まぁ、それも昔のことだ。
…本当に昔の事か?
素早く自問自答。
あんな昔に俺は…
…ってそんなことより料理だな。
「しかしまとも料理でよかった。素直に秋子さんに頼んではいオシマイだ」
ともかく、さっさと朝のうちにお願いしておこう。
「終わりませんよ…」
「は!?」
不意に背後から声がした。しかし振り向くと誰もいない…。
俺の部屋に、俺一人きりだった。
「…気のせいか?」
首を傾げつつ、俺は階下へと向かう。

『●クリームシチュー
ホワイトソースで
コトコト煮込んだシチュー』

「了承」
予想通りの、期待通りの言葉を投げてくれた。
さすが秋子さんは頼りになる!

…そして、あっという間に夜。
ごく普通の料理として、食卓にそれが並んでいた。
白い金、とでも呼びたくなるような色。
喉から手が出ると表現したくなるような芳醇な香り。
そして、秋子さん独自の飾り付けがなんともいえないほどに魅力的だ。
名雪、真琴、あゆもクリームシチューを見て目を輝かせている。
もちろん俺も非常に喜んでいた。まともな料理だ…。
酒とかそういった余分なものは一切無い。
「ありがとうございます秋子さん」
「いえいえ。最初は長くいこうと思いましたが、たまには短く終わらせるのもいいと思い直しましたから」
「は?」
「…いえ、企業秘密ですよ」
「は、はあ…」
ふと朝の出来事が脳裏に蘇る。
もしかしたらあれは…。

<気にしてはいけない…>


『グリーンジュース』

「あらあら」
久しぶりに順番がまわってきたので張り切ろうと思っていたんですが…
これはすぐに終わってしまいそうですねぇ。

『●グリーンジュース
とっても飲みやすい
美味しい野菜ジュース』

「なあんて、うふふ…」
たかがジュースと侮るなかれ。
説明文には野菜ジュースとしか書かれていません。ならば私の腕を存分に振るうのも悪くないでしょう。
そう、材料はたくさんあります。日ごろから用意されておきながら活躍の場を失った材料が…。
ここで使用しない手がありましょうか?いいえ、絶対ありません。
普段ジャムで騒がれてはいますが…ジュースでも申し分ない所を見せておくとしましょう。
うふふふふふふふふ…。

晩御飯時。
折角のジュースをたくさんの人にも飲んでいただこうとお客さんを呼びました。
名雪や祐一さんにお願いして…。
集まったのは総勢11名ほどだったかしら。
皆さん目の色が変わるほどに味わってくださって、私としては非常に満足のいく出来でした。
その次の日。皆我が家でのんびりと過ごしていました。要は皆さんお泊りしたという事ですね。
丁度日曜日だったので幸いでした。もっとも、それをちゃんと考慮に入れてご馳走したわけですが。
「…秋子さん」
「なんですか?祐一さん」
こういう事にはさすがに一番慣れているのでしょうか。
祐一さんだけは皆と違って元気に動いていますね。
「たしかに飲みやすくて美味しい野菜ジュースだったんですが…」
「よかったですわ」
「あのぅ、あの謎の副作用は何故…」
「企業秘密ですよ」
直に尋ねてきた祐一さんに対し、しぃーっと口止め。
「大丈夫です、私も飲みましたから」
「いや、そういう問題じゃなくて…」
更に祐一さんは何か言いたそうだったのですが…。
私としてはもうおなかいっぱい、なんて気分でした。

<また今度も期待しましょう>


『原始肉』

「これまた挑戦的なものを…」
これは呆れを通り越して感心せざるを得ない。
一体この本の目的は何なのか?それを読ませないようにしてるのでは?
なんて疑いを持ちたくなるほどに、これは著しく常識を脱している、と言っても過言ではないでしょう。
「…こんなもの、一体どうやって食せというのですか!」
だん!と、本を乱暴に叩きます。今の衝撃でもページは破れる気配すら見せていません。
随分頑丈な本ですね…とと、そんなことは今どうでもいいのです。
問題は、この食物をどうやって食べるかということ。
一体この問いの答えはいつ出るものなのか…難しいことこの上ありません…。
…いえ、答えは簡単でした。
そう、あの家に行けばいいのです。あの場に行けば、きっとすぐにでも…。

「はぇ?原始肉…ですか?」
「ええ。倉田さんの力を是非貸していただきたいのです」
「ええっと、どんな説明が書かれてありますか?佐祐理にはちょっと分かりかねますが…」
「ああ、失敬。こういう食べ物ですよ」
単純な疑問を投げかける彼女に、僕は手早く本をひろげて見せました。

『●原始肉
アニメでよく出てくる
ホネ付きの肉』

「なるほどーっ。要はこれぞいっきのために存在する食べ物!というわけですねーっ」
「………」
倉田さん。あなたは一体どうしてそうなってしまったんですか?
いっきにそれほどの魅力があるというのですか?あるというのならば従わざるをえませんが…。
あからさまに第一声がそれではちと困るのですが…。
ちょっと前に美坂さんと交わした約束をふと思い出しながら、倉田さんを嗜めようと試みます。
「いえ、倉田さん。別にいっきするようなものでは…」
「こんなイベント逃すわけにはいきませんねーっ。栞さんと舞も呼びましょうっ」
「あ、あの、倉田さん…」
「あはははーっ、今日は久瀬さんの男らしいいっき鑑賞会ですよーっ」
男らしい…!?
「任せてください倉田さん。この不肖久瀬が、見事ないっきをお見せいたしましょう」
「はいっ。お願いしますねーっ」
あははーっ、というまぶしい笑顔がこぼれている。
ああ倉田さん。何故にあなたはこうも笑顔が素敵なんだ。
その素敵な笑顔で何故に僕を惑わすんだ。いっきという道にいざなうんだ…。

結局倉田さんの家に、川澄さんと美坂栞さんがやってきました。
よくよく考えれば彼女らも物好きですねぇ。僕のいっきなど見て何が楽しいのやら…。
「久瀬さんっ。応援してます!」
声援を送る栞さん。
「………」
無言のまま、倉田さんが出してくれた料理をほお張っている川澄さん。
「久瀬さんーっ。一口ですよーっ」
涼しい笑顔で無茶なことを言っている倉田さん。
肝心の原始肉は倉田さんがたしかにあっさりと用意してくれました。
両手で持つ、というほどに大きなものです。当然一口でなど食べられるわけがありません。
体積を考えれば入らないのは明白なのですが…。
「久瀬さんーっ。いっきですよーっ」
「頑張ってくださいっ!」
「………」
二つの黄色い声援と、一つの無色な視線…。
どうしてこんな事になってしまったんでしょうかね。
ひたすら疑問を感じながら、僕は原始肉いっきに身を投じたのでした…。
「あ、ちょっと待ってください久瀬さん」
「はい?」
今まさにいっきを始めようとしたその時、倉田さんが待ったをかけました。
「どうせですから、もっと雰囲気作りに挑戦してみましょう」
「雰囲気作り?」
彼女のにこやかな笑顔に少し不安になりながらも聞き返します。
「はいっ。今久瀬さんが召し上がろうとなさってるのが原始肉。
ならばその格好も原始人らしくしてみてはどうかと思うんですが」
「なるほど!それはいい考えですね」
すかさず美坂さんが同調します。まさにツーとカー。息ぴったりに。
そして僕は…まるで反論する隙を与えられず…
(正確には、反論した後における川澄さんの行動が恐ろしかったということだったのですが)
気が付けばはじめ人間よろしの格好をさせられていました。
「ぴったりですね。あははーっ」
「よく似合ってますよ、久瀬さん」
「…これでいっきも完璧」
口々に勝手なことを言っています。
やはり…倉田さんに頼ってしまったのは失敗でした…。
と、僕はしみじみと感じていました。

<もはや引き返せない>


『高級ステーキ』

「高級…」
ふっ、これはオレに対する挑戦状だな。
相沢も今までこういうの食ってきて…
そのたびにオレもついでにご馳走になって…
しかし今回はそのオレに降りかかってきた。
ならばオレがおごる側にまわるかもしれない、なんてのは当たり前すぎる結果だ。
ここは一つ覆してやる!

『●高級ステーキ
最高級のロースを使用した
最高のステーキ』

「高級ステーキ?」
「そうだ相沢。お前のおごりだ」
教室で顔を合わせるなり、オレは相沢に本の内容と主旨を告げてやった。
「…北川。今俺のおごりだとか言わなかったか?」
「ああ。お約束だろ?」
「阿呆が。自分の必殺技を絶対的に昇華させることにより生き延びてきた俺が何故お前におごらねばならん」
相変わらずわけのわからんことを言い出す奴だな…。
「つれないことをいうな。オレとお前の仲じゃないか。大丈夫、きっとうまくいくさ」
「…誰か他の奴に頼めよ。俺は絶対に協力しないぞ。
今度同じ用件で話しかけてみろ。超必殺技アルティメット・イージス・ザウルス・アーティファクトをかましてやる。
略してアイザワだ」
「………」
ここまでおかしな事を平気で言ってくるとは…本気らしい。
しかしかその名前だと略称はアイザアじゃないのか?
なんにせよこりゃこれ以上頼み込んでも無駄だろうな…。
「っていうか相沢、お前なんか嫌なことでもあったのか?」
「ほっとけ」
ぷいっとそっぽを向くという、奴らしからぬ態度を取る。
こりゃ相当重症だな…。
「わかったよ相沢。別の奴に頼むことにする」
「ああそうしろ。俺が思うに佐祐理さんが妥当だと思うぞ」
「また際どい選択肢を挙げてくるな。以前頼んで懲りたからやめとく」
「そうか…。っていうか北川、自ら食おうとは思わないのか?」
「阿呆が。思うわけなかろう」
「…ま、そりゃそうだろうな」
二人してため息をつく。思ったより事態は深刻になってきたみたいだ。



放課後。頼れそうな人物を求めて、オレはある家の前に立った。
そこは水瀬家。ごく普通の家族がごく普通のジャムを食べて暮らしている場所だ。
いざゆかん!
「たのもー!」
ぱた
「あらあら、北川さんでしたね」
呼び鈴を押す暇もなく、家に向かって叫んだ時点で声をかけられた。
家主である秋子さんだ。瞬時に扉が開くとは流石だ…。
ここは隙を与えてはならない。と、謎の衝動にかられたオレは早速用件を切り出すことにした。
「実は…」
「残念ですが、今日はステーキじゃないんですよ」
「へ?」
「本当は私としては存分に振舞ってそのついでにおさ…いえ、なんでもありません。
ともかく、たまにはご自分で、ね?」
「は、はあ…」
ぱたん
扉は閉じられた。
既に相沢の手がまわっていたということか…。
「…っていうかオレ何やってんだ。
いくら本が絡んでるからって他人の家に高級ステーキをご馳走になろうなんて…」
ふと我に帰ればムシがよすぎることこの上ない。
大反省…。
「…素直に自分家で食おう」
無難な意見に辿りついた俺であった。

<でも高級…>


『仔羊のロースト』

コツコツコツ…
リノリウムの床に乾いた音が響く。
放課後、イラツキながらあたしは学校の廊下を歩いていた。
残る理由なんてなかったけどね。
「………」
ったく、まさかまた本があたしのところにやってくるなんてね。
絶対に出現頻度あたしが高くない?っていうか狙われてない?
そう思わずには居られない…。
「それは被害妄想だというものだと思いますよ」
「あら、あなたはたしか美汐ちゃんね。妹の栞がいつもお世話になってるわね」
「いえいえ、それはこちらの方です。楽しいイベントにお誘いいただいてますし」
お互いにもっともらしい挨拶を交わす。
天野美汐。相沢君からは、特に要注意人物だと言われてるけど、あたしにとってみれば大事な栞の級友。
そうむげに警戒なんてできない。これからもお世話になりそうな相手だし。
それにしても栞のイベントって…どうせいっきとかなんでしょうねえ…。
この子もとっくに毒されちゃってるんでしょうね…。
「はあ…」
思わずため息をこぼす。
「どうされましたか」
「別に…。ところで…あなたさっきあたしの心の中読まなかった?」
「それは気のせいというものでしょう」
伏せ目がちに言われてもあんまり納得できないけどねえ…。
「そんなことより重大なことがあるのではないのですか」
「ん?…ああそうそう、そうだったわね。この忌々しい本があたしのとこに来たんだったわ」
憎たらしくてたまらない本を乱暴に動かしながら、美汐ちゃんに表紙を向ける。
無表情のまま視線を向けてた彼女はやがてぽつりとあたしに言った。
「今日は何の料理ですか。出来る限りはお手伝いしますよ」
「え?いいの?」
「はい。たまにはそういう事もあってしかるべきでしょう」
そういうもんかしらねえ…。
ま、折角手伝うと言ってくれてるものを断る手は無いわね。
早速料理を見せてみることにした。

『●仔羊のロースト
柔らかな子羊を
ローストしたものです!』

「これは…」
「お店にでも行けば簡単なんでしょうけどね。でも生憎あたしはこういう料理出してる店知らなくて…」
あはは、と苦笑いする。と、美汐ちゃんは神妙な面持ちであたしの顔を見つめてきた。
「どうしたの?」
「大変なことになりそうです」
「大変なこと?本が来る以上の大変なことがあるっていうの?」
「ええ。今回の料理は仔羊のロースト。ということは…」
非常に重大な理由があるらしい、というのは美汐ちゃんの声を聞けばなんとなく分かる。
いつもとは違った深刻な口ぶり。言葉の続きを待とうとしたその時…
ザンッ
固い床に硬い金属がぶつかる、そんな音が背後から聞こえてきた。
振り向くと、そこに居たのは川澄先輩。なんだか目がすわっている。
「…仔羊さんは私が護る」
「………」
言葉が出なかった。
来たわね、相沢君が勝手に作った委員会。動物さん保護部会会長、だったかしら?
なるほど、大変なことってのはこれのことか。
「動物さん守護活動部部長ですよ」
「そんなツッコミはしなくていいのよ…。ともかく逃げるしかないわね」
事情を素早く察知し、あたしは脱兎のごとく駆け出した。美汐ちゃんは黙ってそれを見送っている。
…ま、正解でしょうね。今回彼女の協力は残念だけど諦めるしかないわ。
で、あたしの後を川澄先輩が追ってきた。彼女が手に持っているのは、鋭い光を放つ剣。
校内でもたしかそんな武器が問題になってたっけ。それ以前に銃刀法違反だとあたしは思うんだけど…。
「逃がさない」
背後からきりっとした声が飛んでくる。
こっちだって捕まるわけにはいかないわね。
捕まったが最後…相沢君はたしか物差しで完膚なきまでに叩きのめされたんだっけ。そんなのはごめんだわ。
結局校舎を飛び出して…商店街へ逃げ込んで…人ごみに紛れ込んで…
あたしと川澄先輩の追いかけっこは勝負ありを告げた。



「ただいま…」
ほとほと疲れ切って、あたしは家にたどり着いた。
料理のために少なくとも材料をと思ったんだけど…結局目的の品も入手できてない。
もう一度出かけなきゃいけないわねこりゃ…。
「お帰りなさい、お姉ちゃん。美汐さんから聞いたの。大変だったね」
出迎えてくれたのは栞だった。
エプロン着用。料理でもしてたのかしらね。
「まったく冗談じゃないわ。たかが料理一つで…。あ、栞。あたしまた出かけるからね」
「え?どうして?」
「仔羊のローストの材料が入手できてないのよ。どのみちそう簡単には見つからないだろうけど…」
かばんだのといった重い荷物を玄関脇に降ろす。
いっそのこと服も着替えてこようかしら。
「その仔羊のローストなんだけどね、さっき美汐さんが来たんだよ、材料持って」
「へええ…な、なんですって!?」
思わず栞の両肩をつかむ。無意識に力がこもった。
「い、痛いってばお姉ちゃん。えっとそれでね、
“栞さん、私と二人で苦労人の香里さんのために料理を作って差し上げませんか”
なんて言って。もちろん私はお姉ちゃんのためにっていう点で賛成だったんだけど…」
ここで事情はすべて飲み込めた。
簡単に言うと、結局は美汐ちゃんはあたしに協力をしてくれてるっていう事なのね。
ありがたいわ、本当に…。
「でもねえ…苦労人ってのは余計じゃないかしら…」
「そうだよねえ。本が来るたびに不機嫌になってるお姉ちゃんをなだめるの大変なのは妹の私なのにね」
「………」
ぴんっ
「いたっ!」
指で栞のおでこをはじいてやった。
「ううう、何するのお姉ちゃん…」
「栞、口は災いの門ってことわざ知ってる?」
「お姉ちゃんの悪口なんて言ってないもん…」
「悪口とかそういう問題じゃないの!…まぁいいわ。早く料理仕上げちゃってよ。あたしも手伝うから」
「よくないのは私の方なのに…」
「何か言った?」
「う、ううん…。えっと、じゃあ台所に居るから。着替えたら来てね」
「分かったわ」
さっきどさりと乱暴に床へ置いた荷物を持ち上げた。
心なしか軽く思えた。心が楽になったからかしらね。
わざわざうちへ来てくれた美汐ちゃんには本当に感謝だわ。

<仔羊がいっぴき…>


『五目粥』

「五目…ということは五人に頼ればいいのかな?
…なんて言ってたら祐一と同じだよ。真面目に考えないと」
くすりと笑い、いつものように本とにらめっこ。
時は世紀末の冬の日。大いなる恐怖の本が攻め寄せてきたその翌年。
「…そういや今年って何年何月何日だっけ…?」
少なくともこの料理を作ることにはまるで関係ないけどね。
「…うわ、なんかわたし変なことに悩んじゃってるよ。祐一の影響かな…」
…ううん、なんだか祐一の気持ちが分かる。
そうか、いっつも祐一はこんな意味不明な気分になりながら料理に悩んでたんだね。
香里がいつも言ってたけど“相変わらず変わってるわね、相沢君”ってのはこういう理由だったんだ。
…あんまり同情できないけど。
「さ、て、と」
いいかげん本を見終わったところでパタンとそれを閉じる。
寝っ転がっていたベッドからよいしょと身体を起こした。

『●五目粥
色々な食材が入った
お粥』

こんな説明を一生懸命読んでても仕方ないしね。手早く自分で作っちゃおうっと。
小脇に本を抱えて、意気揚々と一階へ降りてゆく。
「あら名雪、今起きたの?」
丁度お母さんは料理の真っ最中。笑顔のこんなセリフで出迎えてくれた。
「うー、寝てたんじゃないよー。それについさっき学校から帰ってきたばかりだよ〜」
「冗談よ、うふふ。それで何を作るのかしら?今日は唐揚げだから危なくて心配だけど」
台所にはたっぷり油の入ったナベが火にかけられている。うわ、たしかに危なそう…。
「大丈夫だよ、手を入れたりしないから」
「当たり前です」
少し笑って返したら、お母さんは逆に険しい顔つきを見せた。
今のは冗談でも言っちゃいけなかったかな…。
「…気をつけるから。ホント大丈夫だから」
「本当に気をつけてね」
念の入った言葉により、お母さんから了承を得る。
さーて、作るぞ〜。
「って、お粥なんだよね。こんな状況で作れるのかな…」
「あらあら、お粥なの?丁度良かったわ、お米を使うのよね?」
「それはそうだけど…」
「材料は何を使うの?ただのお粥じゃないんでしょう?」
「え、っと…」
言われるがままに、お母さんがどんどん先へ進んで料理の仕度も始めてしまった。
気が付いた時には、わたしが唐揚げの作成を、お母さんが五目粥の作成を…。
う〜、これじゃああべこべだよ〜。



「…で、出来上がったのがイチゴバニラ肉まん牛丼タイヤキ粥、というわけか」
「祐一と一緒にしないでよ。お母さんがちゃんと作ってくれたんだからね」
食事時には、すっかり出来上がった唐揚げと粥とが食卓に乗っていた。
「改めて見ると不思議な組み合わせだよね…。さすがにボクでもお粥と唐揚げは一緒に食べたこと無いよ」
「あらあらそうなの?どうしましょう、失敗しちゃったかしら?」
笑顔で失敗なんて言ってるお母さん。う〜、今更そういう事言われても…。
「秋子さんがそれを言っちゃあおしまいだと思うんだけど…。
でも名雪と秋子さんが作ったんだから真琴は楽しみ〜♪だって祐一じゃないもんね」
「おい…」
「まあまあまあまあ、とにかくわたしとお母さんが一生懸命作ったんだから、食べてね」
「もちろん食べますよね?食べ物を粗末にするとバチが当たりますからね」
にこりとお母さんが笑う。シメの笑顔ではあったのだけど、ちょっぴり恐かったかも。
そして、“いただきます”が告げられる。
水瀬家の食卓に、並ぶは五目粥と唐揚げと…。
「ところでお母さん、五目粥に何入れたの?」
「それは企業秘密よ」
うふふ、と笑う。
「えっ、と…じゃあこの唐揚げって何の唐揚げなのかな?」
「今日はのびちゃんとドラちゃんの大好物の蛙と蛇よ」
「「「「えっ!!?」」」」
のびちゃんとドラちゃんって誰だろう…
それよりも、蛙と蛇、って言ったの!?今!!
「冗談ですけどね」
「「「「ほっ…」」」」
「本当は…あらあらそういえば、あの鱗と骨を片付けておかないと」
いそいそとお母さんは立ち上がる。
「「「「本当は何ー!?」」」」
…うー、なんだか散々だったよ。
しかも料理ってその唐揚げとお粥だけだったし…。

<美味しいから良かったけどね>


『五目寿司』

目覚めると隣に本が寝ていた。
どうやら今日は私の番らしい。
中を見てみると…あ、五目寿司だって。
なるほどなるほどぉ。
ここは一つお姉ちゃんに協力してもらわないといけません。
早速朝食時に、事情を説明することにした。
私が内に考えていたことは告げずに。
「…というわけで、潤さんを晩ごはんに呼んでくれないかな?」
「いきなりねえ…。で、料理は五目寿司ね。北川君なら喜んで来ると思うけど」
「良かった。じゃあお願いね、お姉ちゃん」
「別にいいけど…なんで北川君なわけ?」
「それは晩ごはんまでのお楽しみだから」
「別に楽しみじゃないけど」
最後に乾いた声でお姉ちゃんは立ち上がった。
もう、少しは楽しみにしてくれたっていいじゃない…。
「栞?学校遅れるわよ」
「あ、待ってよお姉ちゃん」
手早く後片付けをして、私とお姉ちゃんは家を後にした。



そして放課後。お姉ちゃんに連れられて潤さんがやってきた。
「ようこそ、潤さん」
「いやあ、こんにちは。嬉しいよ、オレを夕飯に招待してくれるなんてさ」
「はい、今日は特別ですよ」
とっても笑顔です。嬉しい顔を見てると、こちらも嬉しくなってきますね。
お姉ちゃんはあんまり笑顔じゃないけど…。
「どうでもいいけど栞、潤さんとかじゃなくって北川さんって呼ばないの?」
「どうして…?」
「公認のドラマCDじゃあそう呼んでるじゃない」
公認…。公認なんて言われても困るんだけど…。
「そんなの関係ないもん…」
「そうだぜ美坂。栞ちゃんは栞ちゃんなりの事情があるんだ」
「私は名前でだいたい呼んでるから…」
「その通りだ。快く潤さんと呼ばせてあげようじゃないか」
一緒になって潤さんがフォロー。
と、お姉ちゃんは諦めたように息をつき、すたすたと家の中に入ってゆく。
「わかったわよ。無理に公認に従う必要なんて無いしね。
第一あんたの場合、公認が出るより先に潤さんと呼んでたし」
よくわかんない…。
とと、そんなことより五目寿司!
「お姉ちゃん、ちょっとくらいは手伝ってね。私がメインで作るけど」
「いいわよ別に。で、北川君には何をさせるの?寿司のネタ採りかしら?」
「潤さんはお客さんなんだからそんなことさせないの。
えっと潤さん、出来上がったら呼びますから」
慌てて潤さんに向かって告げると、いいやと首を横に振って返した。
「折角ご馳走になるんだしさ。出来る限り手伝うぜ」
にこりと笑って腕まくりをしてくれました。とっても頼もしいです。
うわあ、それじゃあ何をお願いしようかな?
「何からやろうか?稲刈り?それとも酢作り?」
「…やっぱり座って待っててください」
「じょ、冗談だって。団扇でパタパタくらいはできるし、かき混ぜるのとかだって」
気の利いた言葉が飛んできました。ここは是非頼りにするべきでしょう。
私もお姉ちゃんも女の子で非力だしね。
「それじゃあお願いします」
「ああ、任せとけ」
事が決まったところで、いよいよ台所へ移動です。
荷物を置いて、材料を用意して…。

…途中を端折って、完成です。
「端折りすぎでしょ栞…」
「いいの!えっと、潤さんお疲れ様でした。ぱたぱたありがとうございます」
「い、いや、なんの…。っていうか後半オレしか動いてなかったことない?」
潤さんは冗談が本当にお好きなんですね。
「もう北川君の見えないところでちゃんと動いてたわよ」
「そうですそう。食器を並べたり、お姉ちゃんの肩を揉まされたり…」
べしっ
「あぅっ」
お姉ちゃんにはたかれました。痛いです…。
「変な冗談言わないの栞。あたしが栞をこきつかったみたいじゃない」
「ま、まあいいよ二人とも。ともかく食べよう」
「そうですね。もう料理はできてますし」
食卓には既に立派な五目寿司が乗っかっています。
新鮮なお酢の香りが漂い、ほかほかの湯気が、そして色鮮やかな具が食欲をそそります。
三人椅子に座りました。食器を手に持ち、いよいよお食事タイムです。
「…とと、その前に。潤さん」
「ん?」
今まさに食べようとした潤さんの手を止めました。
「片目を瞑ってください」
「へ?片目を?」
疑問の声をあげながらも、潤さんは片目を瞑って…つまりはウインクをしてくれました。
とっても慣れた仕草です。しょっちゅうやっているのでしょうか…。
「それでは、この状態で食べましょう」
「え?な、なんで?」
「そうよ栞。いくら北川君でも片目じゃ食べにくいでしょ?」
二人揃って不思議そうに私を見つめます。
ここで、今回の真の目的を告げることにしました。
「今回の料理名って五目寿司ですよね。ですから…」
「なるほど、あたしと栞と、それと北川君の目の数を合わせて五目ってわけね」
さすがお姉ちゃん。私が言い切るより早く言い切ってしまいました。
「だからってオレが片目瞑ったままってのは…」
「大丈夫ですよ、潤さんなら。さ、いただきま〜す♪」
「「いただきます…」」
そのまま食事は始められました。
一口目。なんと美味しいおすしでしょう。我ながらほっぺが落ちそうです。
うんうん、これもお姉ちゃんと潤さんのおかげだよね。
にこにこしながら二人を見ると、まんざらでもなく二人とも美味しいと感想をもらしていました。
うんうん、よかったよかった。
…と、しばらく経ってからお姉ちゃんが箸をかたんと置きました。
「…ねぇ栞。お楽しみのところ悪いんだけど、その意味じゃないのまるわかりでしょ?」
ふぅ、と息をつきながらお姉ちゃんは本の説明書きを指でとんとんと指し示します。

『●五目寿司
5品の食材と
美味しいご飯のお寿司』

「もう、言われなくても分かってるよ」
「はぁ?分かっててこんなことやってるの?」
「うん。普通に食べたんじゃ面白くないじゃない」
私としてはもっとエンターテイメント性があってもいいなと思ったのです。
「まあいいじゃないか美坂。栞ちゃんは新たな楽しみを見つけたのかもしれないぞ」
「新たな?…ああそういうことね。まぁ、それならたしかにましかもね…」
「そういうこった。それにしても美味しいなあ、この寿司」
ウインクしたままの潤さんが、更に食べる速度を早めます。
美味しいという感想は私としても嬉しいのですが…新たな、っていうのはどういう意味でしょう?
しかもお姉ちゃんとあっという間に交わしたやりとりが…非常に気になる…。
それでも、今回は満足でした。お料理とイベントと、協力してくれたお姉ちゃんと潤さんに感謝です。

<今度は数…?>