『肉の細切りチャーハン』

「まともだ…」
最近ろくでもない料理が続いていたので、少し感動した。
同時に、“もっとこんな料理増やせよ”と、いちゃもんも付けたくなった。
「とにかく食べないとな…」
家で食べるのもいいだろうが、出かけたくなった。
というわけで…

「…何故私の所に来たのですか」
天野の家を訪ねてみた。
寒風が吹き荒れる俺を、玄関のドアの隙間からちらりと顔を覗かせている。
警戒心たっぷりだった。
「理由を知りたいのか?いいだろう、教えてやる」
「相沢さんはいつからそんなに偉くなったのですか」
語調が少しだけきつくなった。
そうだな、俺は偉そうだ。ここは控えめにいかなければ。
「天野様の家である料理を食べさせて戴きたく、参上しました」
「………」
しまった、これはまずかったか。
「相沢さん」
「なんだ」
「悪い物でも拾い食いしたのですか」
「そんなもんするか」
「駄目ですよ。せめて消費期限を見定めて食べないと」
「しとらんっちゅーに。
…えーとだな、とにかくこの料理を食べさせて欲しいんだが…」
言いながら俺は天野の目の前に本を広げて見せてやった。

『●肉の細切りチャーハン
細く切って炒めた肉をのっけた
チャーハン』

「………」
ばたん
扉が閉じられた。
「お、お〜い天野〜」
「自分で作ってください。私はお料理マシーンではありませんから」
「何もお前を機械だとか思ってないって。
俺は天野の手料理を是非食べてみたいと思ったから…」
がちゃり
扉が開いた。中から漏れてくる空気が暖かい。
ほんの少し頬を紅潮させた天野が顔を再び見せた。
「相沢さん、何故私の手料理を?」
再度質問を投げかけられた。
そしてそれは、最初に天野が尋ねた事でもあった。
しかし今回のは、手料理という言葉が重要な位置を占めている。
単語一つでこうも印象が変わってしまうから驚きだ。
だが、ここで答えを間違えてしまえば、今までの努力は水の泡となる。
見せ所だぞ、相沢祐一。
「天野の独自の風味が、俺は好きなんだ」
どうだ?
「…そうですね、私は老けてますから」
おい。
「そういう事を言ってるんじゃなくてだな、天野の味を食べたいんだ」
これならどうだ!
「…仕方ないですね。わざわざ寒空の中を歩いてこられたのですし」
おお!
「すぐ作りますのでそこで待っててください」
「へ?」
がちゃり
再度扉は閉じられた。
おい、ひょっとして家の中へは入れてもらえないってことかよ。
急に風が体にしみてきた。寒さにがたがたと震える。
がちゃり
数分と経たないうちに扉が開いた。
「やはり中へどうぞ」
「…すまないな」
さっきのはフェイントだろうか…。
いや、深く考えてはいけないな。折角招いてくれたんだ。
玄関へ一歩足を踏み入れる。
「ではここで座って待っててください。持ってきますから」
「おい…」
靴を脱ぐ事も許されず、俺は板間に腰を下ろした。
玄関マットの上。さっきの位置よりは断然良かったのだが…。
戸惑いながらも待つ事約30分(よく待ったな)が過ぎると、
天野がお盆にお皿を乗せてやってきた。
「さ、どうぞ」
床に置かれたそれはまさに肉細切れチャーハン。
上りたつ湯気が、香りが心をあっためてくれる。
「こんなとこで飯食っていいのか?」
「相沢さんですから構いません」
どういう意味だ…。特別扱いなのは間違い無いだろうが…。
疑問に思いつつ、いただきますを告げてスプーンを一口。
「おおっ、美味い!」
「それはようございました」
「やっぱり頼んでよかったよ」
「それはそれは…いえ、止めておきます」
「………」
やめるなよ…。
ふに落ちないままに食事をした俺であった。

<じゅじゅーん>


『肉まん』

『●肉まん
中華まんの中に
豚のひき肉とタマネギを入れて
蒸した食べ物』

「出たな…」
真琴の好物として名高いそれが、でかでかと書かれてあった。
早速やつを誘うことにしよう。
なあに、気分がいい今日はばしっと奢ってやるぞ。
朝一番に起き出して真琴の部屋へ。
「おーい真琴ぉ〜、起きてるか〜」
「あぅ…なによぅ、祐一…」
寝ぼけまなこで真琴が顔を見せた。
カエルがたくさんプリントされたパジャマ姿だ。
しかし寝起きはいいようだ。誰かさんと大違いだな…見習って欲しいよ…。
「真琴、肉まん食いたくないか?」
「えっ、肉まん!?」
途端に目付きが変わった。ぎんぎらぎんだ。さりげなくタカり視線を投げかけている。
ったく、相変わらずだな…。
「ああ。今日の料理は肉まんだからな。一緒に買いに行こう」
「…ねえ、祐一のおごり?」
言うと思った。
「心配するな。今日は俺がおごりだぞ」
「うわぁ、祐一からそんな事言うなんて珍しぃー!」
悪かったな、珍しくて。
だいたい、普段はお前らが勝手におごらせようとしてるじゃないか。
「ほら、早く着替えてこい」
「うん!…って、まだお店開いてないんじゃないの?」
それもそうだな…。
「しかも祐一って学校でしょ?」
「いいや、今日は休みだ。だから並んで朝一番の物を食おうと思ってな。
朝食は要らないと既に秋子さんに言ってある」
「うーん…」
やけに悩んでいる。何か心配事でもあるのだろうか。
「真琴、何が不満なんだ?」
「別に不満ってわけじゃないけど…やっぱり肉まんはお昼に食べたい…」
贅沢な要求をかましてきたな。
「お前、一日中肉まん食べたいってこの前言ってたじゃないか」
「あぅーっ、そんなこと言ってないわよぅ」
「いいや、言った。だから俺は誘ったんだ」
「あぅ…。分かった、着替えるから待ってて」
「よし、それでこそ真琴だ」
「どういう意味よぅ…」
じと目を向けながら、真琴は部屋に引っ込んだ。
しばし待つと、閉じられた扉が再び開く。
「さ、行くわよぅ!」
「…さっきとえらい違いの張り切りようだな」
「えねるぎーちゃーじをしてたのよぅ」
変な本に影響されたようだな…。
苦笑しながらも、真琴を連れてゆく。
そして俺達は商店街へと繰り出した。

道中も真琴はかなりはしゃいでいた。
すきっぷすきっぷらんらんらん、ってやつだ。
雪は降ってないが、後で俺がジャノメでお迎えに行ってやろう。
「どいてどいてどいてーっ!」
「「え?」」
商店街に到着しかかった頃、背後から声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるそれは、ぱたぱたと何かが揺れる音が混じっている。
真琴と並んで歩いていた俺は、咄嗟に避ける方法を判断した。
「真琴、左に避けろ。俺は右に避ける」
「了解っ」
後ろを見ずにお互いに頷き合う。
なおも迫り来る声の大きさを見計らって…
ささっ
二人同時に避けた。
「うわあっ!」
ずしゃああああ…
丁度出来た空間に、何者かがヘッドスライディングをかました。
シーズンオフだってのに練習熱心な奴だな。
「あぅ、勝手に転んだ…」
「こいつは転ぶのが趣味なんだろう。気にするな、行くぞ」
左右に分かれた俺達は再び並んで歩き出す。
後ろでは、あいつはまだ地面に突っ伏したままだろう。
と思っていたら…
がばあっ!
起き上がる音が盛大にした。
「うぐぅっ、見捨てて行くなんて酷いよぅ!」
非難の声を浴びせてくる。
仕方なく俺は、真琴と一緒に後ろを振り返った。
「関係のないやつを巻き込むな」
「そうよそうよ」
「うぐぅ…」
「じゃあな。俺達は肉まんの為に急いでるんだ」
「敗者はそこではいつくばってなさい」
「うぐぅ、ボク何に負けたの…」
戸惑い気味にやつは訴えた。
しかし無視だ。俺達には目的があるのだから。
「祐一っ、肉まんたーっぷり買ってね」
「あんまり食い過ぎるなよ」
「夕飯も要らないくらいに食べてやるんだから」
「それは絶対食い過ぎだろ…」
楽しく談笑しながらその場を去る。
だが、背後から聞こえてくる悲痛な“うぐぅ〜”はいつまでも響いていた。
それでも肉まんは買って美味しくいただいた。
そして、後ろのうぐぅ〜にも分けてやった。
「ところでなんであんたは走ってたのよ」
「それはボクの口からは言えないよ」
「あぅ…もしかして重要機密事項なの?」
「うん、そうとも言うね」
どうせ食い逃げだろうが…。

<中途ぱくぱく>


『にんじんのアイス』

アイスだと?アイスならば頼るべき人物が居るではないか!
「…私ですか?」
「そうだ、栞。お前だ!」
ここは一年の教室。栞のクラスだ。
迷うことなく、俺はここにやってきたのだ。
「アイスフリークの栞なら、こんな品余裕で出せるよな」
「それはさすがに…なかなか自分で作るものでもないですし…」
なんと、珍しく栞が弱気になっている。
アイスの神様の名が泣くぞ…。
「そんな事考える人嫌いです」
心を読むな。
「…無理なのか?」
「無理とは言いませんが…そうですね、挑戦してみます」
「頼んだ」
「えっと、それで、どんなアイスなんですか?」
そういやアイスとしか栞には告げてなかったっけ。
というわけで、0.5秒の早技で本を広げてやる。
「祐一さん、一秒以上かかってますよ」
いちいちつっこむなって…。

『●にんじんのアイス
にんじんの果汁を加えて作った
アイスクリーム』

「…初耳です」
「そうだろ。俺も初耳だ」
「果汁という事は、にんじんは果物だったんでしょうか?」
「………」
そうきたか。さすが栞だ、目の付け所が違う。
「それではどうしましょう?」
「ともかく作ってくれないか?」
「そうですね。一緒に作りましょう」
「そうなるよな…」
栞にすべて任せてご馳走してもらうってのはやはりムシが良すぎるか。
「では放課後、校門でお待ちしてます」
「ああ」
約束を取り付けて、俺はその教室を去った。

そして放課後。
微妙に受かれ気味の栞と共に食材を調達。
更にアイス製造機を購入…
「いえ、それは要りませんよ」
「家にあるんだな?」
「はい。たまにしか動かしてませんが…」
やるな栞。アイスにかけては容赦無いな。
栞の家にお邪魔する。と、俺はただ待たされただけだった。
いや、人参の皮剥きを行なっただけだった。
「こんなんで手伝いになるのか?」
「もちろんです」
まあいい。ここはエキスパートの栞に任せるとしよう…。
…結局。俺はほとんどすることもなく、完成品を目の前にした。
「できました。多分これがにんじんのアイスです」
「…多分?」
「味付けは、にんじんの果汁を加えただけなので…」
「まあ大丈夫だろ」
たかがアイス。されどアイス。
オレンジ色をしたそれを、俺は一口食べてみた。
「…へえ、にんじんだな…」
「祐一さん、もう少し気の利いたコメントをしてください」
「そう言われてもな…」
ともあれ、食せたのは栞のおかげだ。ありがとう。

<ぼくニンジン赤いニンジン>


『糠漬け』

「相沢君を漬けましょう」
誰かさんと同じ台詞を香里が吐きやがった。
なんてやつだ。お前の思考はどうなってるんだ。
「おい香里、俺を漬けてどうしようってんだ」
「一度漬け物になってみれば漬け物の気持ちが分かるわよ」
そんなもん分かってどうしようってんだ。
「俺は嫌だ」
「あ、そ。じゃあしょうがないわねえ…」
残念そうに息をつきながらも、香里はにやりと笑った。
この上ないほどの怪しい笑いだ。これは密かに脅しをかけていると言っても過言でもないだろう。
たまらず俺は観念の意志を見せる。
「…香里、俺にどうしてほしい?」
「あら。糠漬けになってくれるの?」
「いや、それはさすがに…」
「何マジになってんのよ。冗談に決まってるでしょ」
顔が冗談だと言ってない気がするが…。
「心配しなくても、学食にあるわよ、同じメニューが」
「なにっ!?なら早速!」
だが、これ幸いと駆け出そうとした俺の袖を香里はぐいっと掴んだ。
「…いいえ、ちょっと待って。念のため本を見せて頂戴」
「あ、ああ…」

『●糠漬け
野菜を糠の中に漬け込み
味をしみ込ませた食べ物』

「学食のは…味、しみてるかしら?」
「おい…」
いくらなんでもそりゃ糠漬けとして失格だろ。
「こうなったらやっぱり相沢君が漬けられるしかないわね」
「どういうわけなんだよ…」
「運命よ」
「そんな運命は嫌だ…」
「変えられないから運命っていうのよ」
「いいや、変えるのが運命だ!」
「何言ってるの。運命っていうのは決まってるものよ」
「しかしだなあ…」
「こうなる運命、なんていうのは勝手に思ってるだけに過ぎないのよ」
「………」
言われてみればなるほど的な発言を香里はまざまざとぶつけてきた。
「…どうやら俺の負けのようだ」
「何言ってるの。あたし今すごく矛盾したこと言ったわよ?」
「へ?」
「まあでも相沢君がその気になってるのにくじいちゃいけないわね。
いいわ、あたしがばっちり漬け物の用意をしてあげる」
「………」
よくわからないが、すべての物事が決まった様な気がした。
それと同時に、この事実を甘んじて受け入れてはいけない気がした。
「わ、悪い香里、俺はやっぱり学食に行く!」
ダッ!
結局俺は駆け出した。今度は香里も引き留めようとしなかった。
そして無事に俺は糠漬けを食した。しかし気になるのは…
「ふふっ、そうこなくっちゃ。後が楽しみだわ…」
という、去り際に聞いた香里の呟き…。

<俺には何にも聞こえない>


『ネクタル』

初耳の料理名だった。
最初はジュースか何かの種類かと思ったのだが…どうやら違うらしい。
何故なら説明書きに…

『●ネクタル
かつて、北欧の神々が
飲んでいたといわれる伝説のお酒
美味しいかどうかは知らない』

と、こう書かれてあったからだ。
「…酒?これ酒なのか?」
やれやれ、いつまで酒は続くんだか。
つい最近も飲んだ記憶があるんだが…まあ仕方ないか。
もはや俺は抵抗を諦めているのだ。
「って待て、伝説のお酒?」
いつもの様に秋子さんに相談しようと思い立ったのだが、はたと気づいた。
北欧の神々…ひょっとしたらこれは神話にのみ登場するお酒なのかもしれない。
しかも書いたやつは味がどうこうを知らないと記してやがるし。
(だからそんな無責任な料理を記すなよ)
「そんなもんどうやって飲めってんだよ…」
あっという間に途方にくれてしまう。
けれど、何はともあれ相談だ。
意を決して、俺は自室を出た。

「…なるほど、ネクタルですか」
秋子さんは案の定困った顔をしていた。
無理も無い。これは空想上での食料かもしれないのだから。
いや、そうなのだろう。実在していないのだろう。
と思っていたら…。
「懐かしいお酒ですね…」
「は?」
途端に秋子さんの表情が変わった。
遠くを懐かしむその目は、
水瀬家を、この街を飛び越えて遥か彼方を見ているようだった。
「けれども今更作れるかしら…困ったわ…」
そしてまた困った顔に戻った。
「でも…また昔の味を取り戻したいものね…」
そしてまた懐かしむ顔に変わった。
なんということだろう、秋子さんはこの酒を知っているのだ。
しかも遠い昔に作って飲んだ経験をもっているようだ。
…神々と飲み交わした、ってことか?
「祐一さん」
「は、はいっ!」
「少々時間をいただけますか?材料を仕入れてきます」
告げるその目には、決意の炎がメラメラと燃えていた。
下手に触れば火傷しそうだ。いや、逆らってはいけない。
抵抗したが最後………ぞわああっ!想像するのも恐ろしい!
「お、お願いしていいんですか?」
恐る恐る尋ねる。すると秋子さんは頬に手をあててにっこりと笑った。
「了承」
「じゃ、じゃあお願いします」
「任せてください。…ああ、何世紀ぶりかしら…それじゃあ行ってきますね」
「行ってらっしゃい…」
俄然やる気を振り撒いている秋子さんは、そのまま出かけていった。
あんな秋子さんは初めてだ…。
「…ちょっと待て、何世紀ぶり…って?」
何気なく出された言葉を頭の中で思い出してみる。
…が、俺はすぐにそれをやめた。考えるだけ無駄の様な気がしたから…。

数刻後。謎の材料を大量に抱えた秋子さんが戻ってきた。
そして、夕飯そっちのけでネクタルを調理する…。
完成後に出されたそれは、ごく少量であった。
っていうか、今作れるものなの?
「久しぶりなもので…それだけしかできませんでした」
「い、いえいえ、出来上がっただけで十分ですよ。ではいただきます」
それが入った小さなグラスに口につける。
すると…

<ソーマ…?>


『白桃のアイス』

アイスか…。
「アイスといえば栞、栞と言えばアイスだな」
ついつい口からこんな言葉が出てきてしまう。
いやそれも仕方の無い事だ。何故なら、栞は栞だからだ。
だから俺は今、栞と一緒に歩いている。
彼女お勧めの店へ案内してもらう為だ。
「祐一さん、わけがわからないです…」
「心配するな、栞はアイスだってことだ」
「どういうことですか?」
「そのまんまだ」
「そういう事言う人嫌いです…」
ぷくっと膨れて栞はそっぽを向く。
「拗ねるな。それだけ俺は栞を信頼しているんだから」
「だから意味が分からないんですが…」
「気合だ、根性だ」
「………」
呆れた表情の栞。
それでも、嫌になって帰るでもなく俺と共に歩く。
さすがだ栞、あっぱれ栞、お兄ちゃんは完敗だ。
「着きましたよ」
「ん?おお、これがかの有名な栞アイス!」
「そんな事言う人嫌いです…」
「いや、冗談だから。…へえ、色々あるんだなあ」
今までもアイス屋の類はそれなりに見かけてきたが、
ここほど品揃えが豪華なのは他に無い。
チョコにミントに果物に…それらのみならず野菜までも…。
「って、この前のにんじんアイス、ここで食えば良かったんじゃ?」
「あれはあれで自分で作ってみようと思ってましたし」
「そっか、そうだっけな…」
ちなみに今回は何のアイスかと言うと…

『●白桃のアイス
白桃の果汁を冷やして作った
アイス』

…なのである。
「あっ!」
「ど、どうした栞?」
「白桃は売り切れです!黄桃では駄目ですか?」
「…多分駄目だな」
「そうですか…」
そうか、白桃は売り切れか…
「って売り切れだとー!?どうすりゃいいんだ!!」
「自分で作るしかないです」
「けど今の季節白桃なんて…」
「缶詰で妥協しましょう」
「そうだな…」
なんとも偽くさい物になってしまいそうだった。
それはそれでやはりアイスである。白桃のアイスである。
結局栞の家でアイスを作成して食す。
しかし…。
「思えば、こんな時期によくアイスなんて堂々と売られてるよな…」
「美味しいものは年中売れるものなんですよ」
「そうなのか…」
「そうです」
きっぱりと言い切る栞。
言葉の合間合間に、幸せそうにアイスを食すのも忘れない。
俺は俺で、やはり抵抗を感じながらアイスを食べていた。

<果汁…??>


『バナナのクレープ』

クレープといえばあゆだな。
「というわけで食わせてくれ」
「うぐぅ、それってどういうわけなの…」
ここは商店街。あゆが食べ物をよくおごってくれる場所だ。
「うぐぅ!勝手に決めつけないでよ!」
「以前もクレープおごってくれただろう?」
「ボクはそんなことしてないよ!」
「“祐一くんこれ全部食べていいよ”と言ったじゃないか」
「言ってないよ!勝手に祐一くんが全部食べちゃっただけじゃない!」
しらばっくれる気だ。だがそんな手は俺には通用しないぞ。
「とにかくこれを見ろ!」
ばっ!と本を広げて見せてやる。

『●バナナのクレープ
生クリームとスライスしたバナナを
包んだクレープ』

「こんなもの見せられたっておごらないからね」
「バナナの皮ですべりまくってる奴に言われたくないな」
「滑りまくってなんかいないよ!」
「お約束に“うっひゃ〜!”とよくやってるじゃないか」
「やってないよ!」
「さすが指切りをするだけのことはある」
「関係ないよ!」
さてと、からかうのはここまでにして、と。
「あゆ、早くクレープを食わせてくれ」
「だからボクはおごらないって!」
「食わせてもらえないと、俺は引き下がれないな」
「うぐぅ、わかったよ…」
遂にあゆは観念した。
しぶしぶながらも、この前行ったクレープ屋に案内する。
そしてあゆはクレープを一つ購入した。
片手に持ったそれを、半分涙目で見つめている。
「すまないな。いただくぞ」
「うぐぅ…祐一くんのばかぁー!」
ぶんっ!
「げっ!?」
べちゃっ!
「ぶっ!!」
いきなりあゆはクレープを投げた。
それは俺の顔面にHIT。一瞬で俺の顔はべたべたになってしまった。
タタタタ…
「…やられた。っていうか、後でおごり返して驚かせる予定だったのに…」
暗くなった面前が晴れた時には、あゆは既にその場に居なかった。
クレープを投げた後に素早く走り去ってしまったのだろう。
「後で謝りにいかないとな…」
さすがに今回は強引度が過ぎてしまったらしい。
べたべたな顔と手と舐めながら、俺はゆっくりと歩き出した。

<つるっ>


『バニラアイス』

とうとうきたか、この料理が。
もはやこれは栞以外の何者でもない。
バニラアイスと言えば栞、栞と言えばバニラアイス。
片方が失われれば、片方は存在なしえない。
アイスなしでは栞は居られず、栞なしではアイスは居られない。
それほど、切っても切れぬ関係なのだ、この品物は。
…って、さすがにそれは大げさか?
「というわけで栞、バニラアイスを食おう」
昼休み。俺は栞を中庭へ連れ出した。
まだまだ寒さが、雪の白さが残る、この中庭に。
俺と栞が、初めて共に食事をしたこの中庭に。
もちろんアイスは俺が持参した。
「えっと、いいんですか?祐一さん」
「いいに決まってるだろ。ほら、たーんと食え」
どさどさどさっ
この日のために購買部で買い込んでおいた。

『●バニラアイス
生クリームに卵と砂糖を加え
かき混ぜながら
冷やして作ったデザート』

などと説明書きにはあるが、買うのが手っ取り早い。
「ありがとうございます祐一さん」
「なあに、お安い御用だ」
「さあ早く食べましょう」
ぱあっと顔を輝かせた栞は、素早く一つのバニラアイスを手に取った。
そして俺も手に取った。二人で乾杯だ。
栞、君の頬はこのバニラアイスみたいに白いよ。
「…うーむ、決め台詞にはいまいちか?」
「何がですか?」
「いや、栞の肌はバニラアイスみたいだなって」
「…私の肌って甘いですか?」
「いや、味の事を言ってるんじゃなくてだな…」
「冗談です。色のことを言いたかったんですよね」
「そ、そうだ、そう」
変な方向へそれ過ぎなくてほっとした。
たまには和やかに行きたい、うん。
しかし…相変わらず寒いのには違いなかったが。

<でもしあわせ>


『春巻き』

なんか前にも出てきたはずの代物だが…気にしないことにするか。
しかしこの料理名はなかなかに思い出深い。何故なら…。
「春巻きがきてずっと春巻きだったらいいのに…。
そう、真琴はそんなことを言っていたからだ」
「ちょっとぉ!あたしはそんなこと言ってないわよぅ!!」
事実を否定しやがった。なんてふてぶてしい野郎だ。
ちなみに今は商店街だ。食物を探しに出かけたら真琴は勝手について来た。
肉まんはおごらないと言っているのに…。
「あんまり聞き分けがないと巻いて食ってやるぞ?」
「あぅ…祐一、真琴を食べるの?」
「………」
自分で言ったことだが、想像すると怖いものがあった。
第一、今日の料理は真琴じゃない。
真琴じゃないのに真琴を食ってる暇なんてあるだろうか?いや、断じてない!
「俺はそこまで暇人じゃなかった」
「何をぶつぶつ言ってるのよぅ」
「なんでもない。ともかくここは…」
「うちに来ますか?」
「「うわああっ!」」
真琴と一緒に叫び声をあげる。
唐突に第三者が入ってきたからだ。それは…
「栞?」
「はい。栞です」
「ああっ、美汐とつながりのある人!」
「そんなよそよそしい表現はやめてください真琴さん…」
「あぅ…ごめんね栞」
ちょっぴり膨れた栞に真琴は謝罪する。
何気に素直にほほえましい光景であるな。
「ところで、栞のうちに来ないかってのは?」
「はい。以前南瓜の春巻きで私に頼ろうとしたってお姉ちゃんから聞きましたから」
そんなことをした覚えはないんだが…。
「思い出したっ!たしか祐一が美汐の家へ強盗に行った日!」
「俺はそんなことやってねえ!」
「祐一さん…いくら食べ物に困ってるからって強盗はよくないです」
「だからやってねえ!」
「祐一っておなかすくと見境いなくなるから」
「こら真琴!」
「見境い?だったら丁度いいですね。私の苗字は美坂ですから。あと、“い”ですよ」
「おい…」
微妙な連携ぷれいはほうっておくとして…

『●春巻き
豚肉やキャベツ
春雨やタケノコなどといった具を
薄い皮で包んで油で揚げた食べ物』

頼っていいというのなら頼ることにしよう。
栞ならきっちりと作ってご馳走してくれるに違いない。
「とにかくよろしく頼むぞ栞」
「あっ、真琴も食べたい〜」
「いいですよ。喜んでご馳走します。
説明書きのもののみならず、色んなものを加えますね」
「色んなもの?何を加えるつもりだ?」
「それは企業秘密です」
「もーう。いいから早く食べに行こう〜」
「そうですね。では出発です」
ひそやかな謎を残しつつ、俺達は栞の家へ案内されることになった。
これでよかったのだろうか?いや、いいのだろう。よいことにしよう。
細かいことは気にしてはならない…。

<別に普通でしたが>


『ハンバーグ』

『●ハンバーグ
ひき肉を刻んだタマネギと混ぜ
形を整えてからこんがりと焼いた
食べ物』

「食べ物に決まってるだろ」
つーか、ここで食べ物じゃないなんて書かれてたら、本気で投げ捨ててやるところだ。
そんなわけで、いつものように本にツッコミを入れてやる。
ただ、両手がふさがっているので裏拳は無しだ。ふっ、参ったか。
「いつもながらに無意味な気合がお好きのようですね」
天野美汐が唐突に現れた。
「っていうか、何してるんだ天野」
「これから別室で授業なんです。相沢さんは授業はないのですか?」
そうだった。忘れていたが、今はただの休憩時間だった。
時が来れば俺は自分の教室に戻らねばならない。
「もちろん授業はあるぞ」
「遅刻しても知りませんよ」
「心配ない。気合があれば瞬間移動できる」
「さすがに相沢さんでもそれは無理だと思いますが…」
俺でなくても無理だと思うぞ。
「そうそう、ところで天野…」
「学食に行けば望みのものは手に入ると思いますよ」
既によまれていたか…。
だが、この料理は以前学食でも食った。だからあえてそんな行動はとりたくない。
「あつかましいと思うが、天野が作ってくれないか?」
「本当にあつかましいですね」
俺もそう思う。
「でも北川よりはましだぞ」
「そうなんですか…」
「おい!人の居ないところでなに勝手に言ってるんだ!」
会話をさえぎられた。相沢&天野の悪口会議が…。
「勝手に変な名前をつけないでください」
「そうだな。悪口じゃなくて噂話にしよう」
「おい、人の話聞いてるか?特に相沢!」
ずかずかと北川がそばに寄ってきた。
トイレにでも行った帰りなのだろう。ハンカチを乱暴につっこんだ跡がズボンに残っている。
それで、偶然にも俺達を見つけた、といったところだろうか。
「お前な、根も葉もない噂を下級生に言いふらすなよな」
「事実だろうが。タカり隊三号」
「三号?」
「一号が名雪で二号が香里だ」
「………」
ばっちり事実を告げてやると黙り込んだ。ふん、まいったか。
「すみません北川さん」
「な、なんだ?…えっと、天野美汐ちゃんだっけか」
「はい。私も入隊を希望します」
「へ?」
天野が北川に加勢した。こういうところは抜け目ないっていうかなんていうか…
「ってこら天野!」
「毎日相沢さんからおごってもらえるなんて、そんな嬉しいことはないでしょう」
「俺はおごらん!」
「あ、私そろそろ行かないと。では失礼します」
「天野!人の話を聞け!!」
何度も叫んでやったのだが、結局天野は話を聞かずにトタタタタと去っていってしまった。
唖然としたまま、俺達はその場に取り残される。
まずい、このままではいずれ三年生もタカり隊に加わるのではないのだろうか?
「…なあ相沢」
「なんだよ」
「とにかく教室に戻ろうぜ、な?」
「ああ…」
「でもって昼は学食で祝杯だ。記念すべき新メンバーの歓迎も兼ねて!」
「おいこら!」
「もちろん相沢のおごりだからな。ばっちりタカられろよ」
「ふざけんな!」
さんざっぱらなやりとりを続ける。
結局のところ、問題の料理は学食で食うに至ったのだが…
余計な悩みの種を増やしてしまった俺であった。

<どうしてこんなことに…>


『ビーフコロッケ』

「たまには自分で作ってやろう!」
わざわざ口に出して宣言してやった。
ちなみにまだ料理名は見ていない。それでもおれは宣言したのだ。
そう、これは決心を揺るがせないための気合いれということだ。
近頃人に頼りまくっている事実は否めない。
だからこそ…!
と、肝に命じたところで本を開けてやる。

『●ビーフコロッケ
牛肉を具にして揚げたコロッケ』

「…やっぱ誰かに作ってもらおうかな。
…っていかんいかん!決心したそばからそんな弱気でどうする俺!」
即座に甘えを打ち消し、俺は台所へとすっとんでいった。
そこには丁度秋子さんがいた。そして名雪もいた。
どうやら、晩御飯の準備をしているところのようだ。
「どうしたの祐一、そんな必死な顔をして」
「何か大変なことでもあったんですか?」
突然の出現者に母娘はびっくり顔だ。
言うなら今だ!隙をついて調理場を占領だ!
「悪いが、おとなしくそこを明け渡してもらおう」
「「………?」」
二人は無言だった。
いかん、走りすぎたようだ。
「祐一、強盗ごっこ?」
ごっこ…。
「違う、俺はまじめだ」
「まじめだったら言う事は聞けませんよ。見ての通り、今晩御飯の支度をしているんですから」
秋子さんが包丁を構えた。
ぎらりと光る刃物の先端がこちらを狙っている。対してこっちの構えは何も無い。
やばい、圧倒的にこっちが不利だ。でもって秋子さんも本気だ…って、遊んでる場合じゃない。
「すいません、ビーフコロッケを作ろうかと思って」
「ああ、例の本だね。ビーフコロッケだったら今作ってるよ」
「なに!?」
のんびりと名雪が指差した鍋には、心地よい音を立てながらコロッケが仕上がっていた。
いい色を見せている。美味そうだ。匂いも…。
「やられた」
「やられちゃいましたね、祐一さん」
「というわけでおとなしく待っててね、祐一」
「はい…」
すごすごと俺は退散した。
出来上がったそれらはもちろん美味しく戴いたのだが…。
なんともやりきれない食事であった。

<うらめ>


『ビール』

「…出た」
「あははーっ、出ましたーっ」
今日の夕食。なぜかは知らないが舞と佐祐理さんがうちにやってきた。
きっと秋子さんが招いたのだろう。
そして、何が出たかってのは…今回の料理名を見て俺も思ったことであった。
酒の中でも幅広く親しまれている飲み物…

『●ビール
麦芽100%
純然たるコクと喉ごし
ああ、もう夏だ』

そう、ビールだ。
ちなみに季節は、この話では一切関係ないので、
もう夏だなんていう説明書きは俺にとっては非常に腹立たしいことでしかない。
にもかかわらず、俺の目の前には泡と共に存在している液体がコップに注がれている。
言うまでもなく秋子さんの手によるものだ。
さすがにこれを堂々と飲むのは…。
「祐一の…」
「祐一さんの…」
「「ちょっといいとこ見てみたい」」
舞と佐祐理さんがはやしたてる。そして手拍子を打ち出した。
「大きく三つ」
パンパンパン
「小さく三つ」
ぱんぱんぱん
「「そぉ〜れそれそれ」」
もう止まらない。
そう感じた俺はなすがままにコップを手に取った。
「「いっきいっきいっきいっき」」
ぐいぐいぐいぐい
………
「ぷはーっ」
飲み干した。約200ccを俺は飲みきった。
風呂上りの定番だ。
「「お・み・ご・と」」
ちゃちゃ
「「うー」」
ちゃちゃ
「「うー」」
ちゃちゃ
「「うーうー」」
「………」
はもっているその姿は、一体どこで覚えてきたんだと非常につっこみたくなる。
体を左右に揺らして手拍子打って…。
「いい飲みっぷりですね、さすが祐一さん。
まだまだお代わりはありますよ」
微笑む秋子さんは遠慮なくビールをすすめてくる。
とくとくとくとく…
コップに注がれたそれが、しゅわーっという泡を立てる…。
「ってちょっと待ってください!今飲んだばっかりですよ!?」
慌てて反論。すると…
「相沢」
ちゃちゃ
「祐一」
ちゃちゃ
「「こここめて」」
佐祐理さんと舞が合いの手をいれてきた。
両の手を胸にあてて左右に体を振る。
「「飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで」」
ぱんぱんぱんと手拍子を打つ。
笑顔だ。とてつもなく笑顔だ。思わずこちらもにやけてしまう。
「「飲んで?」」
びしっ、と二人からひとさし指を向けられた。
訴えるような視線。悩ましい視線。期待いっぱいの視線…それらを投げかけてくる。
仕方ない…やるしかない…。
再度覚悟を決めて、俺はコップを手に取った。そして…
ごくごくごくごく…
「ふぅーっ…」
飲んでやった。飲みきってやった。やったぞ俺。
…いいのか…俺はこれでいいのか!?

<よくありません>


『美丈夫“うすにごり”』

こいつは見覚えがある。たしか以前は天野に頼った酒だ。
そう、あの時は…いや、思い出したくない。
そんな事より不安なのが、秋子さんの出方だ。
張り切りすぎてどうすることやら…。
「でも頼むしかないんだよな…」
俺だけの力ではどうしようもないということは分かりきったことだ。
いや、どうしようもあるとそれはそれで問題なんだが…。
微妙に考え込みつつ、秋子さんの元へ赴く。

「え?美丈夫ですか?」
「はい。えっと、お願いしていい…」
「了承」
出た。今回は心なしか一秒より早かったぞ。
「了承も了承」
「はい?」
「了承の中の了承ですよ」
どういうこっちゃ…。
「前回は不覚にも私は力になれませんでしたからね。張り切っちゃいますよ」
「いや、そんなに張り切らなくても…」
予想外のほどに秋子さんの目が輝き出した。
なんということだろう。これは普段よりやばいかもしれない。
不安を抱えつつ、俺は本の説明書きを思い出してみる。

『●美丈夫“うすにごり”
柔和な発砲酒
美味い寿司と一緒に飲みたくなる酒
幸せをくれます』

「幸せギブミー!」
「大丈夫ですよ。私がたっぷり幸せを授けてあげます」
思わず叫んでしまった事に秋子さんはばっちり反応してくれた。
それだけノっているということか…。
「なんといっても私は太陽のエレメントですから」
「はい?」
「冗談ですけどね」
「………」
やばい。非常にやばい。いつもとノリが断然違う!
…頼る人物を間違えたか?
「祐一さん」
「は、はいっ!」
「ひょっとして、私以外の方に相談したらよかったとか考えて…」
「い、いえ、そんな滅相もない!」
「それもそうですね」
言い切ったよこの人…。
しかしここでつっこんではならないのだ。
つっこんだが最後、俺はこの世界から除外されて、
それが分かるように別の場所に表向きに置かれる事だろう…ってどういうことだ。
「では早速用意しますね。一緒にお寿司も作らないと」
腕をまくって調理にとりかかる秋子さん。
すぱぱぱぱんと材料を、ブツを用意し始める。
もはやこの勢いは誰にもとめられないだろう。
いや、とめても無駄だ。すぐに再開するだろう。それはまるで時間の流れのよう…。

そして俺は、ありがたくも悲しくも美丈夫をいただいた。
味は申し分なかった。さすがだ、満足だ。
満足していてはいけないのだが…。

<授けて!>