『第三章 〜 眠る記憶―そして目覚める過去 〜』





――全ては、あの時、あの日から始まった。そう、全てが始まった、あの日に。







狂気の光が、コウレイが先ほどまで立っていた所を通り抜ける。

同時に、触れた大地が沸騰する。

「くっ!!」

飛び退き、距離を取ったままコウレイは巨剣……戦天剣を振り被った。

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

全身全霊をかけた衝撃波が、奴のいる場所に向かい、大地を引き裂きながら突き進む。

それを見て、奴は心の底から楽しそうに笑った。

そして、奴のいる場所に衝撃波が到達すると同時に、辺り一体を吹き飛ばす程の爆発が起きた。







――ドンッ



そんな音をたてて、ゆっくりと石壁が、音を立てて倒れた。

淀んだ空気が、切り裂かれた壁の向こうから流れてくる。

その開いた壁のそばには、5人の男女が立っていた。

「こんな隠し扉なんて本格的だねぇ……よかったぁ、当たりみたいだ。」

珍しい白い髪を腰まで伸ばした幼い少女が、喜びの声を上げる。

「ふむ。確かに、なぁ……しか、し。貴様の剣の腕は素晴らしい……見れば見るほど、殺して……見たくなる。……クックックックック……」

乱れた長い黒髪を持つ、全身黒尽くめの蛇のような男が、嫌な笑い声を上げる。

「あのね……君達。それより僕としては早く遺跡探索をしたいのだけれど……」

鋭い目つきと灰色の髪と瞳が特徴の、道士風の少年が不満の声を上げる。

「それに、彼女を殺させる気はないぞ、俺は!!」

そして、何処にでもいそうで、何処にでもいなさそうな黒髪黒目をした少年が、竹に書き記された地図を見ながら、釘を刺した。

そのやり取りを見ながら、金色の髪を肩まで伸ばした、大人びた少女は苦笑する。その瞳の色は、深い緑色だった。

「まぁ、私としても殺される気は無い。それから、そろそろ先に進んだ方が良さそうだ。」

遠くから聞こえてくる獣の咆哮に、石壁を切断した剣を構えなおしながら、彼女――コウレイは、そう呟いた。





この時の私は、主とその仲間達と共に、過去の人々が残した遺産を探していた。

主の話だと、私もその遺産探索で発見されたらしい。

私は目覚めた後、主の遺産探しに付き合う事となった。

彼には私の他に三人の仲間がいる。

一人、珍しい白い髪を腰まで伸ばした、幼い少女……紫雲(れんげ)

 凄まじく軽い身のこなしをしていて、危機感知能力に長けている。

 冒険者で言うところの盗賊、と言った方が分かりやすいだろう。

 動物的勘を持っていて、罠などを度々それで感知したりする。

 極めて幼い性格だが、頑固で意地っ張り。高い好奇心を持っている。

一人、乱れた黒髪を持つ、全身黒尽くめの全身から怪しい気配を発している男……梵龍(ぼろん)

 奇妙な存在感を持つ、正体不明の男。

 身体を凄まじく鍛えている上に、全身に暗器を仕込んでいて、正に全身武器の塊。

 更に元来暗殺者気質で、極めて強い奴を殺すのが生き甲斐だという、危険な存在。

 戦闘能力は凄まじいものがあり、その当時私と(戦天剣の能力を使わずに)互角に渡り合うことが出来た唯一の存在でもある。

 性格は、よく分からない。その言動や行動にもつかみ所が無い。

 よく「殺してみたくなる」だの「俺が殺すまで死ぬなよ」等、不吉なことを言うが、信用は出来る男である(あまり信頼は出来ないが)

 なお私の武器隠蔽の法は、梵龍から学んだ。ちなみに、梵龍の体重は暗器の重みで約二倍になっている(外見からは全く分からないのだが)

 ちなみに暗器は密教で使われる法具が多い。

 特殊な能力を持っているようだが、私は未だ一度も見た事が無い。

 なお、信心深く、よく何かに祈っている姿を見かける。

一人、鋭い目つきと灰色の髪と瞳が特徴の、道士風の少年……華柳(かりゅう)

 冷静沈着で、高い知識と知能と飽くなき探究心を持っている、道士の鏡。

 遺跡探索時にその知識、判断力を駆使し、罠の位置や謎解きを担当する。

 効率を求めており、無駄な事を嫌う。だが仲間との付き合いの中で、余裕は無駄ではないと学習したようだ。

 仙術の一部を使用可能で、符術を得意とし、実は私が時たまに使う符術は華柳から教わった物である。

 この一団の知恵袋、と言った所だ。



 最後に、主について説明する。

 黒髪黒目中肉中背で、何処にでもいそうで何処にもいないような、そんな少年……峰練(ほうれん)

 特別な力も、技術も知識もない。だが胸に秘めた心根の強さと、さり気無く、深き優しさを持った、そんな人。

 そして何よりも、人を引き付ける魅力を持った少年である。

 性格は、沈着冷静を気取っているが、頭に血が上りやすい性質で、すぐに感情が見え隠れする。

 時折、怒りが限界を超えると、途端に冷たい目をする事がある。その時の主は、とても強く、怖い。



そして、私を含めた計五人で遺産の探索を行っているのだ。

単純な遺跡探しから、泥棒紛いの事まで、色々な事をやってきた。

落とし穴に落ちて、すんでの所で助けられて、呆然とした後、大声で泣きじゃくった紫雲(それが理由で、獣が寄ってきたりしたが)

この国一と噂される武道家と相対し、これ以上ないぐらい嬉しそうな(嫌な)笑顔を浮かべた梵龍(その後、その武道家をあっさり倒した事には驚いた)

森羅万象が記載されていると言う、統天書を手に入れたとはしゃいで、偽物だと分かって壊れて暴れまくった華柳(その時、初めて華柳が壊れたところを見た)

間違って、分かってる罠を作動させて、死に物狂いでキョンシーの群れから逃げ回った主、峰練(逆切れして群れを蹴散らしたのには驚く以上に呆れたが)

今までに体験した事の無い、大切な思い出、大切な仲間。

私が始めて手に入れた、私の帰る場所……私を待ってくれる人達……だが。



――その全てが、あの日崩れ去った。



「よし、これで最後だ!!」

最後の関門を突破し、主が最後の扉を開けにかかる。

「むっ……開かない。」

主の額に汗がじわり。

「僕がやるよぉ〜」

紫雲が出てきて、扉をくまなく調査する。

数分後。

「うん、開いたよ!」

ギ、ギギギ、ギィイイイイイイイ………

嫌な音が響き、扉が開いていく。

扉の向こうから、光が漏れ出した。

臭いが、変わる。密閉され、淀んだ空気ではなく、清涼な、とても清々しい空気。

普段なら、その空気を歓喜と共に迎え入れたことであろう。

……だが、しかし。

ここは、地の底。かなり深い所まで潜ったはずだった。

「主……皆、気を付けろ。何か、明らかに何かが違っている。」

「ほぉう。やは、り、貴様も気付いたか。神殿を護る、守護者にしては……如何ともし難い位素晴らしい気配を発している。」

心から楽しそうな笑みを浮かべ、梵龍が呟いた。

その言葉に、私と梵龍以外は嫌な顔をした。

「うみゅぅ……この二人の勘、外れた事あったっけ?」

「いや、僕の知り限り二人の勘が外れた事は……無い。」

「やっぱり、そうだよなぁ〜……」

紫雲、華柳、主の三人は、溜息をつきつつも、それぞれの獲物を構えた。

紫雲は小太刀を二本、華柳は護符、主は淡い黄緑色の刀身をした剣だ。

「さて、いざ行かん……我らが戦いの……園へ、と……クックックックックッ………!!」

梵龍の言葉にうんざりしながら、私達は前進する。

扉をくぐる。

そこは、地下でも、地上でもなかった。





そう呼ばれる場所が、確かにあった。

豊かで肥沃な大地。黄金の幹に、水晶の葉、そして真珠の実を実らせる樹木。

何よりも美しく、静寂と清らかさを湛えた小川。

遠くに見える山々は、もう何も付け加える事も、欠ける事も許されない程に完成された美しさを醸し出している。

……だが

「す、すっごぉ〜い!?」

紫雲が感嘆の歓声を上げる。

「これは、伝説の……桃源郷!!」

華柳が背負い袋の文献を流し読みしながら、叫んだ。

だが、私と主と梵龍は、異常に気付いていた。

二人が、私達を見る。

「どうしたの、みんな?」

「遂に、遂に桃源郷に辿り着いたのですよ!? もっと喜ばないと!!」

……しかし、今や私は異変の理由に気が付いた。

「音。」

「「え?」」

私がポツリと言った言葉に、二人が思わず声を上げる。

そう、この大地はこれほど肥沃で、あれほど太陽の光が溢れていると言うのに……動物や蟲の鳴き声や、動く音が全くしないのだ。そう、何一つとして。

「なぁるほどなぁ……確か、に……ここにはぁ、生き物は存在、しない。そう、正に死の楽園って……奴だなぁ……」

相変わらず物騒な奴だ。

梵龍の言葉に、二人は同時に辺りに耳を澄ました。

……生き物の動く音は、何一つしなかった。

「なぁ、コウレイ。」

「……どうした主?」

主は真剣な顔をして、辺りを見回していた。

「何か、居る!!」

主がそう叫んだと同時、私達は一斉にその場を離れていた。

刹那、巨大な黒い物体が、地面を引き裂いて出現した。






「くっ!?」

私は崩れた体勢を側転の要領で正位置に戻す。そして地面に足が付くと同時に髪の中から戦天剣を取り出した。



――ウオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!



黒い物体……人に頭の上から巨大な黒い布を被せたような外見。

その全長は、私の身長を倍にしたほどある。

野太い腕をし、先端には巨大な鍵爪が生えている。

そして、人間の顔の位置には、十字の切れ込みの入った白い仮面を付けていた。

その切れ込みから、充血した狂気の瞳が見える。

怪物は、近くに居た紫雲に襲い掛かった。

「はっ!!」

軽やかに怪物の腕を飛び上がり回避する。

……だが

野太い腕が地面を打ち付けたと思った瞬間、その腕が凄まじく素早く動き、空中に居る紫雲に襲い掛かった。

「っ!?」

小太刀を盾にして鍵詰めの直撃を防ぐ。

しかし、その力は凄まじく、小太刀を叩き折り、更に紫雲をかなりの距離吹き飛ばした。

怪物に向かい、すかさず斬りかかる。

「氷の刃!!」

地面を氷の衝撃波が、氷柱を作りながら突撃する。

氷の衝撃波が、怪物を地面に縛り付ける。

「うおらぁっ!!」

何時の間にか怪物の真上に跳躍していた梵龍が暗器の一つ、爆火筒を大量に投擲する。



――ド、ドドドド……グゥォオオオオオオオオオオオン…………



凄まじい爆発。

爆風で、ようやく立ち上がった紫雲が尻餅をつき、私の髪が大きく靡く。

……だが、しかし。怪物は、満身創痍になりながらも立っていた。

岩盤ですら容易く粉々にするほどの量の火薬を受けながら、生きている。

……なんて、頑丈な…………

「なら、これで如何だ!!」

主の剣が唸る。刹那、カマイタチが剣を覆う。

主の剣は、風の精霊の力を引き出すことが出来る剣で、遺産探索の際に発見した物だ。

通常の自然界に存在する物ならほぼ何でも切り裂く剣であり、特別な力の無い主がここまで来れた理由でもある。

その一撃に、さしもの怪物も片腕を引き裂かれた。


――グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!


残った腕を、憎悪を込めて主に向かい振り下ろす。

だが、刹那その腕が爆砕した。



「炎牙召来……急々如律令!!」

華柳の手から解き放たれた護符が、怪物に止めを刺した。


――オォオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ…………………


怪物が、炎に包まれて崩れ落ちる。

悲痛な叫びを残し……

「ふぅ……今回の奴は、強かったね……」

梵龍に手を貸してもらい、立ち上がった紫雲が、そう呟く。

「確かに……それなりに面白い奴ではあったな……クックックックック………」

何時もの嫌な笑い声を上げる。いや、まぁいいが。

「しかし、桃源郷の守護者にしては……弱すぎませんか?」

華柳が、新たな符を書き起こしながら、警戒を怠らず呟く。

「そうだな、確かに………」

主が、私の顔を見る。確かに、華柳や主の言う通りだ。

私がこれからの動きを指示しようとした時。

乾いた音が聞こえてきた。



――パン、パン、パン、パン、パン………


乾いた音が、無機質な拍手を打つ音が聞こえる。

本能的に、その拍手の聞こえる方向を振り返った。

そして、そこに男が、奴がいた。



金の樹木の枝に、闇が座っていた。

闇よりも、何よりも黒い法衣。その肩には、精巧な悪魔の顔の掘り込まれた肩当。

ただ純粋に白い肌。ただ純粋に黒い髪。そして、血よりも、何よりも紅い瞳……

そして、端正な顔立ちに、長い髪。その顔は、口元だけが笑い、目も、眉も、頬も笑っては居なかった。

「お見事。中々に素晴らしいものだった。君達を見る限り、とても素晴らしい体験をしてきたようだ。」

そんな事は、全く思ってもいないような無機質な声。

その声に、姿に、全てに私達の第六感が危険信号を発した。

「だが、しかし……」


――キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!


突如、悪魔の肩当が狂気の笑い声を上げる。

「君達には、悲劇と言う舞台を最高に盛り上げる要素が、ない。だから……」

先ほどの怪物が付けていた物と同じ仮面が計四つ、虚空より出現した。

そして、大地に落ちると、数秒と待たず先ほどと同じ怪物が四体出現した。

「ワタシが、悲劇を用意してあげよう。」

男が、指先を上げると……狂気の光が瞬いた。

それが、全ての始まりの合図だった。


















爆風が晴れると、そこには変わること無い奴の姿があった。

変わりに、化け物が二体砂となっているのが確認できた。

「これでも、くらえぇええええええええええええええええええええええっ!!!!!」

主が、風の刃を振り下ろす。カマイタチが荒れ狂い、奴に向かって突き進んでいく。

しかし、カマイタチは奴が指先を振り上げるだけで、消滅した。

「なぁっ!?」

主が驚愕の声を上げる。

「風とは……こう使うのですよ。」

私は本能的に叫んでいた。

「剣を捨てろぉっ!!」

私の言葉に、すぐに対応する主。剣を、遠くに向かって投げる。

刹那、刀身が砕け散り、爆風が大地を抉り取った。

「いたっ!!」

遠くから紫雲の声が聞こえる。

「くっ!!」

破片を剣で薙ぎ払いながら、主の姿を探す。

「う、わぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」

主は、爆風の直撃を受けて軽々と空を舞っていた。

しまった、間に合わない……!!

あの距離から落ちたら、即死だ!!

「主ぃいいいいいいいいいっ!!!」





私が叫ぶと同時に、声が聞こえて来た。

「風神召来、急々如律令!!」

激突する寸前、ふわりと、見えない手によって主が抱き止められる。

「華柳、助かったよ!!」

「何、これぐらい。」

華柳が珍しく苦笑した。




その瞬間、一瞬だけ華柳の気が抜けた。




……一瞬、たった一瞬気が抜けただけだった。だが、終わりには、一瞬で事足りた。

華柳の背後に、怪物がいた。

「え……?」

振り向く華柳。

――ズバッ

怪物の横薙ぎの一撃を受けて、華柳の頭が消し飛んだ。

あっさりと、あまりにもあっさりと、華柳が、死んだ。

その事実が認識できず、みなの時が一瞬止まる。

そして、華柳だったものが倒れると同時に、時が動き出した。

「華柳……や…っや……いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

紫雲が悲鳴を上げる。その紫雲を梵龍が抱え上げ、紫雲に狙いを定めていた怪物の攻撃を避ける。

奥歯を噛み砕かんばかりに、かみ締める。

「う、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

全力で放った衝撃波が、紫雲を襲った怪物を消し飛ばした。

考えられるだけの殺気を込めて、黄金樹の方を睨み付ける。もしも視線で人が殺せるのなら、何万回だって殺してやる。

そして、奴を見た。

奴は、口が裂けんばかりにニヤリと、笑った。

聞こえないぐらい、小さな声で、「楽しいだろう?」と言ったのが分かった。

私の中で、何かが切れた。

き、ききき、き、貴様、貴様だけ……貴様だけは………

「貴様だけは……貴様だけわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

剣を振り下ろす。

大地を砕き、大気を叩き割り、樹木を引き裂き、冷気と狂気を纏った衝撃波が音を越えた速さで飛翔する。



………はずだった。



だが、奴は、奴は………奴の前には………


――主が、いた。


奴は、主を、盾にしていた。

怪物が、主の身体を鷲掴みにし、奴の前に鎮座していた。

「近付こう、なんて思わない事だ。君が一歩でも動けば、彼はもう目覚めなくなる。」

「あ、あぁ………」

私は、その場に崩れ落ちた。

「コウ、レイ……」

主が、力無く呟く。

……私は、主を護る事を……失念していた……なんて、事…だ……自分の身は護れても……仲間の身は護れないのか………

「コウレイ、俺ごとこいつを斬れ!!」

主が、力の限り叫んだ。

「っ!?」

主ごと、斬る……?

私が、主を、斬る……?

「コウレイ、迷ってる暇は無いぞ!! 早く、俺ごと奴…を、おぉおおおおおおおおおお!!!???」

――ヴチィッ

嫌な音が響く。そう、何かが千切れるような……

「主!!」

「うぅ……き、気に、するな……」

主の左腕が、無かった。

いや、在る事はあった。そう、怪物の手に……

剣が、地面に落ちる。

もう、駄目……もういや、嫌だよ……

涙が、流れる。

新たな怪物が、出現する。そして、そいつは私の前まで来て、私を、鷲掴みにした。

両腕を拘束され、私はなすすべも無い。

………もう、終わりだ……

そう思った瞬間、怪物の仮面から一本の剣が生えた。



――グオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!???


断末魔の悲鳴をあげ、怪物が崩れ、黒い布を残し全て砂と化す。

反射的に着地する。

私が、呆然と怪物を倒した男を、見た。



乱れた黒髪を持つ、全身黒尽くめの怪しい男。



「まったく、失望させないでくれよな、コウレイ……」

何時ものふざけた口調ではなく、確りとした口調で男、梵龍は言った。

剣――だがそれは刃が連なった鎖だった――を外套の中に戻し、梵龍は言った。

「アイツを倒せる可能性があるのは、お前と……俺だけだ。生憎、俺一人じゃどうにもならねぇ。」

私は、地面に落ちた戦天剣を見つめる。

……そう、か……だけど……主が。

だが、梵龍は私の心中を見透かしたかのように、言った。

「奴は、お前が何もしなければ、峰練を殺さないなんて、一言も言ってないぜ……?」

はっと、私が顔を上げる。

「てめぇは強いが……心が弱ぇ……」

珍しく、怒気を含んだ声。

ふと、紫雲の姿を探す。

紫雲は、梵龍がつれていたはずだ。

紫雲は入ってきた扉の向こうにいた。

その目は、硬く閉ざされ……血が流れてた。

……あの時、破片が目に……

傷が無いのは、私と梵龍だけ。

梵龍が外套に手を入れる。

私は、戦天剣を手に立ち上がる。

「やるぞ。」

「あぁ。」

金色と漆黒の二つの風が、大地を駆けた。




梵龍が、片手を振る。

鎖が伸び、正に蛇の如く大地を進み……最後の一体となった怪物の仮面を狙う。

怪物が、腕で薙ぎ払おうとする……だが

鎖の蛇が、逆に腕に巻きつき、鎖に付いた刃で逆に腕を引き裂く。

そして、私は戦天剣を仮面に突き刺した。

――パキンッ

澄んだ音がして仮面が割れ……そのまま砂となって崩れ落ちた。

「くっ……」

如何にか主が着地を決める。

「下がれ、主!!」

「峰練、紫雲のところまで下がれ、邪魔だ。」

私達に言われ、主は必死に駆ける。

「ほぉ。中々見事だな。どうやら、あの“人形”等物の数ではないようだなぁ。うむ、改良の余地ありだな。」

奴が、楽しそうなゆがんだ笑みを浮かべる。

そして、枝の上にいたはずの奴は、一切の動作を見せず、気付いたら地面に降り立っていた。

「では……ここより、全ての物語の前奏曲が始まる……そう、何時か始まる、最高の舞台のためのね……」

そう言い放ち、奴は手を振ると……そこには、一本の漆黒の剣が。

「「っ!?」」

それは、色こそ違えど、間違えなく戦天剣であった。

「さて、始めよう……悲劇と言う名の前奏曲を!!」

奴は、凄まじく非人間的動作で、斬りかかって来た。







「………っ、馬鹿な!!」

私達は、押されていた。

「うおらぁっ!!」

鎖が、縦横無尽に奴に襲い掛かる。

その全ての軌道を見切られ、氷の柱によって鎖を妨げる。

「はぁっ!!」

そこに、大地を走らせるように衝撃波を打ち出す。

だが、奴も同様に衝撃波を打ち出し、相殺する!!

私達の攻撃が、効かない……だと!?

大抵の威力の低い攻撃は、全て氷の柱――私が使える防御壁で、私は動きの妨げになるから使う事はほぼないが――で防がれ。

威力の高い攻撃は、全て同等の技で掻き消される。

全ての技を駆使し、能力を最大限まで引き出しても、奴に傷一つ付ける事はできなかった……

私が力を引き出せば引き出すだけ、それに比例して奴も、強くなる!?





ならば……最後の手段!!

「これで、如何だ!! 氷縛、爆炎、水流、旋風、雷鳴、天空、大地、月光、日輪!!!!」

私が何かを使用とした事を察し、梵龍が私から大きく距離をとる。

九つの力が、私を囲むように出現する

「受けろ!! 滅の陣『九頭龍』!!!」

戦天剣の刀身に、亀裂が走る。

その全てが、戦天剣に収束し、私は九つの力を龍に具現させ、撃ち出した。




滅の陣『九頭龍』――戦天剣の最終奥義。

一時的に他の精霊の力を取り込み、力とする術。

全く違う強大な力同士が収束、反発し、歪を呼び込むこの技は、対象のあらゆる物理的防御を無視し、一定の範囲を歪ませ消滅させる。

そして、その余波だけでも十二分の破壊力を持つ正に最終奥義である。

だが使用者もその余波の巻き添えとなるため、危険極まりない術である。

たとえ助かっても、私に凄まじい衝撃と、使用後に多大な隙が出るために、まず使う事はない。

更に戦天剣に、亀裂が走る。その為に、二発目を放つと刀身が砕ける危険があるのだ。

正真正銘、これが私の最後の手だった。




――ゴフッ

私は血を吐いた。

反動が、全身を襲う。

片膝をつき、荒れ狂う九匹の龍を見る。

荒れ狂う龍に襲われ、奴の顔が、驚愕と感嘆に歪む。

刹那、奴を龍が呑み込み




――九つの龍が、消え去った。




「…………馬鹿、な………」

私は、全身から体力を全て持って行かれたような脱力感と、全身を引き裂く苦痛。

そして、在り得ない現実がもたらす精神的な脱力感に、地面に座り込んでいた。

本来は、あの後九つの龍が対象を中心に食い合い、一つとなり凄まじい衝撃を生みながら消滅するはずだった。

だが、奴は健在だった。

悪魔の肩当は砕け散り、外套はぼろ布と化し、髪の毛は乱れ果てていたが……

奴は、歪みきった笑みを浮かべ、そこに立っていた。

「ふっふっふっふ……ハァッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」

身体を仰け反らせ、大笑いする。

その、中途半端な人間らしい行動が、私に途方も無い怒りと絶望を与えた……

「素晴らしい……素晴らしい!! 気に入った、気に入ったぞ!!

 まさかあのような技を使うとは、いい、実にいぃっ!!」

奴が、一歩、また一歩と近付いてくる。

梵龍が私を助けようとするが、何体も出現した怪物に阻まれ、近付くことすら出来ない。

「刹那でも全精霊への干渉が間に合わなかったら、いくらこのワタシでも滅びは免れなかっただろう……だが、おしい、実におしいっ!!

 一手、及ばなかったようだ。それに、君ではワタシには勝てない……そう、絶対に……何故なら。」

奴が、例の怪物を生み出した仮面で自分の顔を隠し、そして仮面を外す。

……そこには、“ワタシ”がいた。

「私では“ワタシ”には勝てないってことだよなぁ、コウレイぃ!!??」

「っ!?」

思わず、声にならない悲鳴を上げる。

私はなすすべも無く、無様に後退りをした。

「く、来るな!! 来るなぁああああああああああああ!!!!」

奴は再度仮面で自分の顔をなぞると、元の顔になった。そして、その仮面は、“ワタシ”の顔をしていた。

「やめろ、いや、やめて……いや、やめてぇっ!!」

「貴様をワタシはとても気に入った。だから、ワタシ好みに細工をしてやろう……」

奴が、仮面をゆっくりと私に向かい、近づけてくる。

「コウレイ!!!!」

異変に気付いた主が、駆け出してくる。

もう少しで、私に追い付く……瞬間。

「一足遅かったようだ。チェックメイト。」

――すっ……

仮面が、私の顔に被さり……そして、仮面は私の中へと消えた。

そして同時に私の意識は闇に落ち……




――そう、今からは、“ワタシ”の時間だ。




すかさず、袖に仕込んである短刀を、手に落とす。

「コウレイっ!?」

……だ、め……きちゃ、だめ……

予備動作を見せない唐突な動きで、空中に舞い上がる。

頭上に張り出した金の枝を蹴り、そのまま峰練に斬りかかる。


――ザ、シュ


「えっ……?」

肩から袈裟懸けに切り裂かれ、峰練が間の抜けた声を上げる。

「コウレ……イ………?」

桶を引っ繰り返したような量の血がドバッと吹き出る。

その血が“ワタシ”を真紅に染め上げ、金色の髪をも侵食する

そして、そのまま倒れて動かなくなった。

……あぁ、あぁああああああああああああああああああああああ!!!!

“ワタシ”の中で私が悲鳴をあげている。……五月蝿い。

次の獲物を探し、“ワタシ”が辺りを見回す。

そして、見付けた……梵龍とかいう、暗殺者もどきだ。

だが、何かおかしい。

奴は戦天剣を大地へと突き立て、何かを唱えている。

「………済まぬなコウレイ。しばらく、眠りについてもらう。」

外套をばさっと翻す。密教にて用いられる法具が、戦天剣を囲うように、円形に配置される。

第六感が告げる。危険だ。奴は危険だ。

深く身を屈め、その勢いを利用し天高く舞い上がる。

黄金樹の幹を蹴り、梵龍に向かい跳躍する。

「戦軍氷天 紅零。主亡き汝を、新たなる眠りへと誘わん……

 新たなる主見付かるその時まで、戦天剣の中にて深く永き眠りにつくがいい!!

 我、梵天の代行者なり。梵天の名に置いて、今こそ汝を封印す。氷天封霊、急々如律令!!」

が、飛び掛る寸前印を斬り終えられ、唱言が唱え終わる。

戦天剣より光が溢れ、“ワタシ”を、私を、飲み込んでゆく……









――これが、全ての始まりの物語……そう、この悪夢の、始まりの……





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