「ねぇ、お父さんを守ってくれる?」

 

「……それが、主。彼方の望みならば。」


“まもって守護月天”外伝

新説・紅零の章 第一話~忘れられた約束~

 

「十二年ぶり、か……。」

大きな荷物を背負った一人の女性が、一軒の家を前にして、感慨深げにそう呟いた。

容赦なく照りつける真夏の太陽の下、彼女は顔色一つ変える事無く、腰よりも長い銀髪を風になびかせていた。

活動的な服に薄い白のコートを身に纏った女性は、ゆっくりと玄関へと近づいていった。

「恐らく、彼は憶えてはいないだろうが……もしかしたら、彼女なら覚えているかもしれないな。」

何か、とても楽しかった事を思い出したかのように、その頬を緩めた。

「さて、行くか。」

緩んだ顔を引き締めてそう言うと、彼女は呼び鈴を鳴らした。

――ぴんぽーん。

「…………。」

無反応。

もう一度鳴らす。

――ぴんぽーん。

無反応。

連続で鳴らす。

――ぴんぽん、ぴんぽん、ぴんぽん、ぴんぽーん。

やっぱり、誰も出てこない。

「そ、そんなはずは……。」

明らかに狼狽した彼女は、慌てて左手の腕時計を確認する。

時刻的には、誰かは居るはずの時間。勿論、学校がある時間でもない。

慌てて表札を確認すると、そこには確りと『七梨』の二文字が。

間違っても、引っ越してもいないし、空き家でもない。

「……どこに……行ったんだ?」

そう呟いた彼女は、正直な話、途方にくれていた。

 

――ちなみに。

その頃何時もの面子は『夏休み』真っ最中であり、例によって例のごとく、遊びに出かけていたのだった。

 

話を戻す。

が、しかし。この暑さ故に出かけない人物はいるもので。

その代表は、やっぱり今日も暑さに参っていたのだった。

――ガチャ

急に玄関の扉が開き、慌てて振り返る女性。

その先には、女の子としてはちょっとそれはどうよ?といった服装をしている赤毛の少女がいた(暑いからね)

「…………なにか……用だろうか。あいにく、主殿たちは外出中だが……。」

そう言い終わったキリュウは、言い終わってからようやく気が付いた。自分の見知った顔がそこにあることに。

「…………コ、コウレイ殿?」

「おお、キリュウ!」

コウレイと呼ばれた女性は、驚きと喜びの入り混じった声を上げたのだった。

 

「「ただいまー。」」

夕刻、大量の買い物袋を引っさげた太助が買い物を終えて帰ってきた。

ちなみに、シャオとルーアンは買い忘れたものを買いに商店街に向かっている。ルーアンは途中でのツマミ食いが目的だが。

「お帰り、主殿。」

と、リビングからキリュウの声だけが聞こえてきた。

「珍しいな、キリュウが返事だけだなんて。」

ちょっと疑問に思いながら、靴を脱いで上がろうとした。

その時、太助は違和感に気が付いた。

(……こんな登山用みたいなごっついブーツ、家にあったっけか?)

親父のだったら何足でもあるのだが、親父の物にしては小さかった。

「なぁ、キリュウ。誰か来てるのか?」

靴を脱いで、そのままリビングに入ろうとして、まず違和感に気が付いた。

……すごい涼しいのだ。それも、エアコンやクーラーでは再現できないような、透明な涼しさだ。

そして、空気が凍り付いてるかのような違和感も。

「あぁ、主殿。珍しい客人だ。」

そう言ってキリュウが目で示した先には、銀髪の女性が居た。

大体、見たところ大学生に見える女性で、その瞳は海のように青い。

「えっと、あなたは……?」

「おぉ、自己紹介が遅れたな。私の名前は紅零(コウレイ)。キリュウとは古い知り合いでな。気軽にコウレイと呼んでくれ。」

とても綺麗な澄んだ声で、彼女はそう答えた。

「よろしく……って、キリュウと古い知り合いって事は、もしかして精霊!?」

「おお、よく分かったな。流石は三人の精霊の主だけはある。」

慌てる太助に、平然と答るコウレイ。

「私の名は、正しくは“戦軍氷天”コウレイ。主の障害を切り払う事を使命とする精霊だ。また、その使命故に“戦う”事に関しては、最高峰の力を持っている。」

「……そうなのか?」

念のためか、キリュウにも話を傾ける太助。

「うむ。私も何度か手合わせした事があるのだが……どんな策略を講じても、一度も勝てなかった。」

「キリュウが勝てなかったって事は、本当に凄いんだな……。」

あっさりというキリュウと、純粋に驚く太助に苦笑するコウレイ。

「確かに、キリュウは私に一度も勝てはしなかったが……全敗した訳ではないぞ?」

昔を懐かしみながら、しみじみと言うコウレイ。

「キリュウの策士っぷりは見事でな。何度か戦ううちに私の能力を見抜き、最後のほうは完全にはめられてな。引き分けばかりだったよ。」

それを聞いて恥ずかしそうにするキリュウ。

「だが、私は逃げてばかりだったからな……。」

「いや、『逃げるが勝ち』とも言うだろう。正直、私が本気で追っているというのに、追いつけなかったのはお前が初めてだったよ。」

「そんなことは無い。あれはコウレイ殿が……」

 

などとまぁ、二人の昔話――というか、褒めあいというか――がこれから十分ばかし続くのですが、そこはまぁ、省略って事で。

 

「えっと……ちょっといいかな?」

話の半分の内容に興味はあったのだが、残り半分の褒めあいに流石に耐え切れなくなった太助が話しに釘を刺す。

「ん、なんだ?」

話を中断したコウレイが、太助のほうに向き直る。

「コウレイも精霊だったら……やっぱ、主とかいるんだよな?」

「うむ。当然いるぞ?」

さも当然のように話すコウレイ。

「誰なんだ、コウレイの主って?」

「それは、私も興味があるぞ、コウレイ殿。」

ずいっと身を乗り出してくる二人。

それに対して、コウレイはあっけんからんと、こう答えた。

「誰も何も……目も前に居るじゃないか。」

「「は?」」

目が点になる二人。

「透明人間、とか言わないよな?」

「私も見当たらないが……。」

その二人のリアクションに、ちょっと楽しそうにコウレイは付け加えた。

「だから、居るではないか。」

「どこに?」

心底楽しそうに、コウレイは答えた。

彼方だよ、七梨太助。我が主よ。」

「「…………。」」

一瞬、時が止まった。

そして。

「えぇえええ!?」

太助は絶叫を上げた。

 

「でも俺、最近○天シリーズらしきものには触れてないんだけど……。」

「……中々、的を得た通称だな……。」

苦笑するコウレイ。また機会があったら使おうかな、と思ったりなんだり。

「まぁ、私が呼び出されたのは、最近ではないからな。」

「へ?」

「……そ、そうなのか、コウレイ殿?」

呆けた顔の太助と、驚きを隠せないキリュウ。

「うむ。私が呼び出されたのはだな……ざっと、十二年前だ。」

またもや、時が止まった。

「……マジ?」

呆然と聞く太助。

「うむ、マジだ。」

至極当然のように答えるコウレイ。

「いや、でも……だったらこの十二年間何処に居たんだ……?」

そう呟く太助に、コウレイは少し、寂しそうな顔をした。

「……やはり、忘れてしまったか。」

「え、俺がどうかしたのか?」

思わず、その寂しそうな顔に動揺する太助。

「いや、なんでもない。気にするな、忘れていたならいいんだ。」

寂しそうな顔を振り払うように、普段の顔に戻るコウレイ。

「しかし、こんなにも成長していたか。」

今一度太助を見て、コウレイは昔を懐かしむように呟いた。

「あの時はまだほんの赤子だったというのに。見違えるようだな。」

感慨深げにコウレイは言った。その声は、何処か嬉しそうで、何処か悲しそうだった。

とても優しく、そしてどこか寂しそうな瞳で見てくるコウレイに、太助はそれ以上尋ねる事はできなかった。

 

「ただいま帰りました、太助様。」

「ただいま、たーさま。」

ちょうど会話が途切れた辺りで、二人が帰ってきた。

「聞いてください、太助様! ちょうど商店街にいったら福引でですね……。」

商店街で起きた大事件(?)を報告しようと、駆け足でリビングに入ってくるシャオ。

そして、ばったりと目が合った。

「……コウレイ、さん?」

「久しぶりだな、シャオリン。元気みたいで何よりだ。」

予想外の人物に、きょとんとしたまま固まったシャオと、嬉しそうなコウレイ。

そして、コウレイの名が出たと同時に、ドタドタと駆け込んでくる足音。

勢いよくリビングに飛び込んでくるや否や、コウレイを指差すルーアン。

「コ、ココココ……。」

「コココ? 鶏がどうかしましたか、ルーアンさん?」

「違うわよ!! 戦軍氷天コウレイ、あの時の決着つけてあげるわ!!」

言うが早いか、黒天筒を取り出し、まわし始めるルーアン。

それを見て、あきれたような表情を浮かべるコウレイ。

「私とお前の相性は最悪なのだから……やめておいたほうがいいと思うぞ、ルーアン。」

「うるさいわね……行きなさい!! 陽天心、召来!!」

黒天筒から放たれた光がリビングのあらゆる家具に直撃し、陽天心として動き始めようとした。

その瞬間。風が起こった。

「『冷気は刃と化し、万象は凍て付く。我らが道阻むもの滅さん……封渦冰銷!!(ふうかひょうしょう)』」

コウレイがすかさず腰から抜き放った短刀から巻き起こった蒼い風が、陽天心を撫でる。

すると、陽天心がまるで凍り付いたかのようにその動きを止めてしまった。ついでに、ルーアンも。

「私の“蒼天剣”から巻き起こる風は、森羅万象一切合切の動きを止める。まるで、凍り付いたかのようにな。」

そう言って、短刀を腰のベルトに納める。

「それが私の氷天たる所以だ。」

「へぇ、それがコウレイの力か……。って、ルーアンはいいのか?」

感心したように呟く太助。一様、ルーアンの心配はするあたりが人がいい。

「放っておけ。少しは頭を冷やしたほうがいい。」

「……そだな。」

……やっぱ、ルーアンには薄情である。

「太助様、コウレイさんは強いんですよ。私も何度かお手合わせした事があるんですけど……。」

「キリュウも勝てなかったって言ってたけど……シャオも、勝てなかったのか?」

「はい。……でも、主様を狙って来た時もありましたけど……最後、何故か主様を見逃してくれた上に、泣きながら帰っていきましたよね?」

その言葉に、少し顔を紅くしながら、猛烈にそっぽを向くコウレイ。

「……泣きながら?」

いぶかしげな表情になる太助。最早完全にあさっての方向を向くコウレイ。

少し微笑みながら、キリュウがそれに補足を入れる。

「あぁ、コウレイ殿はとても情に脆くて、同時に涙もろくてな。人情話を聞くと、どうしても涙腺が緩んでしまうらしいんだ。」

それを聞いた太助は、ふと思い出したかのように新聞のテレビ欄を確認し、ちょうどやっていた感動系番組をつけてみた。

『幼い頃に離れ離れになっていた兄妹が、二十年の時を越えて今感動の再会!』

と、だいたいそんな題名だった。

「な、主よ、やめろ! 私は本当にそういう話に弱くてだな……。」

相当大慌てで叫ぶコウレイ。

が、無情にも番組は始まってしまった。

 

――大体一時間後。

 

「うっ、うぅ……翔(かける・兄)と、翼(つばさ・妹)が……よかった。うん、実に良かった。」

「そうですね……翔さんと翼さんが出会えて、本当に良かったですね。」

最初は完全に背中を向けていたコウレイだが、やっぱり気にり少しずつ振り返っていたのだが……気付いていたら真剣に見ていた。

結果。号泣。ちなみにシャオも貰い泣き。むしろ、それどころか仕掛け人(?)の太助や、キリュウまでも貰い泣きするという、素敵な状況になっていたりする。

「……うぅ、まぁ、主よ……。」

かなり赤面しているコウレイが、顔を背けながら呟く。

「十二年遅れたが……これからよろしく頼む。」

「あ、あぁ。こちらこそよろしくな、コウレイ。」

なんかもー既に、コウレイがどんな精霊か分かってきた太助は、がっちりと握手を交わすのであった。

 

 

 

「ところで、ルーアンはどうするんだ?」

「あぁ、ほっとけば一晩ほどで解ける。気にするな。」

「いや、気にしろよ!」

何やら、ルーアンにはちょっと薄情なコウレイさんでした。

 


あとがき

森羅万象一切合切。自業自得な理由ですっかり忘れられていると思う、荒川です。

いやー、何年ぶり? 何十年ぶり?(いや、それはないから)

基本的に小説を投稿するという形でしか関わってなかった自分がいけないのですが……。

まぁ、それはおいておいて(ぉぃ

 

新・戦軍氷天紅零のお話しです。

昔にやり過ぎてはっちゃけ過ぎた小説、設定の数々。

正直、今の自分では……無理です。耐えられません。

あの続きを書こうとも思ったのですが……

設定の標準化を目指す昨今の自分の考えと、はっちゃけた設定の昔の自分の考えが食い違い。

正直、キーを打つ手が一行も進みませんでした(orz

……と、いう訳で設定の標準化に取り組み、原作の設定をできるだけいじらずに作ってみたのが、この、『新説』という訳です。

能力の単純化、能力と属性との関連性、精霊器の外見などなど、延々と考え続けてきた成果です。

……まぁ、何やら紅零さんが十二年前に現世してたりしてるあたりが、原作の設定を無視しちょりますが……まぁ、面白いネタだと思うのでご勘弁を。

 

ちなみに今の紅零の能力は、単純に、あらゆるものを凍り付いたかのように『停止させる』能力となっております。

ただ、停止するだけなので、その能力で凍りついたからと言って死ぬ事はないですし。

ちなみに、部屋が涼しくなっていたのは、部屋の中の分子の振動を一部停止させる事で熱エネルギーの発生量を減少させた……っていう理由。

まぁ、科学的分野だから正直面倒なので、別に『氷の精霊だから、別に部屋涼しくできてもよくね?』で結構です。

一様空を飛ぶ方法もありますが、それはまたいずれ。

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