『第二章 〜 終わる日々―そして運命の開幕 〜』





あの後、皆でリビングに集まっていた。

念のためここに居る者たちの名を上げておく。

主である七梨太助、シャオリン、ルーアン、キリュウ、ヨウメイ、空、那奈。

そして、当事者である私、コウレイ。

私は長沙に手当てを受けながら、やつれた顔で、ソファーに座っていた。

私らしくない行動の数々に、私は困惑し、そして“あの頃のワタシ”と関係のある夢に、疲れ果てていた。

「……一体何があったんですか、コウレイさん? 悲鳴といい、あのうろたえ方といい何時ものコウレイさんらしくありませんよ。」

ヨウメイに改めて指摘され、私は疲れ切った微笑を浮かべながら、口を開いた。

「嫌な、夢を見たんだ……今の、これ以上無いほどに素晴らしい日常が、壊れ去る夢……そして……」

その言葉を聞き、みなそれぞれではあるが、驚きや嫌悪の表情を浮かべた。

言葉を切り、主、シャオリン、ルーアン、キリュウ、ヨウメイの顔を一人一人見渡す。

「……そして……これが最大の悪夢……私が……いや、恐らくもう一人の“ワタシ”が……」

一度、深い溜息を吐き、一呼吸を置いて、覚悟を決めてその続きを口ずさむ。

「主を、シャオリンを……ルーアン、キリュウ、ヨウメイを……この手で殺している、そんな夢だ……」

それを聞き、全員の顔が驚愕に彩られた。

予想の範疇の反応で、思わず苦笑をもらす。

「で、でも夢の話だよな? だったら、そんなに落ち込まなくても……」

主のその――私も、そう思いたかったが――言葉に、私は首を横に振った。

「希望的観測は出来ない。過去の記憶と照らし合わせると……私が見た悪夢は、九割以上の確立で、何らかの形で実現する。

 それに、未だ私の瞳は元の深緑にもどらない……紅い瞳は、私が完全に戦闘態勢……否、“殺戮態勢”に移った時にのみ変わる狂気の色だ……」

私は苦笑とも絶望ともつかない、力ない笑みを浮かべた。

そう、実のところ今も私は、胸の奥から沸いて来る殺害衝動を抑えていた。

念のため空に隣に立ってもらっているが……まったく、“師匠”から叩き込まれた感情の制御がどうして出来ないんだ。そこまで落ちぶれたのか、私は……

「う、嘘だろ……」

その言葉に、主はうろたえ、恐らく無意識のうちに、絶望を含んだ言葉を紡ぐ。

主のそんな姿に、私はある考え――考えたが、言いたくなかった――を口に出す。

「一番確実で手っ取り早い方法がある。誰一人傷付かず、死ぬ事はない。」

「その方法とは、なんなのだ、コウレイ殿?」

微かな希望が込められた問い。それは、主達の希望も込められているだろう。

どうやら、ヨウメイは気付いているように、顔を伏せている。

私は、つとめて明るい声で言った。

「私との契約……主と従者の契約を解くのだ、主よ。そして、私を精霊器へと戻すのだ。そして、誰の手にも渡らないように海に捨てろ。」

「「「なっ!?」」」

気付いていたヨウメイと、予想はしていただろう、悲しい顔をうかべた空以外の全員が、同時に驚きの声を上げる。

「それが、一番簡単で手っ取り早い。私は、それでいい。」

無感情な声で、つぶやく。

「そんなの……いいわけないだろっ!!」

主の絶叫に近い言葉に、思わず――教師に怒鳴られた生徒のように――ビクッと背筋が伸びる。

反対されることは予想していた……だが、ここまでとは……

「コウレイはもう、俺の……俺達の家族なんだ!! 俺は、自分の命可愛さに家族を犠牲になんてしない!!」

呆然と、その叫ぶような主の言葉を聞いていた。

「そうです!! 折角……コウレイさんと仲直りできて、家族になれて……すごい幸せだったのに……コウレイさんが居なくなったら意味がありません!!」

「シャオリンの言う通りよ……私達だって、たー様と同じ意見よ。第一、簡単にやられたりしないわよ。」

「うむ、その通りだ。コウレイ殿、私達一人一人では彼方には勝てないかもしれない。だが、決して簡単に負けたりはしないぞ。」

「その通りです。たまにはキリュウさんもいい事をいいますが……私に言わせてもらえば、決して負けません。」

「そうだぞコウレイ。少しはあたし達を信じろって。」

シャオリン、ルーアン、キリュウ、ヨウメイ、那奈……

「皆さんの言うとおりです。もし、コウレイどのが私達に手を出したとしても……私達は必ず、彼方を止めます。」

空……

なんで、みんなそんな、私の事を……なんで、そんなにも……まったく……

「なんで……そんなに…みんな、いい奴で……心が清くて……だから……だから……」

全身から汗が噴出す。

頭が割れる様に痛い……

胸が焼けるように熱い……

「コウレイ……?」

主の、心配する声が聞こえる。


――ドクンッ


あぁ……もう、駄目だ……限界だ……

胸の奥、いや、それよりももっと深いところから溢れ出て来る狂気の衝動……

これ以上、抑える……の…は、無理だ……もう、私は……



――ここで、私の意識は途絶えた……








――そして、今からは“ワタシ”の時間。








「綺麗ものほど、壊したくなるんだぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

手首のスナップ一つで、常に右袖に潜ましてあるナイフが手に落ちる。

静から動へ……予備動作を何一つみせず、座った状態から天井まで跳躍し、天井を蹴り太助へと飛び掛る。

反応速度ではコウレイ、空の次に早いシャオリンとキリュウが、精霊器を構える。

だが……遅い。

太助へと刃先が届く、その刹那。


――シャァアアアアン……


全てを貫くような、それでいて涼やかな音色が部屋に響き渡った。

同時に、衝撃波が暴走したコウレイを横殴りにし、吹き飛ばす。

ガシャァアアアアアン!

窓ガラスを突き破り、そのままコウレイは庭の塀に叩きつけられる。

「空さん!?」

「空殿!?」

シャオリンとキリュウが同時にコウレイを吹き飛ばした張本人の名を呼ぶ。

「主人どのは下がって下さい。私が前に、他のみなさんは主人どのを頼みます。」

今までに見せたこともないような真剣な表情で、空がそう指令を出す。

……言い換えれば、これは『手を出すな』ということである。

「……わかりました、空さん。頼みました。」

ヨウメイのその一言に、空は微笑で返し、何処からか剣を取り出す。

「さて、行きますよ……コウレイどの。」




――空、ウツホ、うつほ……危険だ。危険すぎる。この“身体”が秘める潜在能力を超えるかもしれない力を、持ってる。

……闇の中に、コウレイの中に潜む“何か”が、一人、そう呟いた。

――なら、最優先抹殺対象を七梨太助から符力蒼天・空に変更。あらゆる手段を用いて抹殺しろ。

……闇の中の“何か”に向かって、誰かが命令を下した。




“ワタシ”は、外に弾き飛ばされたと同時に、次の行動を決定。

衝撃を特殊な受身で軽減し、塀を蹴って玄関の戸を刹那で切り裂き、玄関に揃えて置いてあったコウレイのブーツを一瞬で履く。

無理がたたり、折れたナイフはその場で捨てる。

そして、長い髪の中に常時隠し持っている精霊器“戦天剣”を、右手で構え、玄関からリビングへと――空のいる場所へ――斬り付ける。

普通なら壁に阻まれ、それ以前に届かない距離。

だが、振ると同時に生まれた、地を這うような氷の衝撃波が、壁を無視して突き進む。




咄嗟に危機を感知した空は、袖の中に手を入れ、一度に数十枚の符を取り出す。

「混沌を宿す符よ、我が名“空”の名の下に命ず。」

構えた呪符を宙に投擲すると、符が鎖状に繋がり、リビングにいた者全員を覆う。

「全てを守る障壁を成せ。結界起動、急々如律……っ!?」

結界が完成する寸前、氷の衝撃波が壁から出現し、空に直撃する。

が、結界によって大半を相殺できた……が、余波で足を大地に縫い付けられた。

「くっ!!」

自分だけを狙っているとは思わず、全体に結界を起動させたのが裏目に出た。

空ならば、一瞬でこの氷を砕くことが出来る。

――だが、その一瞬が命取りとなる。



……すぐ隣に、コウレイがいた。



戦天剣の横薙ぎの一撃。

それを右手で持った剣でそらす。

横薙ぎの回転を利用して、回し蹴りが側頭部を狙う。

それを、剣を持たない手で防ごうとする。

だが。

――パチンッ

そんな音と共に、ブーツの踵から鋭利なナイフが飛び出し、空の片腕を切断した。

一瞬だけ。刹那にも満たない一瞬だけ、空は切り飛ばされた腕で視界が塞がれた。

――そして……コウレイの左手には拳銃が握られていた。

スナップ一つで飛び出す銃――デリンジャー――が、火薬量を限界まで増やし、更に先端に切込みを入れた弾丸――ダムダム弾――を打ち出した。

強度の問題で装填数が四発の小型拳銃。そして、銃声は三回聞こえた。




不自然なまでの沈黙。

床には、銃弾を受けて吹き飛ばされた空が、胸に三つの弾痕を残し、力なく倒れている。

空が倒れた床が、血の池と化していた。

「うつ、ほ……」

太助が、力なく呟く。

「そん、な……」

シャオリンが、絶望的な声を上げる。

「空さんが……そんな、ありえない……」

ヨウメイが呆然とぼやく。

「お、おい、嘘だろ……おい!」

那奈の、困惑した声が響く。

コウレイが、剣を握り直した。

そして、そこにキリュウとルーアンの唱言が響く。

「万象大乱!!」

「陽天心召来!!」

空の剣が巨大化し、意思を持ちコウレイに斬りかかる。

だが、コウレイは無造作に上げた拳銃の柄で剣を受け止めた。

そして、剣の腹を拳銃の柄で打ち、地面に叩き落す。

すかさず次の攻撃動作に入ろうとする二人。

だが、違和感を覚え、唱言を止める。

コウレイが、倒れた空を呆然と見つめていた。

そして……その肩は、震えていた。

「あ……あぁ………」

絶望に、悲しみに染まった、声が聞こえる。

コウレイは、こちらを振り向いた。

その目からは涙があふれ、瞳は、蒼く染まって……

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!???」

頭を掻き毟る。

そのまま頭を押さえ、苦悶に身をよじる。

「………コウ……レイ?」

突然、頭を押さえる手を止め、呆然と、左手にある拳銃を見つめ……



……衝動的に、コウレイは拳銃をこめかみに押し当て……



太助達は、一瞬反応が遅れた。

「止めろ、コウレイ!!」

引き金が引かれる、その瞬間……


――シャァアアアアアアアアアアン………


悲しそうな、そしてそれ以上に優しさを感じる、涼しげな音が、鳴り響いた。

刹那、拳銃が砂となって崩れ落ちた。

その最後の弾丸を撃ち出す事無く。

全員の視線が、コウレイの後ろへと注がれた。

そして、蒼い瞳をしたコウレイも、ゆっくりと後ろを振り返った。



……そこには



血だらけで、息も絶え絶えではあったが……

確かに、空が立っていた。

その切り飛ばされたはずの腕は、確りと……いや、如何にかではあるが、元の位置にあった。

「駄目、ですよ……コウレイ、どの……」

全身からシュゥゥゥゥゥゥ……と音を立てながら、空が呟く。

――自己再生能力――

空が持つ、人外の驚異的な力の一つで、あらゆる傷を癒すことが出来る。

様々な意味で、空は他の精霊とは違う存在であった。

だが、体内に散らばった破片――ダムダム弾は、対象の体内に入ると同時に砕け散り、体中に散らばる――を除去する事は困難であった。

「うつ、ほ……」

力なくコウレイが呟く。

「わ、わた、し……わたし、が……やだ、そんなの……いや……」

目に見えて錯乱し、困惑するコウレイ。少し幼児退行しているようにも見える。

「大、丈夫……私は、これぐらいじゃ、死にませんよ……」

優しい笑顔を浮かべ、空がそう告げる。

「最も、今回ばかりは、これ以上動くことは出来ませんが……」

「ごめん……私が、こんな、事に……」

空が苦笑を浮かべる。そこに、ヨウメイが口を挟む。

「いえ、どうやらコウレイさんの意思は完全に乗っ取られていたみたいです。」

一同が、ヨウメイの方を向く。

「やはり、そうでしたか……」

空が、納得し、頷いた。

「えぇ。実は、過去にコウレイさんが同じような状態に陥ったことがありました。

 その時に居合わせ、如何にか止める事が出来た私は……当時は、まだ研究で得た力を封印する前でしたから。

 コウレイさんの希望もあり、コウレイさんの精神と、統天書とを特殊な糸で繋げました。その為、コウレイさんの精神状態を統天書で見ることが出来るのです。

 過去の例と、様々な情報を統合したところ……コウレイさんが暴走した事件には黒幕がいるようです。」

ヨウメイの言葉に一同は安堵し、同時に堪え様の無い怒りを覚えた。

「コウレイの所為じゃないって事はわかったわ。まぁ、コウレイは本気で私達を殺そうとするような人じゃないって分かってたけど。」

ルーアンが、真剣な顔つきで、そう呟く。

「あぁ。だがしかし、そのコウレイ殿を操るとは……決してその操っている者は許せないな。」

キリュウが、怒りを露わに呟く。

「その通りです。絶対に、許すわけには行きません。」

揺ぎ無い強い意志を持って、シャオリンが断言する。

「……みんな。………ありがとう。」

涙は流れたままだが、瞳の色が深緑に戻ったコウレイが、珍しく女々しく礼をいう。

「そんな弱気なのはらしくないぞ、コウレイ。あんたはあんたらしくないと、ね。」

「みんな、コウレイを信じてるし、頼りにしてる。だから、もしもの時は頼りにしてくれよな、コウレイ!」

那奈が、太助がコウレイを激励する。

そんな、みんなの言葉が、コウレイには何よりも有り難かった。

「みな、ありがとう。その言葉、どんなものより、心強い……」

涙を払い、落ち着きを取り戻したコウレイが、心からの礼を述べる。

一同が、少し和やかな雰囲気になったところで、キリュウが口を開いた。

「ところで、ヨウメイ殿。礼の黒幕とやらは、一体どんな者なのだ?」

その問いに、ヨウメイは何故か押し黙る。

「それが……調べられないんです。」

自分の言葉が信じられない。そんな声色だった。

「っ!? 如何言う事だ、ヨウメイ殿!?」

「わかりません! 何故か、その項目には封印が施されているんです!!」

自分でも訳が分からないと言った感じで、思わず声を荒げる。

「一体、何で………」







――それは、“ワタシ”が封印したから、ですよ。







声は、外から聞こえた。

全員が一斉に外を振り向く。

そして塀の上に、夜よりも、闇よりも黒い法衣を纏い、肩に悪魔の顔をもした肩当を着けた端正な顔立ちをした男が、座っていた。

「さぁ、始める否始めよう……永久に渡る前奏曲は終った……望む否、望みし時は訪れた……さぁ、開幕だ。

 悲劇の前奏曲は終り、今……狂気と悲哀に彩られる、永久であり刹那である、最高の舞台が始まる!!」

その言葉が終ると同時に、夜が、狂気の光に打ち消された。




――私は、あいつを知っている……いや、絶対に忘れることは出来ない。全てを思い出した……あいつが、あいつが全ての……





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