茎熱収支法の応用例

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 茎熱収支法を応用した研究は数多く報告されているが,以下に紹介するのはそのごく一部である.

1.自然条件下での蒸散量の把握
 茎熱収支法は植物蒸散量を自然の状態で求めることができるのが大きな特徴である.このため,自然条件下の作物や植物の蒸(発)散特性の解明や,他の方法との比較検討がなされてきた.例えば,Hirano et al.(1996)はマングローブ蒸散の季節変化を茎熱収支法で調べ,雨季の蒸散は乾季の約50%であることを示した.Sakuratani(1987)は,茎熱収支法とボーエン比熱収支法を併用することによって大豆畑において植物蒸散と地面蒸発を分離して評価している.遠隔法と茎熱収支法による作物個体群蒸敏速度の同時計測から遠隔法の有効性が確かめられている(Inoue et al., 1994).

2.蒸散・蒸散流の環境や物理・化学処理に対する反応
 植物周囲の環境や,物理的・化学的処理が蒸散や蒸散流に与える反応の検出は,本方法の最も得意とする分野の一つである.例えば,Salisbury and Chandler(1993)はワタと雑草の一種であるヴェルヴェットリーフの水分競合を研究し,水の競合は光の競合によって強く影響されると結論している.Dugas et al.(1994)は圃場条件下のワタに550μmol mol-1のCO2処理をして蒸散量を茎熱収支法で測定した.その結果,土地面積当たりや個体当たりの蒸数量に対照(370μmol mol-1)との有意な差違は見出せなかった.一方,Senock et al.(1993)の実験ではコムギの水消費量が高CO2濃度で若干低下した.神尾ら(1997)はヨシ群落からのメタン発生の解明のための一手段として茎熱収支法による茎内流と茎内メタンガス濃度の同時測定を行っている. 植物への傷処理が与える影響についてみた研究もある.Yang(2003)は,セントポーリアを材料に有傷部から離れた葉の健全部に生じる褐変現象解明の一環として茎熱収支法を用い,茎基部の切除が蒸散流を一時的に高めることを見出した.

3.部位別の蒸散流測定と茎内の水の貯留
 蒸散流を部位別に同時に測定することによって,センサーを取り付けた2部位間で消費あるいは貯留される水の量が推定可能である.前者については,ダイズの葉群別の蒸散流特性が調べられている(桜谷,1982).後者の例として,ヒートパルス法と茎熱収支法の同時使用により,リンゴ樹の根,幹,枝の蒸散流の日変化を調べ,水の貯留組織は樹冠部であることを示唆したSakuratani et al.(1997)の実験,キヤッサバの基部と上部で蒸散流を測定し幹が水の貯留組織であり,水が不足するとその水を使って物質生産活動を行うことを見出したItani et al.(1999)の研究をあげることができる.

4.果柄・花梗内の水移動 
 果柄や花梗内の木部流は微弱なことから,測定は容易ではないが,茎熱収支法で注意深く測定すれば比較的良好なデータが得られる.Ohta et al.(1997)はミニトマト(サンチェリーエキストラ)の果柄で木部流量を測定し,夜間から早朝にかけて果実に水が流入し,昼間には果実から水が流出することを観察した.この結果から,裂果は,夜間から早朝にかけての水の果実への流入が果肉細胞を肥大させ,その圧力によって生じるものと推論している.そして,暗期における葉からの蒸散の促進は裂果の発生を抑制することを見出した.
朝倉(1994)はメロン果実の重量変化速度と果実ヘの木部流速度がほぼ平行関係にあること,昼間に水ストレスが強い場合には果実から茎葉に向かって水が逆流することを明らかにした.Higuchi and Sakuratani,(2005)は,マンゴー花序の花梗部で蒸散流を測定し,花序での蒸散流は日射や飽差にあまり影響されないことを見ている.また,マンゴー果実の果柄では夜間に果実への水の流れを,枝での蒸散流が増大した昼間には果実から枝梢への流れを認め,これは収縮と肥大を繰り返す果径の日変化とよく一致した(Higuchi and Sakuratani, 2006).

5.根内の水移動
 センサーが装着できるような根をもつ植物では根内流の測定が可能である.根での測定は,主として根の方向や深さ別の水吸収量の評価や,ハイドローリック現象(「ハイドローリックリフトとその意義」参照)の検出のためになされてきた(Harigane et al., 2009).ただし,根の構造によっては過大評価される(Sakuratani et al., 1999)ので予めキャリブレーションをしておいた方がよい.一方,Coners and Leuschner (2005)は,自然条件下における成木細根の水吸収特性を調べる研究に先立った予備実験で,樹木の細根(直径 3-4 mm)では,2g h-1以上の流量で重量法と良い一致を見ている.なおこの研究では,自然条件下の細根の水吸収は飽差などの大気環境に大きく影響されることが見出されている.
 小沢(1998)は,トマトを用い,側枝2本から根系を発達させ,それぞれを乾土側と湿上側として両者の間の水移動を調べた.このような場合,センサーは側枝に取り付けることになるのでキャリブレーションは不要であろう.この実験で,小沢は土壌が極端に乾燥すると夕方から早朝にかけて最大約10cc h-1の水が乾土側へ移動するのを見出している.また,トマトを栽培した南北高畦において,東側と・西側からの根の水の吸収量の日変化を調べ,吸水において東面が有利な環境にあることを見出した.山田と村瀬(1994)は茎内木部流の測定から夜間においても根が水を吸収していることを確認している.

引用文献
1) 朝倉利員,1994:メロン果実重変化の測定と生体情報としての利用.農気・生環'94,74-75.
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19) 山田久也・村瀬治比古,1994:ポンプ運転制御によるNFTミニトマト裂果低減法,生物環境調節,32,1-7.
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