熱収支法による植物茎内の水流量(サップフロー)測定法

桜谷哲夫(櫻谷哲夫)

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20162月更新

 植物茎内の蒸散流は,光合成器官である葉部への水の供給や養分・代謝産物の輸送を担っている.蒸散流はさまざまな外的,内的要因によって影響を受ける.このことは蒸散流を計測することによって,蒸散量のみならず種々な生体情報を取得することも可能であることを意味している.このため茎や根内の水の流れ(sap flow)の測定は古くからの関心事であり,いくつかの方法が提案されてきた.この中で熱を蒸散流の指標として利用する方法が簡便で比較的信頼性も高いことから広く利用されてきた.熱を利用した方法は1932年に開発されたHuberのヒートパルス法と20世紀後半に提案された熱収支法に大別される.熱収支法には太い樹木のための幹熱収支法と,著者によって提案された細い茎に適用できる茎熱収支法(Sakuratani, 1981)が含まれる.茎熱収支法は,伝熱工学における熱輸送理論を植物茎に適用したものであって,通常キャリブレーションなしで流量が求まり,直径約2150mmまでの茎や幹(van Bavel, 2002),場合によっては根にも適用可能である(写真).そのため開発以来多くの応用がなされてきた(「応用例」参照).
 本ページは測定の原理と実際について解説したものである.

補足:本測定法は執筆者が農林水産省農業技術研究所(当時)に在職中に関係各位のご協力の下に開発されたものであって,その成果の概要は同省農林水産技術会議事務局編「新しい技術(第19集),昭和56年」に掲載されている.その後,転勤先の九州農業試験場、農業研究センター(いずれも当時)、京都大学でも改良が加えられた.開発後すでに30年以上経ているが.現在でも蒸散流測定の一方法として位置づけられていることから,本測定法の採用を検討している研究者・学生,並びに実際の利用者に役立つと思われる学術的な情報をここに提供するものである.

T.測定原理

 植物茎の周囲に装着したヒーター(長さは直径の1.5 〜2倍程度)を考える(図1).ヒーターに電圧Ep[V]を加えると熱量Q []が発生する.その熱量は(1)式右辺に示す各熱収支項に配分される.なお,加温部位の貯熱量の変化は無視する.

ここで,qf は茎内流によって運ばれる熱量[W]quqdは茎の熱伝導によって,それぞれ,上方と下方に運ばれる熱量[W]qrはヒーター表面から周囲の空気中に失われる熱量[W]である.QEp ×I (I はヒーターを流れる電流[A])で求められる.qf は次式で与えられる.

ここで,F は茎内流量[g s-1]cwは水の比熱[4.18 J g -1-1]TuTdは,それぞれ,ヒーター上方と下方の茎温[]である.quqdは一次元熱伝導式により,それぞれ,次式で表される.

ここで,λは茎の熱伝導率[W m-1 -1], A は茎の横断面積[m2], Tu'Tuの測温点よりΔx [m]離れた上方の茎温[]Td'Tdの測温点よりΔx [m]離れた下方の茎温[]である.qrはヒーター背面に装着した熱流素子の起電力E []と係数 k [WV-1]から次式を用いて求めることができる.

(1)(5)式より茎内流量 F は次式で表される(Sakuratani, 1981)

6)式は各温度差,Tu - Tu', Td - Td', Tu - Td, およびE を求めることによってF が評価できることを示している(2A).なお,各温度差は熱電対によって容易に測定できる.図2Aではセンサーからの信号は4系統となるが(4線式),Steinberg et al.1990)は熱電対の結線方法を変えることによって3系統で済む方法(3線式)を提案した.すなわち,(6)式は次のように変形できる.

7)式を用いると熱電対の結線は図2Bのようになる.Steinberg et al.1990)に従って,図中の記号を用いると,

となる.k F = 0と仮定することによって次式から求めることができる.

W以下の説明では図2Bのように結線されているものとする.草本植物の茎の熱伝導率として0.54 W m-1-1が使える.k は夜間に(通常,日の出前)F = 0になると仮定して算出する.なお,k の誤差は日中の F の精度に大きく影響しない.ただし,夜間の流量変化あるいは枝や根内の逆流現象を調べる場合には夜間にF = 0を仮定しない方法(Sakuratani et al., 1999)を用いる必要がある.

U.流量センサーの構造

 オリジナルな流量センサーは,熱量 Q を供給するヒーター,温度差Tu - Tu', Td - Td', Tu - Td,を測定する熱電対およびヒーター周囲に密着した熱電堆より成っている.センサーは,ヒーターとして絹巻マンガニン線等を使用することにより自由な大きさで自作することが可能である.詳細は桜谷(1997)を参照されたい.

V.センサーの精度

 センサーの精度は,茎にセンサーを取り付けたポット植えの植物の重量の減少(蒸散量に相当)を一定時間毎に計測し茎内流量と比較することによって評価できる(ポット上面をアルミシート等で完全に覆い土からの蒸発を防止しておく必要がある).その結果,導管が茎表面近くに分布する双子葉植物では±10%の精度で流量を求めることができることが認められている.根ではポトメーターによって比較がされているが(Sakuratani, 1999),流量が過大評価されキャリブレーションが必要であることがわかった.過大評価は根の導管が表面からの熱が伝わりにくい中心部にも分布しているためと見られる.

W.測定法

1.センサーを取り付ける植物体を選定する.取り付ける位置は,地温の影響を受けないよう地際から数cm以上上方とする.その部位は円柱状または楕円状で表面は滑らかであり,節間の長さは数センチ以上あることが望ましい.
2.センサーを茎に取り付ける.ヒーター並びに茎温測定用熱電対は茎に良く密着させることが大切である(図4).細かな毛が表面に密生している茎やざらざらした樹皮はサンドペーパーなどで滑らかにしてから装着する.
3.日射や気温変化のセンサーへの影響を軽減するため,センサーを含む茎に断熱材(たとえばスポンジ)を巻き付ける(図5).この巻き幅はセンサーの長さの3倍以上,厚さは茎の直径以上とする.特に精度を要求する場合は,断熱材として熱伝導率並びに温度伝導率共に小さいコルクの使用が奨められる.この場合,センサーとコルク内側の隙間には柔らかい断熱材を詰める.断熱材表面はアルミ箔で覆う.雨水のセンサー部への侵入は大きな測定誤差の原因となる(多くの場合データは使えない)ので雨天時の利用は勧められない.雨天時にも使用する場合は茎と断熱材の隙間をワセリンなどで完全に防水する必要がある.また,断熱材も水を吸収しないようにする.

4.センサーをデータロガーに接続する.センサーに供給する電力の目安は図6の通りである.茎内流が活発と見られる場合は高め,不活発な場合は低めに設定するとよい.流量が小さい場合,熱がセンサ取り付け部にこもり茎温が過度に上昇する.特に樹木などでは,導管に気泡が入るなどして植物体を萎凋・枯死させることがあるので十分注意する.

5.測定期間中は少なくとも1日に1回はデータをモニターし正常に測定されているかどうかを調べる.特にヒーターと熱電対の断線には十分注意する.ヒーターが断線するとAH, BH, CHの値が0に近くなり容易に判定できる.熱電対が断線すると9999等を表示するはずである.測定値の異常な乱れはセンサー内への結露や雨水の浸入によっても生じる.このような場合は,センサー部を一旦開いて水滴の有無をチェックし,もし付いていたら十分乾かした後に再セットする.長期間のセンサー取り付けは茎を傷める恐れがある.草本植物では5〜7日が限度である.茎が肥大中の植物は数日ごとにセンサーをより太いものに取り替える.この場合,他の新しい個体を使う方がよい.
6.F の計算に当たっては,センサーからのAHBHの信号は電圧なので熱電対の1当たり起電力で割って温度差に換算する(たとえばAHBHmV出力の場合は0.041mV-1で割る).計算法はXに記載してある.

X.データの解釈と計算

1.ヒーター上下の温度分布
 生データとして,AH, BH, CH, およびヒーター電圧Epを取得する.測定が順調に行われているかを生データから判断することは,センサーや取り付け法の不備による失敗を防ぐ上からも重要である.その基本は,AH, BH, CHの変化パターンの意味を理解することである.図7はヒーター上下の茎温の分布が流量によってどのように変化するかを見るため著者によってなされた実験結果を示したものである(流れは上方に向かっている).図7より一般的に次のことがいえる.
1)BHは常に正である.なぜならBの方がヒーターに近いからである.
2)流量が小さいか0のときAHはマイナスの値を取る.なぜならHの方がヒーターに近いからである.
3)茎内流量が0の時にはヒーター上下の温度分布は基本的に等しい(左端の分布).AH =BHであり,上下の温度差(ΔT =(AH+BH)/2)は0となる.
4)茎内流量が生じてくると上方への熱輸送のため,上・下の茎温の差が大きくなる(左より2,3番目).そしてAHは正の値を取るようになる.
5)さらに流量が増加すると水はヒーターで十分暖まらないうちに上昇するので,温度差はかえって減少する(右端).なお,流れが不活発な茎ではこのような現象は見られない.
2.生データの日変化
 AH, BH, CH (単位はいずれもmV),上下の温度差 ΔT =0.5(AH+BH)/0.041:単位は),およびサップフローF g 30min-1)の日変化例を図810に示す.図8では日の出後日中にかけAH, BHとも増加(従ってΔT も増加)しているがこれはヒーターにより暖まった水が蒸散流により上方に運ばれるためである.逆にCHは熱が加温部から蒸散流により奪われるため減少する.夕刻のAH, BHの減少は蒸散流の低下を意味している.夜間には流量が低下するためΔT は小さい値をとる.AHは一時的にマイナスとなっているがその減少量は小さいのでΔT は常にプラスである.もし流量が0であれば|AH|=BHとなるはずであるが,そうはなっていないのは夜間でも水の流れが若干生じていることを示している.図8右で夜間に一時的にF 0となっているのは,k を決定するためにこの時間にF = 0と仮定したためである.

 図9は日中にAH, BH, ΔT が減少している例であり,図7の右端に対応する現象である.このような現象が生じるのは,前述のように測定部位の水がヒーターにより十分暖まらないうちに移動するためである.この原因として流れが活発な場合とヒーターが短すぎる場合が考えられる.前者の場合は測定精度にほとんど影響しないが,後者が主原因の場合は過大評価される.図9の例は活発な流れに起因し,図9右のように最大100g30min-1近い値を示している.

 図10は根での測定例である.夜間に,AHが大きなマイナスの値を示し,ΔT もマイナスなのは水が逆に流れている(水が根から土壌中へ浸潤している)ことを示している.流量F を示す図10右において朝・夕にF が過大評価されている(赤い点線)のは,計算式分母に対応するΔT の値が0に近くなったためである(X参照)

3.計算

 生データ(AH, BH, CH, Ep)を用いて表計算ソフト上でF を求める.この場合には,Q, ΔT に加え,k も(8)式により計算してシート上に表示しておく.この k は見かけのkであり日変化するが,通常,日の出前に最小を示すはずである.この最小値を真のkと仮定して,それを使ってF を計算する.しかし,k は茎の肥大などによるセンサー密着性のわずかな変化により経日変化する.このためその日の夕刻以降にk の最小値が出現することがある.このようなとき日の出前の k 値を使って計算すると,夕刻以降 F はマイナスを示す時間帯が生じる.これを防ぐには,夕刻から早朝の時間帯で出現したk の最小値を使って,前日正午〜当日正午までのF を計算することである.当日午後のF は夕刻以降のk の最小値を使って計算されることになり,午前と午後で異なるk 値でF を求めることになるが,はじめにも述べたように,k のわずかな差は日中のF 値にほとんど影響しない.

4.測定誤差と対策

 最も注意を要するのは,ヒータ上下の温度差(ΔT)が0の時にF が無限大になることである.また,ΔT が0付近では異常に大きいF 値となる場合がある(図10).夜間や日の出入り前後に,F が異常に大きい場合にはΔTが0付近の値を示していないかチェックしたほうがよい.ΔT = 0付近の異常値を除外するには,ΔT の絶対値が0.2または0.3以下の場合,F = 0と仮定するのも一方法である.ΔT0となるのは,@実際に流量が極めて小さい,A熱電対の取り付け位置がずれて上下非対称になっている,のいずれかである.Aの場合はヒータ上端とBの距離,ヒータ下端とHAHH)の距離が等しくなるよう調節する.日中において,ΔT が小さすぎる場合は,F の過大評価につながる.これは,@短いセンサーで高流量を測定した場合,Aヒータへの電力供給が小さ過ぎる場合,B熱電対の取り付け位置がずれて上下非対称になっている場合,に生じる.@による過大評価を防ぐには,茎径の1.5〜2倍の長さのヒータをもつセンサーを使う.Aが原因している場合は,日中のΔT 最小値が0.5以上となるよう供給電力を調節する.なお,短か過ぎるセンサーに対して供給電力量を上昇させても過大評価は改善されない(Ham and Heilman, 1990).

主要文献
1) Ham, J.M. and Heilman, J.L., 1990: Dynamics of a heat balance stem flow gauge during high flow. Agron. J., 82, 147-152.
2) Sakuratani, T., 1981: A heat balance method for measuring water flux in the stem of intact plants. J. Agric. Meteoroll., 37, 9-17.
3)
櫻谷哲夫,1982:作物体内の蒸散流量測定法の開発とその応用.農業技術研究所報告A2947-121
4) Sakuratani, T., 1984: Improvement of the probe for measuring water flow rate in intact plants with the stem heat balance method. J. Agric. Meteorol., 40, 273-277.
5)
桜谷哲夫,1997:蒸(発)散量の測定,日本農業気象学会編「新訂農業気象の測器と測定法」,農業技術協会,に所収
6)
桜谷哲夫,樋口浩和,露木 至,矢野友久,1998:ミカン樹の水分動態に関する研究.鳥取大学乾燥地研究センター共同研究発表会講演要旨集.
7) Sakuratani, T., Aoe, T. and Higuchi, H., 1999: Reverse flow in roots of Sesbania rostrata measured using the constant power heat balance method. Plant, Cell and Environment, 22, 1153-1160.
8) Steinberg, S.L., van Bavel, C.H.M. and McFarland, M.J., 1990: Improved sap flow gauge for woody and herbaceous plants. Agron. J., 82, 851-854.
9) Van Bavel, M.G., 2002: Flow4 Installation and Operation Manual, Dynamax, Inc., Houston, 139pp.