ぽつぽつと降り出した雨が、ザアアア、と激しい音を立て出した。
どんよりとした空を見上げながら、シャオは不思議そうである。
「ここって、作り出された空間なんですよね?」
「そうじゃ。」
「ちゃんと天気も変わるんですね。」
「まあ、作り出されたといっても自然をベースにしてあるからの。」
あっさりと答えながら、リーフェイは野菜をトントンと切り出した。
二人は今料理をしている最中で、他の面々はそれが出来あがるのを待っているのである。
本来ならヨウメイがこの場に居てシャオの料理を手伝っているはずなのだが・・・。
「ううっ・・・ひっく・・・。」
「楊ちゃん、いいかげんに泣き止んでよ。」
「あたし達が来たのがそんなに嫌だったの?」
「・・・ひっく・・・違うよ!!来てくれたのは凄く嬉しい。
でも・・・でも・・・。」
まともに会話は出来る状態ではあるのだが、泣いているためにどうにもすすまない。
「とりあえずシャオリンの料理が出来あがるのを待ちましょ。」
ルーアンの提案に、それぞれこくりと頷くのであった。
皆が今居るのはリーフェイのすんでいる家。
知の洞窟をとりあえず抜け出して戻って来たというわけだ。
リーフェイ自身も、執拗に泣いているヨウメイを見てビックリしていたが、
ひとまずは家の中に入って落ち着こうという結論になったのである。
そんなこんなで待っていた料理は完成。
場所が場所だけに中華であったが、色とりどりのそれに皆は嬉しそうに箸を取った。
「それじゃあ楊ちゃん。」
「・・・え?・・・ああ、うん。」
少し気のりしないながらも、ヨウメイはきっちりと手を合わせた。皆もそれに習う。
「では、いただきます!」
≪いただきます!≫
食事前のちょっとした儀式。ヨウメイ自身のこだわりでもある。
空腹の為か、しばらくは黙々と進められていた食事であったが、
ある程度のところで花織が待ちかねたように口を開いた。
「楊ちゃん、なんで泣いていたのか教えて欲しいんだけど。」
「・・・今は食事中だよ。だから後にして。」
「・・・分かった。けど絶対洗いざらい話してよね。」
「そのつもりだよ。質問時間を設けるから。」
「・・・好きだねえ、質問。」
「質問ってのは相手が“教えて”って言ってる事だからね。
それを教えるのがまた快感なんだって訳。」
「・・・やっぱりそういうことなんだ。」
「でも、今回はなんだか心苦しいな・・・。」
ちょっと辛そうに対応するヨウメイに、花織はそれ以上追及するのは止めた。
静かな食事時間がそのまま続き、そして食後のお茶と一緒の質問会が始められたのである。
「それでは、質問はなるたけ一人一つずつにしてくださいね。」
「ところで当然儂も含むのじゃな?」
「ええ、それでいいですよ、リーフェイさん。」
「ではまず・・・」
「あたしからです!!」
リーフェイを遮って花織が一番に手を挙げた。
しぶしぶ引き下がる彼をみやりながらヨウメイはどうぞと告げる。
「なんで楊ちゃんがそんなに不満なのか聞きたい!」
「・・・それについては、ちょっと面倒な事から話さないと。
まずは同化を用いた際に生じるリスクの事なんだけど・・・。」
「うん、それは消滅だってリーフェイさんから聞いた。」
「その通りじゃ。あの様な凄い存在に一介の精霊が成って良いものではない。
元に戻る術を実行しないと、消滅の道を辿る、とな。」
横からリーフェイが付け足す。と、ヨウメイはそれを聞いて力無く笑い出した。
「はは・・・。代償が・・・消滅?
はんっ、そんな程度で済めばここまで深刻になったりしませんよ!!」
急に鬼の様な形相になったかと思ったらヨウメイは立ち上がった。
しかしすぐに落ちついて、座り直す。
「代償はさておき、この元に戻す方法。
これはもし失敗した場合、それに挑戦した者全てを道連れにしてしまうのです。
失敗というのは、知の洞窟で力尽きたり、力の洞窟で勝負に完全に負けたり・・・。」
「そっか。つまり失敗したらあたし達も消滅・・・」
「だから消滅じゃ無いって言ってるでしょ!?」
呟く花織を遮って叫ぶ。びくっとした彼女にヨウメイはすぐに座り直した。
「とりあえず質問は口々にしていいものに変えます。なんとなく、ですけどね。」
「それじゃあ早速!消滅って事は要は死ぬって事だろ?それって凄い代償なんじゃ?」
何故か待ってましたとばかりにたかしが質問。それにヨウメイはゆっくりと喋り出した。
「消滅なんてのは、所詮一瞬のものにしか過ぎません。
確かに死というものはそれはそれは恐ろしいものです。私達には計り知れません。
しかし・・・もっと恐ろしいものがあります。それは永遠に続く苦しみ。」
「永遠に続く・・・苦しみ?」
「そうです。例えば全身を串に刺されて・・・一本一本刺されて・・・。
それで死んでしまっても無理矢理生き帰らされてまた一から・・・。
それが少しでもなれてしまえばまた別の・・・。例えば他にも・・・って話せばキリがないんですけどね。
そんな無限とも言われる苦しみ、もちろん体に限らず心も・・・。
当然その中には“死”というものも含みます。何回も何回も殺されたり・・・。
それが永遠に続くとすればどうですか?
いっそ消えてしまいたい、でも消える事は永遠に叶わない・・・。」
沈んだ語りに周りがしんとなる。確かにそれは恐ろしいものである。
「で、でもさ、そんな状態が続いたら普通じゃ無くなるんじゃ?」
「普通じゃなくなった時点で普通に戻されれば?」
「・・・・・・。」
「同化の代償として、永遠の苦しみなるものに突き落とされるんです。
相当恐ろしい世界ですよ、ここは・・・。」
更に沈んだ空気が流れる。と、那奈がすっと手を挙げた。
「その世界ってどこにあるの?」
「私には分かりません。ただ、明らかに別次元でしょうね。時間なんて関係してるし・・・。」
うーん、と今度は唸り出す。ともかくそういう大変な世界があるという事だ。
「けどさあ、なんで?」
「何故こういう代償かという事ですか?
因果律の一種じゃないですか?多分。
あらゆる次元を取り巻く構造の決まり上、そういう事になっているのだと思います。
因果を乱すならば自分に対する苦しみ全てを永遠に受ける覚悟を決めろ、という事なんでしょうね。」
質問の答えが少しあやふやになり出した。
どうやら、ヨウメイには答えかねるもののようだ。
「ねえ、楊ちゃんはなんでそういう代償だと記さなかったの?」
と熱美。それに対して、ヨウメイは少し考えた後に口を開いた。
「まず、同化を用いた際のそういうリスクをここまで縮める事が出来た、というのは分かるよね?」
「縮める・・・って、一週間は幼児化したままで居られるって事?」
「そうそう。これはもともと偶然そんな風に出来たんだけどね。
どうやってそう出来たかは省くとして、この状態だと皆に対して誤魔化しがきくの。
例えば統天書に吸収されて消滅、とか。まあ実際性格以外は取られちゃってるけどね。
で、納得して空天書に戻してくれればそれで良し。私は迷惑をかける事なく消えられる・・・。
でも・・・まさか本当に記述を探そうとするなんて思ってもみなかった。
統天書を直に探して、なんて・・・。」
「当たり前だよ!親友なのに!!」
「そうだぞヨウメイ。俺の大切な家族の一員なんだから。」
代表してか、花織と太助が告げる。と、それにヨウメイは涙を流し始めた。
「あなた達なら絶対そう言うと思った・・・。だから統天書にはあえて場所を記さなかった。
なのに本当にそれを探し当てて・・・。」
「それに本当の代償を書くとそれが確実になるから?」
「うん、そういう事。非道い代償ならば、それを防ごうともっと必死になる。そうでしょ?花織ちゃん。」
「当たり前だってば!」
「同化を使った後、この点についてしまったなって思いました。でも、今更悔やんでも仕方ないですね。
こうして花織ちゃん達は、主様達は知の洞窟を超えてまで来てしまった・・・。」
諦めた様にヨウメイは俯いてしまった。それに影響されてか、他の皆もしんとなる。
その場を変えるかの様に、別の者が質問をした。
「ヨウメイ、儂にも本当の事を教えなかったな。それは何故じゃ?」
「いえ、リーフェイさんと一緒に居た時は、確かに代償は消滅のはずでした。
何故かって、同化していたのはほんの一瞬ですしね。
今回は、デルアスなんて奴と戦ったから・・・。」
「代償がランクアップしたというわけかの?」
「まあそういう事です。」
少しばかりとんでもない話に成り始めた。
なんとなく納得が行かない面々が多々居たものの、次の話へ移るかの様にキリュウは質問した。
「ヨウメイ殿、皆に来て欲しくなかったのなら、何故統天書の記述を消さなかった?」
「この場所の事ですか?それは無理です。統天書に載る事は必須です。」
「ヨウメイ殿がそれを拒否させれば良いのではないのか?」
「そんな事は出来ません。ついでに言うと、統天書に載らない事柄はないんです。」
「しかしあなたは普段よく言っているではないか、載っていない、と。」
「それは、私自身がその事象を調べるのにとてつもない時間を要する、という事なのです。
実を言うと私自身この統天書の全てを知ってるわけでは無くて・・・。」
「なんだと!?」
慌ててがたっと立ち上がるキリュウを、周りはまあまあとなだめる。
座り直した彼女は改めて質問した。
「以前言っていなかったか?力の類は全てわかるとか。」
「・・・それはまあ、統天書から得た物ですから。
私は、この書物をそう割り切って使用してるんです。
過去に起きた出来事しか載らない、また、余計な事は記載されない、
あとは・・・。」
「もういい!!なるほどな、そんな代償が来るわけだな。
自分の力の限界も知らずに使っていたのならな。」
「・・・おっしゃる通り。だからこそ、完璧な存在なんてのにはなってはいけないんです。」
「それとこれとは・・・ん?なるほど、そういう事なのか?」
「ええ。例えば、この世には精霊を纏めたりとかいうのはちゃんと精霊神様が行います。
また、宿命からの解放なんてのも知り得るのはその神様のみ。
一介の精霊がそんなことを知ってはいけないし、役目も負うべきではないのです。
何故かって、ちゃんと役割を担っている人が居る意味が無くなってしまいますからね。重要な物は特に。
もちろん今キリュウさんが行ってる事は別ですよ?しっかりと主様の手助けを・・・」
「ちょっと待ったヨウメイ殿。もしかして統天書に載っているのか?」
「ええ、懸命に探せばいつか多分見付かりますよ。守護月天の宿命から解放させる術が。
あと、神様になる方法だの、多分同化の代償をチャラにする方法だの・・・。」
「そうなのか!?」
「しかし、多分探し出せません。だから、私は載っていないものと割り切ってます。」
しばらく続いたキリュウとヨウメイのやりとり。
統天書というものはどんな事象でも必ず載るという事であった。
ただ、それを探すのは知教空天でも無理なのだと・・・。
「要は完璧なのは何も無いって事で・・・私もそうです。」
「いいや、ちょっと待った。試練については載らないようにしたとか言ってなかったか?」
「だからそれは、調べるのがめんどい場所に載るようにしたって事ですよ。
これはすぐさま可能ですが、逆は無理なのです。」
「ほほう、なるほどな。私の試練は隅っこに追いやられてしまったというわけか。」
「ええそうです・・・って、今はそういう事を言ってる場合じゃ無いでしょうに。」
「そういう場合だ!大体、何故そんなごまかしたような使い方を・・・。」
「載ってるくせに“載らない”だの“載って無い”とかしてる事ですか?
探せません、なんてカッコ悪いじゃないですか。
第一、それでも絶対探せなんて事になったら・・・。」
「・・・言われてみればそうだな。三日三晩徹夜してやっと探し当てられるようなものは。」
「その程度で済めばいいですけどね。運が悪ければ何年もかかります。」
「なるほど。そういうのは手遅れ過ぎるな。
しかし、知教空天ならばどこに何が載っているかすぐ分かると言っていた様な・・・。」
「例外もあるんです。それで納得してください。」
「えらく大きな例外だな。」
「済みません・・・。」
結局ヨウメイは済まなさそうに頭を下げて俯いてしまった。
キリュウもそれ以上は追求するのは止めて、割り切る事にしたのである。
とここで、那奈が思い出したように手を上げた。
「ヨウメイ、ちょっと前にあたしが質問した時に言ってたよな。
“とある操作によって載せる事もできます”とか“私自身が読めない様にしてます”とか。」
「ああ、あの質問会の時ですか。」
「そうだ。今考えるとそれとすっごく矛盾してないか?」
そこで意を決したようにヨウメイは顔を上げて喋り出した。
「えと、一応纏めますと、私が“この統天書にて調べられる事”と今まで言っていた事とは、
“私が統天書ですぐに調べられる事柄”だという事です。
そして、鉛筆を用いたりして書き足したりする事によって、
それに関連する事柄もすぐさま調べられるようになるという事です。
もちろん、そう変化できる事柄事態も制限があるのですけどね。
例えば、同化永続、世界創造、等々です。ただねえ・・・
無と化す術が得られたのはどうも疑問なんですけどね。
まあ、あれは術者自身の何かを消すという代償つきですから少し使えるんでしょう。」
難しい顔をしながらも説明を終えた。ともかく統天書はすさまじい書物であるという事だ。
「しかしヨウメイ、儂には仙人に成る方法を教えてくれたではないか?」
疑問の顔になったリーフェイの質問に、ヨウメイはゆっくりと顔を向けた。
「あれは偶然見つけたんですよ。こいつは面白そうだぞ、ってんで記憶しておいたんです。
もしくは、もともとそう因果を狂わす物ではなかったのかもしれませんね。」
「なるほどな、それなら合点がいくわい。しかし実際にここに儂が居るのはどうなんじゃ。
同化の代償を防ぐ鍵を握っている者として。」
「そんなの、力の洞窟を超えられたらでしょうが。
無理なんですよ、あれは。ほぼ絶対に・・・。」
「しかし儂が行った時は・・・とと、比べては成らんのか。
実際に謎解きが五倍に増えておったし。」
「そういう事です。今回は一応リーフェイさんも一緒に行けるように細工しますので、
それで経験して味わえばいかに無謀なものか・・・。」
と、ここで思い出した様にルーアンが手を挙げた。
「そういえば力の洞窟があったんじゃない!
あれをクリアすれば代償道連れは免れるわけなんでしょ!?」
「まあそうですが・・・中に居るのは・・・」
「ヨウメイなんでしょ?だったら大丈夫よ、体力無いんだし。」
「あのね・・・。言っておきますが、相当強いですよ。」
「でも、デルアスほどじゃないでしょ?」
「そうですね、あそこまで無茶苦茶じゃないです。
全ての現象を操れた頃の私、が居るはずです。」
「・・・全ての現象?」
「ええそうです。」
全ての現象という所で“うん?”となった。普段もそんな感じだからだ。
それに気に成ったのか、今度は出雲が手を挙げる。
「ヨウメイさん、全ての現象とはどういう事ですか?」
「・・・遥か昔、ずっと昔。
私は統天書を使って研究しまくってました。あらゆる現象が使えるように。
これがまた面白くて。で、回復やら流星呼ぶのやら蘇生やら複製やら・・・
とにかくあらゆる事が出来るように成ったんです。
でも、はたと気付いた時には、“こんなの教える役目には要らない・・・”
と思って、全てを封印したんです。だから流星呼ぶ試練とかには封印解いたし。
回復の術にはキリュウさんの万象大乱を応用するようにしたし。
一応、元から使えた自然現象を呼ぶというもの、それは残したんです。」
「・・・何故残さなかったのですか?特に回復とか。」
「封印する事によって、教える統天書を用いる技術も上げられるようにしたので。」
「つまりはどっちも調子に乗り過ぎたって事なんでしょうか?」
「・・・・・・。」
「そうなんですね?」
「・・・はい。」
えらくおっちょこちょいである。
統天書もとんでもない者に持たれたものだと、皆は思うのだった。
「それはさておき、その全ての現象が使えるヨウメイさんですが・・・そこまで強いのですか?」
「は?・・・あ、ああ、そりゃもうとんでもなく。」
「でも、デルアスよりは弱いのでしょう?
ならばルーアンさんとキリュウさん、そしてシャオさんの連携で片が付くのでは?
ましてやリーフェイさんが参加するとなると・・・。」
「・・・もう一度言っておきますが、確かにデルアスより弱いです。
しかし・・・考え様によってはデルアスより強いです。」
「え?どういう事ですか?」
「それは、一度力の洞窟へ行った後に・・・。」
そしてヨウメイは口を閉ざした。
おそらく、余計な事は言ってはいけないという決まりなのだろう。
と、ここで深く考え込んでいた太助が手を挙げた。
「・・・ヨウメイ。」
「はい?」
「統天書とは一体なんなんだ?」
「ありとあらゆる事柄が載りうるであろう書物です。」
「何故全てが載っていると断言できるんだ?」
「当たり前です。同化の方法なんてのが見付かったくらいですから。
あの状態は、とにかく凄いんです。どんなものも退けてしまうくらいにね。
おそらく探せば、永遠に同化する方法も・・・。」
「・・・そんな凄い書物をヨウメイが持っていること事態おかしくないか?
だって、その本があれば完璧に成れるじゃないか。」
太助が言いたいのは、完璧はありえない事と矛盾しているのでは?という事である。
「現実を見てください。私は完璧になんか成ってないじゃないですか。」
「けど、もし別の奴が持っていたら・・・。」
「これは私の予想ですけどね、おそらくこれを完璧に利用できるのは、
この統天書を作り出した方だけですよ。」
「え?それって・・・神様だって事?」
「私が思うに・・・デルアスの記述と一緒に記述を書いた方じゃないかって。
まあそんな事はどうでも良いんですけどね。
この統天書はほんと奥が深くて・・・完璧に使いこなすのは誰にも無理でしょうね。」
“ふふっ”と少しばかりの笑みを浮かべる彼女に、太助は少し暗くなった。
「なあヨウメイ、もしかして・・・」
「太助様!」
何か言おうとした傍で、シャオは太助のそれを遮った。
「どうしたんだよシャオ。」
「多分それは言ってはいけません。絶対に・・・。」
「そ、そうか・・・。」
「無駄ですよ、シャオリンさん。今主様が言おうとした事柄も統天書に記載されます。
それを見ればすぐです。・・・でも、見ません。なんとなく私にも分かりますから。」
今度は淋しそうに笑うヨウメイ。
他の面々も、太助が言おうとした事柄をなんとなく感じ取っていた。
なんとも重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、翔子が手を挙げる。
「ちょっと話題変えようぜ。とりあえずヨウメイ、
統天書から研究するったって、そんなのいつやるんだ?」
彼女のそれに、ヨウメイはさっきとは違う笑顔を浮かべて喋り出した。
「あ、それはですね。今みたいに主様に教えるって事ができない時とか。
仙人になりたいだなんてとんでもない事を言い出した主様が修行してる間とか。」
「「俺(儂)の事か!?」」
声が合わさり、さらに身を乗り出すのも同時になる太助とリーフェイに、皆がどっと笑う。
一応和んだ所で、今度はゆかりんが手を挙げた。
「ところで楊ちゃん、今はどういう状態なの?」
「今は?ってどういう事?」
「だからあ、知識を得たんでしょ?でも力はないんでしょ?」
「ああ、そういう事か。統天書で調べものして、教えたりは出来るの。
でもそれだけ。自然現象呼んだりはできないの。」
「なるほど。更には飛翔球も使えなくって、頭以外はだめだめだって事だね。」
「そんなはっきり言わなくても・・・。」
「おまけに人で遊ぶなんて事もできないね。」
「そうなんだよねえ。キリュウさんで遊べない・・・。」
「ヨウメイ殿!!」
突然名前を出されたことによりキリュウががたっと反応する。
“冗談ですよ”と、必死にヨウメイは弁解するのであった。
深刻な質問に関してはここらへんで無くなったのだろうか。
と、シャオが思い出した様に手を挙げた。
「ヨウメイさん、無になった物は過去のものとか全てが消えるんですよね?」
「え?ええ、そうですよ。」
「という事は、何故無になったデルアスさんの事を私達は覚えているんでしょう?
過去のものも消えたのなら、会ったとか覚えているのは変じゃないですか?」
知の洞窟へ向かう手前にリーフェイと話していた事柄である。
いわば無の矛盾、それを聞いて、ヨウメイはぱらぱらと統天書をめくり出した。
「これについてですが・・・説明は相当難しいんです。
不思議な力が作用している、という事で納得してやってください。おそらく・・・」
「一生かかっても理解できませんよ、だろ?」
「そうです、主様の言う通り。・・・随分と積極的になりましたね?」
「妙に引き合いに出されたからな・・・。」
途中の事を多少怒っている様でもある。しかしそれを気にする事も無くヨウメイは喋り出した。
「一応納得いくように別の説明をしますと、もともとはデルアスは無ではなかったですよね?」
「え?ええ、そうですね。」
「しかし、私の手によって無理矢理無にされてしまった。こういう事も関係しているのです。」
「はあ、そうですか・・・。」
「無からの創生が可能かどうかは知りません。しかし、その逆が果たして簡単に出来るでしょうか?」
「言われてみれば・・・。」
「・・・とまあそういう事でよろしいでしょうか?よろしいですよね?ね?」
「え、ええ。」
珍しく説明を早く終え様としているヨウメイに、シャオはこくこくと頷くしかなかった。
他の面々も同じ。その辺りで納得しておく事にしたのである。
とりあえずそのあたりで質問会はおひらきとなった。
その日はそれぞれ疲れを癒す様に、また、次の日から始まる力の洞窟攻略に向けてゆっくりと休む。
ヨウメイ自身も、不安を全て消して花織達と一緒にゆっくり休む事にした。
寝る前に幼い様子のヨウメイの事や、ここまでの苦労や、様々な話に花を咲かせながら・・・。
そして翌朝。皆は力の洞窟の前に来ていた。
「それじゃあ皆さん、頑張ってきてください。
ルールとして、挑戦回数は人間の数、です。つまり、
リーフェイさん、花織ちゃん、熱美ちゃん、ゆかりん、野村さん、遠藤さん、
宮内さん、山野辺さん、那奈さん、主様、の計十回、これがリミットです。
戦いを行う人数は決まってません。つまり全員です。
十回終えるまでに勝たないと、代償を全員が・・・受ける・・・羽目に・・・。」
説明途中で、ヨウメイは声を立てずに泣き始めてしまった。
そんな彼女の頭を、よしよしと花織が撫でる。
「大丈夫、絶対に勝つから!」
「・・・うん、そうだよね。えと、この洞窟の中では、
例え死んでしまっても実際に死ぬ事にはなりません。ですから少し安心していいです。
それから、負けた後は、今名前を告げた順に人が一人ずつ抜けて行く事になっています。」
「という事は、私とルーアンさんとキリュウさんはずっと、ってわけですね。」
「ええ。もっともその御三方が戦いの鍵となるでしょうけど。」
「なあに、儂が一度目で終わらせてみせる。」
「本当はそれが望ましいんですけどね・・・。ちなみに、挑戦できるのは一日一回です。」
見送るヨウメイ自身はやはり不安げな顔。
しかし、そんな彼女とは反対に力溢れる顔で、
皆は力の洞窟へと足を踏み入れて行くのだった。
≪第二十五話≫終わり