小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第二十六話≫
『楊明を取り戻せ!(力の章)』

力の洞窟、それはとても短いものだった。
数十メートルほど歩いたところでだだっ広い空間に出る。
しかもそこは天井が無く、一つの開けた場所であった。
「じーさん、こんな場所だったのか?」
「そうじゃ。ほとんど洞窟と呼ぶには無理があるかの。」
少し笑いながら、リーフェイは広場の向こうの方を指差した。
ちょっぴり高めの台。その上に一つの椅子があり、
そこに座って居たのは・・・まぎれもなくヨウメイ。
しかし、眼鏡はつけておらず帽子もかぶっていない。そして真っ黒な衣を纏っている。
どうやら、知の洞窟の白楊をそのまんま黒くしただけの様だ。
唯一の違いは、手に統天書を持っているという事である。
「あれが・・・過去のヨウメイ?」
「正確には、過去のヨウメイを写した者じゃ。一応説明が来るぞい。」
リーフェイがそう言った途端、その黒いヨウメイは喋り出した。
「私の名は・・・黒楊。現象の全てを操りし者。
力の洞窟へようこそ。ここでは私と戦闘を行う。
決着の方法は簡単。私を倒すか、私から統天書を奪うか。そうすればあなた達の勝ち。
もしくは、あなた達全員が死ぬか。そうすれば私の勝ちとなり、あなた達は洞窟の外へ飛ばされる。」
トーンの低い声で、はっきりと黒楊は告げた。
その荘厳たる雰囲気に全員に緊張が走る。
「やはり、前回と少し説明が違うようじゃな・・・。」
「では・・・開始!」
始まりの合図を出すと同時に黒楊は統天書をゆっくりとめくり出した。
もちろんこちらも瞬時に行動を開始する。
「縮地の術!」
一瞬でリーフェイが黒楊の傍に寄る。
そして、統天書を奪おうかという其の時、リーフェイを見やりながら黒楊は告げた・・・
「来れ、消滅!」
「なっ!?」
パシュッ!!
という音がした次の瞬間、リーフェイ、そして太助達は全員跡形も無くその場から消え去っていた。
「私の勝ちだ。」
ゆっくりと告げ、ゆっくりと統天書を閉じる。
そして、自分が座っていた椅子に座り直すのだった。

洞窟の外。太助達は何事も無かったかのようにそこに居た、全員が。
何が起きたかも分からずきょとんとしている彼らにヨウメイは呼びかけた。
「やはり・・・。言ったでしょう?考え様によってはデルアスより強いと。」
「・・・ヨウメイ。」
「なんですか、リーフェイさん。」
「消滅など使えたのか?それより、消滅は自然現象なのか?」
「自然現象じゃなくって、現象です。起こりうる事柄全て、です。
消滅ですが・・・昔、開発したものの使わずに封印した記憶が・・・。」
「そうか・・・。なるほどな、ヨウメイが懸念するわけが分かったわい。
いくら不老不死の仙人といえど、消滅させられては・・・。
しかし前回は確かに縮地の術で片がついたはずなのじゃが。」
「それだけ相手も素早いって事ですよ。発動を遅れさせられていれば成功してたのですけどね。」
「ううむ、仕方が無いの・・・。」
力無くのそりと立ち上がるリーフェイ。
ヨウメイに促されて、皆も立ち上がる。そして言葉も無いまま家へと帰るのであった。

家に帰ってからは、当然ながら皆はしきりに悩んでいた。とりあえずヨウメイが言うには、
「次に挑戦する際の戦略会議等は挑戦する者のみで行わなくてはなりません。
つまりはリーフェイさんはまず離脱、という事ですね。
それでも一応、前回までの戦いについての疑問を私に尋ねてそれを解消する事は可能です。
それから、今回失敗したのは相手の行動も早い、という事が原因です。
こちらが一つ行動している間に向こうも行動を、つまり現象を呼ぶ事ができます。
唯一の救いは、全ての挑戦を通して、同じ現象は使えないという事です。」
との事だ。よって、皆はリーフェイ、ヨウメイが居る部屋とは別の場所で作戦会議中なのである。
「とりあえずキリュウが万象大乱を使って・・・。」
「しかし、万象大乱で現象を呼ぶのを防げ無いと思うが。」
「じゃあ私が最初に塁壁陣を・・・。」
「直接楊ちゃん・・・じゃなかった、黒楊に攻撃できればいいんですけどねえ・・・。」
あーだこーだと続く会議。しかし、結局はほとんどまとまらなかった。
とりあえずもう一度挑戦してみよう、という事で皆は寝に入るのであった。

二日目。力の洞窟の前でヨウメイとリーフェイが待機、していない。
二回目以降は挑戦者のみでやって来る決まりのようである。
「さて、とりあえず作戦は昨日話した通りだな。」
「皆さんはひとまずはじっとしていてくださいね。」
仕切っているのは今回一番に行動するキリュウとシャオ。
一回目はリーフェイの行動に気圧されて何も出来なかった所為か、今回やる気充分である。
全員で頷き合うと、慎重に洞窟の中に足を踏み入れて行った。
そして黒楊がいる部屋。前回と何ら変わっている所はない。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
黒楊が立ち上がって説明を行うがいささか省略されている。
二回目だという事で、余計な事はしないようになっているのだろう。
「なんだかキリュウに喋りが似てるよな。」
「そういえば・・・。」
翔子と那奈が何気無しに呟く。が、そんな事はお構いなしに黒楊は合図を出した。
「では・・・開始!」
それと同時に、シャオとキリュウの二人がそれぞれの道具を構える。
「来々、塁壁陣!」
「万象大乱!」
皆の周りにあっという間に透明な壁が出来あがり、黒楊の姿が小さくなる。
ひとまず先制の準備は成功した様だ。と、それに反応するかのように黒楊は統天書をめくって叫ぶ。
「来れ、死!!」
「なっ!?」
黒楊の宣言のあと、その場に居た全員はそこに倒れた
人間も精霊も星神も関係ない、それぞれに平等に死が訪れたのである。
「私の勝ちだ。」
黒楊が宣言した後に、彼女の大きさも元に戻る。
そして表情をまったく変える事もなく、椅子に座り直すのだった。

リーフェイの家。お茶を飲みながらリーフェイとヨウメイは会話を交わしていた。
「今回は健闘してるかの。」
「無理だと思いますが・・・。」
「しかしすぐさま死ぬ事はあるまい?」
「いえ、初回のあれは消滅ですから。どうすれば死ぬか、なんて要因は沢山ありますしね。」
「しかしじゃな・・・」
「そうよ!とんでもないわ!!」
二人がハッと振り返ると、そこにはルーアンが立っていた。
うんざりした顔で、他の皆も勢揃いである。
「随分と・・・。」
「早かったって言いたいわけ!?あったり前よ!!
死、なんて呼ばれて誰が死なずに居られるっての!?ざけんじゃないわよ!!」
物に命を吹き込むという力を持っている所為か、死を引き起こす力に対抗意識があるのだろう。
“とんでもない”といった顔でルーアンはまくし立てる。
他の皆はどうやらそんな元気もなく、げんなりした顔でそれを聞いているのみであった。
「でもルーアンさん、これで次からは“死”を食らわずに済むじゃないですか。」
「まあそうなんだけどね・・・って、そんな説得で納得がいくもんですか!」
「・・・だから、言ったのに。」
なだめ様と笑顔を作っていたヨウメイだったが、途中で顔色が険しくなる。
それに気付かずにルーアンが“え?”と聞き返したとき、彼女はがたっと立ち上がった。
「だから言ったんですよ!!これは無謀な事だって!!!
この力の洞窟の難易度は並じゃ無いんですよ!?それをずっと言ってるのに!!!」
勢いでまくし立てるヨウメイにルーアンはたじっとなった。
もちろんヨウメイ自身も、こういう事を今更言っても仕方ないし逆効果だという事を分かっている。
しかし叫ばずにはいられなくなったのだ。躍起になってわめいているルーアンを見ているうちに・・・。
「・・・ごめん、ヨウメイ。そうよね、元より面倒なのは覚悟の上なんだもんね。」
「いえ、私も怒鳴ったりして申し訳ありませんでした。」
ルーアンとヨウメイ、お互いに頭を下げた所で、花織がその間に入る。
「はいはい、とりあえずあたしが離脱なんだから。
ルーアン先生、次回頑張ってくださいよ。」
「言われるまでもないわよ!でもねえ・・・。」
「ルーアンさん、作戦会議は別室で、ね。」
「わ、わかってるわよ!さあ皆、行くわよ!!」
ずかずかと歩くルーアンに、皆はぞろぞろと無言のままで付いて行く。
それが見えなくなると、ふうと息をついて花織、ヨウメイ、リーフェイの三人は腰を下ろした。
「大丈夫かな、こんな調子で・・・。」
「それよりヨウメイ、死を呼ぶじゃと?ますますもってとんでもないのう。」
「まったくです。よくあんな現象呼べるようになったなあ、と自分でも驚きですもん。」
“はは”と力なく笑う彼女に、花織は一つ尋ねてみた。
「ねえ楊ちゃん、一気にやられる現象っていくつくらいあるの?」
「それは沢山あるよ。ま、そのうち体験してくるだろうから。」
「こんなのが十回続いたら困るんだけど・・・。」
「大丈夫、それを少しでも妨害する術をあみ出すはずだよ。」
「だといいんだけどなあ。」
二回連続で一瞬のうちに負けてしまったのでどうも不安なのである。
しかし不安になっても仕方ない。皆を信じて、ヨウメイ達は待つのだった。

三回目。ヨウメイ、花織、リーフェイを除く皆は再び黒楊と対峙していた。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
二回目以降は変わらないだろう説明を終えた後に黒楊は開始の合図の為に構える。
もちろん太助達もそれに対応するかのように構えた。
「では・・・始め!」
「来々、塁壁陣!」
今度は全員をつつんでいない。たかしとキリュウだけは外である。そして・・・
「熱き魂の叫びがああ!!!」
「万象大乱!」
たかしが大声で叫び、キリュウがその声元を大きくする。
特殊な音波で黒楊の行動を阻止しようという戦略だ。
この作戦が立てられたとき、たかし自身は執拗に反発したのだったが、
結局は多数決で行う事になったのである。
「これなら黒楊だって!」
と、太助が心の中で思うのとは裏腹に、黒楊自身は少し戸惑った程度で統天書をめくった。
そしてシャオが新たな星神を呼び出そうという其の時に叫ぶ。
「来れ、核爆!」
次の瞬間、全員の体が爆発を起こす。もちろん星神も一緒だ。
その影響で体が砕け散る。そして跡形もなく吹き飛んだ状態に・・・。
「私の勝ちだ。」
相変わらずの冷たい表情で、黒楊は椅子に座るのだった。

リーフェイの家。三人がおしゃべりしている所へ太助達は帰って来た。
今回の負けで離脱する熱美がヨウメイにすかさず詰め寄る。
「楊ちゃん、わたしすっごく疑問があるんだけど!?」
「何?」
「どうして核爆で体が吹っ飛ぶのよ!?塁壁陣さんの壁があったのに!!」
その疑問は皆の気持ちをよく表わしていた。それぞれが納得のいかない表情である。
と、ヨウメイは“はあ”とため息をついて喋り出した。
「熱美ちゃん、核って何か分かる?」
「原子を用いた・・・」
「違うの!中心、コア、他にも言い方は色々あるけどそういう事。」
「へ?」
「地球だって、なんだって、ありとあらゆる物には核、中心が存在するよね?」
「うん。」
「核爆ってのは、その核自体を爆発させるって事。
そんなもんくらったら、いくら外が頑丈でも一貫の終わり。中心から破壊させられる訳だから。」
「・・・それってなんかズルくない?」
「そういう現象があるんだから仕方ないでしょ。
だから人間が作り出した核爆弾なんてそれに比べれば可愛いものよ。」
「可愛いかどうかは別にして・・・とにかくわたしは離脱だね。」
「うん・・・。」
説明を終えた後で、なんともヨウメイは沈んだ顔になる。
それを引きずらない様にする為か、皆は急ぎ足で作戦会議に向かった。
「ねえ熱美ちゃん、今回はどんな戦略だったの?」
皆が去った所で興味津々に尋ねる花織。四人座った所で、熱美はそれに答えた。
「野村先輩のおっきな声を更におっきくして術を邪魔しようって作戦。」
「へえ!で、上手くいった!?」
「う、うん、ちょっと相手の動きが鈍くなったみたい。」
横から感嘆の声を上げるヨウメイ。何やら先ほどの暗い表情はどこへやらという感じだ。
「どうしたんじゃヨウメイ。」
「いえ、少しでも妨げが出来るようになったのなら希望が見えてきたな、って。
もっとも、主様が絡んだ行動でそれが出来れば一番なんですけどね。」
「そっか、野村先輩も途中で離脱しちゃうんだもんね。」
「そういうこと。だから、野村さんが離脱するまでに片が付いて欲しい・・・。」
ちょっと悲痛な顔になってヨウメイが祈る。もちろん、他の三人も同様に居るのだった。

四回目。昨日とほぼ同じ配置で皆はいた。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
「いちいちぐだぐだ言ってないで始めるわよ!」
気合一番とばかりにルーアンが叫ぶ。しかし黒楊はなんの意にも介さずに準備をした。
「では・・・始め!」
「来々、塁壁陣!」
「熱き魂の叫びがああ!!」
「万象大乱!」
「陽天心召来!」
前回と違うのはルーアンが加わっているという事。たかしの声に陽天心を乗せようという作戦である。
もっとも、それで多少ぐらついただけの黒楊は、やはり統天書を開けて叫んだ。
「来れ、星爆!」
その刹那、全てを飲みこまんばかりの爆発があたりに起こる。
相当な爆発の後に残っていたのは塁壁陣、そしてその中にいる者達。
洞窟自体は不思議な構造で出来ているのか、起こした現象では何も変化は無い様だった。
外に居たたかし、キリュウ、ルーアンは消し飛んでしまっていたが、他の者は耐える事が出来たのだ。
「塁壁陣さん、この一回が精一杯だったみたい・・・。」
ゆかりんが力なく呟くと同時に塁壁陣も倒れた。あれほどの爆発を乗り越えた事自体奇跡かもしれないが。
しかしそれを慈しんでいる暇はない。黒楊の次なる攻撃が来る前にこちらから仕掛けなければ成らない。
「来々、天陰!」
シャオが次に呼び出したのは速さを生かした攻撃を得意とする天陰。
とにかく素早さが勝負をわけるからだ。
しかし皆が天陰を見守る中、黒楊は統天書をめくる。そして叫んだ。
「来れ、真空!」
次の瞬間、シャオ達全ての傍の空間が揺らぐ。
ズシャッという音がしたかと思ったら、その場に生きて動ける者はいない状態となっていた。
真空に、全員が押しつぶされてしまったのである。
最初に真空を呼ばなかったのは、塁壁陣の力を深く見て、の事だろう。
「私の勝ちだ。」
何事もなかったかのような顔で、黒楊は椅子に座るのだった。

リーフェイの家。今度はゆかりんが離脱するので、彼女がとりあえず質問する。
「楊ちゃん、星爆なんてありなの?」
「要はそれだけ激しい爆発だって事で、そんなに深い意味は・・・って、それだったの?」
「うん、一気に塁壁陣さんもダウンしちゃうくらいの凄い爆発。」
少し苦笑していたヨウメイだったが、ゆかりんのその言葉に少し考え出した。
そして密やかに希望のある顔を向ける。
「どうしたの?」
「いけるかもしれない・・・。たかだか四回目にして星爆。
うん、十回もすれば絶対強力なものはネタ切れになってるはずだよ!!」
一人頷いたかと思ったら、途端にゆかりんの手をとって跳ねまわり始めた。
“え?え?”と反応しているゆかりんに代わって出雲が質問する。
「しかしヨウメイさん、全ての現象を操るのでは?」
「いきなり死に導ける現象は物凄くたくさんあるんです。それこそ塁壁陣さんでも防げないような。
けれども、四回目にして防げるような現象を呼び始めた。という事は、ネタ切れが近いって事です!」
「ですが・・・。」
「これは予想なんですけどね、デルアスと戦う、っていう程度だったからレベルが下がったのかも。
なんにしてもこれはいけるかも!!あ、じゃあ作戦会議頑張ってくださいね。」
嬉しそうにひらひらと手を振るヨウメイに見送られながら、太助達は作戦会議に向かった。
その面々の姿が見えなくなった所で、ようやくヨウメイは跳ねるのを止める。
と思ったら、ぐったりとそこに座りこんだ。
「ふう、ふう、なれない運動しちゃった。」
「はあ!?楊ちゃん、それは体力無さ過ぎ!!」
「いや、そう言われても・・・。」
「こうなったら皆が洞窟攻略行ってる間に体力をつける特訓をしよう!」
「あっ、熱美ちゃんそれいい考え!よーし、早速実行に!」
急いで自分の手を取ろうとする花織の手をヨウメイは振り払った。
「そんなのいらないよー。」
「何甘えた事言ってんの!これも試練よ!」
「だからそんな試練なんて・・・」
「さあレッツゴー!!」
「オッケイ!」
「ちょ、ちょっとー!」
ぐた〜っとなっているヨウメイの手を脇に抱えて、熱美とゆかりんが持ち上げる。
そして花織が先導する形で四人は出ていった。
ただ一人ぽつんと残されたリーフェイはお茶をずずっとすするのだった。
「やれやれ、あの四人がそろったなら儂の話相手は別の者じゃ無いと無理かの・・・。」
苦笑混じりに呟く彼の顔にも、少しばかり希望が見えてきた様である。

五回目。今までとは幾分楽な表情で皆はいた。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
しかし黒楊はいつも通りの説明をして合図の準備をする。
「では・・・始め!」
「来々、塁壁陣!」
「熱き魂の叫びがああ!!」
「万象大乱!」
「陽天心召来!」
昨日と同じ戦略だ。壁を作り、たかしの歌で妨害。
そしてそれは同じ様に効果を発揮して、黒楊の術の発動が遅れる。
しかし、やはり完全に防げる訳でもなく、シャオ達が何か次の行動を起こす前に黒楊が叫んだ。
「来れ、絶対零度!」
一瞬にして辺りが凍る。塁壁陣内部に居た者は平気だったが、それ以外は確実に凍りついた。
「野村、キリュウ、ルーアン先生・・・昨日と同じに、やっぱここでダウンなのか?」
当たり前の様な事を翔子が呟く。前回は一瞬にして消え去り、今回は姿は残っているが凍っている状態。
絶対的に駄目な状況だというのは見て取れた。
しかし、それでも心を鬼にしてシャオは支天輪を構える。余計な感情を出して居る時では無いのだ。
「来々、車騎!」
昨日とは少し違って車騎が呼び出される。
塁壁陣の壁が崩れ去った瞬間に砲撃を行おうという作戦だ。と、その次の瞬間に黒楊は叫ぶ。
「来れ、落石!」
巨大な岩が空中からフッと姿を現す。それはあっという間に凍り付いていた面々を粉々に打ち砕いた。
バラバラと飛び散るその破片に、思わず目を覆う者も。
だがその次には、崩れた塁壁陣の影から狙いを定めるものが。
ドンッ!
煙の合間から車騎が鋭い砲撃を放つ。
それは見事黒楊に命中した様で、彼女の傍で爆発が起こった。
「命中しましたよ、シャオさん!」
「ええ、分かってます。来々、天陰!」
ここですかさず次なる星神を呼び出すシャオ。
それと同時に、シャオ以外の無事な者は一斉に駆け出して行った。
作戦会議にて、じっとしていても仕方が無いという結論に至ったからである。
黒楊本人はそれほど強くない、という事なのだから。
だが、それぞれの行動を嘲笑うかのように、黒楊は土煙の中から姿を見せた。
服が汚れているものの、ダメージはほとんど受けていない様である。
「うわ、丈夫だ・・・。」
太助が悔しそうに呟いた時、黒楊は何事も無かったかのように統天書をめくる。
「来れ、地割れ!」
途端に、地面がぱっくりと大きく割れる。それに対応できなかった者は次々とのまれていった。
残ったのは支天輪を構えていたシャオのみ。軒轅を咄嗟に呼び出していたのである。
「来々・・・」
「来れ、落雷!」
ドーン!!!
再びシャオが星神を呼び出す前に黒楊は強烈な雷をぶつけた。
悲鳴すらあげる暇も無く、シャオと軒轅は床にどさりと崩れ落ちたのだった。
「私の勝ちだ。」
ぱんぱんとほこりを払いつつ、黒楊は椅子に座る。
いつのまにか、洞窟内に出来ていた崩れた個所は元に戻っていた。

リーフェイの家で今回の戦果を聞いたヨウメイは更に喜んでいた。
黒楊を相手に、かなりの時間持ちこたえられるようになったのだから。
「けどよ、結局俺の歌じゃあ通じなかったぜ?」
「それはそれで仕方ないですよ。でもほんと希望がみえてきました。
よかった、そんなに深刻になるほどでもなかったんだ・・・。」
「でもまだまだ油断できないんじゃ?」
「そりゃそうです。でも大丈夫、油断しない限りは多分勝てます!」
「もうひとつ、車騎の一撃を食らって平然としてたんだけど・・・。」
「私自身、体力は無いですがしぶといです。それが影響してるんでしょう。
もっともあの頃は、素早く動けないけどとんでもなく丈夫だった様な・・・。」
少し考え込みながら答えるヨウメイに、たかしは“もういいよ”と首を振った。
「しっかし俺の熱き魂の歌は・・・。」
「野村先輩の無駄な努力に終わっただけなんじゃないですか?」
ヨウメイとたかしの会話を遮って花織が告げる。
ぴくりと反応して反論しようとしたたかしだったが、ヨウメイによってなだめられた。
ますます笑顔になっているヨウメイの視線を背中に受けながら太助達は再び会議の場所へ。
と、たかしは気になっていた事を尋ねた。
「ヨウメイちゃん、本当ならこんな簡単じゃあ無いって事?」
「は?ああ、まあ今回でも簡単では無いと思いますが、最高はもっととんでもないでしょう。」
「例えば?」
「例えば時空嵐に巻き込ませたり石化させたり致死毒を呼んだり・・・まあ色々です。」
「・・・それってこれからも呼ばれる可能性があるんじゃ?」
「それはありません。もしあったのなら、爆発とか呼ぶ前にそっちを使ってるはずです。
塁壁陣さんの結界をも貫くようなものですからね。」
「そういうもんなのか・・・。」
「そういうもんです。」
唸っているたかしに明るく告げるヨウメイ。
そこで説明が終わったと割り切ったのか、熱美とゆかりんが彼女の腕を掴む。
「な、なに?」
「なに?じゃないよ。特訓特訓。」
「昨日は途中で終わっちゃったからねえ。しっかりやらないと。」
「い、いやだよー!」
「だだこねてんじゃないの、楊ちゃん。じゃあ出発!」
花織が先導する形で、いやがるヨウメイを三人は連れていった。
昨日と違って残っている者がいることにリーフェイは少し明るい顔だ。
「あの・・・特訓って?」
「なあに、ヨウメイの友達がヨウメイを鍛えようとがんばってるわけじゃよ。」
「なるほど、大変だなあヨウメイちゃんも・・・。」
「そんな事はさておき、儂と語らいでもせぬか。ほれほれ、美味しいお茶もあるぞい。」
“このじーさん暇なのか?”と心の中で思いながらも、たかしはありがたくそれに付き合うのだった。

六回目。初回に比べてえらく人数が減ったな、と思いつつ太助達は黒楊と対峙していた。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
変わり映えのしない説明。そして合図が・・・。
「では・・・始め!」
「来々、塁壁陣!」
「万象大乱!」
今回はたかしが居ないため少々作戦が違う。
酷な事ではあるが、塁壁陣にとりあえず頑張ってもらおうという事なのだ。
もちろん、キリュウの万象大乱によるサポートもついている。
そして黒楊は、やはりお約束の用に統天書を開けて叫んだ。
「来れ、灼熱!」
強烈な熱気が辺りに立ちこめる。中の皆はなんとか耐えているが、塁壁陣自体は相当辛そうである。
「もしかして、塁壁陣さんが倒れたらその瞬間にアウトなんじゃ・・・。」
不安混じりの表情で乎一郎が呟くと、それは現実のものとなった。
新たな星神をシャオが呼び出そうとした正に其の時に塁壁陣がくたあっとなる。
そして漏れた結界からすさまじい熱気が襲いかかり、皆の体をあっという間に融かしてしまったのだ。
それも一瞬の事で、対応する時間などまったく無かったのである。
「私の勝ちだ。」
昨日とは違って、あっという間に戦闘を終わらせた黒楊。
それでもいつもと変わらない様子で椅子に座り直すのであった。

あっさり負けてしまった面々だったが、特にヨウメイに質問を投げかける事も無く会議に移ろうとする。
だが、それを乎一郎が制して、あえて質問話を聞くように言うのだった。
「まずヨウメイちゃん、今の段階で自然現象が増えてきたんだ。
だから、特別な現象ってのはもう無いと考えていいのかな?」
「なかなか慎重な質問ですね。とりあえずお答えすると・・・そう考えるのは危険です。」
「他の現象で更に強力なのってあるの?」
「試練の時に用いた流星、それから天地崩壊・・・は無いかな、さすがに。
ええ、流星はとりあえず注意しておいた方がよろしいかと。
でも大丈夫ですよ、キリュウさんの万象大乱があれば余裕で防げます。」
ヨウメイが言いたいのは、それほど考えて流星を使用する事は無いだろうという事だ。
「じゃあ、他に要注意な自然現象って無いかな?」
「うーん・・・どれもこれも要注意なのは間違い無いですからねえ・・・。
脅威ではありますが、耐えられないものでもないはず、という事くらいですね。」
「そっか、ありがとう。」
戦闘での疑問、というものとは少し関係が無いようにも見えたが、それは解消された。
乎一郎を見てしっかりと頷く皆は、早速作戦を立てようとぞろぞろと歩き出す。
「あ、あのー、もう少し質問を・・・」
がしっ
「うっ・・・。」
「楊ちゃん、質問終わったね。」
「じゃあ行こうか。特訓特訓。」
「い、嫌だよ〜。」
「なにいってんの、着実に効果が出てきてるじゃない。
この調子で行けば、体育の授業なんてめじゃなくなるよ。」
反論し、抵抗するヨウメイに構うことなく、花織達三人はヨウメイを外へ連れ出した。
それを目が点になっている状態で見送る乎一郎。
四人が外へ出て行った時に、たかしは彼の肩をポンポンと叩いた。
「ヨウメイちゃんを鍛える為に特訓するんだってさ。」
「へ、へえ〜。そうか、だからもっと質問を求めてたんだ。」
「そういうこと。そんでもって俺達はじーさんと話をするんだ。」
「へ?」
乎一郎が振り返ると、そこにはにこにこ顔で座っているリーフェイが居た。
「そういう事じゃ。美味しいお茶でも飲みながらのんびり語らおうぞ。」
人が多少増えた事で、ますますご機嫌の様だ。
たかしと乎一郎は、正直にもそれに付き合うのであった。
そして外では・・・。
「ほら楊ちゃん、ふぁいとっ、ふぁいとっ!」
「これくらいのスピードについて来れなきゃだめだよ!」
「ふう、ふう、つらい・・・。でも、この特訓も、あと四日で、終わり・・・」
「無事戻って来た後もしっかりやるからね!」
「うえ〜!?」
たかだか走る程度のものだったが、ヨウメイにとっては地獄の様な時間が続いていた。
心の中で、そして実際にも悲痛な叫び声を上げながらそれは行われていたのであった。

七回目。相変わらずの様子で太助達は黒楊と対峙。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
もはやすっかりお約束になった説明。そして合図が告げられる・・・。
「では・・・始め!」
「来々、塁壁陣!」
「万象大乱!」
いつもの通り、まずは結界を張る。しかし、密かに状況を変えていた。
そんな事には黒楊はまったくお構いなしの様で、いつもの通りに統天書をめくる。
「来れ、ブリザード!」
突如洞窟内で吹き荒れるすさまじい吹雪。
塁壁陣内部にいる者は、その様子を唖然としてみているしか出来なかった。
「うーん、こんな中にキリュウが出たらひとたまりも無いだろうな〜。」
「翔子殿、何故そういう事をわざわざ・・・。」
「ヨウメイが居たらこう言うんじゃないかって思ってさ。」
「確かに・・・。だからって言わなくても良いではないか。」
結界の中では少し呑気に会話が交わされる。と、しばらくして吹雪が止んだ。
その変化に皆が気付いた時、黒楊は既に別のページをめくっていた。
「来れ、溶岩!」
ふいっと空中に赤いものが現れたかと思うと、それは一斉に降り注いだ。
「うわあっ!?」
突然の光景に太助が思わず叫ぶ。が、塁壁陣によってなんとか溶岩の直撃を免れたのだ。
しかし、急激な温度変化に塁壁陣が耐えられなかったのか、ここでダウンとなる。
「来々、軒轅!」
「万象大乱!」
シャオが安全の為に軒轅を呼び出して空中退避。更には、キリュウが溶岩を小さくした。
それらに追い討ちをかけるように黒楊が何かを呼び出そうとした所へ・・・
ドゴーン!!
強烈な岩の一撃が加わる。
密かに最初から結界を抜け出していたルーアンによって作り出された陽天心岩だ。
その衝撃によって黒楊は自分が呼び出した溶岩の方へと吹っ飛ばされて行く。
そこですかさずキリュウが万象大乱。あわよくば溶岩へ黒楊を突き落とせると思えたが・・・
「消えよ溶岩!」
瞬間的にそれらが全て消え失せ、ぐたっとなっている塁壁陣の上に黒楊は着地した。
それこそ、平然と当たり前の様に統天書を捲り出している。
「きいいっ!不意をつけたってのに〜・・・ハクション!」
最初寒い中に居た所為だろうか、くしゃみをしながらルーアンが叫ぶ。
と、ふと上を見上げて黒楊が叫んだ。
「来れ、超重圧!」
瞬間、空中に居たシャオ達ががくんとなり、ずずーんとすさまじい音をたてて地面に叩き付けられた。
要はものすごい重力をかけられたという事である。
もっとも、黒楊自身には当然ながら重圧なるものは一切かかっていない。
だが、生きている者も何人かいた。
現にキリュウは、落としてしまった短天扇を取ろうと必死に手を伸ばしている。
しかし、それを嘲笑うかのように黒楊は再び叫んだ。
「来れ、石降り!」
空中に無数の石が現れ、それらが一斉に全員に降り注ぐ。
もちろん普通の石降りならば耐えられただろう。しかし今は超重圧がかかっている。
つまりは、皆の身体を悠々と貫き砕くまでの激しいものになっていたのだ。
数分後には、生きている者、いや、原型をとどめている者は誰一人居ない状態になった。
「私の勝ちだ。」
お決まりの宣言をして、つかつかと歩いて椅子に座る黒楊であった。

「ヨウメイさん!」
「は、はい。」
「今までキリュウさんとかと戦った事があるのなら其の時の状況を教えて欲しいのですが!?」
今回離脱する出雲が言いたいのは、いよいよ自然現象を多用する様になってきた事で、
様々な対処法を知っておきたいという事なのである。
ところが、ヨウメイがそれを語り出す前に花織、熱美、ゆかりんがずずいっと前に出た。
「楊ちゃんはどうせ作戦会議に参加できないでしょう?」
「だったらそういうのはキリュウさんが全部話してくれるはずです。」
「これから楊ちゃんは特訓があるので!」
言うなりぐいっとヨウメイの腕を掴む三人。
もちろんそこで彼女はじたばたと暴れるのだった。
「ちょっと!まだ宮内さんの質問が終わって無いでしょ!」
「そ、そうですよ、御三方。他にも訊きたい事はあるんですから。」
いきなりの事にたじろぎながらも意志を告げる出雲に、三人はしぶしぶと腕を解いた。
「それではまず自然現象についてですが。」
「ふむふむ。」
途端に始まる長い長い質問時間。
自然現象の数、種類。そして結局のところそれの対策。
たくさん語っている間に、日はとっくに暮れてしまうほどであった。
「・・・というわけで、この辺にしておきます。」
「なるほど、大変勉強になりました。しかし・・・。」
「そう、結局の所キリュウさんの万象大乱にかかっているというわけですよ。
もしくはルーアンさんの陽天心召来。呼び出したものを逆手に取る作戦、ですね。」
強力なものならそれを利用してしまえ、という事なのだ。
“これは作戦会議に参加した事になるのでは?”と太助達は首を傾げていたが、
“単に対処法を教えただけですよ”と告げるヨウメイに、ぎこちなく頷くのだった。
ちなみに離脱組でそれを聞いていたのはリーフェイのみ。他の五人は・・・
「ふう、ふう、なんで俺達がー!!」
「ヨウメイちゃんを鍛えるんじゃないの〜!?」
「だって楊ちゃんは教えるのに忙しいじゃないですか。だから代わりにって事で。」
「そうですよ。ついでに言うと、これはあたしたちも一緒に鍛えてるんですから。」
「文句言わずに運動運動!どうせ暇だったんでしょう?」
とまあ、てきとーに外へ出て、運動をしていたというわけである。
もっとも、花織達三人がたかしと乎一郎を無理矢理連れ出したという事であるが。
ヨウメイは本日の地獄の特訓を免れて、心の中でホッと息をついていた。

八回目。いつもの様に身構える太助達。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
いつもの説明そして合図・・・。
「では・・・始め!」
「来々、塁壁陣!」
「万象大乱!」
昨日とは違って、全員が結界の中に居る。
黒楊に隙ができるまで塁壁陣に頑張ってもらい、その時に一斉攻撃をしようという事だ。
皆が身構える中、黒楊はいつもの様に統天書をめくって叫ぶ・・・。
「来れ、流星!」
空に無数の輝きが現れ、それらが一斉に降り注いでくる。
ここで皆が思っていた事、それは“一体何故!?”という事だ。
今までの戦果を思えば、流星はとっくに呼ばれなくなっていいと思っていたのだから。
「塁壁陣では支え切れない・・・来々、北斗七星!」
以前の試練での経験を生かしてか、シャオが星神を呼び出す。
もちろんルーアンも黒天筒を構えてキリュウも短天扇を構える。
そして流星が落ちてくる直前に塁壁陣が結界を開けたのだが、それが命取りだった。
黒楊はそれを待っていたかの様に次なる物を呼び出した。
「来れ、竜巻!」
巨大な竜巻が一瞬にして現れ、全員をのみこんだ。
慌てて結界をはりなおそうとした塁壁陣自身も竜巻にのみこまれて行く・・・。
「ぐっ・・・皆・・・!」
試練を受けてそれなりに慣れていた太助はなんとかという感じで皆に呼びかける。
しかしそれも一時の事であった。この状態になってやっと流星が降り注いできたのだから。
ドカーン!ドカーン!
竜巻に自由を奪われていた皆にそれを防ぐ事はまったく出来なかった。
たくさん降り注いできたそれらに、全員が身体を砕かれる・・・。
全てが終わった時には、竜巻の中で、地面で、動くものは誰一人居なかった。
「私の勝ちだ。」
あっさりと言い放って腰を下ろす。もちろんすぐ後には何もかもがその場から消えていた。

今回離脱するのは翔子。戻って来た時には、凄い剣幕でヨウメイに迫っていた。
「なんで流星が呼べるんだよ!ランクアップしてるじゃないか!」
「いや、そう言われましても・・・。別に回を重ねるたびに弱くなるって訳でもありませんし。」
「けど変だろうが!流星呼ぶんならもっと早い段階から呼んでてもよかったんじゃないのか!?」
「だからそう言われましても・・・。」
何度問い詰めても、ヨウメイは困った顔をしながら返すのみ。
おそらくは語りきれない暗黙の事情というものがあるのだろう。
いいかげん怒鳴った所で、翔子はやれやれと息をついた。
「もういい、別の質問いく。」
「は、はい。」
「実はずっと前から思ってたことだ。あの黒楊ってキリュウとよく似てないか?」
「はあ?」
「だからあ、喋り口調とか態度とか・・・。」
「気の所為じゃないですか?まあ無愛想なのかもしれませんね。
あと、なんか周りで慌ててる様子を見せてもぼへーっとしたりとか。」
ぽかっ
「あいたっ!キリュウさん、何するんですか!」
「なんだか腹立たしかったのでな。」
「私はキリュウさんの事を言ったつもりはありませんけど!?」
「そう聞こえたんだ。だいたい“ぼへーっ”とはどういう事だ!私はそんなに見えるというのか!?」
「だからキリュウさんの事を言ったわけじゃないと言ってるでしょう!!」
質問時間は、途中からヨウメイとキリュウの喧嘩に発展した。
もっとも、ヨウメイが力を失っているのでただの口喧嘩であるが・・・。
「すごい、あの楊ちゃんにキリュウさん負けてないよ。」
「普段無口な分、いざという時凄いんじゃないかな。」
つぶやいた花織、ゆかりんを筆頭に皆はあっけにとられてそれを見るばかり。
が、いつのまにか忘れ去られていた翔子はわなわなと震え出すと二人を平等に殴った。
ボカボカ!
「いたたっ!」
「うっ!翔子殿、何をする!」
殴られた個所を押さえて翔子の方を見る二人。
もちろんそんな事はお構い無しに翔子は怒鳴り出した。
「何をするじゃないだろ!?今はあたしの質問時間なんだからそれに答えるのが筋ってもんだろうが!!」
「私は悪く無いですよ。途中でキリュウさんがちょっかい出して来たんですから。」
「なんだと!?ヨウメイ殿が私の事を悪く言って・・・」
ボカボカ!
「「いたたっ!!」」
「いいかげんにしろっての!もう一度質問してやる。あれはキリュウに似てる気がする。どうしてだ?」
これが最後だぞ、という目をして迫る翔子に、キリュウは口を閉ざし、ヨウメイは静かにそれに答えた。
「気の所為だと思います。と言いたいですが、研究をする事によって最小限の事しか喋らなくなったような・・・。
って、やっぱり気の所為ですよ。だいたいキリュウさんを私が真似る必要が無いじゃないですか。」
「・・・そうだな、じゃあそういう事で納得する。」
よくよく考えてみれば、偶然似ているものと判断するのが正論であろう。
今回の事にキリュウが関与していることなど、ほとんどありえるはずなど無いのだから。
また、昔いがみ合っていたという事実からして、似ているなどと考えるのも、気の所為だと思える。
質問時間は終わったという事で、ぞろぞろと去って行く七梨家の者達。
「そういやあ、もう太助の家に住んでる人物しか残ってないんだよな。」
「そうですね、野村さん。あと二回がリミットです。」
ちょっぴり不安な、でも希望を持つような、複雑な顔をしてヨウメイは呟いた。
ちなみに、全てが終わるまでは特訓はしないという事になった様である。