小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


九回目。険しい面持ちで七梨家の面々は居た。
今回失敗すれば後一回。まさに背水の陣一歩手前なのである。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。」
いつもの様に説明。そして合図・・・
「では・・・始め!」
「陽天心召来!」
「来々、塁壁陣!」
今回は結界の外へ二人が飛び出した。
持参の絨毯に陽天心をかけて飛び立つルーアン、そして那奈である。
“直にあたしが近付いて統天書を奪う!”という突拍子も無い案の結果であった。
ルーアンは当然その護衛役。安全に黒楊に近付く為である。
「来れ、洪水!」
一瞬でそこらへんが水浸しになる。しかしただ水浸しになった訳ではない。
塁壁陣はおろか、黒楊自身をも一斉に飲みこむほど。
つまりは、水に触れていない人物は空を飛んでいる二人と塁壁陣内部にいる三人のみであった。
「黒楊のやつ・・・自分から溺れに?」
「しかし平然としているな。さすがは自然現象を平気で操れるだけの事はある。」
結界内部で呟く太助とキリュウ。
確かに黒楊自身は完全に水没。しかし、それでもごく当たり前の様に彼女は居たのである。
「この状態では、星神は呼べません・・・。」
「私の万象大乱も届かない様だ・・・。なるほど、考えたな。」
結界内部からは手出しはできないという事である。
もちろんそこで頑張れるのは空中の二人。下を見下ろしながら、那奈が指示する。
「このままじゃ近付けないな・・・。ルーアン!水を操るんだ!」
「おっけい、おねー様。陽天心召来!」
この地に来る途中で使った陽天心の応用。つまりは水自体に陽天心をかけたのだ。
あっという間に水は黒楊の周りだけを覆わずに・・・ぽっかりとそこが開くようになった。
しかしそこで、びしょ濡れのまま黒楊はルーアン達を見上げ、にやりとした。
「来れ、蒸発!」
突如、全ての水から空気が沸き立つ。いや、黒楊が叫んだ通り蒸発しているのだ。
その結果、爆発的にその辺りの空気量が増えて行く。
「う、うわああ!!」
「ひええええ!!」
とんでもない空気圧に押されて、ルーアンと那奈は遥か上空へと押し出される。
また、塁壁陣自体もそれに空中へ持ち上げられる形となった。
その所為で、結界にわずかな隙間が出来る。それを黒楊は見逃さなかった。
「来れ、熱波!」
結界内部に、激しい熱気流が押し寄せる。
とんでもないその熱さに、キリュウはもちろん、シャオまでもダウンする羽目になった。
どさりと地面に塁壁陣が落ちた事で太助が外に投げ出される。
慌てて体を起こすと、その目の前に黒楊が居た。
蒸発させている途中も空気の流れを操っていたのか、まったくの無傷である。
「くっ!」
痛みをこらえながらも太助が統天書を奪おうとする前に、黒楊は叫ぶ。
「来れ、炎!」
一瞬で炎がそこに広がる。それは太助のみならず、キリュウもシャオものみこんだ。
なんの抵抗もできずにそれで三人は燃え尽きてしまう。
それを確認すると、黒楊は今度は空を見上げて統天書を開けた。
「来れ、かまいたち!」
丁度ルーアン、那奈が戻ってきた時にその真空の刃は二人に襲いかかった。
不意の事で抵抗する事もできずに全てを切り裂かれる。
片が付いたのを確認した後、黒楊は椅子に向かった。
「私の勝ちだ。」
宣言の後には、やはりというか、何事もなかったような静けさが取り戻されていた。

リーフェイの家に戻って来た時、太助達の目はかなり虚ろであった。
とうとうぎりぎりの段階まで来てしまった上に、今でもかなりの苦戦を強いられていたからだ。
「なあヨウメイ。」
「なんですか?」
くたくた顔の、今回離脱組である那奈がだるそうに腰を下ろした。
「自然現象操るって無茶苦茶強いんじゃ?」
「まともに食らえば確かに強いですけど・・・
キリュウさんやルーアンさんの力があればなんて事無いですよ。」
「今回そんな余裕無かった。逆に利用する暇も無かったし。」
「だからあ、キリュウさんが素早く小さくすればいいじゃ無いですか。」
「しかし、結界の中からでは・・・。」
途中で口を挟むキリュウ。と、ヨウメイはそんな彼女にキッと目を向けた。
「結界の中!?何やってんですか!!あなたが率先して戦わないでどうするんですか!!」
「しかし、熱だの冷気だのを呼ばれると私は・・・。」
「それこそルーアンさんがカバーでもすれば良いじゃないですか!!」
「もしくは天鶏を呼んで寒さ対策というのも・・・なんだ、そういう手がありましたわ。」
途中で更に入って来たシャオがぽんっと手を打つ。それになるほどとキリュウは感心していた。
しかし、ヨウメイはその光景をじと目で見ていた。
「・・・あの、作戦会議はここでしてはいけないんですけど?」
「細かい事は気にすんなって。」
一転して笑いながら那奈が言うと、ヨウメイはそちらに目を向けた。
「ルールを破りますと、条件が厳しくなりますよ?」
「そりゃ困る・・・。と言いたいけどその境がわからないなあ・・・。
まあ、とりあえずキリュウは外って事で置いとくとして、
黒楊の戦闘パターンを知りたい!というわけでヨウメイ、教えてくれ。」
あっさりと話が別の方へ持って行かれる。しかしヨウメイは首を横に振った。
「具体的に教えるとそれがあだになります。だから教えません。」
「なんだって!?」
「ですが、普段の私を見ていれば分かるかと思います。
何気なく呼んでる現象全て、最終的目標の布石であること。これをしっかり思ってください。」
「ふむふむ・・・って、それって普通なんじゃ。」
「いえいえ、状況が変わって無駄になってるような現象も後で利用したりする、って事もあります。
だからそれを防ぐ為にもキリュウさんが頑張らなければならないのに・・・。」
「けどさあ・・・。」
「生きるか死ぬかってバトルに暑いだの寒いだの言ってられないでしょうが!!」
「そうだな。運動がきつい〜、ってのも言ってられないだろうし。」
「何が言いたいんですか、那奈さん。」
「別に〜。」
「・・・とにかく、私に出来るのは、最後の成功を祈るのみです。」
怒ってはいたが、その顔はとても悲痛なものであった。
失敗すれば、永遠の苦しみへと突き落とされるのだから。
「心配するな、次こそは絶対にやってみせる!」
力強く宣言して、三精霊と頷き合う太助。そして作戦会議をしに行った。
そのあとも無言が続く、かと思いきや那奈が思い出したように手を打った。
「そういやずっと最初っから聞こう聞こうと思ってたんだ。」
「なんでしょう?」
「なんでこのバトルってこんなに殺風景っつーか無表情に終わるんだ?
普通は相手が悔しがったり挑発したり・・・。」
「なんの話ですか、それ。普通に考えればバトルってそういうもんですよ。」
「けど、デルアスとやってる時はかなり色々やってたじゃないか。
こうなんつうかさあ、緊迫感みたいなものがあったよ。」
「あれは相手が油断しまくってたからで・・・。今回のこれは油断無しですからね。」
「どういう事だ?」
「なんで今更そんな事を・・・。必要無いでしょう?無駄なけん制だの。
自分を有利に、なんて考える前に攻撃を仕掛けた方が早い。それが・・・過去の私です。」
「・・・それを最初に言って欲しかった気もするけど。」
「今までのバトルでそれに気づかないってのはおかしいでしょうが。
いきなり消滅とかさせられたりしてる人の言う事じゃ無いですよ。」
「そういやそうだなあ・・・。問答無用!って感じだ。」
「そうそう、そういう事です。ですが、そこから命取りになる事も。」
「なんだよそれは。」
「だからそれがルーアンさんやキリュウさんの力ですよ。
自分が呼んだ自然現象を無効化されたり操られたり。これは別の力ですからね。
もしくは、自分より上の力・・・。だからこそ私は途中結構余裕で居たのに。
はっきり言って、まさか最後の最後までくるとは思ってませんでした。」
「そう言われても・・・。」
「でも大丈夫ですよ。今度こそ・・・。」
希望の瞳で祈り出すヨウメイ。もちろんそれは他の面々も同じ。
ただ、ここで那奈が聞きたかったのは別にもあった。
それは、淡々と進んでるバトルに、あっさり気圧されてきたのではないかという事。
もっとも、今更それを考えても仕方ないのではあるが・・・。
とにもかくにもあと一回。全ての願いを、皆は太助達に託すのであった。

十回目。今度こそは!という強い気持ちで太助達は居た。
昨日の作戦会議では、思えば何故にここまで淡々と負けを譲って来てしまったのか、
それが悔しくてならなかった。今回はそれらを吹き飛ばさんぱかりに身構えている。
「力の洞窟へようこそ。私を倒すか、私から統天書を奪うか。もしくは、あなた達全員が死ぬかだ。
しかし、それも今回で終わりとなる。あなた達の中にもはや人間は一人だからな。」
全てを知ってる口調で、黒楊はきっぱりと告げた。
それにより、四人に緊張がさらに走る。各々改めて構えなおした所で、黒楊は告げた。
「では・・・始め!」
「来々、塁壁陣!」
「陽天心召来!」
ルーアンは陽天心絨毯で右方向、キリュウもそれに乗って同じ方向。
そして塁壁陣の結界内部にシャオと太助。とりあえずはこれで様子見だ。
「来れ、吹雪!」
突如辺りを強烈な吹雪が舞う。
「万象大乱!」
あっというまに吹雪が小さなものに。
落ち着いて対処したキリュウを、よしよし、とルーアンが撫でる。
「やめてくれルーアン殿。」
「いいじゃないの。とりあえず対応の仕方がわかったでしょ?
落ち着けば大丈夫なんだから。」
「あ、ああ・・・。」
結界の外でそんなやりとりが行われる中、シャオは次なる星神を呼び出していた。
「来々、車騎!」
結界のわずかな隙間から車騎がでていく。援護をしようという事だ。
「来れ、豪雨!」
吹雪が消えたかと思うと黒い雨雲が現れ、一瞬でそこはとんでもないどしゃ降りに。
慌てて車騎は戻るものの、ルーアンとキリュウはかなりの足止めを食らっている。
「何やってんのキリュウ、さっさとやんなさいよ!」
「わ、分かってる。万象大乱!」
豪雨があっという間に小雨に。その間に、黒楊は次のものを呼び出す準備をしていた。
「来れ、日射!!」
雨雲が消えたかと思うと、今度は強烈な日ざしが降り注ぎ出した。
それこそ、直に太陽の傍に居るかのように感じる程の。(本当ならばとんでもないが)
「くっ・・・こ、これは・・・。」
「さすがに無理、かしら?」
陽天心も万象大乱も日光にかけられるわけがない。
急いで日陰に行こうとするも、とてもそれまで耐えられるものでもなかった。
「来々、軍南門!」
シャオが次に呼び出したのは軍南門。素早く駈けていったかと思うと、
その巨体を生かしてルーアンとキリュウの影をつくってやった。
「来れ、砂嵐!」
影が出来たかと思ったら、今度は強烈な風が吹き荒れる。
しかも砂が一緒に飛んでくる為、非常につらい。
ルーアンとキリュウ、そして軍南門はそれに必死に耐えていた。
「来々、北斗七星!」
念の為に最強の星神を呼んで結果内に待機させるシャオ。
そうこうしている間にも砂嵐は止まずにいる。と、次第に結界外の様子がおかしくなってきた。
「壁が剥がれ落ちていってる?」
太助の呟きの通り、度重なる変化に辺りは耐えられなくなったのか、無残な姿になりつつあった。
最悪、ルーアン達にも同じ影響が出ないとも限らない。
最初から様々に呼んでいたのはこれを狙っていたのだろうか。
「くっ・・・万象大乱!」
途端に砂嵐が小さいものになる。一気に状況が変わったそれに、ルーアンは怒り顔だ。
「あんたねえ!万象大乱をとっとと使えって言ってんでしょ!?」
「す、すまない・・・。なんだか頭がボーっとして・・・。」
「多分自然を無茶苦茶に変えられてる所為。早く黒楊をとっちめて・・・
ってあいつが居ないじゃなないの!!」
ルーアンが叫んだ其の時には、黒楊は元いた場所から姿を消していた。
砂嵐のどさくさに紛れて別の場所へ移動したのだろうか。
「北斗七星、外に!」
さっき呼んでおいた星神を結界の外へ出そうとするシャオ。
と、塁壁陣が少し隙間を開けた時に、それは起こった。
「来れ、隕石!」
一つの煌きが現れたかと思うと、それは目にもとまらぬ早さで塁壁陣を貫いた。
いや、正確には隙間から中へ、そして内側から貫いた、という事である。
“ドゴーン!!”という激しい音。
北斗七星はそれを避けられたものの、咄嗟に太助をかばったシャオはその余波を食らってしまった。
「しゃ、シャオ!」
「大丈夫です、動けなくなっただけですから。」
「わかった・・・シャオはここに居てくれ、俺も北斗七星と一緒に外へ行く!」
「ですが・・・。」
「やっぱり直接統天書を奪うしかないよ!」
「分かりました。気をつけてくださいね・・・。」
太助が言いたいのは、皆の攻撃によって出来た黒楊の隙をついて、という事だ。
素早く行動する為にも結界の外へ出ていたほうが都合が良いという事である。
ルーアンとキリュウが二人そろって黒楊へ迫り、
北斗七星と太助が結界の外へ飛び出した所で、黒楊はまたも叫んだ。
「来れ、ファイアストーム!」
試練の際にも用いたとんでもない炎の壁である。
「万象大乱!」
しかし、今度はキリュウも落ち着いて対処した。
あっという間に小さくなる炎。だがそれは黒楊の手によって消される。
「来れ・・・」
ドゴーン!
さすがに今回は北斗七星は隙を見逃さなかった。
何かを呼び出す前に強烈な体当たりを黒楊に食らわせる。
その勢いで吹っ飛んだ黒楊は、あっという間に壁に“ダン!”と叩き付けられた。
「なんであたしらより早いわけ?」
「私達が遅いだけなのではないか?」
陽天心絨毯に乗っている二人が愚痴をこぼす中、
飛ばされながらもしっかり統天書を抱えていた黒楊は苦しそうに声を上げた。
「くっ・・・来れ、津波!」
黒楊の目の前に、すべてを飲みこまんばかりの巨大な波が現れる。
もちろんそれに対してキリュウは素早く唱えた。
「万象大乱!」
しゅんっ!と一瞬で波は小さなものに。
黒楊は愕然としながらもまた別のものを呼び出した。
「来れ、台風!」
「陽天心召来!」
今度は、ここぞとばかりにルーアンがしゃしゃり出た。
台風自体に陽天心をかけて、それにすぐさま黒楊を襲わせる。
「うわあっ!」
あっという間にそれに飲みこまれた黒楊だったが、一瞬でそれを消してすとんと地面に着地した。
倒れはしなかったものの、かなりのダメージがありそうだ。
「来れ・・・」
ドーン!
激しい大砲の音がしたかと思うと、それは車騎が放った強烈な一撃だった。
まともにそれを食らった黒楊だったが、後ずさりながらもやはり呼び出す。
「上昇気流!」
途端に地面から強烈な風が上に向かって吹き始めた。
一瞬のそれにルーアンもキリュウも対処できずなすがまま。
地面に居るものも居ないものも、それに煽られて天高くへと昇って行く。
唯一黒楊だけは、しっかりと地面に居た。
やがて、バランスを崩したそれぞれが一斉に振ってくる。
其の時に、黒楊はまた統天書をめくった。
「来れ、火山噴火!」
突如巨大な穴が床に出来あがる。その中には煮えたぎった溶岩が目に見えた。
“しまった!”と思いつつキリュウが万象大乱を唱え様としたがそれは遅かった。
ドゴーン!!!
と、巨大な音がしてあっというまにその噴火が全員を包みこんだのだ。
想像を絶するその熱気に全員がやられる。
やがてとさとさと落ちてきたものの、生きている者は居ないようだった。
「私の・・・ん?」
「う・・・。」
からんとシャオの手から支天輪が地面に落ちる。
塁壁陣の壁に守られてか、シャオだけはかろうじて生きている状態であった。
勝ちを宣言しようとした黒楊だったが、それを確認するとゆっくりと統天書をめくり出した。
ぼんやりながらもそれが見えたシャオは、抵抗しようと必死に手を伸ばす。
「だめ、負けるわけには・・・。」
心ではそう思うものの、身体は相当なダメージを負っていていうことをきかない。
黒楊の手が止まり、いよいよ現象を呼ぶ体勢に入る。
“もう駄目か”と思った其の時、支天輪がぱあっと光り出したかと思うと、黒楊の動きが止まった。
何事かとシャオが見ている前に姿を現したのは・・・
「南極・・・寿星?」
頑固そうな顔、そして真っ白なヒゲに杖を持つ、
ある意味リーフェイを小さくしたような身体の南極寿星であった。
「シャオリン様、儂が時を戻します。そしてもう一度、今度こそ黒楊を倒すのですじゃ。」
「時を・・・そんな事が出来るの?」
「今は現に時を止めて儂とシャオリン様だけが動けるようにしております。
支天輪の中からずっと見ておりました。こうなったら儂も参戦させてもらいますじゃ。
シャオリン様が永遠の苦しみに突き落とされるなど冗談じゃないですからのう。」
「南極寿星・・・。」
「ではいきますぞ。くれぐれも、次が最後のチャンスですじゃ!」
南極寿星が持つ杖を振りかざす。
ぱああっと辺りが光りに包まれ、そして・・・

「こ、ここは?」
シャオが気がついた時には、それは全員が黒楊と対峙している状態であった。
もっとも、星神は誰も呼ばれていない。黒楊が開始の合図を出した直後であろう。
この時はシャオに限らず皆がきょろきょろとしていた。何があったのか分からずに。
だが、シャオは気を奮い立たせて支天輪を構えた。
「来々、天陰!太助様、天陰に乗ってください!!」
素早い動きの天陰を呼び出したかと思うと、まごついている太助に指示。
そして黒楊のもとへと太助を乗せた天陰を向かわせるのであった。
一方、シャオのその声にやっと我に帰った黒楊。
今までの出来事を、時間が戻るまでの出来事を素早く分析し、いましましそうに統天書を開けた。
「来れ、雷雨!」
「万象大乱!」
条件反射なのか、キリュウが対処すべく素早く叫ぶ。
ボーっとしていた彼女だったが、自分が万象大乱を唱えた事によってやっと我に帰ったのだった。
となりで居たルーアンも同様であり、黒天筒をビシッと構え出す。
其の時既に、小さくなった雷雨をかいくぐって天陰は黒楊のすぐ傍まで来ていた。
慌てて統天書をめくる黒楊に強烈な体当たりを食らわせる。
ドカッ!!
「うわっ!」
衝撃で黒楊がふっとんだものの、天陰に乗っていた太助も投げ出された。
空中へ飛んだ彼に、ルーアンは素早く黒天筒を向ける。
「陽天心召来!」
太助の服が光ったかと思うと、それは意志を持った。
そして空中でバランスを保ちながら、まっすぐに黒楊へ向かって飛んで行く。
飛ばされた黒楊が起きあがったそこへ、太助はどさっと落ちた。
「あいたた・・・。よしっ!統天書を渡せ!」
「くっ・・・来れ・・・」
「させるかよ!」
太助が統天書をひっつかんでもみあいの乱闘が始まる。
黒楊は現象を呼ぼうと必死になるが、それも太助に妨害されてかなわぬよう。
援護するのもまずいと思ったのか、シャオ達はそれをじっと見守っていた。
が、決着は早くにつく事となった。
元々体力も力もない黒楊なので、太助から統天書をぐいっと奪われてしまったのだ。
手に統天書を持つと素早く起きあがって後ずさる太助。
天陰が彼の傍にかけつけ、更にシャオ達も寄って来た。
「太助様!」
「たー様!」
「主殿!」
駆け寄る皆に、太助は統天書を掲げて満面の笑顔で答えた。
「やったぞ・・・統天書を奪った!俺達の勝ちだあ!!!」
喜びいっぱいの顔で、声で高らかに勝ちを宣言する。とうとう勝利したのだ。

四人で跳ねまわる中、黒楊がゆっくりと起きあがった。
「あなた達の勝ちだ。では統天書をこちらに。」
手招きする黒楊に、太助達は警戒。
だが、“心配いらない、もう終わったのだから”という黒楊の声にそれを手渡した。
「我がおさえし力の全てを楊明に返さん・・・!!」
黒楊が念じてしばらくすると、眩い光がそこに溢れる。
“バシュウッ!!”という激しい音がしたかと思うと、そこには同じ様な姿の人物が立っていた。
閉じていた目をゆっくりと開き、そしてにこっと笑う。
「ありがとうございました、主様、シャオリンさん、ルーアンさん、キリュウさん。
無事、私はもとにもどれる事が出来ました・・・本当にありがとうございます。」
目からたくさんの涙を溢れさせながら笑顔で、そしてぺこりと御辞儀する。
紛れもない、それは黒楊では無くてヨウメイであった。
姿が同じなのは、服装自体はもともとこういう服であったからであろう。
「ヨウメイ・・・元に戻ったんだ!」
「ヨウメイさん!」
「ヨウメイ!」
「ヨウメイ殿!」
慌てて四人は彼女の傍に駆け寄る。
そして手を取り合って喜び合う中、更にそこへ別の人物がやってきた。
「楊ちゃん!七梨先輩!突然楊ちゃんのからだが力の洞窟の方へ飛んで行ったから・・・。」
「リーフェイさんに頼んで急いで連れてきてもらったんだよ!」
「無事終わったんだ!よかったー!!」
花織達三人を筆頭に、皆が駆け寄ってくる。
それぞれが喜び跳ねまわる中、リーフェイはそっとシャオに囁いた。
「本当は危なかったのじゃろう?」
「ええ。南極寿星の協力がなかったら今頃は・・・。」
「時を一時的にとはいえ操る事が出来るのじゃな。さすがじゃよ・・・。
一度語り合ってみたい気はするが、つかれて眠っておるのじゃろうな・・・。」
「ええ・・・。」
支天輪を手に持って、それを少し沈んだ表情で見つめるシャオ。
だが、心の中で星神達全てに“本当にありがとう”と精一杯告げると、再び騒ぎの中に加わるのだった。
もとの平穏な姿を取り戻した力の洞窟。
しかし今回は、静寂をではなくて、歓喜の渦を伴っていた。

≪第二十六話≫終わり