「それでは十七番目について説明致しましょう。
こちらにたくさんの珠がありますね?」
白楊の傍にはたしかにたくさんの珠が落ちていた。
その数は十個以上はある。そのうちの一つを白楊は拾い上げた。
「これにはひとつの小さな穴があいています。しかしながら、この穴は九つ曲がっています。
これに一本の糸を通してください。方法も決まった方法で。以上です。」
一番手前に居た花織に珠を渡して、白楊は姿を消した。
改めて数えてみると、そこには人数分の珠と糸が置かれてあった。
それぞれ一つずつそれらを手に取り、早速作業を開始する。
「こんなもん、陽天心を使えば一発じゃない!」
「駄目ですよ、ルーアン先生。決まった方法でって言ってたんですから。」
「でもそれが決まった方法かもしれないでしょ。陽天心召来!」
言うが早いか糸に陽天心をかけるルーアン。
遺志を持った糸はくねくねと動いて、あっというまに珠の穴を通り抜けた。
「どんなもんよ!」
しかしそれから待つ事数分。白楊は姿を現さない。
「・・・なんで?」
「ほらあ、やっぱり駄目なんですよ。」
「ちぇっ・・・。」
たしなめる乎一郎の声に、悔しそうに糸の陽天心を解いて糸を珠から抜く。
そんな二人の横ではたかしが黙ってなにかを念じていた。
「・・・何してるの?たかし君。」
「しっ。・・・きえー!!」
突然大きな声を上げる。ビックリして周りに居た者達は一斉にそちらへ振り向いた。
「やっぱり駄目か。」
「な、なにやってたの?」
「念力さ。糸を通すのに手が無理だったら念力で・・・」
「うるさいからたかしは黙ってろ!!」
迷惑そうに太助が叫ぶ。説明をそこで区切られたたかしは、
不機嫌そうに、しかも懲りずに念を込め始めた。
そんなたかしは無視して、太助はやはり糸を通そうと懸命になっている。
隣ではシャオやキリュウ、そして那奈や翔子が躍起になっていた。
「んぐぐうううう~・・・やっぱりだめですう!」
「うーん、珠を大きく出来ればたやすいのだが・・・。」
「かー!!こんなもんやってられるかー!!」
「はあ、これはお手上げだなあ。」
状況はよろしく無い。花織達に至ってはとっくに投げ出して、四人であや取りをやっていた。
紐と紐を繋げて、大きなわっかにした物を使用しているのである。
もはや真面目に取り組んでいるのはほとんどいない状態であった。
ところが、ここでずっと考えていた出雲が何か閃いた様だ。
横をちらちらと、洞窟で密かに生息している生物に目をやりながら、
難しい顔で取り組んでいるルーアンの傍へ寄る。
「ルーアンさん。」
「・・・ん?なによいずピー。」
「なにか蜜のような物は持っていませんか?砂糖でもいいんですけど。」
「んなものあるわけ・・・あ、あったわね、そういえば。」
ごそごそと懐を探ってルーアンが取り出したのは袋入りの小さなお菓子。
厳重に包まれているそれは、とろっとした蜜がついている物であった。
「ルーアン先生、いつのまにそんな物を・・・。」
「家から持ってきてたのよ。非常食。」
「すいませんがルーアンさん、それを少し貸してください。」
「ええ~!?」
「お願いします。」
嫌そうな顔をしたルーアンだったが、出雲の真剣な顔にしぶしぶながらもそれを手渡す。
出雲はそれを受け取ると、少しだけ袋を開封してお菓子の蜜を少し指ですくいとった。
「ああっ!!ちょっと、あたしのお菓子に!!」
「また今度別な形でお返ししますから・・・。あ、とりあえずこれはお返ししますね。」
封が切られた形で返ってきたおかしに不満を感じるも、ルーアンはそれを受け取った。
そしていそいそと立ち上がって太助の居る方へ向かって行く。
「ちょっとキリュウ~。これおっきくしてー!」
今すぐそれを食べようという事だろうか。
彼女のその行動に苦笑しながらも、出雲は珠の穴の片方の入り口に蜜を塗りつけた。
「出雲さん、それってどういう?」
「まあ見ていてください。今からこの虫を使って糸を穴に通します。」
そう言いながら出雲は近くに居たそれを指に取った。
「それって・・・アリですか?」
「そう、アリです。このアリに糸をくくりつけて・・・。」
ごそごそと細工する出雲。しばらくしてそれが終わると、
アリを、蜜をつけたほうとは反対側の穴の出口に置いた。
「さあ、お願いしますよ。」
しばらくは穴の付近をうろうろしていたアリだったが、やがて穴の中へ入っていく。
そして待つ事数分。アリは反対側の出口、つまり蜜を塗ってある方に見事やってきた。
「成功しました。アリが蜜に惹かれて穴を通り抜けた、という事ですね。」
「す、すごい!出雲さん、一体どうやってこの方法を?」
感嘆の声を上げる乎一郎に、出雲はゆっくりと解説し出した
「なあに、聞いた事ある言葉がそういうものだったので。
昔、かの有名な孔子も同じ問題に取り組みました。それがこの珠に穴を通すもの。
しかし立派な学者であっても、解けないものは解けない。
そんな時、孔子が考え込みながら桑畑家の傍を通ると、そこに居た人から、
“ひそかに考えなさいな”という事を言われたのです。
“ひそかに”というのは密ということで、蜜と同じ音という事に孔子は気付いたんです。
それで、蜂蜜を穴の入り口に塗って・・・後は私がやったのと同じですね。」
「へええ・・・。」
ますます乎一郎は感心の声を上げる。これは知っているからこそ出来たものなのだから。
「これに気付いたのは、この部屋でアリを見かけたからです。
変でしょう?今までそういう生物はほぼいない状態だったのに。
それから、おそらく途中で白楊さんが現れて言うつもりだったのではないでしょうか。」
「ひそかに考えなさいな。」
「ええ、そう・・・え?」
別のところから声がして、慌てて出雲と乎一郎が振り向くとそこに白楊が立っていた。
「うー、残念です。先に思いつかれるなんて・・・参りました。」
「やはりそうでしたか。なかなかに用意周到ですね。」
「いえいえ、あなたこそおみごとですよ。ともかく次の部屋へ案内しますね。」
拍手をしだした白楊に、出雲はふぁさぁと髪をかきあげて答える。
「それじゃあみんなに知らせなくっちゃ。」
皆に呼びかける乎一郎だったが・・・。
「うーん・・・。むー・・・。」
たかしは今だ念じ中。
「はいゆかりん。」
「えっ、次楊ちゃんじゃなかった?」
「え~ん、糸が絡む~。」
「もう楊ちゃんたら~。」
相も変わらずあやとりに夢中になっている花織達四人。
「がつがつがつ。うーん、ちょっと甘味が足りないわね~。」
「ルーアン殿、私の能力はそういうものに使うのでは無いのだが・・・。」
「んぐぐうぐうぐうぐぐ~!!やっぱり無理ですぅ~!!」
「あーあ、もう、いちぬーけた!しっかし悔しいな・・・もういっかい!」
「ぐー・・・。」
おやつを食べるルーアン、それに物言いをつけるキリュウ。
相変わらず必死になっているが出来ずにいるシャオと那奈。
そして疲れて眠っている翔子。
「・・・出来た!!よーし、これで・・・あ、あれ!?」
なにかの偶然で奇跡的に糸が通って喜んだ拍子に糸が外れ、がっくり来る太助。
わいわい騒ぐみんなに、呼びかけはほとんど届かなかった様である。
「やれやれ、困ったもんですねえ。もう終わったというのに。」
「みなさーん!次の部屋へ案内しますよー!!
「出雲さんが糸を通したんだ。だから終わりなんだよ~!!」
懸命な呼びかけもほとんど届かず。
結局皆が移動し始めたのは出雲が終えてから約半時間後の事であった。
「それでは十八番目について。こちらのテーブルにはありとあらゆる食材が並んでいます。
それらを使って、あちらの方を唸らせるような味の料理を作ってください。以上です。」
白楊が指差す先に座っていたのは、なんとも気難しそうな顔をした一人のコックであった。
こちらをじろりと睨んだ後に一礼。そして再び元の姿勢に戻る。それをみて、花織は眉をひそめた。
「何あれ、感じ悪~い。」
「それでは頑張ってくださいね。では。」
一言応援の言葉を残して白楊は姿を消した。
初めての事に皆は少し驚いている。
「白楊さんが励ましの言葉を・・・。」
「これは頑張らないといけないな。」
「でも頑張るのはシャオリンよね~。」
もっともなルーアンの意見により、皆がシャオに注目。
戸惑う彼女ではあったが、“頑張ります”と気合新たに支天輪を取り出した。
「来々、八穀!」
ぽわんと、支天輪から八穀が現れてテーブルに降り立つ。
てくてくと歩いて行き、素早く食材を選び・・・出す前にシャオのほうを見た。
「どうしたの?八穀。いい食材が見付からないの?」
シャオの問いに、八穀はふるふると首を横に振る。
と、そこでルーアンが待ちかねたように尋ねた。
「ねえシャオリン、なんの料理を作るの?」
「あっ・・・。」
ここで八穀はうんうんと頷く。まだ何を作るかを決めていないのだ。
少し恥ずかしそうな顔をしたものの、すぐさまシャオは何を作るか考え始めた。
人差し指を唇にあて、目をくりっと天井に向けて・・・。
「やはり麻婆豆腐にしましょう。」
「もっと他に作らないの?」
更なるルーアンの言葉に、シャオは再び考え出した。
「それじゃあ酢豚も一緒に。」
「もっと他には?」
「それじゃあ・・・。」
こんな風にしてどんどんと料理名が増えて行く。
結局約十種類の物を作るという事が決定したが・・・。
「一種類で良いぞ。」
コックが無愛想に言った為に、麻婆豆腐のみという事になった。
八穀、そして周りで待っている面々はホッと胸をなでおろしたが、ルーアンは不満そうである。
「どういう事よ!?あんた一種類で足りるの!?」
「俺が見るのは味だ。量じゃ無い。」
「くうう・・・。」
何故か悔しそうなルーアンをそのままに、八穀はさっさと食材選び。
そしてシャオは選び出されたそれを使って、早速料理を始めるのだった。
「それでは料理致しますね。」
「・・・・・・。」
丁寧に挨拶するシャオに、コックは黙礼して答えた。そして本当に始められる料理。
ジュッという音や辺りに漂うにおいが、全員の食欲をそそる。
「うーん、凄いいいにおい。うちじゃあ取れない食材があるみたいだなあ。」
「本当か太助!?くっそう、俺もシャオちゃんの手料理を食べたいぜ。」
「あーん、だからもっと作って欲しいのに~。」
「なるほど、ルーアン先生が熱心に言っていたのはそういうことだったんですね。」
ただ待っている面々は、普段得られない食材にシャオの腕が加わった料理を物欲しそうに見ている。
至高とも言えるべき料理を口に出来るのはここだけの話かもしれないからだ。
しかし、結局は一人前の、つまりコックの分だけの麻婆豆腐が出来あがる。
「どうぞ。」
皿に盛り付けたそれを、シャオはにこにこしながらコックに差し出した。
「・・・いただきます。」
無愛想に思えたコックだったが、しっかりと挨拶を告げた。
何気にヨウメイを押さえながら不安になっていた花織達はホッとするのであった。
ぱく・・・もぐもぐ
コックが一口食べる。そして・・・
「美味い!!ふむ、皆が指をくわえる気持ちがわかるな。美味い美味い。」
ちらちらと皆の方を見ながら、とても満足げに食べるコック。
ほんの数分で全てをたいらげてしまった。
「ふう、美味しかった。」
「喜んで戴けて良かったですわ。ね、八穀。」
こくりと満足そうに頷く八穀。
と、ここで白楊がふわっと姿を現した。
「見事合格したようですね。では次なる扉へ・・・」
「そんなもん後でいいから、この食材を使った料理を食べさせてー!!」
だだだっと走ってくるルーアン。それにつられて皆も駈けるのだったが・・・。
「残念だが、これは俺が食う料理の為だけの食材だ。」
「そういう事です。第一、料理なら途中でおなかいっぱい食べたでしょうに。
という訳で次の部屋へ行きますよ。」
問答無用で白楊は扉を開く。
慌てて八穀を支天輪に戻したシャオに呼ばれて、皆はしぶしぶとそれに続くのだった。
「やっぱりあのコック感じ悪~い。」
最後に花織は捨て台詞を残して扉をくぐるのだった。
次なる部屋。隅っこの篭に小さなボールが大量につめこまれている以外は別段普通であった。
「それでは十九番目について説明致しましょう。
見ての通りボールが沢山あります。これを投げて一定のスピードを出してください。」
「おなか空いてそんなの出来ないわ~。」
途端にルーアンの愚痴が聞こえてきた。さっきの事をまだ根に持っている様である。
「別に構いませんよ。一生ここでいたければずっとそうしてらしてください。」
「なっ・・・。」
冷たく白楊は言い放った。言われてみれば、確かにいつまでも駄々をこねている場合ではないのだが。
「では以上です。」
最後にはにこっと微笑んで姿を消した。しばらく漂う沈黙。
だが、それに気合を入れ直すかのように太助が叫ぶ。
「早く全部終えて、ヨウメイを取り戻そう!そんでもって腹いっぱい美味しい物を食べようぜ!」
どこかで言ったような、聞いた事のあるようなセリフ。
しかしそれで十分であった。皆は“おおっ!”とそれに答えたのだから。
「さて、問題はどうやって球を投げるかですが・・・。」
早速とばかりに出雲が一球取り出す。そして思いっきり振りかぶって投げた。
ひゅんっ!
日頃からそういうスポーツを何かやっているのだろうか?
かなりのスピードでボールは向こうの方へ飛んで行ってぽとりと落ちた。
「一定の場所まで行けばボールは勝手に落ちるみたいですね。」
「それはいいとして、今何キロくらいでてたんだ・・・。」
目が点に成っている面々。出雲の投げた球が相当早く感じた様である。
「この程度はなんともありませんよ。」
「キザだな・・・。」
彼がふぁさぁと髪をかきあげた事により、一転して今度はひそひそ声が。
一瞬固まりかけた出雲だったが、気を取り直して咳払いする。
「えっと、とりあえず今のままでは合格点にはなら無い様なので、何か作戦を。」
「作戦ったって、投げるしかないじゃん。」
「そうだよ。宮内一人で頑張ってろ。」
冷たい意見の翔子と那奈。他の面々もそんな顔をしていたが、シャオがポンと手を打った。
「そうだわ、こんな時こそ・・・来々、虎賁!」
支天輪が光ったと思ったら、ひょいっとそこから虎賁が飛び出した。
全てを心得ているのか、ものすごい速さで出雲の肩へ飛び乗る。
「月天様、この宮内出雲を手伝えばいいんですね?」
「そうよ。頑張ってね、虎賁。」
「なるほど、そういえば虎賁さんがいたんでした。」
頷きながら、早速虎賁と出雲が作戦を立てはじめる。
それを、太助は少し苦い顔で見つめていた。
「どうしたの、太助おにいちゃん。恐い顔だよ?」
いつのまにかヨウメイが彼の傍に来ている。
恐い顔といいながらも、なんの恐がりも見せずに傍に居るのはさすがというところか。
「いや、なんでもない。」
「嘘はいけないよ。」
「・・・ほんとはな、俺が頑張りたいとも思ったんだ。
けど、結局はあの出雲の投げる球を見れば、俺より出雲が良いってのは一目瞭然。
それを考えてたら、なんとなく情けなくなってきちゃってさ。」
試練で鍛えられている身、という事でそれなりに代表を務めて来た太助ではあったが、
実際はそれほど沢山こなしているわけでもなく、難関を超えた数に関しては他の者が上である。
そういった事を考えて、太助は少々心苦しくなっているのであった。
「誰でも向き不向きがあるんだから仕方ないよ。
あたしなんか何にもやってないもん。」
「ヨウメイはいいんだよ・・・ちっちゃな子供だから。」
「ぷう、そう言われるのなんかヤダ。お兄ちゃんだって大人から見れば子供じゃない!」
「ヨウメイ・・・。」
怒り出して、ヨウメイは花織達の元へと歩いて行った。
いつの間に傍を離れたのかという事に関して花織達は驚いていたものの、
“太助お兄ちゃんのとこへ行っていた”というヨウメイの説明により、ちょっと一安心、である。
「どうなされた、主殿。」
ヨウメイと太助のやりとりが少し気に成っていたのか、今度はキリュウが太助の傍へとやって来た。
「いや、ちょっと落ちこんでたらヨウメイに言われたんだ。“人には向き不向きがあるんだ”って。」
「ふむ、それで?」
「何にもできないで居るヨウメイに対して俺はさ・・・。」
さっきのいざこざをとつとつと太助は説明。
それを終えると、キリュウは少し“ふふっ”と笑った。
「どうしたんだ?」
「いや、あんな状態でも人に物を教えているのだな、と思ってな。」
「・・・そうだよな。」
太助自身も、ヨウメイが何を言いたかったのはよおく分かっていた。
それで多少落ちこんでいたのであったが、キリュウに話して少しすっきりした様である。
「キリュウ、このごたごたが終わったら、また厳しい試練頼むよ。」
「試練もいいが、教授も受けるのだろう?」
「ああ。両方必死になって頑張るよ。」
「よし。それなら私も頑張らねばな。」
なんとも和やかな雰囲気がそこで漂っている中、やっと虎賁と出雲の作戦が終わった様だ。
えらく長くかかったそれに、“やっとか”と、周りの面々は見守る。
「そんじゃあいくぞ。おいらの伝授した投げ方でしっかり投げる様に。」
「・・・虎賁さん、本当にこんな投げ方で速くなるんですか?」
「球技のスーパーコーチの言う事が信用できねーってのか?」
「うん!」
横の方でヨウメイがお邪魔虫同然のごとく頷きながらさけんだ。
なんともタイミングのいいそれに、虎賁はじろりと睨むとぴゅーと駈けて行く。
「おい!今お前なんつった!」
「うん!って、言ったんだよ。」
「なに~・・・。おいらの言う事は信用できねーのか!?」
「知らないおじさんの言う事は信用しちゃあいけないんだもん。」
「おじ・・・お前なあ!!!」
虎賁の反論に動じずにヨウメイは余計な事をどんどん口走る。
慌てて花織達やシャオがなだめるも、二人のやりとりは終わりそうに無かった。
「・・・宮内、いいからとっとと投げておけって。」
「そうですね。とりあえず一球いってみましょう。」
そして出雲は投げる体勢をとってボールを持つ手を振りかぶり出した。
ぐるんぐるんと手を回転させて自分も回り出す。
妙な投げ方ではあるが、虎賁が伝授した投げ方なのだろう。
「それにしてもたかしくん、なんで今回は名乗り出なかったの?」
おとなしいたかしを見て、乎一郎は少し不思議そうな顔である。
と、たかしは両の手をひらひらさせながら答えた。
「たまには出雲に花を持たせてやらないと、と思ったのさ。」
「というよりは最初の一球を見て怖気づいたんじゃ・・・。」
小声の図星のそれにはたかしは聞こえない振りをした。
そうこうしているうちに出雲の投げる準備が整い、ボールがついに手から離れる。
ビュンッ!!
第一球とは確かに比べ物にならないほどの速さでボールが飛ぶ。
そして、やはり最初と同じ様に決まった場所でぽとりと落ちた。
「なるほど・・・確かに速くなりますねえ。しかし一体どんな原理なんでしょうか。」
とんでもないボールのそれに出雲はかなり疑問の顔である。
なんにしても結果オーライ、と言いたい所だが、この速さでも合格点では無い様だ。
「まだ白楊が現れないな。」
「きっと更に速く、って事なんだろうな~。」
「となると他に投げ方を教わらねばなりませんかね。」
虎賁の方をちらりと見やった出雲だったが、相変わらず言い争いは続いている様だった。
何やら虎賁がヨウメイの真正面まで飛び出していてやんややんやと。
「ふう、やれやれですね。」
「・・・ねえいずピー。」
「いずピーは止めて欲しいんですが・・・。で、何ですかルーアンさん。」
「ボールに陽天心をかけたら速くならないかしら?」
ふと物思いにふけっていたルーアンのその案は、なるほどと呼べる物であった。
“ぽんっ”と手を打った出雲は、早速ルーアンにボールを手渡す。
「よろしくお願いします。」
「おっけー。陽天心召来っ。」
ぴかっとボールが光り、それにひょこっと手足が生えた。
うねうねと動くそれを、ルーアンは出雲に手渡した。
「はい。」
「・・・無理に手足はつかなくとも・・・まあ良いですけどね。」
一見少し不気味に見えたそれに出雲は少し違和感を感じたが、さっきと同じく投げる体勢を取った。
しばらくして準備完了、そしてボールが投げられる・・・
ビュンッ!!!
音的には先ほどと変わらないものの、スピードは明らかに違っていた。
陽天心ボールが必死に頑張っているというところだろうか?
やがてぽとりとボールが落ち、今度は白楊が姿を現した。
「お見事!それでは次の部屋へ案内致しましょう。」
にこにことしながら、彼女は扉をぎぎいーっと開く。
それにぞろぞろと付いて行く面々であったが、一部はそうでなかった。
虎賁とヨウメイの辺りの集団は今だに言い争いを続けていたのである。
彼らが我に帰るのは、出雲に、太助に呼びかけられた時であった。
「それでは二十番目。伝心ゲームをやってもらいましょう。
伝心ゲームとは、一人が思った事を一人が心で受け取って・・・」
「来々、離珠!」
説明の途中でシャオは離珠を呼び出した。このゲームではうってつけの星神である。
「・・・なるほど、しかしそうはとんやがおろしません。
全員でやるのですからね。一人が次の人に心で伝える。
受け取った人は更に次の人へ。最後の人以外は喋っちゃいけませんよ。
それで、最後に伝えられた人が最初の人の意図に合っていれば合格。以上です。」
余裕の笑みを残して白楊は姿を消した。
それを聞いて、途端に不安な顔になるシャオと離珠。
しかし、彼女らを元気付ける様に、翔子はポンと肩を叩いた。
「心配するな、いい案を思いついたんだ。とりあえず離珠が最初、シャオが最後。」
「ですが、翔子さん・・・。」
「いいから、とりあえずあたしの言う通りやってみなって。
みんな~、シャオと離珠の間に適当に並んでくれ~。」
翔子の呼びかけにより、それぞれが順番に並ぶ。
とりあえずは彼女に従ってやってみようという結論に皆は到達したのだ。
「それじゃあスタート!離珠、いってくれ。」
翔子の合図に、離珠はこくりと頷いて次の人物に言葉を伝え出した。
実際に言う訳じゃないのでこれはさすがに辛いものがある。
離珠の次なる人物、翔子はあっというまにこくりと頷いてさっさと次へまわし始めた。
翔子の次は那奈。彼女はあっさりとした翔子のそれにあまり納得がいかなかったものの、
やはり彼女と同じ様にさっさと受け取り、更に次へとまわし始めるのだった。
皆がそれぞれ伝心(ほとんどフリだが)をしている頃、翔子は離珠に絵を描いて説明していた。
丁寧に描かれたそれによって、離珠はすぐさま理解する。
それにどうも不安な顔になるが、翔子は“大丈夫だ”と言わんばかりにウインク。
そんなこんなでどんどん伝えられてゆき、シャオにまで到達した。
(途中、本気で念じ始めたたかしに少し止まってしまったが)
と、丁度タイミングよく白楊が姿を現す。
「それではシャオリンさん、どうぞ。」
「えーと・・・薄皮饅頭?」
シャオの言葉に離珠は大きく頷いた。正解の様である。
「・・・最初の人から最後の人に直接伝えたんですね。」
少々怒っている様に見えたそれに、すかさず翔子は口を開いた。
「だって、直接伝えるのはだめだなんて言ってないじゃん。」
「まあいいです。どちらにしてもシャオリンさんには分かっていた様ですし・・・。」
ちらりと見やる白楊に対して、シャオはこくりと頷いた。
一瞬驚いた面々ではあったが、普段から離珠と一緒に居るシャオなら、
離珠が伝えようとした言葉が分かっていても不思議は無かっただろう。
「それでは次なる部屋へ案内致します・・・。」
ため息をつきつつ、白楊は扉を開く。
離珠は支天輪に戻されて、皆は彼女の後に続くのだった。
「それでは二十一番目について説明致しましょう。
ここには、一人の剣士がいます。」
重々しく白楊が指差した先には、青い鎧に身を包んだ一人の騎士が立っていた。
全身がすっぽり鎧で覆われていて、手には剣を携えている。
露出している肌はまったく無いという状態だ。
「全然中国らしからぬ騎士ね・・・。」
「騎士っていう時点で既に中国から外れてませんか?」
ルーアンの呟きにすかさず突っ込みを入れる出雲。
ざわざわとしていた皆に構わず、白楊は更に説明の続きをする。
「この剣士と剣を用いた対決を行って欲しいのです。
五分間持ちこたえるか、相手を参らせれば勝ち。逆に、こちらが追い詰められれば負けです。
心配せずとも、ちゃんと絶体絶命の手前で剣を止めてくださいますので。
剣はあちらに沢山立てかけてありますので遠慮無く。
色々ありますが、全てレプリカですのでお気になさらぬ様。以上です。」
途中ですらっときわどい事を言い残して、白楊はにこやかに姿を消した。
早速皆は立てかけてある剣の傍へよってみる。
「色んな剣があるなあ・・・。おっ、これなんか強そうだぞ。」
「那奈姉、どうせ自分では戦わないんだろ。俺もそうだけど・・・。」
「何をいきなり弱気になってるんだ太助!俺の熱き魂に任せろ!」
「たかしくん、戦うの!?」
「いや、熱き魂で剣を選び出してやろうと思ってな。」
「あのね・・・。」
わいのわいの言いながらも、誰も本気で戦おうというものはなく、
ただ単に剣を物珍しそうに見ているだけなのであった。
「見ろよおにーさん、エクスカリバーだって。知ってる?」
「ええ、歴史に残るほど有名な剣ですしね。
それにしてもストームブリンガーやらミストルテインなんかの魔剣もありますねえ。
白楊さんはレプリカとおっしゃってましたが、一体誰がこんなものを・・・。」
感心しながら見ている出雲と翔子を、これまた感心しながら見ているのはシャオ達であった。
「あの二人は物知りだな。私にはなんの事だかさっぱりだ。」
「あたしにもさっぱり。どれも同じ様に見えるのにねえ。」
「みてくださいルーアンさんキリュウさん、これ柄だけですよ?」
「「どれどれ?」」
ルーアンとキリュウがシャオの持つそれに顔を近付けたその時、
“ヴンッ!!”と、いきなり剣が飛び出たのだった。
「「うわっ!!」」
当然それに驚いた二人は後ろに倒れてしまう。
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
「あんたねえ・・・不意打ちなんて卑怯よ!」
「すみません・・・。」
「ルーアン殿、不意打ちというつもりでシャオ殿は言ったのではないと思うが・・・。」
精霊達のいざこざを遠くで何気なく見ていた花織達。
色んな剣を手に取りながら会話する。
「シャオ先輩のあれって、フォースソード、理力の剣だっけ?」
「違うよ、オーラブレードだよ。ね、ゆかりん。」
「ええっ?ライトサーベルじゃなかったっけ?」
どこかの映画で見たのか、それとも何かのゲームで見かけたのか。
ポンポンとあちらこちらで飛び交っている剣の名前に、ヨウメイは首を傾げるばかり。
今だ戦いは行われずに、剣士はボーっと突っ立ったままであった。
そんなこんなで数刻。やっと思い出した様にシャオは支天輪を取り出した。
「どしたのシャオリン?」
「星神に任せる事にします。来々、梗河!」
“やっと出番か”といわんばかりに、熊にまたがった剣士、梗河が姿を見せる。
「梗河、頼みましたよ。」
こくりと頷いて梗河は剣士と対峙する。
それを見つけてか、剣士もすらっと剣を抜いて構えた。
「そういやあ試合しなきゃならないんだったわねえ、すっかり忘れてたわ。」
「ルーアン殿・・・。まあ、私も人の事は言えないがな・・・。」
もちろん、彼女らの事を言えないのは他の面々も同じである。
皆が皆、剣を見る事に夢中になっていたのだ。
しかしそんな事はお構いなしに戦いは始まる。
“ダッ”と地を蹴った梗河が先制攻撃とばかりに剣士に切り込んだ。
キイン!!
既に構えていた剣の腹で、剣士は梗河の一撃を受けとめる。
更に反撃せんと、力任せに剣をなぎ払った。
ブンッ!
咄嗟に後ろに飛びのいた梗河はその一撃を受けずに済んだ。
しかし、剣士はなおも一撃を加えようと梗河に向かって突進。
横薙ぎに払った剣を素早くもとの位置に戻して両手で持つ。
ガキイン!!
勢いよく振り下ろされたそれを梗河は避けられるはずも無かった。
しかしかろうじて剣で受けている。それでもかなり辛そうであるが。
「すっげえ、両方とも強い・・・。」
「そりゃまあ、かたや剣士、かたや攻撃用の星神だし。」
「あの調子で五分・・・もつのかな。」
手に汗握る状態で太助達は観戦。
じりじりと押されつつある梗河に、少し身を乗り出したりもしている。
と、梗河はふっと笑ったかと思うと剣を少し斜めにして地面へとその力を流した。
不意の事に剣士の体ががくんとなる。その隙を梗河はもちろん逃さなかった。
素早く一歩退いたかと思うと、間髪入れずに剣を横から振り払う。
カシーン!
鋭い金属音が響いたかと思うと、剣士に一撃を加えた梗河が舌打ちしていた。
確かにまともに一撃を決めたのだが、見かけによらず鎧が固いらしい。
相当な防御力を誇るそれに、梗河の剣が逆に少し欠けてしまったのだ。
一連の出来事に剣士はゆっくりと振り返った。そして改めて剣を持ちなおして突進する。
ズシャアッ!!
彼が今度はなった一撃は地面へと届いた。ジャンプして梗河が避けたのである。
そして梗河は、再び攻撃を剣士へ加えに行く。
カシーン!
さっきと同じ金属音が響く。
肩口に梗河が放った攻撃は、またも鎧にはじかれてしまったという訳だ。
忌々しそうに地面に着地する梗河。もはや剣の欠け様は結構なものであった。
このままではまさしく歯が立たない状況。なんとかしないと勝つ事はできない。
少し作戦を練ろうと、梗河は少し後ずさって距離を取った。
離れていれば、切り込んでこられても対応できるという事である。
しかし、ここで剣士は体制を立て直すと剣を柄にしまいこんだ。
そしてすいっともといた場所へと移動する。
梗河を含み、皆がぽかんとしている所へ白楊が姿を現した。
「見事五分もちこたえたようですね、さすがです。
それにしてもどうして魔法剣だのを使わなかったんですか?
特にこのセブンスヘブンズソードなんて使えば・・・まあ過ぎた事はもういいですかね。
それでは次なる部屋へ案内致しましょう。」
ぎいーっと開けられる扉を横目で見ている剣士に、梗河は一礼。
それに気付いてか、剣士も一礼した。
しばらくの間唖然としていた皆は、慌てて白楊の後へとついて行く。
シャオは“ご苦労様、梗河”とねぎらいの言葉をかけて梗河を支天輪へと戻す。
そして、たくさんの剣が並んでいて剣士が立っているという妙な雰囲気の部屋を後にするのだった。