小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!番外編)

≪楊明と星神達≫


その16『楊明と梗河』

タッタッタッタッ・・・。
「とうりゃあ!!」
ズザザザア・・・。
「・・・すっげえ!たかし、新記録じゃねーか!!」
「へっへ〜ん、どんなもんだい。俺の熱き魂の前には、どんな記録も敗れ去るのさ。」
「たかし君、それって何か違う・・・。」
ただいま体育の授業の真っ最中。
俺がついさっきやったのは走り幅跳びだ。
以前の記録を出した奴が情けないのか、俺がすごすぎるのか。
とにかく、校内新記録を俺が打ち立てたって訳だ。
「シャオちゃーん!俺のかっこいいところ見ててくれたかーい!!」
並んで座っている女子の中にシャオちゃんを見つけ、そこに向かって手を振る。
にこりと笑いながら、シャオちゃんもそれに手を振って答えてくれた。
「たかしさん、すごいですわー!」
ああ、シャオちゃんに声援を送られるなんて、今日はなんて素敵な日なんだ〜!
そうそう、こんなかっこいい俺が居るってのに、山野辺はなんだか別方向見て喋り捲ってる。
キリュウちゃんも何処かへ行っていてここには居ない。
まったく、あいつらはほんと運が悪い奴らだな・・・。
待てよ、よくよく考えてみれば購買部の宮内出雲やら後輩の花織ちゃん達も、
この俺の華麗なる姿を見逃してんじゃねーか。
うーん、これは何か手を考えるべきかなー・・・。
「おいたかし、何考え込んでんだ?」
「ん?いや別に。さあてと、のんびりと高見の見物としゃれ込むか。」
とりあえず俺の役目(?)は終わった。残りの連中がどれだけ頑張るか・・・。
で、結局新記録は出ずじまい。そのまま授業終了となった。
教室へ帰る時、俺は得意満面の笑みを浮かべて歩いているわけだ。
周りではほとんどの奴らが尊敬の眼差しで俺を見ている(はずだ!)。
「なあたかし、すごいのは分かったからいいかげん普通にもどれよ。」
「そうだよ。さっきからずっと胸をおもいっきり張ったまんまじゃない。」
横で俺の親友二人がたしなめてくる。まったく、得意になる事がそんなにいけない事か?
「あのなあ、俺は校内新記録を出したんだぜ。得意になって何がいけないってんだ。」
「だからってなんでそんな変な歩き方・・・。」
変とはなんだ、変とは。斜め45度ほどに胸を張った歩き方のどこが変なんだ。
やっぱりこいつらは分かってな・・・
「やだやだー!!」
ずでん!!
突然向こうの方から聞こえてきた声に、俺は後ろにこけてしまった。
「ほら、そんな歩き方するからこけるんだよ、たかし君。」
「く、くそ・・・。」
打ちつけた背中をさすりながら上半身を起こす。
それと同時に、花織ちゃん達の姿が目に入った。例の四人で一緒に廊下を歩いているが・・・。
「・・・なんでヨウメイは両手を掴まれてるんだ?」
そう。太助の言う通り、ヨウメイちゃんはなぜか両手を他の二人に掴まれて引きずられている様だ。
花織ちゃんが先導する形で・・・どうやら更衣室へ向かっている様だ。
「うえーん、体育なんかやだ〜!」
「楊ちゃん!なんだっていつもいつも・・・。嫌いなのは分かるけど素直に歩きなさい!」
花織ちゃんの声に、太助と乎一郎と顔を見合わせる。
なるほど、ヨウメイちゃんが体育を嫌がって、それをなんとか引っ張っているって訳か。
「あ、主様。助けてくださーい。私まだ死にたくないですー!」
偶然だろうか、太助の姿を見つけたヨウメイちゃんが懸命に叫ぶ。
それにしてもなんつう助けの求め方だ。体育の授業で死ぬわけ無いだろうが。
「七梨先輩!先輩からも言ってくださいよ。体育ぐらいちゃんと受けろって。」
足を止めた花織ちゃんにつられて他の二人も足を止めた。
やれやれと顔を見合わせて、俺ら三人もその場へと向かう。
合流した所で、ヨウメイちゃんが瞳をうるうるさせながら言ってきた。
「主様あ〜、私体育なんかやりたくないですう〜。」
すごい必死だな。だけど太助に言ったからってなんとかなるもんじゃないと思うけど。
案の定、太助は頭を掻きながら呆れた様に言った。
「あのな、ヨウメイ。体育だって学校の授業なんだから・・・。
それに駄々こねたって結局はしなきゃ成らないんだから。頑張って受けろよ。」
「そうですよね!さ、楊ちゃん。分かったらおとなしくして。」
ヨウメイちゃんの片手をつかんでいた・・・確か熱美ちゃんだったな。
その熱美ちゃんが諭すような顔でヨウメイちゃんに言う。
けれどまったくそれを聞くような顔じゃないな。やれやれ・・・。
「いいかげんにしてよ楊ちゃん!これで何回目だと思ってるの!」
「ちょっと、ゆかりんちゃん・・・。」
思わずきつくなったもう一人の子、ゆかりんちゃんに対して乎一郎がなだめる。
よほど頭にきてるのかな。それでもヨウメイちゃんは聞く耳持たず、だな。
「もーう、七梨先輩に言われてもなんで素直にならないのよ。」
「それだけ体育がいやだってことか・・・。」
太助の納得したような声に、ヨウメイちゃんは黙ってこくりと頷いた。
頷くのはいいけどさ、結局は嫌々だってことか・・・。
よーし、こうなったらやっぱり俺の出番だってことだな。
「ヨウメイちゃん、俺はさっきの体育の授業で走り幅跳びの校内新記録を出したんだぜ。」
「それがどうかしたんですか?」
ぐっ・・・。それがどうかしたんですか?は無いだろうが。
少しは驚くとか・・・待てよ、挑発でもしてみるか。
「ま、ヨウメイちゃんはどんなに頑張っても無理だよなあ。記録を出すなんてさ。」
「ええ、そうですよ。」
・・・なんて子だ。この程度じゃあ挑発にならないってことか?
唖然としている他の面々の前でうんうんうなっていると、新たな人物がやって来た。
なんとシャオちゃん!と、山野辺だ。
「よっ、何やってんだ、そんな所で集まってさ。」
「山野辺先輩もシャオ先輩も聞いてくださいよ。
楊ちゃんったら体育の授業を嫌がって受けようとしないんですよ。」
「まあ、それはいけませんわ。ヨウメイさん、授業はちゃんと受けませんと。」
「そうそう。運動ってすっきりするもんだぜ。」
二人同時に説得の言葉を告げる。が、やっぱりヨウメイちゃんはうつむいたまま。
・・・と思ったら、ゆっくりと顔を上げてシャオちゃんの方へと向いた。
「シャオリンさん、少しお願いがあるんですが・・・野村さんも聞いてくださいますか?」
俺の方へも向いてそんな事を告げてきた。なんだ?一体・・・。
「お願いってなんですか?」
「それを聞いてあげたら体育の授業をちゃんと受けるの?」
二人して聞き返すと、ヨウメイちゃんは再び口を開いた。
「内容は後で言いたいんです。でも体育の授業はちゃんと受けるようにします。
・・・それじゃあいけませんか?」
来た・・・。ヨウメイちゃんお得意の、内容を告げずにお願い。
以前これでキリュウちゃんや出雲、そして乎一郎も妙な目に遭わされたらしいからな・・・。
しかし、このまま拒否しても埒があきそうに無いし。ここは引き受けてみようか?
シャオちゃんの顔を見て、二人で頷き合う。そして再びヨウメイちゃんの方を向いて頷いた。
それを見たヨウメイちゃん、ぱあっと顔を輝かせてぺこりとお辞儀する。
「ありがとうございます。期待してますからね、野村さん。」
「お?おお、任せとけって。俺の熱き魂にドーンとな!」
ドンと胸を張って答えると、ヨウメイちゃんはくるりと向きを変えた。
「さあ、早く行こう!体育の授業を受けに!!」
「ちょ、ちょっと楊ちゃん・・・。」
「そ、そんなに引っ張らないで・・・。」
「それじゃあ先輩、どうも!!」
さっきまでとは逆の恰好になって、四人はその場から去って行った。
呆然としつつもそれを見送る俺達。
何をするにせよ、体育を素直に受けるようになったのならいい事なんだけど・・・。
なんとなく不安になりながら、シャオちゃんと少し顔を見合わせるのだった。

そしてとうとう放課後。例によって色んな見物客が・・・。
つまり、太助、乎一郎、山野辺、
花織ちゃん、熱美ちゃん、ゆかりんちゃん、キリュウちゃん、宮内出雲だ。
ちなみにルーアン先生は職員会議ちゅうである。
それにしても一体何をするつもりなんだろう。結局ここまで何も言ってこなかったし。
今の状態は、ヨウメイちゃんの立っている傍で俺とシャオちゃんが立って居る。
しばらくそのままでじっとしていると、何やら調べていた様子のヨウメイちゃんが顔を上げた。
「それではシャオリンさん、梗河さんを呼び出してください。」
「えっ!?梗河を・・・ですか?」
「ええ。野村さんはとりあえずそのままでどうぞ。」
いまいちよく分からなかった俺はシャオちゃんに聞いてみた。すると・・・。
「梗河というのは、接近戦が得意な対人攻撃専用星神です。
もしかして、たかしさんと梗河を・・・という事なんでしょうか・・・。」
「なんだってー!?」
俺が叫び声を上げると同時に、見物客達もざわつき始めた。
当然だ。俺は体育で新記録を出したが、戦う術なんて知ってるはずが無い。
もしヨウメイちゃんがそのつもりなら一体どうして・・・。
「違いますよ、シャオリンさん。梗河さんと戦うのは・・・とある昔の武人です。
まあ、武人なんて呼べるほど全然立派な人じゃないですけどね。さあ、お願いします。」
「え、ええ、分かりました。来々、梗河!」
シャオちゃんが支天輪を構え、そこから星神梗河が呼び出された。
熊にまたがった、剣を持ったおっさん。(←失礼)
いかにも中国の武人って感じの装備を身にまとっている、なんとも言えない風格を漂わせていた。
梗河を確認すると、ヨウメイちゃんは深深とお辞儀した。
「はじめまして、梗河さん。一つ試したい事がありまして、今回呼び出していただきました。
梗河さんにはこれからある方と一線交えていただきます。
当然強いですから心してかかってくださいよ。では・・・。」
長々と挨拶をしたかと思うと、例のごとく統天書を開けて念じ始めた。
「幻影よ・・・。彼の者と同じ姿を作り出せ・・・。
ドッペルの力を借りて、それを実体化させん・・・。
・・・『趙高』!!」
ヨウメイちゃんが叫んだかと思うと、そこにぱあっと光がはじけ、一人の人間が姿を現した。
梗河よりは少し背の高い馬にまたがって、これまた中国の武人って感じの装備を身にまとっている。
なんだかすごく豪華そうなよろいなのが目に付く。
手に持っているのは剣だが、他にも色々な武器を持っている様だった。
「この方は『趙高』といいまして、私の昔の主様の命を狙ってきた輩です。
かなり武術に長けていた様ですが、私と戦う形になったのが不運でしたね。」
くすくすと笑うヨウメイちゃんに、俺は慌てて言った。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!そんな奴なんかじゃあやばいんじゃないの!?」
「ご心配なく。これは趙高の能力のみを写しどったコピーのようなものですから。
さて、野村さんにはこれから梗河さんと趙高の戦いを審判してもらいます。
どっちがどんな状態とか、どんな戦いを行ったとか、事細かに実況してくださいね。」
「へ?」
なるほどな。俺の役割ってそういう事だったんだ。
審判ねえ・・・ま、いっちょうやってやるか!
「わかった。ヨウメイちゃん、この俺にドーンと任せておいてくれ。
でも一つ質問が・・・。」
「なんですか?」
「どうして戦いをしようなんて思いついたの?」
当然の疑問だ。それに反応したのか、シャオちゃんもこちらの方を見る。
「私も知りたいですわ。わざわざ梗河を呼び出してまで・・・。
ヨウメイさん、その意図を教えてください。」
一緒になって見物客の方からも同じような声が飛び始める。
もちろん、梗河自身もそれなりに疑問の顔。
ヨウメイちゃんはそんなみんなを制したかと思うと、梗河の方へ向き直った。
「梗河さんの存在は知ってたんですが、その実力のほどを知りたくって。
なかなか機会が無かったんですが、今日ふと思いついたって訳ですよ。」
ふと思いついた?多分体育の授業が嫌だとか言ってた時だよな。
あの状況で思いついたって事か?一体どういう頭してるんだ、この子は・・・。
そういえば以前熱美ちゃんが言ってたっけ。
“楊ちゃんは何かに夢中に成るととことんやろうとするんですよ”って。
つまりは、近頃は梗河の能力が気になってしかたがなかったって事。
けれどやっぱり変だよなあ。なんだってあんな状況で・・・。
「野村さん?どうかしたんですか?」
「へっ?」
ふと我に帰ると、梗河と趙高がすでに戦闘態勢に入っていた。
俺を除く他の皆は安全らしき場所(つまり遠い場所)にちゃっかり待機している。
「きっちり審判してくださいよ。結界を張りましたから外へは逃げないでくださいね。」
「たかしさん・・・気をつけてくださいね。かなり危険だと思いますが・・・。」
そう、俺だけは梗河と趙高の傍、つまりヨウメイちゃんが言う結界の中だ。
一体いつの間に・・・。なんて言ってもしょうがないか。
けれどシャオちゃんが深刻そうに危険だなんて言うって事は・・・。
ええい、気をしっかり持て!ここで逃げてちゃあ、この俺の名折れってもんだ。
適当に引きうけたから、なんて言い訳なんてせずにしっかりやってやるぜ!
「よし、それじゃあ始めようか。ヨウメイちゃん、合図を。」
「野村さんが合図を出すんですよ。」
「え?そうなの?・・・そういや審判だって言ってたっけ。」
俺が合図の構えを取ったところで、みなが固唾を飲んで見守り出した。
なんだか俺ってかっこいい?ふふ、これが終われば株が上がる事間違い無しだな・・・。
「よーし・・・始め!!」
合図と同時に手を振り下ろした。
と、その直後に趙高が素早く梗河に切り込む。しかし、梗河は紙一重でそれをかわした。
ひゅう、やるねえ。さすがは攻撃用星神だぜ。
「野村さーん。感心してないで実況お願いしますよー!」
「あ、ああ、わりいわりい。見ての通り、趙高の攻撃を梗河が避ける!
さあ、二人とも睨み合っている。次動くのはどっちだ!?」
ふふん、とりあえずはこんなもんで良いだろ。皆圧倒されてるしな。
「・・・随分と抽象的ですね。試合開始直後に趙高さんが斜めから切り込んだとか・・・。
せめてそれくらいは具体的に言って欲しいですね。」
「ふむ、宮内殿はよく見ているな。
ついでに言うなら、間合いは約何メートルとかも付け足して欲しいな。」
「ほんと。野村先輩のって見たまんまですよね。」
「花織、あんたそれは言い過ぎだって。」
何やら見物客からは不満の声が・・・。
なんてやつらだ、この俺の華麗な解説にけちをつけてくるとは。
そうこうしている間に第二の切り合いが始まった。慌てて俺は振り返る。
「今度は梗河が趙高に切りこんだあ!横殴りのそれを趙高は受けとめる!
ぎりぎりと鳴る刃のうめき!一転して今度は力比べだ!」
ふっ、今度は完璧だ。誰も文句を言う奴なんて居ない!!
「・・・ヨウメイさん、一転して力比べって事は、今まで何をしていたんでしょう?」
「うーん、何って呼べるほどのものじゃないですけど・・・。
まだ序盤ですからねえ、あんまり気にしなくて良いですよシャオリンさん。」
「野村君、シャオさんを惑わす様な事を言って・・・許せませんね。」
またもや非難を浴びる羽目になったようだ。
どうしてだ?俺の解説は完璧なはずなのに?
しかもシャオちゃんを惑わした?うおー、こんなはずではー!!
心の中で叫びながら頭を抱えていると、再び状況が変わった様だ。
なんとか気を取り直して実況に戻る俺。
「つばぜり合いを振り払った両者、再び睨み合っている!
おおっと、今度は二人同時に切りこんで行ったあ!
“ガキイン!!”という烈しい音とともに両者がすれ違う!
おおっ!?趙高の方から血しぶきが!?梗河、一太刀浴びせたぞお!!
さすが!!シャオちゃんの星神!!天晴れ、天下一!!!」
今度は間違い無く事細かにやったはずだ。しかもおまけによいしょだぜ。
「なあヨウメイ、うるさいからたかしの実況は無しにしないか?」
「僕も太助君に同意見だよ。なんだか余計な事喋ってるし。」
「・・・それもそうですね。ここまですればもう良いでしょう。
戦いもここまでにして、今日はもう帰りましょう。」
ええっ!?ちょちょちょ、ちょっとー!!
「なんでなんだよ!!俺の実況のどこが不満なんだー!」
「全部。」
山野辺が冷たく言い放ちやがった。当然それは俺の胸にグサッと突き刺さったわけで・・・。
「・・・分かったよ。止めればいいんだろ、止めれば!!」
「別に怒らなくても・・・。努力に敬意を表して、私はちゃんと体育を受ける様にしますし。」
「うるさいな!!止めるんならさっさと終わりにしてくれ!!」
思いっきり不機嫌に、ヨウメイちゃん達の方へ怒鳴る。
みんながやれやれと肩をすくめ、ヨウメイちゃんが何やら作業しようとしたその時!!
ズシャッ!!
俺のすぐ傍に刀が振り下ろされた。一センチでもずれていれば俺は切られていた、という所に!
「お、おい!どういう事だよ!!うわああ!!」
趙高だ。趙高が俺めがけて剣を振ってくる。
次々と繰出される攻撃を避けるものの、当然長くは続かない。
当たり前だ。俺は太助みたいに試練を受けているわけじゃないから。
とうとう追い詰められ、今まさに奴の剣が振り下ろされるという状況にまで。
間違い無くやられる!そう思って、俺は目を閉じた・・・。
「た、たかし!!」
「ヨウメイ殿!早く趙高を!!」
「分かってるんですが制御できないんです!!完璧に言う事を聞かなくなってる!!
しかもあの結界の中じゃあ消す事も出来ません!!」
「それってやばいって!!野村が殺されちまう!!」
「野村先輩ー!!」
「たかしさーん!!」
ああ、遠くからみんなの叫び声が聞こえるぜ。
思えば短い人生だったよなあ。こんなとこで俺の熱き魂が燃え尽きちまうなんて。
グッバイ、俺の人生、そしてシャオちゃん・・・。
ガキイン!!
今まさに死ぬ!そう思った刹那、烈しい剣の音が。
目をそおっと開けてみると、そこには趙高の剣を受けとめている梗河の姿が!!
「こ、梗河・・・。そうか、梗河が居たんじゃねーか!!
頼む、趙高を倒してくれ!!」
俺に言われなくても彼はそのつもりの様だった。
趙高の剣を思いきりはじき返し、すぐさま切りにかかる。
それを上手く体をひねってかわす趙高!さすが、奴もただではやられないって事だな!
「そう言えば梗河さんが居たんじゃない。良かった、これで安心だね。」
「だと良いけど。趙高のあれはあくまでも幻影だからね、疲れは知らないんだよ。
早く手をうたないと、いくら梗河さんでも・・・。」
「ヨウメイ殿、早く結界を解くなりしないと。」
「分かってます、今も懸命にやってますから。
ああー、ややこしい組み立て方しちゃったなあ・・・。」
「とにかく、たかしの命は梗河の頑張りにかかってるって訳だな。」
「梗河・・・頼みましたよ。」
見物客は今だ深刻な状況。なるほどな、相手は疲れ知らずって訳か。
確かに息なんてまったくあがってねえな。
傷を負わせているものの、まったく堪えてないみたいだし。
頑張ってくれよ、梗河・・・。
その梗河がまたも次の行動に出た。趙高にまたも正面から一太刀!
・・・と思いきや、それはフェイントで、素早く後ろに回りこむ形で太刀を浴びせる!
趙高の背中から、血しぶきが勢い良く吹きあがった。
さすがにこれは効いたみたいで、梗河が俺の元へ戻って来た時には趙高はかなり苦しそうにしていた。
「やるなあ・・・。よし、この調子で頼むぜ!」
俺が気合を込めて声援を送ると、梗河は少しばかり笑みを浮かべて軽く頷く。
そして、任せろと言わんばかりに再び趙高へと向き直った。
その趙高。傷を受けて苦しそうにしていたはずだが、今は平然としてやがる。
ひょっとしてダメージも受けないってことか?んな馬鹿な・・・。
と、今度は向こうからこちらへと攻めてきた!
「わっ、わっ、梗河!」
慌てながらも俺は梗河の傍を離れる。梗河は向かってくる趙高の一撃を素早く受けとめた!
ガキイイイン!!
勢いよく鳴り響く剣と剣が交わる音。しかし・・・!!
「梗河、危ない!!」
趙高の不自然な動きをいち早く見抜いた俺は思わず叫んだ。
力比べを捨てる様に趙高は剣を受け流し、そして片方の手で短剣を取り出す!
俺の声に反応していた梗河はなんとかそれをまともに食らわずに済んだのだが・・・。
ザシュッ!!
片腕におもいっきり切りつけられる形になってしまった。
さっきの趙高とはいかないまでも、血しぶきがやはり飛び散る。
見物席の方からは悲鳴やらどよめきやらが。
「梗河!!」
「いったん下がれ、梗河!」
俺の頭の中と同じ事が聞こえてきた。ここはいったん態勢を立て直した方がいい。
梗河もそれを悟ったのか、懸命に方で攻撃を振り払い、後ろへと飛ぶ。
しかし、それがいけなかった。なんと、趙高は目にも止まらぬ早さで弓矢を取り出したんだ!
そして構える時間もほんの一瞬。矢を放つ!
ドスッ!!
不幸にも矢は梗河がまたがっていた熊の胸に突き刺さった。
着地と同時に二人して崩れ落ちる。
「こ、梗河!」
俺は無我夢中で傍に駆け寄った。幸い梗河自身は怪我を負っていなかったが・・・。
「駄目だ、これじゃあ趙高と戦えっこない。どうしよう・・・。」
だくだくと熊の胸から血が流れている。いくらなんでもこの状態で動かせる訳が無い。
俺も梗河も心配そうに見つめ、そして悔しそうに歯ぎしり。
このままじゃあ馬に乗った趙高にやられるのだから・・・。
「お、おい、ヨウメイ!!早く結界とけよ!!」
「急がないと野村殿と梗河殿が!!」
「・・・よし!幻影の界よ消え去れ!!」
馬にまたがった趙高が不敵に笑っている、という所でヨウメイちゃんの声が響いた。
途端に辺りが・・・って、別に目に見えるほどの変化は無かったけど。
しばらく俺も梗河も趙高も固まっていると、ヨウメイちゃんがゆっくりとこちらにやって来た。
「すいません、野村さん、梗河さん。まさかこんな結果になるとは・・・。
趙高は責任を持って私が消しておきますので。」
ぺこりとお辞儀をしたかと思うと、趙高の傍で立ち止まった。
ちょちょちょ、ちょっと待てって。いくらなんでも・・・。
「まったく、たかだか人間の分際でこんな未来まで怨念を残してくるとは。
やはり王様の前に突き出した時に消しておくべきでしたか・・・。
来なさい!!今度は私が相手です!!」
力強く叫んだと思うと、ヨウメイちゃんは統天書をばさっとその場に放り投げた!?
「よ、ヨウメイちゃん!!」
「楊ちゃん、なんで統天書を開けないの!!」
「無謀ですよ!あの梗河さんでさえ苦戦したんですよ!!」
「それより、ヨウメイが作り出したんだろ!だったら消せばいいじゃないか!!」
俺、そして見物客達が次々と叫ぶ。しかしヨウメイちゃんは軽く笑っただけだった。
「ほらほら、どうしたんですか?まさか恐くなっちゃったとか?」
趙高を挑発!?一体何考えてんだ!!
ヨウメイちゃんの言葉が終わると同時に、趙高はものすごい勢いで駆け出した。
槍をまっすぐ前に突き出してヨウメイちゃんめがけて・・・!!
グサァッ!!!
次の瞬間俺達が見たものは・・・槍に貫かれて宙ぶらりんになっているヨウメイちゃんの姿だった。
「い、いや・・・楊ちゃあああん!!」
花織ちゃんが叫びながらダッシュ・・・してくるそれを必死に押さえる周りの皆。
「落ちつけ、愛原!!」
「あんたが行った所で何もなんないでしょ!!」
俺は目を伏せた。乎一郎、そして太助も・・・。
どうして・・・どうしてわざとやられる様な事を・・・。
槍を構えたまま“ふん”というような顔で笑っている趙高。
しかし、その光景を見てもまったくの冷静な顔で居た人物が・・・。キリュウちゃんだ。
「ヨウメイ殿?そこで何を企んでいる。」
なんと真顔でこんな事を!なんだって!?ヨウメイちゃんが・・・?
「ちょっと待ってください。完全に消してしまわないといけないんでね。」
何処からともなくヨウメイちゃんの声が!
急いでみんなが趙高に刺されているヨウメイちゃんの方を見るが・・・違う様だ。
なんとなく俺の近くから聞こえてきたような・・・。
と、槍に刺さったヨウメイちゃんの体がすうーっと消え始めた!
驚いて槍を持ち上げる趙高。しかし、そんなものとはお構いなしに・・・。
やがて、全てが消え去ったかと思うと、“ぱらっ”っと本をめくる音が俺のすぐ傍で!
振り向くと、そこには統天書を構えているヨウメイちゃんが!
「日天に逆らいし者に与える罰、そして空の精である我の力を合わせん・・・。」
俺が、皆が驚く暇も無いままに詠唱を始めるヨウメイちゃん。
気付いた趙高は猛ダッシュしてきた!しかし・・・。
「全ての物は無に帰せよ・・・無界!!」
傍に来るより早くヨウメイちゃんが叫ぶ。
すると、あっという間に趙高の体が消え始めた!
その後約・・・一秒も経ってないな。趙高の姿は完全にその場から消え去った。
本当に一瞬の出来事だったので、何も言えずにぽかんとしているみんな。
ヨウメイちゃんがパタンと統天書を閉じたところで、ようやく一人反応した。
「ヨウメイ殿・・・一体何をした?」
「聞いたまんまですよ。趙高を無の世界へと送りました。
もはやいかなる方法を用いても趙高を復活させる事は不可能です。
その世界の神様以外にはね。」
「無の・・・世界?」
聞き返すキリュウちゃん。そこで、みんなも正気に戻った様で、
説明を再び始めるヨウメイちゃんに注目する。
「ええ、無の世界です。どんなものも存在できない、それが無の世界です。
ずっと過去にそんな世界があると示された様です。かなりややこしいので説明は省きますけどね。
そうそう、一つ言っておきますけど消滅とはまた違います。
消滅はまだ再生がききますが、無はまったくの無ですから。そこの所間違えないでください。」
なんとも淡々とした説明。分かるには分かったけど、無か。それってかなり恐いな。
深刻そうに頷いていると、ヨウメイちゃんが傍にやって来た。
「本当にすいません。一応傍に居たんですが、見守るだけにしてましたので。」
「傍に居た?ってどういう事?」
「趙高を作り出して結界を張る際に私も結界の中にいたんです。
姿、気配等を全て消した形でね。そとにいたのは私が作り出した幻です。」
「ええっ!?そうだったんだ。」
そうか、それでキリュウちゃんはヨウメイちゃんが刺された時にあんな事言ってたんだ。
チラッとキリュウちゃんを見ると、少しばかり不敵な笑みを浮かべている。
もう一度ヨウメイちゃんを見ると、これまたにっこりと微笑んでいる。
その光景に不思議な感じをおぼえた俺だったが・・・。
「え〜と、とりあえず梗河の傷を治してやってよ。」
「ああ、そうですね。さすが野村さん。
梗河さん、次回はもっとまともな相手を召喚いたしますから。
では・・・命の源となる生の力よ、彼の者の傷を癒す力となれ・・・万象復元!」
みるみるうちに熊の怪我が治っていき、それはあっという間に完治した。
置きあがった熊を見て思わず微笑む梗河。元気になった相棒と抱き合っている。
うん、いい光景だよなあ・・・。
「これで大丈夫です。それでは・・・おやすみ・・・なさい・・・。」
感動に浸っていると、ヨウメイちゃんは一言告げて眠りに入った。
倒れそうだった彼女を俺は慌てて支える。
そういえばこういう力を使った後はいつも寝てたっけな。
梗河と顔を見合わせて笑みを浮かべる。
無とか難しそうな事を言っていた人物の寝顔がどうも・・・。
しばらくして、見物客達が皆俺と梗河の傍へやって来た。
「ご苦労様、梗河。なんだか大変だったわね。たかしさんもお疲れ様でした。」
「いやいや。これくらい俺にとっちゃ朝飯前だよ、なんてね。」
まずやって来たシャオちゃんに答えるかのごとく胸を張る。
「ちょっと野村先輩!楊ちゃんをこっちに渡してください!」
「そうですよ、危なっかしいなあ。」
「さあ、早く楊ちゃんを!」
胸を張った時にヨウメイちゃんを地面に落としかけたらしい。
そのおかげで花織ちゃんと熱美ちゃんとゆかりんちゃんが一斉に抗議してきた。
これは余計な事しちゃったかな。失敗失敗。
苦笑いしながらも支えていたヨウメイちゃんを三人に手渡した。
「ところでたかし、ヨウメイってずっとたかしの傍に居たのか?」
「らしいな。俺はまったく気付かなかったよ。」
「けれど変だね。たかし君の傍に居たのならすぐに助ければ良かったのに。」
「それもそうだな・・・。」
確かに乎一郎の言う通り、俺が後一歩でも遅ければ殺されるという場面で(梗河が助けてくれたけど)
どうしてヨウメイちゃんは助けにこようとしなかったのか。
事故?いや、そんなはずはないと思うけどな・・・。
「ヨウメイにもいろいろ事情があったんだろ。多分あたし達が考えても分かるもんじゃないよ。」
「山野辺、あからさまにそう言わなくっても。少しは考えてみないか?」
「いいえ、野村君。翔子さんの言う通り、私達には到底考えも及ばない事だと思いますよ。
なんと言っても無についておっしゃるほどですから・・・。」
「・・・・・・。」
出雲の奴。無って事だけで随分とまあ・・・って、俺もあんまり人の事は言えないけど。
・・・待てよ、キリュウちゃんなら知ってるかもしれないな。
なんと言っても、姿を消して結界の中に居たヨウメイちゃんを見つけたくらいだから。
「ねえキリュウちゃん。キリュウちゃんは分かってるんじゃない?ヨウメイちゃんの真意を。」
「・・・はっきり言っておこう。私には分からない。」
「うそお?試練だ、考えられよってのは無しだよ。」
「もう一度言うぞ。私には分からない。これ以上は訊かない事だ。」
そこまで言ったかと思うと、キリュウちゃんの顔がすごく恐いものに・・・。
まあいっか。直接本人に訊けばいい事だよな。
ともかく、ほっとしたところで今回の騒動は幕を閉じたのだった。

ところがその翌日、いざヨウメイちゃんに聞こうと思ったけど・・・。
「何の事ですか?私には意味がよく分からないんですが・・・。」
「だから、昨日ヨウメイちゃんが結界の中にあらかじめ居たのはどういう意味があるのかって。」
「すいません、私にはなんとも・・・。」
「何だって?それじゃあ統天書で調べてみてよ。載ってるはずだよ。」
言われてヨウメイちゃんは半信半疑ながらも統天書をめくり出した。
しかし、ある程度めくったかと思うと何もせずにパタンとそれを閉じる。
「申し訳ありません。昨日の記述、梗河さんにお詫びする、とだけしか載っていないんです。」
「ええーっ!?それじゃあなに、俺の審判兼実況は・・・。」
「何ですか?それ。」
「なんだってー!!?」
ますます訳がわから無くなってきた。ひょっとして記憶から消えたって事か?
そんな馬鹿な。統天書にも載ってないなんてことがあるかよ。待てよ・・・。
「ねえヨウメイちゃん、昨日話してくれたじゃない。無についてどうとか。」
「無?・・・なるほど、それで消えたのか。やっぱり控えるべきなんだよなあ、あれ。
野村さん、すみませんが、昨日の事柄を事細かに話して戴けますか?」
「はあ?しょうがないな・・・。」
しぶしぶながらももう一度最初っから全部を説明する。
大雑把ながらもなんとか全てを語る事が出来た。
「・・・という訳なんだ。分かった?」
「はい、ありがとうございます。やれやれ、お詫びは何をしようかな・・・。
あ、一応体育の授業は真面目に受けるよう努めますのでご心配なく。」
「それは良いんだけどさ、なんで忘れちゃってるの?
あ、それと最初に俺が言った疑問も。教えてくれよ。」
するとヨウメイちゃんはぴくっと反応して統天書をぱらっと開けた。
昨日熱美ちゃんに教えてもらったんだ。ヨウメイちゃんは教えてって言葉に弱いってな。
さすがは知教空天だな。来る者は拒まず、去る者は追う。
「それでは説明いたしますね。
まず最初の質問ですが、ぜひ近くで梗河さんの戦いを見たかったんです。
しばらく何もしなかったのは、梗河さんなら大丈夫かな?って。
私の分身にはそれなりに演技させる様にしておいたんです。」
「なるほどなるほど・・・。」
要は梗河を信頼してたって事だよな。けれど、時間が経つにつれ少しずつ不利に。
そこでヨウメイちゃんの出番、という訳なんだ。
「もう一つの質問ですが、あの術はときたま術者自身の何かを消してしまうんですね。
まあ、それは記憶に限った事ではないというのがこまりものですが・・・。
ともかく、あの無の術を使用した事によって、その日の私の記憶が消え去ってしまったという事です。」
「・・・なんでそんな危なっかしい術を?」
「あの状況なら仕方ないでしょう?あんな千年以上も時を超えてくる怨念なんて・・・。
ああいう非常識なのはすっかり消してしまうに限るんです。」
「だからって、そんなに簡単に・・・。」
「もちろん気軽に使える術じゃないってのは分かってます。
なんと言っても、ルーアンさんの力を借りたりしてますから・・・。
ですが、今回の事件の全ての責任は私にありますからね。
これは使うしかないと判断したんです。」
「・・・・・・。」
そうか、ヨウメイちゃんって結構深く考えてるんだ。
日頃ちゃらちゃらしてる様に見えるけど、実は・・・。
「・・・どうしたんですか?野村さん。」
「いや、別に。それよりもうすぐ授業始まるよ。」
「あ、そうだった!それじゃあ野村さん、いろいろありがとうございました。」
「ははは・・・。じゃあね。」
ぺこりとお辞儀して駆け出して行くヨウメイちゃんを見送る。
変わってるけど、本当はまともな子なのかな。
今回の事件を通して、ヨウメイちゃん、そして梗河との友情が深まった気がした。
で、ヨウメイちゃんが梗河に何をしたかっていうと・・・。
「ああ、なんでも特訓の場を与えたみたいだぜ。
統天書の中にそんな空間作って・・・って言ってたよ。」
「本当か?太助。」
「ああ、本当だよ。シャオの話だと、梗河はかなり満足してるみたいだ。」
「へええ、よかったじゃん。」
後でシャオちゃんにその事を告げると、
「“ヨウメイさんていろんな事が出来るんですね”って言ったら、
“シャオリンさんの星神ほどじゃありませんよ”っておっしゃってましたわ。」
と言われた。どうかな・・・。確かにシャオちゃんの星神もいろいろ出来るけど・・・。
ひょっとして謙遜しているのかな?まさか・・・。
疑問はまだまだ尽きないが、今度ヨウメイちゃんに聞けば問題はないだろう。
それより、しばらくすればまたもや審判を依頼されるかもしれない。
こりゃあ気合入れとかないとな。今度こそ皆が驚くような実況をやってやるぜ!!

<おわり>