小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第二十四話≫
『楊明を取り戻せ!(知の章)』

知の洞窟へと侵入した太助達。
洞窟の中はいたってシンプルな作りになっており、天然の鍾乳洞といった感じだ。
ごつごつとした冷たい岩肌、当然真っ暗なのでそれぞれが小さなランプを手にしている。
空気はひんやりとしており、時々その肌寒さに身をブルっと震わされる。
ピチャーン…ピチャーン…
奥の方から水滴が滴る音が聞こえてくる。
その音も影響しているのか、ますます冷たさを感じるのであった。
時折足もとの出っ張った石につまずきそうになりながらも、太助達は奥へ奥へと進んで行った。
「寒いな・・・。」
「大丈夫か?キリュウ。」
「ああ。」
率直な気持ちを伝えるキリュウを翔子が気遣う。
言われなくても寒いのは皆も感じていた。入った直後は涼しい程度だったのだが今は違う。
吐く息も白く、体を震わせて歩いているのだった。
「まさか寒さに耐えろって訳じゃ無いよな・・・。」
「んな訳無いだろ。キリュウの試練じゃあるまいし。」
冗談混じりに言葉を交わす太助と那奈に、他の皆は心の中でくすっと笑う。
“キリュウの”などという言葉がつく時点で少しのズレがあるものの、試練というのは納得できた。
そして更に場を和ませようと思ったのか、たかしが呟いた。
「よーし、景気付けに俺が歌でも歌うか!」
「野村君、それだけはやめてください。」
「そうですよ。野村先輩のやかましい声で洞窟が崩れたらどうするんですか。」
「花織、そんなきつい事言わなくても・・・。」
堂々と意見を告げた出雲と花織に対してしょぼんとなるたかし。
それは妥当であると、他の面々は密かにうんうんと頷いたのだった。
そんなこんなやりとりをしながら歩く事十数分。洞窟の奥の方から光が見えてきた。
「・・・あれは?」
「多分あれが終点なんだろう。」
不思議そうに呟くシャオ、太助に皆はうんうんと頷く。
本当は終点というよりは出発点という方が意味的に近いはずなのだが。
しばらく歩く事でその光の源は大きな扉であるとわかった。
洞窟にすっぽりとはまった、どうみても自然にできたものに見えない扉である。
飾りこそ無くシンプルだったものの、全体が金色に輝くそれは豪華そのものであった。
ただ、取っ手もなにもなく、開くための何らかの仕掛けが施されている様だ。
「こいつか・・・って、どうやって開けばいいんだ?」
早速扉の周りであちこちと探索が行われる。
と、仕掛けの元らしいものを乎一郎があっさりと発見した。
「こっちに型のようなものがあるよ!」
その声に皆が駆け寄ると、そこにあったのは石で出来た小さな台であった。
四角いくぼみがそこにはあり、後は特に変わった所は見うけられなかった。
「なるほど、ここに何かを乗せる様ですね。」
「そうなの?いずピー。」
素早く解析したものの、ルーアンに“いずピー”と呼ばれてがくっとなる。
“なるほど”と納得した面々は次の瞬間には笑いをこらえていた。
その中でも遠慮無く笑っていた那奈は、次なる質問を投げかける。
「で、何を乗せるんだ?」
「統天書じゃないかな・・・。」
それにあっさり答えたのは熱美。何気に彼女が本を見ていたという事もあるが。
“よし”というわけで、太助が手に持っていた統天書を乗せる。
するとそれはぴったりとくぼみにハマった。そして・・・
パシュウウウ!!
鋭い閃光がそこから放たれたかと思うと、あっという間に統天書は消えていた。
一瞬目を閉じたメンバーが次に見た瞬間には、跡形も無かったのだ。
「消えた・・・大丈夫なのか?」
「あ、あれを!」
不安に成った太助を揺さぶる様にシャオが扉の方を指差す。
皆がそちらを見た時には、一人の女性がそこに立っていた。
天女が纏うような真白な羽衣を身に付け、ふわりとそれがなびいている。
眼鏡や帽子と行ったものは付けておらず、ただその服だけがあるだけ。
「「「・・・楊ちゃん?」」」
服こそ違えど、それはヨウメイであった。しかし、ヨウメイ本人は花織達の傍にいる。
どうやら、新たに現れたそれは幻術か何かで作られたものの様だ。
と、その女性はにこりと笑うと、澄みきった声で喋り出した。
「ようこそ、知の洞窟へ。ここでの案内人は私が務めさせていただきます。
もっとも私がやる事は、扉を開く事と謎解きの説明のみですが・・・。」
どうやらずっと太助達と付いて行く訳では無い様である。
皆はこくりと頷きながら更なる説明を待った。
「この先には全部で二十五の難関が待っています。
それらを全てクリアーして、一番奥の祭壇にヨウメイ本人を立たせてください。」
「に、にじゅうご!?」
まず太助達はその数に愕然とした。
リーフェイからは五つくらいということを聞いていたのに、その五倍なのだから。
「それぞれの難関を解く度に扉が一つずつ開いて行きます。
この扉は、力技を使っても絶対に開かない様にしてあります。
極限の力を使えば可能かもしれませんが、その時は絶対に最後まで辿りつけません。
とりあえず以上です。何か質問はございますか?」
「は、はいっ!」
めっきり質問コーナーが定着しつつあるこの世界。
そんなことは気にもとめず、まずたかしが勢いよく手を挙げた。
「どうぞ。」
「え、えーと、二十五からもう少し減らせ無いかな?」
「無理です。潔く諦めてください。」
冷たく言い放った女性にたかしだけでなく皆がしゅんとなる。
二十五の難関を解くという事象は変え様が無い様だ。
「はいっ!時間制限はありますか?」
「挙手と質問はなるべく別々に行ってください・・・まあいいですけど。
時間制限はございません。安心して寿命が尽きるまで挑戦してください。」
「・・・・・・。」
ある意味とんでもない答えが返ってきて、各自がざわざわと話をしだす。
しかし女性はあくまでも涼しい顔だ。
「はいっ!」
「どうぞ。」
「途中で外に出る事は?」
「不可能です。心配せずとも、この中ではそんなに酷くは空腹も疲れも感じませんよ。」
翔子の更なる質問にもやはり女性はあくまでも涼しい顔。
ここまでを纏めると、とにかく入ったが最後、全てを解くしかなさそうである。
しばらくの間各々話をしている様子を見計らってか、女性は扉に手を当てた。
「それでは質問はもういいですね。まず第一の・・・」
「待ってください!」
呼びとめたのはシャオである。まだ質問があるのだ。
「どうぞ。」
「えっと、あなたの事はなんとお呼びすればよろしいのですか?」
皆は気にもとめていなかったが、女性は確かにまだ名乗っていない。
「・・・白楊(はくよう)と呼んでください。」
「なるほど、それで衣装も真白なんですね。」
「ええ、まあそんなところです。」
納得したようなシャオの言葉ににこっとして白楊は返す。
そして、皆がそれと無しに頷いたのを確認して扉をギギーッと開けていった。
重苦しい音が響く中、まず最初の部屋が姿を現した。
白楊が手招きし、太助達はそれに導かれる様にその部屋へと入っていった。

部屋の中には、ある程度の広さ、そして次なる部屋への扉が存在していた。
もちろん壁自体は洞窟のそれそのもの。洞窟内部に扉で仕切っている、という感じだ。
また、部屋の中は不思議と明るく、ランプは不要であった。
「それではまず一つ目について説明します。
出口の扉を塞いでいる氷を全て溶かしてください。以上です。」
言い終わると白楊はすうっと姿を消した。
何か尋ね様と思っていたものはポカンとしている。
「なるほど、確かに説明と扉開けだけだな。」
「それより太助、氷をどうやって溶かす?」
うんうんと頷いている太助に那奈が呼びかける。
扉の方を見ると、確かに大きな氷がでんと置かれてある。
その大きさたるや、扉一面を覆うほどであり、厚さも相当なものであった。
「ここは野村君に任せましょ。」
「ぶっ!る、ルーアン先生、なんで?」
「だって、いつも熱き魂がどうとか叫んでるじゃない。」
「そ、それとこれとは。」
「そうですよ野村先輩、ここで活躍しなくていつ活躍するっていうんですか。」
「い、いや、そう言われても・・・。」
妙に執拗な攻撃にたじたじのたかし。
そうこうしている間にも他の面々はどうやって氷を溶かそうかと考えていた。
コンコンとたたいてみたり、ぺたぺたと触ってみたり。
「冷たいですね・・・。」
「そりゃまあ、氷だから。」
触れたからといって何か思いつくわけではなく、やはりただ考え込むのみだ。
むにゅう〜
「うえーん、冷たい〜。」
「ちょ、楊ちゃん、顔なんかつけたら冷たいに決まってるでしょ!」
無邪気に引っ付いて遊んでいるヨウメイを、ゆかりんと熱美は慌てて引き剥がす。
さながら何かの漫才にも見えたそれにため息をつきながら、キリュウは開いていた短天扇を閉じた。
「そうだ、キリュウの万象大乱を使えば!」
「いや、そう思っていたんだが、どうやら洞窟と一体化している様だ。
ここで大きさを変えてしまえば洞窟自体が崩れかねない。やはり溶かすしか無いだろう。」
那奈が咄嗟に思いついた案だが、それは却下された。
それをみてますます考え込んだ翔子がぽそりと呟く。
「氷を溶かすには炎、だよな・・・。」
「そうですね、炎ですね。」
行き詰まっているのか、同調した様に出雲も呟く。
当たり前の事ではあるが、とにかく何か言わずには居られないのだ。
炎とはいっても、ここにはそれを起こす道具も無い。
小さな炎でもあれば、キリュウの万象大乱により大きく出来るのだが・・・。
「炎・・・ん?」
ぴんと閃いた様に翔子が人差し指を伸ばした。
「そうだシャオ!天鶏を呼べば!!」
皆の視線が一斉にシャオに注がれる。
一瞬の事にきょとんとしていた彼女だったが、やがて“はい”と頷くと支天輪を取り出した。
「来々、天鶏!」
支天輪がぱあっと光り、そこから高温の炎に身を包まれた鳥、天鶏が飛び出す。
天鶏はまっすぐに氷に向かって飛んで行く。そして・・・
ジュッ!!!
大量の氷が水と変わり、一瞬で蒸発する。
全てとまではいかなかったものの、一度の体当たりでもまだまだ天鶏は元気である。
それをみて、シャオは安心して天鶏に全てを任せる事にした。
「天鶏!その氷を全て溶かして!!」
言われるがままに空中旋廻、そして再び氷に体当たり。
激しく氷が消えて行く音がしばらく響き、そしてすべてが無くなったころ。
さすがに疲れたのか、天鶏はシャオのすぐ傍に力無く着地した。役目を終えたかの様に。
氷が全て溶けたことに皆が歓声を上げる前に、白楊がすうっと扉の前に姿を現した。
「お見事です。それでは次の部屋へ案内致します。」
最初と同じようにぎいーっと扉がかられる。
各々、ざわざわと、それでも天鶏に賞賛の言葉を投げながら次の部屋へ向かった。
「ご苦労様、天鶏。」
にこりと笑ったシャオは、多少疲れながらも満足な表情の天鶏を支天輪に戻す。
傍に立っていた太助と共に次なる部屋へと向かうのであった。

「それでは二つ目について説明致します。この部屋は・・・」
「熱い!!」
いきなり部屋から逃げ出そうとしたキリュウをむんずと那奈が掴んでひきずり戻す。
「は、離してくれ〜!」
「今は説明してるんだからおとなしくしろっての!
失礼したな、続けてくれ。」
「は、はあ・・・。えーと、見てのとおり炎であふれかえっています。
これらを全て鎮火してしてください。以上です。」
言い終えて白楊がすうーっと姿を消す。
すると、すぐさまキリュウは那奈を振りほどいて部屋から逃げ出した。
もちろん逃げ場所は手前の部屋であるが。
「・・・追わないのか、那奈姉。」
「後でしっかり呼ぶさ。そうだな、太助にシャオ、つれてきてくれ。」
「あ、ああ。」
「はい。」
既に何かを思いついている那奈の顔を見て、太助とシャオの二人はキリュウを連れ戻しに行った。
それを見送りながら、汗だくの他の面々は疑問の顔である。
「キリュウさんに何をやらせようっていうんですか?」
「それは後で。とりあえずヨウメイをこっちに連れてきてくれ。」
「は、はい。」
先ほどまでの元気はどこへやら。
熱さの所為でくたくたになっているヨウメイを抱えて、花織が那奈の傍にやって来る。
“ふえ?”とヨウメイが顔を上げると、那奈は手を少し振り上げた。
ごん
「!う・・・びええええ!!!」
当然ヨウメイは大声で泣き出した。意味もわからずにぶたれたのだから。
「ちょ、ちょっと!楊ちゃんになんて事するんですか!!」
「一度はヨウメイとキリュウを協力させとこうと思ってな。」
花織の抗議にも涼しい顔。皆が更に疑問の顔になっている所へ、キリュウがやって来た。
もちろん、太助とシャオに説得されて嫌々ながらである。
「那奈殿、一体何をしようというんだ・・・。」
「それはな・・・。」
黙って那奈はある所を指差す。
そこには大粒の涙を流して、今だ泣きやまないヨウメイが居た。
「ん?ヨウメイ殿を泣かせたのか?」
「ああそうだよ。」
「・・・だからそれがどうしたというんだ。」
虚ろな目で呆れながらに訴えるキリュウに、那奈は頭を掻いた。
「わっからないかなあ。ヨウメイの涙に万象大乱をかけろ、って事だよ。」
「・・・・・・。」
凄く意外な提案に、キリュウは心の中で“ぽんっ”と手を打った。
確かに水の量をふやせば火を消す事も可能であろう。
しかし、その為にわざわざヨウメイを泣かせたのだからかなり面倒な手段ではある。
「楊ちゃんを泣かせたのはそんな理由だったんですか・・・。」
「ああそうだ。」
「自分で泣けばいいじゃないですか!!なんで楊ちゃんをわざわざ!!」
ヨウメイを抱きかかえた花織が激しく抗議。
確かに彼女の言う事はもっともであり、無理にヨウメイを泣かせる必要は無いはずである。
「すぐに泣きそうな人材がヨウメイしか思いつかなかったんだよ。」
「他にも水源はあるじゃないですか!!汗とか唾とか!!」
「・・・言われてみればそうだな、うっかりしてた。」
さすがに悪いと思ったのかぽりぽりと頭をかく那奈。
しかしそれでは花織の気は収まらなかった。
が、更に激しく抗議しようという時に、キリュウが泣いているヨウメイの目をすっと撫でる。
「済まなかったな、ヨウメイ殿。後は私が必ず何とかする。」
「ぐす・・・。」
目から零れ落ちる涙を人差し指に取り、それに向かって扇を開けた。
「万象大乱。」
提唱の次の瞬間には、どばあっという音と共に一気に大量の水が出現した。
キリュウの手の平からとめども無く流れるそれによって、皆はうっかり溺れそうになる。
慌ててそれぞれが避難するころには、大量の水が次々と炎を消して行っていた。
一つ目の氷の時とは違った意味での“ジュージュー”という音が辺りに響く。
やがて部屋中を生め尽くしていた炎の勢いがだんだんと弱まり、終いには全て消え失せた。
火が消えた事を確認したキリュウは、今だ溢れている水に再び万象大乱をかけ、
これ以上水かさが増すのを防ぐ。
そして、白楊が姿を現した。
「お見事です。それでは次の部屋へ御案内致します。」
ぎいーっと扉が開き、白楊が次の部屋へと歩いて行く。
キリュウを先頭にそこへ付いて行く面々。
ようやく泣き止んだヨウメイを抱いたまま、花織はボソッと告げた。
「キリュウさんに免じて、今回は許してあげます。」
すたすたと歩いて行くその姿に那奈は頭を少しかくだけであったが、
やがて翔子に促されて自分もそれに付いて行った。
「那奈ねぇ、あんまり無茶はするなよ。」
「・・・分かってる。確かに今回は強引にやりすぎたかな。」
ちょっぴり心の中で反省している那奈であった。

「それでは三つ目に付いて説明致します。ここは泥がいっぱいです。
底無しですが、それに沈まない様にこの中を歩いて扉まで辿りついてください。
一人でも辿りつければOKですから。以上です。」
説明し終えて白楊がすうっと姿を消す。
確かにこの部屋の床は一面泥であり、他には何にも見あたらなかった。
また、扉までの距離も相当なもので、今までの部屋とは大きさがかなり違っている。
その距離は、実に一キロは優にありそうだ。
「さて、どうやって渡る?」
皆の代表であるかの様に告げるたかし。
今皆が立っている場所は泥の上では無いので沈むことは無い。
とりあえず無事に渡れる案を待っているという事だ。
「やっぱり直に渡るしか・・・。」
「けど乎一郎、そのまま渡ってると百メートルもいかないうちにおだぶつだぜ。」
ぐちゃっと泥を直に触って確かめている出雲を見ながら、太助が慎重な意見を出す。
と、その出雲が首を横に振った。
「太助君、これは百メートルどころじゃあ済みませんよ。
おそらく、その半分もいければいいんじゃないか、ってくらいに面倒そうです。」
「うっ、そうなんだ・・・。」
事態はかなり深刻そうである。
まともにいったならばまず間違い無く泥の中に沈んでしまうのだから。
「空を飛んで行けばいいんじゃないの〜?」
「だめですよルーアンさん。白楊さんは泥の中を渡ってくださいって言ったんだですから。」
「ちぇ・・・。」
舌打ちしたルーアンだったが、しぶしぶと諦めざるを得なかった。
確かに空を飛んで行ったらすぐに着けるだろうが、おそらくそれでは扉は開かない。
「そうだ!体育でよくやる様にやれば!!」
「ゆかりん、もう少し具体的に言ってよ・・・。」
何かを思いついたのか叫んだ彼女を、隣に居た熱美がたしなめた。
「あ、ごめんごめん。えっとね、一人がまず入るんです。
その上を歩いて二人目が入る。更にその二人の上を歩いて三人目が入る。
という風にだんだんと繋げていって、最後の人が入ったら、一番最初の人がよいしょ、って。」
「・・・それ駄目。」
「え!?」
気持ちよく説明していたゆかりんだったが、熱美がすぐさま却下案を出した。
「どうして駄目なのよ!」
「人を踏んづけてなんて行けるわけ無いでしょ!
第一そんな事やってたら確実に最初の人が沈んじゃうよ!!」
「う・・・。」
つまりは、何人もが上を通っている間に、それを支えている人がもたないという事だ。
確かに、素早く動くならまだしも、ゆっくりのペースじゃ無いと実行は不可能だろう。
行き詰まったところで、翔子がたかしの肩をぽんと叩いた。
「野村、やっぱりお前の熱き魂しか無い。」
「な!?む、無茶言うなよ。」
「何言ってるんだ、お前はリーダーだろうが。」
「んな事言っても俺はやら無いからな!!」
「チェッ・・・。」
あわよくばたかしを実験台にしようというもくろみは見事破れた。
誰か一人がどれだけ進めるか試せばそれなりに作戦の立てようもあるからだ。
「がっくりするな、翔子。太助という存在が居るじゃないか。」
「な!?何言ってるんだよ那奈姉!」
「あのな、今まで試練とか受けてきて一番凄い存在になってるのはお前なんだぞ。
ここは一発ビシッと挑戦してだな・・・」
「無茶言うなって!」
必死になって拒否しつづける太助だったが、そこでキリュウが呟いた。
「いいかもしれんな・・・。主殿に全てを任せれば。」
「お、おいキリュウ!」
「以前の試練で大地の精霊の洗礼を受けただろう?だから大丈夫だ。」
「いや、そういう問題じゃ無いって。」
「試練だ、耐えられよ。」
「だああああ!!」
叫びつづける太助に期待する心は皆同じであった。
あの非常識な試練を超えつづけてきた太助なら、きっと何とかすると。
泥の中を渡りつづけて、渡り切って、そして扉に辿りつくと!
しばらくの間わめきあいが続いていたが、気が付いたころには太助は泥に入って居た。
「うう、なんで俺がこんな目に・・・。」
「太助、俺の熱き魂を受け継いで頑張ってくれ。」
「んな事言うんならお前が行け!!」
「往生際が悪いですよ、太助君。もはやあなたしかいないのですから。」
「宮内の言う通り。皆の為にも体はってこい!」
「分かったよ・・・。」
しぶしぶながらも太助は歩を進めだした。
ぐちゃりぐちゃりという泥をかきまわす音が不気味さを物語る。
しかし、底が無いので歩くというよりは泳ぐに近いかもしれない。
もっとも、最初は歩いていたのだが、だんだん体が沈んでいってしまったのだ。
「太助様・・・大丈夫でしょうか。」
「七梨先輩・・・。」
悲痛な顔をして太助を見送っているシャオと花織。
一歩間違えれば死は確実にやって来る。試練と違うのはそこだ。
とにかくただひたすらに無事を祈るのみであった。
「今度試練に使ってみようか。」
「どんな試練よ。」
「折威殿を背負って渡るというものだ。」
「止めた方がいいと思うけど・・・。」
何気なく閃いた案は、ルーアンの言葉によって闇に葬られる形となる。
たしかに、こんな中を折威を背負って行こうものなら確実に溺れるであろう。
そんな事をしている間にも太助はどんどん進んで行く。
皆からは指先くらいの大きさにまでになった時、急に太助の動きが止まった。
「あ、足がつった!?」
うろたえる太助だが、本当はあまりにも密度の濃い泥に足を取られたのであった。
すぐさま其の事に気付いてじたばたし始めたものの、ドンドンと体は沈んで行く。
その様子ははっきりと皆にもわかった。
「太助様が!来々、軒轅!」
彼の異常に真っ先に気付いたシャオは素早く軒轅を呼び出した。
空を飛んで行って太助のもとへ駆け付けようというのだが・・・。
「シャオ、危ない!」
「きゃあっ!」
不意に天井から“シャキン”という音と共に無数の刺が伸びてきた。
翔子の素早い注意のおかげで串刺しは免れたが、とても宙を飛んでいけるようではない。
「なるほど、もともとインチキは出来なかったというわけか。」
「性格悪〜・・・。」
「そんな事より太助様が!!」
思いがけないトラップにたじろいだ面々であったが、今はそれどころではない。
もう太助は顔を空気にさらすのがやっとという状態であったのだから。
「そうだ!ルーアン先生、陽天心を!」
「え?でも遠藤君、飛んで行っても駄目なんだし・・・。」
「だから、泥に直接かけるんですよ!!」
乎一郎の言葉に、ルーアンは川の水に陽天心かけた時の事を思い出した。
はっ、と気付いて素早く黒天筒を回し出す。
「上手くいってよ・・・陽天心召来!!」
ぴかあっと泥沼が光る。と、それは意志を持ったのか、
太助を上へと押し上げて扉へと流れ出した。
いきなりの事に驚いたものの、太助はほっと胸をなでおろす。
「ふう、助かった。しっかし最初っからこれを使えよな・・・。」
太助に限らず、他の皆もそんな気持ちであった。
最初からこの陽天心を使っておけば、妙ないざこざも無かったはずである。
何より、太助に要らない苦労をかけさせる必要も無かったのだから。
「ルーアン先生、何故もっと早く実行しなかったんですか!」
「う、うるさいわねえ、気付かなかっただけじゃないの。」
もっとも責めたてているのは花織。
そうしているのは、太助が危うく溺れそうに成った事も理由の一つである。
「まあ気付かなかったのならしょうがないよ。無駄な努力も試練のうちだって事でさ。」
「那奈ねぇ、それじゃあ七梨が可哀相だって。」
「さっき変な提案をしてしまったからルーアンさんを責められないんでしょうね。」
出雲が言っているのは炎を消す時の事である。
試練を受けつづけていた太助が失敗しそうになった事から、那奈としてもそれなりに言いたかった。
もっとも、その試練を信頼しすぎてあんな結果になったのだが。
ルーアンを中心に騒いでいた面々だったが、一人キリュウだけはぽつんと考え事をしていた。
そんな彼女が気になったのか、たかしがそれとなく呼びかける。
「どうしたのキリュウちゃん?」
「ん?いやなに、まだまだ試練が足りないかなと思ってな。」
「うーん、でも太助が溺れそうに成ったのはキリュウちゃんの所為じゃ無いんじゃ?」
「そう思いたいのだがな、ヨウメイ殿が施したあの術の効果が・・・。」
複雑な表情を浮かべるキリュウに、たかしは気まずそうに頭をかく。
「実はあの試練の後に山野辺から聞いたんだけど、特に何にも変わって無いんだってさ。」
「なんだと?」
「えっと、どれだけ凄くなったか実験をしたらしいよ。でもぜんぜん普通だったんだって。」
「そうか・・・。となると、ヨウメイ殿が行ったのはまた別のものかもしれんな。
もしくは、かなりの危機にならないと効果が現れないとか。」
と、皆がやいのやいのと騒いでいるうちに、陽天心泥によって太助は扉の前に到着した。
それと同時に汚れた体がさあっと綺麗に成り、他の皆も瞬間的に扉の前に移動した。
いきなり場所が変わった事に驚いている所へ、白楊がすうっと姿を現す。
「お見事です。そうですね、太陽の精霊さんがいたんですね。
ともかく次の部屋への扉を開きます。」
ぎいーっと開く扉。相変わらずざわざわとしながらも、皆は次の部屋へと移動するのだった。
疑問的な話をしていたたかしとキリュウはそれを止め、次なる難関に備えるのだった。

びゅごおおおお!!
部屋へ入るなり、皆はいきなりの風に飛ばされそうになった。
もっとも、女性陣の中には飛ばされるよりも慌ててスカートを押さえる者も。
肝心の白楊は衣を風に思いきりなびかせているも、飛ばされる様子は無い。
「それでは四つ目・・・」
「あっ!!野村先輩、今あたしのスカートの中覗いたでしょー!!!」
「そ、そんなもん見て無いよ!!」
「そんなもんー!?あたしのスカートの中はそんなもんなんですかー!?」
「だあー!!何からんでんだよ花織ちゃん!!」
花織が騒ぎ出したのを筆頭につられて熱美やゆかりん、そして那奈も騒ぎ出した。
それにとばっちりを食らい出したのは他の男性陣。
懸命に弁解したり、風にとばされないように居たりと忙しない。
「・・・ほっといて続けてくれ、あたしが聞くから。」
「まったく・・・。」
騒ぐ皆をよそに、スカートをはいていなかった翔子とキリュウは白楊に先を続ける様促した。
突然起きた混乱に面食らっていた彼女だったが、二人に促されてようやく喋り出した。
「それでは四つ目の難関について説明致しましょう。
見てのとおりここには強烈な風が吹き荒れています。
ともかく、次なる扉に辿りついてください。以上です。」
説明を無事終えられてほっとしながら白楊は姿を消した。
それを聞き終えた翔子とキリュウは早速作戦を練り始める。
「さて、どうするキリュウ?」
「風で一つ思い出した事がある。以前の試練の話だが・・・。」
「ふんふん。」
太助が炎の中を歩いた時に、ヨウメイは強烈な熱風を用いた。
これを上手く利用できないかという事である。
「けどさあ、あれは歩く、って事だったし、何より風はこれほど強くなかっただろうぜ。」
「言われてみればそうだな・・・。」
現在ここで吹いている風は小さな台風時は優にあると見ていいだろう。
なんといっても、気を抜くとあっという間に飛ばされてしまいそうなのだから。
そして不思議な事に、風が部屋の境目まで来ると“ふっ”と消えている様であった。
「やはり、強引に行くしか無いか。」
「待て待て、またトラップがあるかもしれない。とりあえずあたしに任せとけ。」
不安そうなキリュウにウインクして答え、翔子はいまだ騒いでいる連中のもとへと歩み寄った。
彼女が標的としたのはたかし。相変わらず花織の執拗な言いがかりを受けている。
「だからあ、俺は見て無いって!」
「うそ!!この風でぶわ〜っと・・・」
びゅごおおお
「きゃー!!野村先輩のエッチ!!」
ばしん!
「ぐはっ!」
明らかにとばっちりと思えるびんたがたかしの頬に炸裂。
結果、たかしはバランスをぐらっと崩して風にとばされていった。
もちろん、風は部屋の境目で止まっているので、その辺りでぴたっと止まっている。
「何やってんだあいつは・・・。」
呆れた顔に成りながらも、翔子はたかしの元へと駆け寄った。
追い風に上手く乗りながら、半分はサーファー気分である。
「ひゅうっ、慣れると楽しいもんだね。」
「・・・山野辺か。なんだよ、笑いに来たのか?
そうだよな、どうせ俺は後輩から変な誤解を受けるような男なのさ。」
力無くたかしは笑い出した。花織の行為がよほどショックだったのだろう。
ただ翔子は、それがシャオからのものじゃ無いという事でまだ救いがあると確信していた。
そこで、先ほど考えておいた案を実行させる。
「野村、話を聞け。」
「なんだよ。」
「さっきシャオから密かに聞いたんだけどさ、この難関を突破すれば熱い何かが貰えるらしいぜ。」
「熱い何かってなんだよ。」
「うーん、熱き魂のなんとかじゃないかな・・・」
「やる!!!」
熱き魂という単語が出た時点でたかしはビシッと立ち上がった。
その瞬間も風に少しもひるまず、やる気満々の様である。
彼の体から立ち上るオーラのようなものを翔子は少し感じ取ったかもしれない。
「頑張れよ〜。」
「おうっ!!」
翔子がぽんっと後押しすると同時にたかしは走り出した。
騒ぐ皆、そして翔子の様子を見ていたキリュウの横をすりぬけて一心不乱に走り続ける。
「うおおおおお!!!」
向かい風などものともしないその勢いに、キリュウは感心していた。
「なるほど、翔子殿が言っていた作戦とはこれか。
確かにこの勢いなら簡単に扉に辿りつきそうだな。」
一人でもゴールまで辿りつければ、残りの皆もやる気を出して向かい始めるに違いない。
そう思ったのである。
びゅうううう!!!
「うおおお!?」
と、たかしが扉に近付くにつれて風の強さが増してきた。
当然それによって走るスピードが落ちる。必死に抗いながらもたかしは力を込めた。
「うおおお!!」
しかし、更に風は激しさを増すばかり。ついには前に進めなくなるほどになってしまった。
「ま、負けてたまるか。シャオちゃんの・・・のおおお!!」
懸命に一歩一歩を踏み出そうとしていたが、がくっとなった瞬間に後方へ吹き飛ばされてしまった。
そのままビデオの逆回しをする様にひゅーっと・・・
どかっ!
「ぐはっ!」
結局は翔子が立っていた場所に戻って来てしまったのだった。
体をしたたかに打ち付けてしまい、がっくりとそこに倒れる。
「やっぱりトラップがあったか・・・。おーい皆!!作戦会議しようぜー!!」
翔子の呼びかけにより、そして走って行って飛んで戻って来たたかしにより、
騒いでいた面々はようやく我に帰った。
呆れた顔のキリュウを交え、この難関を突破する作戦を練り始める。
飛ばされ無い様に円陣を組んで座りこんだ状態だ。
「とりあえず勇気ある野村の行動により、扉に近付く度に風が強くなるという事が分かった。
さて、この強力な風をどうやって乗り越えるか・・・ぶはっ!」
「わーいわーい。」
「こ、こら、楊ちゃん!」
ふざけてヨウメイが飛ばしたハンカチが翔子の顔にかぶさる。
慌ててシャオがそのハンカチを取り、熱美とゆかりんはヨウメイをおとなしくさせにかかった。
「・・・くっそう、タチ悪いなあ。」
「タチが悪いのは翔子殿も同じだと思うのだが・・・。」
「キリュウ、なんか言ったか?」
「いや・・・。」
ボソッと告げたキリュウの声はうるさい風の音によってかき消された様である。
「で、どうやってこの風を超えればいいんだ?」
「太助、それを今から考え・・・お前が行け。」
「はあ!?」
「竜巻の上を空中散歩するなんて荒業を過去にしたんだ。お前なら出来る。」
「無理だって!!それこそさっきの泥の二の舞だよ!!」
「そうか、やっぱり無理か・・・。」
倒れているたかしをちらりと見やりながら那奈が残念そうに呟く。
もっとも、つい先ほどの例があるために無理強いができないという事もあるが。
「ルーアン先生、陽天心はどうですか?」
さっきもこれで乗り切った。乎一郎の案は風にそれをかけられないかという事だ。
「無理よ。こんなもんに陽天心はかけられないもの。」
「そうですか・・・。」
あっさりとルーアンが拒否した為にこれは却下された。
普通の人間には無理だという事はたかしの例で立証されたといっていいだろう。
という事で、残りの案は・・・。
「シャオ先輩、星神の力で何とかできませんか?」
「軍南門を呼んで風を避けられ無いかと考えたんですけど・・・無理ですよね。」
花織の願うような声にも、シャオは自信なさげに返した。
この狭い空間で軍南門を呼ぼうものなら、まず間違い無く洞窟は崩れてしまうだろう。
「・・・瓠瓜はどうだ?瓠瓜に風を吸いこませつつ走り抜ける。」
「ですが、瓠瓜にも限界が・・・。」
シャオが心配しているのは吸いこんでいるうちに許容量がいっぱいにならないかという事だ。
ましてやこの風全てを吸いこんでいたならば、あっというまに満タンになるだろう。
那奈が咄嗟に思いついた案はお流れとなってしまった。
「うーん、お手上げかあ。」
「けれどこのままでは・・・。」
しばらくは他にも色々案が出ていたがすべて却下となる。
皆が諦めの表情となった時、シャオはすっと支天輪を取り出した。
「来々、瓠瓜!!」
ぽわんという光の中、瓠瓜が登場。
突風に戸惑いながらも、ぽふっとそこに座りこんだ。
「シャオ!?瓠瓜は駄目なんじゃ・・・。」
「でも他に案がないのでは仕方ありません。
それに、ずっと風を吸ってもらうのではなく、よほど凄い風になった時に頑張ってもらえれば。」
「なるほど、野村君がすっ転んだ辺りですね。」
騒いでいたわりにはしっかりと出雲は彼の様子を見ていたようである。
丁度その時、たかしはがくっとなっている体を起こした。眠りから覚めた様である。
「くそっ、次こそは!」
「たかしさん!」
起きた瞬間にシャオがたかしのもとへ駆け寄る。
そして手に抱いていた瓠瓜を手渡して、作戦の内容を告げた。
まずはたかしに挑戦してもらおうというわけである。
「・・・なるほど、そういう事か。わかったシャオちゃん、俺に任せてくれ!」
「はい、お願いします。」
実はここでシャオがたかしに託したのも翔子の作戦のうちであった。
大好きな瓠瓜を任せるのは心苦しいが、
あの風を凄い勢いで行ったたかしなら出来るのではと信じた結果でもある。
「それじゃあ行くぜ!うおおお!!!!」
さっきとはまた違った気合を入れた叫びを上げながらたかしは走り出した。
あっという間に皆の横をすりぬけて、向かい風目掛けて走り込んで行く。
「野村先輩、すごい・・・。」
「野村君はシャオさんが絡むと別人の様に成りますからねえ。」
「さっきはこれを利用されて実験台になったがな。」
「キリュウ、余計な事はいわなくていいの。」
皆が見守る中、たかしはあっという間に問題の場所、つまりさっき吹き飛ばさた場所まで辿りついた。
ところが、先ほどとは違ってここで立ち止まる事には成らない。
気合が後押ししているのか、強風をものともせずに走り抜けて行った。
「うーん、やるなたかしのやつ。」
「ほんと、たかし君て凄いよね。」
親友二人は素直に感心していたのだが、他の面々は信じられ無いといった顔である。
なんとなく常識離れしている存在に見えたのだろうか。
ところが、そんなたかしにもやはり限界はやってきた。
走るスピードが落ちて行き、次第に止まりそうになってきたのだ。
「くっ、止まるとヤバイな・・・。頼む瓠瓜!」
「ぐえっ!」
力強く頷いたかと思うと瓠瓜が大きく口を開ける。向かい風を吸いこみ出したのだ。
そのおかげか、たかしの体に対する抵抗がフッと消え失せる。
これを機に、とたかしは再び気合を入れて走り出した。
先ほどの風の中とはまるでスピードが違う。
とにかくひたすら走って、とうとう目的の扉が見え始めてきた。
「おしっ、後少し!!」
「ぐ、ぐえっ。」
扉まで後わずかなのは事実だが、瓠瓜も苦しそうだ。
少しでも瓠瓜の動きが止まれば、強風にさらされてまず間違い無く吹き飛ばされる。
それを分かっていて瓠瓜も必死だったのだが、いかんせん辛い状況であった。
「もうちょい、頑張ってくれ!!」
「ぐえ・・・。」
必死にたかしが励ますも、やはり耐えられるものでも無いようだ。
そんな瓠瓜を見て悲痛になってか、たかしは更に気合を入れた。
「うおおおお!!!」
風にかき消されるがとにかく叫ぶ。
その叫びが体に伝わったのか、叫びがいったん途切れた時には扉が目の前に迫っていた。
それと同時に瓠瓜がいち早くダウンする。無事に到達したのだ。
扉の周りには風が無い空間が存在していたのだから。
「おっしゃ!やっ・・・」
どしーん!!
「ぐはっ!!!」
走ってきた勢いを殺す事が出来ず、たかしは扉に思いきりぶつかった。
一緒に瓠瓜もぶつかった様で、床に倒れてくるくると目を回している。
限界だったその胃袋からは吸い込んだ空気を吐き出していた。
「・・・無事、着いたみたいだな。」
「あれって無事っていうのか?」
那奈と翔子が何気なく呟くと同時に、風がぴたっと止んだ。
あれだけ激しい風だったので、いざとまると変な気分になる。
「・・・止まった?」
「やっぱり。野村だけ行かせて正解だったな。」
「どういう事だよ山野辺。」
追及する太助に、翔子はまあまあと手をあげながらそれに答えた。
「さっきの泥の例もあるから、もしかしたら一人が辿り付けば、って思ったんだ。
全員が風に抗って、なんて条件を出したわけじゃなかったし。」
「それでたかしさんに行ってもらうように、って翔子さんは言ってたんですね。」
「はは、まあそんなとこ。」
笑いながら扉へ向かって歩き出す翔子に、少々呆れ顔に成りながらも皆はそれに付いて行った。
「・・・ところで翔子殿。」
「なんだよ。文句はもう受付無いぞ。」
「いや、瓠瓜殿を大きくして行けば良かったのではと思ってな・・・。」
「・・・そういう事は先に言えよ!まあ、もう終わったからいいよ。」
とにもかくにも無事にこの難関を終えられたのだから良しとするべきである。
新たな提案が出るころには、たかしと瓠瓜は気絶から立ち直って皆が来るのを待っていた。
と、そうこうしている間に白楊がすうっと姿を現す。
皆はもう辿りついたと認識したのだろう。
「ご苦労さまでした。まさか本当に風に抗うなんて・・・。
天井すれすれには風が吹いていなかったんですけどね・・・。
兎にも角にも難関突破おめでとうございます。それでは次へ案内致しましょう。」
すらすらっと解説した白楊にみなはぴき〜んと固まった。
まさかそんな部分があろうとは夢にも思わなかったからである。
一番ショックが大きいのはたかしであった。
「俺の苦労は一体・・・。」
と、瓠瓜を抱いたまま嘆いていた。
もちろん、瓠瓜もかなりショックを受けていたのだった。