小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第二十三話≫
『老人と質問と』

「すいませーん!」
まず家に向かって太助が呼びかけてみる。他の皆は緊張の面持ちで誰かが出てくるのを待った。
と、管理人らしき人物はアッサリと姿を現した。
術師が着る様なだぶだぶのローブをまとい、片手には樫の木で出来た杖をついている。
見かけはしわくちゃの老人といった感じで、髪の毛やヒゲはほぼ真っ白。
胸の辺りまで延びた長いあごひげが非常に印象的だ。
ぐるりとなめまわす様に太助達を見たかと思うと、その老人は回れ右をした。
「ここまでよく来たのう。とりあえず中に入られよ。
儂の事は李飛(リーフェイ)と呼んでくれれば結構じゃて。」
そのままつとつとと歩いて行き、家の中に姿を消す。
あまりにも簡単だったそれに一堂はしばらくぽかんとしていたが、やがてぞろぞろと家に入っていった。
家の中は外見に似合った、質素な造りになっていた。
まずは大きな部屋へ招かれたのだが、飾りらしい飾りはほとんど無い。
一応壁には龍の絵がかけられてあったものの、その模様自体がどうも雑である。
部屋の真ん中にはでかでかとテーブルが置かれており、リーフェイはその周りに座るよう促した。
既にお茶やお菓子が用意されており、ここで話をしようという事なのだろう。
もっとも、このテーブル自体もそんなに大きいものではなかったが。
「さてと、何から話したほうが良いかのう・・・そうじゃ、順番に質問するがいいぞ。
それから注意事項として、質問者以外は喋らぬこと。」
「はいっ!」
リーフェイの提案にいちはやく手を挙げたものがいた。
「ちょ、ちょっと楊ちゃん・・・。」
「いいじゃないの、花織お姉ちゃん。あたしが一番に質問するんだもん!」
ヨウメイである。皆のすきをついて、という感じで手を挙げたのだった。
「ふぉふぉふぉ、ではそこのヨウメイから。」
「おじいちゃんのリーフェイっていう名前、どんな字を書くの?」
「名前か・・・。張三李四の“李”に飛翔球の“飛”じゃ。」
「ふええ?・・・うーん、難しいよお。」
ヨウメイには良く分からなかった様で、悲痛な顔になる。
しかしリーフェイ自身はただ笑うだけで、彼女はふくれてしまった。
「ぷう、もう少し分かりやすく教えてよ。」
「となりにいるお姉ちゃんに聞いてみてはどうかな?」
「うん、そうする。花織お姉ちゃん、教えて?」
「え?あっ、う、うん・・・。」
いきなり呼ばれてハッとなる花織。慌ててヨウメイに漢字を教え始めた。
リーフェイの答えに唖然としていたのは花織のみならず皆も同じである。
飛翔球の“飛”などという答えが返ってきたのだから。
それにこの名前は、自分で適当に考えた様にも見える。
「それでは次にヨウメイの隣、じゃな。」
「あ、は、はい。えっと・・・よ、楊ちゃんを元に戻すにはどうすれば!?」
いきなり核心をつく質問に入ったのはゆかりん。
もともとここまで来たのはそのためだから。
「それはのう・・・最後に答えたいのじゃ。丁度花織さんがする質問の時にな。」
「は、はあ・・・。」
呑気に返す彼にゆかりんは力を抜いた。改めて質問をする。
「それじゃあ、あなたは一体何者なんですか?管理人とかいって・・・。」
「これまた大変な質問を・・・。儂はな、仙人じゃ。これぞ一人でも仙人。」
最初は仙人という言葉に“おおっ!!?”となった面々。
しかし、最後の余計な付け足しにがっくりと来た。誰もが呆れ顔である。
「さてと、次の人物、熱美さんじゃったかな。」
「・・・あ、は、はいっ。えっと・・・どうしてわたし達の名前を?」
熱美の質問により、皆ははっと気付いた。
そういえば自己紹介もしていないのに何故名前を当たり前の様に呼んでいるのかと。
「儂は少なからず世界の様子を知る力を持っておる。
また、ヨウメイにゆかりのある人物の名前は当然知る事が出来るのでな。」
「つまり、千里眼を持ってるって事ですか?」
「一人二つの質問は御法度じゃぞ。」
「あっ、すいません。」
「・・・まあよい。そう、千里眼じゃ。そこな守護月天の星神の一人と同じようにな。」
言いながらリーフェイがシャオを指差す事によって皆の視線がそこに注がれる。
それに戸惑ったシャオだったが、すっと支天輪を取り出した。
「離珠を・・・呼びましょうか?」
「いや、そんな事はしなくてよいぞ。ただ言っただけじゃからな。
では次の者、質問をされよ。」
「どうやって仙人になったんですか?」
今度は乎一郎。仙人の力やら詳しい事はさておき、とりあえずは気になる事だろう。
「それはな、ヨウメイに教えてもらったのじゃ。仙人に成る方法を。」
「ええっ!!?」
これには乎一郎だけでなくみんなが皆驚いている。
教えてもらったと簡単に言っても、それは相当な事柄であるはずだからだ。
「教えてもらえて成れるものなんですか!?」
「もちろん、ただ教えてもらうだけではだめじゃ。辛い辛い修行が必要となる。
その修行の方法から、仙人の勉強等々、とにかく沢山教えてもらわなくてはだめじゃ。
もっとも、最初ヨウメイは拒否した。しかし、儂が強く懇願する事によってやっと教えてもらった。」
更に聞きたい事があったが、ここで乎一郎の質問は終わり。
次にすかさずたかしが手を挙げた。
「じーさんって、ヨウメイちゃんの主だったの!?」
「つまらん事を聞くのう。仙人の修行は辛くなかった?とか聞けばよかろうて。
そうすれば皆からブーイングの嵐が来る事間違いないぞい。」
「んなこたどーでもいいだろーが・・・。」
びしっと質問を決めたたかしだったが、がくっとなった。
とはいえ、普段のキャラをつかまれているようで少し嫌な気分にもなったが。
「さてと、儂がヨウメイの主だったかどうかじゃが・・・もちろんそうじゃ。
あれは遠い昔・・・そう、四桁の年はかるく成るな。
何気なく拾った本を開いて読んだ事から全ては始まったのじゃ。
・・・まあ長くなるのでここまでにしておくぞ。さて、次は誰じゃ?」
よくよく考えればあっさりした答えになるのは明白だった。
ヨウメイの主だったかそうで無いかというだけの答えのはずなのだから。
そんな事も軽く流して、次に質問したのは出雲。
「何故あなたがヨウメイさんを元に戻す方法を知っているのでしょうか。
仙人に成ったからといってそう簡単なものでは無いでしょう?」
いよいよ核心に近づいてきた様である。
ふむ、とリーフェイはしばらく考えた後に顔を上げた。
「仙人に成る方法をヨウメイから教えてもらったと儂は言ったな?
実はその時、ヨウメイから頼まれ事をされたのじゃ。」
「頼まれ事、ですか?」
「そうじゃ。万が一の事態、統天書との同化を使った時の事態。
“その時に私を元に戻す方法の鍵をあなたが守ってくれませんか?”とな。」
「鍵・・・?」
「そう、鍵じゃ。その鍵については最後に述べるとしようかの。
とにかく儂がその重要な役割を担ったのじゃ。まあ、“仙人に成る方法”
などという無茶なものを教えてもらったのじゃしな。そのお礼代わりじゃよ。」
どうやらリーフェイ自身はそう凄い存在でも無いらしい。
ヨウメイを元に戻す方法を知っていると言っても、
それ自体はヨウメイが作り出したものである様なのだから。
「じゃあ次はあたしね。」
「慶幸日天じゃな。まさか精霊が来るとは儂には思いも寄らんかった。」
「まあ、たー様は史上初の日天月天地天空天同主だもんね。
で、質問は、ここは一体なんなの?って事。あんたが作ったの?」
ルーアンが言っているのは、途中から地図に載っていなかった場所を言っているのだ。
管理人、とリーフェイが名乗った事もあり、これは是非知りたいのであろう。
「ここはな、ヨウメイの力を使って作り出した偽装空間じゃ。」
「やっぱり偽物の・・・って、ヨウメイの力を使って!?」
「当たり前じゃ。ヨウメイは空天じゃぞ。空間の力が使えるのじゃからな。
もっとも、構想は儂が行った。途中に出てきた鳥の大群やらガーゴイルやらな。
まだまだ沢山あったんじゃ。巨大な龍を呼んだりと・・・じゃが、止めにしたのじゃ。
こんなに精霊が集まって来ていたのは初めてじゃったしな。
そして何故こんな空間を作り出したかは・・・
言わずもがな、ヨウメイを元に戻す鍵をここに置いておくためじゃよ。」
咄嗟の事に驚いたものの、確かにこれは筋が通っている。
おそらく、大きく空間を捻じ曲げて作り出したかなにかであろう。
丁度万象封鎖によって得られる統天書内部の空間と同じように。
「・・・なんでわざわざこんな隔離した空間を使ってんのよ。」
「慶幸日天、質問は一人一つまで・・・」
「けち臭い事言ってんじゃないわよ!!とっとと答えりゃいいの!!」
激しい言葉にたじっとなったリーフェイは、やれやれと口を開いた。
「あんまり人目に付く場所に置くようなものでも無いしの。
第一、あれは隔離しないと意味が無い。その理由は、最後にわかるじゃろう。」
「ふーん・・・ま、いいわ。」
まだまだ謎だらけであることに違和感を感じたものの、ルーアンは仕方なく納得した。
「次は私だな。」
「万難地天か・・・。湯のみを大きくして強攻策になど出ないでくれ。」
「そんな事はしない!まったく・・・。」
そういえばヨウメイとこの時代で出会った時にもそんな事をしたなと苦笑する。
普段の行動を見ている太助にとっては、確かに的を得ているなと納得したのだった。
「さっき私達の様な面々は初めてだと言ったが、過去にも誰か来たのか?」
「いいや、おぬしらで最初じゃ。ヨウメイがこんな状態になったのも初めて儂は見る。」
「・・・大丈夫なのか?」
「何を不安になっておる。大丈夫じゃ、一度儂が体験したからな。」
「何を体験された?」
「ヨウメイを取り戻す・・・とと、質問は一人一つじゃぞ!」
キリュウの口車に乗って色々と喋りかけたリーフェイ。
実の所、そんなにしっかりしている人物でも無いようだ。
「ほんじゃあ次あたしいってみようか。」
「那奈さんじゃったな。お手柔らかに頼むぞい。」
「じーさんはヨウメイが行った同化についてどう思う?」
「これまた難しい質問じゃな・・・。少し待っていてくれ。」
ここで初めてリーフェイは待ったを申し出た。
仕方ないと思った面々は一斉にお茶をすすり出す。
ずずずずずずずずず・・・
「・・・もうちっと静かに茶を飲めんのか?」
「そんなこと気にすんなよ。仙人のくせに細かいぞ。」
「分かった分かった。とにかく質問に答えよう。
統天書との同化、あれはまさしく命をかけるものじゃな。」
「どういう事だ?」
改めて那奈が尋ねたところでごほんと咳払いが行われる。
本格的に話をする様だ。
「ヨウメイが言っていたじゃろう、術者のものを吸収すると。」
「ふんふん。」
「つまりは諸刃の剣じゃ。一時だけすさまじい存在になれるが、
それ以降は自分自身は消えてしまうのじゃからな。恐ろしい術じゃよ。
まあ、あのデルアスとやらが相手だったのでは仕方なかったのかもな。」
「・・・じーさん、あの戦いを見てたのか?」
「少しだけなら外界の様子が分かると言ったじゃろう。
ちなみにあのデルアスの力なら、ここも危うかったかもな。
あれはとてもじゃないが儂らの手におえる相手ではなかったはずじゃ。」
「へええ・・・。儂らねえ・・・。」
「儂らというのはこの空間に存在している生物達の事じゃからな。
まあなんにせよすぐに飛んできてくれて良かったわい。
しかし何故もっと早く来なかったのじゃ?ヨウメイが消えてしまうというのに・・・。」
ここでまたもや初めての事が起こった。リーフェイ自身が質問を投げかけたのだ。
えらく長い話が続いていることに戸惑いながら、那奈はそれに答えた。
「統天書でここの場所を探してたんだよ。」
「なんでじゃ?」
「え?なんでって?」
「ヨウメイが場所を記したのではなかったのか?」
「はあ?あたしらは必死で探したんだぞ。なあ翔子。」
「あ、ああ、那奈ねぇの言う通り。ほんと苦労したんだから。」
悪夢の様な三日間をそれぞれ頭の中で振り返る。
特に、ヨウメイに四六時中付き合わされていた花織達の顔は非常に疲れ気味だ。
「・・・変じゃな。ヨウメイは儂にこう言ったんじゃ。
“もしもの時は誰かが私を取り戻しにここへ来るでしょう。
場所は統天書にてしっかり記しておく様にしますから何もしなくて大丈夫ですよ。”とな。」
「ええっ、そうなの!?」
「ああ、そうじゃ。じゃがそれがなかったという事は・・・。
ヨウメイは最初からここへ導くつもりは無かったという事かの。
おっと、ここで質問者を交替してもらうとしようかの。」
きっちりと交替宣言が行われた為、那奈から翔子に移った。
もっとも、質問の内容がそこで変わるわけでもなかったが。
「ヨウメイがここで元に戻せなかったら消えるんだよな?」
「そういう事じゃ。」
「それは一週間以内で、間に合わなかった場合は空天書に戻せばいいんだよな?」
「一週間はそうじゃが・・・空天書に戻すとはどういう事じゃ?」
「え?統天書に書いてあったぜ。
“私を元に戻す方法は大変危険なので、私自身を空天書に戻す法を行ってください”って。
空天書に戻した場合、数百年の後に復活する事が出来るって。」
「・・・・・・。」
ここで暗い表情をしてリーフェイは黙り込んだ。
“信じられない”と言わんばかりのその顔は、初めてその事を知った様であった。
「ヨウメイの奴・・・。最初から儂に大役を負わせるつもりは無かったのじゃな。」
「どういう事だ?」
「考えてもみよ。あらゆる次元の中でも高レベルの存在に一気になれる術。
そんな無茶苦茶都合の良い術の代償が、たかだか数百年の眠りで済むか?」
「・・・済まないの?」
「当然じゃ!!!」
“バン!!”と激しく机を叩いてリーフェイは立ちあがった。
その顔に浮かんでいるのは怒りそのものである。
「たとえ一時といえど、あの同化の状態はとてつもないものじゃ。一瞬で無数の世界を滅ぼせる程にな。
じゃが、普通の頭を持つのならそんな阿呆な事は絶対にしない。理由は省くぞ。
しかしじゃ、そんなとんでもない力を一介の精霊が手にしてはいかんのじゃ。
大きく調和のバランスを崩す。その代償は間違いなく、自らの消滅・・・。」
「そ、そうなんだ・・・。」
彼の説明に翔子だけでなくそれぞれが難しい顔になる。
しばらくの間続く沈黙。だが、リーフェイが質問者交替を継げてそれは破られた。
「次の質問者は俺って訳だけど・・・なんでじーさんがヨウメイを元に戻す方法を知ってるんだ?
大体、代償が間違いなく消滅ってんなら、元に戻す方法なんて無いはずだろ?」
「それがじゃな、前にも言ったと思うがそれはヨウメイが儂に教えたものじゃ。
つまり、ヨウメイは同化の術をあみ出すと同時に、それによって自分が消えるのを防ぐ術も作り出した。
それがこの儂が鍵を握るあの方法なのじゃが・・・まったく、なんという事じゃ。
もともと実行するつもりは無かったという事か。ひょっとしたら儂が実行したあれも・・・。」
太助に構わず、リーフェイはぶつぶつと喋り出した。
自分が知っている事と様々な矛盾点が出てきたのだから無理も無い。
しかもそれがヨウメイが仕組んだものでもあるのだから・・・。
「・・・なあじーさん。」
「しかしあれは・・・ん?なんじゃ?」
「なんじゃじゃないだろ。次の質問いくぞ。」
「あ、ああそうじゃな。では守護月天。」
「は、はい。」
どうも場の雰囲気に乗れずに戸惑っていたシャオだったが、深呼吸して質問の態勢を取った。
「あの、リーフェイさん。」
「わざわざ名前は呼ばなくても良いのじゃが・・・なんじゃ?」
「私達でヨウメイさんを元に戻せるのでしょうか?」
これは少し飛んでしまった質問である。
なんといってもまだその方法を聞いていないのだから。
「・・・多分大丈夫じゃ。とだけしか言えんの。
深い考察は次に行われる質問でやる事にする。」
「そうですか・・・。」
不安そうになったのも無理は無いが、太助はそんなシャオを慰めるのだった。
「さてと、待たせたの。もうおぬしの質問は決まっておるはずじゃ。
さあ質問するがよい。すみずみまで教えるからの。」
なんとも大袈裟な表現である。
確かに質問が決まっているという事もあたってはいるが・・・。
花織はそんな事は関係無しに、脇でいつのまにか眠っているヨウメイをちらりと見ながら、
さも当たり前のようにこう切り出した。
「まずこれだけは教えて欲しいものがあります。」
「なんじゃ?」
「質問する、なんてのは楊ちゃんの受け売りですか?」
これについて、皆は別の意味で“おおっ”となった。
確かに、これは普段のヨウメイがよく行っているものでもある。
「・・・ノーコメントじゃ。」
「そうなんだ!!たくう、楊ちゃんって色んなものをうつしていくんだなあ。
ねえキリュウさん?そう思いますよね?」
「うん?ま、まあそうかな・・・。」
この時、ルーアンは心の中で必死に笑いをこらえていた。
ヨウメイに影響されているキリュウの姿をちょこちょこ見てきたのだから。
もっとも、花織自身はそんな事は頭に無かっただろうが。
「さてと、それでは本命の質問いきますね。」
「う、うむ。」
「楊ちゃんを元に戻す方法を教えてください!」
長い時間を経て、ようやく出たこの質問。
一応これは、リーフェイ自身やその周辺の事を知る目的もあったのである。
いよいよ、という感じに咳払いを師た彼はゆっくりと喋り出した。
「まず、おぬし達全員で二つの洞窟に入ってもらう。」
「二つの洞窟?」
「そうじゃ。一つは知の洞窟、もう一つは力の洞窟。
それぞれ名前の通りの難関が待ちうけている。
知力を搾って超えるもの、力を使って超えるもの。」
「そこに行けば楊ちゃんが元に戻るんですか?一体どうして?」
「そんなものはヨウメイから聞いてくれい。と言いたい所じゃが・・・
おそらく同化を行う際に自らを知恵と力とに二分する事によって、消滅を防げるのじゃろう。
とまあ、儂に言える事はそれくらいじゃがな。」
苦笑しながらリーフェイは多少の解説を行った。
自分から答えたのは、ヨウメイに対するちょっとした意地悪、のようなものだろう。
「さて、とりあえず知の洞窟から入った方がいいじゃろう。」
「どうしてですか?」
「力の方はとにかく難しいからの。儂は一度入って経験したから分かる。
そう、ヨウメイから教えてもらった際に試しに、という事で実行したのじゃ。」
これはリーフェイ自身がヨウメイから頼まれ事をした際の事である。
ヨウメイが同化を行ってすぐさま休眠状態に入る。
リーフェイが素早く元に戻す、といういわば実験だろう。
「片方でも超えればヨウメイの知識と記憶、または力が元に戻る。
じゃから、知の洞窟を先に超えれば、ヨウメイから力の洞窟を解くヒントが得られるという事じゃ。
実際儂はそうやってヨウメイを元に戻したのじゃからな。」
「じゃあ知の洞窟から先に攻略するのが良いという事ですね・・・。
それで、一体どんな難関が待っているんですか?」
「儂が行った時は五つの謎を解けば良いだけじゃったが、時と場合によって変わるらしい。
まあ案内人が現れるから、詳しい事はそれに聞けば良いじゃろう。
ちなみに力の方は、それぞれの分身を倒すというものじゃった。
しかしこれがなかなか手強い。じゃから知の洞窟から解く方が良いのじゃ。」
「なるほど・・・。他には?」
「他には特に無い。明日にでもその洞窟に案内するから安心するが良いぞ。」
詳しく、とはいっても説明はアッサリ終わった。
要は洞窟の難関を突破すればヨウメイは元に戻せるという事だ。
何故そういう仕組みなのかはリーフェイ自身も知らない様である。
また、一週間という期限はこの家に到着した時点で気にしなくてよくなったらしい。
以上で質問時間は終わり。明日に備えて、各自休むという事になった。

寝場所、それはやはりこの質素な家の中である。
もちろんそんなに広く無いから、キリュウの万象大乱を用いた。
それぞれが小さくなる事によって広々と寝ようという事である。
御互い特に話をするわけでもなくすぐさま眠りについた。
明日という日に備えて充分に体力を回復しておこうという事だ。
ところがその中でただ一人、なかなかねつけぬものが居た。
「うーん・・・眠れない・・・。散歩してこようかな・・・。」
皆が寝ている中、のそりとその人物は起きあがった。
「そうだ、キリュウさんに元に戻してもらわないと。
でも、今眠ってるのよね・・・。」
シャオである。ここに来る途中はほとんど眠って休んでいたので目が冴えているのだ。
どうしようか悩んでいると、そのキリュウが寝返りを打って目を少し開いた。
「・・・ん、シャオ殿。眠れないのか?」
「あ、ごめんなさいキリュウさん。起こしてしまいましたか?」
「眠れぬのなら散歩に行ってみてはどうだ。私も付き合うぞ。」
眠たげな目をこすりながらキリュウがむっくりと起き上がる。
一つあくびをして短天扇を広げた。
「でもキリュウさん、眠りたいのでは・・・。」
「なあに、ちょっと話もしてみたいしな。」
ふふっと笑みをもらして万象大乱を唱えるキリュウ。
ちなみにリーフェイはここで寝ているわけではなく、別の部屋にいるのだ。
あっという間に二人の体は元の大きさに戻った。
「さて、ではとりあえず外へ行こうか。」
「は、はい。」
小さく寝ているみなを起こさない様、二人はそっとその場を抜け出した。
外に出ると、そこではいつもの夜と同じように、空には沢山の星々が輝いていた。
しんとした自然からは時折穏やかな虫の鳴き声が聞こえてくる。
「綺麗ですね・・・。」
「そうだな。別の空間と言っても普段見てる景色とはまったく変わらない。
もっとも、ここは中国だから日本とは多少違うだろうがな。」
月が出ていない所為か外はそんなに明るくなかったのだが、二人には自然が見えた。
薄暗い空間に浮かび上がるそれらにちょっぴり浮れながら辺りを歩いて回る。
やがて、適当な場所を見つけて二人並んで腰を下ろした。
「キリュウさん。」
「なんだ?」
「私達は、無事にヨウメイさんを元に戻せるでしょうか?」
「リーフェイ殿の説明だけではなんとも言えないが・・・大丈夫だと思うぞ?
いざとなればリーフェイ殿にも協力してもらって・・・」
「それは無理じゃ。」
「「!!?」」
はっとしてシャオとキリュウが振り返るとそこにはリーフェイが立っていた。
二人が家を出て行ったのに気付いて、こっそり付いてきたのだろう。
「リーフェイさん、無理ってどういう事ですか?」
先ほどの言葉の続きを知りたいのだろうか。
落ち着きをすぐに取り戻してシャオは尋ねた。
「無理というのは、こういう事じゃ。
ヨウメイが同化を使った際に、その時主だった者。
それと主にかかわりを持つ者。それらだけでしか洞窟は挑戦できないという事じゃ。」
「つまり・・・私達だけで何とかしろという事だな?」
「そうじゃ。これも試練じゃ、耐えら・・・」
ばしっ
「あいたっ!」
キリュウの真似をしようとしたところでどこからともなく飛んで来た虫が彼の顔にぶつかる。
いきなりの事にうずくまっていると、今度はキリュウが言った。
「試練だ、耐えられよ。」
「・・・・・・。」
“やられた”という気分のリーフェイの顔を見て“くすっ”とシャオが笑う。
仙人と名乗っているものの、全然そんなに凄い存在に見えない所為もある。
「やれやれ。とにかくそなた達で頑張られよ、という事じゃ。
まあ心配せずとも、知恵の洞窟はあっさり超えられそうじゃがな。」
「どういう事ですか?」
「守護月天、お主が居るからじゃよ。」
「私が・・・ですか?」
ぽけっとした顔で居るシャオを見て、キリュウはなんとなく頷いた。
「なるほどな。確かにシャオ殿が居れば・・・。」
「そういう事じゃな。」
リーフェイとキリュウの言葉を聞いてますます訳が分からなくなるシャオ。
頭の上に“?”マークを浮かべながら口を開いた。
「あの、どうして私が居るとあっさり超えられるんですか?」
「それはだな、シャオ殿。常日頃からヨウメイ殿が言っていた言葉だ。」
「ヨウメイさんが・・・言っていた言葉?」
慌てていつもの生活を思い返す。ヨウメイと七梨家に居た頃の事を。
しばらく考え込んだと思うと、人差し指を唇に当てながら言った。
「このお料理はこの味付けだと美味しいんです、ですか?」
「・・・違う。」
「それじゃあ、これは私の体質なんです、ですか?」
「・・・だから違う。」
「では、冗談です♪えへ、ですか?」
「どうしてそんな言葉が関係してくるんだ・・・。」
「だって、私が一番良く聞く言葉ですから。」
真面目に答えている様相を見せるシャオにキリュウは少し頭を抱え込む。
“言われてみればそうだ”という納得の思いと、
“だからそうではなくてだな”という呆れた思いが半々であろう。
それを見かねてか、苦笑混じりにリーフェイは喋り出した。
「守護月天よ、これはこういう事じゃ。
お主は星神を呼んで様々な事が出来る。
もちろんそれぞれのエキスパートが出て来るのじゃから完璧にじゃ。
じゃからこそ、星神たちを使って様々な難関を超えられるという事じゃ。」
「あっ!私が“ヨウメイさんって色んな事が出来るんですね”って言った時に返ってきた、
シャオリンさん程じゃありませんよ、ですね!」
「なるほど。万難地天が言いたかったのはそれじゃろうな。」
二人の視線にキリュウは無言で頷く。
それを見てシャオはとても嬉しそうな表情になる。
本来は順番が逆のはずだったのだが、キリュウのそんな狙いは見事外れた様だ。
「どうしたんですか?キリュウさん。」
「なんでもない・・・。」
相変わらずぽけぽけとしているシャオにキリュウは返す言葉も無い。
疲れた表情でそのまま黙り込んでしまった。
「まあ守護月天だけじゃなく、慶幸日天や万難地天も居るのじゃからな。
普通の人間なら難易度も高くなるじゃろうが、精霊が居れば超えるのも簡単になる。
その事も考えれば知の洞窟はあっさりいけるじゃろうて。」
雰囲気を和ませる為だろうか、リーフェイはふぁふぁふぁと笑い出した。
彼の様子にシャオとキリュウはぽかんとしていたが、やがて安堵の表情を浮かべる。
不安になっていた事が消えて行った様に。
「しかし本当に手強いのは力のほうじゃろうな。」
「そうなんですか?」
「もしかしてデルアスよりも?」
一変して不安の色が濃くなる。
ルーアンと共に三人で力を合わせてもデルアスにはまったくかなわなかった。
それ以上となったら、もはや超えるすべは無くなってしまう。
と、リーフェイはゆっくりと首を横に振った
「心配せずともそこまで無茶苦茶ではない。ヨウメイの過去の姿の分身じゃ。」
「「分身?」」
「そう、分身じゃ。ヨウメイは一時あらゆる現象を操れるまでになっていたらしい。
もちろん統天書を用いての必死の研究によるものらしいがの。
ところがある日、それは必要無いと判断して数々の方法で封印した。
例えば隕石を呼ぶのがそうじゃな。ほれ、試練の時にやっていたじゃろう。
他にも沢山思い当たるふしはあるはずじゃ。」
言われて思い返してみると、確かにそうである。
強力な現象や、他の精霊の力を借りたりするのに、何らかの封印をヨウメイは施していた。
もちろんそれを解く方法はかなり変わっているものであった。
「まあともかく封印解除なしでそれらが使えるヨウメイ、じゃな。
ちなみに勝負方法はいたって簡単。統天書を奪う、もしくはヨウメイ自身を倒す。
もちろん分身じゃから手加減無しにやって良いぞ。
それでもそんなに苦労はしなかったの。縮地の術を使って統天書をさっと奪う。」
「へええ、すごいんですねえ・・・。」
縮地とはその名の通り距離を縮める術である。いわゆる瞬間移動に等しい。
これを用いてあっという間にヨウメイに近付き、素早く統天書を奪ったのだ。
「しかし私達はそんな術は使えないが?」
「なあに、たとえ使えなくても素早く移動すれば大丈夫じゃろう。」
ここで、余裕の笑みを見せる彼にシャオは“ん?”となった。
「あの、それでしたら先に力の洞窟へ行った方がいいのでは?」
「いや、そういうわけにはいかんのじゃ。前にも言ったと思うが難易度は時と場合によって変わる。
当然ヨウメイ自身の素早さも変わるという事じゃからな。
知の洞窟を先に超せば、知識の戻ったヨウメイによりヒントが得られる。
これによって作戦が立てられる。つまり・・・」
「つまり、ヨウメイ殿の協力を必要とする力の洞窟より、
私達だけで攻略可能な知の洞窟へ先にいく方が良いという事だな。」
「そうじゃそうじゃ、そういう事じゃ。」
纏めとなる言葉を実際に言ってもらった事により、リーフェイはホッとした表情である。
仙人というにはいまいちその威厳に欠けているようにも見えるその姿に、
今更ながらも妙な親近感を覚えたシャオとキリュウであった。
「それでは、もし力の洞窟を先に越した場合は?」
「その時も確かにヨウメイの記憶は戻り協力はしてもらえる。まあ協力と言ってもアドバイス程度じゃが。
しかしいかんせん知恵が無いからのう。力は色々使えるようじゃが・・・。」
「それはとんでもないな。なにがなんでも知の洞窟に先に行かねば。」
普段のタチの悪さを思い出してか、キリュウがえらく真剣になる。
日頃の妙なとばっちりは悪知恵が働いていることも有るだろうが、
それよりは無知の方が恐いと思ったのだろう。
確かに、何も知らないで辺り構わず自然現象を呼ばれたのではたまったものではない。
「ところで、何かおかしいと思う事は無いかの?」
「おかしい事・・・ですか?」
「特にないと思うが・・・。」
唐突な彼の質問に、二人は面食らった。
「第一ヒント、デルアスとの戦いで・・・。」
「ひ、ヒントですか?」
「あの戦いに何かおかしなところでも?」
確かにあれは常識はずれな戦いであったが、二人にはおかしいと思う所はわからない。
「第二ヒント、ヨウメイはどうやってデルアスを倒したか・・・。」
「え?えーと・・・無の剣で・・・。」
「デルアスを無と化したのだったな。」
最後にデルアスが消えて行く様、それを二人は鮮明に記憶していた。
「第三ヒント、何故無と化したのか・・・。」
「それは・・・消滅させても復活したから。」
「そうだ。もともと私達の手におえる相手ではなかったと思い知らされたな。」
普通の戦いならば、相手が消滅してしまった時点で終わるはずである。
しかしその一時的な消滅ではデルアスは倒せなかった。
「第四・・・まあよい、そこで思う所は無いか?という事じゃ。
「・・・いえ。」
「やはり特に無いが。」
困惑している二人に構わず、リーフェイは更に続ける。
「無の性質を考えてみるが良い。無とはどんなものじゃ?」
「えっと、ヨウメイさんが言うには“全次元での消滅”でした。」
「だから過去の自分も消えていて、“無い”存在となる・・・。」
あの時の事を懸命に思い出す。なんとなくそんな感じだったなー、というのを。
「そこで思わないのか?何故過去で消えて居た者をまだ自分が知っているのかと。
過去の次元の存在も消滅させたのなら、相手に会ったなんて事実は消えるのではないのか?」
「そういえば・・・。」
「気付かなかったな。しかし確かにリーフェイ殿の言う通りだ。これは矛盾している。」
つまりはこういう事だ。
確かに実際に相手に会った。しかしその相手が無となってしまえば、
過去に自分が会った相手はなんだったのか?過去のその相手も消滅してしまったのなら、
その相手に会ったという事象自体が消え、その記憶も消えるはずなのでは?
「不思議ですね。どうして私達はデルアスさんの事を覚えているんでしょう?」
「まさか、完全に無とかしていないという事か?」
ひょんな問いかけから二人の顔に不安の色が浮かぶ。
するとリーフェイは“いやいや”と首を横に振った。
「無となったのは事実じゃ。じゃから安心して良いぞ。
それで無の矛盾じゃが・・・以前ヨウメイはこんな事を言っていた。
“経験という事象には何か特別な力があるのかもしれませんね”と。
結局のところ儂にはよく分からんかったがな。」
「統天書には載っていなかったんですか?」
「それがのう、“そんなのを説明するくらいなら別の事を教えた方がいいです”
と言って教えてくれないのじゃよ。」
「統天書の記載を相手に吸収させる術をヨウメイ殿は持っているはずだが?」
「あれはあれでそれなりに制限があるのじゃろうて。
・・・つまらん事を話してしもうたかの。まあ後でヨウメイに尋ねればいい事じゃて。」
それもそうだと二人は頷く。いっその事疑問は全て、後で時間を設けて聞いた方が良い。
なんと言っても今はヨウメイを元に戻す事が先決なのだから。
「そろそろ寝るとしようか、シャオ殿。」
「ええ、そうですね。もう寝付け無い事はないと思います。
リーフェイさん、色々お話ありがとうございました。」
ぺこりとお辞儀するシャオにリーフェイは少し照れ笑いを浮かべた。
「こちらこそ、有意義な時間が過ごせたのでな。それではまた明日。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
夜の挨拶を交わし、それぞれ寝に向かう。
今だしんとした雰囲気を漂わせている自然の中を通りながら・・・。


翌朝、リーフェイの案内により、太助達は知の洞窟へとやって来た。
彼自身は洞窟前までの案内が限界なのだとか。
ちなみに、ヨウメイ自身も洞窟に入る事になっている。
「それじゃあじーさん。かならず超えてみせるよ。」
「当たり前じゃ、お主達はその為にここに来たんじゃからの。」
「楊ちゃんを絶対に取り戻す・・・。皆、気合入れよー!!」
『おー!!』
花織の声により、それぞれ手を振り上げる。
そして御互い顔を見合わせて頷いたかと思うと、洞窟へと足を踏み入れて行った。
それをただじっと見送るリーフェイ。
皆が無事、元に戻ったヨウメイと帰ってくる事を願いながら。

≪第二十三話≫終わり