小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


「到着―!!皆さん、空のたびはいかがだったでしょうか?なーんてね。」
一足早く降り立った花織がお辞儀しながら挨拶する。
しかし熱美とゆかりんはそれに答える余裕など無かった。
ヨウメイが、そして自分たちが落ちないように必死で居たのだから。
少し遅れて他の三組も到着。全員が降りた所で那奈が喋り出した。
「ともかくお疲れさん!いろいろ話したい事も有るだろうし、さあ上がってくれ。」
那奈がくいっと家を指差す。しかしメンバーのほとんどは首を横に振った。
「もう遠慮しますよ。さすがに疲れたのでもう家で休む事にします。」
「俺も。確かに話もしたいけどさ、これ以上はちょっと・・・。」
「僕も遠慮するよ。みんな疲れてるのに押しかけちゃあ悪いし。」
出雲、たかし、乎一郎が続けて遠慮する。
そして、熱美とゆかりんの二人は、寝ているヨウメイをルーアンとキリュウにたくした。
「私達も帰ります。楊ちゃんが寝てるんじゃあ意味ないし。」
「それに明日学校ですしね。またその時に楊ちゃんから話を聞く事にします。」
更に花織も笑顔で改まる。
「とっても楽しかったですよ、大変だったけど。それじゃあ!」
元気良く手を振ってさよならする花織達。
それに続いて他の皆も歩き出した。つまり、六人はこれで解散という事である。
「それじゃあな!」
「お疲れさーん!」
太助達も手を振ってさよならする。
六人を見送った後、那奈はまだ一人残っている人物に向き直った。
「さてと、翔子は上がっていくよな?もちろん泊りがけ。」
「上がっていくつもりではいたけど泊まりがけってのは・・・。」
ちょっと遠慮気味な翔子に那奈はがばっと詰め寄る。
「遠慮するなって。いろいろ話したい事も有るし。」
「それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。」
「よーし、決まり―!」
くるっと太助の方を向く那奈。
「という事で、翔子は泊まっていくから。」
「なるほどな。図らずともヨウメイが初めて来た時と同じって事になったんだ。」
太助の声に“ふむ”と納得する面々。とりあえずヨウメイは寝ているが、確かにそういう事である。
「たー様ったらよくそんなの気付いたわねえ。」
「なかなかどうして、主殿もしっかり考えているではないか。」
「すごいですわ、太助様。」
「いやあ、それほどでも。」
三精霊に誉められて照れる太助。
しかしそれを無視して那奈は家に入って行こうとする。そして、すれ違う時に一言。
「そんな事に気付いたからってなんの役にも立たないだろ。」
その言葉は太助の胸をグサッと貫いた。途端に笑顔がひきつる太助。
翔子も翔子で、そんな太助を横目でチラッと見ただけである。
慰めの言葉も見つからなかった三精霊は、落ちこんでいる太助を促して家に入っていった。

夕食。がつがつと食べるルーアン、黙々と食べる太助、シャオ、那奈、キリュウ、翔子。
ヨウメイは一足先にキリュウがベッドへ寝かせてきたのでここには居ない。
みんな話を特にするわけでもなく、とにかく一心不乱に食べていた。
ヨウメイが見れば、喜んで食事に参加したであろう・・・。
そしてあっという間に終了。いつものごとくリビングでくつろぐ。
シャオの入れたお茶をテーブルの上に、本日までの試練までの質問コーナーとなった。
もちろん質問する者は太助、那奈、翔子、シャオ、ルーアンの五人である。
そしてそれに答えるのはキリュウ。本来ならヨウメイも一緒に答えた方が良いのだが、
キリュウがあえてその役をかってでた、という訳だ。
「それではなんでも質問してくれ、できる限り答えてゆく。」
「あの、キリュウさん。最後の試練でキリュウさんがこちらにやって来たのはどうしてですか?」
まずシャオが手を上げて質問した。
「それは・・・。私が途中で“これ以上はもう・・・”という意見を言ったのだ。
ところがヨウメイ殿が“自分で言っておきながらどうして徹底しないんですか”
とか言ってきてな。それで少し気まずい雰囲気になって急遽変更したという事だ。」
「・・・つまり最後の方でやったのはヨウメイの独壇場って訳なのか?
槍とか降らせたり、七梨達を空へ放り上げたり・・・。」
「そういう事だ。私が加わってからは私の知らないものを出してきたからな。
まさか天地崩壊などがあるとは夢にも思わなかったが・・・。」
「すると、当初の予定じゃあどんな試練をやるつもりだったんだ?」
次に尋ねたのは那奈。これには他の四人も興味深く聞く態勢を取る。
「ヨウメイ殿が実際にやった事に比べれば大した事は無い。
炎流星を大きくして降らせたり、彗星を大量に降らせたり。
後は・・・黒い穴とやらを呼んだような・・・。」
途中まではなんとなく頷いていた面々だったが、最後にキリュウの言葉に“うん?”となった。
「キリュウ、黒い穴ってなんなのよ。」
「知らない。単語の意味が分からなくて、ヨウメイ殿に聞いたらそう答えてきたのだ。」
「単語の意味が分からなかった?黒い穴・・・なあ翔子、もしかして・・・。」
「うん?なんだよ、那奈ねぇ。」
翔子にごにょごにょと耳打ちする那奈。
太助はそれを聞くまでも無く“黒い穴”の正体について気付いていた。
しかし、精霊三人は訳が分からずそれを見ているだけである。
やがて翔子の顔から血の気がさあっと引く。それに気付いたシャオが心配そうに声をかけた。
「翔子さん?どうなされたんですか?」
すると翔子は耳を那奈の口元から離し、落ちついて答えた。
「いや、なんでもない。気にするな。」
「そうですか?でも・・・。」
「な〜んか隠してるって感じね。おね―様、たー様、じょーちゃん、白状なさい!」
しかし那奈も太助も翔子も“いやいや”と、首を横に振るだけであった。
もちろんそれで納得できるシャオ達ではない。余計に興味深い顔でたずねる。
「一体なんなんですか?黒い穴って。」
「マンホールなんてオチじゃ無いでしょ?いいかげん答えてよ。」
「答えない限り次の質問を受け付けぬぞ。」
最後のキリュウの一言が効いた様だ。観念した様に太助が口を開く。
「ブラックホールだよ。」
「「ぶらっくほーる?」」
「おおそうだ、確かにヨウメイ殿はそう言っていた。
もう一つ思い出した。例え消えてももう一つのほわいとほーるとやらから出られる。
だから全然心配する必要は無い、と。それゆえに、私は大した物ではないと判断した。」
キリュウの言葉になんとなく頷くシャオとルーアン。
しかし、太助と那奈と翔子は深刻そうに苦笑いを浮かべているだけであった。
「まあともかくそういう事だ。次の質問は?」
さらりと流したキリュウ。複雑な表情ながらも、太助が尋ねる。
「最初いろいろ挑発みたいなのやってただろ?その目的として封印を解くってのがあった。
で、その封印とやらがなんなのかを教えて欲しいんだけど。」
「あれか。本当に面倒な封印だった。
それというのも、シャオ殿とルーアン殿が参加を申し出てきたからだ。」
「ええっ?ちょっと待ってよキリュウ。一緒にやれなんて言ってきたのはヨウメイじゃない。」
「しかし試練の妨害をしようとしたではないか。そういう事だ。」
「だって、あれはキリュウさんとヨウメイさんがあまりにも恐ろしく言うから・・・。」
なんだか話がそれ出した様だ。慌てて翔子が三人をいさめる。
「元の話に戻れって。封印ってなんだ?」
「おおそうだったな。主殿が怒りながら言っただろう。“帰れ!!”と。あれだ。」
「あの、もうちょっと詳しく・・・。」
説明を求める太助に、キリュウは“まあいいだろう”とため息をついた。
「つまり、主に嫌われて帰されるという状況になったときにのみ、
ヨウメイ殿は流星だのを呼べるようになるのだ。隕石は別物らしいがな。」
「・・・なんでそんな?」
「知らない。私としては別にそんな封印をせずともよいと思うのだが。
また今度ヨウメイ殿に聞いてみるがよろしかろう。」
「いや、封印しといて正解・・・いや、不正解かも・・・。」
きっぱり言ったかと思うと、途端に自信がなさそうに言う那奈。
ヨウメイの性格なら、思いっきり切れれば必ずそれをしそうに思えたからだ。
不思議そうに見ていたほかの面々だったが、やがて話を変える様にルーアンが尋ねる。
「えっとお、もしあたしとシャオリンが途中で発言しなかったら、
隕石のみの試練をやる予定だったの?そこんとこ聞きたいんだけど。」
「まあその通りだ。隕石を適当に呼んでそれを避けてもらう。
もちろん大きくしたりする。まあその程度だ。」
「その程度って・・・。もし当たったら俺死んでたんじゃ?」
「運が悪くても重症程度に済むはずだった。もちろんその時点で試練を終えるしかないが。」
キリュウのさらりと言うせりふに沈黙する五人。
重症自体もかなりの程度と呼べるものでは?という事を考えながら。
「なんだか最後の試練についてばかりだな。他には無いのか?昨日の試練でも良いぞ。」
「あの、どうでも良い事かもしんないけど、あたしがヨウメイに渡したお饅頭は食べたの?」
「お饅頭?そう言えば食べるのを忘れていたな。せっかく受け取ったのに。」
呆れ顔になると同時に、ルーアンはキリュウに片手を差し出した。
「なんだ?」
「なんだじゃないでしょ。食べるつもりが無いんなら返してよ。」
「返してもらってどうするんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。あたしが食べるの。」
ルーアン以外はまたもや沈黙する。
当然の反応だろう。数時間も前のものを今食べようというのだから。
「やめとけってルーアン。いくらなんでも痛んでるよ。」
「だってもったいないじゃない。」
「どうなっても知らないぞ、これだ。」
キリュウが取り出したそれは完璧につぶれていて中身がはみ出ていた。
こんな物をご大層にポケットに入れていたキリュウもキリュウだが・・・。
「キリュウさん、後でその服お洗濯いたしますわ。だから今着替えてきた方が・・・。」
「それもそうだな。ヨウメイ殿の分もその時に持ってくるとしよう。
というわけで着替えてくるのでしばらく待っていてくれ。」
言うなり立ち上がるキリュウとシャオ。残りの四人はそれをリビングで見送った。
「さてと、本当に食べるのか?ルーアン。」
「止めといた方が良いと思うけど。まあ、あたしの知ったこっちゃ無いけどね。」
「翔子、それは冷たいんじゃ。せめてお腹を壊したら薬くらいは飲ませてやるよ、
という事くらい言わなきゃ駄目じゃないか。」
「あのね・・・。」
冷たいことにあんまり変わりが無い那奈にあきれるルーアン。
しかしそれもすぐに止め、再び饅頭を見つめ出すのだった。
「うーん、見た感じ形が崩れてるってだけなのにねえ・・・。」
「というよりは絶対痛んでるような。けどシャオが懐に持ってた、って言うんなら、
七梨は喜んで食べるだろうな。」
「ぶっ!!」
お茶を吹き出しそうになる太助。咳をしながらも翔子に告げる。
「あのな、なんで俺がそんな事・・・。宮内出雲やたかしなら分かるけど。」
弁解しながらも知り合いの名前を出すところは、なかなかにものすごいものがあるが。
「なるほどな、宮内なら涙を流しながら食べるかも。」
「那奈ねぇ、それって本当?あのおにーさんがねえ・・・。
まったく、なんであたしの周りは変なやつばっかりなんだろう。」
「山野辺、それはあんまりおまえには言われたくないな。」
「はあ?どういう意味だよ。」
「そうだぞ太助。おまえ自分が変なやつだって自覚が無いな。」
「那奈姉も変だって。」
「“も”?という事は自覚してるんだ。結構結構。」
「しまった・・・。山野辺、おまえももちろん自覚してるよな?」
「自覚なんかしてないけど、変なやつから見た変なやつってのは、すなわち変じゃないって事だからな。
それに、あたしから見て変なやつだって思うやつが実際変って事は、あたしは変じゃないって事。」
「なんか難しいな。屁理屈っぽいような・・・。」
「あんまり深く考えるなよ、太助。それよりルーアン・・・。」
三人が討論している間にもルーアンは悩んでいた。
「うーん、食べるべきか食べざるべきか、それが問題よね〜・・・。」
試練中にヨウメイが呟いたものと同じ様なものを呟いている。
やはりおなかを壊したくは無いのだろう。しかし食べたい。
という葛藤が今ルーアンの中で起こっているのであった。
三人が呆れて再び討論しようとした時、リビングの扉が開いた。
シャオ、そして服を新調して手に饅頭を持っているキリュウだ。
「ヨウメイ殿の分も持ってきたぞ。結局ヨウメイ殿も着替えてもらったが・・・。」
「さすがに寝ながら着替えさせるのは大変なんで、女御にやってもらったんですけどね。」
シャオがパタンとドアを閉める。遠くから聞こえていた洗濯機の音が小さくなった。
キリュウがルーアンの目の前にお饅頭を置き、再び元の位置に皆が座りなおす。
そのお饅頭も、やはりキリュウのものと同じくつぶれているのであった。
「ルーアン殿、本当に食べるのか?
ヨウメイ殿は食べるかもしれないが、無理はしないほうが良いぞ。」
「うるさいわね、それを今考えてるんだから。あたしの事はおいといて質問時間を始めなさいよ。」
一度顔を上げたかと思ったら再び饅頭を見つめ出すルーアン。
やはりなにかぶつぶつと呟いている。
太助はそれをチラッと横目で見たかと思うと、キリュウの目を見て促した。
「それでは話を再開しよう。質問は?」
「は〜い、次はあたし。四つの試練ってさ、いつするって決めたんだ?」
「決めたのはおととい。ぱーてぃーとやらをした時か。」
キリュウが何気なく呟いた言葉に翔子は“ん?”という顔をする。
「パーティー?」
「そうそう、楊ちゃん歓迎パーティーをやるんだって愛原達が張り切って。
そうか、あの時に決めたんだ。よくもまああんなすごい試練を・・・。」
太助は、説明を加えた後に感心した様に頷く。
「協力の最初の印として、ヨウメイ殿が申し出てくれたのだ。
その際に、宮内殿にも協力してもらおうと思っていたのに。
結果、ほとんど協力にはならなかったな。まったく・・・。」
ため息をつくキリュウに、那奈がきっぱりと告げる。
「キリュウ、宮内なんかには無理だと思うな。
仮にできたとしても、四つの精霊の力を借りるなんてできないだろうし。」
「どういう事ですか、那奈さん?」
尋ねるシャオと同じように不思議そうな顔をするキリュウ。
それに答える様に、太助、那奈、翔子の三人は同時に言った。
「「「そのまんまだよ。」」」
意味がよくわからずに首を傾げる二人。それを説得する様に更に翔子が言う。
「ヨウメイも多分そう言うと思うよ。だから実験台に収めたんじゃないの?」
“なるほど”と納得するキリュウ。
今だシャオは分からなかったが、那奈に促されて深く考えない事にした。
「他に質問は無いのか?」
「ちょっと気になったんだけどさ、四つの試練のうち炎だけめちゃくちゃきつかったよな?
キリュウもヨウメイも命がけで・・・。
挙句の果てにはシャオの呼びかけが無きゃ俺も死ぬとこだったし。
他の三つはそうでもなかったのに、どうしてなのかな?」
「死ぬとこだった?どういう事だ?主殿。」
「最後の最後でヨウメイがでっかい炎の壁を呼んだんだよ。
“最初のペースで歩かないと死にますよ―!”ってな。あれは怖かった。」
「しかも“手加減しない”なんて言って。すっごい本気だったな。」
最後に那奈が付け足す。
それを聞いたキリュウは驚きの顔で立ちあがった。
「それは本当か!?主殿を殺すだと!?」
「あ、ああ、本当だよ。・・・そっか、キリュウはその時意識が無かったんだな。」
皆に落ち着けとなだめられて座り直したキリュウだったが、納得のいかない顔で考え込んでいた。
「私の知らない間にヨウメイ殿がそんな事を・・・。
一体どういうつもりなのだろう。そういう事は絶対にしないはずなのに・・・。」
深刻そうなキリュウを見て、皆は何も言葉が出なかった。
とその時、ルーアンは一人顔を輝かせて立ち上がる。
「そうだわ!ヨウメイに頼んでこれが食べても大丈夫かどうか調べてもらえれば良いのよ!
なあんだ、悩んで損しちゃった。早速戸棚に閉まっておこうっと♪」
るんるんと鼻歌を歌いながらキッチンへ向かうルーアン。
他の皆が唖然としているうちに、用事を終えたルーアンがリビングに戻って来た。
なんとなく呆れ顔に変わった那奈が言う。
「ルーアン、皆が深刻になってるって時によくもまあ・・・。」
「ええー?お饅頭を粗末にしちゃあいけませんわよ。
で、さっきの話。あたしもびっくりしちゃったのよねえ。たー様を殺すつもりなの―!?ってね。
でもヨウメイがどういうつもりだったかなんて、本人に訊かないと分からないんじゃなくって?」
いつの間に話を聞いていたのか、ルーアンはそれだけ言ってお茶をすすり出した。
ルーアンの言動に驚かされつつも、“それもそうか”と皆は納得する。
確かに、試練を実際に行ったヨウメイに訊いてみるのが確実だろうだから。
とりあえず翔子と那奈は“シャオと七梨(太助)の絆を確かめたのかな”とか思っていた。
「では別の話に移るとしようか。再び質問を。」
「あのさ、これもヨウメイに訊かなきゃ分からないかもしれいけど、
帽子を大きくするだけでどうして試練になるんだ?あれって何か特別なものなのか?」
と、翔子。皆が一緒に注目する前にキリュウは喋り出した。
「まあそんなところだ。別に気にするものでもないと思うぞ。
ただのヨウメイ殿の・・・いや、これ以上は言うわけにはいかないな。
申し訳無いがここで納得してくれ。ヨウメイ殿が喋る気になるまで待たれよ。」
そこでキリュウは黙り込んだ。もちろん納得できない者は更に質問する。
「気になるって。今すぐ教えてくれよ。」
「・・・・・・。」
「あのヨウメイが喋るなんて思えないよ。だからさ・・・。」
「・・・・・・。」
「黙ってないで何か言いなさいよ。減るもんじゃないでしょ。」
「・・・・・・。」
「・・・駄目だこりゃ。喋る気はまったくないって訳だな。」
最後の太助の言葉にキリュウはこくりと頷いた。と、そこでシャオが更に言う。
「女御に着替えさせてる時に思ったんですけど、あれってただの帽子ですよね?
特に何かの力が宿ってるとかそういうのじゃなかったような・・・。」
「その通りだ。まあそれだけ分かったのならそこで納得されよ。」
やはり納得できなかった面々だったが、あまり追及するのもどうかと思い、
ヨウメイの言葉を待つという事にしたのである。
「それでは他に質問はないかな?」
「そうだ。太助の試練とは関係無いけどさ、当初の予定で宮内に与えるつもりだった試練を教えてくれよ。
軽いって言ってたんだからすぐに話せるだろ?」
“ああそういえばそんなものもあったのか”とか思いつつキリュウを見る面々。
なんとなく困った顔をしたキリュウだったが、しばらくして口を開いた。
「本当に軽いものだ。主殿に普段与えているようなものの軽い版。
まあそんなに気にするものでもない。」
「軽い軽いって・・・。具体的な内容を聞きたいんだけど。」
「大きな障害物を越えて進むとか、そういった物の攻撃を耐えるとか。そういうものだ。」
「なるほど・・・。」
とりあえずその辺りで納得した面々。確かに気にする内容ではなかった。
しばらくは特になにも喋らない沈黙の時が流れる。
どうやら、ほとんど質問をやり尽くした様である。
「もう質問はよいのか?私もそれなりに疲れたのでな・・・。」
言って一つ軽いあくびをする。それに反応する様に太助が口を開いた。
「最後に一つだけ。これからもヨウメイと共同で試練をするのか?」
「そりゃそうじゃないの?あれだけの試練よりすごい試練なんて無いと思うんだけど・・・。」
横から口を挟むルーアンに頷くシャオ、翔子、那奈。
すると、それを否定するかのような顔つきで、キリュウは答えた。
「ヨウメイ殿が参加して試練を行うのは今回限りの予定だ。
明日からは試練を行うのは私のみとなる。」
「ええっ?そうなの?」
なんだか拍子抜けした太助。他のみんなも同じような反応をした。
「だからと言って気を抜かれるな。私の試練とヨウメイ殿の試練は若干違うのだからな。
もちろん機会があればヨウメイ殿と相談した試練を行う。
まあとりあえず、ヨウメイ殿は普段の役割に戻るという訳だ。」
「普段の役割?」
「そうだ、知識を教えるということだ。おそらくそれ自体も試練かもな。」
なにやら意味深なキリュウの言葉に“はあ”と頷く太助。
一番最初の頃に言ったキリュウの言葉“ヨウメイが出てきた事が試練”を少し思い出したようだ。
「分かった。明日からも気を引き締めて頑張るよ。」
「その意気だ。では私はもう眠る、おやすみ。」
「「「「「おやすみー。」」」」」
最後に挨拶を残し、キリュウはリビングを後にした。
残ったメンバーはしばらく黙ってそのままで居たが、しばらくして翔子が口を開く。
「ところで七梨、ちょっと試したい事があるんだけど。」
「なんだよ山野辺・・・。」
なんとなくニヤニヤしている翔子の顔を見て、太助は嫌そうな顔をした。
翔子がこういう顔をしている時は、絶対に良からぬことを考えているのだから。
「四属性に強くなったんだよな?という事で、どのくらいの火に耐えられるとかを試したいなあって。」
「な、なんだってー!?」
太助は叫びながら立ちあがった。
当然の反応である。翔子の言う事は、いわば人体実験のようなものだから。
「駄目駄目駄目、絶対に駄目―!」
「いいじゃんか、減るもんじゃなし。なあ、那奈ねぇ。」
しばらく腕組みして考え込んでいた那奈だったが、やがて一つ頷いて顔を上げた。
「姉のあたしとしては、弟がどのくらい強くなったか知りたいな。
是非とも実験してみよう。早速用意しなくっちゃな。」
そして立ちあがる那奈。すると、シャオがさっと立ちあがって前に立ち塞がった。
「那奈さん!太助様にそんな事はさせません。どうしてもというのなら、まずこの私を!」
「ちょっと、シャオリン・・・。」
ルーアンがそれと無しに呼びかけたのは、それじゃあ逆効果だといわんが為である。
そのルーアンの思い通り、那奈は太助の方へ顔を向けた。
「どうする太助。自分の身可愛さにシャオを犠牲にするか。
それとも本日最後の最後の試練として耐えてみるか。」
「なっ・・・。」
ニヤニヤしながら言う那奈。翔子も同じような顔をしている。
あ―あ、と額を押さえるルーアンに、きょとんとしているシャオ。
そして太助は、しばらく無言で居たかと思うと、あきらめたように喋り出した。
「分かったよ。なんでもすりゃ良いだろ。」
そしてどっかとそこに腰を下ろす。
「よーし。それじゃあちょっと待ってろよ。翔子、手伝ってくれ。」
「ほいきた。」
なんだか張り切ってリビングを去って行く二人。
しばらくした所で、シャオもそれとなしに腰を下ろした。
「すいません太助様、私が余計な事を言ってしまったばっかりに・・・。」
「そうよシャオリン。あんなの逆効果なのが見え見えじゃない。
「いや、シャオの所為じゃないよ。あの二人の性格ならどのみちやる事になっただろうしさ。
あんまり気にしないでくれよ、シャオ。」
「はい・・・。」
心配させまいと微笑んだ太助だったが、やはり胸中は穏やかではなかった。
(一体何をするつもりなんだろう。とりあえず火あぶりとかかな・・・。
ちきしょう、今日はおもいっきり大変だったのに更に試練をやろうなんて。
絶対文句言いまくってやる・・・。)
太助の心の声がそれとなしに口に出始めた頃、那奈と翔子はいろいろ道具を持って帰ってきた。
「お待たせ。それじゃあ始めようか。」
「まずは蝋燭の炎。そんじゃあ七梨。」
「あ、ああ・・・。」
ゆらめきながら静かに炎を立てている蝋燭がテーブルの上に置かれる。
その炎の上に、太助はゆっくりと手をかざした。しかし五秒もしないうちに、
「あちっ!」
と、手を引っ込めた。
「太助様!」
「たー様!」
慌てて駆け寄るシャオとルーアン。幸い太助は火傷を負ってはいなかった。
それを見てほっとする二人。
「なんだ?えらく早かったな。長時間炎に耐えられるようになったんじゃないの?」
「だって熱いもんは熱いんだよ。とりあえず炎はもういいだろ?」
嫌そうな顔でもう一度やる事を拒否する太助。
それを見て、翔子と那奈はあっさり炎を引っ込めた。
「次は水だ。どのくらい水に顔をつけていられるか。」
「というわけで七梨、頑張れよ。最低でも一分は居るようにな。」
「あ、ああ・・・。」
洗面器に張られた水がゆらゆら揺れている。
太助は大きく息を吸ったかと思うとそこに顔をつけた。
それと同時に翔子がストップウォッチを使って時間を計り始める。
そして約二分が経過。そこで太助は“ぷはあっ”と顔を上げた。
「はあ、はあ、はあ・・・。」
「一分五十二秒・・・。なんだ、別段すごくないじゃん。」
「ひょっとしてヨウメイに騙されたのかなあ。もういいや、寝よう、翔子。」
そっけなく言って道具を片付け始める二人。
リビングを立ち去る前に太助は素早く呼びとめた。
「やるだけやってなんだよその態度は!こっちは試練で疲れてるってのに・・・。」
「おまえがいいって言うからやったんだ。文句あるか?」
「それに全然大した事やってないじゃんか。この程度で怒鳴ってんじゃないよ。」
二人の反撃に“うっ”となる太助。確かに二人の言う通りである。
もちろん、翔子と那奈もそれなりに太助を気遣って易しいものを選んできたのであるが。
「それじゃあ寝るから。おやすみ。」
「あたしと那奈ねぇで同じ部屋に寝るから。ルーアン先生はシャオの部屋にでも。
シャオはもちろん・・・。まあちゃんと休めよ。」
「はい、翔子さん。それではおやすみなさい。」
「またなにか企んでるんじゃ・・・。まあおやすみ。」
「二人ともおやすみなさい。」
挨拶を交わした後で、二人はリビングを出、二階へと上がって行った。
残ったメンバー、つまり太助、シャオ、ルーアンはソファーに腰を下ろす。
「お疲れ様でした、太助様。」
「い、いや。良く考えてみたら全然疲れるほどのもんじゃなかったし・・・。」
「それにしてもあんまり大したものでもなかったわね。本当にヨウメイは何かしたのかしら。」
「したはずだと思うけど。あんなにすごい試練をわざわざしたんだからさ・・・。」
太助はなんとなく答えるが、やはり確信が持てない。
那奈と翔子に試されたものは普通の人でもあれくらいの結果は出せるだろう。
大げさに四精霊の力を借りた割には、そんなに目立った変化が見えないのだから。
「ま、なんにしても明日っから別段普通の生活って訳ね。
なんといっても歩くなんでも辞典が居るし、こりゃルンルンだわ。」
「いつも通りの生活、ですか?そうですね、それが一番ですね。」
ルーアンの言葉ににこにこするシャオ。
とりあえずこの辺で話が変わったようである。
「ヨウメイ、学校でもおとなしくしてるかなあ・・・。」
「大丈夫よ、たー様。昨日だって別に切れたりしてなかったじゃない。
キリュウと仲良くなった今、そういう心配はするだけ無駄よ。」
「そうですよ、太助様。明日からも皆さんで仲良く過ごしましょう。」
心配げな太助の顔をかき消す様に笑顔で言うルーアンとシャオ。
それを聞いた太助も、ふっと笑みを浮かべた。
「さてと、あたしももう寝るわ。・・・シャオリンももう寝ましょう。」
立ちあがってリビングを出て行こうとするルーアン。しかしシャオは座ったままである。
「ルーアンさん、先におやすみになっててください。
私はまだ太助様とお話する事があるので・・・。」
「えっ・・・。」
少し動揺する太助。ルーアンは別に気にもとめずに言った。
「そうなの、ま、いいわ。二人ともおやすみ。」
「お、おやすみ。」
「おやすみなさい、ルーアンさん。」
ギクシャクしながら見送る太助。そしてルーアンがリビングを出る。
後に残されたのは太助とシャオだけとなった。
(うっ、気がついてみればシャオと二人っきりじゃないか。話ってなんだろ・・・?)
なんだかどきどきしてきた太助。話も出来ずに沈黙の時が流れる・・・。
やがて、シャオが太助の方へ顔を向けて言った。
「あの、太助様。」
「な、なに!?」
かなり動揺している返事である。しかしシャオは構わずに続けた。
「改めて、今日は本当にお疲れ様でした。試練を頑張って・・・。」
「い、いや、シャオ達の協力もあったしさ。はは・・・。」
太助が笑いながら言う。と、シャオは静かに太助に顔を近づけた。
「あ、あの、シャオ?」
「太助様、今日一日頑張ったご褒美です・・・。」
そして目を閉じて更に顔を近づけるシャオ。この時の太助はもはや頭の中がパニック状態だった。
試練の疲れもあったのだろう。試練前に翔子が仕組んでいたものだとは夢にも思わなかったのだ。
それでもしばらくの間は何もせずに太助は居た。
(しゃ、シャオ・・・。ご褒美って、そんな事・・・。で、でも・・・。)
心の中でなにやら葛藤が続く。しかし、それに決着がついたようで、太助はきっちりと顔を向けた。
シャオの両肩に手を置き、自分の顔をシャオの顔に近づける。
「シャオ・・・。」
「太助様・・・。」
そして、二人の唇が触れ合おうというその刹那、
ドオオオンン!!
という強大な音が家中に響き渡った。当然それにびっくりした二人は慌てて顔を離す。
「な、なんだ?今の音!!(くっそー、もうちょっとだったのに―!!)」
「二階の方からですわ!!」
頷きあって急いでリビングを飛び出す二人。と同時に、ルーアンも起き出してきた。
「二人とも!今の音なんなの!?」
「分かりません。とにかく行って見ましょう!
「くっそー、あの音の所為で―!」
なんだか太助の言葉に違和感を感じたルーアンだったが、とりあえず二人と共に二階を目指す。
更に途中で、起き出してきた那奈と翔子とも出会った。
「なんなんだよ、今の音!シャオ、一体何が!?」
「分かりません。太助様とリビングで居たら突然。」
「そうなんだよ!ちくしょう!」
「多分キリュウの部屋からね。何かあったんだわ。」
「まったくう、最後の最後でこれかよ!」
頷き合ってキリュウの部屋を目指す五人。太助の様子を見て、“シャオとキスは出来なかったのか”
と、翔子は残念そうに舌打ちしていた。

「キリュウ、ヨウメイ、入るぞ!!」
ノックもなしにばたんとドアを開ける那奈。
と、そこで五人が見たものは、黒焦げになったキリュウを、眠たそうに揺すっているヨウメイの姿であった。
「ヨウメイ、一体何が?」
恐る恐る尋ねる翔子。すると、それに気付いたヨウメイが目をこすりながら答えた。
「起きる計画、阻止を、解除、するのを忘れてて・・・。
まったくう、どうして、突然、夜中に、起き出して、計画なんか・・・。ねむい・・・。
キリュウ、さーん・・・。」
「う、うう・・・。」
つまり、寝に入ったキリュウだったが、目覚ましを仕掛けることを思いだして計画を立て始めた。
しかしヨウメイの計画阻止によって落雷を受けたという事である。
一応キリュウは返事はしているが、やはり落雷のダメージが大きいようだ。
「大変!早く星神を呼んで・・・。」
シャオは支天輪を構えようとしたが、ヨウメイは手を上げてそれを止めた。
「そんなのは、駄目です。私の所為で、主様と、シャオリンさんの、・・・を、邪魔・・・。
くっ、万象、複、元!」
言葉も絶え絶えに叫ぶヨウメイ。と、キリュウの体がさあっと光り、傷があっという間に消え去った。
「後は、計画、阻止を、解除・・・。これで、良し・・・!」
にこっと笑って、ヨウメイはどさっとその場に崩れ落ちた。
その部屋の光景とは、なんとも深い眠りに入ったキリュウとヨウメイの姿となった。
呆れ顔になりながらも那奈と翔子が手早く二人をちゃんとした位置に寝かせる。
そして三人を促して静かに部屋を出てドアを閉めた。
「まったく、こんな夜中によくやるなあ・・・。」
「さっさと寝ましょ。おやすみなさーい。」
「あ、私も行きます。それでは皆さん、おやすみなさい。」
一足早く下へと降りて行くルーアンとシャオ。
それを見送って、ふうとため息をついたのは三人ほぼ同時であった。
「まったくヨウメイのやつ・・・。ま、しょうがないかな。チャンスはいくらでもあるさ。」
「そうそう。というわけで太助、これにめげずに頑張れよ、おやすみ。」
「お、おい!二人とも!」
太助の呼びかけもむなしく、二人は無視して自分たちの寝る部屋へと入っていった。
呼びかけのポーズを取ったままそれを見送る太助。
やがてもとの姿勢に戻ったかと思うと、また一つため息をついて自分の部屋へ入っていった。
「はあーあ、結局あれは山野辺と那奈姉が仕組んだ事だったのか。
それにしてもヨウメイもそれを知ってたみたいだな。まったく・・・。」
呟きながら布団に入る太助。しばらく考え事をしていたものの、やがて寝息を立て始めた。

そしてシャオの部屋。布団を二つ並べて寝ているシャオとルーアンであった。
「ねえシャオリン、リビングでたー様と何してたの?」
「えっ、それはその・・・秘密です。」
「どうせあのじょーちゃんに何か言われたんでしょ。まったくもう・・・。」
「あの、ルーアンさん。ひょっとして怒ってますか?」
「別に。それより、言われてじゃなくて、たまには自分からやってみなさいよ。
その方がたー様も喜ぶに決まってるわ。」
「ええ!?太助様が喜ぶ・・・。本当ですか、ルーアンさん!!」
「ま、まあね。でももうちょっと時間が経ってからにしなさいよ。」
「は、はいっ。それじゃあおやすみなさい。」
「はいおやすみ。(まあ、あの奥手なたー様がすんなり受け入れるとは思えないけど)」
挨拶を交わしたかと思うと寝に入る二人。そして二人とも寝息を立て始めた。
最後の試練にて必死だったのだから、ここまで起きていたというのもすごいものがあるが。

那奈の部屋。シャオとルーアンと同じように、布団に入ったまま翔子と那奈は話し合っていた。
「せっかく上手くいくと思ったのにな。“ご褒美です”なんてセリフ付きなのに。」
「まあ思わぬ妨害が入ったのはしょうがないさ。それより翔子。」
「なんだ、那奈ねぇ。また何か新しいものを思いついたのか?」
「今度はヨウメイにも手伝ってもらおう。邪魔したことに罪悪感があるみたいだしさ。
きっと喜んで手を貸してくれるに違いないぜ。」
「なるほど、確かにそんな事言ってたもんな。嬉しいねえ、キリュウに続いてヨウメイという味方が。
明日にでも実行してみようか。」
「まあ待てよ。いきなりやるのも良くないし。それなりに場を整えないとな。」
「なるほど、確かにそうだ。けど試練は終わっちまったもんなあ・・・。」
「試練じゃなくても旅行とかでもいいだろ。もしくは二人をデートさせたり。」
「そうかそうか。作戦のネタは尽きないってね。よし、また今度じっくり考えてみよう。」
「そういう事だな。それじゃあおやすみ、翔子。」
「ああ、おやすみ、那奈ねぇ。」
そして眠り出す二人。この二人にしても、シャオの護衛、導き役として頑張っていたのである。

キリュウの部屋。寝息に交じって時々寝言が聞こえてくる。
「うーん、試練だ・・・むにゃむにゃ・・・。」
「・・・だから違いますって!だいたいキリュウさんは・・・ぐー・・・。」
二人のそれは、らしいといえばらしいというものであった。
翌朝、二人は目覚ましが無かったために時間通りに起きられなかったことを付け加えておく。
かくして、これからもますます大変になるであろう七梨家。
とりあえずようやく普段の生活というものが始まりそうである。
しかし、やはり波瀾に満ちた生活と言わざるをえないであろう・・・。

≪第十話≫終わり