「なかなかですね。三方とも頑張る頑張る。」
「しかし、大丈夫だろうか。これ以上は少し危険かも・・・。」
余裕の笑みを浮かべるヨウメイに対して、キリュウは少し不安げである。
かなり苦戦している様子が目に見えたし、さらにまだ何種類も流星が有るというのだから。
不安なのはキリュウだけではない。見物客達も、かなり心配そうに見ていた。
「まだまだ時間有りそうだよな。あんなに疲れてそうなのに・・・。」
「ああ。でも、太助達を信じるしかない!ということか・・・。」
声を上げたのは翔子と那奈のみ。他の皆は、心の中で精一杯応援していた。
その中で出雲は、
(絶対にヨウメイさんは怒らせるべきではありませんね。)
と、今まで以上に強く強く肝に銘じていた。
「後三十分ですねさっさと次行きましょう。」
しかし、張りきっているヨウメイに、キリュウは重苦しい雰囲気でこう言った。
「ヨウメイ殿、もう良いのでは。これ以上は命にかかわる。」
「キリュウさん・・・。」
一緒になって重苦しい表情を浮かべるヨウメイ。
だが、すぐに顔を変えてキリュウに詰め寄った。
「あのね、なんであんな面倒な封印を解いたと思ってるんですか。これは試練なんです!
それに、命の保障はしないってキリュウさん言ってたじゃないですか。」
「うむ、だが・・・。」
ヨウメイの声にもためらう事を止めないキリュウ。
彼女にとっては、やはり主の命を奪うような危険な試練は行いたくないのだろう。
二人の精霊が付いているとはいえ、命が危ないという事は今までの様子を見れば一目瞭然。
それゆえ、これ以上の試練は行いたくないという気持ちが強まったのだ。
次第に不安げな表情を浮かべるキリュウに、ヨウメイはため息を付いて言った。
「それじゃあ、こうしましょう。キリュウさんも主様たちと一緒に居てください。
私一人で試練を行います。・・・ほんとは嫌だけど。」
「いや、それは・・・。」
「うるさいです!!さっさと行って下さいよ!!
途中で弱気になるなんて・・・どうして徹底しないんですか!!
こうなったら、全力で行きますからね。手加減無しです!!!」
突然怒鳴るヨウメイに注目するみんな。それと同時に驚愕の表情を浮かべた。
今までのは本気ではないという事が分かったのだから・・・。
たじろいでいたキリュウだったが、済まなさそうに頭を下げて歩き出した。
その後ろ姿を“ふん”と鼻であしらったかと思うと、力なくうつむくヨウメイ。
やがて太助は傍にやって来たキリュウに訳がわからずに尋ねる。
「一体どうしたんだよ。試練に変更でも?」
「そうだ。これからはヨウメイ殿が一人で行う。
というわけで私も主殿達に参加させてもらう。・・・よいかな?」
立ち尽くしたまま聞いていた太助だったが、シャオとルーアンに尋ねてみた。
「二人とも、良いかな?」
「全然構いませんわ。キリュウさんが居てくだされば、それこそ百人力ですわ!」
「あのね、シャオリン・・・。まあ、居ないよりは居てくれた方が良いけど。
でもどうしてなの?キリュウ。試練を受ける方にまわるなんて・・・。」
キリュウは少しためらっていたが、やがて静かに喋り出した。
「ちょっと私が弱気になったものだから。後でヨウメイ殿にしっかり謝らねば。
・・・あまり深くは聞かないでくれ。」
三人は無言のまま顔を見合わせたかと思うと、ゆっくりと頷いた。
そこでキリュウは短天扇を広げる。
「万象大乱。」
あっという間にキリュウの大きさが離珠ほどになる。
太助はそれを拾い上げると、シャオと同じポケットに入れた。
「よろしくお願いしますね、キリュウさん。」
「うむ。あまり頼りに成らぬかもしれないが・・・。」
なんとなく弱気なキリュウ。それに渇を入れるようにルーアンが横から言った。
「あんたねえ、たー様を守るためにやって来たんでしょう?
だったら頑張りなさいよ。ヨウメイが更に激しいものを繰出してくるってんならなおさらよ!」
「そうか・・・そうだな。ありがとう、ルーアン殿。」
なぜかお礼を言うキリュウに訳が分からなかった太助だったが、
改めて気合を入れるように三人に言った。
「とにかく、無事に試練を終えよう!そんでもって美味しいものいっぱい食べようぜ!」
「おおお―――!!!」
「「お、おー!」」
ひときわ大きなルーアンの声、後に続くシャオとキリュウの声。
かくして四人は身構えるのであった。
それを遠くから見ていたヨウメイ。ますますうつむいてしまっている。
様子を見ていた花織、熱美、ゆかりんは急いでそこへ駆け出して行った。
「お、おい。三人ともどこ行くんだ?」
たかしの声にも振り向かず、三人とも一目散に駆けて行った。
三人が走ってくる音にパッと顔を上げるヨウメイ。その姿を確認して、驚きの表情となった。
「花織ちゃん、熱美ちゃん、ゆかりん・・・どうしたの?」
不思議そうな顔をするヨウメイに、まずやって来たゆかりんが告げる。
「これから試練を行うのは楊ちゃんだけなんでしょ。だから・・・。」
次にやって来た熱美も言う。
「一人よりはみんな居た方がいいんじゃないかって。だから傍に来たのよ。」
そして花織も言う。
「あんまり手伝えないかもしれないけど、それなりに頼りにしてよ。ね?」
戸惑っていたヨウメイだったが、やがてにこりとして統天書をめくり出した。
「ありがとう、三人とも。でも、傍に居てくれるだけで良いよ。
私は大丈夫だから。じっと見ていてね。」
そしてめくる手を止め、改めて太助達の方へ向いた。
花織達三人は頷き合ったかと思うと、ヨウメイの横に並ぶ。
ちょっと顔を上げたヨウメイだったが、少しばかりの笑いをこぼし、再び太助達に向いた。
「準備は良いですか!!?後約20分、休み無しでいきますからね!!」
「分かった!!ドーンと来い!!!」
四人を代表して叫ぶ太助。それに笑顔で答えるヨウメイであった。
一方見物客達(五人と星神達)は、いよいよという緊張感漂う顔でそれを見ていた。
「なるほどね。ヨウメイさんのみで試練を行うのですか。
なぜキリュウさんが離脱したのかは知れませんが、これはすごそうですね。」
と、出雲。なにやら今までとは違うような、そんな笑みを浮かべている。
「ルーアン先生。ヨウメイちゃんは試練に関してキリュウちゃんよりすごくないっていってたのに・・・。
一体どんなすごさな試練なんだろ・・・。」
不安げな顔の乎一郎。以前のルーアンの言葉を思い出し、頭が疑問に満ちているのだ。
そんな乎一郎の肩を、たかしがぽんと叩く。
「何も不安に成る事なんて無いさ。あの三人にキリュウちゃんが加わったんだ。
ちゃっちゃと終わって、めでたく試練を全て超えました、ってことになるよ。」
「たかしくん・・・。うん、そうだよね。」
少し笑顔で言葉を交わしている二人を横目で見る翔子に、那奈は声をかける。
「野村君の言う通りだよ。いくらヨウメイがすごいからって、あの三人には勝てないさ。」
「だと良いんだけどな。確かに試練に関してはキリュウの方が上だろうけど。
もしこれが、天罰とかだったりしたら・・・。ま、大丈夫、かな?」
話しているうちに少しばかり安心してきたのだろうか。
五人の顔に、少しばかりの安堵感が出てきたようである。
試練を行うヨウメイ達四人。といっても、実際に行うのはヨウメイのみだが。
他の三人はやはりヨウメイの横に並んでいる。
そしてヨウメイはゆっくり息を吸い込んだかと思うと、おもいっきり叫んだ。
「来れ、流彗星!」
今までと同じように、上空で無数の輝きが起こる。
そしてそれらが一斉に地面へと降り注いでくる。が、今度のそれらは並の大きさでは無かった。
全てが直径一キロ以上。太助めがけて落ちてきた。
「なるほどな。万象大乱!」
キリュウが扇を構えて落ちついて対処。
途端に、落ちてくる途中のものは全てが直径一メートルほどまでに小さくなった。
「よーし、これなら大丈夫!」
途端に交わす動きを始める太助。もちろん少しでも当たりそうになると・・・。
「来々、北斗七星!」
と、シャオが星神を呼び出してそれを粉砕。
更に、粉砕できなかったものは・・・。
「陽天心召来!」
と、ルーアンによって遠くへ飛ばされる。
三位一体ならぬ四位一体の行動により、それらを難なくかわして行った。
遠くから見ていた見物客達は“やっぱり・・・”という笑みを浮かべている。
そしてヨウメイ達4人は・・・。
「やっぱりあの三人がいたんじゃ、あんまり苦にならないってことね。」
「楊ちゃんどうするの?この程度じゃあ20分避けるなんて楽勝みたいだよ。」
「一人でも動きを封じる事ができれば、それなりにつらいのにね。」
黙っていたヨウメイは三人の意見を聞き、ふむふむと統天書をめくる。
もちろんその間にも流星は降り続いているが・・・。
「まずはキリュウさんからいこうか。来れ、炎流星!」
またもや上空に無数の輝きが起こる。そしてそれまで降っている彗星に交じってそれらは降ってきた。
ヨウメイの言う通り、炎の、高温の炎をまとっている流星である。
「げげっ!?まさか、ヨウメイのやつ・・・!!」
叫びながらも避けつづける太助。
太助には、なぜこんなものをヨウメイが降らせたかという事がよく分かっていた。
それはものの十秒もしないうちに他のメンバーにも伝わることとなる。
次第に試練場の気温が上昇する。それと共にキリュウはふらついてきた。
「あ、暑い・・・。くっ、ヨウメイ殿・・・。」
「キリュウさん!しっかり、しっかりしてください!」
シャオが声をかけるも、やはり熱に耐えきれずキリュウはダウンしてしまった。
手前の溶岩の試練での疲れも手伝ってか、我慢は無理の様だ。
つまり、この時点で三人で頑張る試練にはや変わり、というわけである。
が、キリュウの協力無しで巨大彗星の降りを防げるものでもなく・・・。
「ちょっとキリュウ―!!こうなったら・・・陽天心召来!!陽天心召来!!」
北斗七星が彗星を砕く前にルーアンが陽天心をかける。
それはゆっくりと太助の上に落ちて行き・・・。
「うわああ!!」
太助の叫びは彗星の落ちる“ズウウウン!”という音と共にかき消された。
あっという間にそこは流星の山と化す。
その後も次々と降って行く流彗星。と思ったら、ヨウメイはその時点で統天書を閉じた。
一瞬で消え失せる流星群。と、そこに彗星の下でうずくまっていた太助が姿を現した。
ルーアンの気転により、太助は上手い具合に流星が地面に触れていない間の所へ隠れる事ができたのである。
「ふう、なんとか助かった。一時はどうなる事かと思ったよ。」
体を起こす太助。あまりダメージは受けていない様だ。
「すごいですわ、ルーアンさん。」
「まったくだ。よくぞあの短い時間に・・・。」
賞賛の言葉をかけるシャオとキリュウに、ルーアンは少しばかり胸を張る。
「えっへん。まあ、あたしにとっちゃあこれくらいちょろいってことよ。」
調子に乗るルーアンに少しばかり苦笑いする太助。
もちろん、見物客達も“おおー!”と感心していた。中でも乎一郎は感激である。
「さっすがルーアン先生!いざって時に一番頼りになりますね―!!」
今にも飛び出して行きそうな乎一郎をひっつかまえているたかし。
“落ちつけ落ちつけ”と、必死でなだめてやっと止めている、という感じである。
他の三人は、それを笑いながら見ていただけであったが。
「すっごーい。あんな避け方もあったんだ―!」
感嘆の声を漏らすゆかりん。花織、熱美も同意見であった。
ヨウメイは少し笑みを浮かべていたかと思うと、再び統天書をめくり出した。
「とっさに思いついたとはなかなかやりますねえ・・・。
ではこんなのはいかが?来れ、砂流星!!!」
途端に辺りが暗くなる。どうやら分厚い雲が覆った様だ・・・という事ではない。
上空に無数の砂粒が出現したのだ。それらはもちろん太助めがけて落ちて行く。
『ズザザザザザアアア!!』
「いたたた!!こ、こんなの避けらんないよ―!!」
必死で逃げ惑う太助だったが、無意味な様だった。
砂が降り注いでいるのは一キロ四方。つまり避ける範囲全てである。
「これでは万象大乱など無意味だ。さすがだな・・・。」
感心するキリュウにシャオも続く。
「北斗七星を呼んでも意味無いし、瓠瓜は向こうで待機してるし・・・。」
更にはルーアンも悔しそうに呟いた。
「砂粒全部に陽天心なんかかけてられないし・・・。あ―ん、悔しい―!」
三人がそうこうしている間にも大量の砂粒は太助に降り注いでいる。
そのうちに太助の体力がゼロになるのも時間の問題であろう。
必死に痛みをこらえながら、太助はその場にうずくまっていた。
「そうだ!来々、軍南門!」
太助のポケットから巨大な人影が飛び出す。
軍南門、彼は太助の上に覆い被さる様に体を丸めた。
今までの試練では、危険になるために呼び出されてはいなかったのだ。
太助ならともかく、軍南門の体なら十分に耐えうるだろう。
「さっすがシャオ先輩!そうか、軍南門さんかあ・・・。」
花織が叫んだ所で、熱美とゆかりんもうんうんと頷いた。
それでもヨウメイは笑みを浮かべたまま。
砂の雨を降らせながら更に統天書をめくった。
「そっか、軍南門さんが居たんだった。それじゃあこんなのは?来れ、槍流星!!」
またもや光る上空。そして大量の槍の様に鋭くとがった流星が一斉に降ってきた!!
「ううっ!!」
と、苦しい叫び声を上げる軍南門。異常に気付いたキリュウは、シャオに軍南門を戻す様に言った。
「早く、シャオ殿!」
「は、はいっ!戻って、軍南門!」
そして支天輪へと戻される軍南門。その直後に槍流星が太助めがけて落ちてくる。
太助が何かをする前に、キリュウが素早く叫んだ。
「ルーアン殿、頼んだぞ!万象大乱!」
一瞬で槍のうちの一つがとてつもなく大きくなる。
と同時に、ルーアンはパッとひらめいた様に黒天筒を構えた。
「そうか!陽天心召来!」
意志を持った巨大な槍。それは思いっきり横に回転しながら太助の上にいち早くやってくる。
ヘリコプターのプロペラの様に回るそれは、後から後から降ってくるもの全てを弾き飛ばした。
「なるほど・・・さすがだな・・・。」
慌てるのも忘れて感心する太助。それに続いてルーアンが頭を掻きながら言う。
「あんたねえ、あたしがひらめかなかったらどうするつもりだったのよ。」
「それは心配無い。ルーアン殿は必ずひらめく、そう信じていたからな。」
落ちついて答えるキリュウにルーアンは少し顔を赤くする。
「ま、まあ、当然よね。おーっほっほっほ。」
その横ではシャオも笑顔を浮かべている。しばらくはそのまま休憩できそうだ。
「うーん、天晴れ!姉ちゃんは満足なり!」
芸風を変えた那奈。やはりそれと無しに翔子は突っ込む。
「那奈ねぇ・・・。それにしても見事な連携だよなあ。うん、すごい。」
「やはりさすがのヨウメイさんでもあの三人には勝てないってことでしょうかね。
これはもう先が見えましたね。無事終わりそうです。」
余裕の表情を浮かべる出雲と顔を見合わせて頷き合う翔子と那奈。
ちなみにたかしは、
「落ちつけって乎一郎!」
「落ちついてられないよ!ルーアンせんせーい!!さすがですー!!!」
と、張りきる乎一郎を必死に押さえているのであった。
「うまいなあ。よくとっさにあんな事思いつくよね。」
感心して声を上げる熱美に、ゆかりんと花織も頷く。
ヨウメイもそれに対してにこっと笑った。
が、すぐにくるっと向きを変えて今現在降っているものを消す。
「さてと、次はこれにしようか。来れ、水流星!!」
今度降ってきたのは水の塊。つまり、超大粒の雨だと考えれば分かりやすいだろう。
『バシャ!!』
「うわっ!こ、これって!?」
慌てていた太助達だが、その中にもしらけているのが一人。
「どういうつもりだ?これしきの雨、避けるまでもないような・・・。」
そう、キリュウだけは特に何もせずにボーっとしていたのであった。
そのキリュウの呟きのおかげかどうかは知らないが、
太助、シャオ、ルーアンも落ちついてその場にじっとしていた。
遠くからそんな様子を見ていた花織達。ちょっと疑問に思って口を開く。
「ねえ楊ちゃん、これってどんな意味があるの?」
「見た感じただの雨なんだけど・・・。」
花織と熱美の問いに、ヨウメイは黙ったままだった。次にゆかりんが言う。
「ひょっとして間違えちゃったとか?」
その声にびくっとなるヨウメイ。そして頭を掻きながら笑う。
「そうなの、あはははは・・・。」
大きな笑い声にやれやれとため息をつく三人。
もちろんそれは見物客達や太助達にも聞こえていた。
ため息をつくどころか、ものすごく呆れ顔になって居る。
当然だろう、手加減無しとか言っていてこれなのだから。
しばらく、バシャバシャという音だけが響く。雨は休まず降っているのだから。
それでも洪水になるほどではない。次々と地面ではじける雨粒は、
地面に染み込み、辺りを流れて川を作っていたもののその程度であった。
誰もが“なんだ、休憩のつもりか?”などと思ったとき、ヨウメイはくるっと試練場の方へ向いた。
「なあんて、う・そ♪来れ、絶対零度!!」
にこやかに笑顔を浮かべたかと思ったら急激に厳しい顔つきになって叫ぶ。
と、全ての雨粒は巨大な氷と化した。もちろん氷と化したのは雨粒だけではない。
試練場一キロ四方のものが全て凍りついたのである。
いきなりの事に気が動転する太助。しかも足元も凍り付いているのだから動けない。
もちろん寒いという時点でキリュウは動けなくなってしまった。
「き、キリュウさん!来々、北斗七星!」
太助が動けない以上、シャオが星神を呼び出して氷を砕くしかない。
しかし、それができるのは北斗七星のみという状態。当然限界が来る。
「陽天心召来!!」
そこでルーアンが頼りに。つまり、今現在動けるのは二人という状況だ。
「たくう!!なんてこった!!こんな策略だったとは・・・!!」
動けないで居る太助がくやしそうに歯ぎしりする。
本来なら太助が動いている上で三精霊に手伝ってもらうはずなのだが、
今回はその太助が動けないで居るのだから。
「さ、さむ・・・。くっ・・・油断した・・・。」
キリュウも悔しがりながらじっとして居るしかできなかった。
頑張ろうとは思うものの、ただでさえ寒がりな彼女が絶対零度の中動けるものではない。
他の三人ももちろんつらい。なんとか動ける、という程度であった・・・。
「絶対・・・零度お―!!?何考えてんだヨウメイのやつー!!!」
いきりたって走り出す那奈を慌てて止める翔子と出雲。
「離せよ、二人とも!!いくらなんでも死んじまうだろ―が!!」
「お、落ちつけって那奈ねぇ!行ったってなんにもできないって!!」
「そうですよ、おとなしく見てるしかありません!」
必死な三人のとなりで唖然としているのはたかしと乎一郎。
さすがに先ほどまでのゆったりは消えてしまった様だ。
「絶対零度・・・。俺の熱き魂でも勝てないかな・・・。」
「そりゃ無理だと思うけど・・・。」
様子が一転したのは当然見物客達のみならず、ヨウメイの傍に居る三人も同じだった。
「楊ちゃん、ちょっとやり過ぎなんじゃ・・・。」
「そうだよ。いくらなんでも七梨先輩達が死んじゃう。」
「絶対零度って、どんな物体も凍っちゃう温度なんでしょ?
そんなの使ったら、どうあがいたって・・・。」
しかしヨウメイは笑みを見せずにこう返した。
「大丈夫よ。ほんのちょっぴりだけ手加減してあるから。だから主様も完璧には凍ってないし。
さあてと、三人に問題よ。氷といえば何かな〜?」
いきなりクイズを出されてびくっとなる三人。
とりあえず熱美が恐る恐る答えた。
「氷といえば、水かな?」
「そのまんまじゃない。もっと違うものだよ。」
次にゆかりんがわざわざ挙手をして答える。
「氷といえば、南極?」
「あのね・・・。南極で何をしようって言うの。もっともっと違うもの。」
最後に花織。一歩前に出て腕組みしながら言う。
「もしかして、かき氷?」
「かき氷・・・。そっか、その手もあったな・・・。
正解はこれよ。来れ、氷柱!!」
途端に氷の塊が鋭くとがった氷柱に変わる。いわゆるさっきの槍流星みたいなものだ。
「性懲りもなくおんなじものを・・・って、キリュウ!動けないのー!!?」
ルーアンが素早く叫んだ時も、やはりキリュウはじっとしているしかできなかった。
二人だけというのは変わらないので、当然状況は悪化していると見たほうが良いだろう。
「えーい、陽天心召来!!」
手ごろな一つの氷柱に陽天心をかける。それを先ほどと同じようにくるくると回し始めた。
しかし、その氷柱はあまり丈夫でなく、十秒と経たぬうちに砕けてしまう。
「もいっちょ陽天心召来!!」
素早くルーアンが別のものに陽天心をかける。
シャオは北斗七星を支天輪に戻して待機。つまり今動いているのはルーアンのみだ。
「なかなか分かってるじゃない、シャオリン。
北斗七星で所構わず砕いてたんじゃ陽天心かける氷柱が無くなっちゃうものね。」
「でも、その分ルーアンさんが・・・。」
「その分頑張れば良いのよ!陽天心召来!」
幾度と無く太助の上空へと回りながらやってくる氷柱達。
太助としては驚愕の表情でそれを見ていた。
なんといっても、刺されば命は無い、というようなものがすぐ傍で砕かれているのだから・・・。
「氷か。とことんこだわるな・・・。」
ようやく落ちついた那奈の一言に頷く他の四人。
もちろん、ただ見ているだけであった。
一方、ヨウメイの傍に居る三人は先ほどのクイズに物言いがあるようだ。
「楊ちゃん、氷といえば氷柱なんて無理があるよ。そのまんまじゃない。」
「そうだよ、今の取り消し。」
「もっと別のものだったら良かったのに・・・。」
次々と文句を言って迫る三人に、ヨウメイは呆れ顔になって居た。
それでも、すぐにいつもの真剣な顔を取り戻す。
「もう良いでしょ。それより後五分で終わりなんだから。
さあてと、最後の仕上げ行こうか・・・。」
パタンと統天書を閉じて深く念じ始めるヨウメイ。
それと同時に、氷の降りが止んだ。しかしそれだけで地面の気温はそのまま。
もちろん、太助は凍り付いて動けないし、キリュウも凍えたままである。
「そろそろ来そうね、最後のやつが。気合入れないと!」
「でも、太助様とキリュウさんが動けない状態なんて・・・。」
心配そうに見るシャオもやはり身構える。とにかく後少しで終わりなのだから。
しばらくの後、ヨウメイはゆっくりと目を開けた。
そしておもむろに統天書を開く。
「来れ・・・天地崩壊!!」
「「「えええええっ!!!?」」」
ヨウメイが叫んだ後に叫ぶ花織、熱美、ゆかりん。
その直後、試練場が崩れ始めた。なんと空に向かって!
「う、うそおおおお!!?」
「ひえええええ!!!」
「きゃああああ!!!」
「うわああああ!!!」
次々と叫び声を上げる太助達。もちろん空へ昇って行く。今までに地面に降ったものを引きつれて。
たくさんの氷流星、氷柱、凍った地面等々・・・。
それらが遥か上空まで昇ったかと思うと、ヨウメイはばたんと統天書を閉じた。
「え?え?」
「太助様、くだってますわ!!」
呆然としている太助にシャオが呼びかける。
太助が周りを見たときには、一度上に昇った様々なもの達と一斉に落ちているところであった。
なぜか落ちるスピードは太助がややおそめ。当然他のものは太助めがけて落ちているわけであって・・・。
『ドカドカドカ!!』
「い、いたいいたい!!」
無数のかけらは容赦無く太助を襲う。
「来々、北斗七星!!」
慌てて北斗七星を呼び出すシャオ。しかし、なぜか北斗七星はそこに出ただけであった。
微動だにしないまま太助と一緒に落ちて行く格好となる。
「そんな・・・。みんな、どうしたの!?」
「シャオ殿・・・無理だ、ここでは・・・。」
震えながら喋るキリュウにはっとなるシャオ。
なんと、先ほどまでの絶対零度の空気がこの上空にまで及んでいるのだ。
しかもヨウメイは、意図的に北斗七星をねらい、その動きを封じたのである。
「また、私は何も・・・。」
がっくりとするシャオにキリュウもうなだれる。
最後の最後という時に何もできないで居るのだから。
「落ちこむな、二人とも!!要は俺が・・・いたたた!!」
「太助様!」
張り切って叫んだ太助だったが、物は容赦無く太助を襲う。
当然つかみ所の無い空中では避けようが無いのだから。
手前の試練の後に施してもらった術もここでは無意味だった。
「ルーアンさん、ルーアンさんはどうしたんですか!?」
先ほどから何も喋っていないルーアン。じっとしていた訳ではない、気絶しているのだ。
原因は下っている直後に太助が受けた沢山のかけら。
偶然にもルーアンの入っているポケットに当たってしまい、そのショックにより気絶しているのだった。
「くそっ、なんてことだ・・・。せめてこれ以上は・・・」
『ドガガガガガ!!』
「いてててて!!!」
次々と太助を襲う物達。実はこれらは偶然ではない。
ルーアンが気絶しているのも、執拗に太助を襲っているのもヨウメイの仕組んだものであった。
「楊ちゃん、これ以上何やろうっての?」
統天書を開きながら集中しているヨウメイに尋ねるゆかりん。
ヨウメイは振り向かずにそれに答えた。
「ちょっと操作をね。心配しなくてもこれが最後だから。
主様、しっかり耐えてくださいよ・・・。」
何やら真剣になっているその姿に、三人も真剣な顔になる。
太助達が昇って行った遥か上空を見つめ、ヨウメイを見つめ、無事を祈っていた。
「昇って行っちゃったな。あれが最後の試練・・・。」
上空を見つめてポツリと呟く翔子。那奈もそれに続く。
「天地崩壊とか言ってたな。もういいよ・・・。」
あきらめ気味に呟くその姿は、残りの三人にも影響した様だ。
試練などというレベルではない。そんな風に思えたのだから。
「あれ以上の試練があるというのなら見てみたいもんですね・・・。」
「まったくだ。とんでもないな・・・。」
「みんな、無事に帰ってくると良いけど・・・。」
なんだか五人とも疲れた様子である。
傍に待機していた星神達も、五人と同じような気持ちで空を眺めていた。
そんな沈黙した時間がゆったりと流れる。そろそろ五分、試練終了時間である。
ふと空を見上げるヨウメイ。それと共に、地上から昇って行ったもの全てが姿を見せた。
それらはばらばらとえぐれた地面を埋めてゆく。
まるで計算されたかのように、そこは元通りになっていった。
“ドカンドカン”という騒がしい音と共に・・・。そして、
「うわあ!!!」
という叫び声が上がる。と同時に、ヨウメイは素早く叫んだ。
「来れ、上昇気流!」
そしてその叫び声の主がふわっと浮き上がる。そしてゆっくりと地面に着地した。
それは太助。あの雨あられの攻撃を受けつづけ、なんとか耐えしのいだのである。
それでもダメージは相当なものである様だ。体のあちこちは見るも無残にぼろぼろである。
太助は、地面に降り立った事を確認して、ゆっくりと仰向けに倒れこんだ。
「試練終了!お疲れ様でしたー!!!」
叫ぶと同時に統天書を閉じ、素早く飛翔球を取り出すヨウメイ。
傍に居る三人を促し、一緒に乗って太助の元へと飛んで行った。
それと同時に、他の見物客達も駆け出す。休んでいた星神達も手伝われながら駆けて行った。
「七梨先輩、こんなにぼろぼろになって・・・。」
一番に駆け寄った花織が呟く。と、その後に続いた者達は、特に何も言えずに立っていた。
そんな皆の間を縫って、ヨウメイが一番近くに寄る。
「結局四人とも気絶かあ。ま、しょうがないよね。」
最初に仕掛けたくもの糸を解き、ポケットの中の三人を取り出すヨウメイ。
それを地面に並べて寝かせると、しゃがみこんで統天書を開けた。
「何をする気だ?ヨウメイ」
尋ねる翔子に、そのままの格好でヨウメイは答える。
「治療ですよ。起きるのを待ってるわけにはいきませんからね。」
それに納得する周りの面々。
「それにしてもまさか一日に二度も使う羽目になるとは・・・。
命の源となる生の力よ、彼の者の傷を癒す力となれ・・・万象復元!」
ぱあっと四人の体が光り輝き、全ての傷が見る見るうちに消え失せた。
いや、光ったのは四人だけではない。星神たちも含めてである。
そしてまず目を覚ます太助。
「こ、ここは・・・地面、だよな?」
体を起こしてきょろきょろとする太助。それに那奈ががばっと飛びついた。
「良くやった!無事試練は終わり、ほんと頑張ったよな。姉ちゃんはご機嫌だぞ!!」
みんなはそれを見ながら笑顔を浮かべていたが、飛びつき損ねた花織。
何やら悔しそうにそれを見ている。
次にシャオやルーアン、キリュウも目を覚ました。
サイズが小さいので飛びつくなんて真似は誰もしなかったが。
やがて万象大乱を唱えたキリュウと共にそれぞれが大きくなる。
「お疲れ様、シャオ!!」
「翔子さん・・・。」
シャオに飛びついたのは翔子。見事護衛役を果たしている。
「ルーアン先生、カッコ良かったです!!」
「ちょ、ちょっと、遠藤君・・・。」
ルーアンには乎一郎。恥ずかしさなどかけらも無いほどうれしそうだ。
「キリュウさん、お疲れ様でした!」
「楊ちゃんと一緒に、ほんとご苦労様です!」
「い、いや、その・・・。」
キリュウに飛びついたのはなぜか熱美とゆかりん。
もちろんそれに照れながらキリュウは言葉を少しばかり返すのだった。
周りでは星神達も喜びの顔で居る。とにかく、ようやく試練を終えたという感動でいっぱいだった。
騒いでいるみんなを制して、ヨウメイはゆっくりと告げた。
「ともかくここまで良く頑張りました。本当にお疲れ様。」
ぺこりと頭を下げるその姿を見て、慌ててキリュウは駆け寄った。
「済まぬな、ヨウメイ殿。途中からそなたに任せっきりになってしまった。
本来なら試練を行うのは私の役目のはずなのに・・・。」
そして頭を下げるキリュウ。しかしヨウメイは笑顔のままこう返した。
「気にしなくて良いですよ。久々にあんな力を使って、なかなかに楽しめました。
もちろん、この埋め合わせは後にきっちりとさせてもらいますよ。」
「分かった。」
頷くキリュウを押しのけて、翔子が前に出る。
「なあヨウメイ、気にしなくて良いとか言っておきながら埋め合わせを求めるのって変じゃないか?」
「いえいえ、キリュウさんの私的な事に私がお手伝いさせてもらいますよ、という事ですよ。」
それを聞いてキリュウを見る面々。キリュウはそれに軽く頷いた。
「もっとも、それは明日になるだろう。ヨウメイ殿、無理はするな。」
再びヨウメイを見る面々。目がとろんとし、足元がふらついているのが見て取れた。
「ええ、また、明日。・・・花織ちゃん、
帰りは・・・ちゃんと・・・操作・・・おね・・・がい・・・。」
それだけ言って、ヨウメイは花織の方へと倒れこんだ。
それを慌てて受け止める花織。そして寝息を立てるヨウメイ。
「よほど疲れたんだね。また晩御飯の時にでもお話しようっと。」
一緒に頷く熱美とゆかりんだったが、それを否定するようにキリュウが言う。
「おそらく無理だ。あれだけ連続して力を使い、更には治療の力まで。
次に目が覚めるのは次の日、つまり明日になるだろう。」
“ええっ?”となる花織達。改めてヨウメイを見てため息をつくのであった。
「頑張ったな、ヨウメイのやつ。シャオ、星神達も元に戻さないと。」
「あ、そうですね。それじゃあ皆、お疲れ様でした。支天輪に戻って。」
シャオが支天輪を構えると同時に、星神達は次々と支天輪へと帰って行く。
残ったのは軒轅、瓠瓜、そして星神以外のメンバーのみとなった。
「それじゃあ帰ろうぜ。積もる話はまた後でって事で。」
太助の声に頷く皆。それぞれ来た時と同じように飛ぶ乗り物に乗る。
軒轅、陽天心竿、短天扇、そして飛翔球である。
「そうか、操作ってこれの事だったんだね。」
「花織ってば気付いてなかったの?前に学校で花織が素早く操って逃げたじゃない。
その時の事を思い出して、楊ちゃんは花織に任せたんだと思うよ。」
「そうそう。しっかり頼んだよ、花織。」
ヨウメイを飛翔球の上に寝かせた熱美とゆかりんに言われ、花織も気合を入れる。
「それじゃあ七梨先輩の家へ向かってしゅっぱーつ!!」
花織の声を合図に、皆は一斉に飛び立った。
とりあえず、帰る直前で納得のいかない顔で居るものが一名。それはキリュウだ。
「どうしたんだよ、キリュウ。まだ試練がやり足りないとか?」
「そうではない。試練の後片付けをしないまま帰るのはどうかと・・・」
「さあって、今晩のおかずは何かな〜!!」
遮る様に那奈が叫ぶ。一緒になって、翔子と出雲も叫び出した。
後片付けというのは、とにかく原型をとどめていない大地の事だろう。
それをするのは当然見物客としてずっと居た五名に他ならない。
ということで、それを免れるために慌ててごまかした那奈達であった。
その甲斐あってか、別に深く突っ込まれる事も無く、その地域から離れて行った。
それとは別に軒轅に乗っているシャオと太助。
疲れも手伝ってか、行きの時と同じようにお喋りはしていない。
それでも、ゆったりとするには十分であっただろう。
「疲れただろう、シャオ。夕飯は俺が作るからさ。」
「そんな、太助様の方こそ疲れてるはずです。ゆっくり休んでてくださいよ。」
のんびりと会話を交わす二人。
それはやはりたかしには面白くないらしい。歯ぎしりをしながら遠くから睨んでいる。
「くっそおお。太助のやつ、帰るときくらいは遠慮しろよ。」
呆れ顔で見ていた乎一郎はそれに突っ込む。
「たかし君がわざわざ作ってきたくじ引きで決まった席なんだから。
それこそたかし君の責任じゃないか。」
ぐっとなるたかし。更にルーアンが言う。
「ほんと、あんたって使えないわねえ。試練の時もほとんど応援サボってたし。」
「な、何を根拠にそんな事を!」
「あーら、気絶なんてむかつく行為をしてたのはどこの誰かしら?
しかもヨウメイの試練を受けて立つといいながら投げ出して。どう?何か言いたい事は?」
またもやぐっとなるたかし。今度は黙り込んでしまった。
後ろの方でそんなやりとりが交わされているとも知らない花織達。
調子に乗って絨毯のスピードを速めていた。
「ちょっと花織〜!もうちょっとスピード落としてよ―!」
「こんなスピードじゃ危ないって―!」
熱美とゆかりんの呼びかけにも花織は動じない。
相変わらずのスピードのまま空を飛んでいた。
当然後ろのメンバーもそれについていくくらいのスピードで飛ぶ。
そんなこんなで、夕方五時くらいには七梨家の前に到着したのであった。