小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


「なんだか自信たっぷりだよなあ。太助に加えてシャオとルーアンが一緒だってのに。」
「それにしても、キリュウとヨウメイが一緒に高らかに笑ってる姿なんて初めて見たぜ。」
「今更だけど、すっかり仲がいいって感じだよね。その分手強いだろうけど。」
「乎一郎、手強いどころか十分過ぎるくらい強いぜ。なんたって隕石だぜ、隕石。」
「さあって、どんな願い事しよっかな・・・。」
「花織、あんたまだそんな事・・・。」
「無駄だよ、ゆかりん。どうやらいつもの乙女モードみたい。
それより出雲さん、雹ですんでほんとに良かったですね。」
「まったくです。太助君、しっかりシャオさんを守ってくださいよ・・・。」
それぞれが率直な感想を述べる。
が、いよいよ試練を始めようという時に、ヨウメイはとたたっと太助の方へ駆け出して行った。
しかも笑いながら。もちろんキリュウもずっと笑っていた。
「・・・なんだよ、ヨウメイ。なんか用か?」
「いえ・・・うふふ。ちょっとね、あははは・・・。細工を・・・ははははは!」
喋ろうとするも途絶え途絶えである。たまらずルーアンがポケットから叫んだ。
「あんたね、笑うか喋るかどっちかにしなさいよ!」
そこでようやくヨウメイが落ち着き始める。
笑い過ぎによってこぼれた涙を指で拭いながら、統天書をめくり出した。
「二人がポケットから落ちないようにね。来れ、くもの糸!」
一瞬にして、シャオとルーアンの体に糸が張る。
それは太助のポケットの内側と複雑に絡み合っていた。
「これで大丈夫のはずです。それじゃ。・・・あはははは。」
走り去りながらも笑うヨウメイ。
太助達三人は、唖然としながら、そして更に怒りをおぼえてそれを見送った。
とにかく、それでようやく全てが整ったようである。
笑いを止めてキリュウとヨウメイがそれぞれ道具を構える。
太助、シャオ、ルーアンが身構える。
見物客達は真剣な目つきでそれを見る。
そして、本日最後の試練が開始された・・・。

「では早速。来れ、隕石!」
ヨウメイが叫ぶと同時に、遥か上空がぴかっと光る。
そして・・・、
『ヒュウウウウ・・・・ドオーン!!』
と、隕石が落ちてきた。
当然太助はそれを難なくかわしている。シャオとルーアンの力を借りるまでも無いようだ。
「お見事!ふむ、なかなかの反射神経・・・うぷぷぷ。」
適当に誉めたかと思うと笑い出したキリュウ。
「駄目ですよ、キリュウさん。・・・あはははは!」
なだめ役になったヨウメイも一緒に笑い出した。
むっとしている太助。そこで翔子が立ちあがる。
「おまえら!何がおかしいんだよ!!真面目に試練やれよ!!」
言われて笑いを徐々に止めてゆく二人。そしてヨウメイは統天書を開けた。
「まじめにやっりま〜す。来ったれー、隕石♪」
弾むような感じで隕石を呼ぶヨウメイ。今度はキリュウも唱えた。
『ヒュウウウウ・・』
「ふむ・・・万象大乱!」
『ヒュウウウ・・・こすっ。』
今度は隕石は情けない音を立てて地面に落ちた。
キリュウは大きくしたのではない。砂粒ほどに小さくしたのである。
唖然としてそれを見つめる太助。しばらくしてキリュウの方を“きっ”と睨んだ。
「なんのつもりだ・・・。やる気あんのかよ!!」
するとキリュウは笑いながらこう言った。
「ちょっと間違えただけだ。気にされるな。くっ、あはははは。」
ますます怒りが込み上げてくる太助。しかし言い返さずに立ったままで居た。
見物客のほとんどが、呆れ顔と怒り顔が入り混じった顔になっている。
ただ一人花織は、“ああ〜、お願い事言えなかった〜”とか言って悔しがっていた。
そしてしばらくそのまま時が流れる。
あいも変わらずキリュウとヨウメイは笑い続けている。
そう。さっきの隕石からどちらもなんにもしていないのである。
痺れを切らした太助が二人に向かって叫ぶ。
「おい、さっさと次やれよ!たった二発で終わりなわけないだろ!」
するとヨウメイはぴたっと笑いを止めて言った。
「少し休憩なさってはいかがですか?お疲れでしょう?」
そして再び笑い出す。つられてキリュウも、更に激しく笑い出した。
わなわなと震える太助。もはや我慢の限界のようである。
もちろん、ポケットの中で待機しているシャオとルーアンも。

「まったくどういうつもりなんだ?あいつら試練やる気あんのか?」
那奈が忌々しそうに呟く。さっきから全然大した事の無い試練にかなりの不満があるようだ。
「ないんじゃねーの?たく、シャオやルーアン先生まで連れ出して・・・。」
と、翔子。先ほどの叫びもほぼ無視されたようなものだから、不機嫌極まりなくて不思議は無かった。
「隕石ったって全然大した事無いじゃん。あれくらいなら俺だって・・・。」
「ちょっと、たかし君。」
わざわざ大声で言うたかしに乎一郎がそれとなく諭す。
しかし突っ込みは一つも入らなかった。皆、たかしと同意見のようである。
「野村君の言う通りですね。私の雹の方がよほど苦しかったですよ。」
出雲の意見に、熱美とゆかりんも頷く。
「そうですよね。全然すごくないしキリュウさんもやる気ないみたいだし。」
「なあんだあ。花織が余裕で要る理由がわかったわ。」
チラッと花織の方を見る熱美。
「次の流れ星まだかな〜。」
と、のんきに空を眺めている花織であった。
それを見た皆はだるくなったのか、自分達も同じ行動をしてやろうと、空を眺め出した。
そんな折、太助がヨウメイに向かって催促する。
「早く次やれよ!!いつまで待たせるんだ!!」
するとヨウメイはごろんと横になった。キリュウも傍にしゃがみこむ。
「慌てない慌てない。終了一分前くらいになったら起きますから。
じゃあお休みなさーい。」
寝息を立て始めたヨウメイ。太助が何か言う前に、キリュウが口を開いた。
「私も眠る。目覚ましは仕掛けぬから適当に起こすように。では・・・。」
そしてキリュウも座ったまま眠り出した。
それでとうとう、太助の堪忍袋の尾が切れたらしい。
必要以上な大声で、二人におもいっきり怒鳴る。(もちろん、シャオとルーアンの分まで)
「いいかげんにしろ!!おまえら、試練とかなんとか言って、やるのがいやになったんだろ!!
ふざけんな!!!あれだけ大口叩いといてなに寝てやがるんだ!!もう怒った!!
おまえら二人とも帰れ!!今すぐにだ!!!!」
叫びおわって、“はあ、はあ”と荒い息をする太助。
見物客達は無言のままそれを見ているしか出来なかった。

しばらく沈黙の時が流れる。と、ヨウメイがぱちっと目を空け、むくっと起きあがった。
当然キリュウも一緒になって立ちあがる。
そして、深刻そうな表情を浮かべたかと思うと、ヨウメイはにこっと笑った。
「何がおかしいんだよ!!」
再度大声で叫ぶ太助。しかしヨウメイは笑うことなく、ゆっくりと統天書を開けた。
「ようやく言ってくれましたね、そのセリフ。
面倒な封印作っちゃったなあ。ねえ、キリュウさん?」
「まったくだ。私にはそんなものを作る意図がわからぬ。
まあ、これでようやく本格的に試練を行えるというものだな。」
さっきまでとはまったく別の、不敵な笑みを浮かべる二人。
たじろいだ太助だったが、それに臆することなく叫んだ。
「封印だって!?一体なんの事だよ!!それに、今までは本気じゃなかったってのか!?」
それに答えるのはキリュウ。相変わらず短天扇を構えたままである。
「主殿にある言葉を言ってもらう必要があったのでな。
それでわざわざああいう態度を取ったのだ。
私は演技は上手くないが、みんなそれなりに引っかかってくれたな。
まあとにかく、ここからが試練の本領発揮という事だ。三人とも、くれぐれも油断されるな。
ヨウメイ殿、そして私が試練のみを徹底して行う為、命の保障はしかねる。
普段の力を十二分に発揮し、必ず生きてこの試練を超えられよ。」
言い終わったところで、ヨウメイがめくり終えたらしい。
ゆっくりと顔を上げてキリュウに告げる。
「準備は整いましたよ、キリュウさん。」
「では、始めようか・・・。」
冷酷という表現をしたくなるほど恐ろしい顔でこちらを見る二人に、太助は素早く身構えた。
「ねえたー様、今のキリュウの話、どう思うの?」
「今まではお遊びだったということなんですか?」
ポケットの中から喋ってくる小さな精霊二人に、太助は冷や汗を流しながら答えた。
「本当だろうな。油断すると、間違い無く、殺される!!」
「「!!!!」」
太助の“殺される”という言葉に、シャオとルーアンもそれぞれの道具で身構える。
いつ何が来ても良いように、準備万端の姿勢で。
見物客達は・・・意外な展開に果てしなく固くなっていた。
花織だけはあいも変わらず流れ星を期待していたが。

「では。来れ、流星!!」
「万象大乱!!」
遥か上空、無数の輝きが見えたかと思うと、それらは一斉に地上に降ってきた。
しかも一つ一つが太助の体くらいの大きさである。
それらを確認した太助は、うろたえながらも素早く動いて避け始める。
『ドカーン!!ドカーン!!ドドドドド!!』
最初の隕石の時などとは比べ物にならないくらい、次々と地上で爆発が起こる。
『ヒュウウウウ』
「うわあっ!」
バランスを崩し、一つを避けそこないかける太助。と、その時・・・!
「来々、車騎!」
『チュドオオン!!』
シャオが車騎を呼び出し、その砲撃によって隕石をこなごなに粉砕した。
役目を終えてすぐ、車騎は支天輪に戻される。
なんと言っても、ずっと出しておけるほどこの場は安全ではないのだから。
「陽天心召来!」
またまた太助に当たりかけた隕石に陽天心をかけるルーアン。
意志を持ったそれは、宙を描きながら他の隕石とぶち当たって砕け散った。
そんなこんなで必死に逃げ惑う三人。(正確には太助)
そんな光景を見て、もはやなにも口に出せない見物客達。
翔子と那奈は大きく口をあけたまま固まっているし、
たかし、乎一郎、出雲はひきつった笑いを浮かべた顔のまま硬直。
花織は頑張ってお願い事を言っているが、
熱美とゆかりんはお互いに抱き合って震えていた。
そして嵐とも呼べるべき出来事がようやく収まった。
ヨウメイが呼び出した流星が、全て地上へと激突したのである。
“ふう、ふう”と荒い息をしながら地面へとへたり込んでいる太助。
シャオ、そしてルーアンも同じように激しく息をしていた。
三人の様子をチラッと見たヨウメイが何気なしに呟く。
「所要時間は約三分。後十回は軽く呼べそうですね。」
その声に“げげっ!?”という顔をする太助達。
そんな事はお構いなしに、キリュウは大きな声で呼びかけた。
「休んでいる暇は無いぞ。すぐにでも第二段を行う。
なんと言っても時間は一時間しかないのだからな。休憩しながらという意見は却下だ。
さあ主殿、立ちあがられよ!」
なんとか立ちあがる太助。しかし先ほどまでの余裕はない。
シャオとルーアンに助けてもらわないとこの試練は超えられない。
そう確信している所為もあってか、少しばかり気重である。
「太助様、次も頑張りましょう!」
「大船に乗った気でって訳にはいかないかもしれないけど、それなりに頼りにしてよ!」
二人の笑顔を伴った声に、太助はちょっぴり元気を取り戻した。
(そうだ、今は三人で試練を越えようとしてるんだ。
俺が弱気になってどうするんだ。二人を守らなくっちゃ!)
少しばかりうつむいて、ポケットの中の二人に微笑む太助。
「よし、次も見事避け切ってやろう!」
「「おーっ!」」
三人のやり取りを遠くから見て、少しばかり笑みを浮かべるキリュウとヨウメイ。
「ふふ、面白くなってきましたよ。ようやく向こうも本気になり始めた様子。」
「無事に試練を超えて欲しいものだ。では次、ゆくぞ。」
再び構えるキリュウとヨウメイ。それに太助達が反応した瞬間、二人は叫んだ。
「来れ、彗星!」
「万象大乱!」
今度は上空の方でぴかっと一つのものが光る。
と、それはあっという間に巨大な姿を見せ、太助めがけて落ちてきた。
大きさは直径一キロは軽くある、全てを飲み込む勢いである。
「うそ・・・。あんなのどうやって避けろってんだー!!」
「シャオリン、あたしが陽天心をかけて時間を稼ぐから、その間に破壊して!」
「は、はい!」
身動き一つ出来ない太助(しても無駄なのが分かっているから)
のポケットで二人の精霊が相談する。そして道具を構えた。
「陽天心召来!」
「来々、北斗七星!」
彗星の動きが途端に鈍くなり、その隙をめがけて北斗七星が飛び出した。
『ドゴオオオオオン!!!』
勢いよく音がしたかと思うと、彗星が真っ二つに割れる。
彗星を貫いた北斗七星が空中で旋回する姿を見た太助。急いで安全そうな位置に立つ。
その間に、北斗七星はもう一度彗星を貫いた。ぱらぱらと落ちる破片。
そして彗星は最初の四分の一ほどの大きさになった。つまり四分割である。
「ふむ、なかなかの破壊力。さすがは最強の攻撃用星神ですね。
一度お手合わせ願おうっかな。」
「やめておけ、ヨウメイ殿。それにしてもこの程度では参らないようだな。さすがだ。」
割れて割れてだんだんとそれぞれが小さくなってゆく彗星。
そしてゆっくりと地上に落ちる。太助はそれらを難なくかわし、無事にいることが出来た。
“ズウウウン”と音を立てて次々と落ちる彗星のかけら。
役目を終えた北斗七星は支天輪に戻り、ルーアンも陽天心を解いた。
「ふう、ありがとう、シャオ、ルーアン。」
「なに言ってんの。たー様がちゃんと避けているからこうして無事なのよ。」
「そうですわ。とにかく今は三人で、なんです。」
「そうだったな。よし、この調子で!」
再度気合を入れる三人。その様子に、やはり笑顔を浮かべるキリュウとヨウメイであった。

「すごい・・・。」
ようやく声を上げた見物客。それは那奈だった。
一歩間違えればどころか、ものすごく危険な状況、
例えば戦場から無事帰還したような太助、そんな印象であった。
「これが最後の試練・・・。さすがに最後にふさわしいな・・・。」
那奈に続いて翔子も口を開いた。呟かずにはいられない、そんな様子だ。
そしてみんなの間に緊張が漂う。とその時、
「今のおっきかったですねえ。これならお願い事かなうかも。」
と、のんきな声を上げる花織。
その声に反応し、ゆかりんはすぐさま花織に詰め寄った。
「花織!まだそんなのんきな事言ってるの!?彗星だよ、彗星!!
七梨先輩達、かなり危なかったんだから!!」
結構それなりに余裕で避けた太助達であったが、見物客達には当然そうは見えなかった。
必死なゆかりんに、花織は目をぱちくりさせる。
「危ないったって、キリュウさんが当たる直前でちっちゃくしてたりするんでしょ?
さっきの流星だって、楊ちゃんがちゃんと計算してるじゃない。」
その言葉に“ええっ?”となる面々。急いで熱美が説明を始めた。
「花織、楊ちゃんとキリュウさんの話聞いてなかったの?
二人は本気なんだよ。それこそ、七梨先輩達が失敗すれば命を落とすって・・・。」
それにもきょとんとしている花織。まだよく分かっていないようだ。
「花織ちゃん、遊びじゃないんだよ。命をかけた試練なんだ。
シャオちゃんとルーアン先生がついてなかったら、太助は今ごろ死んでるよ。」
更なるたかしの説明で、ようやく花織は震え出した。今までの出来事を全て理解したらしい。
「そんな。それじゃああたしがのんきに願い事をしている時に七梨先輩は必死で・・・。」
「やっと気付いたんだね、花織。乙女チックになるのもほどほどにしようね。」
「ずいぶん余裕だなあと思っていたら、やっぱり気付いてなかったんだ・・・。」
熱美とゆかりんの言葉を聞いて、がばっと二人に抱き着いて泣き出す花織。
自分の知らなかった恐怖、そして太助に済まないという念でいっぱいの心で。
二人はそんな花織の頭を“よしよし”と撫でてやった。
一部始終を見ていた出雲は、話をそらすように試練場を見つめる。
「あれだけすごいものをやったのに、二人はまだまだ本気を出してないようにも見えます。
ひょっとしたらもっとすごい試練を隠しているのかも・・・。」
出雲の声に、皆は一斉に試練場の方へ注目した。

さっきの彗星から、まだ二人は動いていない。
と思ったら、ゆっくりとヨウメイが喋り出した。
「主様、シャオリンさん、ルーアンさん。
お分かりと思いますが、数が多いのは流星、大きいのは彗星。
とまあ、私はこう区別して呼ぶことにしてるんです。
次は先ほどの様にはいきませんから。しっかり構えててくださいね。」
悠然としたその態度からは何らしかの威圧感さえ感じる。
一緒に構えるキリュウを見て、太助達も構えの態勢を取った。
「よろしい。では・・・来れ、流星・・・流星!!」
なぜか二回流星と叫んだヨウメイ。その後に少し遅れてキリュウが叫んだ。
「万象・・・大乱!!」
そして遥か上空。無数の流れ星が出現する。
さっきと同じようにそれらは次々と地上へ降り注ぐ・・・。
「うおおお!!」
『ドオオオン!!』
「来々、北斗七星!!」
『ドゴオオオン!!』
「陽天心召来!!」
『ズガアアアン!!』
必至に逃げ、落ちてくる流星を避ける太助。
星神を懸命に呼び出して太助に当たりかけるそれを打ち砕くシャオ。
シャオが防ぎきれなかったそれらに陽天心をかけて吹っ飛ばすルーアン。
まるで戦争でもしているかの様な、そんな三位一体の攻防が続く。

「すげえ・・・。」
再び那奈が呟く。もはや見ていられる状況ではないのだが、しっかりと目を見開いていた。
花織、熱美、ゆかりんの三人はとっくに目を伏せている。
その傍でそれなりに元気付けている出雲、たかし、乎一郎。
それでも、その三人も時には目を伏せずにいられなかった。
「これを一時間中避けきろってか。普通じゃあ絶対無理な試練だよ、まったく・・・。」
「それでも避けてる太助もすごいぞ。もちろんあの二人の力があってこそだけど。」
もはや試練をしっかり見ているのは那奈と翔子の二人だけのようである。
沈黙と驚愕が漂う見物席では、時間の流れは果てしなく長く感じられた。
それでも、そろそろこれは終わりそうかという時間になろうとしている・・・。
しかし今回は、先ほどまでの様にあっさり終わらない。
五分と続いても、まだまだ流星が空から降ってくるのである。
「はあ、はあ。・・・くっそー!!」
太助の反射神経が少し鈍ってきたみたいだ。危うく当たりそうになったりよろめいたり。
「くっ、来々、天鶏!」
シャオも星神を呼び出すのにひと苦労である。
一つの星神で一つの流星を砕いている間に、間髪入れず更に流星が降ってくる。
別の星神をどんどん呼び出して、まさにパニック状態に近いものがあった。
「陽天心召来!陽天心召来!陽天心召来!!」
最後の砦とも言えるべきルーアン。一番苦しいのは彼女であった。
太助が避けそこね、シャオが砕き損ねた流星全てに陽天心をかけているのだから。
最初はそれほど無かったのだが、時間が経つにつれ徐々にそれが多くなっている。
太助とシャオの疲れにより、ルーアンの疲れもそれ以上に増大しているのだ。
とにかくルーアンが失敗すれば太助の命はない。
そういうプレッシャーもあってか、ルーアンはとにかく必死になって頑張っているのである。
「陽天心召来!陽天心召来!くうう・・・陽天心召来!!」
流星それぞれがかなりの大きさ、そしてそれらが雨あられの様に降っている。
あちこちで“ドオオオン!!”とか“チュドオオオン!!”とか“ズガアアアン!!”
という爆音が休まずに鳴り続ける。
やがて時が経ち、最後の音が鳴り響いたかと思うとそこで流星の降りは終わりを告げた。
所要時間約十分。短い様に思えて、生死を分ける時間だったのはいうまでもない。
キリュウとヨウメイは静かに立ったまま流星が降った辺りを見つめていた。
見物客達も顔を上げて同じところを見る。
もうもうと立ちこめる土煙がゆっくりと晴れると、そこに息もたえだえの太助が立っていた。
それと同時に、あちこちで倒れている星神の姿も見える。
シャオ、そしてルーアンも、かなりの疲れを背負っている様であった。
「シャオリンさん、倒れている星神を支天輪に戻してください。」
「それは・・・ちょっと・・・。」
ヨウメイの呼びかけに申し訳なさそうに答えるシャオ。
ほとんどがかなりの大怪我を負っているため、治療を施さなければならないのだ。
“仕方ない”とヨウメイは首を横に振ると、統天書の別のページを開けた。
「来れ、強風!」
辺りに強烈な風が吹き荒れる。それと同時に、倒れている星神たち全てが見物客の方へと運ばれた。
それに飛ばされなかったのはまだ頑張れる星神、北斗七星のみである。
「あとで治療いたしますからご心配なく。それでは再開しましょう。」
そして元のページを開くヨウメイ。キリュウもそれと同時に短天扇を構える。
太助はうつろな表情で身構えた。シャオも北斗七星を支天輪に戻して構える。
ルーアンもなんとか体を起こして黒天筒を前に構えた。
三人の様子を確認したところで次なる行動に移ろうとしたヨウメイだったが・・・。
「ちょっと待った―!」
と、翔子が立ちあがったため、そちらの方を向いた。
「なんですか、山野辺さん。話ならあとにしてください。」
「少しは休ませろって!すぐにやると命にかかわるよ!」
するとキリュウがじろりと翔子を睨む。
「翔子殿、休憩は無しという約束なのだ。邪魔はしないでもらおう!」
たじろいだ翔子が更に言いかけた時、太助が大声で叫ぶ。
「山野辺、俺なら大丈夫だ!もちろんシャオとルーアンは大丈夫じゃないかもしれないけど、
俺がしっかり避ければいいって事なんだ。だからおとなしく見ててくれ!」
なんだかしっかりしている太助に翔子は少し戸惑う。すると那奈が、
「太助がああ言ってることなんだし、おとなしく見てよう。なあに、大丈夫さ、きっと・・・。」
と、翔子の腕を引っ張って座らせた。他の皆も翔子の顔を見て頷きかける。
自分たちはとりあえず見物客なのだから、必要以上に口出しは出来ないのである。
皆がおとなしく位置についたことを確認し、ヨウメイは力強く叫んだ。
「来れ・・・氷流星!」
「万象・・・なんだと!?」
ヨウメイの言葉にためらったキリュウ。どうやら予想外のものだった様だ。
そして数秒後、空から大量の氷のつぶてが降ってきた。
しかしそれほど大きさはない。どれもこれも握りこぶしくらいの大きさ。
それでも当たると命にかかわるのは変わりないが・・・。
「よっ!はっ!」
疲れを振り切ってリズミカルな動きでそれらを避けている太助。
この調子だと、シャオやルーアンの助けは要らない様である。
「ちょっと、キリュウさん・・・。」
「す、すまぬ。万象大乱!!」
ヨウメイにじと目で睨まれて、キリュウは慌てて万象大乱を唱えた。
流星のいくつかは大きく成ったものの、あまり避けるのに苦労はしなさそうである。
と思ったら、だんだんと太助の動きが鈍くなってきた。
「どうしたの、たー様。もう疲れちゃったの?」
「いや、なんだか寒いような・・・。」
「そういえばさっきから息が真っ白ですわ。」
そう、いつのまにか辺りは一面氷で覆われているほど真っ白である。
どうやら、氷の属性を持つ流星のようだ。
「別の意味ですごいよね。氷の塊を降らせてるみたいなもんでしょ。」
「でもゆかりん、あんまり大変そうじゃないよね。七梨先輩全部避けてるよ。」
「さすが。あんなの先輩にとっちゃあ楽勝ってことですね。
ああ、七梨先輩素敵ですう〜。」
乙女モードに入りかけた花織に出雲が呼びかける。
「何を言ってるんですか、かなりつらそうですよ。
多分あの辺りの気温はとてつもなく低いんでしょうねえ。」
「そうか、それで太助君の動きがだんだん鈍くなってきているんだ。」
それを聞いたたかし。何やら遠い目をして喋り出した。
「俺の熱き魂であれくらい解かせるようにならないとな。
よし、今度はこの試練をやってもらおうか・・・。」
ちょっと意外な言葉にぽかんとする他の面々。
それを破って翔子が口を開いた。
「おまえにそんなの出来るわけないだろ。常識で考えろって。」
「山野辺、そんな事は無いぞ。俺だって試練を受けつづければそれくらい・・・。」
再び遠い目をしだしたたかし。みんなはそれをあえて無視する事にした。
まともに相手をしてもキリがなさそうに思えたから・・・。
改めて氷流星を避けている太助に目をやる見物客達。
その辺りで流星が止んだ。どうやら全て降り尽したようである。
「終わっちゃった・・・。駄目じゃないですかキリュウさん。
ちゃんと参加してもらわなくては困ります。天鶏さんが居ない今、絶好のチャンスだったのに。」
「す、すまぬ。しかし、先に炎ではなかったのか?」
「・・・そんな事くらいでいちいちためらわないでくださいよ。もう・・・。」
あきれて頭を掻くヨウメイにキリュウが少しばかり頭を下げる。
今回は予定外の結果に終わった様だ。それでも、太助達には十分だった。
とにかくこの件でものすごく気温が下がり、じっとしているなんて無理なほどだったから。
「さ、寒い・・・。一緒に寒さに耐えろって事なのか?」
「太助様、私、なんだか眠い・・・。」
「シャオリン!寝ちゃ駄目、凍死しちゃうわよ!」
ルーアンが必死になってシャオに呼びかける。
しばらくボーっとしていたものの、シャオはなんとか意識をはっきりさせた。
確かにルーアンの言う通り、眠ってしまえば凍死しかねないほどの寒さである。
と、そんな三人のいざこざを見ていたヨウメイが叫んだ。
「ここで休憩にしますよ〜!ちなみにそこの気温は氷点下五十℃です。
凍死しないように頑張って休憩してくださいね〜。そうだ、キリュウさんもご一緒にどうぞ。」
「い、いや、遠慮する・・・。」
一つ身震いしてキリュウは短天扇をたたんだ。
寒さが苦手なキリュウにとっては、氷点下など耐えられるものではないだろう。
しかし太助はそんなヨウメイの言葉を拒否するかのようにおもいっきり叫んだ。
「休憩は無しって言ったじゃないか!さっさと次行こうぜ!!」
両手を体に回しながら懸命に震えている太助。
それはポケットの中のシャオとルーアンも例外ではなかったが。
太助の声に続いて、見物席からもそういう声が起こる。
「休憩なんかしてる暇があったら別の試練しろー!」
と、翔子。
「楊ちゃん、早くお星様の試練やろう。そのための一時間なんでしょ?」
と、花織。
「ヨウメイちゃん、ああいう試練は俺にでもやってくれ!という訳で早く!」
と、たかし。
それをきっかけにわいわいと皆は騒ぎ始めた。
寒さに震えている三人を気遣っての行動の様だ。
するとヨウメイはそれには口で答えず、無言のまま統天書をめくった。
「何をする気だ?ヨウメイ殿。」
「散らかってるでしょ。というわけでお掃除です。来れ、強風!!」
突如試練場に強い風が吹き荒れる。
それは辺りに落ちていた流星のかけらをあっという間に押し流し・・・。
数十秒の後にそこはすっかりきれいになった。
太助はいきなりの風に吹き飛ばされること無く、なんとかそこに立っていた。
しかし、それとは別の障害が一つ・・・。
「ざ・・・ざ、むい・・・。が・・・。」
そう、冷気を一斉に浴びたものだからほとんど凍っている状態である。
この様子では、次なる流星を避ける事などほとんど無理の様だ。
「太助様、しっかりしてください!」
シャオの呼びかけにも太助は微動だにしない。もはや呼びかけだけで動ける状態ではない。
凍りついた体を温めるとかしないと駄目の様だ。
「ふーむ・・・。た〜様あ、動いてくれたらあ〜んな事やこ〜んな事してあげるう〜。」
ルーアンのそれにもやはり太助は動かなかった。悔しそうに“ちっ”と舌打ちするルーアン。
「こうなったらシャオリン、あんたも言いなさい。悔しいけど、あたしじゃあ駄目だわ。」
「あの、ルーアンさん。呼びかけるよりも何かで太助様をあっためないと。」
「そんなもんここに無いでしょ。いいから言ってみなさいって。」
「は、はい・・・。」
返事をしたシャオにルーアンがごにょごにょと段取りをする。
それが終わると、シャオは思いきり息を吸い込んで大声で言った。
「太助様〜。動いてくれないなら、私、こ〜んな事やあ〜んな事をしちゃいますわ〜!
帰ったらとりあえず一緒にお風呂に入りませんかあ〜!・・・これで良いんですか、ルーアンさん。」
「上出来上出来。言っとくけどこれは言うだけだからね、ほんとにやらない様に。」
ルーアンが促した所で太助が動き出した。顔を真っ赤にさせて二人の方を見る。
「あ、あの、シャオ・・・?」
「まあ、太助様!良かったですわ、さすがルーアンさん。もう大丈夫ですね。」
「ほんと、たー様って・・・。いつまでも赤くなってないで気を引き締めなさいよ。」
「う・・・うん。」
やはり顔は赤いままである。それでも凍結は完璧に解けた様だった。

シャオの叫びはキリュウとヨウメイ、そして見物客達にも届いていた。
しかし、呆れ顔に成っているのは誰も居なかった。見物客達は・・・。
「シャオ先輩なんて事を!!許さなーい!!」
「落ちつきなさいって、花織!」
「そうだよ!今飛び出してどうするって言うの!」
と、飛び出して行こうとする花織を懸命に押さえる熱美とゆかりん。
「シャオちゃーん!!!俺は、俺はあ―!!!」
「たかしくん落ちついてって!!おとなしく座っててよ!!」
と、荒れ狂うたかしを必死にとどめる乎一郎。
「シャオさん・・・。太助君!そんな事はこの私が許しませんよ―!!!」
「まあまあ、宮内。ここは押さえて押さえて。」
「そうだぜ、おにーさん。ただの冗談だよ、冗談。」
と、憤怒する出雲を笑いながら止める那奈と翔子。
とにかくのんきに見ているなどという事は出来る状態ではなかった。
ヨウメイは、感心したような表情で頷いていた。
「天鶏さん無しであの凍結を解くなんて・・・。
やはりシャオリンさんの力はすごいんですね。ルーアンさんのも・・・。」
「それにしても色仕掛けとは・・・。主殿のそこらへんも鍛えた方が良いかな・・・。」
何やら複雑な表情をするキリュウ。それを聞いてヨウメイは振り向いた。
「頑張ってくださいね、キリュウさん。一緒にお風呂に入ったり、いろいろ大変でしょうけど。」
「ああ・・・な、なんだと!?そんな事を私がせねばならぬのか!?」
「あれえ、しないんですか?鍛えた方が良いとか言っておきながら・・・。」
「い、いやしかし・・・。そういうのはちょっと・・・。もっと別の方法で・・・。」
「それじゃあまた今度一緒に考えましょうか。それにしても、結局休憩になっちゃったような・・・。」
キリュウとヨウメイが太助達を見た頃には、太助はすでに体をほぐしていた。
もはや準備万端といった感じである。シャオ、ルーアンも同じように構えている。
そして、いつでもどうぞという感じで二人を見つめていた。
「じゃあ次行きましょうか。今度はしっかりしてくださいよ、キリュウさん。」
「うむ、わかった。」
統天書を、短天扇を構える二人。
見物客達も騒ぎを止めてそれに注目した。
再び緊張した空気が漂う。そしてヨウメイが叫んだ。
「来れ、雷流星!」
「万象大乱!」
上空がキランと光る。そしてたくさんの流星が降ってきた。
それぞれ、何やらおびただしい光りの筋をまとっているようだ。
バチバチという激しい音も聞こえる。電撃をまとっている流星だ。
「くそっ!」
『ドオオオン!』
懸命にかわす太助。ところが、やはり全ては無理の様だ。
十秒も経たないうちに、そのうちの一つに当たりかける。
「来々、北斗七星!」
『ドゴオオオオン!!』
今までと同じように流星を砕く北斗七星。しかし、今度はなんだか様子が違った。
星を貫いた北斗七星の様子がおかしい。空中をふらふらと漂っている。
「そうか、電気にやられたんだわ!シャオリン、北斗七星は駄目よ!」
「そんな・・・!みんな、早く戻って!!」
急いで北斗七星を支天輪に呼び戻すシャオ。なんとか北斗七星はそれ以上の被害を受けずに済んだ。
それより、状況が悪いのは明らかだった。シャオが参加できないとなった以上、
太助とルーアンのみでこれを切りぬけなければならない。
今までの倍以上の頑張りをルーアンは見せた。
「陽天心召来!陽天心召来!!陽天心召来!!!陽天心召来!!!!」
とにかく必死である。そして重いプレッシャーがかかる。
太助達の命はルーアンの手にゆだねられた、そんな状態であった。
「ルーアン・・・。くそおっ!!」
ルーアンの大変さを身にしみて感じ取っている太助。
今までの状態を覆すかのように、懸命に、そして確実に避けていった。
それは試練を見ているしか出来なくなったシャオの分まで、という様でもある。
「太助様、ルーアンさん・・・。私は、何もできないなんて・・・。」
不安げな、そして悲しそうな顔をするシャオ。
そんなシャオを、見ずに気付いた太助は息を切らしながらも声をかける。
「シャオ、そんなに悲痛になるな。今はシャオは休憩しているとでも思っててくれ。
あんまり気にされると、こっちまで落ちこんじゃうよ。」
「太助様・・・でも・・・。」
「シャオリン!たー様の言う通りよ。とにかく無事を祈っててね。陽天心召来!!」
横から叫ぶルーアン。更に太助はこう言った。
「俺がシャオの分まで頑張る。今くらいは俺に頼ってくれ。」
「太助様・・・。はい、分かりました。」
ようやく納得したシャオの声に、太助とルーアンは更に張りきって行動し出した。
次々と降ってくる流星も何のその、ほぼ完璧に近い形でかわしていた。

「見ろよ、七梨のやつ、避ける反応とかスピードが速くなってる。」
「ああ、一体何があったにしろ、姉ちゃんは嬉しいぞお!」
「那奈さん、いいかげんにそれは・・・。」
あきれて言う出雲だったが、那奈にじろっと睨まれたところで慌てて笑顔を取り繕ってごまかした。
怪訝そうな目つきで顔の向きを変える那奈に翔子は少し苦笑い。
たかしは、さっきからの太助達の様子を見て少しの事に気がついた。
「シャオちゃん、星神を呼んでないみたいだけど、何かあったのかな・・・。」
「太助君に頼ってるのかな。」
ポツリと呟いた乎一郎に、花織が驚きの表情で言う。
「それってすごい事ですよね。あの流星群をシャオ先輩の助け無しにかわしてるって事ですから。」
「でもルーアン先生は頑張ってるみたい。」
「もしかして片方ずつとか・・・?」
最後の熱美とゆかりんの言葉に皆は少し反応した。
三人のやりとりが分からなかった以上、そういう説がもっともらしいと思ったからだ。
という事で、詳しい事情を知ることはできずに居たのである。
そしてそろそろ流星が止もうかという時間。
キリュウはヨウメイに尋ねてみた。
「ヨウメイ殿、後何種類くらいある?」
「流星ですか?いくらでも。だから一時間という事にしたんじゃないですか。」
「いくらでも、だと?私はそんなにあるとは思えないのだが・・・。」
「あるんですよ。まあ、この試練が全部終わった時にお話いたします。」
「そうか・・・。」
試練を行いながらでも、一応会話はできるようである。
しかし調節したりなどという事はしない。
じっとして、試練をただ行う事に専念しているのだ。