小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


「ヨウメイさん、とりあえず太助様の傷を治さないと・・・。」
「ああ、それは私がやりますからご心配なく。では・・・。」
言うなり統天書を開けるヨウメイ。そしてなにやら集中し始めた。
「命の源となる生の力よ、彼の者の傷を癒す力となれ・・・万象復元!」
途端に太助の火傷が消えて行く。それと同時に、身につけているものも新品同様になっていった。
あっという間に元通り、そして目を覚ます太助。
「あれ?シャオ・・・。俺、一体どうして・・・。」
「・・・太助様!!」
喜んで涙を流しながらシャオは太助に抱きついた。
戸惑いながらもきょろきょろとする太助の目に、笑顔のヨウメイの姿が入った。
「ヨウメイ、試練は・・・。」
「終わりました。主様は無事超えられたんですよ。
それを確信、したから、その場に倒れて・・・。おつかれ・・・さま・・・でした。」
言いおわると、ヨウメイは統天書を持つ手を離して“どさっ”とその場に崩れ落ちた。
それに気付いた太助とシャオが、慌ててヨウメイに駆け寄る。
「・・・大丈夫、寝てるだけみたいだ。前もこんな事あったなあ・・・。」
「そうでしたね。ヨウメイさん、お疲れ様でした。あれっ、キリュウさんは?」
「そういえば見当たらないな。何所行ったんだろ・・・。」
近くに居なかったために少し忘れられてるキリュウ。
もちろん当の本人は寝ているままなので、そんな事を知るよしも無かったが・・・。
しばらくして、絨毯の上に寝ているキリュウを太助は発見した。
ヨウメイを抱きかかえたまま、シャオと一緒に傍へ寄る。
「あ、あんなところに。そっか、ヨウメイの道具に乗って・・・。
ん?なんだこれ?」
太助は妙なものに気がついた。なにやらくたあっとなった大きな布地である。
「太助様、それ、なんですか?」
「分からない。一体なんなんだろうな・・・。」
もちろん、キリュウによって大きくされてしまったヨウメイの帽子など知るよしもない。
それも、ヨウメイの頭に注意すればすぐにわかったかもしれないが・・・。
「とりあえず二人ともここに寝かせておきましょう。」
「そうだな。」
絨毯の上にヨウメイを寝かせる太助。
シャオと頷き合うと、それを引っ張りながらみんなの元へと戻って行った。

「とりあえず休憩って事か。それにしても・・・。」
チラッとキリュウとヨウメイを見る翔子。
「試練を受ける方も命がけだけど、与える方まで命がけなんてなあ・・・。」
那奈は大きくため息をついた。
ヨウメイの傍に居る花織、熱美、ゆかりんの三人も、少しばかりため息をついた。
「とにかく全力でという事なんでしょうねえ。二人とも、らしいわあ。」
出雲が新たに取り出したおやつ、ヨモギもちにかぶりつきながらルーアンが言う。
その言葉は、それぞれが頷かざるをえないほど的を得ていた。
ちなみに太助も眠っている。ヨウメイによって傷は全快したものの、
疲れまではとれずに、皆の所へ来たと同時に眠ってしまったのである。
もちろんその傍で待機しているのはシャオ。その顔に不安とかそういうものはない。
穏やかとも言えるべき笑顔を浮かべて、じっと太助を見つめている。
ルーアン、花織、そして出雲とたかしは甘んじてその状況を受け入れていた。
あの試練を終了できたのは、シャオの呼びかけに太助が答えたから、
という事を十分に分かっていたのである。
しばらくは、誰も口を開かない静かな時間が流れる。
試練を行う人物、それを受ける人物がゆっくりと休めるように。
「太助様・・・。」
軒轅の体を枕に眠っている太助の前髪をそっと撫でるシャオ。
“次の試練も無事超えられますように”と言わんばかりの、一種のおまじないのようである。
「・・・シャオ・・・。」
「・・・太助・・・様?」
わずかばかりの寝言にシャオは反応する。
しかし、やがて緩やかな寝息を確認すると、
少しばかりの笑みを浮かべて再びおまじないのような行動に戻るのであった。
遠くからそれを見ていた翔子。
ちょっぴり不安げな、それでも嬉しいような笑みを浮かべて那奈の方へ向いた。
「那奈ねぇ、シャオもなんだか変わったような・・・。」
「そうか?前からあんな良い雰囲気じゃなかったのか?」
「いや、ああいう場面もあったかもしれないけど、なんか気分的に。」
「ふーん・・・?これも試練の影響かなあ。」
那奈自身には翔子の言う気分というものは良く分からなかったが、
翔子と同じく少しばかりの笑みを浮かべて、二人を見ていた。
しかし、当然そんなものを見せられて面白くない人物も居る。
今は譲っているが、度が過ぎればすぐにでも妨害に行ってやろうとしている者が四名。
出雲、たかし、ルーアン、花織である。
特にルーアンは、黒天筒を今にも回さんとしている。
乎一郎が必死になだめているが、それも時間の問題かもしれない。
なんだかぴりぴりした空気をほぐそうと、熱美が務めて明るく言った。
「それにしてもあれだけ大騒ぎして誰も来ないんですねえ。
楊ちゃん、こんなところよく見つけたなあ。そう思いませんか?」
するとそれに乗るかのように翔子も言った。
「ほんと。試練にはもってこいの場所だよなあ。
確かにあんなの学校でやるわけにはいかないよなあ。」
しかしその二人の努力も空しく、ルーアン達にはさっぱり効果が無いようである。
それどころか、出雲がこう返した。
「全ての知識を教えるっていうんだから当然でしょう。
昨日の竜巻とかでも、本来こういう場所でやるべきだったのではと思いますが。」
なんとなく不機嫌なその声に、那奈は慌ててなだめようとする。
「まあまあ。いろいろと苦労もあると思うよ。
その結果、こうして休憩時間になってるじゃないか。」
「ですがねえ・・・。」
出雲が更に何か言おうとしたとき、キリュウがむくっと起きあがった。
三人の中では一番先にダウンしたのだから、当然といえば当然であるが。
「ふう、おはよう・・・。試練はどうなったのだ?」
それなりに寝ぼけているキリュウに、翔子が急いで説明する。
「・・・というわけで、無事試練は終了。
キリュウも熱い中頑張ったんだな。お疲れ様。」
「いや、なに。主殿の命を任されたのだ。
それにあんなに頑張っている姿を見て、どうして頑張らないでいられようか。
そうか、無事に終わったのだな・・・。」
ほっとした顔つきで眠っている主の姿を見つめるキリュウ。
その視線に気付いたのか、シャオは笑顔でそれに返した。
キリュウも更に笑顔で返し、くるっと出雲の方へ向く。
「ところで宮内殿。そなたはまたもやヨウメイ殿に嫌がらせをしたのだな。」
いきなり突拍子もない事を言われて、当然出雲はうろたえる。
しかし、すぐにもとの顔に戻って自信ありげに答えた。
「何を言うんですか。私がいつヨウメイさんに嫌がらせをしたというんですか。」
「しらをきるというのか?一分ほど時間を与える。思い返してみよ。」
言われて考え込む出雲。キリュウのその自信の有り様は自分のそれよりも大きく見えた。
とは言うものの、考えて出てくる事ではない。必死に試練中の自分の行動を思い返す。
それでも、結局時間内に思い出す事は出来なかった。
「あの、すいません。やはり私には思い当たる節が・・・。」
「なんだと?他人を傷つけた行為を忘れたというのか?まったく・・・。
こうなったら疲れて眠っているヨウメイ殿の代わりに私が天罰を・・・。」
飛翔球から降りたかと思うと、キリュウは“ばっ”と短天扇を広げた。
そのものすごい迫力に他の皆は圧倒されるが、出雲はぶんぶんと手を振った。
「ま、まってくださいよ!とりあえず私にはそんな覚えは無いんですから!
私がそんな事をしたって言うんなら、それなりに証明みたいなものを!」
するとキリュウはぴたっと歩みを止めた。そして扇をたたんで静かに話し始める。
「ヨウメイ殿を怖いと言っただろう?それでヨウメイ殿はショックを受けて。
主殿が炎の中を歩いている辺りだ。これだけ言っても思い出さぬか?」
「炎の中を・・・?」
再び考え込む出雲。そして口を開く前に花織がぽんと手を叩いた。
「そっかあ。“あの試練だったら私でもできるかもしれませんね”なんて言って。
でもあたしが、“出雲さんなら焼き殺されるかもしれませんよ”なんて言って・・・。」
「そしてあたしもいろいろ言ったのよね。もちろんそこのじょーちゃん二人も。」
蓬もちをごくんと飲み込んだルーアンが熱美とゆかりんの二人を指差した。
そこでその二人も何かを思い出したように頷いた。
それを見たキリュウは、途端にあきれ顔になる。
「という事は花織殿たちも同罪なのか?なんという事だ・・・。」
気落ちしてうつむくキリュウに、花織が慌てて言った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいって。別にあたしはそんなつもりじゃ・・・。」
「花織さん、それじゃあどういうつもりだって言うんですか?
あなたが余計な事を言うから、私は余計な考えをめぐらせてしまったんですよ。」
出雲に遮られて花織もうつむく。そして他の三人もうつむいてしまった。
他の誰かが何か言う前に、キリュウが再び顔を上げた。
「どちらにしてもヨウメイ殿に聞いてみねばなるまい。
一体何を見て、宮内殿に不満を抱いたのか・・・。」
そしてヨウメイの方を見る。とその時、ヨウメイがゆっくりと起きあがった。
大きなあくびを一つして、目をこすりながら挨拶する。
「おはようございまーす。・・・どうしたんですか?皆さん。」
怪訝そうに自分を見つめる皆に圧倒され、ヨウメイはそのままの姿で固まった。
キリュウはゆっくりと彼女に近づき、そして口を開く。
「ヨウメイ殿、試練の最中に宮内殿から受けた屈辱とはなんだ?」
何やら最初のものから言い方が変わっているが、皆は突っ込まずにヨウメイの答えを待った。
最初はきょとんとしていたが、やがて例によって統天書をめくり出すヨウメイ。
しばらくして“ふむふむ”と頷いていたかと思うと、顔を上げて答えた。
「えーとですねえ。私が傷ついたのは、宮内さんが周りの人のちょっとした冗談によって、
私を悪魔みたいに思ったことです。でも・・・その一件て確か終わったような・・・。」
「そ、そうですよ!それは誤解だって、私が懸命に説得したんです。」
思い出したように叫ぶ出雲に続いて、他の面々も良く似た態度をとった。
きょとんとしているキリュウの方へと顔を向けるヨウメイ。
「キリュウさん、そういうわけですからなにも無理しなくてもいいですよ。
でも・・・心配してくれてありがとうございます。」
「いや。ちょっと気になっただけだから・・・。」
ヨウメイはその返事ににこっと笑ったかと思うと、すたすたと飛翔球の傍へと歩み寄る。
そしてその上に置かれてある布をばさっと前に差し出した。
「楊ちゃん、それ何なの?こっちに来た時から気になってたんだけど・・・。」
ゆかりんの問いに、ヨウメイは苦笑いしながら答えた。
「これは試練としてキリュウさんに大きくされちゃった私の帽子よ。」
「帽子?そんでもって試練?」
おもいっきり不思議そうな顔をするゆかりんに、キリュウが答えた。
「あまりにも試練そっちのけで、おやつに夢中になっているものだから。
それで私が大きくしたのだ。ちゃんと試練になったかな?」
「ええ、そりゃあもう・・・。」
参ったというような笑みを浮かべるヨウメイに、みなは訳がわからなかった。
傍に居た花織が尋ねてみる。
「ねえ、なんで帽子を大きくしただけで試練になるの?
教えてよ、楊ちゃん。」
「だあめ。こればっかりは教えられないな。じゃあキリュウさん。」
「うむ、万象大乱。」
“シュウウウ”と言う音と共に元通りになる帽子。ヨウメイはそれをぽふっとかぶった。
「うん、やっぱり落ち着くなあ。さてと、次なる試練は・・・もうちょっと休憩してからか。」
ヨウメイの視線の先には、相変わらず安らかな寝顔を浮かべている太助、
そしてそれをあいも変わらずやさしい顔で見守るシャオの姿があった。
「という事で適当にくつろぎましょう。」
するとキリュウは、
「それもあるがヨウメイ殿・・・。」
と、離れた場所へとヨウメイを引っ張って行った。
なにやら意味深なその表情に気になったものの、ほかのみなは黙ってそれを見送った。

「なんですか、キリュウさん。」
「なんですかではない。あらかじめ言っておいたものはしないのか?
四つ終えたではないか。」
その言葉を聞いてなにやらぶつぶつと考え出したヨウメイ。
しばらくして、ぽんと手を打った。
「ああ、そうでしたね。では主様が目覚めたら。」
「まさか、忘れていたのか・・・?しっかり頼むぞ。」
互いに頷き合って、二人はみんなの所へと戻って行った。

「・・・はっ!!ここは!!」
皆が静かにしていると、たかしが目を覚ました。
飛び起きたかと思うと、きょろきょろと辺りを見まわす。
「火山は!?そうか、俺の熱き魂で・・・。」
なにやら一人笑っているたかしに、ヨウメイが呆れ顔で声をかけた。
「違いますよ、野村さん。試練が終了したから消したんです。
それよりも・・・。」
たかしが振り向くと、ヨウメイはてくてくと歩いて行った。
「火山の試練やってみますか?結構やりたがってたみたいですから。」
「へ?」
皆がたかしとヨウメイに注目する。しばらく固まっていたものの、たかしはガッツポーズを取った。
「受けてたつぜ!で、何をすれば良いんだ?」
「簡単です。体をはって噴火を止めてください。一回でも止められればOKです。」
ぴしっと固まるみんな。“また無茶苦茶な試練を・・・”と思っているのは明らかである。
しかしそんな事に動じず、たかしはまたもガッツポーズを決めた。
「おっしゃ、やってやる!!さあ、始めようぜ!!」
「あ、一応注意事項を一つ。私が火山を呼び出し、それ以降は一切手出ししませんから。」
「ああ、もちろんそれでいいよ。」
「当然死んだって責任は取りませんからね。あしからず。」
「ああ、もちろん・・・ええっ!!?」
ようやくたかしの顔から笑みが消えた。構えた手を力なく下ろす。
「分かりましたか?それでは・・・」
「ま、待った―!!」
統天書を開けようとしたヨウメイの手を止めるたかし。
しかしヨウメイは、それをうるさそうに払いのけた。
「文句は後で言ってくださいね。来れ・・・」
「だから待ってくれー!!」
再びヨウメイの手を止めるたかし。
やはりヨウメイはそれを払いのける。
「一度死んでみましょう。ね?来れ、火山!」
「う、うわあああ!!!」
頭を抱えてその場にうずくまるたかし。その横に“ぽん!”と、火山が出現した。
大きさは手のひらよりもずっと小さい。指先で火口が塞げそうである。
しかしたかしはそんなものが出現したなど知るよしも無い。
うずくまったまま震えていたのだから・・・。
「野村さん?火山呼びましたけど?」
「ゆ、ゆるしてえええ!!」
ヨウメイの呼びかけにも顔を上げようとしない。
そんな光景を見ていたほかの面々から、次第に笑い声が聞こえてきた。
必死にこらえているような、そんな笑い方である。
その声に気がついてたかしが顔を上げた瞬間、ヨウメイはさっと統天書を閉じて火山を消した。
皆を不思議そうに見まわしているたかしに告げる。
「もう、あんまりおびえるもんだから消しちゃいましたよ。
ほんと情けないですねえ。ねえ、宮内さん?」
小さく笑っていた出雲にヨウメイはふった。するとおびえるでも無くそれに出雲は答える。
「ええ、ヨウメイさんの言う通り。野村君、あの程度も出来ないようじゃあ駄目ですよ。
私ならためらい無く、そして軽やかに決めて見せますよ。」
そしてふぁさっと髪をかきあげる。それによって周りの皆の笑い声が大きくなった。
いつのまにかヨウメイもそれに加わっている。
たかしはきょとんとしていたかと思うと、怒ったように立ちあがった。
「嘘つくなよ!消えた後だからなんとでも言えるんだろ!」
するとそれを消し去るかのように、花織達が続けて言った。
「野村先輩、あたしだって出来ますよ。」
「出雲さんみたいに軽やかにとはいかないかもしれないけど、あれくらい私だって。」
「誰でも出来るんじゃないんですか?出来ないのは野村先輩だけ、でしょうね。」
そしてくすくすと笑い出す。訳がわからず、たかしはあんぐりと口を大きくあけていた。
「また今度、ですね。まあ気が向いたらいつでも言って来てください。
もちろん、条件は変わりませんから。命の保障はしないって、いう事がですけどね。」
突っ立っているたかしにそれだけ告げると、ヨウメイは花織達の所へと戻って行った。
この一連の出来事に笑わずに居たのはキリュウ、そしてシャオ。
シャオは太助をじっと見ていたし、キリュウはヨウメイの行動に少しあきれていたから。

しばらく適当にぽつぽつと言葉を交わす時間が流れる。そして・・・。
「う、うーん・・・あれ、シャオ・・・。」
「太助様。」
太助が目を覚ましてゆっくりと起きあがった。一つ大きなあくびをして辺りを見る。
「俺、寝ちまってたのか・・・。」
「ええ、ヨウメイさんが言うには、相当疲れたんだろうって。
ヨウメイさんの術では疲れまでは癒せないそうなんです。」
「そうなんだ。」
そこで皆がわっと太助の傍に群がった。突然の押しかけにもみくちゃにされる太助とシャオ。
「良くやったなあ、太助。姉ちゃんは感激だああ!」
「那奈ねぇ・・・。七梨、おまえが達成できたのはシャオのおかげ。
もちろん分かってるよな?」
「たー様、ほんとお疲れさまあ。はい、あーん。」
「ルーアン先生、いきなりヨモギもちなんて食べさせようとしないでくださいよ。
七梨先輩、ほんとお疲れ様です!」
「すごかったよ、あの炎の中を歩いている姿。カッコ良かったよ、太助君。」
「まさに炎の戦士って感じでした!」
「ゆかりん、それはちょっと違うかと・・・。ともかくお疲れ様でした。」
「ますます強く成った事でしょうね、太助君。立派でしたよ。」
「わりい、なんでかは知らないんだけど、俺は太助の勇姿ほとんど見てないんだ。
ま、ともかくおめでとさん。」
遠くから見ていたキリュウとヨウメイだったが、頷き合うと皆に呼びかけた。
「主様!起きたすぐですいませんが、ちょっとこちらへ来てください!」
「試練に関して少しやる事がある!」
二人の声に振り返る皆。そしてもう一度太助を見るといっせいに頷いた。
体を起こし、地面に足をつけて立つ太助。そして二人の方へと歩いて行った。
「やる事ってなんだ?」
「じきに分かる。ではヨウメイ殿・・・。」
「はい。では主様・・・。」
厳粛な表情を浮かべて統天書をめくり始めたヨウメイ。
いやに緊張してきた太助は、立ったまま固まっていた。
「主様、昨日今日とここまで越えられた試練を思い返してみてください。」
「えっと、竜巻を登って、洪水の中を泳いで・・・?えーと、地割れを降りて、山を登って。
あっつい中を歩いて・・・。これがどうかしたのか?」
ヨウメイは更に統天書をめくりながら、それに答える。
「それぞれ主にどんな物を使ってますか?」
「え?え―と、竜巻、洪水、地面、溶岩・・・。」
「もっと大まかに考えてみてください。」
さらりとヨウメイに言われ、改めて考え直す太助。
しばらくの後、ぴんとひらめいたように言った。
「もしかして・・・。風、水、地、火?」
「その通り。いわゆる自然の四大元素と言うやつです。
その四つを超えられたので、これから私がある事をします。じっとしていてください。」
「う、うん・・・。」
統天書をめくっていた手を止めるヨウメイ。そしてなにやら集中し始めた。
「知教空天の命ずるままに、彼の者に能力を授けん。
地水炎風の精霊の力を借りて、今ここに集わん。自然一体!!」
太助の体がぱあっと一瞬光る。その光りが消えた所でヨウメイは統天書を閉じた。
「これで完了。四元素の多少の変化に体が耐えられるように成ってます。もちろん他にもいろいろ。
というわけで、次の試練行きましょうか。」
すたすたと歩いて行くヨウメイを、太助は慌てて呼びとめた。
「ヨウメイ、もうちょっと詳しい説明が欲しいんだけど・・・。」
ちょっと振り返ったヨウメイはなんとなく嫌そうだったが、キリュウにも促され“どうぞ”と告げた。
その間に、他の皆も傍に寄ってきていた。
そして地面に腰を下ろす。つまり質問時間の始まりである。
「とりあえず今やった事で、四元素の変化に耐えられるってどういう事だ?」
まず尋ねたのは太助。ヨウメイはすらっとそれに答えた。
「そのままです。具体的に言うと、ちょっとした炎で火傷しなくなったり、
風の中をすいすい移動できたり、水の中にちょっと長くもぐっていられたり、
地割れに落ちてもすいすい登ってこれたり、とまあそんなものです。」
なんだかすごいことを聞いたような気がした皆はざわつき始める。
次に那奈が質問した。
「地水炎風の精霊の力を借りてって事はどういう事なんだ?」
「これもそのまま。キリュウさんは大地の精霊、つまり地の精霊ですよね。
他にも水、火、風の精霊が居るんです。その方達の力を少しお借りした、という事です。」
更にざわめきが大きくなった。今度はルーアンが言う。
「ヨウメイ、あんたって空天でしょ?風とは違うの?」
「ええ、違います。ちゃんと風天さんがいらっしゃいますし。
今何所に居るかなんてのは知りませんけどね。もちろん、知ろうなんて思ってませんが。」
少しばかりざわめきが小さくなった。ヨウメイの反応からして、
他の三精霊を探そうなんていう事は無理のようだ。
そして花織が質問する。
「なんで四つの試練を超える必要があったの?
楊ちゃんの力ならそんな事しなくてもよかったんじゃないの?」
「そんな事ないよ。ちゃんとこういう試練を超えないと力を借りられないようになってるの。
つまり、おとといの晩にキリュウさんと相談した試練が、今日、そして今やっと終わったって事だね。」
“へえ〜”と頷く面々。ここまで壮大な試練を練っていたとは思ってもみなかったから。
それが四元素の力を借りて、などと誰が予想できただろう。
まさに、試練を与えるキリュウとヨウメイのみが知る、という事である。
皆が驚いている中、乎一郎が恐る恐る手を上げた。
「あの、ちょっと失礼かもしれないけど。この試練の結果太助君が強くなったって事なんだよね。
それで最終目的にどんな結果が出るのかなあ・・・?」
じろっと乎一郎をにらんだ面々だったが、ヨウメイになだめられた。
「体は丈夫な方がいいでしょう?少しでも主様が頑張れるように、ですよ。
結局これから試練を与えていくのはキリュウさんですから。
私がそんなに関与できない以上、こういう形で試練の協力をさせていただきました。
それだけキリュウさんの試練は厳しい、という事です。ね、キリュウさん。」
キリュウは黙ってそれに頷く。またもや皆は驚かされた。
四つの試練は、これからのキリュウの試練を受けるために行った試練だという事なのだから。
それと同時に納得もするものも居る。確かに体が丈夫に成れば、
それだけ多くの試練に耐えることができるだろう。
もちろん、その四つの試練も本来の目的を達成するための役割を果たしている、
という事を忘れてはいけないのだが・・・。
「あの、納得していただけましたか?他に質問は?」
もう一度よおく見まわすヨウメイ。最後にシャオが手を挙げた。
「手なんか挙げなくても良いんですが・・・。シャオリンさん、どうぞ。」
「あ、すいません。えーと、もう一つ試練をなさるんですよね?
それにはどんな意味があるんですか?」
シャオが言いおわると同時に花織が勢い良く立ちあがった。
「そうだった!あたしのお星様きらきら〜。
ねえ楊ちゃん、それもなにかすっごい意味があるの!?」
いきなり言われて戸惑ったヨウメイ。
キリュウとごにょごにょと話をしたかと思うと、少し間を置いて口を開いた。
「意味を持たせようとすると、とてつもなく面倒くさくなるんです。
だから、とりあえずキリュウさんの本来の目的を達成させるものってだけに。」
その言葉に“なーんだ”と腰を下ろす花織。シャオも“そうなんですか”と頷いた。
肝心の試練を受ける太助。その試練の対策を練ることをすっかり忘れていたので、
今更うんうんとうなっている最中である。
チラッとその様子を見たヨウメイだったが、ためらい無く言った。
「では試練を始めようじゃないですか。皆さん、位置についてください。」
そしてぞろぞろと立ちあがって見物席へと移動する面々。
去り際にシャオが太助に告げる。
「太助様、最後の試練頑張ってくださいね。」
「あ、ああ。・・・うん、俺頑張るから!」
シャオに言われて元気良く立ちあがる太助。
“げんきんな奴”と思った者が数名ほど居たのは言うまでも無い。
そして皆がそれぞれの位置についた。いよいよ本日最後の試練開始である。

まず説明。火の試練と同じくヨウメイが前に出る。
「では説明する前に主様、何か対策は考え付きましたか?」
すると太助は照れ笑いを浮かべながら言った。
「それがさ、まだどんな試練か分かってなかったりするんだ。
上から何か降ってくるんなら、それをとにかく素早く避けるしかないよな。
それともそれを受け止めるのか・・・。」
自信の無いようなその言葉に、ヨウメイとキリュウはわずかばかりの拍手を行う。
とその時、ルーアン、シャオ、翔子、那奈、たかしがそれぞれ手を挙げた。
「そう言えばどんな試練なのか知りたかったのに聞けなかったわ―!
ねえー、一体どんな試練なの―?」
四人を代表してルーアンが尋ねる。キリュウはそれに、
「今からそれを説明する。黙って見ていられよ。」
と返した。そしてヨウメイを促せる。
ヨウメイは一つ頷いて太助の方へ向いた。
「主様、とりあえず見本みたいなものを見せますね、よおく見ててください。」
「う、うん。」
統天書をめくり始めると、あるページでそれを止める。そして叫んだ。
「来れ・・・隕石!」
おもいっきり“びくっ”となる太助。その数秒後、
『ひゅううううう・・・』
と音がしたかと思うと、
『ドゴーン!!!』
と大きな石が空から落ちてきた。文字通り隕石である。
恐る恐るそれに近づく太助。大きさは太助の頭くらいであろうか。
とにかくそれが空から降ってきたのである。
「あの、ヨウメイ、これって・・・。」
「見ての通り隕石です。これを頑張って避けてください。」
「もちろん私も大きくしたりする。油断などせぬようにな。」
さらっと言う二人に、太助は“はあ”としか頷けなかった。
いくらなんでもまともに当たれば命が無いのは確実だろう。
ちなみに見物客達のほとんどは固まっていた。しばらくして花織が少し不機嫌に言う。
「ねえ楊ちゃん、夜じゃないと流れ星って事でお願いできないじゃない。」
「だから花織ちゃん、夜は危ないの。暗いと隕石が見えないでしょ?」
「ええー?夜に光るから流れ星だって分かるんじゃない。
やっぱり夜にしようよ。願い事を沢山したいな。」
「あ、そういえばそうだよね。うーん、どうしよう。主様、夜にしますか?」
しばらく二人の会話を聞いていた太助。しかし返事がなぜか出来ない。
今度ばかりは本気で死にそうな試練のような気がしたから。
そんな太助の様子に耐えかねたのか、那奈が石化を解いて声を出した。
「あ、あのさ、もうちょっと別の試練にしない?当たったら間違い無く死ぬだろ?」
しかしヨウメイはそんな意見に動じることなく返す。
「当たらなければ大丈夫ですよ。最初からそんな事言ってたら試練になりませんよ。」
「それに先ほどの術で主殿の体は強化されたはずだ。
一つ程度なら重症で済むかもしれん。」
なんだか怖い事を平気で言う二人に寒気がしてきた面々。
シャオは耐えきれずに立ちあがった。
「そんな事では困ります!どうしてもやるというのなら、私は容赦しませんよ!」
続いてルーアンも立ちあがる。しっかりと黒天筒を構えて。
「シャオリンの言う通りよ!たー様を傷つけるんならあたしも容赦しないわ!」
他の見物客達はなんとなく止めようと思ったが、
二人の迫力に圧倒されてただ見ているしか出来なかった。
当然キリュウとヨウメイは戸惑う。まさか精霊二人から反対宣告が来るとは思っていなかったから。
「そんな事言われても・・・。どうしましょうか、キリュウさん?」
「ふーむ、無理にやろうとすれば力づくで止めに来そうだな。
さすがにあの二人と戦いたくは無い。ヨウメイ殿も同意見だろう?」
「私は別に・・・。そうだ、こんなのはどうですか?キリュウさん・・・。」
「ふむ?ふむふむ・・・。」
なにやらごにょごにょと相談を始めた二人。
それはほんの数秒で終わり、見物客側に向いた。
「それでは、シャオリンさんとルーアンさんには主様の傍についていてもらいます。
これならどうですか?」
ヨウメイの提案に顔を見合わせるシャオとルーアン。二人で頷こうとする。
すると、太助がそれを遮るかのように叫んだ。
「そんなの駄目だ!試練を受けてるのは俺なんだ。二人に迷惑はかけられないよ!!」
「太助様・・・。」
「たー様・・・。でも・・・。」
びくっとなったシャオとルーアン。再び何か言おうとした二人の前に、キリュウが口を開いた。
「もちろんそのままでは二人にも被害が及びかねない。そこで、私が二人を小さくする。
そして主殿の上着のポケットに入ってもらってそこから守る。これならどうだ?」
しかし太助は譲らなかった。先ほどと同じように必死に叫ぶ。
「やっぱり駄目だ!もし転げ落ちたりしたらどうするんだ!
二人を危険な目に合わせるわけにはいかない!!」
するとその二人が太助めがけて叫ぶ。
「太助様!私だって太助様を危険な目に遭わせるわけにはいきませんわ!
一歩間違えば死んでしまうような試練。私にもお手伝いさせてください!!」
「いい気になってんじゃないわよ、たー様!
あの程度試練を超えたくらいで、あたし達よりすごくなったとでも思ってるの!?
それこそ思い上がりよ!!おとなしく手伝わせなさい!!」
「シャオ、ルーアン・・・。」
ここでようやく太助に利いたみたいだ。さんざん頭を横に振っていた太助だったが、
もう一度シャオとルーアンを見て、そして一つ頷いた。
「キリュウ、ヨウメイ、ちょっと違反になるけど、いいかな。
二人と一緒に、三人で試練を受けるって事で。」
それににこっとするヨウメイ。キリュウの方へ顔を向けてこくっと頷いた。
「もちろんいいですよ。ただし、その分厳しくなります。それをお忘れなく。」
「ああ、分かった・・・。」
シャオとルーアンはぱあっと顔を輝かせたかと思うと、急いで太助の元へ駆け寄った。
その様子を見ていた見物客達。反応はまちまちである。
「太助のやつ、結局二人に頼るのか。まあ、これも試練かな。」
「那奈ねぇ、ひょっとしたらもっとすごい試練になったのかもしれないぞ。
シャオとルーアン先生を守りながら隕石を避ける。こりゃたいへんだ。」
「シャオちゃん、なんだってそこまで危険を冒して・・・。」
「ルーアン先生、どうしてそこまで危険を冒して・・・。」
「楊ちゃん、更に厳しくするんだ。よーし、沢山願い事するぞ―!」
「のんきだねえ、花織。どういう試練か分かってるの?」
「出雲さん、実験台にされなくて良かったですね。」
「ほんとですね。隕石を避けるなど・・・。
とにかく、太助君には頑張ってもらわないと・・・。」
気重に太助達を見つめる見物客達であった。

「さて、それでは小さくするぞ。心配せずとも力までは小さくならない。
では・・・万象大乱!!」
キリュウが唱えると、シャオとルーアンはあっという間に離珠くらいの大きさに成った。
太助は地面の二人を拾い上げ、心配そうに見つめる。
「ごめんよ、シャオ、ルーアン。結局最後に頼っちまった。」
もちろんそれに首を横に振る二人。
「何をおっしゃるんですか。私は守護月天。
太助様のお傍で、太助様のお手伝いをして、そして太助様をお守りします!」
「たー様、あたし達に頼らずに行こうなんて甘すぎるわよ。
ま、あたし達が付いてるからには絶対にたー様に危険が及ぶ事は無いわ。
大船に乗った気分で試練を受けて頂戴ね。」
にこやかに笑う二人をポケットに入れる。
二人が行動しやすいように、ヨウメイがちゃんと細工してある。
「それでは準備はいいですか?避ける範囲は一キロ四方の正方形です。
そこから少しでもはみ出てしまえば、もう一度最初からやり直し。
避ける時間は一時間くらい。今が三時くらいですから、六時か七時には終わると思いますよ。」
ヨウメイの言葉を真剣に聞いていた太助だったが、最後の言葉にむっとした。
もちろんそれはポケットの二人も一緒である。太助は三人を代表して抗議した。
「ヨウメイ、今のはどういう意味だよ。二、三回は失敗するって言いたいのか?」
怖い表情で迫る太助。答えたのはヨウメイではなくキリュウであった。
「二、三回どころではない。途中でもなんでも最低五回は失敗するだろうとふんでいる。
だからヨウメイ殿は後三時間はかかるだろうと言ったのだ。
ひょっとしたら夜になっても終わらぬかも知れぬが・・・。」
「大変ですよ、キリュウさん。夜御飯も用意しておくべきでしたね。
ちょっとうっかりしてたなあ。まあいっか、途中で休憩を取れば。」
二人の言葉に、太助、シャオ、ルーアンの三人はわなわなと震えている。
おもいっきり馬鹿にされているような気がしたのだろう。
またもや三人を代表して太助が言った。
「俺達を甘く見てるんじゃないぞ!見てろ、一回でこの試練を超えてやる!!」
「主様・・・。」
済まなさそうに太助を見るヨウメイ、と思ったらすぐににぱっと笑った。
「大口を叩くって言葉知ってますか?それと大風呂敷を広げるって言葉も。」
更にむかあっときた太助、すさまじい形相で睨みつける。
「その言葉、そっくり二人に返してやるからな!!!」
どすどすと激しい足音を立てながら、太助は指定の位置へと歩いて行った。
その後ろ姿を見て、ふふっと笑うキリュウと、くすっと笑うヨウメイ。
最初は静かに笑っていた二人だったが、やがて大きな声で笑い出した。
指定の位置に立った太助はまたもやむっとしていた。
「くっそう、あの二人。何がおかしいんだよ・・・。」
「たー様、こうなったら徹底的に力を見せつけてやりましょ。
そしてあの二人に土下座させるのよ!」
「太助様、もしかしたらあの二人の作戦なのかも。
でもなんだか私も許せません。一回で終えられたら、
あの二人に家事を一週間やってもらう事にします!」
「よーし、あの二人を見返してやろうぜ!」
三人で手を振り上げて気合を入れる。
見物客達は、そんな五人の様子を唖然とした表情で見つめていた。