後ろのやり取りなど知るよしも無い太助。
最初は何やら緊張して歩いていたのだが、やがてゆったりと歩くようになった。
ときに遠くを見まわしてみたりと余裕を出している。
「ま、大丈夫かな。何がなんでもこのペースで行けばいいんだ。」
ついには口笛まで吹き出した太助。
上空でそれを見ていたキリュウとヨウメイは、少し呆れ顔になって道具を構えた。
「まったく、油断は禁物だぞ、主殿・・・。」
「誰かに影響された、なんてことは無いでしょうね・・・。
まあいいや、まずは小手調べ・・・来れ、焦熱!」
途端に地面付近の気温が上昇する。
異常に気付いた太助だったが、特に慌てる様子も無く、パタパタとやりながら歩き続けた。
「・・・暑くないのか?主殿は。」
「なに自分と比べてるんですか。キリュウさんと主様は違うんですから。」
ヨウメイに言われてうつむくキリュウ。ちょっとすねているようにも見える。
「・・・悪かったな、どうせ私は・・・。」
「なんですか?キリュウさん。」
「いや、別に・・・。」
それでも小声でぶつぶつと言いつづけるキリュウ。
なんとなく気になったものの、ヨウメイはあえて無視する事にした。
「では第二段階。来れ、炎!!」
突然太助の周囲に巨大な炎が巻き起こる。
「うおっ!?」
と、慌てたものの、ペースを乱すことなく太助は歩き続けた。
ときどき炎が太助に“ぼおっ!!”と牙をむいても、
体をびくっとさせるだけで走るなんて事はしなかった。
一方、遠くから見ていた見物客達。(もちろんコンパクト使用)
突然巻き起こった炎に唖然としつつも、太助の勇姿を見守っていた。
「あの中をゆっくりと歩くなんて・・・。うう、姉ちゃんは嬉しいぞお・・・。」
「那奈ねぇ、いいかげんそれはいいから。それにしても度胸あるよな。
いくら死なないからって言われててもあの中を悠然と歩くなんて・・・。」
「ほんと、太助様はすごいですわ。」
三人の誉め言葉を聞いた出雲はふぁさっと髪をかきあげて言った。
「ヨウメイさんがちゃんと管理なさっているんでしょう?
だったら、私でもできるかもしれませんね。」
“かもしれない”とか、“私でも”と謙虚に言ったのは女性陣を怒らせないためである。
その思惑は見事に当たり、那奈たちが批判を浴びせる事は無かった。
しかし、その代わりに花織にぽんと肩を叩かれる。
「出雲さん、多分出雲さんがあれをやると、焼き殺されるかもしれませんよ。」
「ええ?どうしてまた・・・。」
聞き返した出雲に、花織の代わりにルーアンが答える。
「チャンスだもんねえ。試練の最中に主に邪魔な存在が焼死した、なんて。
ちょっと操作を誤りました、なんて笑って済ますわよ、あの子。」
「ひっどーい。ルーアン先生、楊ちゃんはそんな事しませんよ。」
「そうですよ。第一それなら、もっと正攻法でやるんじゃないですか?」
あんまりフォローになってない熱美とゆかりんの言葉に、途端に蒼ざめる出雲。
天使のような微笑の後、悪魔のような笑いを浮かべるヨウメイを想像したのだろう。
なにやら両手を自分の体にまわして少し震え始めた。
「出雲さん?大丈夫ですか?」
様子がおかしいのに気付いたシャオが尋ねるが、出雲は適当に笑いを浮かべて返しただけだった。
言われてみればそうだと、自分で改めてヨウメイについて納得したのである。
といっても、かなり自分勝手な納得の仕方ではあるが・・・。
当然そのいざこざはヨウメイに筒抜けであった。
山の時と同じようにわなわなと震えているヨウメイに、キリュウはそれとなしになだめる。
「ヨウメイ殿、何があったのかは知らぬが落ち着かれよ。」
すると突然ヨウメイは震えるのを止め、くるっと振り返った。
「・・・あんまりだ。私はそんなに怖く見えるのかな・・・。
ねえ、キリュウさん、どう思います?」
一転して悲しそうな表情をするヨウメイに、キリュウは戸惑いつつもこう答えた。
「別段怖くは無いと思うが・・・。やはり普段の印象というものでは?」
「そうですか・・・。やっぱり宮内さんには厳しく接するべきなのかな・・・。」
固有名詞を口にしたヨウメイ。もちろんキリュウは、
“宮内殿、あれほど控えよといったのに・・・”と、心の中であきれていた。
統天書によってヨウメイが事情を知ったという事は明白だったから。
二人がそうしている間にもどんどん歩く太助。
炎にも相当慣れてきたみたいで、見せ掛けの勢いに呑まれることも無かった。
しかし暑いのには変わり無いようで、上着を一枚脱いでいる。
そろそろ、ヨウメイの出した炎が途切れるというところまで来ていた。
「・・・暑さに耐える試練なのかな。だったらいやだなあ。
あたしだったら絶対に途中で投げ出すよ。」
翔子のだるそうな声に、みなはうんうんと頷く。
炎が周りにあるなど、並大抵のものではないだろう。
それこそサウナよりも酷い暑さであるということは見て取れたのだから。
「七梨先輩・・・。先輩とだったら、例えこんな炎の中だろうと・・・。」
「おーい、花織ぃー。」
熱美がジェスチャーを交えて呼びかけるも、反応は無い。
おなじみの乙女モードに突入したようである。
「僕も、ルーアン先生とだったら・・・。」
「あの、遠藤先輩・・・?」
今度は乎一郎もなにやら自分の世界に入ってしまったようだ。
ゆかりんが横から突ついてもまるで反応なしである。
「ほっときなさいよ。それよりいずぴー、落ち着いたの?」
「え?ええ、まあ・・・。」
唐突にルーアンに呼ばれて慌てて返事をする出雲。
周りのみんなは、珍しく心配してたんだ、と感心していた。
「じゃあお饅頭出して。おやつに食べるから。」
「え・・・。」
出雲と共に呆れ顔になる面々。
そう、ルーアンは出雲がお饅頭を持ってきている事を知っていたのだ。
落ち着いたのならそれをもらおうと思っていたのである。
「どうしたのよ。お饅頭有るんでしょ?隠してないで出しなさいよ。」
「あの、ルーアンさん。なにもこんな時に・・・。」
なだめようとした出雲だったが、駄々をこねるルーアンに、しぶしぶそれを差し出すのであった。
「わーい、いただきまーす♪」
うれしそうにかぶりつくルーアン。
というわけで、一足早くおやつの時間となったのだった。
「ずるいなあ。試練中におやつにするなんて・・・。」
試練そっちのけで、統天書を見ながら文句を言うヨウメイ。
その時にはすでに太助は炎のエリアを抜け、なにもない荒野をただゆっくりと歩いていた。
「ヨウメイ殿、なにもしないのか?」
「ちょっと待ってくださいね。・・・ああ!なんで一人三個も!
私とキリュウさんと主様の分は―!?」
どうもおやつに対して様々な物言いがあるようである。
“仕方がない”と思いながら、キリュウは太助が歩く様を見ていた。
あの暑い中をくぐったにもかかわらず、実に堂々とした歩き方である。
微塵も疲れを感じさせない。休憩をした後とはいえ、なかなかのものであった。
「なんだか強くなったな、主殿は。シャオ殿のためにそこまで頑張れるものなのか・・・。
私も頑張らねばなるまい。主殿の期待に応え・・・」
「ああーっ!!ルーアンさんひどーい!!なんで残り全部食べるんですか―!!!」
感傷に浸っているキリュウの横で大声で騒ぐヨウメイ。
さすがにあきれたのか、キリュウは短天扇を広げた。
「万象大乱。」
ヨウメイのかぶっていた帽子が巨大化。ヨウメイはあっという間にそれに呑まれてしまった。
その帽子の中でもぞもぞと動いて顔を出す。
「ぷはあっ。何するんですか、キリュウさん。」
「ヨウメイ殿、主殿はすでに炎を超えられたぞ。なにもしないのはどうかと思うのだが・・・。」
するとヨウメイは、慌てて帽子から這い出して統天書を開いた。
「す、すいません。ちょっと夢中になってて・・・。
では第三段階。来れ、溶岩!」
突然炎が消えたかと思うと、太助の周囲に溶岩が出現した。
一歩でも歩き間違えればその中に足を踏み入れそうなほど近くである。
当然太助はびしっと固まりかけた。が、なんとかそこを歩き出した。
「さてと、それじゃあ管理お願いしますね、キリュウさん。」
「ヨウメイ殿、私になにをしろと言うのだ?」
「万象大乱があるでしょう?あれで、主様に近づこうとする溶岩を縮めてください。」
“ふむ”と納得したキリュウはこくりと頷く。
しかし、一つ疑問が残ったのでそれを尋ねてみた。
「なぜヨウメイ殿が管理しないのだ?」
「ちょっと他にやる事が・・・。」
「まさかおやつの請求ではないだろうな。」
なにやら作業を行っていたヨウメイはびくっとなる。どうやら図星のようだ。
「ヨウメイ殿、そんな事では困るな。しっかり試練を行ってもらわねば。」
「だってだって・・・。私だってお饅頭欲しいです・・・。」
瞳をうるうるさせるその姿に、キリュウは“やれやれ”とため息をついた。
「分かった、ここは私に任せられよ。ちゃんとおやつを持ってくるがよい。」
「ああ、ありがとうございます。」
笑顔に変わったヨウメイは作業の続きを始めた。
絨毯へと変わった飛翔球を半分に離し、(キリュウの乗っている部分を残し)
もう半分で見物客のいる場所へと飛んで行く。とその前に・・・。
「あの、キリュウさん。帽子、元の大きさに戻してください。」
「ああそうだったな。・・・いや、それも試練だ、耐えられよ。」
意外な言葉に“え・・・”となるヨウメイ。
しかし反論はせずに、頷いて皆のところへ飛んで行った。
もともと自分が悪かったのは言うまでも無かったのだから。
ヨウメイを見送ったキリュウは、太助の方へと向き直った。
一歩一歩歩いているものの、さすがに震えているようである。
「まあ、溶岩などの横を歩くなど普通はせぬからな・・・。」
キリュウとしてはもうちょっと近づいてその様子を見たかったのだが、
溶岩の熱気に耐えられず、仕方なく上空で見ている。
それでも、太助が危険かどうかは十分に確認できる位置ではあった。
「暑くないのだろうか。よくもまああんな中を歩けるものだ・・・。」
短天扇を構えながら、キリュウは感心しながら呟いていた。
そしてこちらは太助。暑くないなんて事はない。
いや、暑いというよりは熱いといったほうが正しいだろう。
なんといっても周りは溶岩。何千度という温度の物体なのだから。
「ほんとにやるなんて・・・。あちいよおー・・・。」
太助としてはさっさと走りぬけたかったのだが、最初の規定通り我慢して歩いていた。
もし走ってしまえば、もう一度こんな灼熱地獄を歩かなければならないのだから。
しかし太助はなんとか耐えているものの、その装備品はそうはいかない。
時折服に小さな炎がついたりする。太助はそれを慌てて消しながら進んでいるのである。
それでも限界は近かった。熱に耐えきれずに、ゴム製の靴が溶けてきている。
服は服で、かなりぼろぼろである。もちろん、太助もかなりの火傷を負っていた。
「早く抜けないと、本気で死ぬかも・・・。」
ゆっくりと歩くその姿は、目を覆いたくなるほど酷いものであった。
「太助様・・・。」
当然見物客達にもその光景は見て取れた。
悲惨な姿の太助に、ただただ悲痛な声を上げるばかりである。
「太助、耐えろ、耐えるんだ。くっそう、ただ見ているしか出来ないなんて・・・。」
「那奈ねぇ・・・。七梨、とにかく頑張れ!」
「あたし、見てられない・・・。七梨先輩・・・。」
思わず顔を覆う花織を、熱美とゆかりんは傍に寄ってなだめる。
声も立てずに見ているのは出雲、乎一郎である。
ここまで強烈な試練の実験台にされなくてよかったという安堵感、
そして太助への心からの応援を行っていたのである。
「大丈夫、たー様なら・・・。」
先ほどまで元気だったルーアンも、かなり真剣な表情で見つめている。
とその時、絨毯に乗ったヨウメイがそこへやって来た。
「あの、すいません。さっきおやつに食べてたお饅頭。
三個残ってますよね?それを二個ほどもらえますか?」
ちなみにその三個はたかしの分である。
ずっと気絶したままのたかしは誰に気に止められる事も無く、おやつを残されただけだったのだ。
しかし、ヨウメイのその言葉にシャオは立ちあがった。
そしてつかつかと歩いて行ってヨウメイに詰め寄る。
「ヨウメイさん!太助様が大変な時におやつだなんて・・・あんまりですわ!!」
シャオに怒鳴る出番を奪われたものの、他の皆も頷いて厳しい眼でヨウメイを見た。
特に花織、熱美、ゆかりんの目はかなりのものである。
「でも、私もおやつ食べたい・・・」
「後にしろよ!だいたい太助の命を保障するやつがそんなところでいる場合じゃないだろ!」
「翔子の言う通りだ!さっさと自分の位置にもどれよ!」
二度目怒鳴られてもヨウメイはやはり顔色を変えなかった。
「あの溶岩の管理はキリュウさんが行ってますよ。だから大丈夫です。
という事でお饅頭を・・・」
「楊ちゃん!試練をきちんとやってよ!」
「そうだよ、おやつなんて言ってられないんだよ!」
「こうしている間にミスが起こったりしたらどうすんの!」
花織、熱美、ゆかりんに三連鎖で怒鳴られる。
さすがにこれは効いたみたいで、ヨウメイはしゅんとなってしまった。
「だって・・・。皆さんずるいですよ・・・。
試練を行ってる最中にお饅頭を取り出すなんて・・・。」
どうも皆の言いたい事はあんまり伝わっていないような返事のし方である。
とそのうちに、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「あの、ヨウメイさん。言いたい事は分かるんですけど、
今は太助君の試練に専念してください。ね?」
出雲の言葉に、ヨウメイは泣き顔のまま“ばっ”と顔を上げた。
「さっき余計な事を考えた人にそんな事言われたくないです。
やっぱり宮内さんとは打ち解けられないんですよ。」
再び泣き出すヨウメイに、出雲は先程の事を思い返して慌てて駆け寄った。
誤解を解こうと、必死になって説得する。
その必死さが再び通じ、なんとかヨウメイはそれに納得した。
「悪かったわよヨウメイ、あたしがお饅頭出せなんていずぴーに言ったのがいけなかったのね。
ほい、これがお饅頭二個分よ。これもってさっさとたー様の試練を続けて頂戴。」
ルーアンがお饅頭を差し出すと、ヨウメイはぱあっと顔を輝かせてそれを受け取った。
笑顔を取り戻して、ぺこりとお辞儀する。
「ありがとうございます。それじゃあ・・・。」
そしてヨウメイは絨毯に乗って飛んで行った。
なんとも複雑な表情でそれを見送る見物客達。
「結局お饅頭が欲しかっただけだったんだね。でもなあ・・・。」
「遠藤先輩、楊ちゃんって妙なところでこだわる子なんですよ。だから・・・。」
「熱美ちゃん、だからって試練の途中で来ていいわけがないよ。
でも、ちょっとうかつだったかな。おやつを一足先に食べ始めたから・・・。」
「ルーアン先生がいけないんですよ。おやつが欲しいなんて駄々こねるから。」
「わ、悪かったわよ。これからは気をつけるから・・・。」
「ルーアンさんだけの責任じゃありませんわ。
やはり一緒になって食べ出してしまった私達も・・・。」
「とにかく、以後気をつけましょう。・・・あまり私が言える事ではありませんが。」
「それより一つ気になったんだけど、
楊ちゃんと一緒にあったあのおっきいのってなんだったんだろう?」
「そうそう、あたしも気になった。一応聞かずにはいたんだけど・・・。」
「ひょっとして新しい試練の道具か何かかな。」
「それだったらますますすごいですね。一体どんな試練なんでしょう・・・。」
そんなこんなで議論が続けられる。
なんとなく討論するのが馬鹿らしく思えた那奈と翔子は、再びコンパクトを見つめていた。
相変わらずのペースで歩き続ける太助の姿が目に入る。
それと同時に、先ほどとはちょっと違う風景も目に入った。
ところどころの溶岩が形を変えて存在している。
太助が歩いている道も、まっすぐではなくなんだかうねっているようだ。
「なんかあったのかな。ちょっと景色が違うような・・・。」
「それより太助のやつ、相当つらそうだな。やっと歩いてるって感じだぞ・・・。」
二人の声に慌ててシャオも駆け寄る。目を少し覆ったものの、
やはり真剣な目つきになって、コンパクトに移っている太助をじっと見つめるのであった。
一方、上空で待機しているキリュウ。
何やら息が荒い。結構疲れている様だった。
「ふう、ふう。まったく、こんな大変なものを私に任せるとは・・・。
・・・ん!?万象大乱!!」
よろめいた太助を見てキリュウが万象大乱を唱える。
歩く方向とは別の方へ太助が出した足を、避けるかのように溶岩が引いて行った。
そう、これのおかげで溶岩に囲まれていた道はうねっていたのである。
ヨウメイが皆の元へ向かっている間にそれは幾度と無く繰り返された。
太助がつらいのはもちろんだが、キリュウも当然つらい。
とにかくいつ太助がよろめいても良いように、常に目を光らせておかないといけないのだから。
常に神経を使っているため、疲れる度合いも半端ではない。
そのうちに、キリュウは立っているのもつらくなってきた。
「くっ、暑い・・・。しかし、これくらい近づかねば主殿が見えない・・・。」
目が少しばかりかすんできたようである。だからキリュウ自身もかなり地面に近づいている。
もちろん溶岩の上空にいるため、その気温はとてつもない。それこそ夏の暑さを超えている。
そんな中で神経を尖らせているのだから・・・。
「駄目だ、もう限界・・・いや、主殿が頑張っているのに・・・。」
なんとか気力を振り絞って立ちあがるキリュウ。
幸い、キリュウが注意をそらしている間は太助はよろめきはしなかった。
しかし、キリュウ自身の限界も近い。そんな時、饅頭を片手に持ったヨウメイが帰ってきた。
「ただいま戻りました―!キリュウさん、お疲れ様です。
後は私に任せて休んでてくださいね。はい、これお饅頭です。」
にこにこ顔のヨウメイを見て、キリュウは少しばかり笑みを浮かべたかと思うとその場に崩れ落ちた。
限界というものをとっくに通り越して頑張っていたようである。
「ほんと、お疲れ様でした。暑さに弱いキリュウさんがここまで頑張るなんて・・・。
涼しい上空でゆっくりと休んでくださいよ。」
飛翔球を一つに戻して、それを上昇させる。
ヨウメイ自身は太助の様子が何所からでも分かるので、近寄る必要はないのである。
「やれやれ、おやつはおあずけか。
それより帽子の大きさを直してから気絶して欲しかったな・・・。あっと!消えよ、溶岩!」
太助が踏み出した足が、溶岩がもといた場所に踏み出される。
ヨウメイがその場所の溶岩を消したためだが、太助にそんなものを意識する余裕はない。
もはや目もうつろ、ただ歩くという意識のみが残っているようであった。
それでも、溶岩地帯をもう少しで抜けそうである。
歩きながらもそれはなんとなく意識しているようで、少しばかりの笑みをこぼす太助であった。
「なんだ、限界じゃないみたいですね。さすが主様。
・・・っと、消えよ、溶岩!」
再びよろめいた太助。しかしそれを最後に、よろめくことなく溶岩地帯を抜ける事に成功した。
「やったー!!七梨先輩すごーい!!」
「さっすがたー様!あんなもの目じゃないってことね!!」
「ルーアン先生、それは違うと思うけど・・・。ま、なんにしてもよくやった、七梨!」
「見ていてどきどきしました。一時はどうなる事かと思いましたけど・・・。」
「でも、ぼろぼろだね。まだ何かするんだったらこれ以上は・・・。」
乎一郎の呟きに途端に深刻になる見物客達。
確かに溶岩は抜けたものの、その姿は見るに耐えないほどぼろぼろであった。
一度休憩しないと別の試練を超えられそうにない、そう思わせるほど・・・。
「太助様を休めないと・・・。」
「でもシャオ、とりあえず向こうに着くまでだからな。
まだまだ距離はあるよ。」
「これはもう一試練ある、と考えた方が良いかもしれませんね・・・。」
出雲の声に“ええっ?”となるほかの面々。
しかし否定は出来なかった。あの二人ならやりかねないだろう。
とりあえず地面以外何も無いところを歩く太助をじっと見るしか出来なかった。
無言のまま歩き続ける太助。
それでも、炎などない場所なのでそれなりに休憩のようにはなった。
上空でそれを見ていたのはヨウメイである。
キリュウは先ほどの作業で眠ったままであるのだから。
「ここからは私一人でやらなきゃ。来れ・・・火山噴火!」
突然太助から約一キロ離れたところの地面がぼこっと膨れたかと思うと、いきなり山が出現した。
それは見る見るうちに成長したかと思うと、“ドーン!”と大きな音を立てて、
大量の煙、灰、そして溶岩を噴出した。
いきなりの事にびっくりした太助だったが、なんとか落ち着きながら歩き続ける。
しかし、時折空から降ってくる様々な物がすぐ傍に落ちるたびに、やはりびくっとせざるを得なかった。
もちろんそれらは直接太助にぶち当たる事が無いように、ヨウメイが調節している。
さすがに岩が当たってしまうと死んでしまいそうだったから・・・。
それよりは溶岩が流れてきている事に恐怖を覚えた太助。
ゆっくりと、着実に遠くから近づくそれを遠目に見ながら、一つため息をついて歩き続けるのであった。
一方、突然の火山噴火に驚いた見物客達は、唖然としてその光景を見つめていた。
「火山・・・。確かに自然現象だけど・・・むちゃくちゃじゃね―か?」
「それでもゆっくりと歩き続ける太助。立派だな・・・。」
誉め言葉の趣向を変えた那奈。突っ込むものは誰もいなかったが。
とその時、火山とは別の大声が響いた。
「うおおー!火山だー!俺の熱き魂への挑戦かー!?」
たかしである。気絶していたたかしは火山の噴火の音で目を覚ましたのであった。
「たかしくん、そんな訳ないって。いいから落ち着いて・・・。」
「けどなあ、挑戦しなきゃ男じゃないって。なんで太助は歩いているだけなんだ!」
たかしの余計な一言に、“あちゃー”と額に手を当てる乎一郎。
次の瞬間には、シャオと乎一郎を除く全員の一撃がたかしに繰り出された。
もちろんそれでたかしは吹っ飛んで気絶。奇しくも最初の状態になったのである。
「全く人の話を聞いてないな、野村のやつ・・・。」
「ほんとですね。七梨先輩の苦労も知らずに。」
「それにしても愛原のじょーちゃんは良いとして、あんた達二人まで加わるとは意外ね。」
「いえ、ついなんとなく腹が立っちゃって・・・。」
「私だって、出雲さんまで加わるなんて意外でしたよ。」
「ここで殴っとかないと、私も同意見に思われるといやですからね。」
「さっきのヨウメイとのいざこざへの償いって感じだな、宮内。
まあいいや、うるさいやつも気絶したし張りきって太助の応援再開だ!」
『おおーっ!!』
なんだか妙な団結力を目にした乎一郎。
たかしを哀れと思いつつも、苦笑いしながらシャオと顔を合わせるのだった。
統天書を見ながらあきれ顔になっているヨウメイ。
太助に被害が及ばないように管理しながらも見物客達の様子を見ていたのである。
「全く野村さんは・・・。後でほんとにやってもらおっかな。
さてと、最終段階・・・来れ、熱風!!」
突然そこに強烈な熱を伴った風が吹き荒れる。
その身に火山灰を乗せながら、太助に向かって一直線に。
通り過ぎて行った後も、ご丁寧に円を描いて太助の元へと戻る。
そこで太助の歩みの速度が一瞬にして落ちた。
今までの十分の一、いやそれ以下だろう。もはや一歩、一歩・・・というペースにしかならなかった。
しかしその速度で歩いていたのでは当然限界が来てしまう。
その場にいればいるほど熱風にさらされ、体全体を焼かれかねない。
なんとか力を振り絞って、もとのペースで歩き出した。
「あと、すこし、なんだ・・・。こんな、所で・・・!!」
そう、熱風が吹く前はほんの後わずか、100メートルというところまで迫っていたのだ。
時間にして後約二分の距離。もう少しである。
「なかなか頑張りますね。でもね、もう一つ有るんですよ・・・。」
一言呟いて、ヨウメイは勢いよく統天書をめくり出した。
太助の様子を見ていた見物客達。驚きの表情と共に固まっていた。
熱風、しかも向かい風があのぼろぼろになっている太助に吹き荒れているのだ。
しかも強さも結構なものであるという事が見て取れる。
それでも前へ前へと進む太助に、声を出せるものは一人もいなかった。
中には顔を手で覆っている者もいる。それほどまでにすごい状況なのだ。
やがて、じっと見ていたうちの一人が声を立てる。
「太助様、私は信じてます・・・。無事に試練を超える事を・・・。」
シャオだ。その後に続いて何か言おうとした者もいたが、シャオの表情を見てそれを止めた。
試練とはいえ、ここまで酷い状況に陥っている太助を守りに行けない。
という守護月天のシャオの気持ちを汲んだのであろう。
ただひたすら心の中で信じて、皆は試練が終わるのを待っていた。
「さて、深刻になってるところ悪いですけど・・・。」
統天書をめくっているついでに、別のページにて見物客の様子を知ったヨウメイ。
めくる手を止め、そして重々しく叫んだ。
「来れ・・・ファイアウォール!」
太助の背後に、大きな炎の壁が一瞬にして出現した。
それはじわりじわりと太助に迫る。太助の歩く速度よりやや速いようだ。
キリュウとヨウメイが最初に指定した速さである。
つまり、太助には最初のペースで歩く力は残っていないという事である。
太助にとって、その半分が関の山であった。
ヨウメイは少し高度を下げる。そしてすうーっと息を吸い込んだかと思うと、大声で叫んだ。
「頑張ってゴール目指してください!!ペースを少しでも上げないと、焼き殺されますよ!!
こればっかりは容赦しませんからね!!死にたく無かったらきっちり歩く事です!!!」
熱風の中にいる太助に届くくらいの声である。
“ぎくっ”となった太助だが、気を引き締めて歩き出した。所要時間は残り約一分である
もちろんヨウメイの声は見物客達にも届いた。それに当然叫び返す。
「なんですってー!?あんた、たー様を殺すつもりなの―!!?」
「楊ちゃん、止めてよ!!七梨先輩に酷い事しないで!!」
必死になる二人を、これまた必死に止める他の面々。
特にルーアンには、那奈、出雲、乎一郎、翔子の四人がかりであった。
荒れている見物客の中にも、ただ一人静かに見守っている者がいた。
祈るような、なんとも言えない表情で、じっと太助の姿を見ている。
「太助様を・・・信じなきゃ・・・。」
シャオである。本当はすぐにでも傍に駆けつけたかったが、必死にこらえていたのだ。
そんな彼女の心を知らずに、花織が後ろを向いて“きっ”と睨む。
「なにやってんですか、シャオ先輩!守護月天ならどうして七梨先輩を助けに行かないんですか!!」
「「花織!!」」
叫ぶ花織を熱美とゆかりんの二人はなだめる。
びくっとなったシャオだが、なんとか気持ちを押しとどめ、そこにじっとしていた。
再び何か言おうとする花織の口をふさぐゆかりん。
黒天筒を振りかざそうとするルーアンの手を押さえつける那奈。
とにかくてんやわんやの大騒ぎであった。
「さて、あとは主様が頑張るだけ・・・。」
全てを消す準備をし、ヨウメイはただひたすら待っていた。
太助が、一歩でもゴールへ足を踏み入れるのを・・・。
その太助。体のあちこちがぼろぼろ。
とはいえ、油断してしまえば後ろから迫っている炎に呑まれてしまう。
もちろん呑まれた後に待つものは死。それだけはなんとも避けねば、と必死になっている。
最初のペースとまではいかないまでも、徐々にその速度を速めていた。
本当なら走りたい気分でいっぱいだったろう。
しかし、この向かいの熱風の中、そんな元気はとうに消え失せてしまった。
もはやただ歩くのみである。歩くしか出来ないのだ。
「あと、十歩・・・。」
この時の太助には、一歩一歩の時間がとても長く感じられた。
一歩につき一分、いや、それ以上かもしれない。
この灼熱の風の中を、そして後ろから迫り来る恐怖を感じながら、
ゆっくりとゆっくりと歩いて行った。
幸い、今の調子で行けば後ろの炎は追いつかないようである。
そしてゴールまで後五歩。そこで偶然なのか意図的なのか、なんと火山が二度目の噴火を起こした。
“ドドーン!!”という激しい衝撃が辺りに伝わる。
なんとその音により、太助はバランスを崩してしまったのだ。
なんとか倒れずに済んだものの、確実に遅れをとってしまったようだ。
今までのペースで進んでいたのでは間に合わない。
つまり、最初のペースで歩かないと炎に呑まれるのは明らかであるという事だ。
「うそ・・・だろ・・・。ちっきしょー!」
太助は懸命に足を前に出す。しかし思うように動かない。
傷ついた体に鞭打って、ようやく今までのペースを取り戻したようだ。
しかし当然そのままでは炎に呑まれてしまう。
最後の力を振り絞り、一歩を必死になって踏み出す。
後三歩。もう少しである。ゴールも、太助と炎の壁との距離も・・・。
一方、太助のそんな様子を知っている見物客はシャオ一人であった。
明らかにピンチである太助を見て、シャオは力いっぱい叫ぶ。
「太助様―!!!」
先ほどのヨウメイの声くらいの大きさはあるだろうか。
その必死なシャオの叫び声に、周りの皆ははっとなる。
当然ヨウメイもそれに少しばかり反応した。
そして・・・。
「シャオ・・・。くっそー、死んでたまるかー!!」
残りの三歩。太助は最初のペースで歩き始めた。
一歩、また一歩と踏み出される太助の足。そして最後の一歩がゴールに到達!
それを統天書で確認したヨウメイはすぐに全てを消した。
一瞬にして、辺りは何も無い平野に変わる。
“試練が終わったんだ”と確信した太助は、
全ての力を使い果たしたように、ゆっくりとそこに崩れ落ちた。
当然見ていたシャオは立ちあがる。そしてすぐさま軒轅と共に太助の元に駆け付けて行った。
「終わったのか?試練・・・。」
「太助のやつ。ゴールに着いたんだ・・・。」
その他の見物客達は、一瞬何が起こったのかすぐに納得できず、その場に固まっていた。
「ふう、ぎりぎりだった。後少しでも遅かったら・・・。
さすがシャオリンさんの声は、効果絶大ですねえ。」
ほっとしながらも、太助の元へと降下するヨウメイ。
地面に降り立った頃には、すでにシャオが傍に来ていた。
ヨウメイはキリュウを絨毯に残し、歩いてそこへ近づいた。
「太助様、太助様・・・。」
シャオの呼びかけにも太助は反応しない。見た目はかなり痛々しい。
体という体におびただしいまでの火傷。そして着ている服もかなりぼろぼろであった。
「太助様・・・こんなになるまで・・・。」
「シャオリンさん、ちょっと。」
シャオが振り向くと、そこには笑顔を浮かべたヨウメイが立っていた。
なぜ笑顔でいるのかシャオには分からなかったが、とりあえず聞いてみる。
「ヨウメイさん、まだ試練を行うんですか?」
「ええ、ちょっと休憩してから。次の試練よりも今の試練を超えた事を考えないと。
ほんと、主様はよく頑張りましたよ。無事終えられたのもシャオリンさんのおかげですね。」
新たに分からない事が出来たシャオだったが、とりあえずこくりと頷くのであった。