小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


「あのダメージで立ち上がるとは・・・。なんか用かの?」
のんびりとした声でデルアスが呼びかけると、ヨウメイはゆっくりと口を開いた。
「すいません、私に最後の抵抗をさせていただけますか?」
「それは構わんが、無の術じゃと容赦無く消すぞい。」
「ご心配なく、無の術じゃありませんので・・・。」
にこりと答えたかと思うと、ヨウメイは光源のもとである統天書を両手で前に突き出した。
すると、すうーっと統天書は宙に浮き、バラバラとひとりでにめくれ始める。
その不思議な光景をデルアスはにやにやと見ていた。弱者の抵抗が面白いのである。
今度は何をやらかしてくれるのやら、と楽しそうにそれを見つめていた。
「統天書の全てを我に・・・同化!!!」
少しの詠唱の後に力強く叫んだヨウメイ。
光が一瞬強くなったかと思うと、それはあっという間に消え、後にはヨウメイだけが。
もちろん姿も何も変わっていない。変わったことといえば・・・。
「・・・お主、統天書はどうした?」
「えへへ、何処でしょう?ちょっとした手品ですよ。」
両手を力無く横に広げたかと思うとにこやかに告げるヨウメイ。
その姿に、デルアスはがっくりした様にため息をつくのだった。
「そんなくだらん事をする為に儂に時間を取らせたのか?もういい、消えろ。」
すっと手を持ち上げるデルアス。だが、ヨウメイはそれに対して手を振った。
「まあまあ、もう少し待ってくださいよ。とりあえず回復を・・・再生!!」
振っているその手をすっと天にかざしてドンと叫ぶヨウメイ。
すると、一瞬にして辺り一帯が優しい光に包まれ、しばらくの後にそれは止む。
と、あっけに取られて見ていたシャオの腕もとの太助がうめき声を上げた。
「うーん・・・しゃ、シャオ?」
「太助様?傷は、傷は大丈夫なんですか!?」
「あ、ああ、なんとも・・・って、治ってる!?なんで!?」
太助の声にびっくりして振り返るデルアス。
太助だけではない。傷つき倒れていた全ての面々が完全な状態で起き上がり始めたのだ。
「あたし・・・。」
「る、ルーアン先生!」
ルーアンと乎一郎。
「ありゃ?痺れてたはずなのに・・・?」
「なんだか元気いっぱいだ・・・。」
「剣の傷が・・・消えてる。」
那奈、翔子、出雲。
「私は・・・。」
キリュウ、そして近くに倒れていた星神達。
「うう、卑怯だぞ・・・あれ?」
「の、野村先輩?」
たかしに花織。
「う、うーん?」
「楊ちゃん・・・。」
「目が覚めた?もう大丈夫だからね。」
熱美とゆかりん、そしてヨウメイも完全な姿で立っていた。
驚きの顔で固まっているのはデルアス。まさかこんな術が使えるとは思ってもいなかったからだ。
「驚いたわい。空天殿、力を隠しておったな?・・・しかしなぜ。」
「これだけは使いたくなかったんですけどね。ま、覚悟してくださいね。」
にこっとヨウメイが笑うとしゅっとその姿が消える。
“えっ?”と皆が思ったその瞬間には、

ドーン!!

と、デルアスの体が吹っ飛ばされていた。どうやらヨウメイが強烈な体当たりをぶちかましたようだ。
だが、ずざざざっと地面をすりながら彼の体は止まる。
ヨウメイも距離を少しおいて立つ。皆は唖然として彼女を見ているのだった。
「お主・・・。一体何をした?」
「秘密です。とりあえず・・・結界神の名において生ぜよ・・・極結界!」
素早くヨウメイが叫ぶと、デルアスの周囲に真っ黒な壁が出来あがる。
それを確認すると、ヨウメイは皆に集合をかけた。
「皆さーん!!早く集まってください!!」
しばらくは反応が無かった面々だが、やがて慌てた様にヨウメイのもとへと駆け付け始める。
当然デルアスはそれを黙って見ていなかった。手を翳したかと思うと、強烈なエネルギー波を放つ。
だが、全て黒い壁に吸収される様に消えて行き、外へそれが出る事は無かった。
「なるほど・・・じゃがこの程度の結界で儂は封じこまれんぞ!」
一人納得し始めたかと思うと何やら念じ始める。
ヨウメイはそれを無視して、やっと集合した皆に一塊に成るように告げた。
言われた通りに皆が集合する。塁壁陣以外の星神は全て支天輪の中へ。
そして、塁壁陣の結界内部にヨウメイ以外の全員が集まる形となった。
「集まりましたね。では・・・」
「ちょっとヨウメイ、説明しなさいよ。あんたそんなすごい事出来たくせにどうして使わなかったのよ!」
怒り気味のルーアン。当然といえば当然の反応で、皆もそんな顔だ。
すると、ヨウメイはやはりにこりとしてそれの説明を始めた。
「統天書と私自身が同化することによって、統天書に記載されてる全ての事柄を私が行う事が出来る。
これを行うとかなりのリスクがあるんです。そのリスクについては後ほど。
本当は絶対に実行したくなかったんですが・・・。
それに、なかなか詠唱が長いから終わるまでに邪魔される可能性も高かったんです。
ゆかりんと一緒に吹き飛ばされたでしょう?それでチャンスだと思ったんです。
ただ最後に統天書を掲げて、ってしなければ成らない。けれど相手が油断の塊で助かりました。」
「しかしヨウメイ殿、それで勝てるのか?」
「ご心配なく。この状態になったからには必ず勝てます。私を信じてください。」
一点の曇りも無く告げるヨウメイに、皆はそれを信じて頷くしかなかった。
その後、皆が納得した事を確認すると、ヨウメイは新たな呪文を詠唱し始めた。
「塁壁陣に大いなる加護を・・・絶界!!」
ぱしいっっと塁壁陣の体が光る。見た目には何ら変わりが無い様に見えるが・・・。
「これでちょっとやそっとの攻撃は平気ですよ。まあ私は別の結界内で戦いますんで。」
相変わらずの笑顔で告げると、ヨウメイはてくてくと歩き出した。
去り際に彼女がボソッと漏らした言葉に花織は首を傾げる。
(“今までありがとう”・・・って?まさか・・・?)
良く無い考えが花織の頭の中を過ったが彼女は頭をぶんぶんと振る。
そして、完全な形となって戻って来た眼鏡と帽子をぎゅっと抱きしめるのだった。

「さてと・・・最高の結界を我に・・・ディスカトール!!」
両手を横に広げて力強く叫ぶヨウメイ。
一瞬ながら、大きなドーム状の結界が出来あがったのが皆に見て取れた。
具体的な大きさは約一キロ四方。試練場として使用した平地をすっぽり覆うくらい。
しかしそれはすぐに透明のものに戻る。ちなみに、塁壁陣はその外側だ。
「これで大丈夫。いくらなんでも戦いに巻き込まれてこの世界が消し飛んじゃあ・・・」

ドーン!!

呟きかけたヨウメイの言葉を遮るかのごとく轟音が響き渡る。デルアスが結界を破った音だ。
「手間を取らせおって・・・。」
なにやら不機嫌そうなのは、一連の行動を結界内部から見るしかできなかった事からである。
ヨウメイはそんな彼ににこやかに告げた。
「全力でいらしてくださいよ。はっきり言って手加減はしませんからね。」
言いながら人差し指を天に向ける。その先端には赤くて小さな球状の物が。
「そんな物で何をしようというのじゃ?」
同じくデルアスもエネルギー波を発しようとしたが、それよりはヨウメイが早かった。
彼女がくいっと指を曲げたかと思うと、球体が目にもとまらぬ早さで地面に達する。
皆がそれに目を見張る。その刹那・・・

チュドオオオオオーン!!!!!

一番最初、精霊達の総攻撃で起こした爆発など比べ物にならない大きなものが巻き起こる。
余波が結界内部全てを覆い、一瞬にしてヨウメイの姿もそれに隠れる。
様子を見ていた面々は、その光景にただただ絶句するのだった。
「すごい・・・。なんなの、あれ?」
ただ一人だけ呟いたルーアン。
キリュウと共同で作り上げたりした陽天心光玉ですらあの様な爆発は起こせなかっただろう。
それだけにすさまじい爆発が結界内で起こっているわけだ。
結界がなければ、おそらく地上はひとたまりもなく吹き飛んでいただろう。
やがて、爆発で巻き起こった煙などが晴れてくる。
と、平坦になった地面の上に涼しい顔をして立っているヨウメイの姿が見えた。
「やれやれ、やっぱり全部消し飛んじゃったかあ。ま、しょうがないよね。」
消し飛んでしまったのは結界内部に存在していた地面の事だ。
つまり、ヨウメイは結界の上に立っているという事。偉く丈夫な普通の壁だ。
「ぐ、お、おのれ・・・。」
しばらくして、呻き声と共にデルアスも姿を見せた。
だがその外見はどうだろう。半身が吹き飛び、なんともみすぼらしいものであった。
「ちゃっちゃと回復したらどうですか?油断なんてしてられませんよ?」
「くぅ・・・!!」
ヨウメイの声に反応したかのように完全な形となって回復するデルアス。
身体にダメージはほとんど受けていない様だが、明らかにさっきまでの精神状態ではない。
弱者をいたぶる余裕などはきれいさっぱり消え失せていた。
「侮れん・・・。ふざけた真似をしおって!!」
「ふざけた?これは心外ですねえ。私はいつだって本気ですよ。
ほらほら、可愛い龍さんでしょう?」
おどけながら、空に向けた掌の上にぽわんと赤い龍を出現させるヨウメイ。
ごおと燃え盛るそれは、見る見るうちに巨大化した。
「ブレイズドラゴン♪」
「何じゃと!?絶対零度!!」
赤い龍を放ったヨウメイに対して、デルアスも手を掲げて叫んだ。
天鶏の時と状況が似ている。だが、赤い龍は凍り付くことなくまっすぐにデルアスに飛んで行った。
「な、何故凍らんのじゃ!?絶対零度は・・・うわああ!?」

ドゴーン!!

絶叫を上げるデルアスの体を龍は軽々と貫いた。
ヨウメイとは反対側の結界へ着地したかと思うと、役目を終えた様にすっと消える。
紅蓮の炎を巻き上げて燃えるデルアスを残して・・・。
「ぐ、ぐおおお!?く、この程度で儂が参るものか!」
体を激しい炎に焼かれながらも、それを消して立ち直るデルアス。
さっきと同じ、完全な姿だ。しかし息をゼイゼイとついている点で疲れはかなり出ている様子。
「あんなまがい物の絶対零度で勝てる訳無いでしょう?
それにしてもまだ本気を出そうとしないなんて・・・。随分頑固なんですね?」
呆れた様に呟くと、ヨウメイは更なるものを掌の上に出現させた。
今度は光り輝く馬にまたがった黄金の騎士。だが、それに首はついていなかった。
「デュ、デュラハンか?」
「おや知ってましたか。でもねえ、ただのデュラハンじゃ無いですよ。
爆発のエネルギーを極限までに持った・・・ま、一度食らいましょうね。」
にこりと告げると、ヨウメイは掌のそれを放った。
龍と同じくどんどん巨大化。体全体に爆発の要素を纏っている様に輝いている。
ものすごい勢いで迫ってくるそれに対し、デルアスはすっと手を向けた。
「儂は最高なんじゃ・・・この程度でぇぇ!!」
同じ様に爆発のエネルギーを放つデルアス。それとデュラハンとがぶつかり合い・・・

ドゴオオオオオン!!!!!!

最初にヨウメイが放った一撃。あれを更に超える爆発が起こった。
すさまじい音の衝撃、爆発の余波、想像を絶するものが巻き起こる。
結界の外にいるものは全員が全員大きく口を開けたまま立ち尽くしている。
例え結界で閉じられていても、見た目で相当凄いという事が分かるのだ。
結界が無ければ、地上どころか星一つは平気で吹き飛ばしてしまいそうである。
と、爆発とは逆に、すうっと視界をさえぎるものは消え始めた。
中に立っていたのは、相も変わらず涼しい顔でいるヨウメイ。
そして・・・何やらどす黒いオーラに身を包んでいるデルアスだった。
「やっと本気に成りましたね。良かった。」
「お主、一体何者じゃ?ただの精霊がここまで出来るはずが無かろう!!」
笑顔を見せたヨウメイに対し、デルアスは恐い顔で告げた。
当然の質問だろう。神と覇権を争った自分が今精霊に対して本気を出させられたのだから。
すると、ヨウメイは改めてにこりと笑った。
「あなたが死ぬ前にお教えしますよ。とりあえず戦いましょうか。」
そして空中に円を描いたかと思うと、そこから一本の杖を取り出す。
ただの棒きれと言っても過言では無いそれは、飾りは先端に球体がふよふよと動いているだけだ。
以前デルアスが取り出したものとは違って随分シンプルである。
「武器を出しおったか。ならば儂も出さざるをえまいな。」
紋様を描いてデルアスも杖を取り出す。一度は取り出した“極限の杖”だ。
「主の杖の名はなんという?」
「知りたいですか?“無限の杖”ですよ。
ほら、この球体が描いているのがシンボルです。」
のんびりとした口調で杖の解説をするヨウメイ。
それが気に食わなかったのか、デルアスは力を込めて彼女に襲いかかった!

ガシィン!!

上から杖を振り下ろしたデルアスと、それを杖で受けとめるヨウメイ。
二つの杖が空中でぶつかり合っているわけだ。
しかし、断然ヨウメイが有利。彼女は片手で杖を扱っていたのだから。
「くうう、両手持ちなのに何故・・・!!」
「簡単な事ですよ、貴方の方が弱いんです。」
軽く言い放って杖を“ブン!”と振るヨウメイ。
その勢いで吹っ飛んだデルアスだが、地面に着地すると同時にすっと姿を消した。
その直後・・・。

ガシィン!!

背後から振りかぶられた杖を、これまた杖で受けとめるヨウメイ。
その動きは、まるでデルアスの動きを詠んでいたかのようだ。
攻撃を仕掛けたのは彼だが、逆につらそうでもある。じりじりと後ずさりをする形になっているのだ。
「くっ・・・何処にそんな力が・・・。」
「ひとを見かけだけで判断しちゃいけませんよ。
ところで、念じて力を使ったりはしないんですか?」
にこっと告げたヨウメイだが、彼女に対して、デルアスはキッと睨み返した。
「ふん、さっき消滅の念を込めてやったらそれを吸い取ったと分かったのじゃからな。」
「よくできましたね。ご褒美に、私も少し本気を出してあげましょう。」
“なにっ?”と目をむくデルアス。その直後に、先ほどと同様に体を吹っ飛ばされた。
地面に着地して彼が身構えた頃には、ヨウメイは取り出した杖を消した後だった。
「なんの真似じゃ?」
「武器無しでもあなたに勝てるって事を教えてあげようかと。」
けらけらと笑いながら告げる彼女にわなわなと震え始めるデルアス。
自分を下に見られたと、直に感じ取っているのだ。
「・・・出来る物ならやって見せろ!!!」
激しく叫び、力を杖に込め始める。一瞬の作業が終わり、デルアスはヨウメイに殴りかかった。
そんな彼に少しも慌てず、ヨウメイはすっと片手を上げる。そして・・・
「消えなさい。」

ドシュウッ!!!!!

激しい光線が掌からほとばしる。咄嗟の事に対処できなかったデルアスはそれをまともに食らう。
叫び声も光線にかき消されたようだ。そして、その光線はなんと結界を貫き空の彼方へととんで行く。
見た目は凄くなさそうな物の、あれだけやって破れなかった結界を貫いたのだから威力は相当なものだろう。
しばしの沈黙。デルアスは跡形も無く消し飛んでしまったようだ。
結界を修復したと思うと、ヨウメイがくるりと太助達の方へと向く。
にこっと笑うその姿に、彼らからは歓声が沸き起こった。
「凄いぞ!!ヨウメイー!!」
「楊ちゃん最高ー!!」
「さすがだな、ヨウメイ殿・・・。」
「お疲れ様〜!!」
口々に叫ぶ面々。誰の顔にも笑顔が浮かんでいる。
だが、そんな彼らを見ていたヨウメイが笑顔のまますっと結界内部の方を指差す。
そこは最初にデルアスが立っていた辺り。何事だろうと思った太助達であった。
「楊ちゃ〜ん、そこがどうかしたのー!?」
叫ぶ花織。するとヨウメイは今だ笑顔を絶やさずにそれに答えた。
「見ててごらん。消滅から復活する姿を。」
「ええ?」
皆がすぐに驚きの表情に成る。と、結界内部に激しい空気の渦が発生した。
それは一ヶ所に徐々に徐々に集まってゆく。
すっとヨウメイが其の方を見た時には、“パシィ!”という光と共にデルアスが立っていた。
全てを憎む・・・そんな目だ。
「おのれ・・・まさか消滅させられるとは・・・。
だが残念じゃったな。儂はそんな事では消えんからな!!」
鋭く言い放ち、再び杖を取り出して力を込め始めるデルアス。
そう、彼はヨウメイのはなった消滅波をくらったものの、そこから復活したのだ。
結界を軽々と貫いたのは、対象を消滅させる、という術だったからである。
一気にテンションが下がった太助達とは逆に、ヨウメイは静かに喋り出した。
「消滅はしても、それはその時間での事。過去の次元から自分を取り出して復活させる術。
俗に私やデルアスが使う再生とかはその類。だから全事象で消滅させる“無”と化す必要があるの。
けど、無とは言っても術とかで行ったんじゃ、過去に皆が見たという記憶なんかまでは消せない。
でもまあそんな人の記憶の断片から復活する術なんてまず使えないけどね。
とにかく、最初デルアスを殺せば、なんて考えは完璧に甘かったって事。死んでも復活できるんだから。
という訳だよ。花織ちゃん達、わかった?」
なんと、喋りおわったかと思ったらくるっと花織達に向いた。
密かに講義らしい物を行っていたようである。
意外な事に驚きながら花織達は頷いたが、デルアスはそれに腹を立てながら向かってきた。

ドーン!

結界と極限の杖とがぶつかった衝撃が辺りに走る。
さすがにこれに対して攻撃する暇は無かったのか、ヨウメイはひらりと避けに転じたようだ。
だが、デルアスはそれを逃がさない。次々と後を追いかける形で攻撃を仕掛ける。
“ブン!”“バシッ!”“ヒュン!”と、様々な音が幾重にもなって鳴り響く。
当然ながらその動きは太助達の目に追えるような物ではない。
姿もほぼ写らない為、何がなんやら分からず音だけが聞こえてきているのだった。
「は、はや・・・。」
「ふむ。いずれ試練であれくらい動けるようになってもらおうか?」
「じょ、冗談だろ、キリュウ?」
「ヨウメイ殿に教えてもらえばすぐのはずだ。心しておられよ。」
「げええ・・・。」
緊張感が解けたのか、多少のんびりした会話が交わされる。
がくっとなった太助を慰めるようにルーアンが抱き付いたりと、少しばかり雰囲気も和んだようだ。
もちろん、戦いの様子がさっぱり分からないというのが原因でもあるが。
「それにしても・・・楊ちゃんてあんなに強かったんだ?」
「ほんと、間違い無く神様って感じもしないでもないよね。すごいよ。」
「あんまり怒らせ無いようにしなきゃ・・・。」
なにも見えはしないが、結界を見つめながら花織達が言葉を交わす。
其の時、シュン!!と二人が姿を現した。
両手で杖を握り締めたままとまっているデルアス。そして、その杖を片手で止めているヨウメイであった。
二人とも、見事に空中で静止している。
「ぐ・・・こんな・・・馬鹿な・・・。」
「凄い力・・・。なるほど、これなら高位の神様じゃ無いと封印なんて出来ませんねえ。」
ゆがんだ顔のデルアスに対してヨウメイは涼しげな顔。
余った片方の手はふむふむというような形であごに当てられている。
どうやら、杖に込められている力の量を感じ取っているようだ。
「おのれ・・・儂は・・・最高・・・」
「五月蝿いですよ。」

チュドオオオオーン!!!!!

ヨウメイが途端に冷酷な表情になったかと思うと、デルアスの体を巨大な爆発が包む。
しかしそれも一瞬にして止み、ぼろぼろになったデルアスがどさっと地面に崩れ落ちた。
それに続くようにヨウメイは地面にすっと降り立つ。
「今のがエクサバースト。どうです?私が使うとこれくらいの威力になるんですよ。」
「かはっ・・・ち、力が・・・。」
ピクリと体を動かしながらも、デルアスは何とか傷を治して立ちあがった。
だが、もはやそこには今までの様な威圧感は全く無い。もはや力の限界といった感じである。
「ふ、複数の空間全てを破壊しかね無い、力を使うとは・・・」
「ご心配なく、爆発の威力を全部あなたに受けてもらいましたからね。ルーアンさんの時と同じく。
ま、十分教わったでしょう?いかに力の上の者にいたぶられるかが嫌かって事を。
ここで白状しておきますけど、私はまだ完全に本気になって無いんですよ。騙してすいませんねえ。」
「な、なん、じゃ、と・・・?」
驚愕の表情になるデルアス。今までの自分は逆に遊ばれていたという事を知ったのだ。
つい落としそうになった杖を慌てて持ちなおした。
「でもそろそろ終わりにしませんとね。完全に無と化してさし上げましょう。」
不意にヨウメイの表情が変わる。すすっと印を描いたかと思うと、そこから一本の小さな剣を取り出した。
「絶対なる神の名において命ずる、無の力を具現化せよ!」
少しの詠唱の後に剣が大きくなる。デルアスの持つ杖と同じくらいに。
形は普通の剣と何ら変わり無いが、刀身にはなにものも呑み込みそうな黒いオーラを纏っていた。
「な・・・ま、まさか!!?」
とうとう怯え出したデルアス。そんな彼に構わず、ヨウメイは説明を始めた。
「さてと、ここで私の力の秘密を教えておきましょう。
統天書と私の体を同化させる事により、その力の全てを使う事が出来る。
しかし、その内容はまさしく全ての物。ほぼ全界における力の全てです。
当然神々の力もそれに含まれていて、私はその神々以上の存在と成っているのです。
今の私に勝てるのは別次元の・・・まあそんな事はどうでも良い事ですね。
もちろん時間制限があるのが、こういう術の特徴。仕方ない事ですけど。
で、これは無の剣。これで切られた物は無と化してゆくわけです。
それじゃあ覚悟してくださいね♪」
最後が軽いながらも説明が終わったかと思うと、ヨウメイのからだがフッと消える。
次の瞬間には、デルアスの持つ杖を切り裂いて彼の後ろに立っていた。
あっという間の出来事に微動だに反応できなかったデルアス。
そして、真っ二つに割れた杖はすうっと消えて行き、その姿を完全に消した。
「まずは杖。」
「わ、儂の杖があ!!」
「さてと、次はあなたですよ。心配しなくとも痛みはありませんよ。」
「そういう問題じゃ無いわい!!」
彼は、怒りながらも力の全てを掌に集中してそれを放つ。
しかしヨウメイはそれを避けることなく無言のまま切り裂いた。
その瞬間、デルアスが放った光波が全て消え失せる。
「が・・・こ、こんな・・・。」
「無駄な事に剣を振るわせないで下さい。
切る瞬間だけに剣の力を解放させるのは結構疲れるんですから。」
無の剣といわれるだけあって、そのままの状態では空間全てを無としかねない。
特別な空間で剣を覆ってやる事によってそれを防いでいるわけである。
「い、嫌じゃ・・・無などに成りたくないー!!」
命乞いをするかのごとく後ずさりするデルアス。
だが、もちろんヨウメイはそれを無視するかのように告げた。
「あなたが主様達に行った事は絶対に許せません。
そして、このまま放っておけば必ず後々害を及ぼす・・・。」
「わ、儂が悪かった。これからはもう二度と・・・」
「嘘をついちゃいけませんよ。心を詠める私には分かるんですから。」
「くっ・・・。お、おのれええぇ!!!」
説得は無駄のようだと感じ取ったデルアスは残り少ない力で実力行使に出た。
しかし・・・。

ザシュウッ!!!

デルアスの体を剣が切り裂いたのは一瞬の出来事だった。
そして、地面に倒れたデルアスの体がだんだんと無へ呑み込まれて行く。
「き、消える・・・わ、儂が消える・・・。」
「表現が正しくありませんね。正確には、無くなる、です。」
「く・・・うわああー!!!!」
最後の最後に断末魔の叫びを上げてデルアスは完全にその場から姿を消し・・・いや、無くなった。
完全に無と成った事を確認すると、ヨウメイはふうと息をついて剣を異空間へと消す。
そして、大きな結界、塁壁陣の結界を解いた。更には、戦いによって削られた地面の修復。
ようやく壮絶な闘いが幕を閉じたのである。

しばしの沈黙が辺りを包む。と、ヨウメイはくるりと皆の方を向いた。
「もう大丈夫ですよー!全て、終わりましたー!」
笑顔で叫ぶ彼女に安心したのか、花織達三人はイの一番に駆け出した。
と、それと同時にぱあっとヨウメイの体が光る。
それが消えた後には、彼女の体の中からすっと統天書が姿を現した。
にこっとヨウメイは笑った後に、統天書と共にゆらあっと地面に崩れ落ちる。
間一髪の所で、追いついた熱美とゆかりんがその二つを受けとめた。
「ふうっ、ぎりぎりセーフ!」
「楊ちゃん、お疲れ様っ!!」
笑顔で告げた二人だが、すでにヨウメイは眠っているのかすーすーと寝息を立てていた。
くすっと笑って二人が顔を見合せたところで、遅れて花織が追いついた。
「楊ちゃんは!?」
「大丈夫、寝てるだけだよ。」
「多分あれをやる事で相当疲れるんだろうね。
あまりにも凄すぎたけど・・・一週間もすれば起きるんじゃ無いかな?」
「そうだよね。長く見積もってもそれくらいだよ。」
結局最後まで言わなかったリスクというもの。
花織達三人は長時間眠る事、だと思っているようだ。おそらくそれだけでは済まないだろうが・・・。
しばらくして、一番に駆け出していった花織達に遠慮していたのか、太助達がやって来た。
それぞれ、ホッとしたような複雑なような、なんとも言えない表情を浮かべている。
「これで・・・本当に終わったんだよな?」
まず口を開いた翔子。やはりというか、少し疑問の意が取れる。
「多分終わったはずだろ。あのヨウメイが大丈夫だって言ったんだから。」
那奈が促すように告げる。そこでようやく翔子もホッと息をついた。
「ともかくお疲れ様、でしたね、皆さん。」
纏めるように出雲が皆を見まわした。
「ああ。しっかし俺の熱き魂をもってしても通用しなかったとは・・・。」
「無茶言ってんじゃないよ、相手が悪すぎるんだから。」
何故か真剣に呟くたかしに太助が突っ込む。
そこで、ちょっとした言い争い(?)が起きるのだった。
「何を言うんだ!あれはあいつがずるをしたんだ!!」
「残像拳だとか言ってたじゃないか。ずるじゃないと思うぞ。」
「な、なんだと?太助、お前はあいつの肩を持つのか!?」
「それ以前にヨウメイと戦ってる姿見ただろ。あんなのに勝てる訳無いって。」
「いや、あの時あいつは油断していたんだ。だから・・・。」
騒ぐ二人を放っておいて、キリュウが花織達の傍に寄る。
「花織殿、ヨウメイ殿の様子は?」
「眠ってます。いつもみたいに・・・。」
「ふむ・・・かなりのリスクがあると言っていたが・・・。」
「多分長時間眠って終わりですよ。」
「だといいが。結局何かは言わなかったしな・・・。」
気楽な花織達とは対照的に、キリュウは深刻気味だ。
普段が普段だけに、今回ヨウメイが用いた能力は相当な物であるはず。
だからおそらく睡眠だけでは済まないだろう、そう思っているのだ。
「ま、気にしてもしょうがないでしょ。そのうち目を覚ました時にでも聞けば。
けどねえ、もう一人深刻なのがいるのよ。」
五人に割って入ったかと思うと、ルーアンはくいっと後ろを指差した。
見ると、乎一郎や翔子に慰められながらも涙を流しているシャオがいる。
もちろんそれに気付いた太助やたかし、出雲といった面々も慌てて駆け寄るのだった。
「シャオ先輩・・・どうしたんですか?」
「見ての通りよ。守護月天なのにみんなを守れなかったって。」
「そんな無茶な。ルーアン先生やキリュウさん、楊ちゃんもあっという間にやられちゃったのに。」
「そうですよ。シャオ先輩の責任じゃ無いですよ。」
ルーアンの言葉に熱美やゆかりんも抗議。それとは関係無く、ルーアンは首を横に振った。
「あたし達がそう思っても、あの子は納得しない。そういう子よ。」
「うーむ、ヨウメイ殿が起きていればそれなりに説得するのだろうが・・・。」
ちらりと寝ているヨウメイを見るキリュウ。
どう考えても今寝ている彼女を起こすのは無理な相談である。
と、じっと四人のやりとりを聞いていた花織は、ぱっと顔を上げるとずんずんとシャオの方へ歩いていった。
「か、花織?」
「どうしたのよ、一体。」
熱美とゆかりんの呼びかけにも反応しない。
しばらくして、花織はシャオに群がる皆を押しのけ、彼女の真正面にやって来た。
「花織さん?」
いきなりの事に思わず顔を上げるシャオ。と、次ぎの瞬間花織は彼女の肩をがしっとつかんだ。
「シャオ先輩!!」
「は、はいっ!」
「いつまでそうやってうじうじしてるんですか!!
戦いはもう無事に終わったんですよ!!いつまでも泣いてたら楊ちゃんが可哀相じゃないですか!!」
「えっ?ヨウメイさんが・・・?」
疑問の顔になったのはシャオだけでなく皆も同じ。
一斉にヨウメイの方を見た後に、花織がシャオを揺する音に再び視線を戻した。
「楊ちゃんは・・・皆が笑顔で終われるようにって、一生懸命頑張ったんですよ!
シャオ先輩だけがいつまでも泣いてて・・・申し訳無いと思わないんですか!!」
「でも・・・私がもっと頑張っていれば・・・ヨウメイさんに苦労をかけずに・・・。」
「楊ちゃん言ってたじゃないですか!!普通の人の手におえるような相手じゃ無いって!!
そんなの、シャオ先輩の責任じゃ無いでしょう!!?」
ヨウメイはそんな事は言っていなかったが、
確かにあれはシャオの手におえるような相手ではなかったはずである。
なんと言っても、消滅させられた後に復活したりした相手なのだから。
「ともかく、笑顔で帰りましょうよ!
これ以上泣きやまないんなら、楊ちゃんに頼んでとんでもない事をしますからね!」
「は、はい。ごめんなさい・・・。」
しゅんと俯いたシャオ。だが、最後の花織の冗談に少しくすっと笑う。
それに反応したかのように皆が少しづつ笑い出す。やがてそれは大きくなり、どうやら落ち着いた様だ。
遠くからその様子を見ていたルーアンが感心した様に息をつく。
「へえ〜、なかなかやるじゃない。」
と、熱美とゆかりんはヨウメイを抱えたままそれに反応する。
「当然ですよ!なんといっても花織は明るい子だから。」
「楊ちゃんからも一番熱心に教えてもらってたし。」
二人の言葉に振り向くルーアンとキリュウ。そして笑顔を浮かべた。
「さっすが、ヨウメイの親友ってだけあるわね。もちろんあんた達二人も。」
「ともかく全ては無事終わったわけだ。さあ、早く家に帰ろうではないか。」
短天扇をすっと持ち上げたキリュウが促す。
それに答えたかのようにルーアンは大きく叫んだ。
「みんな〜!!早く帰ってシャオリンの美味しい手料理を食べましょ〜!!」
シャオ達が一斉に振り向く。もちろん皆は笑顔である。
ルーアンの呼びかけによって皆は一ヶ所に集まったかと思うと、全員が飛翔球に乗り込んだ。
「花織ったら・・・すっかり操縦者だねえ・・・。」
驚いた様に呟く熱美。それで調子に乗ったのか、花織は元気良く家の方向を指差した。
「目的地、七梨先輩のお家!!到着時刻は午後五時ごろです!!
さあ皆さん、しっかりつかまってくださいよ。しゅっぱ――つ!!!」
勢い良く空へと滑り出す飛翔球。いきなりの加速に必死につかまる面々。
中でも、ヨウメイを抱えている熱美とゆかりんはかなり辛そうでもある。
「か、花織〜!!」
「もうちょっとゆっくり飛ばしなさいよー!!」
「大丈夫だよっ!!」
声を出しているのはこの三人だけ。他は声も出せずにしがみつくのみであった。
ただ一人、キリュウだけがボソッと。
「これも試練か・・・。花織殿もなかなかやるようになったな・・・。」
とにもかくにも試練場を後にした花織達であった。
結界を消す際にヨウメイが施しておいたので、荒れた個所はすっかり元通りである。
以前試練を行った時とは全く逆の、たつ鳥跡を濁さず状態。
そこは、今までどおりの静けさをそのままたたえていた。

≪第十九話≫終わり