小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第十九話≫
『壮絶なる戦い』

「ヨウメイ、後どれくらいだ〜!?」
「後十分もありませんよ、覚悟しておいてください。」
焦り気味の那奈の声にヨウメイが軽く答えた。
太助達は今、二組に分かれて空を飛んでいる。
ルーアンの陽天心絨毯にルーアン、キリュウ、ヨウメイ。軒轅にシャオ。
そして思いきり大きくした飛翔球にシャオ以外の皆が乗っているという訳だ。
ちなみに、飛翔球自体の操縦は言うまでも無く花織である。
「ねえヨウメイ、作戦の確認をしておきたいんだけど?」
「分かりました。まず私が先制攻撃を仕掛けます。
それで相手がひるんでいる隙にシャオリンさんの塁壁陣、
ルーアンさんの陽天心とキリュウさんの万象大乱によって人間の皆さんの防御壁を作成。
シャオリンさんが防御に徹し、北斗七星さんと私達三人とでデルアスへ攻撃、です。」
「ふむ、これだけ慎重にすれば・・・。」
「甘いですね、キリュウさん。なんと言っても相手は最高と言わんばかりの力を持ってるんです。
勝つにはとにかく相手が油断している最初のうちに最高の攻撃を仕掛ける。
これしか勝つ方法は多分無いでしょう。でも、それでも勝てるかどうか・・・。」
恐い顔で告げるヨウメイにキリュウは思わず身震いする。
七梨家に居る時はそれなりに希望の色を見せていたヨウメイだが、今はそれが消え失せている。
統天書の記述によって相手の力の程がそれなりに分かっているだけあって、
その恐ろしさを身にしみて感じているのだった。
また、太助達もそれぞれ、大きな不安を抱えたまま飛翔球に乗っていた。
「那奈ねぇ、大丈夫かな・・・。」
「心配するな。なんと言ってもこっちには四人も精霊がついてるんだ。」
「ま、まあそうだよな。それにシャオも守ってくれるし。」
「そうそう。なんと言っても前回の試練と違って四人が協力して、だからな。」
希望を沸き起こさんばかりに那奈は明るく振舞った。
不安を感じていた翔子もそれで少しばかり元気になった様である。
「ふっ、いざって言う時はこの俺の熱き魂で!!」
「やめなって、たかしくん。」
「そうですよ。そんなことをしてもみすみす殺されるのが落ちです。」
周りと違って一人張り切っているたかしを、乎一郎と出雲は慌てて諭す。
「な、なにぃ?」
「出雲の言う通りだぞ、たかし。俺達は今回はじっとしてなきゃ。」
更には太助も加わる。今回は試練とは違うものの、それより巨大な不安がのしかかっていた。
にも関わらず、男性陣の中では最もしっかりしている様に見える。
「そうか・・・。ま、しょうがないか。」
「そういう事。シャオ、すっかり頼ってしまう事に成るけど・・・。」
納得したたかしを改めて促せつつ、太助は不安な表情でシャオを見た。
試練を受けて強くなったとはいえ、やはり太助自身も守られる身である。
其の事に少しばかり憤りを感じつつ、シャオにも申し訳無く思うのだった。
「太助様、私は守護月天なんですから気になさらないでください。
それにヨウメイさんもおっしゃってたじゃありませんか。
“皆さんはとにかく自分の身を守る様に努めてください”って。」
「うん・・・。頼んだよ、シャオ。いざとなったら俺も出来るだけ手伝うから。」
「も、もちろん俺も!!」
「微力ながらも私もお手伝いしますので。」
太助に続いてたかしと出雲もシャオに告げる。
一生懸命なその姿にシャオはにこりと笑った。
「はい、よろしくお願いしますね。」
とはいえ、ほとんどはシャオに頼る事に成るだろうが・・・。
一方、花織、熱美、ゆかりんの三人はただ黙って飛翔球の先端に座っていた。
ヨウメイの懸命な説得によって花織はなんとか立ち直ったものの、三人はやはり不安。
精霊だから、とは言え大切な親友を危険な目に遭わせてしまうと分かっているからだ。
しかし結局はどうする事も出来ず、ただこうして無事を願っているのである。
もうそろそろ到着しようという時、考え込んでいたのか、ルーアンがふと顔をヨウメイへ向けた。
「・・・ねえ、一つ気に成ったんだけど。」
「なんですか?」
「もしも、ヨウメイだけって時はどうやって戦うつもり?」
「そんな時なんて多分ありませんよ。」
「でも、統天書にあの記述が載っている以上可能性は無い訳じゃないでしょ?」
「その時は・・・」
「楊ちゃん!!あれじゃないの!?」
言いかけた所で花織の声が飛びこんできた。
果たしてそこは以前皆で来た試練場である。
なにやら真中らへんに大きなクレーターが出来ており、そこに人影がある。
中世ヨーロッパの神官の様な服装、そして真緑色の丈の長いマントを羽織っている。
身長はヨウメイと同じくらい、つまり小学生といった感じだ。
顔、そして背格好等も全て人間そのものだった。頭には軽い感じの帽子を被っている。
少しばかりとんがった耳と、混沌より来るような目、
これだけが唯一人間ではないと区別できる物であった。
その人影、デルアスは上空を見るとにやりと笑った。
そして両手を空へと掲げ、おいでおいでと手招きしている。
皆の顔に緊張が走る。と、そこでヨウメイは統天書を開けて叫んだ。
「来れ、絶対零度!!」

ピキーン!!

一瞬にして試練場が凍り付く。当然デルアス自身も手を上げた格好で凍っていた。
突然こんな事ができたのは、強大な力の持ち主を前にして、という理由からだ。
「やったじゃない!ここで攻撃を・・・」
「そんな事やってる暇はありません!!早く防御壁を!!!」
切羽詰った声で叫ぶヨウメイに、慌てて皆は準備を始めた。
デルアスとはかなり離れた地面に素早く降り立つ。
「来々、塁壁陣!」
「陽天心召来!」
「万象大乱!」
「来れ、真空!!」
シャオが呼び出した塁壁陣内部にシャオたちが待機。
その周りを補強する形でルーアンがかけた陽天心岩壁、それをキリュウが強度を強くする。
更にはヨウメイがその壁と自分たちの周りに薄い真空のバリアを張った。
「私のは気休めです。多分相手はこんなの突き破ってくるでしょうし。
なんと言っても、私自身が戦っている以上長持ちはしません。」
「楊ちゃん・・・本当にこれ、あたし達が持ってていいの?」
花織が心配そうに告げる。その手には眼鏡、帽子といった普段ヨウメイが身につけている装飾品が。
「大事なものだもの。戦いに巻き込まれてぼろぼろになっちゃ困るし。」
「分かった。あたし達がしっかり管理してるね。」
花織と共に、熱美とゆかりんも同じ様に頷く。
その後、ルーアンが急かす様にシャオに言った。
「シャオリン、早く北斗七星を・・・。」
「ねえルーアン先生、相手凍っちゃったんだからもう大丈夫なんじゃ・・・」

ドーン!!

たかしが言い掛けたその時にデルアスの居た辺りが爆発を起こす。
もうもうと立ちこめる煙の中から、デルアス本人が姿を現した。
「絶対零度なんてなかなかやるねえ。でも僕には通用しないよ。
それに時間稼ぎのつもりだったんだろうけど、わざと待ってやっただけだしね。」
初めて皆の前で喋るその声はとても幼い。しかし、無邪気さというものは一切感じられない。
威圧感のあるその声は、精神の弱いものならあっという間に呑み込んでしまいそうだ。
「なるほど、こりゃすげー・・・。」
「野村君、感心してる場合じゃありませんよ。」
「シャオリン、早く!!」
「は、はい。来々、北斗七星!!」
慌て気味に支天輪から呼び出される北斗七星。
すぐさま攻撃を仕掛けようとした彼らだったが、ヨウメイの制止によりとどまった。
「北斗七星さんは最後に、です。ルーアンさん、キリュウさん、頼みましたよ・・・。」
あくまでも慎重に告げる彼女にこくりと頷く二人。
また、シャオ自身もヨウメイに促されて深く頷くのだった。
「どうしたの?ほらほら、僕はここだよ〜。」
遠くにいながらも挑発の態度を取るデルアス。そんな彼に対してヨウメイは力強く叫んだ。
「来れ、竜巻!!」
突如としてデルアスを覆うかのごとく、巨大な竜巻が現れる。
あっという間に地面を抉り取っていく様子を見ると、威力は相当なものだろう。
だが、デルアス自身には何の影響もない様で、適当に欠伸をしたりしている。
「キリュウさん、早く!!」
「・・・万象大乱!!」

ビュゴオオオオオ!!!

ヨウメイが急かすと同時に万象大乱を唱えたキリュウ。
それと同時に竜巻自身の威力が増した様だ。
さすがにこれは影響があるようで、デルアス自身は移動もできずに少々もがいている。
「陽天心召来!!」
更にはルーアンが陽天心をかける。
意志を持った竜巻は中にいるデルアスのみに威力を集中させ始めた。
つまり、周りで抉り取られていた地面等がだんだんと元通りに。
ついにはデルアスの周囲のみの竜巻となった。
「さあ、散りますよ!!四方位から同時に攻撃するんです!!」
「OK!!」
「シャオ殿、後は頼んだぞ。では北斗七星殿も!!」
今いる位置にヨウメイ、その向かいに北斗七星、
そして左と右にルーアンとキリュウという形になった。
それぞれが位置についたかと思うと、各々の攻撃準備にかかる。
地面に手を当てて短天扇を構えるキリュウ、
今にも攻撃せんと待ち構える北斗七星、
そこらじゅうに陽天心をかけ、地面ごと攻撃しようというルーアン、
そしてなにやら懸命に印を結んでいるヨウメイ・・・。

「・・・他の三人はわかるけど、ヨウメイは何やってるんだ?」
後ろから見ていた那奈がそれと無しに呟くが答えるものは誰もいなかった。
とにかく行動待ち、結果待ちの状態であるからだ。
「短期決戦でいくつもりですね、みなさん・・・。」
今度は出雲が呟く。その顔には何かしらの安心感が見て取れる。
今のデルアスの様子。そして全力を込めた四方向からの攻撃。
これだけ慎重ならば戦いはすぐにでも終わるだろう、そう思っているのだった。
「・・・今です!!」
準備を終えたのか、ヨウメイが合図のごとく叫ぶ。
陽天心竜巻自身がデルアス内部に威力を送りこむごとく小さくなって行く。
そしてそれぞれが攻撃を開始した。
「大地に眠る力よ、大地の精霊である我に力を!!」
「いけえ!!キリュウの呼んだ力に意志を持った陽天心!!!」
キリュウとルーアンが叫び、同時に北斗七星もデルアスへ向かって突進を始める。
「大地の精の力を借りて巨大化せん・・・来れ、フレアプロージョン!!」
キリュウが放った力がルーアンによって的確に敵の対象を捉える。
北斗七星もタイミングを合わせて攻撃。
そしてそれらがぶつかると同時に、統天書より放たれた小さな球体も同じ位置に。
全てが交わる、その刹那・・・

チュドオオオオオオオン!!!!!!

以前試練場で見たようなものとは比べ物にならないくらいの爆発が起こる。
だが、余波は周りに吹き飛んでいかない。
ルーアンの陽天心によってしっかりと内部にとどまっているのだ。
「おーっほっほっほ、あたしってすごーい!!」
高らかに笑うルーアンにやれやれとため息をつくヨウメイ。
北斗七星が無事に自分のいる位置にやって来た事を確認すると、今度はホッと息をついた。
「これがとりあえずできる最高の攻撃・・・のはず。」
あまりの凄さに、太助達からは歓声が上がった。
「さすが!!これだけ凄いのが出来たのなら!!」
「みんなの力が合わさったって事ですよね。いくらなんでもひとたまりもないはず!!」
那奈、出雲といった者の声をきっかけに、他の皆も次々と。
「「「楊ちゃんばんざーい!!」」」
「三人とも喜ぶのは早いって。まだ相手を倒したかどうか確認したわけじゃ・・・。」
「心配要らないだろ、山野辺。これはほんと、絶対にただじゃあ済まないぜ。」
「太助の言う通り!ふむ、俺の出番は無かったかあ・・・。」
「ルーアンせんせ〜い!!」
中でも手を元気良く振る乎一郎。ルーアンもそれに答えて得意げに手を振り返す。
だが、シャオやキリュウ、そしてヨウメイの顔はまだけわしいままである。
「ヨウメイ殿!!これで終わったのか!?」
「待ってください、今統天書で・・・!?」
早速めくり始めようとしたその手が止まる。
爆発自身が小範囲で納まっているため煙といった視界の障害が早く取れてきたのだ。
と、そこに現れたのは、片手だけと上半身だけが残り、
大量のどす黒い血を流しているデルアスの姿だった。
浮遊術が使えるのか、その状態で宙に浮いている形だ。
だが不思議な事に、そんな状態でも顔の笑みは消えていない。
驚愕してそれを見ている皆に構わず、口から血をこぼしながら彼は告げた。
「なかなかやるねえ、さすが力を持つ者が何人もいると違うね。でもさあ・・・」
「来れ、真空!!」
デルアスが何かしようとする前にヨウメイが素早く叫んだ。
本当の意味での真空をぶつけた様で、デルアスの体自体がぐしゃっとつぶれる。
血しぶきをまわりに飛ばしながら、肉塊と成ったデルアスはそこにどさっと落ちた。
そのあまりの気色悪さに太助達のうちの何人かは気絶。中には叫ぶ者も居た。
「何てことするんだよ、ヨウメイ!!いくらなんでもそんな残酷な・・・」
「黙っててください!!この程度で済めば本当に良いんですが・・・。」
一人抗議した太助をあっという間に黙らせる。
と、果たしてヨウメイの言う通りには済まなかった。
肉塊からぱしゅっと光が放たれたかと思うと、一瞬の間にそこには完全な姿のデルアスが。
「ふう、死ぬかと思った。君ってすごいんだねえ・・・。
それ、統天書、だっけ?それに施したのは僕なんだけどさ、それがすごいのかな?
まあどちらにしても楽しめそうだ。ほらほら、もっと何かやって見せてよ。」
けたけたと笑うデルアスにヨウメイは立ち尽くすしかできなかった。
彼女だけでなく、同じ方向にいるシャオ達も同じ表情だ。
いくらなんでもあの状態から復活されたのではどうしようもない。
「・・・いや、何かあるはず。統天書には載って無いだろうけど、きっと何か方法が。」
「万象大乱!」
ヨウメイが呟いていると唐突にキリュウが叫ぶ。
何かを大きくしたのかと思いきや、周囲に変化は見られなかった。
と、これまたデルアスが笑いながら、くるっとキリュウの方へ向いた。
「君は大地の精霊だったっけ?そんな力は僕には通用しないよ。
残念だねえ、君のそれが効けばあっという間に勝てるのにねえ。あはははは!」
「くっ・・・。」
何がそんなに可笑しいのか、改めてデルアスは大声で笑い始めた。
キリュウはデルアス自身に万象大乱を施した。だがそれは通用しなかった。
おそらく力の差によるものなのだろう。
「そうだ、太陽の精霊も居たんだよね。君もやってみてごらん。
僕自身に陽天心がかかれば絶対勝利できるよ。」
「・・・そんなに自信あるって事はかからないんでしょ。でもやら無いよりはいいわ!
日天に従う者は存し、日天に逆らう者は亡ばん、
意志無き物、我の力を持って目覚めよ、陽天心召来!!」
黒天筒をしゅるしゅると回した後にぴかあぁーっ!と閃光がほとばしる。
デルアスにそれは当たったものの、あっという間にはじけ飛んで消えてしまった。
「・・・なあんだ、僕みたいに意志がある奴はもともと操れないんじゃないか。無能だなあ。」
「む、無能ですってー!!?こおんのぉー・・・陽天心召来!!」
今度は素早く地面に陽天心が放たれる。とっさにキリュウもそれを大きくする。
あっという間に巨大な陽天心岩の出来上がりだ。
「くだらない・・・。こんな戦い方で僕に勝てる訳はないよ。」
「やって見なければ分からないわよ!!行け、陽天心岩!!」
ごろごろとデルアスに向かって突進し始めたそれに対し、デルアスはすっと片手を上げた。
「・・・ふん。」
彼が少しの念を込めると同時に、

ドーン!!!

と、陽天心岩が跡形も無く吹っ飛ぶ。一瞬の事に目が点に成るルーアンであった。
「そんな・・・。」
「よわっちいね、もっと頭を使いなよ。太陽の精霊なんて御大層な役割のくせに。」
「くうう・・・陽天心召来!!」
さっきと同じ様に地面へ。しかし今度は一部ではなく全体にかかったようだ。
デルアスの足元が、まるで生き物の様にうねり出す。
「ふーん・・・。じゃあ今度は・・・」
「来れ、落雷!!」
足元に手をかざそうとした彼より早くヨウメイが叫ぶ。
超強烈な雷がデルアスに直撃。あっという間に黒焦げになる・・・。
「今なら効くか?万象大乱!!」
「なるほど・・・陽天心召来!!」
ただの黒い塊と化したそれに対し、キリュウとルーアンのそれぞれが術を使う。
果たして黒焦げとなったデルアスの体は小さくなった。陽天心ははじかれてしまったが・・・。
「よし、効いたぞ!」
「あんな状態でも生きてるんだ・・・。」
少しながらルーアンは不満そうな顔を見せたものの、二人ともそれなりに笑みを浮かべた。
「よっし、これなら・・・。」
作戦が成功したのを見て新たに何かを呼び出そうとしたヨウメイ。
だが、彼女が呼び出す前に・・・

ドゴーン!!

と、大きく爆発が起こる。
その次に見えたのは、深く広く抉り取られた地面。(おかげで地面の陽天心が解けた)
そして元の姿に、大きさに戻って宙に浮いているデルアスだった。
「・・・侮れないな、まさかあんな連携を使うなんて。」
最初とはうってかわって少しばかり慎重な様子を初めて見せている。
折角の術からも復活されたおかげで、太助達は“あーあ・・・”と唸る。
だがヨウメイの心の中は明るかった。
力を合わせれば、やはりそれなりに追い詰める事ができると分かったからだ。
キリュウの術で力を弱められれば、確実に勝つ事が出来る!
「来れ、灼熱!!」
早速攻撃をしかけんばかりに強く叫ぶと、デルアスのからだが融け始める。
それに合わせてキリュウ、そしてルーアンも・・・。
「万象大乱!」
「陽天心召来!」
と、自らの能力を使う。先ほどと同じく、原型を失ったデルアスのからだが縮小化。
そして今度は、融けて分離されたデルアスの物に陽天心がかかったようだ。
「良し、ヨウメイ殿!!」
「今度は成功よ!!」
歓喜の声を上げるなり陽天心はデルアス本体に向かって行く。
慌てて回復させようとしたデルアスに対し、ヨウメイがそれより早く叫んだ。
「来れ、真空波!」
出現したいくつもの刃がデルアスをいくつにも切り刻む。
あっという間に小さなかけらに成ったデルアス本体に陽天心が襲いかかる。
更には北斗七星もそれに加勢するように突進。そして・・・。

ドゴオオオン!!

例のごとく巨大な爆発が起こる。その直後に分離したかけらが全て消え、
後に残ったのはなんとも小さくなったデルアス本体であった。
一番最初に総攻撃を仕掛けた後の状態。
だがそれとは状況がまるで違う。
なんといっても、キリュウによって力を小さくさせられているのだから。
「な・・・この僕がこんなひ弱に・・・?」
自らの力の状態を悟って嘆いているデルアス。
回復さえ満足に行えないのか、上半身だけのままでうめいている。
もはや勝負は見えたようであった。
「どんなもんよ!!あたし達を見くびっているからそういう事に成るのよ!!」
「ルーアン殿・・・。まあ念の為、更に小さくしておくとしよう。万象大乱。」
キリュウの追加攻撃により、ますます体が小さく、そして力も衰えるデルアス。
何も攻撃ができないであるという状態を確認し、ヨウメイは統天書のとあるページを開けた。
「良かった、無事に済みそう。今のうちに完全に消してしまわなければ・・・。」
笑みを少し浮かべた後に、ぶつぶつと詠唱を始めるヨウメイであった。
シャオ、そして太助達。なんとも一瞬の事にあっけに取られながらもホッと胸をなでおろす。
「良かったですわ。なんとか片が付きそうですね。」
「色々驚かされたけど・・・やっぱり力を合わせるとすごいんだな。」
「なんと言ってもヨウメイが居るし。作戦に関してはばっちりだろ。」
「そしてキリュウとルーアン先生、そして北斗七星の攻撃。これ以上すごいものは無いよな。」
「ふっ、俺の熱き魂が出るまでも無かったようだな。」
「あのね、たかしくん・・・。」
「なにはともあれ、無事に終わりそうで良かったですよ。」
最初の攻撃の後と同じ様にそれぞれが安堵の意見を述べる。
ところが、花織と熱美とゆかりん。この三人はなぜか様子が違っていた。
「なんかあっさり終わりすぎたような・・・。」
「そうだよね。いくら楊ちゃん達が力を合わせたとはいえ。」
「最初の攻撃をしのいだ様に、最高とかいう力を持ってるんでしょ?もしかしたらまだ・・・。」
その心配を打ち消すように、ヨウメイは詠唱を少し中断して後ろを向いた。
「大丈夫。これ以上何もできないように完璧に私が消すから。」
「完璧に消す?そんな事できるの?」
花織が尋ねると、ヨウメイはにこっと笑った。
「うん。だけどとっても詠唱が長くってね。
とてもじゃないけどあんな状態で出来るわけは無かったの。
でも今なら大丈夫。なんにも攻撃できやしない状態だから。」
「へええ・・・。」
感心した声に答えるように再びにこっと笑うと、ヨウメイは詠唱の続きを始めた。
確かにそれは長く、数分後、ようやく言葉的に本題に入ろうかという所である。
「何ものも存在しない無に対し・・・。」
「・・・やっぱりそうか、無と化す術って訳なんだね。」
分かったように告げるデルアス。構わずヨウメイは詠唱を続けた。
「日天に逆らいし者に与える罰、そして空の精である我の力を合わせん・・・。」
「自分自身も何かを失うかもしれないってのに使うのかい?」
どうやらデルアスはこの術について知っているようである。
だが、やはりヨウメイはそれに構うことなくそれを続けようとした。が、
「楊ちゃん!何かを失うって!?」
という花織の叫びによって詠唱を思わず中断した。
「・・・術者自身の何かが消えちゃうの。」
「そんな!!」
「でもね、ここで今こいつを消してしまわなければとんでもない事に成るよ。
大丈夫、心配しなくてもそんなにものすごいものは消えないよ。」
「そうなの?」
「うん・・・。」
「分かった、楊ちゃんを信じる。」
ヨウメイの説得により、花織は納得したようだ。
驚いて聞いていた周りの皆も、結局はヨウメイを信じる事にした。
「術を止める気は無いんだね。そうか・・・。」
「全ての物は無に帰せよ・・・」
「させるか!!」
いよいよという時にデルアスの体から閃光のようなものが走る。
一瞬のそれはヨウメイが言葉を発するより早かった。そして・・・

ドーン!!

次の瞬間太助達が見たものは、塁壁陣にそのまま叩きつけられているヨウメイの姿。
更には、彼女の首を、一回り大きくなったデルアス本人が押さえているではないか!
服装はそのままに、体だけが成長したように見える。
「そ、そんな・・・どうして・・・。」
「あの程度で私の力を封じたつもりか?
確かに攻撃はできなかったが、自らの力の封印を解く事はできるのだからな。
丁度良い時間稼ぎをそこの小娘がやってくれたから助かったぞ。」
にやつきながら花織の方を見るデルアス。
すでに先ほどの幼い様子はまるで無く、外見は青年と言ったほうが適切だ。
声も更に威圧感が増し、強くなったという事がそのまま感じ取れる。
そこで花織は驚愕の表情へとなるのだった。
「あたしの・・・所為?」
「嘘、だよ、花織ちゃん。もともとこいつは遊んでたんだよ。
じゃなきゃあわざわざ詠唱をあそこまでさせるはずがない。悔しい・・・。」
がくっとなる花織を慰めるように息も絶え絶えに告げるヨウメイ。
と、デルアスはヨウメイの首をつかんだまま彼女を“ぶん!”と放り投げた。
ものすごいスピードで飛んでいき、立ち尽くしていたキリュウに直撃する。
そして、高台に二人が崩れ落ちる形となった。
「キリュウ、ヨウメイ!!」
太助が叫んだ時とほぼ同時に、塁壁陣のすぐ傍の地面に統天書がばさっと落ちる。
その音に忌々しそうに振り返ったデルアスだったが、
身を翻したかと思うと、あっという間にルーアンのすぐ傍に飛んで来た。
「北斗七星!ルーアンさんを助けて!!」
結界内部からのシャオの叫びにより、北斗七星がデルアスめがけて飛んで行く。
デルアスは震えながら立ち尽くしているルーアンを笑いながら見たまま、すっと片手を後方へかざす。
一回握ってぱっと開いたかと思うと、そこから激しい光線が発射された!

バシュッ!!!

太いレーザーの様なそれに北斗七星は巻き込まれ、
光線が消えた後にはふらふらとなって地面へと崩れ落ちた。
「ほ、北斗七星!!」
「最強の攻撃用星神でその程度では話にならんな。
さてと、貴様もすぐに殺してやるぞ?」
言葉を告げた後にルーアンにじりじりと迫るデルアス。
絶望を感じ取った彼女はぺたんとその場に座りこんだ。
「ルーアン先生!!」
結界内部から、皆に押さえられながらも乎一郎が叫ぶ。
彼のそんな声も全く届いていないのか、ルーアンは全く表情を変えなかった。
「どうした?何か抵抗して見せろ。」
「・・・無駄だってわかってるもの。キリュウとヨウメイと、更には北斗七星までも。
あたし一人があがいたって意味ないわ。」
「ほほお、なかなか素直だな。まあいい、せめてもの情けに苦しまないよう消し飛ばしてやろう。」
にやりと笑いながら片手をルーアンの顔の前にもって来るデルアス。
そこでルーアンは黒天筒をかざして見せた。
「・・・何の真似だ?」
「ねえねえ、やっぱり抵抗しても良いかしら?」
「ふん、構わんぞ。どうせ無駄な事だろうがな。」
「・・・どうせ無駄だったらさ、一分くらいじっとして何もしないでよ。」
具体的な注文を出したルーアンにデルアスは疑問を抱いたが、
「ああ、いいだろう。」
と、笑いながらそれを承諾した。
「そう。じゃあ・・・陽天心召来!」
黒天筒を素早く回すルーアン。その放った光の先には・・・。
「統天書にかけるつもりか?」
「下の地面よ!!」
地面全体が陽天心そのものと化す。
そして、統天書が放り投げられると、それを受けとめた者が・・・。
「「「楊ちゃん!!」」」
花織達三人が同時に叫ぶ。知らぬ間に復活したのか、キリュウと共に立ち上がっていたのだ。
「来れ強風!!」
「万象大乱!!」
地面から強い風が巻き起こり、デルアスを上空へと吹き飛ばす。
不意の事に、さすがの彼も対処し切れなかった様だ。
「もういっちょ、陽天心召来!!」
強風自体が更に意志を持つ。そして、抵抗していたデルアスを更に吹き飛ばした。
遥か上空まで吹っ飛んだ為、彼の姿は見えなくなってしまった。
「よし、今のうちに・・・ルーアンさん、一旦集まります!!」
「OK!!」
キリュウの短天扇に乗り、キリュウとヨウメイが。ルーアンも陽天心を使って移動。
そして、三人が北斗七星が倒れている辺りへと集結した。
「ひどい・・・北斗七星さんをここまで・・・。」
「ヨウメイ殿、治療は?」
キリュウが言ったものの、ヨウメイは首を横に振った。
今ここで治療を行えば確かに北斗七星を復活させられる。
しかし、自分が眠ってしまう事に成るので、それ相応の時間稼ぎをしないといけないのだ。
とりあえずそれを思いついたのか、ルーアンとキリュウと固まってひそひそと。
堂々と話しても変わりないのだが、少しばかりのこだわりである。
三人の作戦を終始無言で見守る太助達。
北斗七星の様子を見て不安な表情になっていたシャオの肩を翔子がぽんと叩いた。
「大丈夫。きっと皆無事に帰れるよ。」
にこやかに告げるそれに、シャオは少しばかり元気になり、
「翔子さん・・・はいっ。」
明るい声で返事をするのだった。
その時、三人の作戦が決まったようで、くるりと同じ方向へ向く。
デルアスを吹き飛ばした方向、だ。
ヨウメイが言うには、“まだまだ相手は油断してかかってくるはずだから”との事。
確かにルーアンに陽天心のチャンスを与えたりした点でそれは疑う余地もない。
と、果たしてデルアスは舞い戻ってきた。
相変わらず最初に見せた服装のまま、ゆっくりと飛行してくる。
ふわっと地面に降り立ったかと思うと、片手をあげて人差し指だけをくいっと曲げた。
つまりは・・・挑発の姿勢である。
「やっぱり・・・。それじゃあキリュウさん、ルーアンさん、私の後に続いてください。」
「心得た。」
「今度こそ仕留められると良いんだけどね。」
ヨウメイが統天書を開けると同時に二人ともそれぞれ道具を構える。そして・・・。
「来れ、狂重力!!」
「万象大乱!!」
「陽天心召来!!」
デルアスの身体のあちこちに異変が現れ始める。
不自然な重力波を生み出し、それを強力にし、更には陽天心によって意志を持たせたのだ。
ぐにゃっ、ずしゅっ、ばきっ、っといった不快音が辺りに響き渡る。
デルアスも、さすがにこれを跳ね除けるのに苦労しているようだ。
なんといっても、自分の力を操るのも困難な状態なのだから。
「くっ・・・だがこの程度で私は倒せんぞ!!」
「足止めだけで十分よ!!ほらキリュウ、ヨウメイを頼んだわよ!」
「さあヨウメイ殿。」
「では・・・命の源となる生の力よ、彼の者の傷を癒す力となれ・・・万象復元!」
辺りにぱあっと優しい光が照らされる。
それらは北斗七星の他にも、削られた地面等、全てのものを癒してゆく。
光がすっと消えたかと思うと、ヨウメイは少しばかり微笑んだ。
「すみません・・・あと・・・頼みます・・・。」
とさっと崩れるそれをすっとキリュウが支える。
そしてすたすたと塁壁陣へ向かって歩いていった。
ちなみに、ルーアンの陽天心の影響か、重力波は、消えずに残っている。
デルアスはただキリュウの行動を見ているだけであった。
やがてキリュウが塁壁陣の傍まで来ると、シャオにゆっくりと告げる。
「すまないが目を覚ますまでヨウメイ殿を頼む。」
「は、はいっ。」
慌ててシャオが塁壁陣に隙間を空けさせると、キリュウはその間からヨウメイを中の人間へ手渡した。
受け取ったのは熱美とゆかりん。もちろん、統天書も共に、である。
「そうか、一旦北斗七星さんを治療しなければいけなかったから。」
「やっぱり楊ちゃんって考えて術を使ってるね。」
少々感心気味な二人。周りの皆もそれなりに納得して頷いた。
ヨウメイを手渡して安心したキリュウが去ろうという時、シャオがそれを呼びとめた。
「あの、他の星神も呼んだ方が良いのでは?」
シャオが言いたいのは、北斗七星だけでは・・・という事だ。
事実、デルアスにあっさりと破られてしまった事も有るから。
しかし、キリュウは振り返ったものの首を横に振った。
「いや、この際小戦力は役に立たない。
それに万が一この結界内にあのものが侵入してしまえば、残っている星神で対処する訳だからな。
その二つを兼ねて、北斗七星殿だけをまず呼び出してもらったのだ。」
「そうですか・・・。」
なにやらシャオは残念そうだ。
三人の精霊が外で頑張っているのに、自分だけが中に居る、という事が気になっているのだろう。
と、そんな気持ちを読み取ったのか、キリュウが目を少しきつくして告げた。
「言っておくが、最後の砦はシャオ殿なのだからな。
守護月天という事を頭において、主殿達を護られよ。
だからこそヨウメイ殿はこういう体勢を取ったのだ。しっかりされよ。」
「・・・はい、分かりました!」
沈んでいた気分をかき消す様に顔を上げて答えるシャオ。
その姿に満足した様で、キリュウは少しの笑みを残してルーアンの元へと戻っていった。
結界内の皆は特に何も言わなかった。ただお互いを確かめるのごとく顔を見合わせるだけ。
自分達もそれなりに頑張りたいと思っているという事だ。
遠くからそんな様子を見ていたデルアス。苦しそうにしながらも忌々しそうに呟く。
「くだらん・・・。貴様らの力を合わせて、ならいざ知らず、守護月天一人に何が出来る!」
「あら、キレたシャオリンは怖いのよ〜。・・・陽天心召来!」
軽く返して陽天心を放つルーアン。
デルアスの力によるものなのか、意志を持った重力波の一部がときたま意志を失っているのだ。
力自体は弱まっていないので、ルーアンだけが頑張って足止め、という形を取っていたのである。
もちろんそれを続ける事によって、デルアス自身の力も少しずつだが弱まっていた。
「さてと・・・北斗七星殿!」
いつのまにかルーアンの傍へやって来ていたキリュウが力強く告げる。
と、先ほどの件で復活してた北斗七星が空へと舞い上がった。
やられた仕返しをせんとばかりに身構えている。
「ふん・・・。今は私は動けないが、その程度の攻撃は何ともないぞ!」
余裕の表情で告げるデルアス。
確かに移動等は出来ないが、防御力は相当なもののはずだ。
だが、それを打ち砕くかのごとくキリュウが呟く。
「私の力を合わせればどうだ?いくぞ、北斗七星殿・・・万象大乱!」
「なんだと?」
キリュウが短天扇を開けて唱えると同時に北斗七星が突進を始める。
北斗七星自身の力を強くした、という事だ。

ドオオオン!!!

「くっ・・・。」
さすがに吹き飛ばす等は出来なかったが、デルアスの体がよろめく。
本人の状態の悪化、そして攻撃者の強化によって、力の差が縮まっているのだ。
幾度となく突進を繰り返して攻撃をする北斗七星。
さすが最強の攻撃用星神もあってスタミナも十分だ。
もちろん、攻撃するたびにキリュウも万象大乱を唱えている。
かなりの数を行った所で、やがて息が切れ始めてきたデルアスが口を開いた。
「・・・なぜ一気に大きなものをやらない?
今の状態なら私の体を砕く事も可能なはずだ。・・・くっ!」
喋っている間に北斗七星の攻撃が炸裂。
デルアスの問いに、陽天心を使いながらルーアンが答えた。
「砕いちゃったらヨウメイが作り出した重力波が消えちゃうでしょ。
そうすればもとの木阿弥。あんたはどうせすぐに砕けた体を復活させちゃうし。
というわけで、動けず騒がず状態で押さえておいて力を削ってるのよ!」
「というわけだ。・・・万象大乱。」

ドーン!

「ぐはっ!」
ルーアンたちが行っている事は、いわばヨウメイが起きるまでの時間稼ぎでもある。
もちろん、それまでにデルアス本人の力を少しでも減らす為でもあるのだ。
いくら強いからといっても、その力を無限に持つものはそういない。
統天書によっても立証済みだったことにより、今の行為を行っているのだ。
見事それは成功しているようで、何も出来ないまま、デルアスは少しずつ衰えていった。
「くうう・・・せめて重力波が解ければ・・・。」
「無駄よ。あたしの陽天心をなめないで欲しいわね。」
ルーアンの言うとおり、デルアスの身体隅々まで行き渡った意志を持った狂重力は相当なものだ。
力を全て押さえこむ役割、そして粘り強く消えないという性質を持っているのだから。
「・・・やはりたかが精霊と侮ったのが間違いか?」
「そういう事だ。油断などするからそういう目に遭う。・・・万象大乱。」

ズドーン!

相変わらず北斗七星の攻撃が炸裂。
よろめいて倒れそうだが、重力波によってそれもかなわぬデルアス。
だが、今までとは何やら顔つきが違う。
生気を失った様な目の割には、奥底から強大な恐怖を感じさせる。
なにより、口には余裕でもあるかの様な薄ら笑いを浮かべていた。
「どうしたのよ・・・何が可笑しいの!?」
ルーアンが不愉快そうに叫ぶと、デルアスは笑いを浮かべたままの口を静かに開いた。
顔の表情は多少変えられる、とは言え、どんな言葉を発するのやら。
その言い知れぬ恐怖に少しおびえつつ、皆は彼の言葉を待った。