小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第三十一話≫
『テストがなんだ』

学生という身分に必ず課せられる難関。
試すという意味合いの名の下、学校における重要度を実に多分に占めているそれは、
時に理不尽なまでな精神的負荷を生徒達に及ぼす。
「だああー、わかんないー!」
かわいいおさげをたらしたその頭をかきむしる女生徒。
机の上に広げられたノートとにらめっこしては、幾度となく叫び声を上げていた。
その傍らで、眉をハの字によせて困っているクラスメートが。
「ごめんね、わたしは教えるのそんなに上手じゃないから。」
「熱美ちゃんが謝ることじゃないって。それより、花織は?」
「花織は・・・。」
二人が振り返った先には、いそいそと折り紙にいそしむ乙女の姿があった。
やけに明るい。鼻歌にまじって聞こえてくる“七梨先輩・・・”という微かな呟きは、
彼女の今の行動を、耳で感じ取って推察するには十分であった。
「ったく、いつも赤点すれすれのくせにどうしてああも余裕があるかなあ。」
「あれは余裕があるって言うより何も考えてないだけなんじゃないの?」
「皮肉よ、皮肉。・・・なんてやってないで、あたしはあたしで頑張らないと。」
「楊ちゃんが居ればあっという間なのにねえ。」
「そうよ!」
だん!とゆかりんは激しく机を叩いた。
その振動で、上に乗っていた文具その他が落ちそうになるのを、熱美は慌てて押さえる。
「その楊ちゃんは一体どこに行ったの!?親友たちが困っているのに!」
「落ち着けゆかりん!楊ちゃんなら七梨先輩達のとこだってば!」
「七梨先輩のぉ?なんでよぉ。」
「だって二年生もテストでしょ。それに七梨先輩は楊ちゃんの主様でもあるわけだし。」
「だからってあたし達をほったらかすなぁー!!それでも学校中をまたにかける強制教え人かあぁー!!」
「ええい!落ち着けってゆかりん!!」
やんややんやと騒ぎが勃発する。
同じ室内で勉強会を行っている者達にとってはいい迷惑であった。

中学レベルを超えた事まで教授しているヨウメイという人物のおかげで、
普段のテストが余裕になっているかと思いきやそうでもない。
社会などの暗記が中心となる教科なら問題もないのだが、
数学といった、覚えるだけでは通用しない科目も存在する。
理解し覚えることと、それを能動的に利用できるというのはまた別問題であって、
ほとんどの生徒達は応用理解というレベルに苦しんでいたのだった。
もちろん、ヨウメイ自身は活かせる教授法をそれなりに行っているのだが、
学校の勉強という状況では、いまいちそれも発揮できていないのであった。
「・・・うーん、ヨウメイ、もう一回。」
「も、もう一回ですか・・・。うーん、教えるの下手になっちゃったかなあ・・・。」
ここは二年一組。休み時間で誰も立つものがいない教壇に、ヨウメイが立っている。
その近辺、つまりは前の席で彼女の講義を受けている者が多数。いくつもの机を前に寄せている状態だ。
テスト前の教授を主である太助に頼まれて張り切っていたヨウメイであったが、
案外皆の反応の悪さに、思い悩んでいるのであった。
“もう一回”という言葉を聞くたびにかくんと首をうなだれる。
そのたびに金色の髪は、さらさらではなくだらりと垂れ下がる。
その様相は、ヨウメイ自身の胸の内を表わすようでもあった。
「ヨウメイちゃん、そんなにがっくりしなくてもさ。」
「そうそう!いざとなったら熱き魂で俺がフォローを!」
「たかしがフォローできるもんじゃないだろ・・・。」
落ち込みかける彼女を元気付けようと、教えてもらう側も躍起になる。
主に声を出したりしているのは当然というか、彼女と縁が深い者が中心であるが。
「ヨウメイが教えるのが下手なんじゃなくて、七梨達の理解力が足りねーんだよ。」
「いえいえ山野辺さん。理解させるのも教える腕前に入りますから・・・。」
「そうか?でもシャオを見てみろよ。どんな時でもうんうんとしっかり頷いてるじゃないか。」
だらしなく机に体を預けている翔子が、その体勢とは対照的にびしっと指差す。
合わせて皆が注目すると、シャオは頬をほんのり染めた。
声には出さないでいたが、“そんなことありませんよ・・・”と内心照れているに違いない。
いじらしいその姿に、ヨウメイはくすりと笑いながら言葉を紡ぎ出した。
「シャオリンさん、照れなくても。正直に胸を張って・・・」
「“いやあ、それほどでもありますよぉ”か?
まったく、そんな横道にそれている暇があるならもっと教え方をしっかりしたらどうだ?」
横。いや、正確には太助たちの席の斜め後方。窓に腰掛けたキリュウから遮りが入る。
休み時間に試練を行うはずだった彼女にしてみれば、ヨウメイに時間をとられていることが腹立たしいのかもしれない。
しかしもちろんその一言は、ヨウメイにとってもまた腹立たしいものであった。
移動はしないが、顔と体はキリュウの方へしっかり向け、言葉を投げかける。
「へえ〜・・・簡単に教えることの大変さを知らない貴方からアドバイスでも出るんですか?」
「何を言う。教えるのはあなたの専門であろう?私は傍観者の立場として思うことを言ったまでだ。」
「そういうのを妨害と言うんですけど?」
「教えるという行為を外れている状態を諭して何が悪い?」
「分かってないですねえ。少しの横道も教えることには大切なんですよ。
もっとも、キリュウさんにはそこらへんの細かい事情なんて“まったく”分からないでしょうけど。
だから自分のしたことが妨害だってことにも気付かず・・・。はあ、これだから無知な人は・・・。」
「なんだと?」
すっ、とキリュウは床に降り立った。そして扇をぱさりと開ける。
「おやおや、まだ妨害したりないのですか?ならば仕方ありませんねえ・・・!」
負けじとヨウメイも統天書をばさりと開いた。
お互いがその状態で膠着する。皆の表情もこわばる。
“こんな時になんだってこの二人は”とか“ああ、どうして講義受けてしまったんだぁ”とか、
恐怖と焦りと後悔とが複雑に入り混じった念がそこらへんを漂っていた。
シャオはシャオで二人を止めたかったのだが、少しでも何か動作をすれば激しい喧嘩が始まってしまいそう。
とてもではないが、仲裁などの余裕も隙もなかった。
しかしそれでも、火蓋が切って落とされる瞬間は近づいている。
何故なら休み時間はもうすぐ終わる。それはチャイムの音で知らされる。
つまり・・・
きーんこーん
『!!』
刹那、一同すべての表情が変化する。同時に戦闘が開始された。
キリュウとヨウメイ、二人がほぼ同時に動き出した。
互いの持ち物を構え、そのままいつもの提言を唱えようとする。
「来たれ・・・」
「万象・・・」
だが、今回は少し事情が違ったのだ。
すこーん!
「「!?」」
まさに提言の途中でその動きが止まった。
理由は、あさっての方向から飛んできた分厚い辞書がヨウメイの後頭部を直撃したことである。
衝撃をくらい、素直にばたん、と彼女は教壇に崩れ落ちた。
一瞬のその出来事に、キリュウも提言を止めた。
「はいはーい、授業の始まりよーん。
はた迷惑な喧嘩なんざしてないでとっとと教室から出ていきなさいねーん。」
くるくると黒天筒を回しながら、このクラスの担任である先生が登場した。
「ルーアンさん・・・。」
救いの精霊登場にほっと胸をなでおろすシャオ。もちろん他の面々も同じだ。
その中でも特に乎一郎は一層目を輝かせている。
つかつかと教壇に歩み寄るルーアン。皆が注目する中、彼女は倒れているヨウメイをひょいっと持ち上げた。
「ほらほら、こんなとこで寝てないで自分の教室戻りなさいよ。」
「う・・・痛・・・ルーアンさん、酷いですよ・・・。」
「何がひどいんだか。あたしが止めてなかったらたー様達がどうなってたと思う?」
「そこはちゃんと計算してですね・・・」
「はいはいはいはい。悪いけど言い訳なんてあたしには興味がないの。とっとと帰ってね。」
「はう・・・。」
統天書を持ったまま、ヨウメイは廊下へぽいっと放り出された。
あまりにもぞんざいな扱いではあったが、これも仕方がないかと教室に居たほとんどの面々は納得。
そしてまた、キリュウ自身も“やれやれ”と息をつきながら扇を閉じた。
「じゃあキリュウも、邪魔だから出て行ってね。」
さりげなくルーアンが宣告。
「ああ、分かっている。」
つかつかと歩き出口へ向かうキリュウ。と、彼女の背後へ飛びかかるものがあった。
すこーん!
「な!?」
ずでん
キリュウの後頭部を勢いよくぶつかったのは先ほどヨウメイをしとめた分厚い辞書。
ルーアンの陽天心はまだ解かれていなかったようだ。
「痛・・・何をするルーアン殿・・・。」
「喧嘩両成敗ってやつよ。あたしにとっちゃあどっちも悪人なんだからね。」
「・・・わかった。」
無理に言い訳はせずにキリュウは立ち上がり、そのまま教室を去っていった。
嵐が消えた後の状態になり、生徒達はいそいそと授業の準備に戻る。
それをぶっきらぼうに見守るルーアンに、乎一郎がそっと話しかけた。
「ルーアン先生、ますます貫禄ついてきましたよね。」
先ほどの喧嘩をびしっと止めたことについてである。
だがルーアンは、ただ首を横に振って疲れのたまったため息を吐き出した。
「あの二人をとりあえず止められるのはあたしかシャオリン。
で、片方が動けないなら片方が動く。ただそれだけのことよ。
ったく、いい迷惑だわ・・・。」
言い終えてもう一度ため息を吐き出す。
ルーアンの新たなる悩みを知った気がした乎一郎は、せめて何かの力になろうと心の中で張り切る。
もう彼はテストがどうとかなど眼中になかった。
それはもしかしたら大半のクラスメートもそうかもしれない・・・。



今日という日の終わりである夜。愛原家。
不夜城という言葉が示す通りに明々と光を放つ部屋がそこにはあった。
太陽が張り切る時間に教授が行えなかった何でも教え屋が熱弁を奮っているのだ。
「だからあ、この公式は素直に二乗すれば・・・」
「楊ちゃん、素直に二乗なんてあたしはできない!」
えっへんと胸をそらすゆかりん。
それとは逆に、ヨウメイの頭はがくんと下がる。
「威張んないでよゆかりん・・・。楊ちゃん、わたしはとりあえず分かったから。
後はゆかりんに教えるを全力投球でやって。」
「ちょっと熱美ちゃん、それって嫌味?」
「何が嫌味だってのよ。まだ分かってない人に教えるのが普通ってもんでしょ?」
「だって、あたしが分かってないなんて・・・。」
「事実じゃないの・・・。」
効率をよくしようと努める熱美に対し、ゆかりんは反抗的である。
どっちの意志を尊重したものかと一瞬悩んだヨウメイであったが、それより大事な事に気付いた。
この家の・・・いや、この部屋のヌシである花織がまったく勉強に参加してないのだ。
現段階まで気付かなかったのも問題であるが、勉強に参加しないことの方がやはり問題大であろう。
果たして彼女は何故参加しなかったのか?それほどまでに勉強が嫌なのか?
はたまた、講義というものに興味がなくなってしまったのか?説は色々あるが、実は答えは簡単である。
「ちょっと花織ちゃん。私が教えに来てる時くらいはちゃんと聞いてよ。」
「何よぉ。乙女にはテストより大事なものがあるんだから・・・。」
折り紙にいそしむ花織の手は、話をしながらでもせわしなく動き続けていた。
機械かあやつり人形か。その手つきは自動の仕組みでも備わっているかのようだ。
「いくら私でも、教えに来た家の人が教えられる態度じゃなかったら怒るよ?」
「あたしは教えてなんて言ってないのに・・・。熱美ちゃん達が言ったことでしょ?
あたしはあたしで、やらなきゃならない事が別にあるんだもん。」
まったく譲らない花織。その合間にも折り紙は何枚も折られてゆく。
「テスト・・・どうでもいいの?」
「だからぁ、乙女にはテストなんかより大事なものがあるんだってば。
あたしには構わないでいいから、楊ちゃんは楊ちゃんで熱美ちゃんやゆかりんを教えててよ。」
言いたいことを言い終えると、花織は再び折り紙に顔を向けた。
のんきに鼻歌まで歌っている。もちろんそんな状況で折り紙はどんどん増えてゆく。
「花織ちゃん・・・私の講義より折り紙の方が楽しいの?」
ちょっと意地悪っぽくヨウメイは言った。
もちろんそれは花織の気を引くためであったのだが、花織にとってみれば、その一言は耳障りになったようだ。
「もう、楊ちゃんったらすっかり必殺教え人・・・いや、精霊か。必殺教え精霊ね。」
負けじと、というつもりで花織は言い返す。と、そこでヨウメイはとうとうぷちんと切れた。
「花織ちゃん!必殺ってのは必ず殺すっていう物騒な意味なの!そういうのやめてくれない!?」
とんでもない勢いで迫るヨウメイ。足音で床が揺れそうなほどに。
だが、切れた理由は講義とかよりもまったく別のものだったようである。
「楊ちゃんが何と言おうと、あたしは折り紙に専念するんだから!」
揺れてくずれそうになった折り紙を慌てて押さえる。
そして、負けてたまるかと花織は自分の信念を言い切った。もはや意地になっているようにも見えるが。
「今私は折り紙の事を言ってるんじゃなくて、その呼び方に文句をつけてるの!
だいたい世の中には超必殺技とかあるけど全然相手殺せてないじゃない!一体どういうことなの!」
ヨウメイはヨウメイで、自分の意思を懸命に伝えようとする。
その内容が若干何かとずれている様に見えるのは気のせいでもない。
二人が一生懸命に(もはやテストに関してはどうでもよくなってるみたいだが)言い争っている姿は、
ゆかりんや熱美にとって、止める気もそがれるほど馬鹿らしく思えるものであった。
内容は、呼び方から折り紙、折り紙から折り紙の内容、折り紙の内容から上手く折るコツ。
どんどん変わってゆく。いつまで経っても止む気配は無かった。
見ていて聞いていて、いいかげんだるくなった熱美はゆかりんに話しかけた。
「ねえゆかりん。」
「なに」
「もう諦めようか、テスト。」
その言葉はゆかりんにとって予想外であった。
目を白黒させ、まばたきは秒速8回ほど。しばらく声も出せなかった。
無理もない、ここにわざわざ来ている理由はテスト対策なのだから。
「・・・冗談でしょ?あたしはまだ理解できてないんだから!」
「いいじゃない。わたしは理解できてるんだし。」
「・・・熱美ちゃん、親友を裏切るの?」
「早い話がそうだね。やる気のある人だけやればいいんだし。」
「ちょっと!あたしにやる気がないって言うの!?」
「楊ちゃんのあの説明で理解できないってのはやる気がない証拠!
本人にやる気がなくても教えるのは知教空天だろうけど、
やっぱり本人に理解する気があるからこそ理解できるものもあるの!」
「だって、楊ちゃんの説明だったら何でも絶対わかると思ってたし・・・」
「だから!ゆかりんのそういう所が理解を遅くしてるんだってば!」
「ええいっ、落ち着け熱美ちゃん!」
「人まねなんてしてんじゃなーい!!」
結局一方でも言い争いが始まってしまった。
なんということだろうか。真面目な勉強会はただの叫び場になってしまったのだ。
もっとも、その要因は探せばあっという間に見つかることうけあいだろうが・・・。




さて、七梨家でもやはり言い争い・・・もとい、勉強会が行われていた。
参加者は言うまでも無く太助のクラスメート、つまりはいつもの面々。
場所はリビング。シャオが用意した活力補給食品(早い話が夜食)も存在し、環境は十分である。
講師となる必殺教え精霊が居ないので、代わりを別の者が務めていた。
ちなみに出雲はこの場には居ない。季節の境目に弱いのか学期の境目に弱いのか、はたまた運がなかったのか。
風邪をひいてしまい、宮内神社で療養中だとのことだ。
おかげで購買部にも彼の姿はなかった。鶴ヶ丘中の女生徒達はさぞがっかりしていたことだろう。
「ったく、折角の出番だってのに、こんな時くらい来いよな・・・。
ただでさえ少ない出番がますます減っちゃうだろ。」
「山野辺、それは言い過ぎだろ・・・。」
必要以上に文句をたれる翔子をたかしがさとす。
とはいえ、言っている彼自身も多分同じことを考えているに違いないであろう。
熾烈な争いでうらやましいな・・・などと、乎一郎は心中別のことを考えていた。
さて、不戦敗となった出雲についてはここまでとして、まず講師として最初に候補に挙がったのはルーアンだ。
学校の先生だから当然だ、という乎一郎の意見である。この言葉だけを考えれば正論間違いないだろう。
しかし・・・。
「却下。」
こう言い放ったのは誰だろうか。気がつけば辺りに響いていた声である。
その誰からともなく漏れた一言により、ルーアン講師は一瞬で無かったことになった。
短い講師であった。もちろん給料などは一銭たりとも出ない。
出ると言えば、シャオが作ったおやつの類であろうか。
しかしこれは元々無料配布であるため、特別な価値はなしえない。
「何よ何よー。いいもん、あたしは二階でお菓子でもヤケ食いしてやるんだから!」
ふてくされたルーアンは、文字通り高みの見物と称して自室へと上がっていった。
手にたくさんのお菓子を抱えて・・・いや、キリュウが必要以上に大きくしたお菓子を抱えて、である。
いつものことであるが、キリュウは“まったく、私の力はこういうためには・・・”とぶつぶつと文句を言っていた。
ともあれ、学校と密接に関わりがある職業についておきながら、ルーアンはあっさりと場に居ることも辞退した。
どのみち彼女自身にテストは無いので、余裕をかましても問題は全くないのであるが・・・。
テストを受ける者、特に乎一郎にとっては非常に残念な結果となってしまった。
次に候補に挙がったのは那奈。この七梨家の頭首・・・もといまとめ役でもあり年長者でもある彼女は、
世界中を旅してきたという事もあり知識も豊富なので、講師にぴったりであろうということだ。
しかし・・・。
「あたしが中学校の勉強教えられるわけないだろ。常識で考えろよ。」
彼女のつれない一言により、一気に会場が冷めた空気に変わる。
そしてあっさりと那奈講師はその場を去った。
生徒達に惜しまれ、かつブーイングの嵐だったはずだが、
そんなことをやっていると時間が勿体無いので反論は無かった。
しかし、口には出さなかったが心の中で文句を言っている者は多数居ただろう。
呆れも半数以上混じっていたことだろう。心を読まれていれば危うかったかもしれない。
さて、そんなこんなで候補が居なくなってしまい、更に講師として推薦されたのは・・・。
「私か?」
キリュウであった。
「私に勉強など教えられるわけがないだろう。私に勉強を習おうと言うのなら、
それこそヨウメイ殿とやりとりする手段をなんとしてでも考える方が早いと思うが?」
昼間に喧嘩しかけた割にはやはりヨウメイを信頼している。特に教えることに関しては。
キリュウのそんな気持ちを暗に太助は感じ取った。
少しの笑みをたたえながら、すぐさま良い方向に向かうであろう考えをを口に出す。
「そうだな。電話でもかければすぐに戻るかもしれないな。」
思いついてすぐ行動に移ろうとする太助。だがそんな彼より早く、キリュウは次なる言葉を発した。
「このような好機に主殿をほったらかしていることを言えばすぐにも戻ってくるはずだ。
電話か・・・なんなら私が伝えてもいいぞ。花織殿の所なのだろう?
いつも口喧嘩では私が負け気味だが、今回は必ず私が勝つはずだ。」
多弁なキリュウ。何故か勝ち誇ったような顔で演説している立候補者である。
自分が立候補していないのに、こうも喋れるものかと、別の意味で感心していいかもしれない。
“・・・やっぱり仲悪いのは変わってないんじゃないのか?”と、即座に考えを改める太助であった。
そして“ふう”と息をついて席に座りなおす。彼のそんな行動にシャオは首をかしげている。
「どうしたんですか?太助様。座ったままで疲れたんですか?」
「疲れたっていうかなんていうか・・・まぁ、疲れたのかもしれないけどさ・・・。」
とりあえず無難な答えを太助は返す。
そして、折角のキリュウの意見は、穏やかではなくなりそうだということで却下となった。
無理も無い。もしもあのままヨウメイを呼び戻していようものなら、喧嘩勃発は免れそうになかったのだから。
「そうか・・・残念だ・・・。」
ぼそりと呟きながら、まるで裁判に負けて自説を捻じ曲げられる羽目になった物理学者のように、
キリュウはリビングをさびしそ〜にくやしそ〜に去っていった。
結局リビングに残ったのは二年一組の面々。もはや講師を誰かに任せるとか言っていられない状況である。
こうなった以上、それぞれが講師兼生徒という行為をしなければならないのだ。
そのことを、太助たちは十分に認識し始めていた。
「無責任だな、皆・・・。」
「山野辺さん、無責任じゃなくてとりあえず自分には無理だって思ってるんじゃ。」
「でもさ遠藤、無理だと分かっていてもやろうっていう気にならないか?」
「山野辺さんはなるの?」
「ならない。」
「・・・・・・。」
非生産的なやりとりを交わす翔子と乎一郎。
こんなことを言っている時点で、多分この二人も講師は無理っぽい。
「しょうがない、俺が・・・」
「「「却下。」」」
「おいちょっと待てよ!この俺の熱き魂の何が不満だって言うんだ!?」
「「「その熱き魂ってやつ。」」」
「な、なんて奴らだ・・・。」
名乗り出ようとしたたかしだったが、太助、翔子、乎一郎の却下攻撃にあえなく敗退。
迎撃用の武器として用意していた(いや、最初からそんなものは用意していなかっただろうが)
“気合だ”攻撃ミサイルもあえなく打ち落とされてしまった。
というわけで候補はもはや限られてくる・・・。
「シャオ、星神に頼むとかってのは・・・駄目かな?」
「星神、ですか?でも、皆授業なんてやったことないだろうから・・・。」
太助の頼み込みに、シャオはうーんと頭を唸らせる。
彼女の意見も当然なものである。大勢にものを教えるという事は大変なこと。
そんな大役を受けてきた星神が居たなら、この状態で最初からすぐにシャオが呼び出しているはずだ。
「・・・そうだ、ヨウメイさんと仲がいいあの子なら・・・来々、女御!」
何かを思いついたのか、シャオは支天輪を構えた。
光あふれるその輪から出てきたのは・・・女御、である。
二人一組。主にシャオの衣類の管理、そしてキリュウの着せ替えを行うという大役を担っている。
「「「「・・・女御ぉ?」」」」
シャオを除く四人は、信じられないといった顔であった。
「はい。女御はヨウメイさんと仲がいいですから。色々教えられるかと思いまして。」
「いや・・・女御には教えるってのは無理なんじゃ・・・。」
太助が意見すると、女御はムッとした顔になる。
そして、くるくると太助の周りを舞い出した。あっという間に変化する太助の服・・・。
次に皆が見たのは、鶴ヶ丘中学の女生徒の制服を着た太助であった。
「うわああー!何するんだよー!!」
「あははは!太助、女御ちゃんを見くびるからだぞ?」
慌てる太助に、一同が笑う。たかしは更にからかいの意見を投げた。
ただ、シャオは顔色をさあっと変えた。
「す、すみません太助様。女御!太助様になんてことするの!」
怒りの表情で女御を一喝。すると、女御はしゅんとなって太助の周りを再び回る。
そして服は元に戻った。“すみません”とシャオはもう一度謝ると、女御を支天輪へと戻す。
「・・・えっと、シャオ。いくらヨウメイと仲がいいからって教えるなんて無理だと思うよ?」
「翔子さん・・・でも・・・。」
気を取り直して更なる星神を呼ぼうとしたシャオを翔子が止める。
今度はヨウメイお気に入りの八穀を呼ぼうとしていたのかもしれない。
もちろん八穀ならば、優れた食材がどれであるかを教えることは可能だ。
しかし当然、数学だとかの学校の勉強を教えられるわけもなかった。
「愛原達を見てみろよ。ヨウメイの親友のはずだけど、全然人に教えられそうじゃないだろ?」
「言われてみれば・・・。」
正直に納得するシャオ。一秒とまではいかないが、その反応はやけに早かった。
ここの辺りで納得するのもシャオらしい、と太助達もまた別のことに納得していた。
「・・・分かりました。」
「シャオ?」
「こうなったら、私が講師を務めます。ヨウメイさんほどとはいきませんが・・・。
力の限り頑張って、皆さんをお教えします!」
気合を入れてシャオは宣言した。肘を直角に曲げ、力がこもるその腕が頼りげに見える。
皆を教えるとは言いつつも、目は天井を見ている。
そこに何かあるのだろうか、と他の面々の視線も同じ場所に注目する。
しかし、特別なものは何も見つからなかった。
「あ、くもの巣が・・・。」
シャオはしっかり見つけたようだ。
「大変、お掃除を怠っていましたわ。今から掃除しておきます。」
いそいそとシャオは立ち上がる。はたきを取りに行こうとした彼女を、急いで太助は止めた。
「くもの巣なんて後でいいから・・・。先に勉強、教えてくれよ。
今はシャオが頼りなんだ。頼むよ。」
「・・・そうでしたね、分かりました!」
一瞬の記憶が飛んだシャオは、再び腕に力を入れた。
今からこんなんじゃあ将来どうなることやら、と先が心配でならない翔子は、勉強についてはまず安心する。
シャオなら大丈夫だろう。と、そんな翔子の視線を受けたシャオは、何故か沈んだ顔になった。
「ん?どした、シャオ。」
「・・・翔子さん、教えると私は乙女じゃなくなってしまいますけど・・・仕方ありませんよね。」
「は?・・・あ、ああーああー、えーと・・・あれはな、あの時だけのことでさ、今は緊急事態だし・・・。
何よりシャオ以外に講師できる人間が居ないってんじゃあ仕方ないし。
大丈夫だ!あたしが許そう!」
“はははは”と自信ありげな空笑いを翔子がすると、シャオはそれでほっとする。
そして再びやる気を体で表現した。
「おい山野辺、乙女とかってなんだ?」
「野村は気にすることじゃないの。」
「言うまでも無くシャオちゃんは乙女だろ?」
「だから野村が気にすることじゃないっての。」
「しかもあの時ってなんだよ。一体いつの・・・」
「うるさーい!今からシャオの講義が始まるんだから集中しやがれ!」
気になって話しかけてきたたかしを翔子は一蹴。
呆れながらその光景を見ていた乎一郎と太助であったが、すぐさま勉強のやる気を見せる。
本を開き、ノートを開き、シャオの講義が開始されるのを目で促した。
遅れてそれに気付いた翔子とたかしも慌てて準備を始める。
いよいよシャオの講義の始まりだ。
「え、えーと、それでは講義を始めますね。
まず、理科ですが・・・あら?今回は理科はなかったんでしたっけ?」
出鼻をくじかれたことに、四人はがくっとなる。
恥ずかしそうに顔を赤くするシャオに、太助がフォローを入れた。
「理科は無いよ、シャオ。今回やるのは英語に数学に国語。
とりあえず数学の方が今問題になってるんだ。」
「は、はい、ありがとうございます。では数学の・・・あら?これは社会の教科書ですわ。」
再び出鼻がくじかれる。用意した覚えの無い社会の教科書が何故ここにあるのか謎だが、
兎に角シャオが持っているのは社会のそれであった。
仕方なしに、太助が数学の教科書と取り替えてやる。
「す、すみません。では・・・27ページ、二重積分・・・で、いいんですよね?」
三度目、出鼻がくじかれた。積分は高校以降で習う分野。
もちろんヨウメイが勝手に教えてたこともあるが、今回のテストで出るわけもない。
そしてシャオの持つ教科書には、“数学のすべて”などという、
薄いくせに不釣合いなタイトルが書かれていた。
「ちょっと太助君、一体いつの教科書渡したの?」
「おかしいな・・・俺はちゃんと普段使ってる教科書を・・・って、
普段使ってるやつを渡したらアウトじゃないかー!」
自分で突っ込み、自分で頭を抱える。
普段の授業ではヨウメイが(以下略)という影響もあり、先に進んだ勉強を行っていた。
中学生を通わせているのに状況次第でここまで変えていいのかという、不思議な例である。
そのくせテストは中学生レベルであったりするのだからますます不思議であろう。
ともかく突然の太助の行動にびっくりしたシャオは、慌てて彼の傍に駆け寄った。
「太助様、しっかりしてください!太助様が勘違いされても、私は平気ですから!」
シャオもシャオでどこかずれているようだった。
こんな調子ではまともに始まったところでまともに進むかどうかも怪しいものである。
「・・・やめようか勉強会。」
どたんばにきたと判断したのか、翔子はぽそりとこう漏らした。
「ちょっと山野辺さん何言ってるの。折角皆で集まったのに。」
乎一郎は慌てて反論。このまま終わったのでは何をしにここに来たのかわからないのだ。
「もういいだろ、勉強しなくても。運でいこうぜ、運で。」
翔子はとにかく投げやりだ。運でなんとかなるなら勉強会などしないのだが、
そんなことは彼女にとってどうてもよいことであった。
「山野辺、お前そんなこと言っていいのか?」
とここで、たかしが口を挟む。やけに挑戦的なその口調は多少の高圧感も含んでいた。
「なんだよ野村。」
「ふっ、お前達は運で終わるさ。けど俺は違う!
俺にはシャオちゃんの加護と熱き魂がある!」
「・・・勝手に言ってろ。」
一人燃えるたかし。
少しでも相手にしたのが馬鹿らしい、とますますやる気をなくす翔子。
“これまでか・・・”と太助が思ったその時だった。
「すみません・・・。」
シャオは涙を流しながら頭をさげてきたのだ。
「しゃ、シャオ!?」
「私の講義が下手なばっかりに・・・。皆さんに教えると宣言したのに・・・。」
言ってるそばからぼろぼろと涙をこぼし始める。声も上ずってきた。
肝心の講義自体行っていないのに、講義が下手以前の問題なのだが、シャオは酷く気にしているようだった。
慌てて四人は彼女の傍に駆け寄る。
「違うって!シャオのせいじゃないって!」
「あたし達にやる気がないのが悪いんだしさ、自分を責めるなって!」
「シャオちゃんは立派に頑張ってるじゃない。太助君を気遣ったりもしてさ。」
「うおおおー!シャオちゃーん!泣かないでくれー!!」
口々に皆が慰めの言葉をかける。中にはただやかましいだけのものもあったが、
シャオにはそんな皆の行為が嬉しかった。
「皆さん・・・。私、また頑張っていいんですか・・・?」
うつむいていた顔を少しだけあげてシャオが尋ねると、皆はこくこくと頷いた。
どちらも何かに祈るような気持ちだったであろう。
「分かりました・・・。私、頑張りますね・・・。」
にこりと笑い、力を入れたポーズをとる。
とここで、太助の腹の虫がく〜と鳴った。
「あ・・・。」
「そういえば腹減ったな・・・。」
顔を赤らめる太助に構わず、翔子は率直な意見を述べる。
実質、夕飯が終わってからこの家に来て、相当な時間が経っていたのだ。
「ではお夜食に何か作りますね。お勉強はそれからにします。」
「やったー!シャオちゃんの手料理!」
「たかし君は運とか熱き魂でいくんじゃなかったの。」
「何を言う乎一郎!シャオちゃんが講師をしてくれる勉強会を断るなんて、
俺はそんな常識のない奴に見えるか!?」
「見えないけど、常識とはまた違うと思う・・・。」
「たかし、静かにしろよ・・・。シャオ、俺も作るの手伝うよ。」
「すみません、お願いします。」
「よぉーっし、休憩だー。ちゃんと勉強するぞーっと。」
シャオをはじめとして、皆が元気をやる気を取り戻す。
そうして彼らは、夜の勉強会を続行するのであった。




紆余曲折あり、テスト当日はやってきた。
それぞれがそれぞれの運と実力と意味不明な力と誰かの加護と教授と記憶と謎の根拠と・・・。
とにかく様々な要因を駆使してテストに取り掛かっていた。
ただ、監督をしていたルーアンによると、カンニングなどの不正行為は一切なかったとか。
「ま、当然よねえ。一瞬でも不正行為を見つけたら陽天心でぶっとばすって脅しておいたから。」
別の教師に向かって、得意げにルーアンはそんな話をしていた。
実際の要因として彼女のその言葉が100%なのだが、深く見ると直接的なものは違っていた。
誰かが不正をする→ルーアンそれを見つける→陽天心で暴れる→教室破壊→頑張ったテストが滅茶苦茶になる
という図式によるものである。
よって、不正をした者は他の者にどんな報酬をくらうか分からないという脅迫概念にとらわれていたのだ。
そんな緊迫感あふれたテストも、終わりを迎えると生徒達の顔はそれなりにすがすがしかった。
出来はどうあれ、嫌なものから解放されたのは間違いない。
そして、終わってからその話をするのもお約束。
太助達も、帰り道にそんな話題に花を咲かせていた。
「なあ太助、どうだった?」
「何が。」
「テストだよ、テスト。」
「まあまあ、かな。」
「ふっ、俺はばっちりだったぜ。これもシャオちゃんのおかげさ!」
無難な答えの太助に対し、たかしは高らかに宣言を掲げた。
名前を出され、シャオは少し照れている。
「そんな・・・たかしさんが頑張ったからですわ。」
「いやいや、シャオちゃんの加護があったからこそ!」
「たかし君、シャオちゃんが勉強を教えてくれたからこそでしょ・・・。」
「そういう乎一郎はどうだったんだ?」
「僕もまあまあ、かな。」
「ふっ、やはり俺の勝ちだな!」
四六時中元気なたかしに、太助も乎一郎もかなり押され気味。
もちろん、押されていようがどうであろうがどうでもいいことであるが。
「しっかしヨウメイが居ればもっと楽だったろうになあ・・・。
シャオにあんな負担をかけることもなかっただろうし・・・。
おい七梨、今度こんな嫌なイベントがある時は絶対ヨウメイを逃がすなよ。」
「別に逃がしたってわけじゃ・・・。まあでも教える技術じゃあたしかにヨウメイには・・・」
「何言ってるんだよ。テストの問題を統天書で探って、万知創生でいっぱつだろ?」
「山野辺、お前って奴は・・・。」
翔子が言っているのは言わば不正行為である。しかも証拠も残らない。
太助からヨウメイに頼めば、多分彼女はやるだろう。
もちろんただやるだけではなく、必ずおまけをつけるだろう。ヨウメイはそういう性格なのだ。

そして・・・そのヨウメイも、テストを終えて花織達と帰宅途中であった。
彼女自身の出来は言わずもがな。問題の花織とゆかりんはさっぱり、そして熱美はばっちりであった。
「ったく、だからちゃんと勉強する気になってれば・・・。」
「そうは言っても熱美ちゃん。乙女にはテストより大事なことがあるんだってば。」
「もういいよ、花織の言い分は十分分かったから・・・。
で、ゆかりんからは何か言いたいことある?」
「だって分からないものは分からないの!」
「はいはい・・・。」
熱美の言いたいことはまるで伝わっていないようだった。
そんな彼女らを横目で見ながら、ヨウメイは少し落ち込んでいた。
「どうしたの楊ちゃん。」
「結局あんまり効率的に教えられなかったな〜って。
修行が足りない証拠じゃないかな〜って。
今後はもっと別方向の授業を積極的にやっていこうかな〜って。」
「無理にしなくていいって。楊ちゃんは今のままでも十分じゃない。」
「それは違うよ熱美ちゃん。やっぱり私はまだまだ教え方が足りないの。
もっともっともっともぉ〜っっっっっっっっっっっっと、頑張らないとね。」
「・・・・・・。」
燃えるヨウメイを、熱美はただ苦笑しながら見ているだけしかできなかった。
そしてまた、テストのことなどもはや記憶の彼方である花織やゆかりんも呆れながら見るしかできなかった。
彼女らに限らず、テストが散々だった者達ももちろんいるだろう。
「けれども、テストでいい点を取る方法じゃなくて、しっかりしたものを教えないとね・・・。」
「ん?何か言った?楊ちゃん。」
「何でもない。さぁて、今からどこかへ食べに行かない?私お腹空いちゃったな〜。」
いいかげん自分の頭の中の話題を変えようと、ヨウメイが提案。
三人はそれに対し、笑顔で頷いた。
「あ、それいいね。どこに行こうか・・・。」
代表して熱美が考え始める。
「隣町!楊ちゃんの飛翔球でひとっとび!・・・駄目かな?」
「ゆかりんそれいい案!楊ちゃん、早く飛翔球貸して。あたしが運転するから。」
「「花織は運転しちゃだめ!」」
すぱすぱと案は固まっていったが、運転の段階でゆかりんと熱美は慌てて反対の声をあげた。
花織の運転が乱暴で、今まで散々な目に二人は遭ってきたのだ。
「しょうがないなあ。少しだけなら・・・。」
「「って、楊ちゃんも渡しちゃ駄目だって!」」
二人の声をわざと無視しているのか、ヨウメイはいそいそと花織に飛翔球を手渡す。
「ありがとう。さ、皆。れっつゴー!」
「「勘弁してー!!」」
「さ、行こ行こ。いい気分転換になるよ♪」
「「ならないー!!」」
最後まで猛反対していた熱美とゆかりんであったが、
結局花織とヨウメイに連れられてさらわれて・・・ひどい運転に酔いまくったようである。



夜。七梨家、太助の部屋をヨウメイが訪ねていた。
ほんの少しだけ言いたいことがあるとのことであった。
「・・・というわけで、いくら私でも教わる気が無い人に完璧に教えられませんよ。
しかしそれでも教えられてこそ知教空天、であるべきなんですが・・・。」
えへへ、と苦笑いを浮かべるヨウメイ。
今回のテストでは、休み時間に講義に出向いていた彼女でも太助達に教え切れなかった。
素直に自分の力の至らなさを認めている辺りは可愛らしく見える。
そして今回のテストで彼女に身に付いた事は・・・。
「やはり!何事にも無理矢理教える技術も必要だってことです!」
「・・・そうか?」
「冗談ですよ。正しくは“相手が教わりたくなるような技術”ですね。
古い話ですが、北風と太陽のような・・・。
今までこういうことはほとんどなかったものですから。」
「そうか、そうなんだよな・・・。」
ほんの少しの話であったが、太助は納得。
言われてみれば、とあの夜のシャオの講義を思い出していた。
教える側と教わる側と。気持ちを一つにしないと分かり易いはずのものでもわからない・・・。
やはり物事を教えるためには、ただ教えるだけ、というものでは駄目なのだ。
そしてまた、ヨウメイが言う“今までのこと”というのは、今まで主、その周囲の人々の反応のことなのだろう。
つまり、率先的に学ぼうという姿勢を持った人間がほとんどだったということだ。
「ま、そんなとこですね。さて主様、私に何か聞きたいことはありませんか?」
「いや、もうないよ。わざわざ話しに来てくれてありがとう。もう十分だ。」
「そうですか。それは良かったです。」
太助の反応に、にこりとヨウメイは笑う。どこか不満足そうにも見えるが・・・。
「では、失礼しますね。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
就寝の挨拶をして、ヨウメイは部屋から出て行った。
そして太助はふと思った。
ヨウメイの場合は万年教える気満々だから、その気になればどんな難しいことでも瞬時にわかりそうだな、と。
もちろん内容に限度はあるだろうが、好条件であることは間違いないと認識させられる。
もうちょっと学ぶ姿勢を考えてみようかな、と太助はふとそんなことを考えるのであった。

≪第三十一話≫終わり


後書き:いやはや、久しぶりに本編を書きあげましたねえ(約一年ぶり、ですか)
ふいっと浮かんだネタで、それが凍結してて…で、やっと出来上がったわけです。
(凍結してた期間はそんなに長くないですけど)
今回の主題はやはり“教える”ということについて、ですかね。
当たり前の話ですが、双方にその気がないと、なかなか効率よく教授は進まないものです。
ま、ヨウメイならどんな状況でも効率よく教えようとやるはずですが・・・。
しっかし今回、結構書きにくかったですね。二度とこういう話はやめようっと(苦笑)
キャラもあんまり積極的に動いてくれなかったし。期間あけるとこうなるのかな・・・。
ちなみに、途中の“必殺”話については、私自身も幾度となく疑問に思ってる事柄だったりします(笑)
2002・9・8