今日は花織達にとって特別な日であった。
関係無いが天気は良好。気温と湿度もまあまあの日であった。
昼休みの始まりが告げられると共に、彼女らは教室の外に飛び出した。
既にたくさんの生徒が昼食用のパンを得ようと購買へ向かっている。
その流れに乗り遅れないよう、花織達も走り出した。
「いざ行かん!お昼ご飯をゲットする旅に!」
「「おーっ!」」
「大袈裟だよ、花織・・・。」
隊長の花織にならって腕を振り上げるゆかりんとヨウメイ。
彼女らとは違って、熱美だけはやけに疲れていた。やる前から疲れていた。
臨時に結成された、お昼ご飯用のパンをゲットしよう隊。
きびきびと最後まで動けるかどうかは、イマイチ不安であった。
事の始まりは単純明快。花織の何気ない一言からである。
「たまには購買部でお昼買ってみない?」
その日も彼女らは仲良く四人で弁当をつつき合い。
おかずを交換し合って、盗み合って、わいわいがやがや・・・。
「購買部で?でも出雲さんはただでくれたりするんじゃ?」
えびフライをくわえたままゆかりんが意見。
一瞬動きが止まった彼女の隙を突いてヨウメイがウインナーを頂戴する。
「わざわざあんな混雑する場所まで行かなくっても、お弁当でいいじゃない。」
もぐもぐ・・・こくん、とものをのみ込んだ後、ゆかりんはそれに気付いた。
「あーっ!あたしのたこさんウインナー!」
「ウインナーなら足をはやしてどっか行っちゃったよ。陽天心だね。」
「そんなわけないでしょ!?楊ちゃんんん!!」
どうやらウインナーはゆかりんお気に入りの禁断の品だったらしい。
狭い机の上で、二人はわーわーと箸で争う。
傍らでそれを無視しつつ、熱美は花織に改めて問うた。
「で、なんで購買部で買おうと思ったの?」
びしっ!
不意にヨウメイによる箸での流れ攻撃が熱美を襲う。しかし、彼女は軽くそれをいなした。
「熱美ちゃんに何やってんの、楊ちゃん。」
「い、今のはゆかりんにはじかれたんだもん!」
「ふふん、あたしに勝てないから腹いせじゃないのかな〜?」
「違うったら!」
ぎゃーぎゃーとますますうるさくなる決闘。
そんな中でも、花織と熱美は涼しい顔をして話を続けていた。
「理由は、なんとなく。本当は学食とかあればいいんだけどね。」
「なんとなく、ねえ・・・。楊ちゃんのクセがうつってきたの?」
「まあ、たまには購買部も利用してみたいじゃない?」
「それはいいけど・・・楊ちゃんが言ったでしょ?混雑する場所だって。」
びしっ!
今度はゆかりんの流れ攻撃。箸でのそれを、花織はとっさに弁当の蓋でかわした。
「や〜い、ゆかりんのへたくそ〜。」
「くうう、楊ちゃんのくせに〜!」
「ちっちっち、これは体力じゃなくて技術が物をいうものだよ。」
「言ったな〜!!」
目にもとまらぬスピードといった表現が似合う戦争がヒートアップ。
びしばしかちゃかちゃと、もはや食事どころではなくなった。
しかしそれでも花織と熱美の会話は続く。
「その混雑を体験してみようか、って事なの。ま、一度はいってみようよ。」
「うーん・・・。」
そんなこんなで、昼食が終了した後に改めて花織が説明。
熱美が懸念する中、ノリでゆかりんとヨウメイが賛同したのであった。
多数決という意をとり、翌日には弁当を持ってこずに購買へ、という事になったのだ。
「おっ!集団発見!!」
手を額の上に翳して、物珍しそうに声をあげるゆかりん。
お昼ご飯用のパンをゲットしよう隊は既に購買の近くまで来ていた。
一体どこからこんなに生徒が集まったのかと言わんばかりの人だかり。
わいわいがやがやどころの騒ぎではない。押せ押せ引け引けのお祭り騒ぎ。
一部の隙間も無いその様子に、思わず身を引きたくなる。
当然ながら売り子である出雲は大忙しであろう。遠くからでも声が通ってくるのはさすがといったところか。
「さて、花織隊長、どうするの?」
体力を相当使いそうだということで、不安げにヨウメイが尋ねる。
しかしお弁当を今日は持ってきていない以上、ここで引き返すわけにいかないのは明白。
それで隊長である花織に作戦なりを聞いたのである。
すると、花織は深く一度頷いた。
「突撃〜!」
何も考えていないのは明らかであった。
「隊長に続けー!」
ゆかりんも同じくなのは明らかであった。
それでも駆け出してゆく花織にゆかりん。
仕方なく二人のあとに続く熱美とヨウメイ。
そうして彼女らは人波にもまれに向かったのだった・・・。
「きゃうっ!」
ヨウメイがそっこー脱落。
押されてきた人にぶつかって地面に倒れたのだ。更に・・・
どかどかどか
「わ、わわっ!!ひ、人を踏まないでください〜!!」
漫画でありがちの様な展開に。たくさんの生徒の下敷きになってしまった。
叫ぶ彼女の姿も、踏んでる側にとってみればまったく見えていない。
一方、他の隊員はそんなヨウメイの様子など気にする余裕も無い。
先頭をいく花織に、ゆかりんも熱美もなんとか着いて行ってるだけだった。
だがしばらくもしないうちに、熱美が脱落の宣告をすることになる。
「わ、わたしもう駄目・・・。」
「ちょっと熱海ちゃん!」
「ゆかりん、わたしの分もお願い・・・あと、楊ちゃんの分も・・・。」
近くにヨウメイが居ないことに気付いた熱美は、とっさにそんな事を告げた。
そして・・・
「わ〜〜!」
人波の逆流に呑まれて、購買部とは反対方向へ流されてゆく。
手を伸ばしたゆかりんは彼女をつかむことが出来ず。そのまま熱美の姿を捉えることができなくなった。
すなわち、熱美が脱落した、ということである。
「・・・熱海ちゃん、敵は必ず取るよ。」
誰に何をしたら敵をとったことになるかはわからないが、ゆかりんはそう決心した。
ぎゅっと胸でアクセサリを抱きしめる。ちなみにこれは、熱美とは何の関係も無い代物だ。
「楊ちゃん、草葉の陰で見守っててね。」
勝手に殺すなと言いたい所だが、既に床に崩れている以上、あながちそれは否定できない。
「いざ行かん!」
くるりと踵を返すゆかりん。
ずでん
「はうっ!」
勢いあまって足をもつれさせて転んでしまう。そして・・・
踏み踏み踏み踏み踏み
「くっ、負けるもんですかあ!」
踏まれまくりに成る所をばんかいすべく、勢い良く立ち上がった。
ここらへんは、ヨウメイとの体力差がものを言ったというところだろう。
ゆかりんは、ずんずんずんと人の流れに逆らって突き進んだ。
「・・・あれ?」
気が付くと人ごみを抜け出ていた。目の前には満身創痍の親友二人が居る。
「ぐすっ、痛い・・・。」
「酷い目に遭ったねえ、楊ちゃん。でも大丈夫、ゆかりんがわたし達の分もとってきてくれるよ。」
「・・・・・・。」
ぼろぼろの姿で床に座って、お互いに慰め合ってるその様子を、
ゆかりんはただ無言で見ているしか出来なかった。
「・・・うん、そうだよね。まさか人ごみ逃げてぬけでて来たりしないよね。」
「たとえそうだったとしてもすぐに戻っていってパンをゲットしてくれるよ。」
「えと・・・。」
何か言おうとしたゆかりんだが、口を閉ざす。
どうやらヨウメイも熱美も彼女には気付いていない様子だったからだ。
「ゆかりんなら、こんなところで花織ちゃんの帰りを待ってないよね。」
「もちろん。あれだけ張り切って、体力も楊ちゃんよりあるんだもん。待ってたら恥じだよ。」
「・・・・・・。」
いや、ばっちり気付いているようだった。
単に視線を向けていないだけ。見えないオーラを放っていた。
冷や汗を流しながら、ゆかりんは人ごみにとぼとぼと戻っていったのだった。
その頃、隊長の花織は無事(?)に出雲の所までたどり着いていた。
さすが言い出した張本人。隊員に構わず一人だけで来る隊長もどうかと思うが、目的は達成されている。
「おや花織さん、珍しいですね。こんなとこにくるなんて。」
「今日は購買部にしようって決めたもんですから。ね、みんな!」
くるりと顔を後ろに向けると、そこには彼女が知らない顔ばかりが並んでいた。
「あ、あれ?ゆかりん達どうしちゃったんだろ?」
彼女のこの言葉で事情を一瞬にして察知した出雲。
今にもこの場を離れようとする彼女の動きを感じ取り、慌てて呼びかける。
「おそらくこの人ごみを抜けてこられなかったんだと思いますよ?」
「ええ〜っ!?」
彼の声に花織はばっと振り向いた。
暑さでかいた汗と共に、冷や汗も混じっている。
「無理もありませんよ。ヨウメイさんは体力無いわけですし。
それに巻き込まれて次々と脱落してしまったのかもしれません。」
「そんなあ・・・。」
愕然となる花織。彼女の中の予定とは遥かに違った結果になったからだ。
もっとも、こんな結果くらい予想してほしいものでもあるが。
ちなみに、話をしながらも出雲はてきぱきと仕事中。
花織以外の、先頭に立ってる人物達に次々とパンやらサンドイッチやらを売っている。
密かに女子にサービスなんてするのも忘れていない。さすがである。
「はあ、どうしよ・・・。」
「ですから、花織さんが皆さんの分を買っていかれてはどうでしょう?」
落胆している花織に、出雲はアドバイス。正論であるのは間違い無かった。
「わかりました。えーとそれじゃあ・・・何が有るんですか?」
彼女の質問に、出雲は一瞬だけ動きを止めた。
だがすぐに作業に戻る。
「希望の品を言ってください。私には何があるかとかは分かりかねます。」
目の廻るような忙しさなので、“ある”と言ったそばから無くなるのも珍しくない。
それで出雲はそう答えたのであった。
「えっとそれじゃあ・・・何にしよう・・・。」
顎に手を当て、腕を組んで、頭を上下に振って、花織は考え出した。
なんとなく予想が付いていた出雲は、もはやそれに呼びかけることもなく仕事を続ける。
やがて・・・ほとんどの人が購買部の前から姿を消した頃、花織はようやく顔を向けた。
「フルーツサンド!それと・・・」
「もうありませんよ。」
ふうと息をつきながら出雲は答えた。
「えーっ!?じゃあ、ミックスサンド!」
「それもありません。食べ物はすべて売り切れました。」
言いながら箱を、ケースを、花織に見せる。
どれも空っぽであった。完売である。
「そ、そんな・・・じゃああたし達のお昼ご飯はどうなるんですか!?」
「無しで済ますしかないのでは。」
「そんな無責任なー!」
「「「無責任はどっちよ・・・。」」」
出雲にくってかかろうとする彼女の背後に、ゆらりと立つ三人の影があった。
言うまでもなく、ゆかりんと熱美とヨウメイ。
ちなみに三人ともずたずたのぼろぼろ。人波に相当もまれたといういい証拠だ。
「花織、あんたが購買部で買おうなんて言うから・・・。」
「私達、お腹空いてるんだからね・・・。」
「二人から突撃命令を何度もだされたあたしの身にもなってみなさいよ。」
ずずいっと花織に寄る。
もちろんそれに花織はたじたじだ。
「えと・・・ごめん!」
「あっ、待てー!!」
一言謝って花織は駆け出した。
とっさに後を追って走り出すゆかりん達。
当然そんな元気が残っていないヨウメイを連れて行くのは熱美の役目。
そうして、悲惨な結果を残して、花織達は購買部を後にしたのだった。
一人ぽつんとその場に残された出雲は、やれやれと苦笑していた。
「後で私のお弁当をわけてあげましょうかね。
もっとも、足りるわけがないでしょうが・・・。」
やがて、空腹で元気を失ってとぼとぼと戻ってきた花織達。
その日は、出雲のおかげで仲良く5人で弁当を分け合った、ということである。
≪第三十話終わり≫